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2007年6月の35件の記事

2007年6月30日 (土)

【遊】府中 郷土の森

Fuchuu_panfひさしぶりに、府中の「郷土の森」へ。
わたしの住まいからさほど遠くない。
「あじさいまつり」と「宮本常一展」が明日までだったので、行ってみたかったのだ。

宮本常一の足跡 ~旅する民俗学者の遺産~
日本のすみずみまで歩いた「旅する民俗学者」・宮本常一(1907~1981)は、日本を代表する民俗学者として民俗調査・民具調査、離島振興、芸能復興など、多方面で活躍した人です。 宮本は、昭和36年(1961)から亡くなるまでの約20年間、府中市に住み、府中市史の編さん等の文化事業に貢献しました。 そんな宮本の足跡を、ゆかりの品々からたどります。 (パンフレットから)

アジサイは盛りをすぎていたが、その種類が豊富で見ごたえがあった。
宮本常一展もおもしろかった。 宮本さんが撮った写真がよかったなぁ。
府中市郷土の森博物館 http://www.fuchu-cpf.or.jp/museum/
府中市郷土の森博物館(府中市)-多摩のミュージアムガイド
 http://www.tachikawaonline.jp/museum/fuchu_ky/

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府中市郷土の森博物館で販売していたブックレット
『宮本常一の見た府中』 A5版 127ページ
モノクロだが、宮本さんの撮った写真が満載。 これで400円というのがうれしい。

Miyamoto_booklet_1― 本文から ―
◆宮本写真の視点
民俗学者の写真、というと、冠婚葬祭、信仰に関するものが多数ある、と誤解するかもしれない。 しかし、宮本の写真には民俗調査の際に話を聞いた人、調査風景などの写真はほとんどないし、決して芸術的でもない。 宮本自身も写真の技巧をこらすことはしていない。
(略) 写真には彼の視点でみた土地土地の日常風景、そしてその変化をとらえたものが非常に多くあり、昭和期の歴史資料として見ることができる。 (略) 全国を巡った宮本の写真に目を通すと、旅に出た際の車窓、飛行機内からの空撮なども多くある。

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2007年6月29日 (金)

【雑】あぢい

昨夜までは窓を開け放って寝ていたが、もう限界。
とうとう窓を閉めてエアコンのスイッチ(除湿)を入れてしまった。
エアコンを入れるまで、室内の湿度は70%を超えていた。
おかげで、だいぶんしのぎやすくなったが、それでも室温計はこんなありさま。
たまらん・・・タマランチ会長* いや、失礼。

070629* フアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch 1920年7月17日 - )
スペイン・バルセロナ出身のスポーツ官僚
1980年から2001年にかけて国際オリンピック委員会(IOC)の会長を務めた

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【読】玉川上水

図書館から借りて読んでいる本。

Tamagawa_jousuiTamagawa_jousui2『増補 玉川上水 水と緑と人間の賛歌』
  (アサヒタウンズ編/けやき出版/1991年)

カバー右の写真は、玉川上水をひらいた言われている「玉川兄弟」の銅像。 玉川庄右衛門と清右衛門。
銅像は、昭和33年9月、羽村堰に建てられた。

この本の巻末に、すばらしい絵図が付いている(村松昭氏による玉川上水散策絵図)。

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玉川上水沿いの遊歩道には、この絵図とはちがうが、やはりきれいな絵図の看板が建てられている(、下の写真)。

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2007年6月26日 (火)

【遊】今日の散歩

ちょいと用事ができて、きょうは休暇をとった。
夕刻、薄日がさしてきたので自転車に乗ってこの近くをまわってきた。
五日市街道沿い(玉川上水遊歩道)に、気になる花があったので。
車で通ったときに目についた、鮮やかな花。

ヤブカンゾウ(藪萓草)らしい。桜橋の近くに群生していた。
その近くには、白いきれいな花が群生。 こちらは、オカトラノオ(丘虎尾)という。
車の往来の多い五日市街道のわきに、こんな自然があるのが嬉しい。

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他にもたくさんの花を写真に撮った。 団地の中に咲いていた花もまじっている。
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2007年6月25日 (月)

【楽】【読】アジアの片隅で

鶴見良行 『大地と海と人間 東南アジアをつくった人びと』 (筑摩書房)読了。
Tsurumi_chikuma_1「ふつうは大まかな政治史として書かれている『世界史』教科書を補う副読本くらいの役には立ちそうです」(あとがき)――どころではなく、そうとう突っ込んだ内容。
少年少女向けシリーズ(ちくま少年図書館)の一冊としては、高度な本だと思った。
マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン。
わかりにくい「東南アジア」のようすが、少しだけわかったような気がした。
言い古された言葉だが、「目から鱗」が何枚も落ちた。

この本を読み終えて、ふと、こんな歌を思いだした。

♪ アジアの片隅で 狂い酒飲みほせば
 アジアの片隅で このままずっと
 生きていくのかと思うのだが ♪ (吉田拓郎 「アジアの片隅で」)

♪ くにの名はEAST ASIA 黒い瞳のくに
 むずかしくは知らない ただEAST ASIA ♪ (中島みゆき 「EAST ASIA」)

甘いな、と思う。
日本の、「フォーク」と呼ばれる歌の限界だろうな。
中島みゆきの方が、まだ少しだけ視野が広いと思うが、吉田拓郎となると・・・。
いや、拓郎もきらいではないのだが。

これらと比べるのはどうかとも思うが、上々颱風が歌うアジアは、もっと広々としていて気分がいい。
ロマンチックに過ぎるとも言えるが、アジアの人々とつながっているように思うのだ。
上々颱風のアジア公演の様子は、「ベガラシャガラ」というビデオ(及びレーザーディスク)で見ることができる。
Shangshang_video_1 Shangshang_video2_1『ベガラシャガラ 上々颱風』
 ライヴあれこれ
 (EPIC/SONY 1992年)
収録ライブ(の一部)
1990年 上々颱風祭り'90
1992年 タイ バンコックM88 / インドネシア チバユン村 / インドネシア ジャカルタTIMシアター 他

【追記 2007.6.26】
中島みゆきのアルバム 「EAST ASIA」を聴きなおしてみた。 スケールの大きさを感じる。 上に歌詞の一部を紹介したタイトル曲「EAST ASIA」も、じつは好きな曲ではある。 「世界の場所を教える地図は/誰でも 自分が真ん中だと言い張る/私のくにをどこかに乗せて 地球は/くすくす笑いながら 回ってゆく」 という歌詞は、やはり非凡だ。

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2007年6月24日 (日)

【歩】梅雨らしい

曇りがちの、梅雨らしい天気になった。
昼頃から雨。
蒸すねぇ。
ムッス・かまやつ* なんちゃって。 いや、失礼。
花々が咲きほこっている。 夏が近づいている。

  * かまやつひろし/ムッシュかまやつ
   本名:釜萢 弘 1939年1月12日 東京都生まれのミュージシャン
   「ザ・スパイダース」の元メンバー
   ムッシュもいい歳だったんだなぁ

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2007年6月23日 (土)

【歩】喜平橋

ローカルな話題だが・・・。
ここに越してきてから、ずっと気になっていた「喜平橋」(玉川上水にかかる橋)、「喜平町」(このあたり一帯の町名)の「喜平」の謎がとけた。
調べてみるもんだ。

玉川上水事典フロント (このサイトは充実している) 
http://www.geocities.jp/annaka29jp/index.htm
(以下、このサイトの中にあるページ)

上水今昔
http://www.geocities.jp/annaka29jp/jyosuikoujyaku/1hamuraseki.htm

喜平橋
http://www.geocities.jp/annaka29jp/jyosuikoujyaku/18kiheibasi.htm
(以下、引用)
明治期には石積み一連のアーチ橋だった。
喜平橋の名は小平新田開発の一つ堀野中新田の組頭だった喜兵衛さんの家の傍にあったことから、喜兵衛橋と呼ばれていたが、現在は喜平橋と改められている。
何時の頃からかは定かではない。

2007/4/1 喜平橋交差点付近 (撮影:やまおじさん)

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【雑】【演】すももの時期

スモモ。
漢字では、酢桃、李という字らしい。
ひらがなで書くか、カタカナで書くかで、ずいぶん印象がちがうものだ。

きょう、スーパーマーケットでみつけたものは「プラム」と表記されていた。
ごくありふれた、すももである。
山梨の桃の里である塩山に行くと、桃を売る農家で、プラムやソルダムなどのすもも類も売りに出されている。

0706230001こどもの頃の話ばかりで恐縮だが、すももの類いはよく食べた気がする。
桃は高級品で、風邪をひいて寝こんだたときに、缶詰をあけてもらって食べるものだった。
夏の果物では、西瓜、瓜(うり)、トマト(これらはみな野菜か)などが、田舎に住んでいたので買わずに食べられた。 畑があったから。
メロンなんて、超高級品で、口に入る機会はほとんどなかったなぁ。

ところで、野菜と果物の区別はどうなんだろ、という疑問がわいた。
ひさしぶりにWikipediaで検索してみたら、こんなふうに書かれていた。
まあ、妥当な説明かと思う。


――野菜(やさい)とは、一般には水分が多い草本性で食用となる植物を指す。青物ともいう。食用となる植物で、主に葉や根、茎(地下茎)、甘くない実を食べるものを野菜ということが多い。同様な部分を食べるもので、野生のものを利用する場合、山菜という。農業・園芸の分野では野菜になる作物のことを蔬菜(そさい)という。蔬菜には、利用目的上は果物であるイチゴ、スイカ、メロンも含んでいる。果物は、「果樹」に実るものを指し、また、スイカやメロンは同じウリ科のキュウリやカボチャに、トマトはナス科のナスやピーマンに近縁の植物で、性質や栽培法などがほぼ同じなためである。―― Wikipedea

そういえば、桂枝雀演じる「千両みかん」という落語の中で、大阪の「赤物(あかもん)市場」、「青物(あおもん)市場」という名称の意味あいが語られていた。
赤物(果物)と青物(野菜)を扱う店が、はっきりと分かれていたそうだ。

すももを買ったスーパーで、ピーマン、にんじんなどの青物(野菜)を補給、家にあった野菜とあわせて、スープカレーをたっぷり作った。 鶏肉入り。
いつもは適当にカレー粉を使って作っていたのだが、スープカレーのルー(セット)が売られているのを見つけたので、使ってみた。 やはりスパイスが決め手か。
きょうも暑いが、暑い日にはカレーがいいね。

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暑い日に音楽を聴くなら琉球系がいいな。
きょうは、こんなアルバムを聴いている。

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2007年6月22日 (金)

【読】おやじ、かぁ・・・

勢古浩爾さんの本を、ひさびさに読んでいる。
Seko_oyajiron_1勢古浩爾 『おやじ論』
 PHP新書 242 2003.3.28発行
身につまされる。
たまたま今日は50台後半に突入した誕生日。
この歳になると、誕生日もくそもないが(じぶんで忘れていた年もあった)、年に一度の節目ではある。
<どこまで続くぬかるみぞ。 しかり。 ぬかるみ、である。 もう、子どものときからぬかるんでいたぞ。 このぬかるみのなかを五十数年間歩いてきた。 途中には、平坦で快適な道もなかったわけではない。 けれど歳をとるにつれて、やたらぬかるみ度が増してきたような気がする。 そこから、まだまだ一歩一歩足を抜いていかなければならないのである。 まさか、その中に立ち尽くしたままでいるわけにもいかないではないか。> (『おやじ論』 あとがき)

もう一冊、三分の二ほど読んで中断しているが、こちらも面白い。
Tsurumi_chikuma鶴見良行
 『大地と海と人間 東南アジアをつくった人びと』
 ちくま少年図書館 100 筑摩書房 1986.3.30発行
鶴見良行さんは、鶴見和子・俊輔姉妹のいとこだった、ということを知った。
1926年ロスアンジェルス生まれ、1994年没。
少年少女向けシリーズの一冊として書かれたものだが、学ぶことが多い本だ。
<植民地主義の時代が400年もつづき、その力が圧倒的になるので、アジア、アフリカ、南北アメリカの原住民は、ヨーロッパ勢にたちまち負けてしまったような印象を受けます。/しかしこうした世界史の書き方は、いかにもヨーロッパ中心です。 よく見ると、ヨーロッパはそれほど強力ではなかった。 植民地主義が東南アジアをいちおう傘下におさめたのは、ようやく19世紀なかばからです。 そんな時代になってからも、支配者の力は植民地のすみずみにまでは行きわたらず、住民が昔ながらの暮らしをつづけている土地が広くあったのです。> (『大地と海と人間』 P.54)

東南アジアの歴史上の人物、10人が紹介されている。
そのほとんどは、私には名前を聞いたこともない人たちではあるが。

ガジャ・マダ(インドネシアをはじめて統一したマジャパイト王国の宰相)
イマム・ボンジョール(19世紀、スマトラで起きたイスラムの反乱指導者)
スカルノ(この人物だけは、さすがに知っている)
ラッフルズ(オランダに対抗してシンガポール島を獲得したイギリス人)
ヤップ・アロイ(マレーシアのセランゴール戦争に勝利した華人のスズ鉱山開拓者)
マット・キラウ(イギリスに対する反植民地闘争の首謀者、マレーシアの英雄)
タダラート王(スペインに抵抗し、ミンダナオにイスラム国家を建てた王)
リサール、ボニフォシア(フィリピン独立革命運動の指導者)
レクト(フィリピンの政治家)

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【楽】須藤もんさん最新スケジュール

7月から9月にかけて、須藤もんさんのライブが追加されたので、お知らせします。
詳細は、須藤もん公式サイト、各会場・問合せ先にご確認ください。

須藤もん公式サイト (6/21更新)
http://homepage2.nifty.com/sudomon/
モバイルサイト (6/22更新)
http://homepage2.nifty.com/sudomon/mobile/

■7/16(月・祝)  阿佐ヶ谷「南部」
JR中央線 阿佐ヶ谷駅南口 徒歩5分
TEL 03-3220-2350
「めおとでOK牧場ライブ」
18:00 開演 ライブ・チャージ 1,000円
出演 須藤もん & 対馬照

【須藤もんさんから】
 昨年7月に亡くなった福永タケジ氏(「隧道」ジャケットのデザイナー)の
 一周忌に際して 同じく彼が昨年企画してくれた「めおとでOK牧場ライブ」を
 再び阿佐ヶ谷南部にてとりおこないます

■8/5(日) 「ミューズロックフェスティバル」
秩父開発機構主催 / ホンキートンク企画
秩父ミューズパーク野外ステージ
12:00~20:30 前売 1,000円
出演  春山  THE OUTLET'S  CHIKEN ERASER  40SHOULDERS
 semi note  VOCE  長橋楽団  NU Blue Train  荒川団
 パジャマ  みっちぶ  LIME712  BLUE COLLAR
 ドミナントM7th  須藤もん  ホンキーフォークナイトの皆様  他
問合せ先  ホンキートンク
 TEL 0494-62-0728(夜間) 0494-25-1000(昼間)
http://www.chichibu.ne.jp/~honky/

【やまおじさんから一言】
 ホンキートンクは、デビュー直後(2001年1月)に出演したライブハウス

■9/1(土) 「アコースティックボイス」
井上ともやす & 四谷天窓 presents
上野恩賜公園野外ステージ(水上音楽堂)
12:00~ 入場無料 出入自由 雨天決行(屋根あり)
出演  井上ともやすバンド  MINAMI+中内計  石井明夫  ナミゴゴチ
 ホイドーズ  タガミ☆トヨダ  きんばらしげゆき  他
詳細は下記の公式サイトでご確認ください
ACOUSTIC VOICE offcial web sit
http://acovo.fc2web.com/

【やまおじさんから一言】
 アコースティックボイスは、今年で20回目をむかえる野外コンサート
 上野公園にある水上音楽堂は屋根付き、雨天でも安心して聴けます

■9/15(土) 茅野「パブロ」
JR中央本線 茅野駅下車
(長野県茅野市宮川みどりヶ丘8622)
TEL 0266-82-2283
(詳細未定)

【やまおじさんから一言】
 交通の便は悪いのですが、味のあるお店です
 今回が何度目かの出演
 ジミー矢島さんや対馬照さんと共演した2003年10月、車で聴きに行きました

Zuido_6須藤もん セカンド・アルバム
 『隧道 zuido』

好評発売中
ネット販売あり
CDショップでもライブ会場でもお求めいただけます
このジャケットデザインが、故 福永タケジ氏によるものです

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2007年6月20日 (水)

【歩】朝のくちなし(byデジタルカメラ)

今朝はやく、ごみだしに外に出たところ、くちなしの花がいくつも咲いていた。
これからどんどん開いてくるのだろう。
毎朝、早い時間から花の手入れをしてくださっているご近所の方によると、今年は虫がつかなかったのできれいな花をつけるでしょう、とのこと。
やはり、デジタルカメラの威力。

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2007年6月19日 (火)

【歩】朝のくちなし(byケイタイ)

ケイタイのカメラで、懲りずに撮ったもの。
肝心の花の白色が飛んでしまった。難しいな。

住まいの目の前に一株あって、今朝、一輪だけ開花しているのを発見。
梅雨空には、あじさいと、このくちなしの花がよくにあう。
富士には月見草がよくにあう、と言ったのは太宰サンだったが・・・。

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2007年6月17日 (日)

【読】多摩川絵図・奥多摩絵図

『多摩川絵図 今昔 ―源流から河口まで』 (けやき出版)の絵図を眺め、今尾恵介さんの解説を読んでいる。
Tamagaw_ezu_1160年前に描かれた長尺の絵図にあじわいがあり、今尾さんの解説もおもしろい。
多摩川の上流部は、奥多摩の山あいを走る国道411号(青梅街道)沿い。
わたしには馴染みの深い土地だから、昔の多摩川沿岸と現在の姿を机上で比べるのが、とても楽しい。

多摩川源流を三頭山(みとうさん―現在、都民の森がある)北西斜面としているが、そこから現在の奥多摩町、青梅市を通って、日野、高幡不動、関戸、府中、是政、登戸、二子、矢口、川崎、羽田沖の河口までの風景が、一巻の絵巻物になっている。
この本では、長尺の絵図を23枚に分割し、 一枚ごとに今尾さんの解説が見開き2ページでつけられている。 各地の現在の写真もある。

内容をざっと紹介すると――
源流付近(大菩薩嶺)からはじまって、小菅(こすげ)村・丹波(たば)村、鴨沢村~留浦(とずら)村、川野村、小河内郷原村~河内村、境村~氷川村~下野村、白丸村~棚沢村~コリツキの滝、小丹波村~川井村~御岳山、等々と、現在も残っている地名がたくさんでてくる。

ちなみに、現在の鳥瞰図が 『奥多摩絵図』 (絵・村松昭/聖岳社/1982年)として発売されている。 これも楽しい絵図だ。
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2007年6月16日 (土)

【歩】6/16 たそがれ

ひさしぶりに夕焼けの空を眺めた。
暑い一日だった。

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【歩】色とりどりの紫陽花

紫陽花や藪を小庭の別座敷  芭蕉
紫陽花の鞠現れし垣間かな  其音

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【歩】晴れた

気象庁の「梅雨入り宣言」は、噂に聞いていただけだが(新聞、ニュースをあまり見聞きしないので)、今年もはずれたな。

中国地方から関東甲信地方までが梅雨入り : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070614i111.htm

気象庁 | 平成19年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)
http://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/baiu/sokuhou_baiu.html

どだい、「梅雨入り宣言」なんてものに無理があると思うのだが。
天気予報は、昔からの「観天望気」がいちばんだ。

14日はたしかに梅雨らしい雨降りだったけれど、昨日も今日も晴れてきもちがいい。
今朝は休日だというのに、朝早く、いつもとおなじ時刻に眼がさめた。
湿気もなく、風がここちよい。 今日も暑くなりそうだな。

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2007年6月15日 (金)

【雑】おかしな天気

雨が降らないのはありがたいけれど、梅雨入り翌日からこの暑さとは。
むこう一週間、天気予報に傘のマークがない。
どうなってるんだろう、この天気。
日が長くなって、通勤の車中から夕暮れの景色が見られるようになった。
たそがれの風景が好きだ。
電車の窓から遠くを眺めていると、どこかへ旅にでたくなる。
遠くへ行きたい・・・。

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2007年6月14日 (木)

【楽】春一番の須藤もんさん

Googleのブログ検索をしていたら、こんなブログ記事をみつけたのでご紹介。

「ドクター悠々の見たまま、感じたまま、思ったまま」
2007.5.7 「隧道(須藤もん)」
http://plaza.rakuten.co.jp/manbou007/diary/200705070000/

今年5月、大阪「春一番」コンサートでの、須藤もんさんのステージ写真と、とても好意的なレポートが掲載されていて嬉しかった。

いよいよ、7月6日から三日間、須藤もんさんの北海道ライブツアーです。

いそ・もん ツアー (五十一・須藤もんジョイントライブ)

● 7/6 (金) 札幌 「 リブギャラリー 」
  札幌市中央区盤渓435番地26  TEL 011-622-4392
  20:00 開演  ライブ・チャージ 2,500円 (1ドリンク付)
● 7/7 (土) 小樽 「 キッチンぐるぐる 」
  小樽市入船1-6-16  TEL 0134-24-2300
  20:00 開演  ライブ・チャージ 2,500円 (1ドリンク付)
● 7/8 (日) 芦別 「 貘 」
  芦別市北二条西一丁目3番地  TEL 01242-3-0007
  19:00 開演  ライブ・チャージ 2,500円 (1ドリンク付)

料金、開演時刻は、 まえもって会場にご確認ください。
掲載している料金は、前売と当日でちがうことがあります。

須藤もん公式サイト
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/
五十一さんの公式サイト
 http://www.alpha-net.ne.jp/users2/isoichi/

五十一さんの北海道ライブツアーは、いつものように長いものです。
7月6日を皮切りに、8月6日の余市まで、一ヶ月。
釣りをしながら車で全国をライブツアー、というのが五十一さんのスタイルです。
北海道の方、ぜひ会場へお運びください。

須藤もんさんの セカンドアルバム 「隧道」 は、ライブ会場でお買い求めいただけます。
「めし」「隧道」他収録。
Zuido_5 収録曲 (全7曲)
1 めし   作詞 藤本長門 / 須藤もん 作曲 須藤もん
2 雪よ、葬って 作詞 三善亜紀 作曲 須藤もん
3 逃げる 作詞作曲 須藤もん
4 この川を 作詞作曲 須藤もん
5 冬は厳しく 作詞作曲 須藤もん
6 夕焼け 作詞作曲 対馬照
7 隧道 作詞作曲 須藤もん
 須藤もん (Vocal, Guitar)
 告井延隆 (Percussion, ニ胡, Piano)
 あおやぎとしひろ (Mandolin)  くみこ (Accordion)

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2007年6月13日 (水)

【読】鶴見良行

本ばかり読んでいるわけでもないけれど。
通勤電車・バスでは、何か読んでいないと間が持てない、というか退屈するので。

『昭和天皇の終戦史』 (吉田裕)がおもしろかったのだが、今日の帰りに読み終えてしまった。
この本については、たくさん感じるところがあったし、勉強になった。
それを書き出すときりがないので、やめておこう。

もう一冊持っていったので、帰りの電車とバスの中で読みはじめたのがこれ。
『東南アジアを知る』 鶴見良行 著 岩波新書417 1995.11.20発行

勢古浩爾さんが 『自分をつくるための読書術』 (ちくま新書)で推薦していた本だ。
以下、勢古さんの推薦文。 ―「自分」をゆさぶるためのブックリスト から―
<形式にも固定観念にもとらわれずに、あくまでも現場からアジアを考えようとしてきた著者の自由でたしかな思考が魅力的である。 「日本帝国主義」「植民地」「搾取」「独立国家」といったできあいの認識枠でものを見ることの硬直を悟らされる。 <知る>ということの、もっとも地道でもっとも確実な方法のひとつがここに示されている。 『ナマコの眼』(ちくま学芸文庫)を読む前に読んでおくといっそう有益である。>

というわけで、勢古さんのお言葉に従い、『ナマコの眼』、『バナナと日本人』(岩波新書199)の前に、読んでみようと思ったわけだ。
なかなか面白そうな本である。
じつは、鶴見良行という人がどういう人なのかよく知らない。 その方が先入観にとらわれなくていいのかもしれない。

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【雑】きいろいさくらんぼ♪

いや、黄色じゃなくて赤かったけれど。
こんな歌を、ふと思いだしたので。
 わっかいむすめは うっふん♪
 おいろけありそで うっふん♪
(星野哲郎 作詞/浜口庫之助 作曲/スリーキャッツ 歌 「黄色いさくらんぼ」)

Sakuranboやっぱり国産のさくらんぼがおいしいな。
アメリカンチェリーもいいけど。
近くのスーパーで、夜、半額だったので買ってしまった。
色も味も上品。
甘みはややものたりないものの、懐かしい味だ。

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2007年6月12日 (火)

【雑】ケイタイカメラ練習の巻

少しは上達したのかな。
ハイライトが飛んだりして、あんがいむずかしい。
撮影時に、明るさやコントラストなどは(簡単ながら)調整できるようだが、デジカメのようにはいかない。
画像編集ソフトで補正してみたが、これが限界。

200706120629200706120630200706120648(左上) クチナシのつぼみ
  昨日と同じ樹
(右上) カシワバアジサイ
(左) クチナシの花
  国分寺駅前で

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2007年6月11日 (月)

【読】気合のはいった本

先ごろ読んだ 『日本の軍隊』 (岩波新書 816)の著者の別の本。
Tennou_shuusen_1『昭和天皇の終戦史』 吉田裕 著
 岩波新書 257 1992.12.21
版元品切れらしく、新刊書店では手に入らなかったのだが、先ごろBOOK OFFで発見、購入。 300円だった。
BOOK OFF の新書コーナーは見逃せない。

気合の入った本である。 昭和天皇の戦争責任がテーマ。
― カバー見返しから ―
<戦争責任ははたして軍部だけにあったのか? 天皇と側近たちの「国体護持」のシナリオとは何であったか? 近年、社会的反響を呼んだ「昭和天皇独白録」を徹底的に検証し、また東京裁判・国際検察局の尋問調書など膨大な資料を調査・検討した著者は、水面下で錯綜しつつ展開された、終戦工作の全容を初めて浮き彫りにする。>

今日、さっそく三分の一ほど読んだが、おもしろい。
昭和天皇の戦争責任を論じることはタブー視されてきたが、著者の綿密な調査にもとづく戦争責任論は、押しつけがましさがなく、好感がもてる。
悪名高い東条英機が、じつは昭和天皇からとても信頼されていたことや、近衛文麿、米内光政らの敗戦前後の動きなど、興味ぶかい。

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【歩】携帯カメラ失敗編

携帯電話についているカメラをほとんど使ったことがない。
今日、帰宅の途中で撮りたいものがあったので試してみたが、見事に失敗。
薄暗かったし、たぶん手ぶれが大きいのだろうなぁ。

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(左) 国分寺駅前のモンダイのハンバーガーショップ
「超山田堂」のあった場所に開店した店。
 → http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_f1e7.html
「THIS IS THE BURGER」 という店名であることを確認。
ちょうど、看板工事をしているようだった。

(右) 住まいの前にあるクチナシのつぼみ
この樹はまだつぼみだが、国分寺駅前にあったクチナシは純白の花を咲かせていた。
なんだか非写実的な絵画のような写真になってしまった。 ブレが大きい。
練習しなくちゃ。 

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2007年6月10日 (日)

【読】地図、今昔(続々)

今尾恵介さんの 『地図で今昔』 がおもしろくて、ここでもずいぶん紹介したが、ついに読み終えた。
Chizu_imamukashi_2この本の最後の章、「地図から歴史を読む」 に、奈良県の十津川村が紹介されている。
→心のふるさと 十津川村
http://www.vill.totsukawa.lg.jp/cgi-bin/odb-get.exe?wit_template=AM040000
十津川村は、面積672平方キロ、東京23区を全部合わせたよりも広く、日本一広い村だという。
<雨が多く、急斜面の重畳たる山々の連なる紀伊山地のまん中にあり、奈良県全体の面積の5分の1ほどをこの村が占めていることになるが、人口は県人口のわずか300分の1である。 1998年(平成10)現在の人口は5143人だが、ここ10年ほどで一割ほども減ってしまっている。> (『地図で今昔』 1999年 P.213)

この村で、1889年(明治22)の8月に大きな自然災害が起きている。
滝のような豪雨が三日間降り続き、あちこちで土砂崩れが頻発。 谷あいの村を埋めて、流出した家屋426戸、死者168人(同じ十津川流域の上流にあたる大塔・天川の両村と合わせ)、被災者2600人を超えたという。 田畑も十津川旧六村(明治23年に六村が合併)の三分の一が流され、 「十津川崩れ」と呼ばれた。 (以上、『地図で今昔』から)

この災害に村の将来を悲観した被災者たちが、集団で北海道に渡り、樺戸の地にできたのが新十津川村(現・新十津川町)だ。
→新十津川町公式サイト
http://www.town.shintotsukawa.lg.jp/index.jsp

北海道に生まれ育ったわたしには、とても興味ぶかい話だった。
この「十津川崩れ」については、司馬遼太郎の『街道をゆく 12 十津川街道』に詳しいようだ。
http://opendoors.asahi.com/data/detail/2786.shtml

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【雑】アメリカンチェリー

国産の高級なさくらんぼが、高くてなかなか口に入らないので、もっぱらこれを食べている。 色が強く、味も強いが、甘くておいしい。
いまは柑橘類が時期で、グレープフルーツもおいしいが、どういうわけか今年はおいしい甘夏にあたらない。
台湾バナナがこのところよく出まわっているのがありがたい。
果物好きにはうれしい季節だ。

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【山】武甲山

今尾恵介 『地図で今昔』 (けやき出版) に、秩父の武甲山がとりあげられている。
武甲山は石灰岩から成る山で、石灰岩採掘のためにどんどん削られ、山容が大きく変わりつつある山だ。
五木寛之の『青春の門』で有名な九州の香春岳(かわらだけ)と同じような運命をたどりつつある。
Bukousan_map左は、『地図で今昔』のP.170-171に着色したものだが、薄く着色した部分が武甲山だ。 右が昭和4年(1929)の5万分の1図、左は平成9年(1997)の地図。
山頂の北側が大きく削り取られて、左の図では白くなっているのがわかる。
(この禿げたようになった白い部分は、等高線が同じなので、テラス状になっているわけだ)

<武甲山といえば秩父を代表する山として知られている。 山頂の標高は1336.1メートルあったが、現在はもっと低い。 山頂にあった三角点も後退し、やはり山頂にあった御嶽神社も1975年には少し南側に移転させられた。 現在の三角点の標高は1295.4メートルと、以前より40メートルも低くなってしまったのである。> (『地図で今昔』 1999年 P.171)

この武甲山、1980年5月17に登った。
その時の写真があったので、掲載する。
頂上付近は立ち入り禁止だった(左から二枚目の写真)。
深田久弥の「日本百名山」にも選ばれている、歴史の古い信仰の山なのだが、見るも無残な姿だった。
800517bukousan01_3800517bukousan02_3最後の写真は、同じ年の3月に登った奥武蔵の武川岳からの下山時に撮ったもの。 武甲山北斜面の採掘状況がよくわかる。




800517bukousan03_6800315bukousan04_5 



<武甲山の石灰の埋蔵量は約30億トンとされる。 今後どこまで掘り続けるのか知らないが、この秩父のシンボルたる名山を切り崩すことが、やはり秩父の経済を支えてもいるので、市民にはさぞジレンマなのだろう。 これだけ激しく切り刻まれている一方で、(中略)そのテラスのすぐ下には、チチブイワザクラ、ミヤマスカシユリ、イチョウシダなどから成る「武甲山石灰岩地特殊植物群落」があり、これが国指定の天然記念物になっている。> (『地図で今昔』 1999年 P.173)

→ 石灰岩地に咲く赤紫 武甲山資料館 チチブイワザクラ展示
 (東京新聞 TOKYO Web 2007年4月13日)
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20070413/CK2007041302008324.html

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2007年6月 9日 (土)

【歩】アジサイ色づく

なんとなく蒸し暑い日が続き、今日も梅雨空。
色づいたアジサイがきれいだ。

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【読】地図、今昔(続)

Chizu_imamukashi_1今尾恵介 『地図で今昔』 (けやき出版 1999年)から、もうすこし紹介。
地名のいわれは、漢字の字面だけでは判断できないものだ。
その例は、さきごろ読んだ今尾さんの 『日本の地名遺産「難読・おもしろ・謎解き」探訪記51』 にたくさんあげられていた。

今読んでいる 『地図で今昔』 にも面白い話が載っている。
「帝国陸海軍」のその後
   陸軍成増飛行場→グラントハイツ→光が丘 ――東京都練馬区 (P.95-99)
Narimasu_map1942年(昭和17年)に東京が空襲を受けて、それに慌てた陸軍が急遽、板橋区(現練馬区)高松町内に急造したのが、陸軍の成増飛行場。
敗戦後、米軍に接収され、グラントハイツと名前を変えた。
「グラン」(グランと濁らない)は、米国の第18代グラント大統領の名を冠したもので、米軍士官とその家族用の住宅地だった。 敷地内には、郵便局から劇場、プールやゴルフ練習場まで何でも揃っていたという。
このグラントハイツを建設する際、近くを通る東武東上線の上板橋駅から引込線が建設された。 池袋・グラントハイツ間をノンストップの進駐軍専用列車を走らせるための専用線だった。
その専用線の名前が 「啓志線」(けいしせん)。 「啓志」とは耳慣れない言葉だが、これがなんと、グラントハイツ建設の総責任者だったケーシー中尉の名を冠したものだというのだ。
今尾さんは次のように書いている。
<グラントハイツがカタカナなのにケーシー線が「啓志」となったいきさつは調べていないが、東武か政府かどこかの日本人担当者が 「中尉殿、啓志という文字を当ててみましたが、いかがでしょう。この漢字がどういう意味かといえば……」 などとスマイルを浮かべつつ若い中尉ドノに接していたのだったりして。 あくまでも想像だが。>

もうひとつ、この本から新旧地図を転載したい。
変貌する街・むら
 湿原と原始河川は碁盤目の水田へ ――北海道雨竜郡 (P.140-145)
Uryuu_map北海道生まれのわたしには馴染みのふかい、北海道の雨竜川流域の地図だ。
見開き右側ページが、昭和7年(1932)の「妹背牛」5万分の1図。
左側、平成2年(1990)の同じ範囲の地図。
「妹背牛」は「もせうし」と読む。 アイヌ語起源の地名だ。
昭和初期の段階で、碁盤目状の道路が整然とつくられていたことに驚く。
屯田兵が湿原・原野を切り開いてここまでにしたことを思うと、ため息がでる。
雨竜川が蛇行しているのが目につくが、左側の地図では、その蛇行がなくなっている。 次々と人間の手がはいっているのだ。
このあたり、開拓される前はどんな姿だったのだろうと、静かな大地だった頃の北海道に思いを馳せてみる。

今尾さんの文章を引用する。
<ここに限らず、明治のはじめまでは石狩平野全域が広大な湿原・原野または平地林だったのである。 そこに最初は屯田兵が入り、その後は一般入植者が厳しい自然条件の中で耕地を拡大させてきたというのが北海道の近代史である。 もちろん、この進行に伴って先住民の住むところがどんどん狭められ、合わせて強引な日本人化が進められたのはいうまでもない。> (P.141)

『北海道の地名 アイヌ語地名の研究 別巻』 山田秀三 (草風館) から ―
妹背牛(もせうし) 当初は望畝有志の字を使っていたという。 モセ・ウ(mose-ush)には「いらくさ・群生する」という意と、、「草刈りを・いつもする」という意があり、伝承でもないとどっちだったのか分からない。
雨竜(うりゅう) 雨竜は元来雨竜川の名から出た名であるが、その川筋を中心とする広大な地域名としても使われて来た。雨竜川は石狩川第2の支流で、北海道の中心部を北から南に160キロの長さを流れている長流であるが、アイヌ時代はその中上流部は殆ど無人の境であったという。/この種の大地名は語義が忘れられているものが多い。松浦武四郎はその郡名建議書の中で「ウリウ。是は大古神が号け玉ひしと云伝へ、訳書相分り申さず候」と書いたのは恐らくアイヌ古老の言をそのまま記したものであろう。/永田地名解は「原名ウリロペッ(urir-o-pet)鵜の川。此川口鵜多きを以て名く」と書いた。(後略)

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2007年6月 8日 (金)

【歩】超山田堂

写真のないのが残念だが、こんな店があったのだ。

国分寺駅南口のバス停でバスを待っていると、道路をはさんだ向こう側に雑然とした古本屋の店頭が見えた。
間口一間ほどだが、中に入るとけっこう広かった。
店内は人一人がかろうじて歩ける通路があるだけで、CDやレコード、古本が所狭しと置かれていた。
(古本屋というより、中古レコード店が古本も置いている感じだった)
棚に納めきれず、床にも本を平積みしているのは、この手の店によくあるが、この店は半端じゃなかった。
積みあげられた本の下の方に、とんでもない掘り出し物がありそうな気がして、いつも気になっていた。

・・・と、ここまでは過去形の話。
『超山田堂』というふざけた名前のこの店は、今から数ヶ月前に店をたたんでしまい、その後は携帯電話の店舗になってしまった。
バスの時間待ちに、よく、この『超山田堂』の店先で均一本を眺めたり、ときには店内に入って宝探しをしたり、楽しい店だったのに、残念だった。

・・・ところが、今日の帰宅時、ふとこの場所に目を向けると、なんと真新しいハンバーガー屋に変わっていた。
マックでもモスバーガーでもベッカーズでもウェンディーズでもなく、聞いたことのない店名。
「This is Hamburger」というような、ふざけた名前だったような気がするが、定かじゃない。

それにつけても、あの『超山田堂』は面白い店だったなぁ。
惜しいことをしたものだ。 写真ぐらい撮っておけばよかった。

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2007年6月 7日 (木)

【読】地図、今昔

日曜日に市の中央図書館から借りてきた本が、なかなか読み応えあり。
Chizu_imamukashiCompact_nihonchizu左が借りてきて読んでいる本。
『地図で今昔』 今尾恵介
 けやき出版 1999.11.1
右は、この本といっしょに持ち歩いて、場所を確認するためのコンパクトな日本地図帳。

『地図で今昔』 は、副題が「新旧地図を比較する楽しみ」とあって、同縮尺、同範囲の新旧地図の比較がとても面白いし、楽しい。
いくつかのカテゴリーに分かれている、その一部を、目次から紹介する。
「変わりゆく渚の風景」――島根・鳥取の中海、鹿島臨海地帯、浦安、羽田、兵庫県高砂・大塩、近江八幡・彦根
「姿を変えた山と川」――昭和新山・有珠山、桜島、雲仙、三宅島、神戸、渡瀬遊水池、荒川、九頭竜ダム
「「帝国陸海軍」のその後」――朝霞市、練馬区(光が丘)、相模原、横須賀
「変貌する街・むら」――八王子、大阪府守口市、北海道雨竜郡、富山の廃村、成田・三里塚 
「鉱山の盛衰」――大夕張炭山、武甲山、千葉県富津市、旧浅間山、岡山県犬島、島根県大田市、新居浜市、別子山村
「地図から歴史を透かし見る」――軽井沢、親不知と黒部川、京都、奈良県十津川村

今日、読んでいたところでも興味ぶかいところがたくさんあったが、そのひとつ。
「水車の興した地場産業と米軍基地――埼玉県朝霞市」という章(P.90-94)。Asaka_map
コピー(スキャニング)なので見にくいが、見開きの右側が昭和2年(1927年)の25,000図、左が平成5年(1993年)の同じ場所だ。
自衛隊の朝霞駐屯地のある場所だが、1932年に「膝折村」から「朝霞町」と改称したいきさつがおかしい。
地名の起源は、1929年にできた「東京ゴルフ倶楽部」。 この名誉会長が朝香宮(あさかのみや)だったため、これにちなんで「朝霞」としたのだと。 「朝香」ではあまりにも直接的で畏れ多いということだったのかもしれない、と著者は書いている。 冗談のような地名だ。
新旧の地図を見比べると、水車を動力とした精米、製粉が行なわれていた土地が、昭和16年(1941年、太平洋戦争開戦の年)に陸軍予科士官学校がこの地に移転してきてから、基地の町に変わってしまったことが、まさに一目瞭然だ。
旧日本陸軍→米軍(進駐軍)→自衛隊と、軍事施設が残っている(左の地図の下半分)。

わたしは、山登りをさかんにやっていた頃、国土地理院の5万図、25,000図をよく使っていたので、地図を「読む」のがもともと好きなのである。
ひさしぶりに、その地図読みの楽しさを思いだしている。

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2007年6月 5日 (火)

【楽】「祝 春一番2007」の須藤もんさん

対馬照さんのサイト 「対馬照in喜平館」
http://members2.jcom.home.ne.jp/teru10/
に、去る5月3日「祝 春一番2007」に出演した時の、
須藤もんさんのステージ写真が掲載されています。
ぜひ、お訪ねください。

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【読】地図もおもしろい

今尾恵介著  『日本の地名遺産 「難読・おもしろ・謎解き」探訪記51』  (講談社α新書)読了。
おなじ今尾さんの 『地図で今昔』 (けやき出版) をパラパラと見ている。
新旧二種類の地形図(同じ縮尺で同じ範囲)を並べて、日本列島の各地の変化を示す、なかなか面白い内容。
東京の羽田あたりや、秩父の武甲山などは、なじみが深いのでことに興味ぶかい。
古い方の地図は、昭和初期のものが多いが、中には明治時代の地図もあって、新しい地図(平成に入ってから)と見比べると、そのちがいに驚く。
噴火や地震といった自然の力で地形が変わることもあるが、どちらかというと海岸の埋め立て、河川の改修、採掘など人為的な力による変化の多いことがわかる。

そんな本を眺めながら、帰宅の電車を新宿で途中下車。
新宿西口ヨドバシカメラで、仕事がらみの技術書を買うためだったが、新宿駅西口地下広場のイベントコーナーで、地図展のようなものをやっていたので、思わず立ち寄ってしまった。
今読んでいる本との符合にびっくり。

欲しくなる地図や本がたくさんあったのだが、比較的廉価なものを二冊購入。
懐が潤っていれば、買ってしまうだろう高価なものもあった。 私にとっては、まさに宝の山。

Uchuu_nihon_1手にとって、すぐに欲しくなったのがこれ。
『宇宙から見た日本 地球観測衛星の魅力』
 (新井田秀一 著、東海大学出版局) \1,000(税別)
衛星写真で見る日本列島がとても美しい。
私は飛行機の窓から地形を見るのが大好きなので、うれしくなる。

Daitoa_mapこれも、目にしてすぐに欲しいと思ったもの。
今の私の関心事にぴったりの本。
『歴史の証人・地図 ~大東亜戦争を語る~』
 (ケイエスケイ) \840(税込)
カラー上質紙、100ページ足らずだが、この値段はお買い得だった。
大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)の頃の日本領土を示す赤く塗られた世界地図を見て、不思議な感じにとらわれた。
当時の人たち(軍人、政治家、一般大衆)は、大陸はもとより、東南アジア、太平洋にどんどん広がっていく日本領を地図で見て、きっと喜んでいたんだろうなぁ、と思う。
当時生きていたら、私も同じように感じたかもしれない・・・。

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2007年6月 3日 (日)

【雑】本日の収穫

天気がよかったので、自転車に乗って図書館へ。
自転車で10分ほど。
途中に BOOK OFF があり、CDコーナーでうれしい一枚を発見、入手。

LIGHTNING HOPKINS (2枚のアルバムのカップリング)
 "The Texsas Bluesman"
 "Lightnin' Sam Hopkins"
Lightning_hopkins_01Lightning_hopkins_02Lightning_hopkins_03_2





"LIGHTNING" というニックネームが 「稲妻」という意味だということを、このCDの解説で知った(中学校英語レベルの単語かもしれないが)。
この人の音源は、"JAZZ LIFE" の中の一曲 "BLACK CAT" しか聴いたことがなかったので、うれしい一枚だ。
1967年と、1961年/62年の録音。 ごきげんなブルーズ。

『JAZZ LIFE』 → 5/27 【楽】休日、こんなレコードを聴いていた
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_9e5e.html

Kodaira_library市の中央図書館では、今尾恵介さん解説の
 『多摩川絵図 今昔――源流から河口まで』
(けやき出版) を借りてきた。
けやき出版は、立川市の地方出版局だ。
手元に置いておきたいほどの、図版のきれいな本だが、値が張るので買うのは控えて図書館を利用。
他に、今尾さんの本を2冊借りてきた。
『地図で今昔』 (けやき出版)、『地図を探偵する』 (新潮文庫)。
こんなに借りてきて、読めるのか。
Tamagaw_ezu
― まえがき から ―
東京の西や南に住む人にとって、多摩川といえばとても身近な川だ。 (略)山梨県東部の山中にある源流から羽田空港脇の河口までは全長138キロという意外な長さがある。(略)
この表情豊かな多摩川の全貌を大菩薩嶺付近の源流部から河口までの長い巻物の絵図にしたのが関戸村(現多摩市)の名主をつとめた相沢伴主で、『江戸名所図会』で知られる絵師長谷川雪旦の子、雪堤がこれを浄写、木版刷りにしたものがこの『調布玉川惣画図』である。/この絵図は何の目的で使われたのだろうか。 (略)実用にしてはあまりに美しい。 (略)やはりこの絵図は純粋に「眺めて楽しむため」というのが本当ではないだろうか。

【追記】
CANDIDレーベルのアルバム "JAZZ LIFE" 日本語ライナー・ノーツ(柴田博、1970年?)を引用しておこう。
ブラック・キャット (このアルバムの2曲目に収録)
サム "ライトニン" ホプキンスは、1912年テキサス州センターヴィルの生れ。南部の黒人小作人としての過酷な生活の中で早くから歌やギターにいそしみ、40年代中頃からヒューストン近辺で流しの芸人として働きながら、ブルースの最も素朴な魂と形式を伝えてきた偉大な民衆芸術家である。ブラインド・レモン・ジェファーソンやテキサス・アレグザンダー(ホプキンスの従兄)の影響を受けた現存する最高のブルース・シンガーで、54年から数年間はその消息を断っていたが、ブルース研究家のサミュエル・チャーターやマック・マコーミックの探索によって見い出され、59年に完全復帰した。
この作品は復帰後の60年11月15日に録音されたもので、ここには、ブルースと揶揄の精神を通じて、アメリカにおける人種的偏見に対する黒人の最もオリジナルな抗議の姿勢が示されている。>

このCANDIDレーベルは、1970年1月から71年11月まで、16枚ほどのLPがCBS・ソニーから発売された。
チャーリー・ミンガスを中心に、意欲作が並んでいる。
このアルバム(CD再発売)は、amazon http://www.amazon.co.jp/ で入手できる。

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2007年6月 2日 (土)

【歩】身近なアジサイ

有楽町から帰ってきて、団地の中でみかけたアジサイ。
いろんな種類があるんだなぁ。
右下は、ブラシノキのなかま。 住まいの前に咲いている。

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【遊】有楽町へ

JALのパスを更新するために、今日は、有楽町駅前のJALプラザへ。
一年前に初めて作ったときは浜松町のJALカウンターだったが、あそこは行列ができるので今回は避けた。
有楽町のJALプラザでは、ゆっくりと手続きができ、カウンターの係員の感じもよかった。

ふと思いだして、その足で、ひさしぶりに有楽町駅前の「わしたショップ」へ。
ここは、沖縄物産がずらりと並ぶ店。 年に一、二度遊びにいくのだ。
わしたショップオンライン
(株式会社 沖縄県物産公社)
http://www.washita.co.jp/

JALプラザから、いつもとちがう道を歩いて行ったので、とんでもない場所に出て迷子になった。 銀座なんて、めったに行かないから。
お店に何度か電話を入れて場所を聞きながら、ようやくたどり着くと、なんのことはない、有楽町の駅前だった。
0706020003_1銀座わしたショップ
中央区銀座1-3-9 実業之日本社銀座ビル1F
TEL 03-3535-6991
http://www.washita.co.jp/info/shop/ginza/index.html
1階はおもに食料品。
地下に各種物産があっておもしろい。
三線がずらりと並び、書籍やCDも揃っている。
今日は、地下のCDコーナーへ直行したが、あんまりたくさんあって(目当てを決めていなかったので)、収穫なし。
結局、サーターアンダギー(ドーナツ風の菓子)と、辣油(石垣島産)だけ買ってきた。
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有楽町駅近くの路上で、見た紫陽花
0706020002

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