【読】静かな大地(5)
620ページある本の、まん中あたりにさしかかった。
5章目の 「鹿の道 人の道」 からは、結婚して三人の子どもの母親になった由良が、夫の長吉に、叔父・三郎の追憶を語るというスタイルをとっている。 由良は、この数奇な生涯をおくった叔父のことを、なんとか書き残そうとしている。 由良夫妻が生きている時代は、昭和10年代。 2・26事件や5・15事件が遠い東京でのできごととして背景にあらわれる。
ここで語られる三郎は、遠別(とおべつ)の原野を開拓し、麦、大豆、馬鈴薯などの栽培を試みている時期。
ときに、明治12年の春。 五町×十町=五十町歩という広大な原野の木を切り、切り株を馬力でとり除き、耕すという、気の遠くなるような作業を、アイヌの友人の助けを借りて始めたのである。
いちどは三郎に背を向けたシトナも、三郎の熱意に負けて協力してくれることになった。
ところが、明治13年の秋、この地方をバッタ(アイヌ語で〝バッタキ〟)の大群が襲うという恐ろしい事態が起きる。 せっかくの作物は、地上部分をすべてバッタに食われてしまい、わずかに地中の馬鈴薯で飢えをしのぐ。 ここで、三郎は開拓使からの救援の及ばないアイヌのために、馬鈴薯を提供する。 このことで、彼はアイヌの信頼を勝ち得ることになる。
<和人でも飢えて危ない者がいたら、その時は私もこっそり馬鈴薯を届ける。 顔を見せずに置いてくる。 しかしまず私はアイヌに配る。
三郎さんが馬鈴薯をアイヌに分けると決めたのは、よくよく考えてのことでありました。
これは淡路から共にやってきた和人仲間を裏切ることになる。 ・・・しかし、それはもっと飢えた者の口に入る。>
続く章 「フチの昔話」 では、三郎や志郎、オシアンクルらが、幼い頃に囲炉裏端で〝フチ〟(アイヌ語でおばあさんのこと)から聞いたであろうアイヌの昔話が、由良によって語られる。 ぼくもよく知っている、アイヌのユカラ、カムイユカラである。
<「いい話だなあ」と長吉が溜め息と共に言った。
・・・「すべてに救いのしかけがあるわけだな」
「不遇のうちに亡くなった人も、あるいは熊などの獣でさえ、正しく供養して送れば、神の国に生まれ変わって、幸せな来世での生活ができるのよ」・・・>
という、アイヌの豊穣な物語の数々。
この時、由良の口を借りて語られる福沢諭吉の一節が、じつに興味深い。 あるいは、作者・池澤夏樹の生の声かもしれない、と思う。
<『もゝたろふが(と由良は読む)、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。 けしからぬことならずや。 たからは、おにのだいじにして、しまいおきしものにて、たからのぬしはおになり。 ぬしあるたからを、わけもなく、とりにゆくとは、もゝたろふは、ぬすびとゝもいふべき、わるものなり』 わたしは福沢諭吉の言うとおりだと思うの」・・・>
長くなるので、続く章 「戸長の婚礼」 は、明日にでも。
いよいよ、この小説も佳境に入る。
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コメント
福沢諭吉の弟子、依田勉三は晩成社を結成開拓のために帯広南方に開拓者として入植しました。この辺りももう一度調査してみたいです。海辺の晩成温泉には入ってきました。
投稿: 玄柊 | 2005年10月28日 (金) 18時19分
あのう、、、横槍を入れるようで、申し訳ないですが、鬼ヶ島の鬼は農民を苛めたり金持ちから宝を盗んだりして皆を困らせていたから、桃太郎は鬼を退治しに出かけたのだと、昔聞いたように覚えていますけど、違いましたっけ?
投稿: bluestar | 2005年10月28日 (金) 20時18分
福沢諭吉『ひゞのをしへ』が出典と、この『静かな大地』には書いてあります。ぼくも原典は読んでいませんが、福沢諭吉の言わんとしていることが理解できるかどうかでしょうね。
昔話って、けっこう残酷で、じつは大人の欲望なんかが隠されているように思います。
投稿: やまおじさん | 2005年10月28日 (金) 20時59分