【読】地図、今昔(続)
今尾恵介 『地図で今昔』 (けやき出版 1999年)から、もうすこし紹介。
地名のいわれは、漢字の字面だけでは判断できないものだ。
その例は、さきごろ読んだ今尾さんの 『日本の地名遺産「難読・おもしろ・謎解き」探訪記51』 にたくさんあげられていた。
今読んでいる 『地図で今昔』 にも面白い話が載っている。
「帝国陸海軍」のその後
陸軍成増飛行場→グラントハイツ→光が丘 ――東京都練馬区 (P.95-99)
1942年(昭和17年)に東京が空襲を受けて、それに慌てた陸軍が急遽、板橋区(現練馬区)高松町内に急造したのが、陸軍の成増飛行場。
敗戦後、米軍に接収され、グラントハイツと名前を変えた。
「グラント」(グランドと濁らない)は、米国の第18代グラント大統領の名を冠したもので、米軍士官とその家族用の住宅地だった。 敷地内には、郵便局から劇場、プールやゴルフ練習場まで何でも揃っていたという。
このグラントハイツを建設する際、近くを通る東武東上線の上板橋駅から引込線が建設された。 池袋・グラントハイツ間をノンストップの進駐軍専用列車を走らせるための専用線だった。
その専用線の名前が 「啓志線」(けいしせん)。 「啓志」とは耳慣れない言葉だが、これがなんと、グラントハイツ建設の総責任者だったケーシー中尉の名を冠したものだというのだ。
今尾さんは次のように書いている。
<グラントハイツがカタカナなのにケーシー線が「啓志」となったいきさつは調べていないが、東武か政府かどこかの日本人担当者が 「中尉殿、啓志という文字を当ててみましたが、いかがでしょう。この漢字がどういう意味かといえば……」 などとスマイルを浮かべつつ若い中尉ドノに接していたのだったりして。 あくまでも想像だが。>
もうひとつ、この本から新旧地図を転載したい。
変貌する街・むら
湿原と原始河川は碁盤目の水田へ ――北海道雨竜郡 (P.140-145)
北海道生まれのわたしには馴染みのふかい、北海道の雨竜川流域の地図だ。
見開き右側ページが、昭和7年(1932)の「妹背牛」5万分の1図。
左側、平成2年(1990)の同じ範囲の地図。
「妹背牛」は「もせうし」と読む。 アイヌ語起源の地名だ。
昭和初期の段階で、碁盤目状の道路が整然とつくられていたことに驚く。
屯田兵が湿原・原野を切り開いてここまでにしたことを思うと、ため息がでる。
雨竜川が蛇行しているのが目につくが、左側の地図では、その蛇行がなくなっている。 次々と人間の手がはいっているのだ。
このあたり、開拓される前はどんな姿だったのだろうと、静かな大地だった頃の北海道に思いを馳せてみる。
今尾さんの文章を引用する。
<ここに限らず、明治のはじめまでは石狩平野全域が広大な湿原・原野または平地林だったのである。 そこに最初は屯田兵が入り、その後は一般入植者が厳しい自然条件の中で耕地を拡大させてきたというのが北海道の近代史である。 もちろん、この進行に伴って先住民の住むところがどんどん狭められ、合わせて強引な日本人化が進められたのはいうまでもない。> (P.141)
― 『北海道の地名 アイヌ語地名の研究 別巻』 山田秀三 (草風館) から ―
妹背牛(もせうし) 当初は望畝有志の字を使っていたという。 モセ・ウシ(mose-ush)には「いらくさ・群生する」という意と、、「草刈りを・いつもする」という意があり、伝承でもないとどっちだったのか分からない。
雨竜(うりゅう) 雨竜は元来雨竜川の名から出た名であるが、その川筋を中心とする広大な地域名としても使われて来た。雨竜川は石狩川第2の支流で、北海道の中心部を北から南に160キロの長さを流れている長流であるが、アイヌ時代はその中上流部は殆ど無人の境であったという。/この種の大地名は語義が忘れられているものが多い。松浦武四郎はその郡名建議書の中で「ウリウ。是は大古神が号け玉ひしと云伝へ、訳書相分り申さず候」と書いたのは恐らくアイヌ古老の言をそのまま記したものであろう。/永田地名解は「原名ウリロペッ(urir-o-pet)鵜の川。此川口鵜多きを以て名く」と書いた。(後略)
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