【読】山田風太郎 『同日同刻』 (2)
まだ読み終えていないけれど、きのうの続き。
山田風太郎 著 『同日同刻』 (ちくま文庫)
1979年 立風書房 刊行の文庫化
昭和20年8月9日、長崎に二発目の原爆が投下され、ソ連軍が満州・朝鮮への侵攻を開始。
長崎に原爆を投下したB29(広島の時と同じくテニアンから出発)は、帰途、燃料がなくなって沖縄の読谷(よみたん)飛行場に着陸した。
<不時着に近い着陸だった。 長い滑走着陸をする余力もないので、緊急着陸をする旨地上に信号したが、管制塔は気づかなかった。>
ヨタヨタと飛んでいるB29から、「被害甚大」「機内に死傷者あり」など、ありとあらゆる発火信号が打ち上げられた。
<やっと無事着陸したB29に、基地の軍曹が駆け寄って聞いた。/「死傷者はどこですか」/スウィニー少佐は北東の長崎の方を指した。/「あっちだ」>
満州も大混乱だった。
<・・・その満州では、恐ろしい混乱の中に、関東軍関係につづいて満鉄関係の家族が新京から逃れようとしていた。>
職業軍人や軍属たちは、民間人を見捨ててわれ先にと逃げはじめたのである。ひどい話だ。
悲惨な話は山ほどあるが、次の逸話が胸を打った。
東満州の永安屯の群馬部落でのできごと。
<・・・移民以来営々と汗を流して拓いた田畑を捨てて逃げることになお踏み切れない人々も多かった。・・・やっと十一日に避難開始ときまったが、この朝物見台に立っていた開拓民の一人が、早くも地平線に巻きあがる砂塵が刻々と大きくなって来るのをみた。/「ソ連の戦車団だ!」>
村は極度の混乱に陥り、若い女たちは、ソ連軍の暴行を恐れて次々と自決していった。
<・・・部落には硝煙と血の臭いが渦巻いた。 この朝、女、子供をふくめてみずから死を求めた者四十九名。>
そして・・・地平線から近づいて来たのは、隣の村に住む日本開拓民の避難の馬車の行列だった。
これにくらべたら、阿南陸相の割腹自殺など、なにほどのものか、と思う。
緊迫する御前会議、天皇の決断、陸軍のクーデター未遂、「玉音放送」レコード盤の争奪、など、敗戦までの数日間が、山田風太郎の手によって活写されている。
ところどころに、当時の文人・文化人たち(川端康成、徳川夢声、志賀直哉、谷川徹三、谷崎潤一郎、永井荷風ら)のエピソードや証言がはさまれていて、興味ぶかい。
フィリピンで俘虜となった大岡昇平、奄美群島加計呂麻島の島尾敏雄、新京放送局に勤めていた森繁久弥らの体験記も引用されている。
いいかげんなテレビドラマよりも、よほど勉強になる。
その森繁久弥のことば。
「何が一番悲しかったかといえば、ソ連の攻撃が始まった直後でしたが、包丁を出せといわれたことでした。 包丁を竹の先にしばりつけて、それでソ連軍と渡り合うんだ、というんですよ。 精鋭だと信じ込んでいた関東軍がね」
それにしても、と思う。
なぜ、軍人たちは、あれほど「勝ち」にこだわったのだろう。
ほとんど望みのない負け戦だったのに、正気の沙汰とは思えない。
すこし前に読んだ、吉本隆明さんの本を思い出した。
吉本さんも戦争中は軍国少年だったが、その体験をごまかさず、戦後、とことんまで総括をした人だ。
吉本さんは、繰りかえし、こう言っていたように思う。
「戦争そのものがダメなんだ。 正義の戦争なんて、ないんだぜ。 戦争なんかやっても、いいことは何もないんだよ」
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コメント
昨日、旭川の本屋を幾つか見ましたが探せずにガッカリしました。そのうち見つかるでしょうが、新刊の文庫の多さに驚きました。いくつか、山田さん以外の面白そうなものを発見しました。
投稿: 玄柊 | 2006年9月10日 (日) 08時27分
>玄柊さん
旭川市図書館(中央図書館)に、立風書房刊行(1979年)があるようです。
http://www.lib.city.asahikawa.hokkaido.jp/
あとは、amazonでしょうか。
本も、ちょっと油断すると店頭からすぐ姿を消しますね。
投稿: やまおじさん | 2006年9月10日 (日) 08時39分