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2007年1月20日 (土)

【読】「山の精神史」あとがき

夜も遅いが、書けるときには書いておこう。
赤坂憲雄 『山の精神史』 (小学館ライブラリー/初版は1991年小学館)の著者あとがきに、とてもいいエピソードが書かれている。

赤坂さんが、琉球大学で「天皇制についての話」(講義だろうか)をしたとき、課題レポートのなかに、「家が代々生業として山師(樵・炭焼き・猟など山のあらゆる仕事にしたがう人たち)をしている」女子学生(本土出身)のレポートがあったという。
彼女が小学校三年のとき、「学校の宿題にかこつけて、渋る祖父から戦争体験の聞き書きをしたのだという」、その内容だ。

すこし長くなるが、赤坂さんの原文を引用する。

<山師の老人は孫娘に問いかける、山師はどうして獣を殺すのか、と。 食べてゆくために必要だからと、少女は祖父の口癖通りに答える。 祖父は獲物のからだをたとえ爪一本たりとも粗末にせず、いやがる子供に解体作業を手伝わせ、生命の重みや尊さを身体で教えこむ人だった。 戦争には、その生産的な必要性がないんだよ、ただやみくもに人を殺す、殺したって食べることすらできないものを、殺すことが目的で殺すんだ、そう、老山師は少女に話す。 彼は戦地では、かならず狙いをはずして銃を撃った。>

これに続いて、赤坂さんの「性根」がよくあらわれている部分。
<戦友(平地人の末裔だろう)たちが、「天皇のために」と憑かれたように敵を殺しているかたわらで、ひとりの男は生活のなかで培われた「山師としての誇り」をえらんだのだ。少女は結局、宿題の作文を出さずじまいだった。 そんな少女の頭を撫でながら、老山師は苦笑いとともに言った、おまえもやはり木霊(山の娘)だな・・・・・・と。>

<わたしはかの女のレポートを読みながら、ついに柳田国男が到り着くことのできなかった山の精神史の深みに、いつの日か降り立ってみたいものだと、あらためておもった。>

 ― 赤坂憲雄 『山の精神史 柳田国男の発生』
    (小学館ライブラリー/1996年) P.350~351 ―

涙がでそうになるほど、いい話だ。
山人(やまびと)、山民、平地人、常民、など、柳田国男の残した言葉の意味するところを、執拗と思われるほど追い続けている赤坂さんだが、「なぜそこまでこだわるのか」という読者(つまり、ぼく)の思いは、この「あとがき」をよんで、ストンと落ち着いた。

上に引用した部分に続いて。
<わたし自身のなかにも、どうやら東北の山の民の裔(すえ)の血が流れているらしいと気付いたのは、じつは柳田の取材のための旅をつづけるさなかに、亡くなった父の故郷を訪ねたときのことであった。 新鮮な驚きであり、大きな発見でもあった。 柳田の思想を掘ることが、やがてみずからの存在の根っこを掘ることでもあるとしたら、それはなんとも愉悦に充ちた知のいとなみではないか。>

いい本に出会ったな。

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コメント

次々とつながりのある、しかし新しい本を開拓していきますね。自分の目のつけどころとは微妙に違っているところが新鮮です。今日は図書館が休みですが、また近々行ってみます。

投稿: 玄柊 | 2007年1月22日 (月) 08時25分

>玄柊さん
勢古浩爾さんがこんなことを言っています。
「共感する作家や批評家のものは全部読め」
凝り性ということもあって、一人の著者にのめりこむことがあります。
こんな本もみつけて読んでいます。
『会津の旅学 Vol.1 イザベラ・バードの会津紀行』赤坂憲雄・他(会津学芸叢書/奥会津書房 2006年)
イザベラ・バードといえば、吉本隆明さんが『アフリカ的段階について』(春秋社/198年)という本で、『日本奥地紀行』をとりあげていました。
この本も、なかなか手に入りにくかったのですが、先日、再版(2006年8月)になったものを書店でみつけて入手しました。

投稿: やまおじさん | 2007年1月22日 (月) 21時27分

「日本奥地紀行」はかなり前に手に入れ、イギリス人、しかも女性がこのような旅をしたことに驚嘆しました。赤坂さんはこの方面にも著作があるんですね。頂いた「東西・南北考」でもアイヌ語への関心の深さが見られますから、そうなのかと思いました。
私の人後に落ちぬ凝り性ですが、やまおじさんは私の上をいくようです。「・・全部読め」という言葉、心に留めておきます。

投稿: 玄柊 | 2007年1月23日 (火) 15時25分

>玄柊さん
『日本奥地紀行』(イザベラ・バード著、もちろん日本語訳)は、もういちど読んでもいいなと思う本です。
「全部読め」とは、勢古さんが書いていることで、もちろんぼくにはできません。
一生のあいだに、そんなにたくさんの本は読めっこないもの。

投稿: やまおじさん | 2007年1月23日 (火) 21時58分

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