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2006年5月の23件の記事

2006年5月31日 (水)

【読】アイヌ ネノアン アイヌ

先日亡くなった萱野茂さんの絵本を、近くの図書館から借りてきた。

『アイヌ ネノアン アイヌ』 萱野茂 文 / 飯島俊一 絵
 福音館書店 ―たくさんのふしぎ傑作集― 1989年

Kayano_nenoan題名の「アイヌ ネノアン アイヌ」とは、萱野さんがこどもの頃、お母さんからくりかえし言われたことばだという。
「アイヌ ネノアン アイヌ エネップネナ」
(人間らしい人間、人らしい人になるんだよ)

<私は、北海道のアイヌのコタン(村)に生まれ、そこでそだちました。> という書きだしで、こどもの頃のことを語りはじめる。

真冬でも、夏の着物に冬着をかさね、またのわれたメリヤスのももひきをはいただけで、雪の中であそんだ思い出。
遊びに夢中になり、すっかりこごえて家に走り帰ると、おかあさんがふところに彼の手を入れてあたためてくれた。
そのおかあさんは、ろくに学校にも行かなかったため、読み書きはできない人だったが、幼い萱野さんにたいせつなことを教えてくれた。
それが、この本の題名になったことばだった。

<アイヌのコタンでアイヌという言葉はとてもたいせつな言葉で、おこないのいいアイヌだけをアイヌとよび、病気でもないのに、はたらきもしないで、ぶらぶらしているような者は、アイヌとよばずに、ウェンペ(悪い者)というのです。>

おばあさんが、夕飯の後でウウェペケレ(昔話)を聞かせてくれて、それを聞きながら寝る、そんな幼年時代。
萱野さんのおとうさんは、幼い萱野さんを連れ歩いて、アイヌ民族のお祭りやお葬式などを見せてくれたという。

ある日、巡査が来てお父さんを連れていってしまった。
それは、毎晩、沙流川でサケをとってきて、家族や近所の老人に食べさせてくれたことが、和人の法律では「密漁」となるからだった。
サーベルをさげた巡査にしたがって去っていくおとうさんの流した涙を、萱野さんはいつまでも忘れられないという。

<アイヌにとって、サケはシペ=主食とよんでいたほどたいせつな食べもので、この北海道の川で自由にとっていました。それをあとからやってきた和人(アイヌ民族は日本民族をこうよんだ)がとることをきんじたのです。
/あのときに父がながしたなみだは、アイヌ民族の権利をうばわれたくやしなみだだったと思います。>

この絵本は、小学生中級むきといいながら、おとなが読んでもいいものだ。

かつてのアイヌ民族の衣食住の伝統が、絵をつかって紹介され、アイヌの民話(ウウェペケレ)もいくつか載っている。
「スズメの恩返し」 (小学館 『カムイユカラと昔話』 からの再録)
「二つ頭のクマ」 (すずさわ書店 『炎の馬―アイヌ民話集』 からの再録)
「沙流川のうた」 (カムイ・ユーカラより)

Nenoan1<山もまたたいせつな食料保存庫でした。/アイヌは狩猟民族だ、とよくいわれますが、それは明治時代ぐらいまでで、私が子どものころには、もう狩猟で生活していた人はいませんでした。(中略)山では、山菜やキノコ、木の実などがたくさんとれたからです。これらは、野菜がすくなかったころには、たいせつな食料でした。>
左から、プクサ(ギョウジャニンニク)、プクサキナ(フクベラ)、ソロマ(ゼンマイ)、コロコニ(フキ)。

Nenoan2Nenoan4<自然のめぐみをうけていたのは食生活についてだけではありません。私が生まれるよりもうすこしまえまでは、すむ家も着るものも、材料は、山でとってきたものをつかいました。>
左は、家(チセ)を作る工程と、家ができたことを神がみに感謝して酒やイナウをささげ、つかった木の霊をしずめるために、屋根うらにヨモギの矢をはなつ様子。
右側は、チセの内部を説明したもの。この絵がとてもわかりやすい。

Nenoan3アットゥシ織りの着物と、アイヌ刺繍。
アイヌ模様は、魔よけの意味があるという。
<アイヌの着物も、古いものには、そで口とえりとすそにしか模様がはいっていませんが、もし人間のからだのなかに魔物がはいってくるとすればそこからですから、その部分に魔よけのなわの模様をつけたのです。>

<・・・北海道のことを、そのむかしアイヌたちは、アイヌモシリといっていました。アイヌ=人間、モ=しずか、シリ=大地。アイヌがくらしているしずかな大地という意味です。>

<私のひおじいさんのトッカラムという人は、和人のどれいにされました。・・・12歳のとき、北海の東のはし、厚岸へむりやりつれていかれましたが、けがをすれば家にかえしてもらえるだろうと、家へかえりたい一心で、自分で自分の指をきりおとしてしまいました。こういうつらい話は、いっぱいあるのです。>

<この大きな島を、アイヌ民族は和人にうったおぼえも、かしたおぼえもないのですが、和人に侵入によってアイヌの自由がふみにじられてしまったのです。>

萱野茂さんが残してくれた宝物のような一冊である。

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2006年5月28日 (日)

【楽】待望のアルバム(須藤もん)

須藤もんさんの、待望のセカンド・アルバムが出る。

「隧道 zuido」 須藤もん
6月7日発売 \2000(税込)

Zuido_1サンプル盤を聴かせてもらった。
「隧道(ずいどう)」というアルバム・タイトルが、
いかにも彼女らしい。

収録曲は7曲。
「めし」 「雪よ、葬って」 「逃げる」 「この川を」
「冬は厳しく」 「夕焼け」 「隧道」


ライブではおなじみの曲ばかり。
このうち、「めし」は藤本長門さんという方の詞をもとにしている。
「雪よ、葬って」は、ファースト・アルバム収録の「かえろう」と同じ、三善亜紀さんの作詞。 「夕焼け」は対馬照さんの作詞・作曲。
その他の曲は、須藤さんの作詞・作曲だ。

バック・ミュージシャンに、これもファースト・アルバムに参加している、センチメンタル・シティーロマンスの告井延隆さん(二胡、パーカッション、ピアノ)がふたたび参加。
さらに、今回はじめて、あおやぎとしひろさん(マンドリン)、くみこさん(アコーディオン)が加わって、バックアップしている。
お三方とも、須藤さんのライブで共演も多く、おなじみの方々だ。

須藤もん公式サイトにも掲載したので、ご覧いただきたい。
http://homepage2.nifty.com/sudomon/

須藤さんの活動は、98年にライブ活動を始める前から見守っている。
身内びいきだけでなく、すばらしい歌い手である。
いまどきの流行から一歩距離をおいたような、見方によれば古いタイプの歌内容ともいえるが、そこが彼女らしさだと思う。

ファースト・アルバムのときは一般の流通ルートに乗らない販売方法だったが、今回はCD店でも入手可能のようだ。
お近くのCD店でリクエストしていただければ、手に入るはず。
また、彼女のライブ会場でも販売するので、ぜひ手にとっていただきたい。

Zuido2_1

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2006年5月27日 (土)

【歩】今日の散歩(雨とアジサイ)

今年の5月は異常に日照時間がすくないという。
きょうも一日、雨がふり続いた。
九州では梅雨入りしたと聞く。

アジサイがそろそろ花開こうとしている。
明日は晴れるかな?

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2006年5月26日 (金)

【楽】歌いたいの(山崎ハコ)

待望のアルバムが出た。
Utaitaino_2

山崎ハコ 「歌いたいの」
 デビュー30周年!
 ファンアンケート上位曲の集大成アルバム
 徳間ジャパン \3000  2006/5/24発売

ベスト・アルバムだが、新録音もまじえてのお目見えだ。
ジャケット写真がいいなぁ。
歳をかさねるごとに、色気をますハコさんだ。
もちろん、アルバムの内容もいいぞ。

山崎ハコ オフィシャルサイト
http://www31.ocn.ne.jp/~hako/

徳間ジャパンコミュニケーションズ
http://www.tkma.co.jp/tjc/
 (山崎ハコ) http://www.tkma.co.jp/tjc/enka/yamazaki/

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2006年5月25日 (木)

【雑】プロフィール更新

遠くに住む親戚のおじさんから
「読んだよ」 という、うれしいお電話をいただきました。
ありがとうございます。
読んでくださる方の反響が、なによりの励みです。

カテゴリーについての説明を、プロフィールに書き加えました。
カテゴリー別、あるいは、バックナンバーの月別に、これまで書いたものがすべて見られるようになっています。

毎日更新、とまではいきませんが、ぼちぼち続けています。
ひとつ、これからも末永くおつきあいください。


●カテゴリーについて●

【山】山日誌
かつての山歩きの思いで話など
深田久弥氏の「日本百名山」のうち
じぶんが登った山についても少しずつ書いています

【楽】音楽日誌
好きな音楽のこと

【演】演芸日誌
投稿数はすくないのですが
好きな上方落語(とくに桂枝雀)のことなど
演芸関係

【読】読書日誌
読んでいる本のことなど
わりとリアルタイムに

【遊】おでかけ日誌
でかけた先のこと 近隣の散歩など
遠近とりまぜて

【雑】きまぐれ日誌
上のカテゴリーに入れられない
身辺雑事や思ったことなど
まさにきまぐれ的に

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【読】こころの新書 (9)

五木寛之 「こころの新書」 シリーズ 5 (講談社)
 『日本人のこころ 九州・東北 隠れ念仏と隠し念仏』

きょう、読みおえた。
このシリーズ(日本人のこころ)の4冊のなかでも、ぼくにとっていちばん興味深い内容だった。

Kokoro05_3第一部 「隠れ念仏」と知られざる宗教弾圧
かつて日本がキリスト教を禁止していた時代に、信仰を棄てなかった「隠れキリシタン」のことはよく知られているが、九州南部の鹿児島および熊本、宮崎の一部(薩摩藩、人吉藩) で、三百年にもおよぶ念仏禁制の時代があったことや、「隠れ念仏」と呼ばれる真宗門徒がいたことは、ほとんど知られていない。
五木さんは、その「隠れ念仏」の跡をたんねんに歩いてたどっている。
また、中学生の頃に聞いたという「カヤカベ」という言葉を思いだしながら、「カヤカベ」と呼ばれる「隠れ念仏」衆(表面上は神道の信者を装いながら、一種独特の信仰を守りつづけた人たち)についても、詳しく書いている。

第二部 「隠し念仏」が語る魂の鉱脈
こちらは、東北の岩手地方(盛岡藩、八戸藩、仙台藩)で秘かに伝えられた信仰だ。
江戸時代、飢饉や凶作に苦しみ、つよく救いを求めた民衆が、過酷な宗教統制を行なう幕藩体制と、その末端組織に組みこまれてしまった真宗寺院の両方から、じぶんたちの信仰を守ろうとして「隠し」続けたという。
ぼくのまったく知らなかった世界である。
不思議なことに、この「隠し念仏」は、いまでも秘密結社的色彩を色濃く持ちつづけているために、世間からあらぬ誤解を受けたり、本願寺からも異端、邪宗扱いされているという。

第二部は、ぼくにとって、ことに興味深かった。
五木さんは、実際にこの「隠し念仏」の信者を訪ね、じつにたんねんに調べ、かつ、深く考察している。 
柳田國男の『遠野物語』に「隠し念仏」のことが書かれていること。
熱心な法華経信者だった宮沢賢治の家が熱心な浄土真宗であり、賢治のまわりにたくさんの「隠し念仏」信者がいたこと。
賢治が彼らのことを、「秘事念仏の大元締が」という口語詩(『春と修羅 第三集』)に書いていること。
賢治の実家に疎開していた高村高太郎も、「隠し念仏」のことを詩に書いていること。
・・・等々、興味はつきない。

また、五木さんが、民俗学者の赤坂憲雄さんの著作からいろいろ教わった、と書いていることも、うれしかった。
(赤坂さんとは『東北学』という冊子の誌面で対談しているという)
というのも、すこしまえに、ぼくは赤坂さんの 『柳田国男の読み方』(ちくま新書)を読んで、深く感銘したからだ。

→2006年2月11日 【読】読書日誌 柳田国男
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_d63b.html

紹介したいことは尽きないが、この五木さんの本からは、次から次へと想像をかきたてられる。
とても内容の濃い一冊だ。

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2006年5月24日 (水)

【楽】ことしの花園神社ライブ

毎年、楽しみにしているライブ。
上々颱風の世田谷パブリックシアター(三軒茶屋)と、花園神社での七夕ライブ。

今年、世田谷は、6/17(土)と6/18(日)の二日間。
花園神社は、なぜか七夕をはずして8/12(土)になったようだ。

チケットぴあ (Pコード 231-763)
http://t.pia.co.jp/index.html

イープラス (上々、または、上々颱風で公演検索)
http://eee.eplus.co.jp/index.html

上々颱風オフィシャルサイト
http://www.mandicompany.co.jp/sst/sst_top_.html

思いおこせば、今から5年前の七夕の日、新宿花園神社の境内で上々颱風のライブを体験したことが、のめりこむきっかけだった。

「晴れときどき曇りのち温泉」 資料蔵
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/kura.html#shang
同上 この一冊 『上々颱風主義』
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/books.html
同上 この一枚この一曲 「鳥の歌」
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/music.html

あのライブの印象は強烈だった。
夕闇にライトアップされたステージ。 間近にみるメンバーの姿。 きれいなハーモニー。
完全にノックアウトされたのだった。
それいらい、毎年、七夕ライブと世田谷パブリックシアターのライブには行くようにしている。

花園神社は、地べたに座るか立って見るか、という、なかなか過酷な会場だ。
季節がら、雨にみまわれたりもするが、雨の中でも演奏するのだ。
いっぽう、世田谷は劇場でのコンサート形式。
「学芸会」なんて言う人もいるけど(もちろん、愛情をこめて、ネ)、こった演出で楽しめるのだ。

なんだかんだ言っても、息の長いバンドである。

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2006年5月22日 (月)

【読】五木さんの都市論

きのうの続き。
五木寛之 『日本人のこころ』 シリーズは、すぐれた都市論として読むこともできる。

大阪=宗教都市、京都=前衛都市、金沢=信仰の共和国、大和=生と死の結界。
これらのタイトルが示すように、ぼくらが日本の古い都市に抱いているイメージを、五木さんは具体的にくつがえしていく。

金沢。
かつて、一向一揆によって百年近くにわたる「百姓ノ持タル国」を実現させた土地だという。
蓮如とのかかわりも深い。

大和。
五木さんの小説 『風の王国』の舞台となった土地だ。
二上山、當麻寺、役行者(えんのぎょうじゃ)・・・魅力的である。

『日本人のこころ 金沢・大和』 のカバー裏に書かれた「著者のことば」を紹介しておこう。

<私たちは日本をなんとなく知っているつもりでいます。 しかし、日本の歴史とか文化をこれまでさかんに論じながら、じつは一枚の"敷石"も剥がしてこなかったのではないでしょうか。
 そういう反省が、私のなかにもあります。
 金沢と大和で、足元の"敷石"を見つめ直してみました。 それを一枚剥がしてみると、そこには砂浜があり、自由の海があり、輝く大地があるのだ、と思うのです。

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2006年5月21日 (日)

【読】こころの新書 (8)

五木さんの「こころの新書」シリーズ(講談社)を紹介してきた。
その続きである。
このシリーズの中の「日本人のこころ」という4冊の本が、てもとにある。
このブログでも紹介したきたが、もともとは単行本で2001年から出版されていたものらしい。

Kokoro07_1Kokoro05_2Kokoro08_2Kokoro06_2   







これまで書いたことのくり返しになるが、じつにスリリングな内容である。

『日本人のこころ 大阪・京都
 宗教都市・大阪 前衛都市・京都』

このタイトルからして、とても興味ぶかい。
大阪といえば大阪城。
大阪は城下町と思われがちだが、あの大阪城があった場所には、15世紀(1496年/明応5年)に蓮如が建てた「大坂御坊」あるいは「石山御坊」とよばれる小さなお寺があったというのだ。
城下町に対して、五木さんは「寺内町(じないまち)」という言葉で大坂(現在は大阪)という都市の成り立ちを論じている。
これだけでも「目から鱗」だった。

京都。
五木さんは、これまで他の著書でもこの都市の前衛性にふれていた。
いまは色あせた寺院も、建てられた当時は、とてもエキゾチックなものだったろう。
祇園祭の「山」や「鉾」に使われている装飾にも、中国、ペルシャ、トルコ、ヨーロッパ、インドなど、世界各国の織物や刺繍が使われていることに着目し、京都が古くから外国の最先端の文化をとりいれてきた「前衛都市」だったと喝破する。 さすがである。

浄土真宗の門徒(被差別民が多かった)、つまり念仏衆や、京都の「河原者」「非人」と呼ばれた被差別民について、この本から学ぶところは多かった。

こういうことが知りたかったのだ。
いまの日本は、どこもアスファルトで舗装されて、農地や山地を除くと土が見えにくい。
とくに市街地は、地方都市もふくめ、歴史をきざんできた土地の姿が見えなくて、どこも同じような風景に見える。

アスファルトをめくれば、そこに濃厚な「歴史」が見えるだろう。
半世紀以上も生きてきて、ぼくは日本の歴史についてどれだけ知っていたんだろうか・・・そう考えて、愕然としている。

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【読】古本市

市の公民館で、チャリティー古本市をやっていた。
きのうと今日の二日間。
きのうは行かれなかったので、今日の午後いってみたところ、終了一時間前だった。

あまり期待していなかったが、予想どおり、めぼしい本はみあたらなかった。
雑多な文庫本、新書、単行本、色あせた全集、・・・ざっと見てまわったところ、ちょっと気になる全集があった。

日本の民話 全12巻 (角川書店)
 昭和48年 定価 各890円
 監修 宮本常一、野坂昭如  編集 瀬川拓男、松谷みよ子

帯を見ると、なかなか面白そうだ。
チャリティーなので、全集ものには値段がついていない。
眺めていると、会場の係りの人から 「どうですか、何かありますか?」 と訊ねられた。
これはいくらでしょう、と聞いてみた。
値段は交渉しだい、ということで、とくに交渉する気もなかったのだが、一冊100円ということにしてくれた。
12冊で1200円なら安いなあ、と思って、「ください」 と買ってしまった。
値切ったわけでもないのに、けっきょく1000円にしてくれた。
申しわけないぐらい安い買い物だった。

P5210002『日本の民話』 全12巻 (角川書店)
  括弧内は「私の民話論」執筆者
1 動物の世界 (畑正憲)
2 自然の精霊 (島尾敏雄)
3 神々の物語 (角川源義)
4 民衆の英雄 (辻邦生)
5 長者への夢 (三浦哲郎)
6 土着の信仰 (水上勉)
7 妖怪と人間 (小松左京)
8 乱世に生きる (海音寺潮五郎)
9 太平の天下 (野坂昭如)
10 残酷の悲劇 (沼正三)
11 民衆の笑い話 (開高健)
12 現代の民話 (五木寛之)

なかなか面白そうな全集。
各巻末に参考資料名が掲載されているが、たとえば第1巻には、「アイヌ人と其説話 ジョン・バチェラー 富貴堂書店 大正14年」などとあって、興味深い。
楽しみな全集である。

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2006年5月20日 (土)

【遊】今日の散歩(奥多摩澤井寒山寺)

  「ままごと屋」は、清酒「澤乃井」をつくっている小澤酒造株式会社直営の、豆腐・ゆば料理の店。
かつては「紅葉亭」という名だったそうだ。

JR青梅線の「沢井駅」を降りると小澤酒造があり、国道411号線(青梅街道)を渡って多摩川の左岸に下ると、そこに「まヽごと屋」と「澤乃井園」がある。
多摩川にかかる「楓橋」という吊橋の南側、多摩川の右岸にあるのが「寒山寺」である。

小さな無住寺で、楓橋のたもとに鐘撞堂があり、階段を登ったところに堂宇がある。
P5200004_2P5200003P5200034P5200036_2P5200037



これまでに何度か立ち寄っていたが、きょう、あらためて「寒山寺の栞」を読んでみた。

奥多摩澤井 寒山寺の由緒
 青梅市澤井、多摩川上流の鵜の瀬渓谷に臨んで小さいながら趣き深い堂宇があります。 無住寺とはいえ、四季折々に奥多摩行楽の人々や地元の善男善女が合掌し、鐘をつく姿が木の間がくれに見えます。(略)
  この寺の由緒は、明治18年に遡り、時の書家、田口米舫氏が中国に遊学した折、姑蘇城外の寒山寺を訪れ、主僧の祖信師より、日本寒山寺の建立を願って、釈迦仏木像一体を託されたのに始まります。
 帰国後、米舫氏は、適地を求めて日本全国を遍歴中、幽すいでありながら交通の便がよく、人心の素朴なこの澤井の地を発見、地主の清酒澤乃井醸造元当主の小澤太平翁の尽力によって、昭和5年落慶しました。 小澤翁は当時の青梅鉄道株式会社の社長でもあり、青梅線の開発と共に、この寒山寺にも、中国の故事を慕って当時の文人墨客がおおぜい訪れ、川畔の割烹旅館、紅葉亭に滞在、都の文化が種まかれました。 ・・・

なるほど。
「まヽごと屋」の古い由緒ありげな建物は、かつての割烹旅館だったわけだ。

この近くには、川合玉堂の「玉堂美術館」と「まヽごと屋」の姉妹店である「いもうと屋」があり、「澤乃井 櫛かんざし美術館」もある。
多摩川では、カヌーや釣りをたのしむ人も多い。

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【遊】今日の散歩(澤乃井園)

ひさしぶりに、奥多摩の「澤乃井園」(ままごと屋併設)へ行ってきた。
きょうは、異様にむし暑い日で、帰りは豪雨にみまわれた。

新緑がきれいだった。
ゆばの入ったうどんが、おいしかったなぁ。

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2006年5月19日 (金)

【楽】iPodで聴く

一週間前に、ひょんなことから「iPod shuffle」を手に入れた。
ありていにいえば、記念品としてちょうだいしたものだ。

なかなか便利な、携帯音楽再生装置である。
すっかり有名になったので、ご存知の方も多いと思う。
重さ22g、キーホルダーぐらいのサイズのスティックメモリーに、120曲も収録できるスグレモノ。

http://www.apple.com/jp/ipodshuffle/

これで7900円(ヨドバシ価格)というのは、安い。
じぶんで買う気はなかったが、いただきものなので喜んで使わせていただいている。

気に入った曲を120曲も選びだすのはたいへんなので、お気に入りのアルバムをそっくり入れて聴いている。
この機種は、基本的にランダム選曲(シャッフル再生)なので、なにが出てくるかわからないところがミソだ。

Sudomon_1Hako_1Shizuru







須藤もん 「かえろう」
山崎ハコ 「ベストコレクション Dear My Songs」
おおたか静流 「ベスト・コレクション」

須藤もんさんは、いまのところまだマイナーな女性シンガーソングライターだが、じわじわと人気をあつめている。 身内びいきになってしまうが、いまどき珍しい「ビュア」な歌声とギター・プレイ、曲づくりの才能を持った人だ。
このファースト・アルバムの中で、ぼくがとくに気に入っているのは
「私の部屋」「キャラバン」「草笛」「輪舞(ロンド)」「夢見昼顔」である。
聴いていると歌われている情景が目にうかぶ曲、というのがぼくの「名曲の基準」。
これらの曲は歌のイメージが広がっていくので、飽きがこない。

山崎ハコさんについては、本編のサイトにたくさん書いているので「またか」と言われそうだが、好きなものは好きなのだ。 この2枚組アルバムには、貴重な音源がたくさんつまっている。
というのも、彼女のLP時代のアルバムは入手困難だから。
ひさしぶりに通勤電車の中で聴いてみると、やっぱりいい歌い手だなと思う。
名盤「幻想旅行」「幻想旅行Ⅱ」から何曲か収録されているのも、うれしい。
「ばいばいことば」「さくら」「旅路」など、何度聴いてもいい。

それと、兄妹のあいだのあやうい愛をうたった、「心だけ愛して」「きょうだい心中」がスゴイ。
いまどきの「軽い」音楽を好む人には重すぎるかもしれないが、こころを打つ音楽は、生きていくうえでたいせつなものだ。

おおたか静流さんについては、このブログにちょっとだけとりあげたこともあるが、なかなかシブイ女性シンガーである。 それほどたくさん聴いていないので、彼女のスケールを実感しきれていないが、才能があり、魅力的な人だ。
このベスト・アルバムでは、「悲しくてやりきれない」「花」「何日君再来」「月がとっても青いから」といったカバー曲もおもしろいが、最後の「The Voice Is Coming」が好きだ。
この人のライブは、いつか聴いてみたい。

このほか、上々颱風や元ちとせ、沖縄音楽のオムニバス盤なども入れてみた。
外国モノも入れてみたりしたが、やはり、歌詞がすーっとはいってくる日本語の歌が聴きたい心境なので、いわゆる「邦楽」オンリーである。
   

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2006年5月14日 (日)

【遊】春の北海道 (8)

【写真】旭川空港近くから十勝連峰パノラマ

中央 オプタテシケ山 (2012.7m)
 op-ta-teshke アイヌ語で「槍が・そこで・はねかえった」の意。
 山の神々の恋争いで、投げつけられた槍がそれてはねかえった、という伝説があるという。
 (山田秀三『北海道の地名』草風館)
左端(ビニールハウスの上) トムラウシ山 (2141m)
 山田秀三の上述書では、tonra-ush-i アイヌ語で「トンラ(水草の一種)・が生えている・もの(川)」が語源ではないか(トムラウシ川)という説。
右端(赤い車の左) 富良野岳 (1912.2m)
 こうしてみると、オプタテシケとともに立派な山容だ。

Tokachi_panorama_1





【写真】旭川空港上空から見た十勝連峰

中央 美瑛岳 (2052.3m) こうしてみると十勝岳よりも大きく、こちらの方が主峰に見える。

P5060143 

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【雑】(サイト紹介)コタン彩時記

北海道新聞のサイト
http://www.hokkaido-np.co.jp/
に、「コタン彩時記」
http://www5.hokkaido-np.co.jp/seikatsu/kotan/index.html
という連載記事をみつけた。

2004年4月から2005年3月までの一年間、月一回掲載されていたようだ。
文:中村康利/絵と題字:西山史真子
アイヌ文化に関心をお持ちの方に、おすすめしたい。
西山さんのイラストがいい。

◆にしやま・しまこ◆
画家。1964年、夕張市生まれ。
札幌大谷短大美術科で油彩を学んだ後、アイヌ文化関係の書籍のほか、児童文学の挿絵や絵本を手がけている。
主な作品は、千歳アイヌ文化伝承保存会会長の中本ムツ子さんらと著した「アイヌの知恵・ウパ
クマ」(片山言語文化研究所)、作家の松居友さんらとの絵本「ふたりだけのキャンプ」(童心社)など。千歳市在住。

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2006年5月13日 (土)

【遊】春の北海道 (7)

5月初旬の美瑛の街は美しかった。
天気もよかったし、人出もすくなかったし、広々とした風景をたのしむことができた。
春の北海道は、やっぱりいいな。

【写真】 美瑛の河川敷にあるパークゴルフ場
P5060068北海道は「パークゴルフ」がさかんだ。
本州では考えられないほど広い土地が多いから、数百円で楽しむことができる。
ぼくはゴルフをやらないが、こんな気持ちのいい芝生の上で、のんびりパークゴルフをやるもの悪くないと思った。

【写真】 美瑛の丘
P5060084P5060086P5060088夏はツアーバスの観光客でにぎわうが、この時期はどこへ行ってもほとんど人がいない。

【写真】 夕暮れの美瑛駅
P5030028P5030032P5030031美瑛の駅舎は、ぼくが子どもの頃からこの石造りの建物。 市街地の商店はどれも建て替えられてきれいになったが、街のたたずまいはあまり変わっていない。 いい街だ。      

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2006年5月12日 (金)

【遊】春の北海道 (6)

美瑛の市街に新名所ができた。
場所は美瑛駅のすぐ近く、メインストリートから見える。

この街は、昔の石造りの倉庫が多く残っている。
今は使わなくなった石の倉庫を改装したものが、この「丘のくら」と名づけられた多目的ホールだ。
4月末にオープンしたばかりだという。

地元の人(ぼくの親戚)は、「石のくら」と呼んでいた。
「丘のくら」よりも「石のくら」の方が響きがいいのになぁ・・・丘のうえにあるわけでもないのに、と思ったが、「丘のくら」という看板の字は雰囲気があっていい。

美瑛はたしかに丘が美しい町だが、何にでも「丘の―」と名づけるセンスはいかがなものか、と思ったりもする。

それはともかく、石の倉庫の重量感と質感がいい。
ゆっくり見る時間がなかったが、1階は美瑛の特産品売り場、2階がギャラリーになっているようだった。
この時は前田真三さんの写真展を開催していた。

使い方によっては、面白いスペースになるのではないだろうか。
ここで音楽会なんかを開いてみるのもいいかもしれない。
美瑛という町の活性化につながるといいな。

P5050050P5050051



美瑛町観光協会
http://www.eolas.co.jp/hokkaido/sikibiei/
おかのまち美瑛 どっとこむ
http://www.biei.com/japanese/
美瑛町公式サイト
http://www.town.biei.hokkaido.jp/ 

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2006年5月11日 (木)

【遊】春の北海道 (5)

美瑛では、いま、「カレーうどん」がブームだという。
ぼくは知らなかったが、富良野の「スープカレー」に対抗して、ということらしい。

P5040041こんな感じの「つけめん」風カレーうどんを食べた。
美瑛の駅の裏手(線路をはさんだ西側、バスロータリーの一角)にある、「こえる」という店。  「丘の宿 こえる」というのが正式な名前で、民宿(ペンション)兼レストラン。
うどんは、美瑛産の粉を使った手打ち麺。 おいしかった。
こういう「つけめん」ばかりでなく、他の店では、「かけ」や「冷やし」のカレーうどんもあるらしい。
P5040038P5040039丘の宿 こえる
美瑛町大町1丁目1-7
(JR美瑛駅裏側)

http://www.biei.ne.jp/koeru/ 

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【遊】春の北海道 (4)

朝日新聞の北海道版で、5/9から5/11にかけて、
【萱野さんからのメッセージ~二風谷発】 という特集記事が掲載された。
ネットでその内容を見ることができる。

asahi.com マイタウン北海道
http://mytown.asahi.com/hokkaido/

(上)伝え続け 言葉は輝く 5/9
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000390605090001

(中)対話の努力、争い防ぐ 5/10
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000390605100001

(下)アイヌ語に誇りを 5/11
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000390605110001

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2006年5月10日 (水)

【遊】春の北海道 (3)

二風谷(にぶたに)の萱野茂さんが亡くなった。
5月6日、午後1時38分、入院中の札幌の病院で、という。

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20060507&j=0022&k=200605075623
http://www.asahi.com/national/update/0506/TKY200605060122.html

ぼくはあまり新聞を見ないのでうかつにも知らなかったが、7日の朝刊に死亡記事が載っていた。
5月6日の午後といえば、ぼくが北海道を発とうとしていた頃だ。

午後5時すぎ、旭川空港を飛びたった飛行機の窓から、日高の山なみが見えた。
萱野さんはまだ札幌にいらした頃だと思うが、ぼくは二風谷の上空にいたことになる。

萱野さんにはお目にかかったことがないが、ここ数年、萱野さんの著作からぼくはたくさんのことを学んだ。
直接教えを受けたわけでもないが、恩師と呼びたい方である。
昨年5月の連休、北海道に帰省する予定で、二風谷のアイヌ資料館を訪ねる計画もたてていたのだが、やむを得ぬ事情ではたせなかった。
アイヌ資料館で萱野さんにお会いできるかもしれないと、楽しみにしていただけに、残念でならない。

萱野さんについては、本編のサイト「晴れときどき曇りのち温泉」でとりあげているので、ご覧いただけるとうれしい。
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_ainu.html
(資料蔵―アイヌ資料編)

【写真】(旭川空港から羽田へ向かう飛行機の窓から)日高山脈上空あたり

P5060153P5060148 

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2006年5月 9日 (火)

【遊】春の北海道 (2)

美瑛の街はずれにかかる橋から、十勝連峰をながめた。
十勝連峰の全貌を見たのは何年ぶりだろう。
ぼくが美瑛を訪ねるときは、雲にかくれていることが多かった。

高校2年生のとき、ちょうどこの季節に、はじめて十勝連峰に登ったことを思いだす。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_e71f.html

あの年は、これほど雪は残っていなかったように思う。
もう何十年も前なので、はっきり憶えてはいないが。

【写真】(美瑛)十勝連峰
 中央が美瑛岳 その左が美瑛富士
 右が主峰・十勝岳(噴煙があがっている)
 左端・白樺の陰がオプタテシケ山
 富良野岳はこの写真に写っていない(右端)

P5030026

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2006年5月 8日 (月)

【遊】春の北海道 (1)

5月3日から6日まで、北海道へ帰っていた。
今回は法事のため、あちこち出歩くことはできなかったけれど、天候にめぐまれて気持ちのいい毎日だった。
(5日のこどもの日だけは雨)

思っていたほど寒くなく、たくさん持っていった衣類はムダだった。
フキノトウがたくさんあった。
花は、ヤマザクラを含め、まだまだこれから。
草の緑と、芽吹きの木々の緑が新鮮だった。

旭川空港を出ると、雪をかぶった十勝・大雪の山々の全貌が見えて、うれしかった。
滞在中、だいたい日中は山がよく見えた。

【写真】旭川空港近くから大雪山(旭岳)

P5030007

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2006年5月 7日 (日)

【楽】東京新聞に須藤もんさん登場

東京新聞の5/4(木)朝刊で、須藤もんさんが紹介されました。
詳細は、須藤もんサイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/
(ニュースリリース)
に掲載しましたが、記事はこんな感じ(下の画像)です。

「路面電車の中で熱唱」
都電荒川線という路面電車を借り切って、2001年にやったライブが写真入りで紹介されています。
ぼくも、このライブには行きました。
早稲田から荒川車庫を経由して三ノ輪橋までの路線を往復し、車中で歌うという、文字通りの異色ライブでした。 車中では、飲食可。
沿線で、珍しそうに車両の中のライブ情景を見ている人たちが、おかしかったなぁ。
面白いライブでした。

須藤もんサイトに、そのライブの情報もあります。
http://homepage2.nifty.com/sudomon/live2001.htm
http://homepage2.nifty.com/sudomon/toden.htm

須藤もんさんは、今年6月に2枚目のアルバム
 「隧道 zuido」
が発売される予定。
東京近郊のほか、北海道や東北でのライブ・ツアーも予定されています。
CD、ぜひ買ってください。いい内容ですよ。
(アルバム内容、発売方法等は、近日中に須藤もんサイトで発表の予定)

Tokyo_shinbun

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