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2005年11月の37件の記事

2005年11月30日 (水)

【楽】サッポロSNOWY

この季節になると聴きたくなる歌がある。
中島みゆきの 「サッポロSNOWY」 という歌だ。

utadeshika中島みゆき 『歌でしか言えない』 1991 PONY CANYON
(収録曲)
C.Q./おだやかな時代/トーキョー迷子/Maybe/渚へ/永久欠番/笑ってよエンジェル/た・わ・わ/サッポロSNOWY/南三条/炎と水

札幌ではなく〝サッポロ〟そして〝SNOWY〟この二つの言葉をつなげたセンスに脱帽。
歌詞の内容は、「長距離電話で聞く札幌の天気予報は今日も雪」というもの。
こんなふうに要約してしまっては、ミもフタもないが・・・。

哀調をおびたメロディーがたまらなくいい。

 ♪大陸からの強い寒気が下がって 今夜半 冷え込みます
 夕方遅く降りだした雪は明日も かなり強く降るでしょう ・・・

サビのリフレインが泣ける。

 ♪サッポロSNOWY まだSNOWY あの人が
 まだ好きになってくれないから
 サッポロSNOWY まだSNOWY 帰れない
 今日も天気予報 長距離で聞く ・・・

北国生まれで、故郷を離れて暮らす人じゃないと、こういう歌は作れないかもしれないし、理解しがたいかもしれないが、おそらく誰の胸をもうつものがあると思う。
中島みゆき、おそるべし。

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2005年11月29日 (火)

【読】ボブ・ディラン自伝(続)

ブログの調子がいまいちなのだが、辛抱強く投稿してみよう。
『ボブ・ディラン自伝』 という本、なかなか面白い。
彼の文章は、その詩(歌詞)とおなじように、一筋繩ではとらえきれないし、知らない人名がたくさん出てきて辛いが、集中して読んでいると、ぐいぐい引きこまれていく。

次のような、まるで映画の一シーンのような表現など、すごいもんだ。

<わたしは廊下に出てドアを閉め、小さな滝のように見える螺旋階段を下り、いちばん下の大理石を敷いた踊り場に出て、狭い中庭の通路を通って外に出た。 壁は漂白剤のにおいがした。 ゆっくり歩いて建物のドアを閉め、鉄格子の門を抜けて歩道に出たあと、顔にマフラーを巻きつけてヴァンダムストリートに向かう。 ・・・>
(第2章 失われた土地 P.127)

ボブ・ディランの交友の広さを物語るように、同時代のミュージシャン他の人名が山のように出てくる。
ほとんど、ぼくの知らない(たぶん、一般的に知られていない人が多いと思う)人たちだが、うれしいのは、その中にジャズ・ミュージシャンの名がたくさんあることだ。

セシル・テイラーと、古いフォーク・ソング 「ウォーター・イズ・ワイド」 をいっしょに演奏した(P.91)とか、ドン・チェリーといっしょにやったことがある(P.91)とか、セロニアス・モンクと話した(P.116)とか・・・、ニヤリとしてしまうエピソードがふんだんに出てくる 。

<わたしは一度、午後の時間にモンクを聴きに行き、近くの店でフォークミュージックを歌っていると話したことがある。 モンクは「わたしたちはみんな、フォークミュージックをやっているのさ」と答えた。> (P.117)

まだまだ書きたいことはたくさんある。
半分ほど読んで、すでに付箋だらけであるが、いずれ書いてみたい。
人間ディランの知られざる顔、というか、ぼくの知らなかったことがたくさんあって、とても興味深い。

1960年代からのボブ・ディランの音楽、彼をとりまくアメリカ音楽の背景など、知りたいことが多いので、こんな本を図書館から借りてきた。 アメリカ音楽ファンには、おすすめの一冊。

Rock300『ボブ・ディランとともに時代を駆けた 20世紀のロック名盤300』
旬報社 2000.5.20 \2800

(執筆者)
宇田和弘、小川隆夫、恩蔵茂、末次安里、鈴木カツ、津田和久、中山康樹、村井康司

リトル・リチャードから〝ゆず〟まで。
ボブ・ディランのアルバムはもとより、彼をとりまく時代の音楽、彼に影響を与えた音楽、彼の影響を受けた音楽、などなど。 300枚の名盤を、1枚につき見開き2ページで紹介している。
ぼくにとっては、とてもありがたいガイド・ブックだ。
図書館から借りたのだが、どうしても手元に置いておきたいと思い、本屋で買ってしまった。
いい本だ。

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2005年11月28日 (月)

【読】ボブ・ディラン自伝

『ボブ・ディラン自伝』 を読みはじめた。

DylanChroniclesBOB DYLAN 『Chronicles : Volume One』
菅野(すがの)ヘッケル 訳
2005.7.29 ソフトバンク パブリッシング

訳者は、1947年生まれ。 70年からCBSソニーでボブ・ディランを担当。
訳書に 『ダウン・ザ・ハイウェイ ― ボブ・ディランの生涯』(河出書房新社)。
訳者あとがきによると、ボブ・ディランは、出版社と三冊の回顧録の契約をしており、これはその一冊目にあたるそうだ。

この本は五つの章からなる。
「初めの一歩(Making Up the Score)」 「失われた土地(The Lost Land)」 「新しい夜明け(New Morning)」 「オー・マーシー(Oh Mercy)」 「氷の川(River Of Ice)」 と、章題からしてなかなか詩的だ。

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2005年11月27日 (日)

【楽】スペイン革のブーツ

ボブ・ディランが作った歌のなかで、ぼくにいちばんなじみのあるのがこの歌。
元のタイトルは 「Boots Of Spanish Leather」 だから、邦題は、そのまんま。
安直といえば安直だが、これ以上、翻訳のしようがないのだろうな。

メロディー・ラインが美しい曲だ。
この歌を、ぼくはナンシー・グリフィス(Nancy Griffith) という、アメリカの女性シンガーの歌で愛聴してきた。

NancyGriffith「Other Voices, Other Rooms」 Nancy Griffith 1992
カヴァー曲集だが、彼女のいいところがよく出ている。
とりあげられている曲は、Kate Wolf の「ロッキーを越えて」 他、全17曲。
ぼくのサイトで紹介している。 見ていただけるとうれしい。
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/music.html
このアルバムでは、ディランがハーモニカ伴奏で参加している。

ディランと親しかったジョーン・バエズも、この歌を歌っている。

JoanBaezぼくが聴いたのは、このCD。
「ANY DAY NOW / JOAN BAEZ  SONGS OF BOB DYLAN」
ナンシー・グリフィスの明るい声とは対照的な、ジョーン・バエズの暗い(落ち着いた)声。同じ歌でも歌う人によってこうもちがうのか、という好例だろう。

余談だが、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」というヒット曲は、この歌の翻案である。
船が列車に、スペイン革のブーツが木綿のハンカチーフに変わっただけで、シチュエーションは同じ。言ってみれば〝パクリ〟なのだが、べつに悪いこととは思わないし、太田裕美のあの歌も嫌いではない。ちょっと甘ったるいところが鼻につくけれどね。

この歌の原詩は、とてもわかりやすい。 ぼくにも、ある程度は聞きとれる。
試しにいくつかのフレーズを取りだしてみると、とてもきれいな響きだということがわかる。
(ぼくのつたない訳を書いてみた)

Oh, I'm sailin' away my own true love,
 ぼくは船で旅に出るよ ぼくのいとしい人
I'm sailin' away in the morning.
 朝になったら 船に乗って旅にでてしまうよ
Is there something I can send you from across the sea,
 海のむこうから 送ってほしいものはないかい?
From the place that I'll be landing? ・・・
 海のむこうで 船が着いたら

No, there's nothin' you can send me, my own true love,
 いいえ 何もいらないのよ わたしのいとしい人
There's nothin' I wish to be ownin'. ・・・
 何もほしくないわ

Oh, but I just thought you might want something fine ・・・
 でも 何かすてきな贈り物が欲しいんじゃないかと思って

Oh, but if I had the stars from the darkest night
 暗い夜空に輝く星だって
And the diamonds from the deepest ocean,
 深い海から拾いあげたダイアモンドだって
I'd forsake them all for your sweet kiss, ・・・
 あなたのキスにはかなわないもの

That I might be gone a long time
 ぼくが長いあいだ留守にするから
And it's only that I'm askin', ・・・
 きみに聞いているんじゃないか

Oh, how can, how can you ask me again,
 どうして あなたは なんども私に聞くの?
It only brings me sorrow. ・・・
 悲しくなるだけよ

ひとり旅立っていった恋人、残された私、二人のあいだの手紙のやりとり。
とてもわかりやすいシチュエーション、歌詞内容だ。
旅に出た恋人が女性、私が男性、というのがボブ・ディランの元歌の状況らしいが、ぼくは、女性が歌うのを聴いてきたためか、残された私=女性、旅立っていった恋人=男性、と勝手に思い描いて聴いている。

こういう叙情的な歌が、ぼくは好きだなぁ。

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2005年11月26日 (土)

【楽】My Back Pages

ボブ・ディランの 「My Back Pages」 という歌が、ずっと気になっている。

― 理由 その1 ―
代々木に、その名も 「マイバックページ」 というライブハウスがある。
ボブ・ディランの熱心なファンらしいマスターが経営する店で、店内にボブ・ディランの写真が貼ってあったり、先日(11/23)のNHK-BShi 「No Direction Home」放映の日には、「上映会」をやったとか。
マイバックページ(代々木のライブハウス)
http://www.zoono.co.jp/
ブログ
http://d.hatena.ne.jp/MyBackPages/

― 理由 その2 ―
西川郷子さんが、ライブで歌っている(日本語訳詞)。
これが、なかなかいいのだ。
彼女の日本語歌詞では 「いまは、あの時よりも、もっと若い」 と歌われている部分が気になっている。
(多少ちがっているかも。ちがってたら、サトちゃんファン、ごめん)
 Ah, but I was so much older then,
 I'm younger than that now.
歌詞のはじめから、きちんと読んでみないとわからないのかもしれないが・・・。

― 理由 その3 ―
キース・ジャレット・トリオの 「Somewhere Before」 というアルバム(1968年)に、この曲が収録されている。
高校を卒業した頃、つきあっていた女性が持っていた。
ボブ・ディランのことを、ぼくはあまりよく知らなかったが、この曲のメロディーが強く印象に残っている。

この歌、歌詞が不思議なのだ。
ボブ・ディランのファンには、今さらと言われそうだが、勉強してみよう、っと。

※ネット検索すると、いろいろ面白いサイトがあるものだ。
ケンジのディランと英会話
http://blog.livedoor.jp/christmashorse/
Eternal Circle: All Lyrics & Albums of Bob Dylan
http://orad.dent.kyushu-u.ac.jp/dylan/

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【読】地区図書館で

すぐ近くの図書館へ、本(百年の孤独)を返しにいったら、図書館員の女性(やや高齢)から声をかけられた。
うん? なにか問題でも・・・と思ったら、「この本、最後まで読みきれましたか?」と聞かれて、ちょっとびっくり。
「二週間かけて読みました、意地になって」 なんて会話をしてきた。

(図書館員) 「私、家にあるんですけど、読めなかったんです、人名が難しくて・・・」
(ぼく) 「ここに」(と、巻頭の系図を示して) 「系図があるので、これを見ながら読んだんですよ」
(図) 「ああ、そうでしたか、・・・面白かったですか?」
(ぼく) 「面白かったです!」
(図) 「どのあたりから?」 (なかなか執拗である)
(ぼく) 「そうですねぇ、後半あたりから」
(図) 「そうですかぁ、私も、こんど読んでみます」 (笑顔で別れる)

なんとも、のどかな会話をしてきたのである。
図書館の人と、こんな会話をしたのははじめての経験だ。
帰りがけ、図書館の玄関に置いてあった「リサイクル本」(図書館で廃棄処分する本、ご自由にお持ち帰りください)で、平凡社の百科事典全7巻(1961年版)をいただいてきた。 両手に抱えきれないほどで、重かったけど。

そんなわけで、この図書館、すっかり気に入ってしまった。
ながいこと探していた 『エリック・ドルフィー』 という本もあったので、こんど読んでみたい。
『ボブ・ディラン自伝』 (ソフトバンク パブリッシング/2005.7) を借りてきた。

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【楽】歌詞の誤解

ぼくは、日本語の歌でも、英語の歌でも、歌詞カードを読むことがほとんどない。
そのために、大きな誤解をしていることが多い。

上々颱風に 「上々颱風のテーマ」 という歌がある。
その一節 ♪火をつけておくれ 火をつけておくれ・・・♪ を、長いあいだ 「気をつけておくれ」 と聴いていたことに、ある日とつぜん気づいたりして。
ぼくの勝手な聴きちがい、おもいちがいなのだけれど、じぶんでも笑ってしまう。 まあ、耳で聴くことをだいじにしたい、なんて言い訳をしている。

日本語の歌でさえこのありさまだから、英語の歌詞など、ほとんど意味がわからずに聴いていることが多い。
ボブ・ディランの映像(ノー・ディレクション・ホーム)では、日本語訳詞が字幕に出るのを読みながら見ていたが、そうすると、今度は耳の方がおろそかになってしまうので、うーん、なかなか難しいのである。

もちろん、(耳で)英語がわかる人なら、こんなことはないのだろうが。
外国語の歌は、なかなか難しいものだ。


ところで、ピーター・バラカンという、英国出身で日本にいる、日本語が堪能な人がいる。
毎週土曜日の朝、NHKのFMラジオでこの人の番組を聴いている。 「ウィークエンド・サンライズ」という音楽番組。 このバラカンさんが書いた、面白い本をみつけた。

barakan「 Rock Between The Lines ロックの英詞を読む 」
ピーター・バラカン 2003.10.8 第1刷
集英社インターナショナル

もちろん、日本語で書かれている。
この本を読んでいて、いろいろ気づいたのだが、その一つに、英語の歌詞というのが、じつにきれいに韻を踏んでいるということがある。
もう一つは、日本語に翻訳された曲名が、いかにいい加減かということだ。

ボブ・ディランの 「風に吹かれて」 なども、「 Blowin' In The Wind 」 が、なんでこうなるの? という感じ。
バラカンさんの日本語訳詞はこうだ。

 The answer, my friend, is blowin' in the wind.
 The answer is blowin' in the wind.

 その答えはね、友よ、風の中に漂ってるんだ
 答えは風の中に漂ってる

つまり、「答えは自分でつかもうと思えばつかまえられるところにある」 というのが、そのココロだろう。
「風に吹かれて」 という日本語タイトルに、ぼくも惑わされて、勝手なイメージをつくりあげていたような気もする。

これからは、英語の辞書を片手に、歌詞カードをじっくり読んでみようか。
そうすれば、もう少し、大きな歌の世界が広がるかもしれない。

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2005年11月25日 (金)

【楽】No Direction Home

ボブ・ディランのドキュメンタリー映像 『No Direction Home』

2部構成、3時間半の長編を、11/23 NHK BShiの放映で見た。
http://www.nhk.or.jp/dylan/

サウンドトラック盤も出ているようだ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000A4AWRW/249-8087586-1808328

タイトルの意味がわからいまま、妙にひっかかっていたのだが、なんのことはなかった。
「Like A Rolling Stone」 の歌詞の一節だったことを、あるサイトで知った。
 → http://orad.dent.kyushu-u.ac.jp/dylan/jp/larollin.html

 To be on your own
 With no direction home
 Like a complete unknown
 Like a rolling stone?

 家も無くしてしまって
 全く知る人も無く
 転がる石ころみたいになって


若い頃のボブ・ディランは、色白で唇の紅い、いかにも女性にもてそうないい男だった。
彼は、1941年生まれ。 ぼくよりもちょうど10歳年長だと知った。
このインタビュー当時の、今の彼の顔も、なかなかいいのではあるが・・・。

〝いい顔〟といえば、インタビューを受ける今のジョーン・バエズもなかなか魅力的。
若い頃のロング・ヘアーとはうって変わって、ショートカットで髪に白いものも混じるが、いい顔なのだ。
ちょっと、加藤登紀子を思い起こさせる。
彼女が語る、若い頃のボブ・ディランとの思いで話は、なかなかよかった。
二人の絆の深さを感じさせる。

ボブ・ディランの元恋人(たぶん、2枚目のアルバムのジャケットに写っている女性だと思う)のインタビューも、よかった。
ボブ・ディランは強い孤独を感じさせる男だが、こういう理解者(それも女性)に恵まれていたんだなぁ、と思うと、ちょっぴり嬉しかった。

まだまだ書きたいことはあるので、いずれ続きを・・・。


※ちなみに、上にあげたサイトの日本語訳詞は、なかなかいい。
 「風に吹かれて」 (Blowin' In The Wind) なんか、びっくりするほど。
 → http://orad.dent.kyushu-u.ac.jp/dylan/jp/blowwind.html

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【読】百年の孤独

二週間かけて、ようやく読み終えた。 ふぅーっ。
ガルシア=マルケス 『百年の孤独』 (鼓 直 訳/新潮社/1999年)
不思議な物語。

 「仕方がないさ。時がたったんだもの」
 つぶやくようなその声を聞いて、ウルスラは言った。「それもそうだけど。
でも、そんなにたっちゃいないよ」  (百年の孤独 P.350)

池澤夏樹さんがいうように、「民話の面白さを大量に用意して、それを巧妙に組み上げていった」、「四百頁を超える話を支えるだけのストーリーがあり、構造がある」、「しかし、基本的な材料は民話的な語りである、こういうことが実現できるとは、誰も思っていなかった」
(池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』 新潮社 P.305)
という、人を酔わせるような魅力がある。

まったく突拍子もない連想だが、アイヌのユカラを思いおこしてしまった。
〝神謡〟とも呼ばれるカムイ・ユカラではなくて、〝英雄叙事詩〟の長いユカラ。
とんでもない人間が出てくる物語。 それでいて、きわめて人間くさい物語。

ただし、・・・疲れた^_^;
この先しばらくのあいだ、こういうハードな読書はしないだろうなぁ。

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2005年11月24日 (木)

【楽】バブ・ディラン

奇をてらったわけではないが、なんとなく、こう書いてみたくなった。
BOB DYLANである。
ずっと前、山小屋に米国人のお客がきていて、その場で〝ボブ〟ディランの話題になったことがあった。
その人は日本語が得意じゃないらしく、まわりで〝ボブ〟ディランと言っているのが、誰のことだかわからなかったらしい。 信じられないかもしれないが、これはほんとうの話。
そのうち、みんなが口にしているアメリカのミュージシャンが誰だかわかったようで、「オゥ!バブ・ディラン!」と言ったのが、ぼくの印象に強く残っているのだ。

まあ、ぼくらはボブ・ディランでかまわないんだけど。

その、ボブ・ディランへの長時間インタビューを中心に据えたドキュメンタリーを、昨夜のTV放送で見た。
ぼくは、それほどのファンでもなく、たくさん聴いてきたわけでもないが、かなり興味があった。
3時間半、テレビの前で見ていたが、 とても面白い映像だった。
いろいろと感じるところ、考えるところもあったので、明日以降、できれば少しずつ書いていきたい。

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2005年11月23日 (水)

【遊】深まる秋

身近な秋。今日の写真。

051123000105112300120511230005




0511230009サザンカが目につく。
これは八重咲の「富士の峰」という品種らしい。
さざんかさざんかさいたみち、という歌を思い出す。
冬の花という印象が強い。

0511230011ハナミズキ。
別名:アメリカヤマボウシ。
ヤマボウシの仲間だが、こちらはアメリカ原産。
街路樹としてたくさん植えられていて、春のサクラの花が終わった後、清楚な花を咲かせる。

05112300160511230017 こういうものも、団地の敷地内にあった。
かわいらしい小さな彫像。

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【楽】あした天気になれ

中島みゆきの初期シングルを集めた3枚組みCDアルバムがある。
『Singles』 CANYON D75A0309
miyuki-singles ひさしぶりにこのアルバムを聴いてみて、70年代から80年代の彼女の歌もいいなと思った。
「つめたい別れ」は、1985年12月21日発売のシングル。
スティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加している。
いい曲だなぁ。

DLサイト(Yahoo! Music)
http://music.yahoo.co.jp/shop?d=p&cf=72&id=236145&cid=100000011927
今さら人に聞けないスティーヴィー80's編(HMV)
http://www.hmv.co.jp/news/newsdetail.asp?newsnum=503180049

1975年のファースト・シングル 「アザミ嬢のララバイ」 から、1986年 「やまねこ」 まで、20枚のシングル盤(40曲)を集めたこのアルバムの中で、ぼくが愛聴してきたのは、「あたいの夏休み」 「あした天気になれ」 「霧に走る」 の3曲だ。

なかでも 「あした天気になれ」 は、ぼくの中では彼女のベスト10に入る曲。
雨が好きだから、あした天気になれ、愛が好きだから、あした孤独になれ、というせつない歌詞が心にしみる。
その中の一節。
♪宝くじを買うときは 当たるはずなどないと言いながら買います
そのくせ誰かがかつて 一等賞をもらった店で 買うんです♪


中島みゆきは、ぼくと同年代ということもあり、同時代を走る長距離ランナーという気がしてならない。

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2005年11月22日 (火)

【演】高津の富

年末ジャンボ宝くじの季節がやってきた。
いつも一攫千金を夢見て10枚か20枚、買ってみるのだが、これまでの最高当選額は1万円。
宝くじを山の上まで持っていって、山の神さんに一等賞をお願いしたこともあったが、やはりというか、そんな欲深な願いは聞きいれてもらえなかった。

上方落語に 「高津の富」 (こうづのとみ)という演目がある。
江戸(東京)落語では 「宿屋の富」 という。
大阪の高津神社で売られていた富くじ(いまの宝くじ)のはなし。

ぼくは、桂枝雀のマクラが好きだ。

どんな内容かというと、金は天下の回りものというけれど、どこにでもまわってくるかというとそうではなく、まわる道、ルートが決まっているんだそうだ。
そのルートのニア・バイにいる人にはまわってくるけれど、ファラ・ウェイにいる人には生涯まわってこない。

大体、お金というものは寂しがりやなんであって、お札の王様の一万円札でも一人立ちはできない。 一枚では立てない。 それが証拠に、たとえ三枚、五枚ぐらいあっても、もっと大勢の仲間たちのところへ飛んでいこう、飛んでいこうとする。・・・

宝くじはいいもんである。
庶民の夢というか、当たるといいなぁ~と思っているだけで、心が暖まるものだ。

最後に、枝雀の語り口を借りると
「こないだうちから、この宝くじの存在をばあてにしているのでございますが、三日前でございましたか、ちょっと不吉な話を耳にしたのでございます。 ・・・それは、その宝くじというものは、あの券を買った人の中から当たりくじが出るのやそうでございます。 ・・・可能性は薄いなぁ、と・・・」

この噺、ストーリーは単純だが、なかなかホロリとしてしまう内容である。
高津神社(たかつじんじゃ、というのが正式な名前らしい)の境内の抽選会場で、欲にかられた人たちが、自分に当たりますように、とワイワイガヤガヤやるところが聞かせどころ。

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2005年11月21日 (月)

【読】こまぎれ読み

11/12に図書館から借りてきた本を、まだ読んでいる。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_e50d.html

A5版、440ページ、9.5ポイントぐらいの小さな活字が1ページに20行も詰まっている本で、内容がまた、とてつもなく複雑。
登場人物の名前がまぎらわしく、頭が痛い。
南米を舞台にした一族の物語なのだが、ホセ・アルカディオ・ブエンディアの息子の名がホセ・アルカディオ、孫がアルカディオ、曾孫がホセ・アルカディオ・セグンドといったぐあいで、わけがわからない。
巻頭に「ブエンディア家家計図」があるので、わからなくなるとこれを見る。

途中で投げださないのは、ひとつには意地もあるが、内容の不思議な面白さにもよる。
さすがに、池澤夏樹さんが 『世界文学を読みほどく』 という著書で、世界10大傑作のひとつとして取りあげただけのことはある。
G・ガルシア=マルケス著 『百年の孤独』 。
ようやく3分の2までたどりついた。 一日数十ページの〝こまぎれ〟読みなので、なかなかすすまない。
それでも、山登りに似て、ちょっとしんどいけど楽しい毎日なのだ。

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2005年11月20日 (日)

【読】五木寛之ブックマガジン

itsuki このブログにコメントを寄せてくれている友人(玄柊さん)が教えてくれた面白い本。
『五木寛之ブックマガジン』 (夏号・秋号)
KKベストセラーズ 2005年8月8日・11月8日発行 各500円
格安のオススメ本。今後、冬号と春号も刊行予定だそうだ。
夏号は、本屋でもなかなか見つからなかった。早めに購入するといいと思う。

夏号
http://www.kk-bestsellers.com/cgi-bin/detail.cgi?isbn=4-584-16565-3
秋号
http://www.kk-bestsellers.com/cgi-bin/detail.cgi?isbn=4-584-16566-1

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【遊】澤乃井 まゝごと屋

きのう、奥多摩を車でまわってきた。
青梅街道の沢井にある「まゝごと屋」に寄って腹ごしらえをしてから、奥多摩湖、小菅の湯というコース。小菅の湯まで、自宅から片道70キロ。
きのうは天気がよく、人出が多かった。

051119-08051119-19 JR青梅線「沢井」駅前にある「小澤酒造」
創業元禄15年という古い造り酒屋。
清酒「澤乃井」は多摩T地方の酒屋ならどこでも置いている地酒。

051119-25051119-24
利き酒200円から(お猪口は持ち帰りできる)。



051119-16051119-17 「小澤酒造」に隣接する「澤乃井園」
「まゝごと屋」の庭園で、売店では清酒、軽食、まんじゅうなどを販売。
あずまやもあり、多摩川の渓谷を眺めながらお酒や軽食を楽しめる。
051119-18051119-14051119-10




051119-15「まゝごと屋」
豆腐・ゆば料理中心の懐石料理(コース)。
3800円から。
問合せ・予約 0428-78-9523

051119-99 きのうのお土産(まゝごと屋売店での買物)。
いつも買う「炒り豆腐」が売り切れのため「きびおこわ」を購入。
ここの豆腐も絶品。 他に、うの花、がんもどき、佃煮、など。


051119-42051119-43 「小菅の湯」
奥多摩からさらに奥に入ったところにある日帰り温泉。国道411号線で奥多摩湖を過ぎ、深山橋を渡り山梨県に入る。
山梨県北都留郡小菅村3445番地 0428-87-0888 冬期は18:00で終了。

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2005年11月19日 (土)

【遊】星空をあおぎながら

きのう、仕事帰りに都心で友人たちに会った。
高校時代の同級生、同期生たち4人と遅くまで語らったので、帰ってきたのは深夜。
JRの電車を降り、バスが終っていたので駅のタクシー乗場で待っていると、風が冷たかった。

ここ数日、まるい月がきれいに見える夜が続いている。
二日ほど前が満月だったはずだ。

昨夜はこれに加えて、みごとな星空だった。
ひさしぶりにオリオン座を眺めた。

あわただしい日々にまぎれて、すっかり忘れていた星空。
ひさしぶりに顔をあわせた昔の仲間たち。
35年前のハイティーンの頃、同じような星空をながめて、じぶんはどんなことを考えていたのだろう、なんてことをふと思ってしまった。

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2005年11月17日 (木)

【遊】気になる木

たぶん「ホオノキ(朴ノ木)」だと思うが、住まいの近くにこんな木がある。

051113-h6 大きな葉がすっかり色づいてしまって、次から次へと落ちている。
葉の形から、「朴葉味噌」のあの葉っぱだろうと見当をつけて図鑑を見るのだが、自信がない。
朴ノ木だったら、春になれば、きれいな花をつけるからすぐわかるはず。
秋から冬にかけて、落葉した木の名前は、あんがいわからないものだ。
というか、ぼくが樹木の名前をあまり知らないだけなんだけれど。

イチョウがだんだんと色づいてきた。
日当たりによって、色づき方に早い遅いがあっておもしろい。
ケヤキはすっかり赤茶色になって、朝日を浴びるととてもきれいだ。

今日は、最寄駅の前の街路樹が「トウカエデ(唐楓)」だと知った。
名札がついていたので、正確な名前がわかったのだが。
見るとたしかにカエデ(蛙の手)の葉っぱだ。
まだ緑色だが、これから赤く染まると思うと、楽しみだ。


【2008.11.8 追記・写真追加】
この木は、トチノキ。
春に白い花が咲き、秋には栗の実に似た実が成る(栃餅の材料になる)。

Tochinomi2_2Tochinomi1

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2005年11月16日 (水)

【雑】ひるやすみのもんだい

椎名誠に『ひるめしのもんだい』というエッセイ集があった。
サラリーマンにとって、昼休みの使い方と昼めしの問題は毎日の悩みの種だ。
椎名さんは、若い頃、会社勤めの経験があるから、そのあたりの悩みがよくわかっていて軽妙なエッセイを書いている。

彼が同僚や上司といっしょに昼めしを食べに出た時のこと。
天ぷら屋だったと思うが、椎名さん一人がなかなかオーダーが決められなくて、上司から「天丼にしろよ」と半ば強制されたのに腹をたて、「オレ、昼めしいいや」と言い残して一人で店を出た、という話があった。
細かいところは違っているかもしれないが、いかにも椎名さんらしいエピソードだと思ったものだ。

ぼくもサラリーマンの一人なので、毎日悩んでしまう。
繁華街だというのに、ちかごろはいい店が少なくなった。
居酒屋の昼定食というのがベストなのだが、採算がとれないのか、よく通っていた店がいつのまにかランチタイムの営業をやめている。
しょうがないので、喫茶店のランチ、中華屋か天丼屋(いずれもチェーン店)。
これがねぇ、なかなかアタリが少なくて、ハズレばかり。
早くて安くて美味い店を、いまだに探し続けているのである。

もうひとつの悩みは、昼食に費やした残りの昼休み時間の使い方。
駅ビルの4階に入っている本屋をのぞきに行ったりすれば、あっというまに20分はたってしまい、大急ぎで職場に戻って歯ブラシと洗面でタイムアウト。
こんな毎日を続けている。
サラリーマンはつらいよ。

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2005年11月15日 (火)

【演】千両みかん

みかんといえば、上方落語のこの演目。
みかん一個が千両、という話。

船場の大店(おおだな)の若旦那が臥せってしまう。病名がわからない。
恋わずらいか、と心配した大旦那が番頭を使って若旦那の気持ちを聞くと・・・なんと、みかんが食べたい一心で寝付いてしまったという。
「みかんなんぞお安い御用」と、うっかり安請け合いした番頭。
夏の盛りのことである。いまとちがって、真夏にみかんなんぞあるわけがない。

大旦那に、「あると言ったみかんがなければ、倅はがっかりして死んでしまう。主殺しは火あぶりの刑」と脅され、大阪中をさがしまわる番頭がこっけいでもあり、可哀相でもある。

どこへ行っても「そんなもん、おまへん」と言われて、そのうち磔(はりつけ)台が目にちらつき、わけがわからなくなった頃、「天満のあかもん市場に行きなはれ」と言われる。
〝あかもん市場〟とは、〝赤物〟すなわち果物専門の市場。
〝あおもん〟は、野菜だそうだ。
天満には、一年中みかんを商う問屋があったのだ。
もちろん、みかんの季節に仕入れて蔵に保存しておく。
ところが、暑い盛りのこととて、その店の蔵にも満足な形のみかんは、たった一つしか残っていない。

果物問屋は事情を聞くと、代金はいらないから一刻も早く持っていきなはれ、と言ってくれたのに、番頭が「そうはいかない、金に糸目はつけないから売ってくれ」と口をすべらしたばっかりに、果物問屋の方が意地になり、みかん一個に千両の値段が付いてしまうのである。

可哀相な番頭、すごすごと自分の店に戻って大旦那に報告すると、「それは安い!千両で倅の命が助かるのなら」ということに。
めでたく千両で貴重なみかん一個を手に入れ、若旦那の病気も治る。

十袋あったみかんの房の三袋だけ残して、「おとっつあんと、おっかはんと、おまえとで一房ずつ食べておくれ」。
これを手にした番頭。
これだけでも三百両の値打ちがあるのかと考えて、おかしくなってしまう。

「これが三百両!十三の歳から奉公して、来年は別家させてもらうが、その時にもらえる金がせいぜい五十両。ここにあるのが三百両・・・」
番頭、みかん三袋持ってどっかへ行ってしまいよった、というサゲである。


この噺、ぼくは桂枝雀が演じていたテレビ番組(関西系)を録音してあり、何度も聞いた。
何度聞いてもホロリとしてしまう。番頭の気持ちがよくわかるから。
・・・いい話である。

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2005年11月14日 (月)

【雑】味覚の秋

食べ物に季節感がなくなって、スーパーに行けば、一年中なんでも揃っているけれど・・・やはり、この季節ならではの〝旬の味覚〟がある。
ぼくにとって、いまは果物がおいしい季節。

akinomikaku りんご、みかん、柿。
りんごは紅玉がいい。甘味の強いデリシャス系のりんごよりも、昔ながらの酸っぱい紅玉。
みかんも、これからだんだん美味しくなるのが楽しみ。
柿は、以前はあまり好きではなかったが、今では好物だ。
後は、梨が出まわっているけれど、昔ながらのパリッと固い洋梨を見かけなくなった。
ラフランスも悪くはないが、どうも、あのぐにゃっとした感じが果物らしからぬ感じ。

りんごとえいば、子どもの頃、この紅玉をよく食べさせられた。
木のりんご箱で買って(籾殻のクッションに埋まっていたっけ)、ひと冬のおやつだった。
りんご箱は便利なもので、転勤の多かったわが家では、引越しの荷造りに活用していた。何度も再利用できる梱包財だったなぁ。今は段ボール箱が主役だけれど。

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2005年11月13日 (日)

【遊】江戸東京博物館再訪

きのう、両国に出かける用があったので、江戸東京博物館に寄ってみた。
ひと月ほど前に行ったばかりだが
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_3c38.html
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_c0fb.html
ここは何度行っても楽しめる。

ぼくは、やっぱりミニュチュアが好きなんだなぁ。
あまり時間がなかったので、一つ一つの人形の表情まで観察できなかったが、これはそうとうな〝手仕事〟である。

051113-h1 日本橋のにぎわい。
人形の大きさは、親指程度。
細かいところを観察できるように、双眼鏡!が置かれている。
それにしても、江戸というのが、そうとう大きな都市だったことがわかる。
活気があったんだろうな。

051113-h2 同じく、日本橋の橋詰め。
日本橋の実物大セット(半分だけ)は、6階の入口を入ると、目の前にある。



051113-h3 越後屋(呉服屋)の店先。
店の内部もていねいに作られている。
物売りの台に乗っている、一つ一つの売り物まで。


051113-h4 隅田川(両国橋)。
これも凄いセットだ。
この博物館は、前にも書いたが、基本的に写真撮影OKである。
ただし、ストロボは、決められたところ以外は不可。
子どもも大人も楽しめる博物館だ。

051113-h5 これは、5階のガラスケースに展示されているセット。
神輿の行列。 衣裳がすごい。
この人形セットは、少し大きめ。

また、遊びに行こうっと。

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【遊】今日の散歩

今日もまた天気がよかったので、自転車で散歩。
紅葉がだいぶん進んだ。

051113-1 警察学校前のサクラ。
きっと、この敷地の中はサクラの名所なんだろうと思う。
場所が場所だけに、簡単に入れそうもないが。


051113-2 国土交通大学の入口から中を覗いたら、みごとな銀杏並木が。
色づきはじめていた。
ここも、門番がいて自由に入るわけにはいかなかった。
警察学校同様、広い敷地。

051113-3 五日市街道と並行する、警察学校前に続く並木道。
サクラの木のトンネル。
春が楽しみだ。これからの紅葉も。


051113-4 団地のサクラ。
ベランダからも見える木。
なかなかの枝ぶりである。

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2005年11月12日 (土)

【読】図書館

すぐ近くに地域図書館がある。
これが、住まいから直線距離で100メートル以内、ドアツードアで徒歩230歩、2分という近さ。
http://library.kodaira.ed.jp/lue/kakukan/05.html

book051112 今日、ここから、はじめて本を借りてきた。
ガルシア=マルケス 『百年の孤独』
フォークナー 『アブサロム、アブサロム!』
貸出期間が2週間なので、2冊読むのはきびしいかもしれないが、欲張って2冊。 まあ、貸出延長ということもできるが。
(写真に写っている紙片は貸出レシート)
もちろん、池澤さんの 『世界文学を読みほどく』 に触発されたのである。

それにしても、今日は晴れて気持ちがいいなぁ。
昼過ぎに両国まで出かける。 高校の同期会に出席するためだ。
夕方からなので、始まる前に江戸東京博物館に寄ってみるつもり。

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2005年11月11日 (金)

【読】世界を読み解く

・・・とまあ、おおげさなタイトルだが。
池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』 を読み終えた。
とても奥深い本で、こんなに楽しい読書体験は久しぶりだ。

11/2に紹介したように、著者が選んだ世界の10大傑作について、大学生を相手にした講義録。
副題「スタンダールからピンチョンまで」とあるが、トマス・ピンチョンというアメリカの現代作家のことは、初めて知った。

この本の帯のキャッチ。
「世界の10大傑作がこんなにわかる。小説を通して見ると、世界のこともこんなにわかる。」とある通り、池澤夏樹の〝世界観〟が、この人独特の切り口、語り口で繰り広げられている。

取りあげられている19世紀・20世紀の欧米の長編小説10編は、著者の言葉によると
<非常に面白いけれども、実際に読むのにはいささかの忍耐を要します>というものが多いが、<美味しい果物は皮が厚いというか、殻が硬いというか、そうそうすぐには食べられません>ということだ。

『カラマーゾフの兄弟』 『魔の山』 『ユリシーズ』 『百年の孤独』 など、娯楽小説を気軽に読むようなわけにはいきそうもない。気合いが必要なんだろうなぁ。でも、いっちょう読んでみようか、という気になる。

小説を題材にした世界論、といった内容が、ぼくにはたまらなく面白かった。
池澤さんはインターネットを道具として使いこなしている人だが、この本でも「ブログ」の可能性にふれているところがあって、これまた興味深かったし、勉強にもなった。
近ごろオススメの一冊。

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2005年11月10日 (木)

【遊】身近な秋

昨日の続き。
住まいの近くと、通勤途上の駅で見た紅葉の走り。

051110-1 毎朝見る、バス停近くのケヤキ。
2005.11.9 つまり、きのうの朝6時半頃。日の出のすぐ後。
朝日を浴びてきれいだった。
ケヤキは、紅くならないうちに茶色のまま落ちてしまうものもあるが、日の当たりぐあい、冷え込みぐあいによっては、みごとに色づく場合がある。
東京では、街路樹として、いたるところに植えられている木だ。


051110-2 やはり、バス停の近く、警察学校の敷地の中にあるサクラ。
ソメイヨシノだろう。塀越しに撮った。
サクラも、きれいに紅くなる木と、茶色のまま散ってしまう木がある。
この住まいの周辺はサクラの並木が多いので、これからが楽しみ。


051111-1 これは、今朝(2005.11.10)。
イチョウが、ここ数日のあいだに急に色づきはじめた。
やはり、昼間、日当たりのいい場所の木は、色づきが早い。
団地の中にメインストリートが2本あるが、その道の両側がイチョウ並木。
高さが、5階建の団地の建物よりも高い。



051111-2 通勤途中、JR中央線・総武線の御茶ノ水駅。
いつもこの駅で乗り換える。
車窓やホームから見る、このあたりの景色が好きだ。
東京にしてはめずらしい、水と緑の風景。
今朝は、駅を出て、聖橋の上から四谷方向の風景を撮ってみた。

051111-3 これは、オマケ。
御茶ノ水駅ホームを通過する特急車両。「あずさ」かな?
もう少しいいタイミングで撮りたかったが、列車のスピードが速くて、あっというまに至近距離まできてしまっていた。
朝の通勤時間帯に(といっても7時半頃だが)、のんびり写真を撮るようなアホは、ぼくぐらいのものだった。

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2005年11月 9日 (水)

【遊】気持ちのいい朝だった

朝から晴れて、いい一日だったなぁ。
「晴れときどき曇り」じゃなくて、「一日中晴れ」。
団地の木々も、この数日の冷え込みで色づきはじめた。

今日は、重いテジカメを持って家を出た。
団地の中と、通勤電車の乗り換え駅のお茶の水のホームで写真を撮った。
・・・けれど、今夜は時間が遅くなったので、写真は明日。

今さらながら、木々の色づきに順序があることに気づいた次第。
今は、ハナミズキが紅葉まっさかり。
街路樹では、ケヤキの色づきが始まり、サクラの葉も紅くなってきた。
プラタナスは、あまり良くない。
イチョウは、まだまだこれから。日のあたるところが、やっぱり早く色づくようだ。

ということで、また明日。

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2005年11月 8日 (火)

【読】日本国憲法

池澤夏樹さんの『憲法なんて知らないよ』という本は、とても面白かった。
いろいろ知らないことがあったので、タメになった。

日本国憲法が最初に英語で書かれたということも、はっきり認識していなかった。
なんか、法律の文章って難しいな、と思っていたのだが、英語の原文を極度に〝厳密に〟訳すと(憲法はブンガクじゃないから、あいまいさを排除するということだ)、あの硬い文体になるのだろう。

英語は得意じゃないけど、この本の巻末に載っている英文の憲法は、なかなかいい文章だと思う。その前文は、このように始まる。

THE CONSTITUTION OF JAPAN
We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, ・・・

長いので途中まででやめるが(ここまで写すのもしんどかった)、池澤訳はこうだ。
子ども向けに、漢字には総ルビがふられている。

<私たち日本人は、国を動かす基本の力は国民みなが持ち寄って生まれるものであることを、まず宣言する。
私たちはこの考えの上に立ってこの憲法をしっかりと制定した。これは世界の国々と協力して作ってゆく平和な暮らしや、この国にゆきわたる自由の喜びを私たちが失うことがないように、また政府のふるまいのために恐ろしい戦争が再びこの国を襲うことがないようにと考えた上で、自分たちできちんと選んだ代表が集まる国会を通じて、自分たちと後の世代のために、決めたことである。>

理想主義的とも言える内容だが、敗戦後の日本の民の解放感のような気持ちが、この訳文だとよく伝わってくる。
池澤さんが言うように、「この新しい憲法を日本人は熱烈に歓迎した」のだろうな。

学校で、この池澤さんの本(翻訳)を使って、子どもたちに憲法のことを学んでもらうといいのにな、と思う。

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2005年11月 7日 (月)

【読】憲法なんて知らないよ

池澤夏樹の近刊を2冊手に入れた。

ikezawa-book1 『憲法なんて知らないよ』
集英社文庫 2005.4.25 476円(税別)
タイトルにひかれた。 本屋で中を見ると、なかなか面白そう。
さっそく帰りの電車の中で読み始めた。
少年少女向けに、日本国憲法を「新訳」したもの。 つまり、あの硬い文章の日本国憲法を日常の言葉に〝翻訳〟したもの。 池澤さんの思想がよく出ている。
憲法の原文も付いているので、比較してみると面白い。
さらに、英文も掲載されている。 元々が英文で起草されたものだから、日本語が硬いのも仕方がないのかも。 それにしても、あの憲法は読みにくい。 日常語に〝翻訳〟するという発想がこれまでなかったのかなぁ・・・。

ikezawa-book2 『星の王子さま』
サンテグジュペリ 池澤夏樹訳
集英社文庫 2005.8.31 381円(税別)
この本(これまでの訳本)、何度か読もうと思ってそのままになっていた。
池澤さんの訳なら読んでみようかなと、図書館で調べたら予約でいっぱいだったので、買ってしまった。 値段も安いし。
内容紹介というか、感想文は、いずれそのうち。

池澤夏樹さんのWEBサイトが面白い。
http://www.impala.jp/

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2005年11月 6日 (日)

【遊】檜原村・数馬の湯

天気はあまりよくなかったが、車で檜原村・数馬の湯にでかけてきた。

bunmeidou 行きがけ、武蔵村山市にある「文明堂壱番館」に立ち寄った。
http://www.tokyo-bunmeido.co.jp/shop/ichibankan.htm
ここは、カステラの文明堂の工場に隣接した売店。
カステラの切り落としを買う。 安いのだ。
ここでも、ハナミズキが色づいていた。
この木は、最近、街路樹としてよく見かける。
アメリカ原産。 春、サクラの花が終わる頃、きれいな花を咲かせる。
紅葉は、サクラよりも早く、ナナカマドに似た赤い実をつける。今が紅葉の盛りだ。

chitoseya その後、あきるの市の霊園で月例の墓参をすませ、檜原村へ。
「檜原豆腐 ちとせ屋」で買物。
「数馬の湯」までは、思ったよりも距離があった。
けっこう奥深い場所にある。 数馬の民宿が並ぶあたり。
もう少し行けば、都民の森がある奥多摩周遊道路(奥多摩湖に通じる山越えの道路)。
あいにくの雨。

kazumanoyu051106 「数馬の湯」 お湯は無色無臭で温泉らしくないが、意外と体が暖まった。
内部は記憶にあった通り、広くはない。通常料金800円というのも安くないが、これでも経営努力をして値上げを抑えているとのこと。 以前はタオルをサービスでくれていたが、これもやめて値段を据え置いている、という掲示があった。日帰り温泉も、あんがいとたいへんらしい。

kazuma-kouyou これはヤマザクラかな?
なかなかみごとな色づきだった。これからもっと赤くなるのだろう。
数馬の湯の駐車場横。
道中、イチョウが黄葉しているのをいくつか見たが、全体に、色づきはこれからといったところ。


yamagoya-kanban yamagoya数馬の湯から五日市へ戻る途中、前から気になっていた「山小屋」という店に入る。
なかなか風情のある外見、内部も山小屋風。
喫茶、軽食、土産物という、よくあるタイプの店だが、ここは気に入った。
すいとんがうまそうだったが、数馬の湯でそばを食べて来たので、次回までお預け。 今日はコーヒーだけにした。
メニューの入ったクリアーファイルをめくってみると、ここを訪れた人が紙ナプキンに書き残した、なんていうのかな、記念のメモ書きがいっぱい保存されているのにびっくり。
立ち寄る人の多さを物語っていた。ライダーが多いようだ。
店の人の感じがとても良かったなぁ。
謎の「奥多摩る貯金箱」は、確認できなかった。 今度、寄ったときに見てみよう。

kazuma-pamphlet

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2005年11月 5日 (土)

【遊】あきる野のお気に入り

こちらは、多摩川の支流・秋川沿い。
JRの路線で言えば五日市線(拝島~武蔵五日市)の沿線。 合併されて「あきるの市」となったあたり。
さらに奥には東京都檜原村がある。 山奥の静かな村だ。

chitoseya 檜原豆腐 ちとせ屋

きのうも紹介した、檜原村の豆腐屋さん。
豆腐は水が命というが、ここもいい水が出るらしい。
近くの仏沢(ほっさわ)の滝は、真冬には氷結する。
檜原村は標高が高いのだ。
五日市街道をずーっと西へ。 JRの武蔵五日市駅(五日市線終点)を過ぎ、山あいの道を西へ西へ。 檜原村役場の先の分岐を右(北)へ入ると、すぐのところ。
いろんな豆腐、油揚げ、厚揚げはもちろん、うの花ドーナツや、豆腐ハンバーグ(冷凍)など、時々行っては買ってくる。

kazumanoyu わけあって手に入れた「数馬の湯」招待券。
明日は、これを持って日帰り温泉に浸かってくる予定。
数馬の湯
檜原村の奥、数馬(かずま)にある。
詳しくは、ぼくのWEBサイト「晴れときどき曇りのち温泉」をご覧いただきたい。
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/o_okutama.html#kazuma

檜原といえば、山崎ハコの「檜原ふるさと」という歌の舞台であり、上々颱風の「ためごま」というアルバムが録音されたところでもある。

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【遊】奥多摩のお気に入り

きのうの続き。
奥多摩のお気に入りの場所を、パンフレットで紹介したい。

ままごと屋と澤乃井(小澤酒造)
mamagotoya sawanoi JR青梅線「沢井」駅下車5分。
青梅街道をはさんで駅寄りに「小澤酒造」、多摩川沿いに「ままごと屋」と売店、庭園(澤乃井園)、「プロムナードさわのい」というレストラン。
多摩川にかかる吊橋を渡れば、寒山寺という古刹がある。
「ままごと屋」は風情のある懐石料理の店。 値段も手頃で敷居は高くない。 つまり、大衆的。
小澤酒造では、無料で酒蔵見学をさせてくれて、 おみやげまでくれる(清酒一合瓶か酒粕)。 他に、「プロムナードさわのい」の上の階に、酒の試飲コーナー(有料)もある。 こちらは、試飲に使った澤乃井のロゴ入りお猪口を持ち帰ることができる。

さらに、近くに「櫛かんざし美術館」、「ままごと屋」姉妹店の「いもうとや」(共に多摩川の南側、吉野街道沿い)、玉堂美術館、などもある。

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2005年11月 4日 (金)

【遊】あと三週間

今年は紅葉が遅い、なんて書いてしまったが、一年前、二年前の写真を見ていたら、紅葉の時期は11月の下旬だったことがわかった。 自分の季節感が狂いはじめたのか、今年にかぎって紅葉が待ち遠しいのか、よくわからないけれど、そういうことだ。

「おでかけ日誌」として載せるのはフェアじゃない気もするが、一年前、二年前の紅葉の時期の写真。

031130 2003.11.27
飯能市(埼玉県)の「ギャラリーよしたけ」の庭の紅葉。
友人のシンガーがここでライブをやった時の写真。
ついでだから、宣伝しておこうかな。
下のURLでご覧いただきたい。
http://homepage2.nifty.com/sudomon/yoshitakelive.htm

041128-1 204.11.28
奥多摩 青梅線「沢井」駅前の紅葉。
これはみごとに色づいていた。
奥多摩のハイキングコースの登山口の駅。
近くに小澤酒造という造り酒屋(澤乃井という清酒で有名)がある。
多摩川沿いの眺めのいいところ。お酒の試飲ができ、外で食事もできる。
「ままごと屋」というお食事どころ(ちょっとした懐石料理)もオススメ。

041128-2 2004.11.28
奥多摩 檜原村「ちとせ屋」(豆腐屋)。
このあたりは雑木や針葉樹の植林が多いので、紅葉はいまいち。
この店の横から奥に入ったところに、「払沢の滝」があり、そこまで行くと紅葉がきれいだ。
「ちとせ屋」の豆腐、油揚げ、うの花ドーナツなどは、オススメ。
遠くから車で買いに来る人も多い(ぼくもその一人だが)。

てなわけで、ここまで色づくのは、あと三週間ぐらい先になりそうだ。

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2005年11月 3日 (木)

【遊】散歩

今年は季節のすすみかたがゆっくりしているような気がしてならない。
郊外に出かけないから、わからないだけかもしれないが、木々の葉の色づきが遅いと感じるのは、ぼくだけだろうか。

今日、昼間は天気がよかったので、近所をゆっくり散歩してきた。
団地をぐるっとひと回りし、警察学校、自衛隊駐屯地、国土交通大学の三つが並ぶ広大な敷地の周囲を歩いてみた。 約3キロの散歩コース。
このあたりにはサクラの大木が多いことに気がついた。 ケヤキの大木も目につく。
玉川上水の遊歩道だけでなく、並木道があちこちにある。
団地の中にも、それはそれは大きなイチョウの並木がある。 これからの紅葉が楽しみなのだが、なかなか色づかない。
来週あたり木枯らしも吹くという予報なので、急に冷え込んで色づきがすすむのかもしれない。

それにしても、あの国土交通大学校というのは、どういう学校なのか気になるなぁ。
(国土交通大学校)
http://www.col.mlit.go.jp/
うーん、やっぱりよくわからない。

警察学校からは、毎朝、元気な掛け声が聞こえている。 まるで運動部の朝練のようで、こちらは、わかりやすい。

散策コースには事欠かないから、今度また探検してみようと思う。

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2005年11月 2日 (水)

【読】メイキング・オブ・・・

面白そうな本をみつけた。
その名も 『世界文学を読みほどく』。
著者は池澤夏樹。 新潮選書、2005年1月15日発行。
445ページの大部である。

ikezawa_yomihodoku 2003年9月に行なわれた京都大学文学部の夏季特別講義の講義録。
7日間、午前と午後に分けて14回の講義。
19世紀、20世紀の欧米の長編小説10篇を対象にして、作品論というか小説論というのか、とにかく池澤さんならではの鋭い切り口による文学論といったものらしい(というのも、まだ読んでいないので)。

扱われている10篇は
スタンダール『パルムの僧院』、トルストイ『アンナ・カレーニア』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、メルヴィル『白鯨』、ショイス『ユリシーズ』、マン『魔の山』、フォークナー『アブサロム、アブサロム!』、トウェイン『ハックル・ベリ・フィンの冒険』、ガルシア=マルケス『百年の孤独』、ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』
・・・だそうだ。

自慢じゃないが、どれ一つとしてまともに読んだものはない。
『カラマーゾフの兄弟』は苦労して最後まで読んだっけ?
『魔の山』も初めのほうで投げ出したし・・・。 題名すら知らなかった小説もある。
でも、池澤さんの講義なら聞いてみたい(読んでみたい)と思う。

じつは、この本に、自著の『静かな大地』の〝メイキング・オブ・・・〟の講義録が入っている。
今日、買ってきた動機はそれ。
気になっていた、この小説のモデルについても、知ることができた。 ここには書かないけどね。


『静かな大地』の読中日誌みたいなものを書き続けていたが、一つだけ後ろめたいことがあった。
それは、小説からの引用という範疇を超えた、引き写しが多かったこと。
面白さを伝えようとすると、どうしても原文をそのまま書くしかなかった。
(引き写すしかなかった最大の原因は、ぼくの文章力のなさなのだが・・・)
著作権の考え方からすれば、度が過ぎた「引用」だったと反省しているのである。
池澤さん、ゴメンナサイ。

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【読】静かな大地(10) 最終回

終章 「遠別を去る」
時は下って昭和13年。 由良は伯父・宗形三郎の伝記を書き終える。
三郎も、その妻の雪乃(エカリアン)も、シトナも、とうにいない。
由良の父・志郎も、数年前に亡くなった。 由良は、「宗形三郎伝」を父の遺志を継ぐ気持ちで書き上げたのである。

父の法事のときに、由良は父と伯父の友人だった人物から、伯父・三郎の本心を聞く。
三郎が友人に語った言葉。

<裏切り者なのだよ、私は。 あの時に私は腹を決めたのだ。 もうアイヌの側に立つしかない、半端なことではいけない。 自分は生涯この道をつらぬくのだ、とな。>
<私は遠別で馬を育て、作物を育てる。 それについてはいささか自信がある。 うまくゆけばやりかたを和人にも伝授しようと思っている。 ・・・だが、この遠別ばかりはアイヌのものだ。 ここに和人は入れぬ。>

そうとうな覚悟である。 このような人物が実際にいたのかどうか、誰かモデルがいたのか、作者に聞かないとわからないが(実は知っているが)、そんな穿鑿はともかく、作者の気合いが伝わってくるくだりだ。
最後に、由良の独白が胸を打つ。

<滅びゆく民、という言葉がわたしは嫌いだ。 まるで放っておいたら滅びたかのような言いかた。 滅ぼす者がいるから滅びるのではないか。>

終章の後に、二つの短いエピローグが置かれている。
「熊になった少年」 「今は亡き大地を偲ぶ島梟の嘆きの歌」
カムイユカラを思わせる詩的な内容であった。

あーあ。 終わったな。
長編小説の醍醐味を満喫した二週間だった。

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2005年11月 1日 (火)

【読】静かな大地(9)

この長い物語も、佳境にはいった。

「神威岳」(12章)は短い章だ。
神威岳(カムイヌプリ)は、日高山脈の標高1600メートルの山。
日高からこの山を越えた東側が十勝の国である。
和人と喧嘩をして警察に追われたアイヌの若者をかくまい、冬の山越えをして十勝に逃がしたエピソードが、二人の人物の思い出話として記されている。
その一人、ニプタサという若者(三郎の牧場で働く)のことば。

<そうやってぼくたちはイナオクテと別れて、同じ道を戻った。 空が晴れた。 行きには霧と雲で見えなかった景色が、帰りは遠くまでくっきりとよく見える。 日高側への分水嶺まで登ったところで、左手に立派な山が見えた。 ・・・カムイヌプリ。神威岳だ。 白くて、大きくて、綺麗だった。 あそこにカムイが本当にいらっしゃるとぼくは思った。>

「馬を放つ」
宗形牧場を暗雲が覆う。
きっかけは、あの松田という男の訪問。 彼がどうやら、中央政府の周辺から、宗形牧場の乗っ取りを画策している様子。 三郎は、札幌まで出かけてこの男に会い話を聞くが、結局、資金提供の申し出を断わる。 この後、宗形牧場をとりまく様子がおかしくなる。
税務署の時ならぬ査察がある。 軍馬注文が来なくなる。 そればかりか、静内からもどこからも仲買人が来ない。 このピンチをなんとか凌いだところへ、宗形牧場の馬房が放火で焼けるという事件が起きる。

そのさなか、三郎が山の中で野宿した時、夢の中でキムンカムイ(熊の神)から〝カムイイピリマ〟(お告げ)を聞く。

<三郎、よく来たな、と熊が言った。 ・・・わしの言うことを聞け。>
<昔、たくさんの和人がやってきた。 わしらアイヌモシリの神々は和人を迎えて心おだやかでなかった。 ・・・わしらアイヌの神々は、バチェラーさんが唱えるキリスト教の神のように強くはない。 その代わり、あの神のように遠くにもいない。 狩る者と肩を並べ、食べる家族と囲炉裏を囲む。 そういう神々の中から、本当にアイヌを知る和人という言葉が出た。・・・>
<アイヌの友として育てられたのが私ですか、と三郎は小さな声で言った。 熊の神キムンカムイはうなずいた。>

14章 「あの夕日」
シチュエーションがこの物語の初めに戻って、老いた父・志郎が幼い娘・由良に語りかけるスタイル。 三郎と宗形牧場を襲った悲劇を語る。 この物語の山場である。
したがって、詳しい筋は書かない。
ここでは、興味深く感動的な一節を引用しておこう。 宗形三郎の言葉。

<アイヌについての私の姿勢を固めるについて、力を頂いた方が一人いた。 ・・・名はバードさんと言われた。 婦人の身でありながら異国を広く旅して見聞を広め、それを本に書いて衆生の蒙を啓くことを生涯かけての営みとしておられる。 そのために北海道まで来られた。
 この方が、和人の通訳がいないところで英語で話していた時に、アイヌは気高い人種だと私に言われた。
 私ははっとした。 幼い頃から慣れ親しんで、だから大好きなアイヌであった。 だが、周囲の和人はみなアイヌなど眼中になくただ開拓に勤しんでいる。 私がアイヌと交わるのを白い目で見ている。・・・>
<交わってはいたが、あの時までは私の思いはまだ友情と同情であった。 自分は自分、アイヌはアイヌと思っていた。 しかし、バードさんの一言で私は開眼した。
 アイヌは気高い人種だ、というバードさんの言葉が私を変えた。・・・>

いよいよ残るはあと一章だ。

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