2009年7月10日 (金)

【雑】平岡正明さん死去

今朝、ラジオを聴いていて知った。

評論家の平岡正明さん死去 asahi.com
http://www.asahi.com/obituaries/update/0709/TKY200907090217.html

 評論家の平岡正明(ひらおか・まさあき)さんが、9日午前2時50分、脳梗塞(こうそく)のため、横浜市内の病院で死去した。68歳だった。


時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2009070900461

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2009年7月 8日 (水)

【楽】MOTEL―YouTube

You Tube
須藤もん+対馬照/流れ者

http://www.youtube.com/watch?v=mB_P9iBRAXY

いつのまにか、こんなライブ映像が・・・。
「MOTEL」 は、お二人のユニット名です。

つい先日の、下のライブの模様のようです。
私は行けなかったのですが。

■2009/06/27(土)  三鷹 「バイユーゲイト」

 JR中央線 三鷹駅北口 徒歩2分
 武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号
 TEL 0422-55-5782
 出演  鎌倉研(from大阪) MOTEL(須藤もん+対馬照)
 19:00 開場  19:30 開演
 2,000円 (別途ドリンク・オーダー)

 http://bayougate.voxx.jp/


これから先の 「MOTEL」 のライブ予定は、こちらをご覧ください。

【楽】須藤もん・対馬照(MOTEL) 最新スケジュール
 2009/6/20(土) 掲載
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/motel-7617.html


さらに、最新情報は 「須藤もん公式サイト」 でご確認ください。
いくつか、ライブ詳細情報(開演時刻など)をアップしています。

須藤もん公式サイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/

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2009年7月 7日 (火)

【読】アメリカ・インディアンの詩

日曜日に図書館から借りてきた本。
昨日と今日でいっきに読んでしまった。

Kanaseki_america_indian『アメリカ・インディアンの詩』 金関寿夫
 中公新書(中央公論社) 1977/6/25発行

よく知られているように、インドに行こうとしたコロンブスが、1492年にたまたま「発見」した大陸に、その二万年も前から住んでいた原住民(この言葉も近ごろは嫌われているようだが)――彼らを呼ぶ便宜的な名称が 「インディアン」 である。

この本では、アメリカ・インディアンの素晴らしい口承文学が紹介されている。
( 「文学」 と呼ぶのも、便宜的なカテゴリーだろう。なぜなら、彼らはこれを 「文学」 とは考えていないから)

たとえば、次のような短い詩。

<トウモロコシの種子を植えたあと、アリゾナのパパゴ・インディアンは、その順調な生育なを祈って(古来のリズムに合わせて足拍子を踏みながら)つぎの詩をとなえる。

  青い夜が下りてくる
  青い夜が下りてくる
  ほら ここに ほら あそこに
  トウモロコシのふさが震えている >


文字を持たない民族の口承が英語に翻訳され、それをさらに日本語に翻訳することには、どだいムリがある。
著者も、それを承知のうえで、魅力的なたくさんの詩を紹介し、アメリカ・インディアンの精神・文化を論じている。
1977年に、このようないい本が出ていたことに驚く。

それにしても、なんと豊饒な世界だろう。
アイヌ民族の口承文学(ユカラなど)に通じるものを感じる。


Kanaseki_oral_poetry_2引き続き読んでみようと思う本。

『魔法としての言葉 アメリカ・インディアンの口承詩』
 金関寿夫 思潮社 1988/5/1発行

星野道夫さんの書棚に残されていたのがこの本だ。
中公新書版が絶版になった後、同じ著者が書き改めたもの。

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2009年7月 5日 (日)

【楽】上々颱風名曲選 I

そのうち買おうと思いながら、そのままになっていたアルバム。
昨夜、花園神社のライブ会場で購入。

これまで発売されたアルバムからのピックアップなので、目新しくない内容なのだが、紅龍氏が曲目解説を書いているというので気にはなっていたのだ。

Shangshang_best上々颱風名曲選 I
 ポニー・キャニオン/M&Iカンパニー
 MYCD-30360 2005年
 2800円(税込)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000BU6PY4

(収録曲 全12曲)
愛より青い海/Let it be/ハラホロの涙―GREAT JOURNEY 2001―/心の花/ものみな歌に始まる/けもの道/ヒマワリの海/東京の夜/愛が誰かを呼んでる/平和が戦車でやって来る/青空/いつでも誰かが

アルバム 「上々颱風8」から後の曲が多く、エピック・ソニー時代の古いアルバムの曲がほとんどない。
所属事務所もレコード会社も転籍したので、版権の問題がじゃまをしているのかもしれない。

これからアルバムを聴いてみようという人には、いい内容かもしれない。

もう一枚、過去のシングル盤を収録した名曲集も出ているので、あわせて聴いてみるのもいいと思う。

 GOLDEN☆BEST 上々颱風
  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002206V2C


紅龍氏による曲目解説が、期待していた以上に私にはおもしろかった。
ひと頃、紅龍氏と接する機会が多かったのだが、私は酒を飲まないし、あまりお話をしたことはなかった。
ただ、こういう人なんだなという感じは、私なりにもっている。
人となり、というか。

今回、この解説を読んで、なるほどと思うことが多かった。

「平和が戦車でやってくる」 は昨夜の花園ライブでも演奏されて、いつになくジーンときたものだ。
紅龍氏の一面が強くでている楽曲だと思う。
もっとも、上々颱風の曲のほとんどは、座付作者といっていい(リーダーなんだが)この人の作詞作曲によるもの。
すぐれた楽曲が多い。

楽曲のよさ、プラス、ツイン・ボーカルの歌唱、それにキーボードとリズム・セクションのサポート。
あとはアレンジのよさ(アレンジはメンバー全員のチカラか?)――これらが上々颱風の音楽の魅力を生みだしているのではないか、と私は思っている。


ところで、これが第一集なら、第二集はいつ発売されるんだろう?

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【楽】花園神社 七夕ライブ 2009(続)

昨夜の花園神社野外ライブのことを、もう少し書きたい。
「いいライブだったな」 だけじゃ、あんまりだから。

新宿花園神社の境内は、さほど広くない。

東京新宿鎮座 花園神社
  http://www.hanazono-jinja.or.jp/mt/top/


昨夜のライブでも、私が着いたときは整理番号1000番台の入場を案内していたが、どう見ても1000人も入れるような場所ではない。
何人ぐらいいたのか、見当がつかない。
300とか400ぐらいかな。

明治通り沿いの大鳥居(ここが会場入口)から、ステージのある拝殿まで、距離にして60~70メートルぐらいか(地図ソフトでざっと計測)。
立派な拝殿は階段を登ったところにあり、ステージはその下で、もちろん座席などないからお客は勝手に立って見る。
ステージ下が少し坂になっているので、腰をおろすと上り坂に向かって座るようなもので、とても疲れる。
(とても腰をおろす余裕などないほどステージの前は密集するが、始まるまでは腰をおろして待っていたりする)

登り坂のせいもあって、ステージのすぐ前だとあまりよく見えない。
私など背が低いのでなおさらだ。

ステージ全体をよく見るには、ずっと後ろ、大鳥居と拝殿のなかほどの参道がいい。
このあたりだと、人もまばらだ。
シートを敷いて、座って見ている人もいる。
ベビーカーにこどもを乗せた人が通ったり、バケツが置かれた喫煙コーナーで一服したり、入口近くの売店でアルコール類やおでんなどを買う人も、このあたりにいる。

私は、はじめのうちはステージからすこし離れた、群衆がまばらになるあたりに立っていたが、疲れてくると後ろの広々とした場所に移ることにしている。

暗闇に拝殿下のステージがライトアップされ、幻想的な絵になる。
ステージ全体が見えるのでいい感じだ。

昨夜このブログに 「場の力」 と書いたのは、境内の好きな場所で勝手に見られて、会話も飲み食いも移動も好きなようにできる、祭りの場がもたらす雰囲気だろう。

私の近くに、おもしろいおじさんがいた。
密集した聴衆のなかで、携帯折りたたみ式の椅子の上に立って双眼鏡でステージを眺めていたかと思うと、とつぜん座ってコンビニ弁当を食べはじめた。
ステージの演奏そっちのけで、もくもくと食べていた。
よほどおなかがすいていたのだろう。

こういう光景も、祭りっぽくていい。
上々颱風というバンドがもっている「ちから」は、野外ライブでこそ発揮されるように思う。


入口で配っていたちらしの中の一枚。
椿組の公演がおもしろそうだ。

「新宿ジャカジャカ」 その日ギターは武器になったのか?
 椿組09年夏 花園神社野外劇

  1969年、新宿は熱く燃えていた!
  その新宿西口広場を占拠した
  フォークゲリラ達。
  手にしたのはゲバ棒ではなく、
  やわなフォークギターだった。  (ちらしより)

 椿組のサイト 「椿のこや」
  http://homepage2.nifty.com/tubakigumi/


この境内は、昔から野外演劇の場としても提供されている。
大鳥居を入ってすぐの右側に、大きな仮設芝居小屋を「建築中」だった。

Tsubakigumi_hanazono2009_2Tsubakigumi_hanazono2009_2_3

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2009年7月 4日 (土)

【楽】花園神社 七夕ライブ 2009

いいライブだったな。
きっかり一時間半、アンコールも一曲だけで、ちょっともの足りなかったけれど。

ゲスト・プレーヤー(予告なし)の、ミン・ヨンチさん(チャンゴ演奏)が光っていた。
西川郷子さんのケンガリと、ミンさんのチャンゴの掛け合いなんか、最高だった。

「鳥の歌」(サトちゃんはケンガリ演奏、ミンさんがチャンゴでサポート)や、「町工場の女の子」がよかった。

 Min(ミン) YoungChi(ヨンチ)
  http://www14.ocn.ne.jp/~santa/profile.html
 SANTA“散打” オフィシャル・サイト
  http://www14.ocn.ne.jp/~santa/index.html

 【参考サイト】 チャンゴ(チャングとも言う)、ケンガリ についてはこちら
  http://taakyonguso.hp.infoseek.co.jp/menu6-jp/gwenggwari.htm
 伝統打楽器研究所
  http://taakyonguso.hp.infoseek.co.jp/home.htm

 韓国伝統楽器専門販売店 BBD_SHOP
  http://www.bbdjp.com/index.php


なんといっても花園神社の「場の力」が大きいんだな、と今年も思う。

境内の一画には、準備中の芝居小屋があった。
「椿組」 の芝居があるらしい。
そういえば、去年の夏にはこの芝居小屋で、山崎ハコさんのライブと芝居を観たのだった。

 2008/7/19(土)
 【楽】花園神社(山崎ハコライブと芝居)
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_c064.html


200907041838200907041854200907041849200907042027

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【読】キムン・カムイとウェン・カムイ

花園神社のライブまで時間があったので、新宿西口のジュンク堂書店に立ち寄った。
さすがに本の数が多い。
理学書コーナーでこんな本をみつけて、購入。

Kayano_kamui『よいクマ わるいクマ』
 ― キムン・カムイ ウェン・カムイ
    見分け方から付き合い方まで ―
 萱野茂 前田菜穂子
 写真 稗田一俊
 北海道新聞社 2006/1/15発行
 259ページ 2400円(税別)

最近読んだ 『ベア・アタックス』 巻末の解説にも、アイヌ語のこの言葉が引用されていた。

キムン・カムイ kimu-un-kamuy (山に住む神) → 熊・ヒグマ
ウェン・カムイ wen-kamuy → 悪い神
 → 畑を荒らしたり、家畜を襲ったり、人を襲う悪いクマ
(アイヌ語表記は、萱野茂 『アイヌ語辞典』 三省堂を参考にした)

アイヌの人たちがヒグマとの長いつきあいの中で育んだ、クマと人間が共存するための知恵である。


― この本の内容(目次より) ―

第一章 実践編
 出発前の準備/出会わない方法/もしも出会ってしまったら
第二章 応用編
 安全なキャンプ/安全な登山、山菜採り/安全な釣りと狩猟
第三章 アイヌ民族の知恵編
 対談 萱野茂(二風谷アイヌ資料館館長)・前田菜穂子(ヒグマ博物館学芸員)
第四章 基礎知識編
 ヒグマってどんな動物?/ヒグマを知って共に生きよう
第五章 海外編
 対策と成功例/スウェーデンの実践
第六章 資料編
 生物学データ/ヒグマ対策/もっと学びたい人へ


第三章が、ことに興味ぶかい。

北海道に住む人たちにとって、ヒグマとのつきあい方には悩ましいものがある。
これまでは見つけしだい「駆除」するというやり方を続けてきたが、ここにきてようやくクマとの共存・共生を模索しだしたようだ。


― まえがき(はじめに) より ―

<ついに、というか起こるべくしてと言うべきか、ヒグマによる死亡事故がとうとう起きてしまいました。 1999年5月、渡島管内木古内町で、…(中略)…オスのヒグマが、釣り人の男性一人を襲い死亡させ、山菜採りの女性2人に重傷を負わせました。…(略)…>

<このままでは、またこのような悲惨な事態が起きかねません。 クマにとっても人間にとっても悲劇です。>

<悲しいことに、クマを有害獣として駆逐する 「日本の常識的方法」 は 「世界では非常識」 なのですが、現状はそのままです。 でもちょっと待ってください。 人間とヒグマは共存できないのでしょうか。 いいえ、それは可能です。 北海道にはクマと上手に付き合っていた先駆的な人たちがいます。 アイヌ民族の人々です。>

<狩猟民族のアイヌは、ヒグマを 「キムンカムイ(山の神様)として尊敬し、問題を起こすクマを 「ウェンカムイ」(悪い神)と呼んで全く別に扱い、共生してきました。>

萱野茂さんがまだご存命の頃に出版された本。

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【読】魔法の言葉

絶版(あるいは版元品切れ)で手に入りにくいと思っていた本が、Amazonで新本が残っていて、手にはいった。

Kanaseki_oral_poetry_american_india『アメリカ・インディアンの口承詩 ― 魔法としての言葉 ―』
 金関寿夫 著  平凡社ライブラリー
 2000/6/15発行 306ページ 1200円(税別)

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582763472

思潮社刊の単行本の文庫化。
単行本のタイトル 『魔法としての言葉 ―アメリカ・インディアンの口承詩―』 を改題。 といっても順序を変えただけだが。

文庫なので解説が付いている。 詩人の吉増剛造が担当。
単行本の装幀(下の写真)も魅力的だが、この文庫版の表紙もいい。

<彼らは、ヴィジョンを求め、孤独な旅に出る。/苦行の果て、魔法の歌や祈りを持ち帰る。/動植物や人間の尊厳を知るものだけがもつ/深いやさしさにみちた歌――。/これが彼らの歌=詩である。/アメリカ現代詩が見出した<古典>、/先住民族が伝えた口承文学の世界。> (本書カバー)


Kanaseki_oral_poetry単行本
『魔法としての言葉 ―アメリカ・インディアンの口承詩―』
 金関寿夫 著  思潮社
 1988/5/1発行

1993年9月発行の思潮社刊新版はいまも入手可能
(ISBNコード 978-4-7837-1558-0)
e-honサイト
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018877056&Action_id=121&Sza_id=GG


元の本はこれ。
『アメリカ・インディアンの詩』 金関寿夫 中央公論社(中公新書)
 1977年刊 絶版
Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J8TYE6

Kanaseki_america_indian

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【楽】須藤もんさんの映像が…

YOU Tubeにアップされています。

須藤もん/めし 西荻のみ亭バージョン
http://www.youtube.com/watch?v=McFUI0GbjJw&feature=related


こちらも、どうぞ。

玉井さんのバンド
le eaudemuge/ル・オードムーゲ・酒呑みに明日は無い!!
http://www.youtube.com/watch?v=4Thg5U9Xz4k&NR=1

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2009年7月 3日 (金)

【読】遭遇と襲撃

クマは人を襲う危険な動物なのか?
クマとの遭遇(encounter)が、クマからの攻撃(attack)にすぐに結びつくのか?
クマと人間の共存は、どうすれば可能なのか?

Bear_attacks_2『ベア・アタックス II』
  ― クマはなぜ人を襲うか ―
 S.ヘレロ著 嶋田みどり・大山卓悠 訳
 北海道大学図書刊行会 2000/9/10発行
 全二巻 各2400円(税別)
 521ページ(二巻計)

ページ番号が、二巻通しで振られているのがおもしろい。
下巻(II)は、250ページからはじまる。

膨大な事例をひとつひとつ検証して、クマが人を襲う原因を詳細に分析している。
なによりも、クマを愛する著者の姿勢が好ましい。


<もしクマのために、「ピープル・アタックス」というタイトルの本が書かれていたら、そこにはわれわれヒトという種は典型的な血に飢えた殺人(熊)鬼――攻撃的で、危険で、しばしばクマに致命傷をあたえるもの――として描写されることだろう。>
 (17章 クマの管理 「クマも安全に」 P.428)

<グリズリーもブラックベアも、生態系が機能していくうえで重要な役割をはたしているわけではない。 グリズリーもブラックベアも、私たち人間と同じように、生態的には何でも屋である。 彼らは草を食み、木の若芽を食べ、死肉をむさぼり、また捕食者として機能するものたちである。 …(中略)… すべてのクマを殺したとしても、生態系が崩壊するわけではない。
 しかし、多くの人たちにとって、クマがいなくなったら、世界はもっと貧相なものとなるだろう。 私たちがクマの生存を護っているのは、彼らが自然のなかの不可欠な部分だからではなく、人間の心や身体や魂にはたらきかけてくれるものがあるからだ。>
 (17章 「クマは何の役に立つ?」 P.435-436)

本書のおわりの方に書かれている著者のこの言葉は、星野道夫さんの次の文章を彷彿させる。

<もしもアラスカ中にクマが一頭もいなかったら、ぼくは安心して山を歩き回ることができる。 何の心配もなく野営できる。 でもそうなったら、アラスカは何てつまらないところになるだろう。>
<人間はつねに自然を飼い馴らし、支配しようとしてきた。 けれども、クマが自由に歩きまわるわずかに残った野生の地を訪れると、ぼくたちは本能的な恐怖をいまだに感じることができる。 それは何と貴重な感覚だろう。 これらのクマは何と貴重なものたちだろう。>
 (星野道夫)


すこし値がはるけれど、とてもいい本だ。
日本語訳も、いい。

巻末に、「解説」として、JBN(Japan Bear Network:日本クマネットワーク)会員三氏による文章を併録。

「日本と北米のクマ対策」 (山中正実:JBN会員・斜里町自然保護係)
「北海道のヒグマ」 (間野 勉:JBN会員・北海道環境科学研究センター野生動物科)
「日本のツキノワグマ」 (羽澄俊裕:JBN会員・(株)野生動物保護管理事務所)


日本語版刊行にあたって著者みずから書き下ろした補章 「星野道夫の死」 も、興味ぶかい内容。
著者によると、星野さんの事故の真相はこうだった。

<……世界的な写真家星野道夫は、1998年8月8日、ヒグマに襲われて死んだ。 星野を殺した雄グマは、彼が愛してやまなかった野生の動物ではなかった。 星野を襲って死にいたらせ、その一部を食べたクマは、それまでにも人間とかかわる経験を重ねていた。 クマは、食物が不適切に保管されているキャビンやその他の場所に押し入ることを学習していた。 ロシアのローカルテレビ局経営者によって意図的に餌づけされていたようでもある。 ……>

また、著者の星野さんに対する敬愛の思いも随所に満ちあふれている。

<星野道夫が撮影したグリズリーやムース(ヘラジカ)、そして野生の地の写真は、私のなかに自然の美や生命の完璧さへの畏敬と霊感を呼び起こしてくれた。 そこには、自然のなかに堆積された悠久の時があった。>

<星野ほど自然を丸ごとらえることのできた写真家は、そうはいないだろう。 広大なツンドラと山々の風景のなかで小さな点景でしかないグリズリーの写真は、クローズアップで体の細部までとらえた写真よりも、グリズリーについてはるかに多くを語っている。>

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