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2006年12月 1日 (金)

【雑】だいじなもの

きのうの続き。
勢古浩爾さんの 『思想なんかいらない生活』 (ちくま新書)の巻末ちかく、こんな言葉があって、ずっしりと響いた。
きわめてまっとうな、ごくふつうの考え方。
でも、つきつめて自分に問いかけてみると、このシンプルな言葉こそ、人が生きることの真実かもしれない。

<思想なんかなくてもきちんと生きていける。 あたりまえのことだ。 ほとんどのひとが、思想などと関係なくきちんと生きているのだから。 しかし、だからといって無知であっていいはずはない。 世界の「問題」をいささかも必要としなくても、関心はもったほうがいいにきまっている。 そして人々は実際に関心をもち、知識を吸収しようとしている。 しかし、それも自分の「ふつう」の生活を維持していくためであり、本来からいうと、それは余剰なことなのだ。>

<俗なことをいうが、思想なんかはいらなくても、衣食住を支えるためにある程度の金は必要である。 いまだに人生の基本は、そのような原始的な条件に規定されている。 つねに金のことばかり考えているのは卑しいが、金それ自体を卑しむのは間違っている。 金が逼迫すれば心が逼迫するからだ。>

このあと、著者がほんとうに言いたかったと思われる言葉が続く。

多少余裕のある金と、健康と、できればひとりの愛する者。 それがあれば、過剰な富も、名声も、権力もなんの必要があろうか。 だれにも見られず、だれにも知られない人生であって、なんの不服があろうか。>

これを読んで、三十年前に亡くなった祖母のことを思いだした。
ぼくら家族と同居して、生まれたときからぼくら(孫)を可愛がってくれた、父方の祖母。
寡黙で、働きもので、愚痴ひとつもらしたことのない明治生まれのひとりの女性。
祖母から、もっともっとたくさんの、人生の知恵を学んでおけばよかった・・・。
後悔先に立たず。

この年齢になって、ようやく、ほんとうにだいじなものがわかってきた(ような気がする)。
小難しい本を読んだり、たくさんの金を求めたり、不平不満をもらしたり、会社に嫌気がさしたり、人をどなりつけたり、満員電車の中で他人をうっとうしく思ったり、夜遅くまでパソコンに向かってキーボードをたたいたり、翌朝になって早く寝なかったことを後悔したり・・・そんな自分も、ありのままの自分ではあるが、なにもかも余計な気がする。

こころ穏やかに、飄々と生きていけるといいな。
(今夜は、ちょっと沈みがちだが、こんなこともあるさ)

2006/12/2 写真追加
勢古浩爾 著 『思想なんかいらない生活』 (ちくま新書 479)
 『自分をつくるための読書術』 (ちくま新書 134)
 『こういう男になりたい』 (ちくま新書 247)
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コメント

これも、勢古浩爾さんの他の著書を入手したので、写真を掲載。

投稿: やまおじさん | 2006年12月 2日 (土) 22時15分

「多少余裕のある金と・・・何の不服があろうか」とても いい本ですね!あ~何だか 読ませてもらって すごく得をした気分です。では 夜更かしにご注意を☆

投稿: てまり | 2006年12月 2日 (土) 22時35分

>てまりさん
読んでくださって、ありがとうございます。
この『思想なんかいらない生活』という本、おもしろくて納得できる内容でした。
夜更かし、気をつけます。

投稿: やまおじさん | 2006年12月 3日 (日) 12時36分

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