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2007年8月31日 (金)

【楽】MARIA MULDAUR

針をおとした瞬間から聴き惚れてしまう音楽に、ひさしぶりに出会った。
すごいなぁ、これは。 いい音楽だなぁ。

Maria_muldaurMARIA MULDAUR
 "Maria Muldaur" 1973 Warner Bros. Records
 (邦題:オールド・タイム・レイディ)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HGT2
このアルバムを知ったのは、mixiのある「マイミクさん」(知人)の日記だった。
音楽に造詣の深い方だが、さすがにいいアルバムを推薦してくださる。
この場でお礼を。

ブックレットの解説など読む必要もなく、音楽がすーっと体にはいってくる感じ。
声がいい。 歌い方が好き。
曲調は、わたしの好みのツボにぴったりはまっている。
バックの伴奏が、これまたゴキゲン。
演奏陣もすごい顔ぶれらしい(私が名前を知っているのは、ライ・クーダー、エイモス・ギャレットぐらいだけれど)。

だまされたと思って、とにかく聴いていただきたい一枚。
何も考えずに、ただ聴いているだけでシアワセになる音楽。


【追記】 2007/8/31

蛇足とは知りながら、マリア・マルダーがどういう人か、Wikipediaから引いておこう。
(長い記事なので一部省略して転載、記事内容の精度は保証しかねる)
わたしは、恥ずかしながらこの人を知らなかった。
長い活動歴のシンガーらしい。

― Wikipedia から ―

マリア・マルダーは、1943年9月12日、ニューヨーク市のグリニッジ・ヴィレッジに生まれた。
出生時の名前は、マリア・グラシア・ロサ・ドメニカ・ダマト。
幼い頃からカントリー・ミュージック、R&Bなど様々な音楽を聴いて育ったマリアは、1960年代にグリニッジ・ヴィレッジがフォーク音楽のメッカとなると、ジャム・セッションなどに参加するようになった。
この頃、本名のマリア・ダマト名義でジョン・セバスチャン、デイヴィッド・グリスマン、ステファン・グロスマンの在籍するイーヴン・ダズン・ジャグ・バンドに参加。
1964年には、バンドのデビュー・アルバムがリリースされるものの、間もなくバンドは解散した。

続いてマリアはマサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を移し、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドに参加する。
ここでジェフ・マルダーと出会い結婚。1968年にバンドは解散するものの、二人は、ジェフ&マリア・マルダーとして活動を続けた。このデュオ名義では2枚のアルバムを発表している。

1972年、ジェフとマリアはデュオを解消し離婚する。
ジェフは、ポール・バターフィールドとベター・デイズを結成。マリアは、ソロの道を歩んだ。
翌1973年、マリアはソロ・デビュー作Maria Muldaurをリリースした。
ここに収録された"Midnight at the Oasis" (「真夜中のオアシス」)は、ビルボードのポップ・チャートの6位という大ヒットを記録し、マリアの代表曲として知られるようになった。
彼女のヴォーカルもさることながら、ギターのエイモス・ギャレットの個性的で自由奔放なプレイは、彼を名手として広く知らしめることとなった。

1974年には、セカンド・アルバムWaitress in a Donut Shopをリリース。・・・(略)

1970年代末まで、リプリーズに在籍したマリアは、1980年代に入ると、インディ・レーベルより2枚のゴスペルのアルバムをリリースする。・・・(略)

1990年代に入ると、マリアはニューオーリンズのブルース、R&B系レーベル、ブラックトップと契約。・・・(略)

1996年のFanning the Flamesを始めとし、テラークからいくつかのアルバムをリリースしている。・・・(略)

2001年、マリアはストーニー・プレインに戻り、アルバムRichland Woman Bluesをリリースする。これは、マリアが敬愛するメンフィス・ミニーら戦前ブルース・アーティスト達をカバーした作品で、ジョン・セバスチャン、タジ・マハール、ボニー・レイットら豪華ゲストを迎えてレコーディングされた。・・・(略)

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