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2005年10月25日 (火)

【読】静かな大地(2)

池澤夏樹 『静かな大地』 の2章(最初の夏)、3章(鮭が来る川)、4章(札幌官園農業現術生徒)と、読みすすんでいる。

「最初の夏」 初めの章と同じく、父(宗像志郎)がまだ幼い娘の由良に語る、昔物語だ。
淡路島から渡ってきた〝最初の夏〟に、幼かった三郎と志郎の兄弟は、アイヌの少年〝オシアンクル〟に出会い、ともだちになる。 こういうケースは特異である。 和人の親たちは、子どもがアイヌと親しくなるのを嫌っていたから。
三郎、四郎の父は、元士族でありながら、そういうことにこだわらない人だった。

彼ら兄弟は、アイヌの友人オシアンクルと互いの言葉を教えあった。 アイヌ語を教わり、日本語を教えた。
<私たちとオシアンクルはお互いに言葉を教えあった。 三郎が川の水を両手に汲んで、ミズという。 オシアンクルが同じことをして、ワッカという。>
<言葉というものは一つではないということを私たちはあの時に初めて知った。>

彼らは、とても幸せな体験をしたと、ぼくは思う。
続く章「鮭が来る川」は、時代がいっきに下って、大正9年。
由良は成人し、札幌で祝言をあげて、夫とともに静内を訪ねる。
そこには、もう年老いたオシアンクル(五郎という和名に変わっている)がいた。
由良はどうしても亡くなった父(志郎)と、叔父(三郎)のことを、五郎から聞きたかった。
五郎が訥々と語る、アイヌの本音は胸をうつ。
(親友だった志郎の娘とその夫だからこそ、心を開いて語った言葉である。)

<わしらアイヌは獲ったものを横取りされるのには慣れておった。 もう何百年もそういうことが続いてきた。 和人は来て、威張って、勝手なことを言って、アイヌが獲ったものを持ってゆく。・・・>

五郎(オシアンクル)の昔話の中で、鮭の豊漁の年、三郎、志郎兄弟を誘って彼らとともに鮭漁を手伝った時の様子が語られる。 鮭漁は、この時すでに和人が占領していたのだが、この年は鮭が多すぎて管理しきれなかった。 その隙をついて(というよりも、昔からの方法で)アイヌが鮭を自由に獲ったのである。
<アイヌが勝手気儘に鮭を獲れたのはあの秋ばかりだった。 そのいちばんいい秋に三郎と志郎はわしと一緒に川に出た。>

<昔々は蝦夷地はすべてアイヌのものだった。 だからここをアイヌモシリという。 アイヌの静かな大地とういうことだ。 平和な地ということだ。>

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