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2006年4月29日 (土)

【読】五木寛之 こころの新書 (4)

もう一冊の本。
五木寛之 こころの新書 6 『サンカの民と被差別の世界』 は、スリリングな内容の本だった。

Kokoro062おおきく二部にわかれている。
「第一部 海の漂泊民、山の漂泊民」
瀬戸内海の海上生活者、いわゆる「家船(えぶね)」と呼ばれた海の漂泊民と、「サンカ」と呼ばれた山の漂泊民をとりあげている。
沖浦和光さんに触発されて、五木さん自身の足で見聞きした「定住しない人々」のことが、熱く語られる。
「第二部 東都の闇に生きた被差別の民」
こちらは、ぼくもあまり知らなかった世界だが、東京の浅草あたりを中心にかつて居住していた被差別民、「エタ」「非人」と呼ばれた人々がとりあげられている。
さらに、フーテンの寅さんにまで話は及ぶ。
とても興味深く、まさに、わくわくしながら読みすすめた。

書きたいことが山ほどあるので、おいおい書いていくが、フーテンの寅さん(男はつらいよ)について触れた部分を紹介しておこう。

日本人なら誰でも知っている映画、「男はつらいよ」の寅さんの口上。

 私、生まれも育ちも葛飾柴又です。
 帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。

この中の、「車」「寅」「フーテン」という三つの言葉に、五木さんは惹かれるという。
日本人のこころの深い部分に隠れているものを、この三つのキーワードが表しているような気がする、というのだ。

「車」 ・・・かつて、江戸の非人頭の名前が「車善七」だった。
「非人」とは何か。 江戸時代、士農工商の身分制度の埒外に「エタ」「非人」と呼ばれる人たちがいた。
差別用語だが、歴史的事実だし、ほかに呼称がないので、五木さんもこのことばを使っている。
(「エタ」は「穢多」という漢字があてられることもあるが、五木さんはこの字はよくないという説である)
被差別民 → 香具師(やし、てきや) → 寅さん という流れ。
山田洋次が「車寅次郎」と命名したのは、香具師というものの歴史性を配慮したからにちがいない、という五木さんの指摘は鋭い。

この本で五木さんは、差別がなぜできたのか、今もって人々の心の中に差別感が残っているのはなぜか、しつこく考え続けている。 そのあたりは、また改めて書いてみよう。

「フーテン」 ・・・もともと瘋癲という漢字。 谷崎潤一郎の 『瘋癲老人日記』 あたりから使われるようになった言葉らしい。 その後、フーテンというカタカナがあてられるようになった。
ぼくにとっても懐かしいことばだ。 「フーテン族」 の時代。
五木さんによれば、「フーテンの寅さん」 に、<家も家族も持たず、定職にもつかない人生。 好きなときに好きな場所へいく人生>、つまり<自由人>のすがたを見る心情が、日本人にあるのだろうという。

息つくひまもなく読んだ、とても刺激的な本だった。

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