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2006年1月の35件の記事

2006年1月30日 (月)

【読】民族学と文化人類学

一週間ほど前に紹介した本
→【読】雑学・うんちく
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_cb32.html
の姉妹編。
こっちが「姉」で、まえに読んだのが「妹」。

minzoku2『100問100答 世界の民族』  「月刊みんぱく」編集部 編
 河出書房新社 1996年

冒頭、民族学と文化人類学はちがうのか? 民俗学とのちがいは?
というはなしがあって、面白かった。
世界の民族の文化を研究する学問を、ヨーロッパではエスノロジーという。エスノ=民族、ロジー=学問。
これを文字どおりに訳したのが「民族学」だ。
おなじ学問をアメリカでは、カルチュラル・アンソロポロジーとよんできたという。
これを直訳して「文化人類学」。
なーんだ、おんなじじゃん。カッコつけてるだけだ。

では、おなじ「ミンゾクガク」でも「民俗学」とはどうちがうのか。
英語で「民衆の知識」「民間伝承」のことを、フォークロアという。
(民潭、なんてことばもあったナ)
学問の名まえとして日本語訳したのが「民俗学」。

どうも、英語の方が的確で、日本語訳は苦肉の策という感じもする。
明治の人たちは、欧米の言葉を日本語に訳すのに苦労したのだろうが、妙な漢語にしてしまったものが多い。

ところで、この本の内容も、なかなか面白いのだ。

 「かごめかごめ」の鳥の意味は
 ショッツルなどの日本の魚醤はどのように使われているのか
 ほうきが長居客退散のまじないに使われてきたのはなぜか
 右マンジと左卍はどう違うのか
 「マンダラ」とは本来どういう意味か
 「邪視」とは何か
 なぜイヌイットはクジラを食べるのが許されるのか
 女性はいつからズボンをはくようになったのか

・・・等々。
どうでもいいようなことばかりかもしれないが、やっぱり「目から鱗がおちる」のだ。

「かごめかごめ」については・・・「わらべ歌にかぎらず、歌というものは、うたいやすくまたおぼえやすく構成されることによってひろまっていく」と述べ、歌詞をそのまま解釈しようとする愚をいましめている。
語呂あわせ、掛詞(かけことば)、物づくし、などのことば遊びの要素もあるというのだ。

「かごめかごめ」 → 「籠のなかの鳥」(かごの音の繰り返し効果)
「かごめ」 → 「カモメ」 → 「鳥」(籠のなかにいる鳥への連想)

「つるとかめがすべった」は、「つるつるつっぺった」とうたわれることもある、という。
18世紀ころの江戸では、こううたわれていたそうだ。

 かごめかごめ 籠のなかの鳥は いついつでやる
 夜あけの晩に つるつるつっぺった
 なべのなべのそこぬけ
 そこぬいてたもれ

「うしろの正面だあれ」とは、輪のなかの鬼に人の名をいわせるための問いかけだが、この遊びは、神託を得るために巫女を神がかりにさせる信仰行事、たとえば神楽舞にみられる行為を模倣して生じたものである。
・・・なんて、タメになることも書いてあるのだ。

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2006年1月29日 (日)

【読】魅力的な本

南方熊楠(みなかた・くまぐす)については、このブログを始めた頃に、ちょっとだけふれたことがある。
→ 2005年9月20日 【読】正造、熊楠、外骨
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/09/post_bbbd.html

また、本家のサイト「晴れときどき曇りのち温泉」でもとりあげた。
→ 「資料蔵」 人名編
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/kura.html#minakata

2年ほど前から、ぼくが関心を寄せて調べている、明治生まれの「巨人」である。
南方熊楠全集(平凡社)という、膨大な全集も出ている。
同時期に活躍し、その後の日本の民俗学に大きな影響を与えた柳田国男とは好対照で、生前も死後も脚光を浴びなかった人だが、近年、再評価する動きが高まっている。

本屋にいくと、熊楠関係の書籍が多くなった。
先日も、新宿の大きな書店の民俗学のコーナーを見ていたら、南方熊楠に関する新刊が出ていた。

minakata『南方熊楠英文論考 ネイチャー誌篇』 集英社 2005年12月
 飯倉照平(監修)・松居竜五・田村義也・中西須美(訳)

南方熊楠がイギリスの「ネイチャー誌」に投稿、掲載された英語論文の全訳。
ほとんどが本邦初訳という、画期的な本だ。
(平凡社の熊楠全集に一部が英文で掲載されていたり、日本語に翻訳されたものもあるが、彼の重要な論文である)

この本を見たとき、手にとって数分間迷ってしまった。
箱入りの立派な本である。欲しい・・・だが、高価だ。
結局あきらめて、書棚に返した。
うしろ髪をひかれるとは、このことだ。

今日、近くの図書館に行ったのでリクエストしてみた。
この市の図書館のどこにも入っていないから、都内の他の図書館を照会してくれるという。
そういう手があったのだ。
できれば、市立図書館で購入してくれるといいのだが。
(いずれ、懐具合のいいときに買ってしまいそうな気もする・・・)

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【読】暦ってなんだ?

きょうは、旧暦の正月(元日)。
『世界の民族生活百科』 (河出書房新社、「月刊みんぱく」編集部 編)という本に、興味深い記述があった。
暦(こよみ)に関するものだ。

世界にはたくさんの暦があり、それぞれ、紀元とよばれる起点がある。
今年は、それぞれの暦で下のようになる。
(実際にインドネシア・バリの1999年のカレンダーに記載されているというものを基準にして計算した)

・西暦2006年(キリスト誕生が紀元だが、ほんとうのキリスト誕生は紀元前4、5年という説あり)
・仏暦2549年(釈迦の入滅を紀元とする)
・皇紀2666年(神武天皇即位年が紀元)
・イスラーム(ヒジュラ)暦1426年
(ムハマンドが信者をつれてメッカからメディナへ移ったヒジュラ(聖遷)が紀元)
・中国系暦2556年(孔子の誕生が紀元)
・ユダヤ暦5767年(天地創造が紀元)

いまの日本では、和暦では不便なことが多いので西暦を使うことが多いが、これとて、キリストの生年があやふやなものだとしたら、絶対的な基準ではないことがわかる。
欧米中心の「西洋文明」に疑問を感じているぼくとしては、ひそかにほくそ笑んでいるのである。

話がそれるが、船戸与一という、ぼくが敬愛する作家がいる。
船戸さんの小説にも、欧米中心の世界への「異議申し立て」が感じられる。

hunado-ezochi『蝦夷地別件』 船戸与一 1995年 新潮社
アイヌ民族の伝統的な意識では、季節は夏と冬のふたつで、それぞれが一年だったというはなしを何かで読んだことがある。
この小説で、彼らの月の呼び名が章のタイトルとして使われている。その一部を紹介すると・・・

「地の譜」
 天明八年戊申十二月 西暦1789年1月
 シャクシャイン戦争後119年川の瀬も凍る月
「火の譜」
 寛政元年己酉五月 西暦1789年6月
 シャクシャイン戦争後120年浜茄子をすこし取る月
「風の譜」
 寛政四年壬子九月 西暦1792年10月
 シャクシャイン戦争後123年足が冷たくなる月
・・・といったぐあいだ。

hunado-chronicle『砂のクロニクル』 船戸与一 1991年 毎日新聞社
この小説のプロローグは、「飾り棚のうえの暦に関する舌足らずな注釈」というもの。
バビロニア暦、大インカ暦、フランス革命暦、ロシア皇帝暦、など、消滅した暦についてふれた後、今日、ほぼ世界じゅうで通用している「グレゴリオ暦(西暦)」が使われていない(船戸さんの表現では「完全侵食されていない」)広大な地域(中東イスラム圏)がある、と述べている。
この小説は、イランを舞台にクルド族の独立運動を核にした冒険小説。

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2006年1月28日 (土)

【読】おみくじのやり直し

今朝のつづき。
お正月はとうにすぎたけれど、明日は旧正月だから、ちょうどいいのだ。

「おみくじのやり直し」
ことしの正月、おみくじを二度ひいた。
(1月7日 【遊】初詣)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_c26d.html

一度目は、元旦に帰省先の北海道の神社で、大吉だった。
二度目は、7日に地元の神社で、やはり大吉。
まあ、大吉だったから、やり直すこともなかったのだけれど。

そもそも、おみくじのやり直しなんていいもんだろうか。
多少ひっかかっていたところ、赤瀬川さんの本に面白い記述があって笑ってしまったのだ。
赤瀬川原平さんの説によれば・・・

・おみくじは神社のサービスみたいなもの
・人間はだいたい庶民だから、祈りとかの純粋な原理だけでは退屈する
・何かアトラクションが欲しい、ということで、おみくじは簡単にできる
・神秘とかも多少あるし、いざというときはやり直しもきく

というものだ、と。
赤瀬川さんの面白いのは、この「やり直し」にこだわるところだ。

・やり直しといっても、その場ですぐ、というのはまずい
・何がまずいかって、とっさに答には困るが・・・
 おみくじを引いて、悪いからといってすぐにやり直すのは、何かはしたない
・でも、合理主義というのは、すぐやり直すのが主義だ
・欠点があればすぐそれを改めて、直していくのが合理主義
・学校でも、社会でも、家庭でも、そう教育されている
・だから、おみくじを引いてだめだと、ひき直そうかとつい考えてしまうのだ

なるほど。
わかったような気になる。ちょっと強引な気もするけど。

おみくじの結果が悪ければ、すぐに引き直せばいいんだと、「合理主義」で割り切れるかというと、「そういうことは、はしたないことだ」、という気持ちがおきるのである。
やり直しがきく、といってもその場ではなく、あくる日からのことだ。
このあたり、さすが赤瀬川さんらしい、深い(しつこい)考察だ。

以下、めんどうなので、原文をそのまま引用。
(赤瀬川原平 『新解さんの謎』 所収の 「紙がみの消息」 から)

その日神社で引いたおみくじがだめでも、また明日があるじゃないか、というのがおみくじである。 そうやっておみくじはやり直しがきくのだ。 その場でやり直すようなはしたない合理主義とはちょっと違う。 だめはだめでとりあえず受け入れて、また日を改めて、折りを見て、水に流して、まあなかったことにして、いずれそのうち、やり直す。
合理主義からは、こういうのを「うやむや」といって眉をひそめる。 でも世の中は本当はうやむやなのだ。 宇宙にはうやむやがたくさん、ぎっしり詰まっている。

引用、おわり。
・・・こういう考え方、好きだなぁ。

今回も、だらだらと長くなってしまったが、この本、面白いので推薦。

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【読】新解さん

何年か前に読んだ 『新解さんの謎』 という本は面白かった。
読んだあと人にあげて手元になかったのだが、先日、例の古本屋(BOOK OFF)で買ってしまった。
こういうことが、ぼくにはよくある。

shinkaisan『新解さんの謎』 赤瀬川原平 (文藝春秋 1996年)
「新解さん」は、ごぞんじの方も多いだろうが、三省堂の国語辞典「新明解国語辞典」。
この国語辞典の記述は、ほかの辞書とそうとうちがって、ユニークで面白い。
その面白さを探る、というか、重箱の隅をつつくようにして「新解さん」(この辞書を擬人化してこう呼ぶ)という人物の謎をさぐる、という内容である。

赤瀬川原平さんの書いたものはどれも面白いから、この本もとうぜん面白い。
すこしだけ、巻頭のところを紹介すると(一部、端折って)・・・
(赤瀬川さんは、「路上観察」ということをやっている。そのことを念頭に置いて読むと、笑える。)

SM君から電話があった。
SM君といっても縛り叩きの人ではなくて、ただ名前の頭文字なんだが、紛らわしいのでS君としよう。女性である。仕事の合い間に路上観察をしている。・・・
「わたしはいま、しんめいかいに来てるんです」
「え?」
こんな夜中に路上観察ではないと思うが、何か様子からして物件を見つけたらしい。
「どこにいるって?」
「しんめいかいです。じしょの」・・・
「なに、あの三省堂の辞書の?」
「そうなんです。その1379ページの中段に来てるんです。【恋愛】のところです」
これはちょっと危ない。夜の十一時である。電話で、いきなり辞書の「恋愛」である。・・・

てな感じ。
あっ、こんなに長々と引用するつもりではなかったのだ。
この本の後半に収録されている、「紙がみの消息」と題された軽妙なエッセイ集のなかに、「おみくじのやり直し」という、これまた面白い一文があったので紹介しようと思ったのであるが・・・後日にしよう。

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2006年1月27日 (金)

【雑】ラジオと蓄音機

おとといの話のつづき。
どんどん昔話になってしまうが・・・。

テレビが生活の中にはいってきたのは小学校高学年の頃だったが、その前はラジオだった。
木製の箱型ラジオから流れる放送を、家族で聞いていたように思う。
赤胴鈴之助を聞いていた記憶が、かすかにある。
あまりアテにならない記憶だが、そのうち掘り起こしてみたい気もする。

小学校にはいる前の、まだちいさな頃から、手回し式の蓄音機があった。
たぶん、父親が、はじめてのこどもに音楽を聞かせたかったのだろう。
すくない給料から無理して買ったのだと思う。

oitachinoki色あせた大学ノートが手元にある。
表紙に「生い立ちの記」と書いてある。
父親が、はじめてのこどもの成長記録として残してくれたものだ。
二十数年前、父がなくなった後、形見としてひきとってきた。
じつは、まだちゃんと読んでいない。
なんとなく、読むのがこわいのだ。

この中に、歌の題名を並べたと思われる紙片がはりつけてある。
当時、幼児だったぼくが聴いていた童謡などらしい。

1 夕日 2 ポッポッポ 3 雪やこんこ 4 お馬 5 日の丸 6 夕やけ小やけ 7 さくらさくら
8 ふたあつ 9 可愛い魚屋さん 10 紅緒のかっこ 11 あひるのがっこちゃん
12 汽車窓から 13 お月さま 14子守唄 15 ぞうさん 16 ?のお宿 17 ジングルベル
18 おおスザンナ 19 靴が鳴る 20 三つの歌 21 ラヂオ体操の歌 22 三太の歌
23 子供新聞テーマ音楽 24 ちえのポストテーマソング ・・・(途中不明)・・・
93 口笛吹きと子犬 94 さよなら三丁目 95 鵞鳥の小母さん 96 またあした
97 かもめの水兵さn 98 ほたるこい 99 ひよこ 100 みかんの花咲く丘
101 ひらいたひらいた 102 軍艦マーチ 103 あの町この町 104 おもちゃのマーチ
105 氷辷り

こんなにたくさんレコードがあったのかどうか、不明だが・・・。
謎のリストである。
大半の歌に覚えのないのが悲しい。

このノート、いつか読もうと思っていながらずっとしまってあったのを、ひさしぶりに引っぱりだしてきた。
いま、ぼくは、父がなくなったときと同じぐらいの年齢になった。
感慨ひとしおである。

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2006年1月26日 (木)

【読】キヨスクで買ってしまう

雑誌を買う習慣が、だいぶん前からなくなってしまったが、たまに買う。
通勤途中のキヨスクに、表紙をこちらに向けた雑誌があると、つい目がいってしまうのだ。

sanpo『散歩の達人』 2006年2月号
 立川・国立特集

電車の中吊り広告で気になっていたが、あまり期待していなかった。
今朝、キヨスクでその顔(表紙)を見て、つい、ふらふらと手にとってしまったのだ。
気になっていた国立・立川特集は、雑誌全体の半分くらい。
それが、なかなか面白い。

立川は、つい数ヶ月前まで、25年間ほど住んでいた街。
軍都のおもかげが残っていたり、昭和記念公園、競輪場、モノレール、大きなデパート(伊勢丹、高島屋)と古いデパート(第一デパート、from中武)、カメラ・パソコン・家電の量販店(ビックカメラ)、映画館のない「シネマ通り」、新しくできた映画館、・・・等々、面白いものがたくさん雑居している街だ。

いっぽう、国立は、学園都市ともいうべき瀟洒な街。
いまは引っ越してしまったようだが、山口百恵さんの家もあった。
それでも、一歩裏通りに入ると、昔のおもかげが残っている、これまた不思議な街だ。
大学通りに大きなマンションが建って、話題になった。
駅前から北へ延びる広い大学通りの桜並木は圧巻。

キヨスクで、やはり「顔」にひかれて買ってしまった雑誌がある。

serai『サライ』 2005年6月2日号 (この雑誌は隔週刊)
 夏目漱石特集

この表紙をキヨスクで見たときは、驚いた。
ふつう、同じ雑誌は重ねておくのだが、横に並んで立てられていたから、夏目漱石が何人もこっちを向いていたのである。
この号は売れただろうなぁ、と思う。
なかなか力の入った特集で、楽しませてもらった。
ブログを始める前だったが、友人たちにも宣伝したものだ。

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2006年1月25日 (水)

【雑】記憶に残るテレビ映像

きょうは、記憶に残るテレビ映像のはなし。

わが家にテレビ受像機がおめみえしたのは、ぼくが小学生のときだった。

いまでも忘れられないのは、買ったばかりのテレビに流れた、ケネディ暗殺の報道映像。
1963年11月22日、アメリカ時間の12時30分、日本時間では23日の朝5時30分のできごとだというから、その日の早朝にテレビに流れたのだと思う。

次に、中学1年のとき、夢中になって見たのは東京オリンピック。
1964年のことだ。
当時、母方の祖母の家に居候させてもらって汽車通学していたのだが、毎日、学校から帰るとテレビを見ていた記憶がある。
市川昆監督の記録映画なんてのも、劇場で見たっけ。
「芸術」か「記録か」などと、話題になった映画である。

アポロ11号月面着陸の映像は、高校の図書室のテレビで見た。
いま思うと、あの映像が「作りもの」だった(じつは、月面に着陸していなくて、地球上の映像だった)という説も、なんとなく信じたくなる。
それほど、リアルな映像だった。
それにしても、学校の図書室で、どうして見せてくれたのだろう。
ひょっとしたら、ぼくの思いちがいかもしれない・・・。

このごろ、記憶があやふやになってきている。
東京オリンピックだけは確かな記憶だが、ケネディ暗殺のニュースや、アポロの映像をどこで見たのか、ほんとうのところは闇の中なのかもしれない。
記憶は作られる、なんちゃって。

おとなになってから見た映像では、日航機の御巣鷹山墜落の報道が忘れられない。
こんなことを書くと不謹慎かもしれないが、飛行機が行方不明になって、いったいどこに行ったのだろう、というミステリー的な関心で、テレビに釘づけになったのだった。

しかし、あの結末は悲惨だった。
もうすっかり忘れてしまって平気で飛行機に乗ったりしているけれど、ほんとうは飛行機って怖いものだ。

日航機の羽田沖墜落(機長の逆噴射)、サリン事件、阪神淡路大震災、など、ほかにもショッキングな映像を見て生きてきたが、御巣鷹山の墜落現場の映像は、一生忘れられないだろう。

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2006年1月24日 (火)

【雑】号外

どこやらの会社の社長と幹部が逮捕されたそうだ。
新聞の号外が出たという。

このブログでは、意識して時事ネタにふれないできたが、号外で思いだしたことがある。

今から20年ほど前になるのか、冬の夕暮れの駅頭(四谷か市ヶ谷だった)で、号外が配られていた。
ニュースじたい、ショッキングではあったが、それほど大きな衝撃ではなかった。
なのに、なぜか、あのうすら寒い冬の夕闇で配られていた号外が忘れられない。

ジョン・レノン、銃弾に倒れ死去。
1980年12月5日。

もうひとつのニュースは、号外ではなく、バスの中で見かけた夕刊の記事。
こちらは、ぼくにとって衝撃的だった。
北海道の初冬の夕暮れ。
ぼくはフリーターのようなことをしていた時期で、仕事帰りのバスの中だったと思う。

三島由紀夫ほか、割腹自決。
1970年11月25日。

余談だが、この事件の舞台となった市ヶ谷駐屯地には、仕事で通っていた時期がある。
三島事件のだいぶん後だ。
当時を知る自衛隊員のはなしだと、三島らがバルコニーからビラをまき演説しているのを、駐屯地の隊員たちは遠巻きにながめていたという。
自衛隊員の反応は、わりと冷淡だったらしい。

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2006年1月23日 (月)

【読】雑学・うんちく

じつは、雑学とか薀蓄(うんちく)の本が好きなのである。
一週間前に、やはり図書館から借りてきた本。

minzoku『世界の民族生活百科』 [月間みんぱく]編集部 編
 河出書房新社 1999

「みんぱく」(国立民族学博物館、大阪府吹田市)のスタッフによる、Q&A形式による世界の民族の雑学的知識をあつめたもの。
「みんぱく」については、以前、このブログでもとりあげたことがある。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_3fd4.html

100門100答形式で、次のジャンルに分けられている。
たべる・たしなむ/よそおう・かざる/すまう・ねむる/まじわる・そだてる/まつる・いのる/あそぶ・かなでる/かたる・つたえる

拾い読みをしているところだが、ぼくにとって面白かった記事をいくつかあげると・・・
 アイヌの「シントコ」は、なにに使われていたか
 コブシをきかす音楽は日本だけか
 楽譜のある社会とない社会のちがいはなにか
 日本人のあいさつの特徴は
などなど。

「目から鱗がおちる」という表現があるが、こういう本を読んでいると、じぶんの目に、たくさん鱗がついていたことに気づく。
その、鱗が落ちていく感覚が、楽しくもある。

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2006年1月21日 (土)

【楽】冬の東京

雪が降ると、なぜか思い出すアルバムがある。
まず、浅川マキの『浅川マキの世界』という、ファーストアルバム。

maki『浅川マキの世界』 東芝EMI  1970
「雪が降る」 (Adamo/安井かずみ訳詞)
「前科者のクリスマス」 (寺山修司/山本幸三郎)
この2曲が、雪にぴったり。
アルバム最後の曲 「山河ありき」 (寺山修司/山本幸三郎)がスゴイ。

さて、タイトルの「冬の東京」だが、山崎ハコが裕木奈江に提供した佳曲だ。
「佳曲」というのは、名曲という意味(佳作を連想されては困る)。

yuukinaeohako裕木奈江のシングルと、ハコ自身のアルバム『ハコのお箱』に収録されている。
『ハコのお箱』 ビクター 1995 (CD)
彼女のセルフ・カバー・アルバム。名曲ぞろい。
この中では「夢」という歌がとくに好きだ。


「冬の東京」
 卒業してからも この街で / 何となく それなりに暮らしている・・・
 冬の東京は こんなに華やか / どんな真実も 見えないくらい・・・

※2006/1/23訂正
ハコのシングルレコードが彼女自身のオリジナル。・・・と書いたが、これは思いちがいだった。
山崎ハコさんの音源は、『ハコのお箱』という、セルフ・カバー曲集のCDだけ。

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【遊】東京の雪

昨夜から降りつづけていた雪が、今朝になったらつもっていた。
雪を見ると、こどものようにうれしくなってしまう。

060121-1060121-2060121-3

見慣れた駅のホームも、どこかいつもとちがう。
用があって新宿まででかけた。
地下鉄の出口から見た西新宿の風景も、きれいだった。

060121-4060121-5雪をかぶった、これはサザンカかな?
なかなか風情があった。
新宿から帰ってきて、午後、車ででかけようとしたらこういう状態だった。
東京の駐車場は雪に弱いのだ。
(ナンバーは、わざとぼかしてある。ネットの世界はこわいのでネ)

きょうは、また、センター試験が雪にぶつかってしまった。
この時期、雪の降ることが多いのかなぁ。   

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2006年1月20日 (金)

【楽】ムックリ

きのうに続いて、アイヌの伝統楽器「ムックリ」が使われているアルバムの紹介をしたい。
OKIがプロデュースした、安東ウメ子さんの2枚目のアルバム。

upoposanke安東ウメ子 『ウポポ サンケ』 2003/12/14 発売元:チカルスタジオ
 14曲収録

安東ウメ子さんは、幼少時代からアイヌ語や伝統的な文化に親しみ、帯広地方のアイヌ民族文化の代表的な継承者の一人だったが、2004年7月15日に亡くなった。
このアルバムでは、安東さんの歌とムックリ(アイヌの伝統楽器である素朴な口琴) 演奏が聴ける。OKIもトンコリとパーカッションで共演している。

「ウポポ」は、アイヌの伝統的な「座り歌」。
「シントコ」と呼ばれる、アイヌが宝物として大切にしていた漆器(和人から手に入れたもの)のふたを叩いて歌う。集団でうたう歌である。
アルバムタイトルの「サンケ」の意味は、「(声を)出す」ということらしい(萱野茂さんのアイヌ語辞典による)。

このアルバムに収録されている「ウポポ」は、素朴なメロディーが繰りかえされ、たまらなく懐かしい感じのする歌だ。

mukkurムックリは、竹で作られた小さなヘラ状の楽器。
口にあてて、舌状の部分に結ばれたひもを引っぱって出た音を、口蓋で共鳴させる。
ブィーン、ブィーンというような素朴な響きをだす。
かんたんに作ることができそうな楽器ではあるが、演奏法にはこつが必要らしい。
ぼくも土産物店で買って試したことがあるが、響かせるのはむずかしい。

OKIのトンコリのソロもそうだが、アイヌの伝統音楽は、聴いているうちにこころが安らかになる。人間の魂のはいった音楽とでも言えばいいのか。
音の洪水のような現代の音楽にうんざりした耳に、やさしく響く。

音楽って、ほんとうはこういうものだったんだ。

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2006年1月19日 (木)

【楽】トンコリ

トンコリという、じつに素朴な構造の弦楽器がある。
5本の開放弦を指でつまびく。

アイヌの伝統的な楽器で、いまは演奏する人もいなくなった、いわば幻の楽器。
ムックリは、いまでもふつうの人が演奏するようだが、トンコリとなると、その奏法が伝わっていないために難しいらしい。

そのトンコリの音を現代によみがえらせたのが、アイヌの血をひく「OKI(オキ)」というミュージシャンである。
先週の土曜日、FM放送の朝の番組(ピーター・バラカンさんがディスクジョッキーをつとめる音楽番組)で、OKIの最新アルバム『TONKORI』の一曲が流された。

tonkoriOKI 『TONKORI』  2005.5.25 発売元:チカルスタジオ 15曲収録

ラジオでひさしぶりに聴いた曲は、
アルバム一曲目の「ヘチリロック」という曲。
このアルバムは、トンコリのソロ演奏とOKIの歌声が聴ける。
彼の7枚目のアルバムである。
(OKIがプロデュースした、安東ウメ子さん名義のアルバム2枚を含む)

OKIの公式サイト 「CHIKAR STUDIO」
http://www.tonkori.com/

ぼくはまだ、彼の生のライブを聴いたことがないが、同時代の気になるミュージシャンのひとりである。

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2006年1月17日 (火)

【読】もうひとつの「静かな大地」

せっかくコメントをいただいたので、花崎皐平(はなざき・こうへい)の書いた『静かな大地』を紹介しておこう。
ぼくが持っているのは、ネット販売で手に入れた、古本の岩波書店版ハードカバー(1988.9)。

はじめて読んだのは、図書館から借りた「岩波同時代ライブラリー」版だった。
もういちど、じっくり読んでみたい本だ。

sizukanadaichi花崎皐平 著
 『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』 岩波書店

幕末から明治にかけての探険家、松浦武四郎(1818~1888)の評伝。
松浦武四郎は、1833(天保4)年から日本国中を遊歴、1844(弘化1)年、単身、蝦夷地に渡った。
1854(安政2)年、江戸幕府が箱館奉行を置いて、翌年江戸地を再直轄(松前藩から取り戻した)すると、幕府御雇として蝦夷地御用掛に起用された。
その間、『初航蝦夷日誌』『武四郎廻浦日記』などを著したが、場所請負人たちのアイヌに対する過酷な扱いを記述した日誌は公にすることを許されなかった。
1859年、江戸に帰って御雇を辞し、市井にあって多くの著作を刊行した。
【松浦武四郎 『アイヌ人物誌』 更科源蔵・吉田豊訳 平凡社ライブラリー より】

以前、このブログで10回にわたって、読書日誌をしつこく連載したことがある
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/1_10b4.html
池澤夏樹さんの小説 『静かな大地』は、池澤さんが花崎さんの許しをえて、花崎さんの本のタイトルを拝借したものだという。

「静かな大地」とは、アイヌ語の「アイヌ・モシリ」、つまり、明治政府によって「北海道」と名づけられた、アイヌの人たちが住んでいた大地のことである。
松浦武四郎は、あしかけ14年、6回にわたって、このアイヌ・モシリを歩いて、あるいはアイヌの漕ぐ小舟にのって、踏破した。 驚くべきことだ。
ヒューマニストと呼ぶべき優しいこころを持ち、アイヌの人たちに敬愛をもって接した、当時としては珍しくこころの広い人物だった。

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2006年1月16日 (月)

【読】市立図書館

この町に越してきて、はじめて市立中央図書館に足を運んだ。
きのう、天気もよかったので、自転車をこいで片道2キロほど。

大きくて、なかなか立派な図書館である。
http://library.kodaira.ed.jp/lue/kakukan/01.html

季節がら、受験生が多く、机にむかって受験勉強をしていた。
この図書館で、ひさしびさに民俗関係の書棚の前に立ち、アイヌ関係の本を借りてきた。

kotan-ni-ikiru『コタンに生きる』 岩波書店 同時代ライブラリー 166
 朝日新聞アイヌ民族取材班 1993.11 (残念ながら絶版のようだ)

ほんらいなら、本編の「晴れときどき曇りのち温泉」で紹介したいのだが、
時間がなくてサイトの更新がままならないのである。
300ページほどの文庫本で読みやすいから、電車の中で読むのにちょうどいい。
いい本である。
岩波書店の「同時代ライブラリー」には、好著が多いのだが、絶版になっているものも多い。
花崎皐平 『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』も、このシリーズで出ているが絶版。

アイヌ関係の本を読むのは、ひさしぶりだなぁ。

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2006年1月15日 (日)

【遊】稲荷神社のもちつき

ここから数百メートル、歩いてもすぐのところに鈴木稲荷神社というのがある。
きょうは、そこの境内でもちつき大会があるというので、お椀と箸持参ででかけた。

050115-1050115-8050115-2






050115-7050115-3この神社は歴史が古いらしい。
享保9年(1719年)という文字がみえる。
神社の境内の賑わいというのは、いいものだ。
ここは、ふだんはひっそりとした産土(うぶすな)さま。



050115-5050115-6汁粉、あんころ餅、きなこ餅、からみ餅、あべかわ餅、豚汁(これだけが有料で50円)。
次から次へと餅をついていたので、いくらでもお代わりできた。




050115-4ここの狛犬は狐だろう。
石を彫って作ったとみられる、かなり古そうなもの。
保護のためか金網で囲ってあった。
りっぱな尻尾だ。
こういうものを見るのが好き。
以前、埼玉の神社では狛犬が狼の形だったのを見た。   

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2006年1月14日 (土)

【遊】雨の日に温泉で

神奈川の相模原へ行ったついでに、「さがみの湯」という日帰り天然温泉にはいってきた。
ひさびさに、本編のサイト「晴れときどき曇りのち温泉」を更新していて、こんな時間になってしまった。
HTMLのテキスト入力なので、時間がかかるのだ。

yamatonoyu国道16号、相模原市にある。
こんな街中に、と思うほど便利な場所、というか市街地のスーパー銭湯。
雨なのに、駐車場はほぼ満車状態。
中は、それほどこんでいないように感じられたのは、 浴室やらホール、食堂に人が分散していたせいか。
あまり広くはないが、まだ新しいのか、清潔で感じがよかった。
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/onsen.html

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【読】漢字の辞典

漢字の辞典でユニークなのは、白川静さんの『常用字解』(平凡社)だ。

060110jiten2白川静(しらかわ・しずか)
 『常用字解』 平凡社
 2003年12月

白川静さんは、1910年(明治43)生まれの中国文学者、漢字研究者。
たくさんの労作があるが、長いあいだ注目されていなかったと聞く。
近年、その仕事が評価され、著作集も出たようだ。
ぼくは、この人のことを、ずいぶん前だが呉智英(くれ・ともふさ)さんの本で知った。

 

kanjikanjihyakuwa日ごろ何気なく使っている漢字にこめられた、呪術的な意味を教えてくれた本。
その一例。
「道」という字は、「首」と「ちゃく=しんにゅう」から成る。
この字はどのようにして生まれたか。
『常用字解』によると・・・
 「会意」(漢字の構成部分のそれぞれが意味を持つ)
 首とちゃく(パソコンでは出ないが、しんにゅうのこと)を組み合わせた形。
 ちゃくには、歩く、行くの意味がある。
 古い時代には、他の氏族のいる土地は、その氏族の霊や邪霊がいて
 災いをもたらすと考えられたので、異族の人の首を手に持ち、その呪力(呪いの力)で邪霊を祓い清めて 進んだ。 ・・・とある。と

怖いはなしだが、漢字が生まれた時代背景に、そういう精神世界があったのだろう、ということは納得できる。

上に写真を掲げた、『漢字』(岩波新書)『漢字百話』(中央公論新書)には、そういった漢字の生い立ちに関する興味ぶかい話が載っている。
いわゆる「目から鱗」体験を、ぼくにもたらした本だ。

なお、呉智英さんの本は、これだ。 この本も、「目から鱗」だった。

kuretomohusa呉 智英 『読書家の新技術』 朝日文庫 1987年
 呉 智英 (くれ・ともふさ) 1946年(昭和21)生まれ。評論家。
 『封建主義、その論理と情熱』『大衆食堂の人々』
 『現代マンガの全体像』などの著作がある。
この人も、ちょっとユニークな物書きである。

 

 

   

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2006年1月12日 (木)

【演】たっぷり!

このタイトルだけだと、何?と思われそうだが、「たっぷり!」は掛け声である。

先月、亀戸のホールで浪曲師の国本武春のステージを見たことを、このブログに書いた。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_9a9b.html

国本武春という人は、観客(聴衆)をひきつけるのがうまく、まずは、この掛け声のかけかたをお客に説明する、というオープニングだった。
「待ってました!」「たっぷり!」というのは、歌舞伎や浪曲の舞台への掛け声だが、タイミングが難しい。
どういうタイミングで掛けるのがいいのか、という講釈だったが、何度も繰り返して実演してくれたので(まるで掛け声の練習)、お客は大受けだった。

ところで、なんでこんなことを書き始めたのかというと、おととい(きのうはブログ投稿を休んでしまった)書いた、面白い辞典
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_ef78.html
に、この「たっぷり」を英語でどう言うのかが、書いてあったのだ。

『日英語表現辞典』(最所フミ 編 ちくま学芸文庫)の「和英の部」、568ページ。
 tappuri たっぷり  Pour it on !
 これは英米でも見物人が、とくに意に適った演技などに、
 激励の意を表するときに使う言葉で、歌舞伎の見世場で、
 「ようご両人、たっぷり」などとひいきの役者にかける声と同種のものである。

どうです。 面白い辞典でしょ?

ちなみに、国本武春さんの公式サイトにも、いろいろと(たっぷり!)書いてあるはず。
「うなるカリスマ!! 国本武春」
http://homepage2.nifty.com/ts-sonic/
関心のある方は、ご覧いただきたい。

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2006年1月10日 (火)

【読】辞典・事典

辞典、事典のたぐいが好きで、ついつい買ってしまう。

「北海道大百科事典」(北海道新聞社) という上下2冊の事典が前から欲しかったが、ウン万円もするものなのであきらめていた。
ところが、友人のところにこれがあり、聞くと古本で手に入るという。
ネット検索してみると、楽天で2冊5000円ぐらいだったので、注文してしまった。

そういえば、昨日、古本屋(BOOK OFF)で、「広辞苑(第四版)」がなんと105円だったので、買ってしまった。
広辞苑を持っていなかったので、ちょうどよかった。
少し古い版(1991年)だが、かまわないのだ。
それにしても、天下の広辞苑が105円(税込み)とは・・・感慨ぶかいものがある。

きょうは、新刊書店で、おもしろい文庫本をみつけた。

060110jiten『日英語表現辞典』 最所フミ 編著 ちくま学芸文庫 2004年
かんたんに言うと、英和辞典と和英辞典を一冊にしたものだが、普通の語彙を収めたものではなく、実用的というか、かなりユニークな内容だ。
著者は、1908年生まれ、1990年没、明治生まれの女性。
津田英学塾(現津田塾大学)を卒業後アメリカに留学し、帰国後、NHK国際局、朝日新聞社、外務省渉外部嘱託、日本リーダーズ・ダイジェスト社、JAPAN TIMESの英文による映画評論などの仕事をした、英語のプロ。

この本の面白さは、
 「英語による思考法は日本語の思考法とはまったく別のプロセスを経て機能する」
 (著者はしがき)
という考えに基づいて、英単語・熟語の意味(英和の部)、日本語独特のことばや言い回しの英訳(和英の部)を、盛り込んでいるところにある。

一例をあげると、

  package / baggage この2つは両方とも「小包」とか「荷物」とか訳されているが、
 使うほうの側からみてこれほど違った意味に用いる言葉も珍しい・・・という。
 Here's a nice package.  「ここに結構な小包がある」ではなく、
 「きれいな女の子だな」 ということだそうだ。
 要するに、packageとは好ましいものをたくさんcompactにまとめた「小包」であり、
 baggageはその正反対。
 女のことを that baggage といえば「無価値な性悪女」の意、いわゆる「とんだお荷物」となる。

女性差別、ともいわれそうな記述だが、初版が1980年なので、大目に見てあげたい。
このように、とても面白い辞典なのだ。

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2006年1月 9日 (月)

【雑】キムチ鍋

このところ毎日冷える。
東京も、明日の朝は雪の予報だ。
こんな寒い日は、鍋で暖まろうと、キムチ鍋をした。

chige1chige2材料は、白菜キムチ、豚肉、豆腐、野菜(長ねぎ、春菊、きのこ各種)、それにキムチ鍋のスープとだし汁少々。
最後に、残り汁にうどんを入れて食す。
からだが芯まで暖まって、ありがたいもんである。

「チゲ鍋」と呼ぶ人もいるようだが、あれは厳密には間違いらしい。
「チゲ=鍋」だから、「チゲ鍋=鍋鍋」になってしまうのだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%B2
(日本の鍋料理のように食卓の中央の大鍋から皆で取り分けて食べるのではなく、日本の鍋焼きうどんの様に個人ごとに一人分の量の小鍋で供されるのが本来の形である。)

ははあ、そうだったのか。
わが家では、ひとつの土鍋を囲んだ。日本風にね。

土鍋を使うのはひさしぶり。
大人数で鍋を囲むのは楽しいものだが、今夜は二人である。
それでも、心持ちまで暖かくなるような、ありがたい晩ご飯だった。

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【楽】ボブ・ディランはいいぞ

ボブ・ディランのファンからは、何をいまさら、と言われそうだが、べつにかまわないのだ。
近所にBOOK OFFがあったので、はじめてこの店舗をのぞいてみたら、ボブ・ディランのCDがあった。

『Nashville Skyline』 1969.4 ディラン10枚目のアルバム

NashivilleSkyline1NashivilleSkyline2ぼくにとっては、ちょっと衝撃的なアルバム。
ディランの声って、こんなに美声だったっけ?
1曲目の「Girl From The North Country」から、驚いた。サウンドがいいのだ。
こんなゴキゲンな音楽もやっていたんだ、この人は。 こういうの、大好きだなぁ。

ものの本(注)によると、発売当時、コアなディランのファンからは「そっぽを向かれた」というのだが、 いつの時代にもそういう「ファン」はいるんだろうな。

 (注) 『ボブ・ディランとともに時代をかけた 20世紀ロック名盤 300』 旬報社 刊 2000.5

ミュージシャンとファンの関係は、おもしろい。
コアな(熱心な)ファンは、自分勝手にひいきのミュージシャンのイメージを作ってしまうから、ミュージシャンが新しい試みをすることに、とまどいを見せたり、ひどいときには「裏切り者」なんて罵声を浴びせる。

ボブ・ディランの場合は、それがひどくて、先日見たTVの映像(ノー・ディレクション・ホーム)でも、イギリス公演で心ないファンのブーイングを浴びていたディランが、気の毒だった。

遅れてきたファンというのは、そういう点で有利。
有利、というのもおかしいが、まっさらな状態で音楽が楽しめる、じぶんの感覚で取捨選択できるということだ。

「北国の少女(Girl From The North Country)」という曲、歌詞は「スカボロー・フェア」と同じ内容だが、メロディー・ラインは「スペイン革のブーツ」にそっくりだ。

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【演】枝雀落語

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shijaku4shijaku5shijaku6 






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枝雀の音源を聞きなおしている。
落語のテープがほしい、という身内からのリクエストにこたえて、カセットテープをダビングしながら、「延陽伯」「鷺とり」「宿替え」「愛宕山」「青菜」「饅頭こわい」「始末の極意」「千両みかん」と、聞き続けて、笑いころげている。

聞いている音源は、昭和58年(1983)4月10日から、毎週TBSテレビで放映された「笑いころげて たっぷり枝雀」という公開番組(大阪・毎日放送)。
当時、ビデオデッキを持っていなかったため、映像を録画できなかったが、カセットテープに録音してあった。
ときどき、聞いているが、映像がなくても十分たのしめる。

枝雀落語の魅力は何だろう、と考えていたが、音源を聞きなおして感じたのは、その人情味だ。
枝雀は、べったりした濃厚な人情表現に照れるところがあって、こと人情に関しては抑え気味なのである。
もちろん、噺の展開はダイナミック、というかオーバーアクションと言ってもいいのだが、その奥に感じられる暖かさ、というか・・・。

枝雀落語の面白さは、ぼくの文章力では表現しきれないので、その替りというわけでもないが、レコードジャケットを掲載してみた。
枝雀の頭部の変遷がわかる写真、というのは冗談。

昭和48年(1973)10月、枝雀襲名当時の「日和ちがい/鷺とり」が上段左端。
上段右へ、昭和49年「ふたなり/あくびの稽古」、昭和50年「寝床/親子酒」。
中段、昭和51年「八五郎坊主/風邪うどん」、昭和51年「青菜/天神山」、昭和52年「花筏/ちしゃ医者」。
下段、昭和53年「七度狐/崇徳院」、昭和54年「つぼ算/延陽伯」、昭和54年「鴻池の犬/饅頭こわい」の9枚。
6年のあいだに風格がそなわってきたのが見てとれる、と思うのだが。


※桂枝雀に関して、面白いファンサイトがあった。
「松本留五郎の部屋」
http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/
松本留五郎というのは、「代書屋」という演目の主人公である、破天荒なおっさん。

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2006年1月 8日 (日)

【雑】ブログの整理

去年の9月19日から、このブログを始めて、あっというまに4ヶ月になろうとしている。
いまのところ六つのカテゴリーに分類しているのだが、タイトルには、まいど苦労している。
タイトルだけ見ても、どのカテゴリーなのか、自分でも判別がつかなくなってきたので、ひと工夫。
といっても、ぼくのオリジナルのアイディアではない。
ある方のブログのアイディアを拝借したのである。
(ご覧になっていたら、お許しを)

【遊】おでかけ日誌・・・行楽や旅行の記事
【雜】きまぐれ日誌・・・日々雑感
【山】山日誌・・・山に関する記事
【読】本の日誌・・・本、読書
【演】演芸日誌・・・落語を中心にした演芸関係
【楽】音楽日誌・・・音楽関係

このように、タイトルの前に【○】の記号をつけることにした。
カテゴリーは、この先、増える可能性あり。
容量的にいつまでもつかわからないが、足りなくなったらブログのサービスを変更するつもり。

自分が楽しめるものを、というのが、ぼくの基本姿勢。
ご興味のある記事を、拾い読みしていただくだけで、しあわせなのである。
これからも、ひとつ、よろしくお願いします。

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2006年1月 7日 (土)

【遊】初詣

信心ごとには無縁なのだが、毎年、初詣に近くの神社に行っている。
初詣というのは、その年最初のお参りだが、ぼくの場合は、最初で最後のお参り。
まあ、それでも、破魔矢を買ったりお御籤をひいたりして、正月気分なのである。

今年は、元旦に郷里の神社にお参りしたから、今日が二度目の神社参り。
去年まで住んでいた立川市にある天神さんに行ってきた。

azusami1azusami3azusami4阿吽(あうん)の形相の狛犬。
どっちが「あ」だか「うん」だか知らないが、たしかそういう形だと聞いたことがある。
辞書をひくと「あうん:出す息と吸う息」とある。なるほど。

去年、同じ神社でいただいた破魔矢をお返しして、新しいものをいただく。
神社では、○○円のお買い上げです、などとはけっして言わない。
○○円のお納め、と言うのが妙だ。
お御籤を引いたら、元旦に続いてまたもや大吉だった。
大吉はあまりよくないと聞いたが、どうなんだろう。

azusami2この神社のトイレに掲示されていたもの。
なんだか笑える。
「神さまのお庭をよごす人/神さまの物を傷つける人/
神さまのものを持ち帰る人/諸規則に従えない人」
「神さまのバチが当たることがあります/ご注意ください」
バチが「当たることがあります」・・・かぁ。
不届き者に、神社も手を焼いているのだろうか。たいへんだなぁ。
トイレだけでなく、境内のいたるところに、この掲示板があった。
うーん、他に方法はないのかなぁ・・・。 ちょっと無粋だと思うけど。

その足で、月例の墓参。
最後は、日の出町にある温泉へ。

060161onsen060161onsen2日の出町は、中曽根サンがアメリカの大統領とお茶を飲んだ別荘のある、東京都の西の町。
「生涯青春の湯 つるつる温泉」という。
文字どおり、肌がつるつるになる、なかなかいい温泉だ。
送迎バス(左の写真)が面白い。
いつも車で行くので、このバスには乗ったことがないけど。
これまでは露天風呂が一つしかなかったので、行ってみないと露天風呂に入れるかどうかわからなかったが、いつのまにか増設して、男女どちらの湯にも露天風呂があった。 

   

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2006年1月 6日 (金)

【読】哲学的落語家

平岡正明が書いた 『哲学的落語家!』 という本を読んでいる。
桂枝雀論である。

hiraoka平岡正明 『哲学的落語家!』  筑摩書房 2005.9.20
(帯より)
俺が落語に目覚めたのは数年前だ。
志ん生・文楽から現在の若手までをヨーイ、ドンで聞いた。
最も衝撃を受けたのは「彼」。
どえらい上方落語の爆笑王だ。
「彼」の思想性の大きさよ。・・・

平岡正明の文章が好きだ。
彼の「思想」には、素直にうなずけない点もあるけれど、スイングするような文体と、博覧強記ぶりには舌をまく。
この枝雀論も、なかなか興味深い内容。
昨年の暮に見つけた本だが、例の難解小説(フォークナー)にやられていたので、手をつけられずにいた。
フォークナー? あれは、結局、投げ出してしまった。

平岡氏は、枝雀のナマの高座を見ることができなかったという。
えっへん。 こちとら、やや遅れてきたファンではあるが、枝雀の高座をいくつも見ているのだ。
などといばってみてもしょうがないが。

この本を読んでいると、ひさしぶりに、枝雀の音源や映像にふれたくなってしまった。
狂気と紙一重、たぐいまれな天才落語家だったと思う。

※詳しくは、このブログの「演芸日誌」
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/cat4959131/index.html
 をご覧いただきたい。

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2006年1月 5日 (木)

【雑】手袋を「はく」

北海道弁のはなし。
最近、方言を遊びで使うのが流行っているらしいが、そんなかっこいいもんじゃなく、素朴な北海道のことばである。
ひさしぶりに郷里に帰って、北海道ことばがなつかしかった。

手袋を、北海道では「はめる」のではなく、「履く」のだ。
東京生まれの家人には、いまだにバカにされるが、おかしいかなぁ。

「こわい」というのも、よく不思議な顔をされる表現。
北海道では、たとえば風邪をひいている人にむかって「こわいしょー?」(こわいでしょう?)と言う。
「何が怖いの?」なんて、東京人からバカにされるが、「こわい」というのは、「疲れた」「だるい」といったニュアンス。
同音異字語の「強い(こわい)」というのは、標準語かな?
「こわめし」とか、「おこわ」というからなぁ。

「なげる」というのも、東京にきたばかりの頃、よくバカにされた。
(バカという言葉は差別語か? ぼくはそうは思わないので使うが)

「このゴミ、投げといて」というふうに使う。
ま、捨てるということだが、微妙にニュアンスが違う。
「投げ捨てる」という感じ。

実家の母から、ひさしぶりに恐ろしいことばをきいた。
 「ごろつく」
従姉妹が小さな娘をつれて帰省していたのだが(別の町である)、その幼子に正月の晴れ着(着物)を着せて出歩いたところ、「ごろついた」というのだ。
これも、「だだをこねる」「いやがる」という意味だが、かなり強烈に「だだをこねる」状態のときに使う。
「だはんこく」も、これに近いニュアンスの言葉。

「なまら」という、いま流行っている(らしい)言葉、ぼくの住んでいたところでは、あまり使わなかった。
これは標準語に翻訳しにくい。
very very ・・・というニュアンスか。

「じょっぴんかる」なんてのになると、まず、こちらでは通じないだろうな。
「じょっぴん」とは、引き戸のつっかい棒。 それを「かる」=「かける」、すなわち、引き戸につっかい棒をあてて戸締りすることである。
「じょっぴんかって寝れ」と、子どもの頃によく言われたものだ。
玄関がドアではなく、引き戸だった時代のこと。
「寝ろ」ではなく「寝れ」。
「やめろ」ではなく「やめれ」という言い方も北海道ことばの特徴。

こうしてみると奇妙なことばが多いなぁ。
こんな話になると、きりがないので、このあたりでやめる。
「はんかくさい。いいかげんにやめれ」と言われそうだから。
(「はんかくさい」=「馬鹿馬鹿しい」「愚かしい」といったニュアンス)

※この投稿の中で、あえて「ことば」「言葉」と使いわけた。それほど深い意味はないけど、なんとなく。

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2006年1月 4日 (水)

【遊】飛行機の窓から

飛行機の窓から地上を見るのが好きだ。
デジタル・カメラは電子機器だから、ほんとうは使ってはいけないのかもしれないが、上空から見る地上の風景というのは、なんともいえず美しい。

今回は、行きの便で、北海道の山が見えた。
日高か十勝あたりだと思うが、自信がない。
もう一枚は、着陸寸前の景色。これは、旭川空港の近くだから、東神楽か美瑛あたりだろうと思う。

PC300006PC300008 

これまでに見た最高の景色は、羽田から大阪にむかう早朝便から見た南アルプス。カメラを持っていなくて残念だったが、ひとつひとつの山の名前がわかるほど、はっきり見えた。
飛行機の操縦席に座りたい、と思うのはそんな時だ。

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【雑】機内誌

飛行機の中にある「機内誌」というのが好きで、よくもらってくる。
ご自由にお持ち帰りください、と書いてあるので無断拝借ではない。

060104これが、なかなか凝ったもので、いつも感心している。
左は、旧JAS(現在はJALグループ)の「Arcas」2003年1月号。
右は、JALの「SKYWARD」2006年1月号。
まんなかは、機内誌ではなく、JR北海道の車内誌。
こうして見比べると、さすがにJALのものは分厚く、いかにもお金がかかっているように見える。ぼくは、JAS(古くは東亜国内航空なんて名前だったなぁ)の機内誌が好きだった。
なぜかというと、北海道の特集が充実していたからだ。

060104-2JAS 「Arcas(アルカス)」 2003年1月号。
 特集 北国への旅 冬の北海道紀行

 五木寛之が語る 「旅と北海道の魅力」
 安部譲二の サフォークランド体験 羊をめぐる「士別の旅」
 など、なかなか力の入った記事だ。

今回、年末に乗った便にあったJALの機内誌は、ひと月使われたせいかボロボロだったので、もらってこなかった。
1月号は、さすがにまだ新しい。
ぼくのように、ありがたく頂戴してくる人は少ないのかなぁ。
この機内誌には、世界地図と日本地図の航空路線図もあって、それを見るのも好きだ。

古いものが他にも何冊かあったはずだが、引越しのときに捨ててしまったのか、探しても見つからない。もったいないことをしたものだ。

ちなみに、JALの「SKYWARD」(国内版)は、購読すると一冊520円。
内容からすれば、ずいぶん安い雑誌だと思う。
これだけの雑誌を作るのは、たいへんなことだと思う。カラー写真満載だし、記事もたいへんな取材をしているだろうに。

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【遊】北国からの帰還

さきほど帰宅。
案の定、新千歳空港からのJAL便は遅れた。
羽田に着いたのが22:30頃。
そこから、モノレール、JR、タクシーを乗り継いで、2時間ほどかかった。
飛行機をおりてからの時間が長いのだ^_^;

どうも、北海道の方が暖かかったような気がする。
すくなくとも、乗物の中や家の中は、北海道の方がだんぜん暖かい。というか、暑いくらいだった。
東京は、外も寒い。
北海道の寒さよりも、東京の冷え冷えとした空気は苦手。

留守中にコメント入れてくださった、玄柊さん、ごじゃえもんさん、こまっちゃん、ありがとう。
明日、ゆっくり拝見して、レスします。

みなさん、今年もよろしくお願いします。

(タイトル変更 2005.1.4夕刻)

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2006年1月 3日 (火)

【遊】滝川、美唄

函館本線の懐かしい駅。
数年前の秋に美唄で某バンドのライブコンサートがあり、わざわざ飛行機をつかっていったのだった。
前日は実家に泊まったが、公演当日はどこかに宿をとらなければならず、美唄のホテルが満室で滝川のビジネスホテルに泊まったのだ。
あの夜、美唄のホームは寒かったなぁ。滝川に向かう列車もさびしかった。
そんなことを思い出しながら、ひさしぶりに駅弁なんてものを食べた。

(2006.1.4 写真追加)
L特急スーパーホワイトアロー 車内で。
旭川駅で買った駅弁を食す。
(この特急列車では車内販売がなかった)
060103ekiben1060103ekiben2 

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【遊】L特急

旭川から千歳にむかうL特急の車中。
L特急のエルの意味が気になるので、帰ったらしらべてみよう。ゆったりした座席の快適な列車だ。
友人の車で駅まで送ってもらったのだが、市内の路面はアイスバーン状態。さすがに夕暮れともなると冷え込む。
今日で北海道ともさよなら。あっというまの五日間だったなぁ。

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2006年1月 2日 (月)

【遊】北の星空

昼間、買い物ついでに町を歩いてきた。
大雪連峰がよく見えたし、十勝連峰も昨日より見えた。
今夜は満天の星空。北の夜空の色は深く、星の輝きも強い。明日の朝は冷え込むのだろうか。
静かな正月。

(2006.1.4 写真追加)
大晦日の夕暮れ(美瑛)。
051231biei






元日の散歩で見かけた光景。
05010100760501010084 

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2006年1月 1日 (日)

【遊】元日の散歩

雪道を一時間半ほど歩いてきた。
晴れて風もなく、おだやかな元日である。
この小さな町では、通りを歩いていても人に会うことがほとんどない。車も少なく静かないい町だ。
商店の看板の写真を撮ってきた。
なぜかお寺と床屋の多いところだ。
山は雲がかかっていてあまりよく見えない。

(2006.1.4 写真追加)
美瑛の街の看板あれこれ。

060101kanban01060101kanban02060101kanban03060101kanban04060101kanban05060101kanban06060101kanban07060101kanban08060101kanban09           

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