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2006年1月28日 (土)

【読】おみくじのやり直し

今朝のつづき。
お正月はとうにすぎたけれど、明日は旧正月だから、ちょうどいいのだ。

「おみくじのやり直し」
ことしの正月、おみくじを二度ひいた。
(1月7日 【遊】初詣)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_c26d.html

一度目は、元旦に帰省先の北海道の神社で、大吉だった。
二度目は、7日に地元の神社で、やはり大吉。
まあ、大吉だったから、やり直すこともなかったのだけれど。

そもそも、おみくじのやり直しなんていいもんだろうか。
多少ひっかかっていたところ、赤瀬川さんの本に面白い記述があって笑ってしまったのだ。
赤瀬川原平さんの説によれば・・・

・おみくじは神社のサービスみたいなもの
・人間はだいたい庶民だから、祈りとかの純粋な原理だけでは退屈する
・何かアトラクションが欲しい、ということで、おみくじは簡単にできる
・神秘とかも多少あるし、いざというときはやり直しもきく

というものだ、と。
赤瀬川さんの面白いのは、この「やり直し」にこだわるところだ。

・やり直しといっても、その場ですぐ、というのはまずい
・何がまずいかって、とっさに答には困るが・・・
 おみくじを引いて、悪いからといってすぐにやり直すのは、何かはしたない
・でも、合理主義というのは、すぐやり直すのが主義だ
・欠点があればすぐそれを改めて、直していくのが合理主義
・学校でも、社会でも、家庭でも、そう教育されている
・だから、おみくじを引いてだめだと、ひき直そうかとつい考えてしまうのだ

なるほど。
わかったような気になる。ちょっと強引な気もするけど。

おみくじの結果が悪ければ、すぐに引き直せばいいんだと、「合理主義」で割り切れるかというと、「そういうことは、はしたないことだ」、という気持ちがおきるのである。
やり直しがきく、といってもその場ではなく、あくる日からのことだ。
このあたり、さすが赤瀬川さんらしい、深い(しつこい)考察だ。

以下、めんどうなので、原文をそのまま引用。
(赤瀬川原平 『新解さんの謎』 所収の 「紙がみの消息」 から)

その日神社で引いたおみくじがだめでも、また明日があるじゃないか、というのがおみくじである。 そうやっておみくじはやり直しがきくのだ。 その場でやり直すようなはしたない合理主義とはちょっと違う。 だめはだめでとりあえず受け入れて、また日を改めて、折りを見て、水に流して、まあなかったことにして、いずれそのうち、やり直す。
合理主義からは、こういうのを「うやむや」といって眉をひそめる。 でも世の中は本当はうやむやなのだ。 宇宙にはうやむやがたくさん、ぎっしり詰まっている。

引用、おわり。
・・・こういう考え方、好きだなぁ。

今回も、だらだらと長くなってしまったが、この本、面白いので推薦。

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