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2005年10月28日 (金)

【読】静かな大地(7)

延々と続くのである。 7章目「戸長の婚礼」
明治18年、宗形三郎は、当時の静内郡下十六村を束ねる〝戸長〟に任命される。 いまでいう、村役場のようのものが〝戸長役場〟である。
そして、アイヌの友人のところにいた〝エカリアン〟という娘に惹かれはじめ、結ばれる。
アイヌの人たちの名前には、それぞれ意味があるということらしい。 〝エカリアン〟とは、エカリ=遠回り、アン=いる、という意味で、つまり〝遠回りしたところにいる〟〝向こう側にいる〟ということ。
この種明かしは、ここでは控えておこう。 この小説を読む楽しみを奪いかねないから。

ここで、いくつかアイヌの考え方、大げさに言うと精神世界にふれておきたい。
この小説で紹介されているし、これまでにぼくが読んだ、萱野茂さんの本などにも繰り返し書かれていることである。

「妻は借りもの」
アイヌは、嫁をもらうとは言わない。 嫁とりをアイヌ語では「マテトゥン」、マッ=妻、エトゥン=借りる。 他人の娘を借りて妻とする、と言う。 借りたものは、場合によっては返さなければいけない。 つまり、夫が妻を粗末に扱えば、妻は怒って元の家に帰ってしまうし、反対に、妻の方も、あまり行いが悪ければ元の家に帰される。

「アイヌプリの婚礼」
アイヌプリとは、アイヌの風習、古式にのっとったという意味。
米を小さな鍋で炊いて、できあがった飯を儀式用の立派な椀(アサマリイタンキ)に山盛りに盛る。 花嫁は、これに箸を添え、丁寧に礼拝して花婿に渡すと、花婿はやはり丁寧に礼拝してこの椀を受け、飯を半分まで食べる。
残る半分と箸を花嫁に渡すと、花嫁はその半分を食べる。
こうして二人は、この先も一つの鍋のものを分け合って、仲よく暮らすことを示す。


次の章 「函館から来た娘」 は、宗形三郎の弟・志郎(由良の父)の結婚譚が、由良の母(志郎の妻)によって語られる場面である。 この章も、なかなか面白い。
舞台は函館。 明治初期の函館の様子がわかって興味深い。
五稜郭にたてこもった榎本武揚の話も出てくる。

その次の章 「栄える遠別」。 いまや宗形牧場と呼ばれて繁栄する三郎とアイヌたちの牧場が舞台。
遠別(とおべつ)は、日高地方の静内の南東。 今は東別と呼ばれているあたりか。
三郎にも志郎にも子どもができて、彼らがアイヌの人たちと共同で始めた事業が、もっともうまく行っていた時期である。 しかし、一方では和人からの妬みも受け始める・・・。
波乱を含みながら物語は続く。

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コメント

東別、見つけました。昨年5月、新冠でキャンプしたとき通過しています。遠別という地名は、現在、稚内南西部にあります。

投稿: 玄柊 | 2005年10月29日 (土) 17時04分

この小説には布辻川という川が出てきますが、今でもありますか?
プッシ(噴き出すという意味、出口のところに砂が溜まりやすい川)から、ブシ川となり、布辻川という漢字があてられたそうですが。
この川の上流が、小説の舞台になっている遠別(東別)です。
遠別も語源はアイヌ語でしょうね。

投稿: やまおじさん | 2005年10月29日 (土) 18時16分

地図のよると、東別に沿って10キロほどの布辻川が流れています。「北海道地名辞典」などに掲載があるかも知れません。

投稿: 玄柊 | 2005年10月29日 (土) 20時14分

山田秀三の『北海道の地名(アイヌ語地名の研究 別巻)』で調べてみました。
「布辻(ぶし)」
 push-i (川水が)破って噴き出す・もの(川)
「東別(とうべつ)」
 toi-pet 食土川(アイヌが料理に入れたりする食べられる土があるところ、らしい)
 『静かな大地』にも説明がありましたが、今、見つかりません。
「春立(はるたち)」
 haru-ta-ush-nai 食糧を・採る(掘る)・いつも・する・沢
 

投稿: やまおじさん | 2005年10月29日 (土) 20時33分

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