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2006年3月 8日 (水)

【山】十勝岳

十勝岳(とかちだけ)は、北海道の石狩山地にある十勝連峰の主峰で、標高2077mの山。
活発な活動を続ける活火山で、昭和63年の大爆発により平成2年まで入山禁止となった。
周辺には、前富良野岳(1,624m)、上ホロカメツトク山(1,887m)、美瑛岳(2,052m)、美瑛富士(1,881m)、辺別岳(1,840m)、オプタテシケ山(1,858m)の火山が並んでおり、複雑な火山群を成している。
どちらかといえば安山岩質。
 ― Wikipediaから ―

十勝岳は、麓から眺めることが多かった。
というのも、母方の実家が美瑛という十勝連峰の麓の町にあったから。
ちいさい頃から、この山は何度も見ていたはずだが、登ってみたいと思ったことはなかった。

高校1年生の夏、学校の集団登山で大雪山に登り、山登りの魅力にとりつかれた。
高校2年になって、山岳部に入部した。
一年おくれの新入部員である。

山岳部にはいって、最初に登ったのは、神居古潭にある神威山という低山(799メートル)。
その次に連れていかれたのが、5月の連休だったと思うが、残雪期の十勝連峰。
いま思うと、新人をいきなり残雪期の高山に連れていくという、思いきったことをする高校山岳部だった。

美瑛からバスで望岳台に入り、そこから残雪の上を、美瑛岳と美瑛富士の鞍部に向かったと思う。
目指したのは、美瑛富士の麓にあった非難小屋。

装備は、部の備品のキスリング(ザック)、大きなピッケル(まるでツルハシのようなサイズで、ウッドシャフトだった)、足もとは、これだけは自前のキャラバンシューズ。
衣類も、学生ズボンを改造したニッカボッカー、ウールの靴下、たぶん木綿のシャツ、そしてチョッキ。
スパッツをつけていたかどうか。
つけていたとしても、ショートスパッツだっただろう。
足はびちょびちょである。

今からは信じられないような(5月の残雪期登山としては)、軽装備である。
ピッケルも、ただの杖でしかなかった。
なかば根性だけで、へとへとになって、非難小屋に飛び込んだおぼえがある。
日も暮れていて、非難小屋も満員。
寝袋に入り、その上にテントを広げて寝たように思う。

翌朝、よく晴れて、美瑛富士までピストンし、その後、オプタテシケのピークまで行った。
この記憶は鮮烈である。
あの頃、山岳部の先輩(といっても、2年生だったぼくより1年上の3年生)が、とても頼もしく思えた。
けっして無謀な計画ではなかったと思う。
(小屋への到着時刻が予定よりも遅くなったのは、彼らの計算外だったかもしれないが)
ああいう山登りを教えてくれた先輩たちに、今では感謝している。

十勝岳のピークには、その翌年だったか、友人と二人で十勝岳温泉から縦走して登ったと思う。
天候も悪く、眺望がまるでなかったことと、十勝岳の山頂がとても狭かったことしか憶えていない。

しかし、十勝連峰は大きくて、いい山である。
主峰の十勝岳は活火山で瓦礫の山だが、美瑛岳や美瑛富士、富良野岳あたりは、緑も多くて好きだ。
オプタテシケもいい山だ。
いつかまた、歩いてみたい山である。

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コメント

やまおじさんは、あの修学旅行に参加していないのですね。なるほど。そして10月の山でしたか。僕はごく普通に京都、奈良、東京を経験しそれなりに記憶にも残っています。私にとっては明るい高校時代ではありませんでしたが、それでも懐かしい。
十勝岳連峰、私もまだまだ研究の余地がたくさん残っています。眺めて写真を撮るだけでも、実に素晴らしい山だと思います。春、また山への想いを深めていきたいと思っています。

投稿: 玄柊 | 2006年3月 8日 (水) 23時09分

>玄柊さん
修学旅行は2生の時でしたか、3年生の時でしたか・・・?
まったく憶えていません。10月頃ということは2年生の時?
うーん、記憶がおぼろげです・・・。

投稿: やまおじさん | 2006年3月11日 (土) 12時19分

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