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2006年9月の29件の記事

2006年9月30日 (土)

【遊】彼岸花の大群落(巾着田)

車で、埼玉県日高市の「巾着田(きんちゃくだ)」へ。
 日高市・曼珠沙華の里「巾着田」公式ホームページ
 http://www.kinchakuda.com/index.htm

Kinchakuda_pamphlet自宅から30kmほど。 あんがいと近い。
JR八高線「高麗(こま)」駅の近く。
園内の駐車場がいっぱいだろうと思い、手前の臨時駐車場(一日500円)にとめたが、思ったほど車の混雑はなかった。
しかし、人出はすごかったなぁ。
高麗駅方向から電車で来た人が引きもきらず、巾着田まで徒歩10分の道のりを一団となってぞろぞろ歩く。

06093000450609300050いやはや、想像を絶する大群落に仰天。
遠目には、春のつつじの群落のような赤一色。
彼岸花、曼珠沙華というと、お彼岸の頃にひっそりと咲く寂しげな花のイメージがあったが、これだけの大群落になると壮観である。

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キバナ、シロバナが珍しかった。

060930005606093000550609300107コスモスも満開。
巾着田とはよく言ったもので、高麗川が蛇行して「きんちゃく」の形に見える直径約500m、面積約17ヘクタールの広大な敷地。
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秋の味覚、栗を買ってきた。
天気にめぐまれて、いい一日だった。 歩きくたびれたけれど。
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2006年9月29日 (金)

【読】金子光晴と山之口貘

Kaneko_mitsuharu_1金子光晴 『絶望の精神史』 (講談社文芸文庫)を読んでいる。
本のタイトルはなにやらいかめしいが、自伝エッセイである。
面白い。
この中に、山之口貘についてふれた箇所があって、うれしかった。
金子光晴がパリから帰国した頃のこと。
<僕は、一年ほど、つれこみ宿にがんばっていたが、・・・。(略) そんな僕のところへたずねてくる者もなかった。 ただ、長崎以来の古なじみの正岡容と、偶然、南千住の泡盛屋で知り合いになった山之口貘が、ときどきやってきた。
山之口貘は琉球から来た男で、ありとあらゆる下賎と言われる職業をうつり歩いていた。 そのときは両国のビルの地下室に寝起きして、・・・。 (略) そのまえには、土管のなかに住んでいた。 日本の詩とは縁が遠くなった僕も、彼の詩だけは、身につまされて理解できた。> (『絶望の精神史』 P.139)

Bakusan茨木のり子 『貘さんがゆく』 (童話屋/1999年)
<昭和八年ごろ、貘さんは南千住の泡盛屋(沖縄の酒を売る店)の、「国吉真善」で、はじめて金子光晴に出会いました。
金子光晴もまた、放浪詩人というにふさわしく、ヨーロッパ・東南アジアを五年近くも無一文で歩きまわってきたばかりでした。 光晴は長い放浪の旅で、国籍だの学歴だの、そんなものがいかにくだらないかを骨身にしみてさとっていました。 かれはただ個人としてのはだかの人間しか認めようとしなかった人です。
光晴は、はじめて会った貘さんのなかに、よき人間、すぐれた詩人、いわば「人間のなかの宝石」をひとめでまっすぐ見ぬいたのでした。> (P.42~43)

いい話だな。 この茨木のり子さんの語り口も、また、いい。
この二人の詩人(金子光晴、山之口貘)の詩を好み、歌にしたのが高田渡さんだ。
高田渡さんも、彼らに通じる資質をもった人だったと思う。

Baku_1Baku_2高田渡 『貘 詩人・山之口貘をうたう』
 1998年 B/C RECORDS
ぼくの愛聴盤。

ぼくのWEBサイト 「晴れときどき曇りのち温泉」 に書いているので、興味を持たれた方はご覧ください。
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/m_wataru_baku.html


010819manazuru2001年8月19日 真鶴海岸
ぼくの高田渡体験は「おくて」だった。
はじめてライブで目にしたのが、この野外会場。
この後、上々颱風のステージがあった。
なつかしいな。

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2006年9月27日 (水)

【楽】【読】山積みにした本の中に・・・

Tokiko♪ 山積みにした 本の中に 答えが見えなければ
 僕は何をしたらいいの 一人ぼっちだよ ・・・ ♪
 加藤登紀子 「寝た子を起こす子守唄」
  (阿木燿子 作詞/宇崎竜童 作曲)
 ポリドールレコード 1982年


毎日、本を読んでいて、むなしくなることがある。
山積みにした本の中に、何か答えがあるのかい?
ない、といえば、ない。
まあ、それでも、面白い本に出会う楽しみはあるな。

Kaneko_mitsuharu金子光晴 『絶望の精神史』
 講談社文芸文庫 現代日本のエッセイ
 1996.7.10

金子光晴を読んでみようと思いたったのは、阿部謹也さんの 『「世間」とは何か』 が引き金だった。 金子光晴のこの本は面白い。
ただ、それだけのことを書きたかった。
(小難しいリクツをこねるのに、ちょっと飽きたので、今夜は寝ます)

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2006年9月26日 (火)

【遊】こんどの週末は巾着田へ

タウン紙に、ヒガンバナ(曼珠沙華)の群生地が紹介されていた。
こんどの週末に行ってみようと思う。

日高市・曼珠沙華の里「巾着田」公式ホームページ
http://www.kinchakuda.com/index.htm
Kinchakuda

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2006年9月24日 (日)

【遊】からまつ亭 訪問記 (2)

「からまつ亭」 は、以前、武蔵野市(吉祥寺本町)にあった。

02100600010211160003これは、2002年の10月と11月の写真。
2002年11月16日、このお店で須藤もんさんのライブがあった。
http://homepage2.nifty.com/sudomon/live2002.htm

バンジョーとドブロギターで須藤もんさんと共演しているのが、ジミー矢島さん。
きのう、八ヶ岳のお店を訪ねたとき、矢島さんに質問してみた。
「お蕎麦屋さんと音楽と、どっちが本職ですか?」
矢島さんの答えがよかった。
「二足のわらじと言うけれど、片足に下駄、片足にスニーカー」

また、おいしいお蕎麦をいただきに行きますね、矢島さん。
こんど伺ったときは、歌をリクエストしようかな。

2002年11月16日 からまつ亭(武蔵野市)でのライブ
http://homepage2.nifty.com/sudomon/karamatsulive.htm

0211160061_1





― ジミー矢島さんのアルバムとビデオ ―
からまつ楽団 「裏町の月明かり」 (CD)
 
(からまつ楽団=ジミー矢島、わたりべふみ、牧裕)
ジミー矢島 「十割(とわり)そば」 (ライブ・ビデオ)
Karamatsu_gakudan1Karamatsu_gakudan2Yajima_video1Yajima_video2   

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【遊】からまつ亭 訪問記 (1)

きのうは肌寒い曇り空だったが、車で八ヶ岳山麓へ。
武蔵野市にあった 「からまつ亭」 というお蕎麦屋さんが清里高原に移転し、この夏に開店していたのだが、なかなか行けなかった。
念願の訪問。

からまつ亭 八ケ岳十割蕎麦(そば)
http://karamatu.or.tv/index.html

0609230002清里高原の別荘地の一角に開店した「からまつ亭」。
一見、ふつうの別荘。
内部はログハウス風のすてきな建物だ。
中央道須玉インターから国道141号線を北へ20分ほどという道順だが、今回は甲州街道(国道20号)から。

141号線からの入口はすぐわかったが、そこから先は別荘地の細道。
ちょっと迷ってしまった。
0609230001やっと見つけた小さな看板。
かわいらしいなぁ。
開店時刻をよく確かめずに家を出たので、早く着きすぎてしまい、途中の「道の駅」で時間をつぶし、11:30前にお店に到着。
店主のジミー矢島さんご夫妻に、ひさしぶりにお目にかかった。
矢島さんは、後で書くが、須藤もんさんの関係で何度かお会いしている。
ご夫妻の写真を撮らせていただけばよかったな(ちょっと遠慮してしまった)。
子猫のジローくんの写真も撮らなかったが、すだれをよじ登って2階(店舗)のベランダまであがって来る、たくましい猫であった。

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お品書きと、ぼくたちがいただいた蕎麦。
同行したかみさんは、「今月の季節そば きのこおろしそば」 (左から2番目の写真)。
キノコは、この日の朝、矢島さんが採ってきたもの。 新鮮でおいしかった。
ぼくは、「からまつ御前セット」 (右の2枚の写真)。
蕎麦を 「縄文そば」 にしていただいた。
「縄文蕎麦」は、この地で特別に栽培している珍しい蕎麦。 色と香り、味がちょっと違うようだ。
からまつ亭の 「石臼挽き十割手打ち蕎麦」 は、やはり絶品だった。
「揚げそばがき」(左から3枚目の写真の右上) も珍しいもの。 おいしかった。

外は秋風が吹く八ヶ岳山麓の、静かなお店でゆっくりいただく蕎麦。
「至福のひととき」 とは、こういうことを言うのか。

矢島さんは、出張蕎麦打ちもなさっているそうだ。
また、近々、蕎麦の通信販売も予定していると話されていた。
楽しみだなぁ。

お店のWEBサイト以外にブログも公開されている。
おもしろいので、ぜひご覧いただきたい。

八ヶ岳からまつ亭 (ブログ)
http://karamatutei.blog49.fc2.com/

ジミー矢島の八ヶ岳日記

http://www.doblog.com/weblog/myblog/50972

0609230008帰り道、雲が晴れて、ひさしぶりに八ヶ岳の姿を見た。
左から、編笠山、権現岳、赤岳。
権現岳と赤岳のあいだに、阿弥陀岳のピークが見える。

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2006年9月22日 (金)

【読】世間 (4)

さらに続くのである。 興味のない方は、読み飛ばしてください。
(引用も多いので、読みにくいと思う)
Abe_kinya_rekishi_2『日本人の歴史意識』 という本の中で、阿部謹也さんは、「日本人にとって歴史とは何か」 というテーマを「世間」という視角から考えている。
『「世間」とは何か』(講談社現代新書)では、もっぱら日本の歴代の文学を題材に論じていたが、この本では、専門の西洋史(中世史)にも触れながら、西欧社会と比較して、日本の「世間」の特殊性をとことん論じている。

阿部さんの著作にぼくが好感を持つのは、学者が研究テーマとしてとりあげるという通りいっぺんの関心ではなく、自分自身の(生活を含めての)モンダイとして、学者らしい緻密で論理的な考察をしているところである。

<「世間」の中で閉塞させられてきた個人を解き放たなければならない。 しかしそれは西欧の個人の歴史をなぞるようのものであってはならない。 ・・・西欧の個人は人間を世界の覇者として位置づけ、他の動植物を人間に奉仕するものと見なしてきた。 このようなキリスト教的な人間理解を私たちは共有できない。 私たちにはそれとは違った「世間」の歴史があるからである。・・・> (第9章 日本人にとって歴史とは何か)

阿部さんは、さらに、
「世間」の中で個人を解放してゆくのは極めて困難な道ではあるが、「世間」の中にありながら、歴史を自分自身の体験として身近に引き寄せるためにはどうしたらよいか?
と問う。

その答えに、ぼくは勇気づけられたのだが・・・
<多くの人が「世間」の中で安住し、歴史を「世間」の外で演じられているドラマとしか見ていないときに、自ら直接歴史と出会い、歴史を描くためにはまず「世間」と闘わなければならないのである。・・・> (第9章 P.201)

うーん。 あんまり闘いたくはないな。
できることなら、世間と折り合いをつけながらケンカせずに生きていきたい、というのが怠惰なぼくの考え方なので、どうなるかと思っていたら・・・次のことば。

<しかし「世間」との闘いは単純な闘いではない。 「世間」の中で自分の道を切り開いてゆくための闘いだから、「世間」と正面からぶつかる必要はない。 笑顔で「世間」の人々と付き合いながら、自分の道に関しては徹底的に闘う姿勢を静かな態度で示さなければならない。・・・> (第9章 P.202)

ぼくは、吉本隆明さんの生き方を思いだした。
心に銘じよう。

長くなったが、ひとまずこれでオシマイ。
下の2冊も、これから読んでみようと思う。

Abe_kinya_gakumonAbe_kinya_chuusei_1『学問と「世間」』 岩波新書 735
  2001.6.20 第1刷 / 2003.7.25 第5刷
本日入手。 読み始めたところ。
『西洋中世の愛と人格 「世間」論序説』
  朝日新聞社 1992.12.10
本棚で眠っていた本。内容がやや専門的だが、今なら読み通すことができそうだ。

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【読】世間 (3)

しつこい性格なので、まだ書いている・・・。
阿部謹也さんの著作に触発され、自分にとっての「世間」というものを考えてみたりしている。
阿部さんの本に、どんどん目を見開かされる感じ。
「目から鱗がおちる」というが、ぼくの目にも固い鱗が、いつのまにかいっぱい付着していたようだ。
Abe_kinya_rekishi_1阿部謹也
 『日本人の歴史意識 ―「世間」という視角から―』
  岩波新書 874  2004.1.20
「世間」とは何か。
この本の 「はじめに」 によれば、「日本人全体に共通する生活の形」であり、欧米にはない、日本独特の生活の形である。
<欧米では12世紀以降個人が生れ、長い年月をかけて個人が形成されていった。 明治維新の際に日本は欧米の思想や技術を取り入れ、個人の思想をも取り入れた。 しかし欧米で数百年かけて形成された個人を一挙に取り入れることは不可能であった。・・・>
ソサイェティーという言葉に社会という訳語が作られたのが、明治十年のことであり、インディヴィデュアルという言葉に個人という訳語が作られたのが、明治十七年であった。> (「はじめに」 P.5)

「社会」とか「個人」といった観念は、日本ではたかだか100年ちょっとの歴史しかないのである。 この認識がたいせつだと思う。
他にも、明治初期に日本語に訳された欧米の言葉(観念)がたくさんあるはず(調べていないけど)。
いっぽう、「世間」という言葉、観念は、万葉集の時代から延々と日本人の中に息づいていたのである。
「世の中」、「浮き世」、「憂き世」も、「世間」とほぼ同義(時代によって変化してきたが)。
「世間」は、もともとサンスクリット語で「否定されるべきもの」を意味する"loka"(ローカ)の訳語だという。
仏教思想からきた言葉だ。

阿部謹也さんは、この本の「あとがき」を次のように結んでいる。
<日本では古来、世の中を無常とみなし、変わることのない運命として受け止めてきた。 日本で明治以前に社会科学の芽が育たなかったのには「世間」がもつこのような情感が大きな働きをしていたと思われる。 私たちの心の底にもそのような想いがないといいきれるだろうか。 社会は自分たちが造っているのだという実感を身につけるためにも、この「世間」を対象化することから始めなければならないのである。・・・>

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2006年9月21日 (木)

【読】世間 (2)

阿部謹也さんの「世間」論の続き。
Abe_kinya_seken_2『「世間」とは何か』 (講談社現代新書)は、日本に住むわれわれが「世間という枠組みの中で生きている」という主題のもと、日本の文学者たちが描こうとした「世間」の本質を解き明かそうとする労作である。
ざっと目次を紹介しよう。
序章 「世間」とは何か
第一章 「世間」はどのように捉えられてきたのか
  歌に詠まれた「世間」  仏教は「世間」をどう捉えたか
第二章 隠者兼好の「世間」
第三章 真宗教団における「世間」 ――親鸞とその弟子たち
第四章 「色」と「金」の世の中 ――西鶴への視座
第五章 なぜ漱石は読み継がれてきたのか ――明治以降の「世間」と「個人」
第六章 荷風と光晴のヨーロッパ

この本の要約がぼくにはまだできないので、「おわりに」(あとがき)から引用してみたい。
<私たちはしばしば「世の中はままならないものだ」という。 古人もしばしば「思い通りにならないもの」として世の中を歌っている。 無常観の底にはそのような想いも込められている。 しかし世の中が私達一人一人の思い通りにならないことは当たり前のことである。
日本人は何故このような嘆きを千数百年にわたって繰り返してきたのだろうか。 ここにも世間のあり方があると私は思う。 日本人はごく例外的な人を除いて個人であったことはほとんどなかった。 皆何らかの世間を構成し、その中で生きてきたのである。・・・>
<世間の問題は、私達自身を分析する試みである。 だから一部の人にとっては見たくないものを見せられるものとなるだろうし、心弾むものではないかもしれない。・・・>

阿部謹也さんが言うように、これまで誰も、この「世間」というものをまともに考えようとした人がいなかったのである。 とくに、日本の学者は、西洋流の「社会」という物差しでしか日本「社会」(じつは「世間」という古臭い実体)を分析しようとはしなかった。

<わが国の社会科学者は、学問の叙述に当たっては西欧的な形式を用いながら、日常生活の次元では古来の世間の意識で暮らしてきた。 したがって叙述の中に自己を示すことができなかったのである。 わが国の学問にはこのような問題があると私は考えている。・・・> (「はじめに」)

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2006年9月19日 (火)

【読】世間

先日亡くなった阿部謹也さんの著作 『「世間」とは何か』(講談社現代新書)を読み返した。
Abe_kinya_seken_1阿部謹也 『「世間」とは何か』
 講談社現代新書1262 (1995.7.20)
前に読んだのは、たしかこの本が出てすぐの頃。
今から10年も前なので、内容をほとんど憶えていなかったが、今回再読してみて、とてもスリリングな内容だった。
日本に「社会」(society)はない。 あるのは「世間」という魔物である。
西洋の人が言う「社会」は、「個人」という概念の定着していない日本には存在しない。
(みんな日本にも「社会」があると思っているが、それはウソである)
ぼくなりの乱暴な要約だが、このような著者の主張にうなずかざるをえない。

「世間」・・・この言葉を、ぼくらは日常生活の中でしょっちゅう使っている。
「世間を騒がせて申しわけない」というのが、不祥事を起こした人たちが記者会見などで言うことば。
「私は悪くない」が、「世間を騒がせたこと」については「申しわけない」と、お詫びするのである。
♪いいえ 世間に負けた~♪ という歌の文句もある。
「世間体が悪い」「世間知らず」「世間を騒がす」「世間に顔向けできない」・・・等々。
ぼくらの体にしみついた、この「世間」とはいったい何か。

阿部謹也さんが終生のテーマとしたこの問題に、ぼくもこだわってみたい、と考えたのだ。
Abe_kinya_rekishiそんな折、面白い本をみつけた。
阿部謹也
 『日本人の歴史意識 ―「世間」という視角から―』
  岩波新書874 (2004.1.20)
上の講談社現代新書の続編ともいえるもの。
きのうから読み始めた。
(図書館から借りたのだが、今日、本屋でみつけたので買った)

他にも、『西洋中世の愛と人格 「世間」論序説』 朝日新聞社 (1992.12.10)
という著書もぼくの手許にあるのだが、まだきちんと読んでいない。
(買ったまま放置してあった)

読み終えたら、このブログで紹介できればいいな、と思っている。

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2006年9月18日 (月)

【遊】きょうの収穫?(とちの実)

強い雨風で、近くのトチの木(栃、橡などと書く)の実が落ちたようだ。

P9180005一年前、ここに引っ越してきた10月には枯葉になっていたが、季節が一ヶ月早いので葉が色づきはじめたばかり。
駐車場にむかって歩いていて、この木の横を通った時、家人が二つ三つ拾ってきた。
「たくさん落ちていたわよ」 というので、欲深いぼくはビニール袋を持って拾いにいった。
あっという間にビニール袋いっぱい。

下の写真が今日の収穫。 バケツに入れてざっと洗う。
外皮が割れると、栗の実をこぶりにしたような種が出てくる。
P9180002P9180023こうしてみると、ゆでて食べればおいしそうだが・・・。 じつは、たいへんらしいということがわかった。
とち餅を食べたことがあるが、作り方までは知らなかった。
ネット検索で、とても親切丁寧なサイトをみつけた。
トチ団子作り
http://www.swu.ac.jp/~reiko/totidango.html
「アク抜きへのあくなき挑戦」 とあるように、とにかくアクがすごいらしい。

上のサイトで紹介されている調理法を見ると・・・
一晩、水に浸す → 熱湯でゆでる(約1時間)
 この間、異臭にたいする苦情続出 ・・・うわっ!
→ 皮をむく(栗の皮をむく要領) → 水にさらす(3週間!
→ 1時間ゆでる → 熱いトチを冷たい灰汁に合わせる(この状態で3~4日置く)
 ここまでが、いわば下ごしらえである。
→ トチを蒸して、つぶす → もち米といっしょに搗く

・・・あきらめました。
昔の人は、こんな手間ひまかけて、野山の秋の幸を食べていたんだなぁ。
(今でも田舎に行けば、とち餅が売られているけれど、こういうことを知ると「とち餅」に対する見方も変わるな)

トチ餅を作ろう(体験イベント) なんてのも、ネット検索でみつけた。 
http://www.eco-tour.jp/view.php/J0608110003

P9180012P9180008



※ 追記
Wikipediaにも、これを裏づける記事があった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ 「トチノキ」で検索
木材として家具などの材料となるほか、種子は栃の実として渋抜きして食用になる。
渋抜きは同様に渋抜きして食用になるコナラやミズナラなどの果実(ドングリ)よりも高度な技術が必要で手間がかかるが、かつては米がほとんど取れない山村ではヒエやドングリと共に主食の大きな一角を成し、常食しない地域でも飢饉の際の食料として重宝された。
<Wikipediaより>

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2006年9月16日 (土)

【遊】勝沼「大雅園」

ひと月ぶりに、勝沼の葡萄園 「大雅園」 へ。
三連休の初日とあって、店先はお客さんがたくさん来ていた。
きょうは、ぶどう棚(ぶどう畑)に案内していただき、ぶどうを摘んできた。

P9160019甲進社 大雅園 (早川聖一さん)
  山梨県甲州市勝沼町等々力43
  TEL/FAX 0553-44-0434

 勝沼ネット(観光ぶどう園・桃園一覧 「大雅園」)
   http://katsunuma.net/budou/taigaen/
   勝沼ネットのぶどう品種紹介ページ ↓
    httphttp://katsunuma.net/budou/serch/index.htm
 大雅園のホームページ
   http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/
旧甲州街道沿い、柏原交差点(国道20号)と等々力交差点の中間あたり。

P9160001P9160011P9160026



お客の応対でお忙しいなか、ご主人の早川聖一さんに、ぶどう棚を案内していただいた。
種類が多いため、素人目には品種の見分けが難しい。
摘んだぶどうは、ひと房ずつ包装してくださって品種名を書いたシールをつけてくれる。

帰宅してから、少しずつサンプルを並べたのが下の写真。
P9160032_1まん中の大きな粒は、ポピュラーなピオーネ
甘くておいしい。 ぼくは大好きだ。
その下、小粒の黒っぽいのがスチューベンという珍しい品種。
これも甘くて、いかにもぶどう、という感じ。
手前左はロザリオロッソ。 手前右が甲斐路
右奥、これもポピュラーなベリA
その左隣り、とんがった形はピッテロビアンコ(紅)
その左の丸い紅色の粒は、陽峰という、これまた珍しい品種。
いちばん左、丸いのがエンザンだが、まだ時期が早いのでこんな色?
・・・というぐあいで、きょうの収穫は8種類。
この他、ニューナイも店頭にもあったし、ぶどう園にはまだまだたくさんの品種があったが、とても憶えきれない。
(名前の思い違いがあるかもしれないが、その時はごめんなさい)

今年は、雨が多かったわりに日照がすくなめで、やや甘みに欠けるという。
それでも、おいしい。
10月までは楽しめそうなので、また訪ねたいと思う。

最後に、ぶどう棚で撮った写真から。P9160006P9160007P9160013 





P9160009_2P9160022_2 

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2006年9月14日 (木)

【雑】そろそろ一年

ふと気がついた。
ここに引っ越してきて、そろそろ一年になるのだ。
一年前の今ごろ、わけあって、急遽引っ越したのだった。
あの頃はたいへんだった。

2005年10月8日(土)の記事
【雑】曇り、のち・・・
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/post_f036.html

引越しの前日に、こんなことを書いていたんだなぁ。
懐かしい。

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【読】「晴読雨読日記」ネット入手法

ネット検索でみつけた。
このブログに何度か書いた、岸本完司 『晴読雨読日記』 がネットで入手できるのだ。
多くの人に読んでもらえるといいな。
オンライン書店 ビーケーワン
http://www.bk1.co.jp/product/2710505

Seidoku_udoku_nikki_5





※ 追記
ネット検索していたら、『晴読雨読日記』のことを書いてくださっている、こんなサイトを見つけたのでご紹介したい。
mugimugidou's daiary
「なつかしい人の本から立ちのぼる記憶」

http://blog.livedoor.jp/mugimugidou/archives/50638573.html

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2006年9月10日 (日)

【楽】ひさびさのライブ

須藤もんさんのライブに、ひさしぶりに行ってきた。
国立 「奏」 (JR中央線国立駅南口徒歩5分)。
いいライブだった。
http://homepage2.nifty.com/sudomon/live2006.htm#060910

このお店は、ちいさなライブスペースで、マイクを使わない。
目の前で、電気による音の増幅・加工を一切しない「無電気ライブ」。 なんと贅沢な。
アルバム 「隧道」 には収録されていない、最近の新曲も聴かせてもらった。

これから先、須藤もんさんのライブが目白押し。 請う、ご期待。
http://homepage2.nifty.com/sudomon/

Sudomon060910

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【歩】【読】きょうの収穫

団地のトチノキが実をつけて、それがたくさん落ちている。
実(種子)はなく、外皮というのか殻ばかりだったが。

P9100021P9100022 クルミのように、まわりに厚い皮をつけていて、中に固い種子がある。
直径2cmほどの丸い種子は、小ぶりの栗の実を思わせる。

【科/属名】 トチノキ科トチノキ属
【名前の由来】 トは10で、果実の多い木をあらわす
ほんまかいな。
トチの実団子というのを食べたことがある。 これは、五木寛之さんの好物らしい(何かの本に書いていたっけ)。
素朴な味ではあるが、ぼくはあまり好きになれなかった。

今日は、郊外型大型新古書店(要するにBOOK OFF)を三軒まわって、まとめ買い。
こんなに読めるのかな、と自分でもあきれるほどだが、安いのでついつい買ってしまう。

P9100024『20世紀はどんな時代だったのか』 読売新聞社編
左側が今日みつけたもの。
右は、つい先日、別の店でみつけた。
このシリーズは面白い。 1998年から2000年にかけて出版された。
「革命編」「戦争編 ヨーロッパの戦争」「戦争編 日本の戦争」「戦争編 大戦後の日本と世界」「思想・科学編」「ライフスタイル・産業経済編」「政治・社会編」「アメリカの世紀・総集編」があり、一冊を除き手に入れることができた。(読まなくちゃ)

P9100023岩波ジュニア新書 シリーズ
一冊105円とか350円という値段で売られている。
すこし太平洋戦争のことを勉強しようと思って、まとめ買い。




Seisho_vs_sekaishi_1『聖書vs.世界史』 岡崎勝世 講談社現代新書
何度も紹介した『晴読雨読日記』(岸本完司)に書評が載っていたので、気になっていた本。 新刊では入手困難になっている新書を、こういう店でみかけることが多い。ありがたいことだ。



この他、吉本隆明さんの『日々を味わう贅沢』(青春出版社)、関川夏央の文庫本3冊、山田風太郎『くノ一忍法帖』(文庫)も購入。
収穫多数。

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【読】阿部謹也さん

阿部謹也さんという歴史学者の訃報。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0909/001.html

―朝日新聞(2007.9.10朝刊)から―
<ヨーロッパの被差別民に目を向けた「刑吏の社会史」、定住民と遍歴の民の交錯を描いた「中世を旅する人びと」(サントリー学芸賞)などの話題作を次々と発表。故網野善彦氏らとともに、社会史・中世史ブームの中心人物となった。/また、独立した個人が構成する「社会」とは異質な「世間」をキーワードに、「『世間』とは何か」などで独自の日本文化史・社会論を展開した。>

ぼくにとって、網野善彦さんとともに学ぶことの多い学者さんだった。

Abe_kinya_fuehuki『ハーメルンの笛吹き男』
 1974.10.28 平凡社 / 1988 ちくま文庫
これまで歴史学が触れてこなかったヨーロッパ中世社会の差別の問題を明らかにし、ヨーロッパ中世の人々の心的構造の核にあるものに迫る。新しい社会史を確立するきかけとなった記念碑的な作品。




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『刑吏の社会史』
 中公新書 1978
『「世間」とは何か』 講談社現代新書 1995
古来から、日本人の生き方を支配してきた「世間」という枠組、兼好、西鶴、漱石らが描こうとしたその本質とは。西洋の「社会」と「個人」を追及してきた歴史家の視点から問い直す。
(この本を読んだとき、目から鱗が何枚も落ちた思いがした)
『「教養」とは何か』 講談社現代新書 1997
『中世の星の下で』 ちくま文庫 1986 

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2006年9月 9日 (土)

【読】さらに山田風太郎

図書館から借りてきた。

Futaro_tensairoujin関川夏央 『戦中派天才老人・山田風太郎』 ちくま文庫
 1998年12月3日 (1995年4月 マガジンハウス刊 の文庫化)
関川夏央(1949年生まれ、ノンフィクション作家)が、山田風太郎に取材した内容をインタビュー形式に仕立てあげたもの。
カバーイラスト(南伸坊)が、いい味をだしている。

この本は、岸本完司 『晴読雨読日記』 でも紹介されていた。
 「新・晴読雨読日記」 P.145 「山田風太郎の小宇宙(4)」
関川夏央は、『海峡を超えたホームラン』 『ソウルの練習問題』 『東京からきたナグネ』 『韓国読本』 などの著作で知っていたが、まともに読んだことはなかった。
ぼくらとほぼ同世代のライターだ。
1922年生まれ(吉本隆明さんよりも2歳年長)の山田風太郎と四つに組んだこの本は、面白そうだ。 

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【遊】栗

月例の墓参の帰りみち、いつもの蕎麦屋さん(加賀屋)に寄った。
店頭に季節の野菜が並べられているなか、栗が出ていたので購入。
ゆで栗、栗ごはん、楽しみだな。
あいかわらず暑いけれど、少しずつ秋の気配が感じられるようになった。
蝉はとっくにいなくなり、秋の虫が鳴いている。
来週は、勝沼へ葡萄を買いに行く。

P9090003P9090002P9090001P9090005




【9月10日追記】
栗と枝豆がゆであがった。おいしい。
P9100001    

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【読】山田風太郎 『同日同刻』 (3)

読み終えた。
Futaro_doujitsu_4巻末の高井有一(小説家)による解説が、この本の魅力をうまくまとめてくれているので、引用させてもらう。(旧仮名づかい)
<「同日同刻」は、太平洋戦争の最初の一日と、最後の十五日間に、日本、アメリカ、ヨーロッパの各地で起つた出来事、信頼出来る記録にもとづいて再現する試みである。 同日同刻の出来事を、空間の隔たりを超えて対照させる事によつて、見え難い過去の現実が立体的に見えて来る。>

<真珠湾の戦果を知つて、日本国内は沸き立つた。 興奮し、感動した作家の文章がいくつも遺されてゐる。 作家は民衆の「語りべ」だと山田風太郎は言ふが、この日の文章の大半は彼等の名誉になるものではない。 ・・・いづれも強制されて書いたものではない。 ・・・志賀直哉は、文士には安普請の人間が多い、と言つたさうだが、声を揃へて無邪気に万歳を叫ぶやうな現象は、そんな言葉を思ひ出させる。>

「ゆっくり、しかし強くこの宣戦布告のみことのりを頭の中で繰りかえした。頭の中が透きとおるような気がした」 (高村高太郎)
「言葉のいらない時が来た。必要ならば、僕の命を捧げねばならぬ」 (坂口安吾)
「この開始された米英相手の戦争に、予想のような重っ苦しさはちっとも感じられなかった。方向をはっきりと与えられた喜びと、弾むような身の軽さとがあって、不思議であった」 (伊藤整)

敗戦。
レイテ島の米軍捕虜収容所にあって、すでに十日に日本の条件付き降伏表明を知っていた大岡昇平は、のちに憤慨してこう書いた(「俘虜記」)。
「俘虜の生物学的感情から推せば、八月十一日から十四日まで四日間に、無意味に死んだ人達の霊にかけても、天皇の存在は有害である」

著者 山田風太郎の 「戦中派不戦日記」 十一月十二日の項
「余思うに、日本人に天皇は必要である。われわらは八月十五日に於ける天皇に対する戦慄的な敬愛の念を忘れることは出来ない」

高見順 「高見順日記」 (玉音放送を聞く直前に、彼の妻が)
「ここで天皇陛下が、朕とともに死んでくれと仰有ったら、みんな死ぬわね」と言い、自分もその気持ちだった。

・・・考えさせられることの多い、ずっしりと重い一冊だったなぁ。

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2006年9月 8日 (金)

【読】山田風太郎 『同日同刻』 (2)

まだ読み終えていないけれど、きのうの続き。
山田風太郎 著 『同日同刻』 (ちくま文庫)
 1979年 立風書房 刊行の文庫化

Futaro_doujitsu_2昭和20年8月9日、長崎に二発目の原爆が投下され、ソ連軍が満州・朝鮮への侵攻を開始。
長崎に原爆を投下したB29(広島の時と同じくテニアンから出発)は、帰途、燃料がなくなって沖縄の読谷(よみたん)飛行場に着陸した。
<不時着に近い着陸だった。 長い滑走着陸をする余力もないので、緊急着陸をする旨地上に信号したが、管制塔は気づかなかった。>
ヨタヨタと飛んでいるB29から、「被害甚大」「機内に死傷者あり」など、ありとあらゆる発火信号が打ち上げられた。
<やっと無事着陸したB29に、基地の軍曹が駆け寄って聞いた。/「死傷者はどこですか」/スウィニー少佐は北東の長崎の方を指した。/「あっちだ」>

満州も大混乱だった。
<・・・その満州では、恐ろしい混乱の中に、関東軍関係につづいて満鉄関係の家族が新京から逃れようとしていた。>
職業軍人や軍属たちは、民間人を見捨ててわれ先にと逃げはじめたのである。ひどい話だ。

悲惨な話は山ほどあるが、次の逸話が胸を打った。
東満州の永安屯の群馬部落でのできごと。
<・・・移民以来営々と汗を流して拓いた田畑を捨てて逃げることになお踏み切れない人々も多かった。・・・やっと十一日に避難開始ときまったが、この朝物見台に立っていた開拓民の一人が、早くも地平線に巻きあがる砂塵が刻々と大きくなって来るのをみた。/「ソ連の戦車団だ!」>
村は極度の混乱に陥り、若い女たちは、ソ連軍の暴行を恐れて次々と自決していった。
<・・・部落には硝煙と血の臭いが渦巻いた。 この朝、女、子供をふくめてみずから死を求めた者四十九名。>
そして・・・地平線から近づいて来たのは、隣の村に住む日本開拓民の避難の馬車の行列だった。

これにくらべたら、阿南陸相の割腹自殺など、なにほどのものか、と思う。

緊迫する御前会議、天皇の決断、陸軍のクーデター未遂、「玉音放送」レコード盤の争奪、など、敗戦までの数日間が、山田風太郎の手によって活写されている。
ところどころに、当時の文人・文化人たち(川端康成、徳川夢声、志賀直哉、谷川徹三、谷崎潤一郎、永井荷風ら)のエピソードや証言がはさまれていて、興味ぶかい。
フィリピンで俘虜となった大岡昇平、奄美群島加計呂麻島の島尾敏雄、新京放送局に勤めていた森繁久弥らの体験記も引用されている。
いいかげんなテレビドラマよりも、よほど勉強になる。

その森繁久弥のことば。
「何が一番悲しかったかといえば、ソ連の攻撃が始まった直後でしたが、包丁を出せといわれたことでした。 包丁を竹の先にしばりつけて、それでソ連軍と渡り合うんだ、というんですよ。 精鋭だと信じ込んでいた関東軍がね」

それにしても、と思う。
なぜ、軍人たちは、あれほど「勝ち」にこだわったのだろう。
ほとんど望みのない負け戦だったのに、正気の沙汰とは思えない。

すこし前に読んだ、吉本隆明さんの本を思い出した。
吉本さんも戦争中は軍国少年だったが、その体験をごまかさず、戦後、とことんまで総括をした人だ。
吉本さんは、繰りかえし、こう言っていたように思う。
「戦争そのものがダメなんだ。 正義の戦争なんて、ないんだぜ。 戦争なんかやっても、いいことは何もないんだよ」

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2006年9月 7日 (木)

【読】山田風太郎 『同日同刻』 (1)

今年も9月11日が近づいて、またぞろ騒がしくなるんだろうな。
9・11よりも、8・6や8・9のほうが大切だよ。・・・そんなことを考えさせる本だ。

山田風太郎 『同日同刻 太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日』 (ちくま文庫)

Futaro_doujitsu_1「最後の十五日 ―昭和20年8月―」 を読み始めた。
8月1日(水) マッカーサーはじめて原爆を知る
8月2日(木) 極秘目標――広島


ここに興味深い記述がある。
テニアン(マリアナ諸島)にいた特別爆撃隊に対する極秘の作戦命令。
予定日、8月6日。
爆撃高度2万8千フィートから3万フィート、飛行速度時速200マイル、爆撃は目測による。
攻撃第一目標 広島市中心部工業地域
予備第二目標 小倉の造兵厰と同市中心部
予備第三目標 長崎市中心部

<8月9日にトルーマン大統領は、「世界は最初の原爆が広島という軍事基地に投下されたことを心に留めるであろう。われわれがこうしたのは、出来る限り非戦闘員の殺傷を避けたいと思ったからである」と声明したが、それが偽りであることはこの8月2日の作戦命令書を見れば明らかである。> (P.112~113)

彼の国のブッシュ大統領が「9・11」を忘れるな、と言うのなら、ぼくらは、61年前の「8・6」「8・9」を忘れてはいけないのだ。

8月5日(日) 広島の夜空には満点の星
<テニアンでは、その日昼間のうちに原爆攻撃隊長ティベッツ大佐が、自分の搭乗機の操縦席の窓の下に、ペンキで「エノラ・ゲイ」と書かせた。それは彼の母親の名であった。そのとき「日本帝国と天皇ヒロヒトに不運あれ」と落書した者もあった。>

8月6日(月) スベテアッタコトカ
山田風太郎のすごいところは、広島上空のB29搭乗員の様子を、米国の資料を引用しながら冷徹に描いた後、一転して原爆投下直後の地獄図絵を、淡々と語っているところだ。
まるで、映画のシーンを見ているようである。
原民喜や峠三吉の文章・詩も引用されているが、それよりも、名もない人びとの書いた記録が胸をうつ。

「スベテアッタコトカ アリエタコトカ / パット剥ギトッテシマッタ アトノセカイ」
(原民喜 「夏の花」)

8月9日の項の途中まで読んだ。
もうすこし後、8月13日の項に、奄美群島加計呂麻島にいた第18震洋隊長島尾敏雄と、その恋人ミホ(後の島尾夫人)も登場する・・・。

巻末解説(高井有一)のタイトル 「立体化されて迫る過去の現実」 は、山田風太郎ならではの独特の視点を、みごとに言いあらわしている。
これは、いい本ですよ。

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2006年9月 6日 (水)

【読】山田風太郎の本

なんだかヘンな国だよなぁ・・・というのが、今日のニュースを見聞きした感想。
先の戦争の総括もあいまいなままだし、皇室や天皇制についても同じ。
無邪気に祝杯をあげたり、心底うれしそうな顔をしている(ツミのない)人びとをテレビで見て、ゆううつになった。
そりゃあ、お子さんが生まれるのは、誰にとってもおめでたいことでしょうけど。
よそ様のお子さんのことで、そんなにはしゃぐんですかねぇ。

それはさておき。
山田風太郎の文庫本をみつけたので、買ってきて読み始めている。

Futaro_doujitsu山田風太郎 『同日同刻』 ちくま文庫
 2006年8月10日 第一刷発行 840円(本体価格)
サブタイトル「太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日」
<太平洋戦争に関する本はすでにおびただしいものがあるけれど、やはりあれは日本歴史上、仏教伝来とか蒙古襲来とか開国維新とかいう事件とは比を絶する大事件であって、いくら語っても語りつくせぬ戦争であると思う。> (まえがき)

山田風太郎がこの本でとった方法は、<当時の敵味方の指導者、将軍、兵、民衆の姿を、真実ないし真実と思われる記録だけをもって再現>するというもの。
パールハーバーの奇襲の日(昭和16年12月8日)の一日を、さまざまな立場の回想録や日記から引用している。

当時の日本の文化人の多くが(高村高太郎、坂口安吾、太宰治、伊藤整、幸田露伴、横光利一、etc)、ハワイ奇襲の成功に胸を躍らせていた。
ひとりわが道をいく、という感じのさめた目でこの騒ぎを日記に書いていたのは、永井荷風(断腸亭日乗)ぐらいか。 なんとも不思議な光景だ。

旧制広島高校に、「鬼のあだ名で文科生に最も畏怖された」雑賀(さいが)教授という人がいたのだと。
<廊下のマイクが臨時ニュースを伝えると、教授は廊下に飛び出して、頓狂な声で〝万歳〟を叫んだ。>
<この雑賀教授こそ、戦後広島の原爆慰霊碑の「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」の文句を書いた人であった。 そして、その頓狂な声に廊下に飛び出した学生の中には、四年後学徒兵として原爆で死んだ学生たちもいた。>
こう引用する山田風太郎の皮肉をこめたまなざし。

「過ちは繰返しませぬから」 というのはどこかおかしいと、ずっと引っかかっていたぼくは、これを読んで心中快哉をさけんだ。

さすが、山田風太郎。 おそるべし。

Futaro_husenFutaro_rinjyuFutaro_banmeshi   

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2006年9月 5日 (火)

【読】読了(晴読雨読日記)

やっと読み終えた。
岸本完司 著 『晴読雨読日記』
Seidoku_udoku_nikki_3いい本だったな。
癌がみつかったのが、2003年の暮れ。
それから一年。
この本の最後には、死を覚悟していた頃に書いたものもあるだろうに、そんなことをまったく感じさせない文章だ。

掲載日がないので、どれがその時期のものかはわからないけれど、「新々・晴読雨読日記」の最後の掲載は2004年11月30日となっている。
亡くなる二週間ほど前だ。

 和製ハードボイルドの金字塔! 矢作俊彦 「ロング・グッドバイ」 (角川書店)
 和製ハードボイルドの金字塔!(2) 矢作俊彦 「ロング・グッドバイ」 (角川書店)

この2編で終わっている。
「ロング・グッドバイ」は、調べてみたところ「Long Good Bye」ではなく、「THE WRONG GOODBYE」らしい。
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4048735446
象徴的なタイトルだ。

すこしずつ読み進めていたので二週間ほどかかった。
その間、この本にはいっぱい付箋がついた。
読んでみたい本が、たくさんできた。
今はこの世にいない友に、「ありがとう」と言いたい。

死後の世界を素直に信じないぼくだが・・・やつは、きっと星空にいるだろうな。
そんな気がする。

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2006年9月 4日 (月)

【雑】ブログのアクセスログ

この 「ココログ」 というニフティのブログでは、アクセスログが見られるサービスがある。
ちょっと前にできた機能だ。

舞台裏は明かさない方がいいのだけれど、嬉しいので書いてみたい。
友人が定期的に見てくれている形跡があるが、他に、ネット検索の結果、偶然このブログに突きあたった人も多いようだ。
検索キーワードもわかるので、期待はずれのブログを見て(こんなもの探してたんじゃないよ・・・という声が聞こえそう)、すぐに立ち去った人も多いだろうなぁ、なんてことも推測できる。

そういう方も含め、一日平均20人ぐらいのアクセスがあるようだ。
ありがたいことです。
いちばん数多くアクセスしているのは、まちがいなく自分自身なんだけど・・・。

昨年9月19日に始めたこのブログ。 もうすぐ一周年になろうとしている。
はやいものだ。

 ※ 最初の記事は、カテゴリ 【雑】きまぐれ日誌 から入って、
  ずっと下にスクロールすることで、ご覧いただけます。

これからも、気の向くまま続けて行きます。
よろしくご贔屓に。

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2006年9月 3日 (日)

【楽】同時代のランナー

同時代を生きる歌い手が好きだ。
山崎ハコさんもその一人。

「フォークの達人 山崎ハコ」 NHK BS2 2006.9.1(金) 20:00~23:28
http://www.nhk.or.jp/folk/
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2006-09-01&ch=12&eid=7674

ビデオに録ってあったものを、きょう見た。
デビュー(1975年)直後から、ずっと聴き続けてきた歌い手だ。

同時代をいっしょに走るランナー。
歌い続けてここまで来た姿をライブ映像で確認して、励まされた。

→晴れときどき曇りのち温泉
 資料蔵 人名編 山崎ハコ
 http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/kura.html#hako
 資料蔵 山崎ハコ・ディスコグラフィー
 http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_hako_disc.html
 この一枚この一曲 幻想旅行/幻想旅行II
 http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/m_hako_gensou.html

Utaitaino_3山崎ハコ 『歌いたいの』 2006.5.24発売
 (TKCA-73029 税込3,000円)
 デビュー30周年!
 ファンアンケート上位曲の集大成アルバム
 (新録音を含む15曲)
収録曲:歌いたいの/望郷/白い花/刹那の夢/織江の唄/心だけ愛して/稲の花/ヨコハマ/私が生まれた日/流れ酔い唄/気分を変えて/サヨナラの鐘/歩いて/飛びます/会えない時でも

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【読】辞典・事典

辞典、事典、辞書・・・呼び方はいろいろだが、このたぐいが好きだ。

P9030001きのう、郊外型大型古書店でみつけたもの。
『図解外来語辞典』 角川書店
 吉沢典男 著 / 大沢泰夫 イラスト
 昭和54年10月30日初版発行・昭和60年4月20日再版
外来語辞典が好きで、古本屋で見つけるとついつい買ってしまうが、この辞典はユニークだ。
 ・イラスト入りであること
 ・分野別に語彙をまとめていること
この二点が特徴的。
暇なときに気の向くまま拾い読みすると、楽しいだろうなぁ、という一冊。

内容が20~30年前とあって少々時代がかっているのが難点だが、基本的な語彙はじゅうぶんだし、なつかしい言葉もある。ホーム・ライフのファッションの項には、「アイビー・スタイル」「ヒッピー・スタイル」なんてのがイラスト入りで紹介されていたり・・・懐かしい。

Zukai_gairaigo部門別構成(カテゴリ)は、次のとおり。
 都市・交通 / ホーム・ライフ / レジャー・ホビー /
 スポーツ / 芸術・芸能 / 社会生活 / 人の科学 /
 サイエンス
「角川小辞典=27」と書いてあるので、シリーズで出ていたうちの一冊かもしれない。

P9030003こちらは、ずいぶん前に新刊で買ったもの。
『ことばの知識百科』 三省堂 2004年1月10日 13刷
『新明解 百科語辞典』 三省堂 1991年9月10日 初版1刷
後者は小さな百科事典という感じで、これまた楽しい。 さすが、「辞書の三省堂」だ。

まあ、この手のものは、買ってしまうと安心して開くことがすくないけれど、持っているだけで気持ちが豊かになることは確か。

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【雑】増殖する俳句歳時記

こんなサイトがある。
清水哲男 「新・増殖する俳句歳時記」
http://zouhai.com/

このサイトが、岸本完司 著 『晴読雨読日記』 (P.181/P.242) に紹介されている。
その文章の一部を抜粋、引用してみよう。

= 電子メディアの現在形(4) = (P.181) から引用
<今回は日本の、それもとびっきり日本語の美しさが楽しめるページを紹介しよう。インターネットや電子メディアで何ができるかというテーマはたしかに宏壮にすぎるが、そんなことを考えるとき、ささやかな勇気とヒントを与えてくれるサイトでもある。
詩人でFM東京のキャスターだった清水哲男が主宰する「増殖する俳句歳時記」がそれ。・・・いつも思うことだが、専門俳人の評と違って、詩人らしい自由で感性の豊かな解釈が新鮮だ。・・・>

= くいしんぼう歳時記(1) = (P.242) から引用
<関西のお好み焼きの名店というのは、客に焼かせたりしない。生地広げるのも、返すのも、ソース塗るのもみーんな、店主がやる。こっちがへたに手を出そうもんなら、どなられるのだ。「いろうたら、あかん!」。うーん、お好み焼きにこだわりのない私としては客に勝手にさせてくれる方が好きですね。
  行く春のお好み焼きを二度たたく (松永典子)
でないと、こんな句は出てこない。焼き上がりをポンポンとへらでなぜか叩く。・・・「行く春」という季語も効いている。「木枯らしや」では侘しいし、「虎落笛(もがりぶえ)」では凄絶というか、なんか近寄りがたい雰囲気になる。・・・以前にも紹介した清水哲男『増殖する俳句歳時記』から食べ物の俳句を紹介しました。>

こんな感じだ。
岸本完司の文章は、ネットの世界のおもしろさに気づかせてくれるし、読んでおもしろい。
紹介されている 「増殖する俳句歳時記」 も、俳句好きの方におすすめしたい興味深いサイトだ。

ちなみに、「虎落笛(もがりぶえ)」を辞書でひくと
 冬の強風が柵や竹垣に吹きつけて発する笛のような音
 (大修館書店 明鏡国語辞典)
「もがり」とは
 竹を筋違いに組んで作った、さく
 物干しに使う、枝の付いた竹
 (三省堂 新明解国語辞典第五版)

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2006年9月 2日 (土)

【読】「晴読雨読日記」を読む

今日は、上野の水上音楽堂で須藤もんさんが出演するコンサートがあったのだけれど、諸事情から断念。
http://acovo.fc2web.com/
来週日曜日の国立「奏」のライブには行くつもりだ。
http://homepage2.nifty.com/sudomon/live2006.htm#060910


すこし前に紹介した 『晴読雨読日記』 (岸本完司 著) を読んでいる。
Seidoku_udoku_nikki_2  「晴読雨読日記」 (1996・3・12~98・4・14) 107回
 「新・晴読雨読日記」 (1999・5・4~01・3・27) 98回
 「新々・晴読雨読日記」 (2001・4・3~04・11・30) 165回
書評といっても、対象の幅が広い。
たとえば、「私の好きな辞書」 (1)~(4)、番外編(2回)
 「英和商品名辞典」(研究社)
 「固有名詞英語発音辞典」(三省堂)
 「スーパートリビア事典」(アメリカ大衆文化を知るための雑学情報百科)
といった風変わりなものが取りあげられているが、いかにも翻訳家らしい。

他にも
「スポーツ新聞のレトリック」 (4回)
「日本語から見るパソコンの世界 各社のマニュアル、カタログより」 (4回)
「電子メディアの現在形」 (5回)
「コミックは文学を超える・・・か?」 (3回)
など、書評の枠をこえた興味ぶかい連載がある。

おもしろかったのは、「ミステリの誤訳」という連載(9回)。
チャンドラーの 『プレイバック』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を俎上にのせて、モンダイの誤訳を指摘するあたりは、さすがである。

永井荷風、山田風太郎、山口瞳、向田邦子、村上春樹、矢作俊彦、丸谷才一、といったあたりが何度もとりあげられているのは、著者の好みか。
あとは、英米文学とミステリーが多いように思う。

新聞連載コラムなので、一回の文章は短いが、興味をそそられるものが多い。
Yamahaha今日、この本(P.75)で紹介されていた
 『山姥(やまはは)』 坂東眞砂子 (新潮社)
という本を、たまたま古本屋でみつけたので買ってきた。
『晴読雨読日記』 P.75
第116回直木賞受賞作 坂東眞砂子「山姥(やまはは)」 から ―
<坂東眞砂子はモダンホラーまたは伝奇小説とでもいうべきジャンルの書き手。 これまでに「死国」「桃色浄土」などの作品がある。うかつにも私は最近までこの人を知らなかった。不明を恥じるのみである。いや、今まで損をしていたんじゃないかとすら思う。・・・それにしてもおそるべき書き手だ。着想もすばらしいが、この手の分野に欠きがちな構成力にすぐれている。・・・へそ曲りの私にしては珍しいベタホメだが、その理由は読めば納得していただけるはずである。>
こんな書評にそそられ、読んでみたくなったのだ。

『晴読雨読日記』では、宮部みゆきの作品もいくつかとりあげられているが、ぼくの好きな船戸与一の作品はなかった。
著者の岸本完司が船戸与一をどう評価するか、彼が生きているあいだに聞いてみたかった。

著者紹介
【岸本完司 きしもと・かんじ】
 1951年北海道生まれ 2004年12月12日死去
旭川市在住の英米文学翻訳家。職業翻訳家としては、おそらく日本の最北限に生息していると思われる珍種である。代表作に 『フライデー・ナイト・ライツ』(中央公論社)、『ヴァイオリンを愛する友へ』(音楽之友社)など。料理とワインという趣味が嵩じたせいか、最近地中海地方に関心が向いており、ロバート・パーカーの浩瀚なワイン・ガイド 『ボルドー』(99年2月 講談社刊)に携わったほか、この5月には 『フィレンツェに抱かれて』(中央公論新社)を刊行の予定。
(1999.5.4 「新・晴読雨読日記」開始時 -P.140- から引用)

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