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2006年9月22日 (金)

【読】世間 (3)

しつこい性格なので、まだ書いている・・・。
阿部謹也さんの著作に触発され、自分にとっての「世間」というものを考えてみたりしている。
阿部さんの本に、どんどん目を見開かされる感じ。
「目から鱗がおちる」というが、ぼくの目にも固い鱗が、いつのまにかいっぱい付着していたようだ。
Abe_kinya_rekishi_1阿部謹也
 『日本人の歴史意識 ―「世間」という視角から―』
  岩波新書 874  2004.1.20
「世間」とは何か。
この本の 「はじめに」 によれば、「日本人全体に共通する生活の形」であり、欧米にはない、日本独特の生活の形である。
<欧米では12世紀以降個人が生れ、長い年月をかけて個人が形成されていった。 明治維新の際に日本は欧米の思想や技術を取り入れ、個人の思想をも取り入れた。 しかし欧米で数百年かけて形成された個人を一挙に取り入れることは不可能であった。・・・>
ソサイェティーという言葉に社会という訳語が作られたのが、明治十年のことであり、インディヴィデュアルという言葉に個人という訳語が作られたのが、明治十七年であった。> (「はじめに」 P.5)

「社会」とか「個人」といった観念は、日本ではたかだか100年ちょっとの歴史しかないのである。 この認識がたいせつだと思う。
他にも、明治初期に日本語に訳された欧米の言葉(観念)がたくさんあるはず(調べていないけど)。
いっぽう、「世間」という言葉、観念は、万葉集の時代から延々と日本人の中に息づいていたのである。
「世の中」、「浮き世」、「憂き世」も、「世間」とほぼ同義(時代によって変化してきたが)。
「世間」は、もともとサンスクリット語で「否定されるべきもの」を意味する"loka"(ローカ)の訳語だという。
仏教思想からきた言葉だ。

阿部謹也さんは、この本の「あとがき」を次のように結んでいる。
<日本では古来、世の中を無常とみなし、変わることのない運命として受け止めてきた。 日本で明治以前に社会科学の芽が育たなかったのには「世間」がもつこのような情感が大きな働きをしていたと思われる。 私たちの心の底にもそのような想いがないといいきれるだろうか。 社会は自分たちが造っているのだという実感を身につけるためにも、この「世間」を対象化することから始めなければならないのである。・・・>

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