« 【読】静かな大地(8) | トップページ | 【読】静かな大地(10) 最終回 »

2005年11月 1日 (火)

【読】静かな大地(9)

この長い物語も、佳境にはいった。

「神威岳」(12章)は短い章だ。
神威岳(カムイヌプリ)は、日高山脈の標高1600メートルの山。
日高からこの山を越えた東側が十勝の国である。
和人と喧嘩をして警察に追われたアイヌの若者をかくまい、冬の山越えをして十勝に逃がしたエピソードが、二人の人物の思い出話として記されている。
その一人、ニプタサという若者(三郎の牧場で働く)のことば。

<そうやってぼくたちはイナオクテと別れて、同じ道を戻った。 空が晴れた。 行きには霧と雲で見えなかった景色が、帰りは遠くまでくっきりとよく見える。 日高側への分水嶺まで登ったところで、左手に立派な山が見えた。 ・・・カムイヌプリ。神威岳だ。 白くて、大きくて、綺麗だった。 あそこにカムイが本当にいらっしゃるとぼくは思った。>

「馬を放つ」
宗形牧場を暗雲が覆う。
きっかけは、あの松田という男の訪問。 彼がどうやら、中央政府の周辺から、宗形牧場の乗っ取りを画策している様子。 三郎は、札幌まで出かけてこの男に会い話を聞くが、結局、資金提供の申し出を断わる。 この後、宗形牧場をとりまく様子がおかしくなる。
税務署の時ならぬ査察がある。 軍馬注文が来なくなる。 そればかりか、静内からもどこからも仲買人が来ない。 このピンチをなんとか凌いだところへ、宗形牧場の馬房が放火で焼けるという事件が起きる。

そのさなか、三郎が山の中で野宿した時、夢の中でキムンカムイ(熊の神)から〝カムイイピリマ〟(お告げ)を聞く。

<三郎、よく来たな、と熊が言った。 ・・・わしの言うことを聞け。>
<昔、たくさんの和人がやってきた。 わしらアイヌモシリの神々は和人を迎えて心おだやかでなかった。 ・・・わしらアイヌの神々は、バチェラーさんが唱えるキリスト教の神のように強くはない。 その代わり、あの神のように遠くにもいない。 狩る者と肩を並べ、食べる家族と囲炉裏を囲む。 そういう神々の中から、本当にアイヌを知る和人という言葉が出た。・・・>
<アイヌの友として育てられたのが私ですか、と三郎は小さな声で言った。 熊の神キムンカムイはうなずいた。>

14章 「あの夕日」
シチュエーションがこの物語の初めに戻って、老いた父・志郎が幼い娘・由良に語りかけるスタイル。 三郎と宗形牧場を襲った悲劇を語る。 この物語の山場である。
したがって、詳しい筋は書かない。
ここでは、興味深く感動的な一節を引用しておこう。 宗形三郎の言葉。

<アイヌについての私の姿勢を固めるについて、力を頂いた方が一人いた。 ・・・名はバードさんと言われた。 婦人の身でありながら異国を広く旅して見聞を広め、それを本に書いて衆生の蒙を啓くことを生涯かけての営みとしておられる。 そのために北海道まで来られた。
 この方が、和人の通訳がいないところで英語で話していた時に、アイヌは気高い人種だと私に言われた。
 私ははっとした。 幼い頃から慣れ親しんで、だから大好きなアイヌであった。 だが、周囲の和人はみなアイヌなど眼中になくただ開拓に勤しんでいる。 私がアイヌと交わるのを白い目で見ている。・・・>
<交わってはいたが、あの時までは私の思いはまだ友情と同情であった。 自分は自分、アイヌはアイヌと思っていた。 しかし、バードさんの一言で私は開眼した。
 アイヌは気高い人種だ、というバードさんの言葉が私を変えた。・・・>

いよいよ残るはあと一章だ。

|

« 【読】静かな大地(8) | トップページ | 【読】静かな大地(10) 最終回 »

【読】読書日誌」カテゴリの記事

アイヌ民族・アイヌ語」カテゴリの記事

池澤夏樹」カテゴリの記事

静かな大地」カテゴリの記事

コメント

池澤夏樹にとって、帯広周辺に育ったことは大きな意味があったことがこの小説で初めて判りました。今、なぜ沖縄なのか・・・それはエッセイを読んでもまだ完全にはわかりません。何かが呼ぶんでしょうね。

投稿: 玄柊 | 2005年11月 2日 (水) 08時43分

沖縄にひかれる気持ちは、なんとなく理解できる気がします。
池澤さんには、南洋を舞台にした小説も多いし、ハワイも好きらしいので、なんとなく海、という感じもします。
北海道と沖縄は、そこに昔から暮らしていた人たち(アイヌ民族とウチナンチュー)に、どこか共通するところが感じられます。
沖縄戦にアイヌの人たちが徴用された話もありますね。

投稿: やまおじさん | 2005年11月 2日 (水) 22時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 【読】静かな大地(8) | トップページ | 【読】静かな大地(10) 最終回 »