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2006年2月 4日 (土)

【読】優柔不断と貧乏性(続々)

自慢じゃないが自分でも貧乏性だと思う。
赤瀬川原平さんの 『優柔不断術』 を読んで、あらためてそう思った。

「たとえば小包が送られてくる。 それを喜んで、紐を鋏でぷつんと切って、包み紙をばりばりっと破いて開けたりしては絶対にいけない。 紐と紙が駄目になってしまうからだ。 まずはやる気持を抑えながら、紐は指で結び目をほどく。 そして最後まで焦らずにほどいていって、伸ばしたあときちんと丸める。・・・」

引用はこれぐらいにしておくが、まさに貧乏性の姿である。
ぼくもこれに近い。
紐や包装紙を、もったいない、何かに使えると思ってとっておく。
いつのまにか、いっぱいになってしまう。

本屋で本を買うと、「カバーをつけますか?」と聞かれるが、これは「いりません」と言いながら、袋には入れてもらう(文庫本なんかだと袋ももらわないけど)。
ビニール袋というのかポリ袋というのか、そういう袋がたくさんたまっていく。
デパートの手提げ袋なんかも、かならずとっておく。
スーパーのレジ袋は(買物袋、いわゆるトートバックを持参して)できるだけもらわないようにしているが、それでももらった袋はたいせつにとっておく。

裏が白い広告紙なんかも、捨てがたい(メモ用紙に使える、と考えてしまう)。
袋、紐、紙がたくさんたまってしまうけれど、なかなか捨てられない。
再利用の限度を超えて、ただただ、ためこんでしまうのが貧乏性である。

赤瀬川さんによると、貧乏性は優柔不断につながるという。
宅配便がきたら、包装紙はばりばりと破き、丸めて捨ててしまうのがなんとなくかっこいい、決断力のある行為である。
(ブッシュのアメリカを、決断力の代表選手にあげている)
いっぽう、それができないのは優柔不断であるが、けっして悪いことではない。

赤瀬川さんのはなしは、ここで突然、「捕鯨」に飛ぶ。

「日本はむかしは優秀な捕鯨国で、鯨をたくさん捕って生活していた。 捕った鯨は皮から肉から骨から内臓から脂から、全部利用していた。・・・優秀な板前の包丁さばきのように、鯨一頭を全部きれいにさばいて、そのすべてをムダなく使いきり、その恩恵をこうむっていた」

「その捕鯨が禁止されたのは近代の趨勢なのだが、それを決議したのはほとんど鯨と接したことのない国々である。 過去に捕鯨をしても、脂だけ取って工業製品に使い、あとはすべて投棄していたような粗雑な付き合いの人々がちょっとだけ混じっている」

「とにかくそういう鯨のさばき方も知らないような粗雑な人々の文化が、いまは日本に浸透して小包ばりばりにまで及んでしまった。 それで鯨が可哀相だというのはどういう神経なんだろう」

ながーい引用でゴメンナサイ。
でも、こういう発言、まったく同感。 拍手喝采。

赤瀬川さんのこの本、文明論としてもなかなか奥が深く、面白かったなぁ。
おしまい。

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