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2007年9月13日 (木)

【読】「悪所」の民俗誌

Okiura_akusyo沖浦和光 『「悪所」の民俗誌』 文春新書
290ページのやや分厚い新書。
半分ほど読んだ。
とても刺激的な内容で、付箋がたくさんついた。
文章力がないので上手に紹介できないのだが、面白いと思った箇所をランダムに書いてみたい。

第一章 わが人生の三つの磁場
沖浦さんの「生存の根っこに横たわる<人生の磁場>」。
(この表現が、ちょっと学者っぽくてカタイ気がするが・・・)
第一は、幼少年期を過した「まだ近世の面影が残っている旧摂津国(現・大阪府北部)の農村」。
その街道筋で昭和初期の民俗(トボトボと街道を旅する遊芸民、遊行者)を見聞した。
第二は、小学校低学年時代に生活した、大阪市南部の釜ヶ崎(日本最大のスラム)。
第三は、青春前期、敗戦直後に上京して住んだ、隅田川の東岸地域。
永井荷風の『濹東奇譚』に出てくる地帯だ。 下町の職人の小さな家に下宿していた。

「悪所」を構成する三条件
江戸時代から「悪所」と呼ばれていた地域には、三つの条件があった、と沖浦さんは言う。
色里・遊里、芝居町、被差別民の集落、の三つ。
大阪では、釜ヶ崎、飛田、天王寺、西浜周辺。
東京なら、浅草、吉原、山谷と深川あたりが渾然一体となったような感じの「社会的トポス(場)」。

<私は今でも高尚を自称する「貴族趣味」や、もったいぶった「ブルジョア気取り」には違和感を感じる。 それはほとんど本能的といってもよい。その逆に、「周縁や辺界」あるいは「底辺や悪所」と呼ばれていたものには、どういうわけか自然にそこへ吸引されていく。 体内で先天的な共鳴感が生じるのだ。> P.15

第二章 「悪所」は「盛り場」の源流
「盛り場」は、江戸期では「栄り場」とも表記されていた。
「盛り場」の原義は、人出で賑わう繁華街だった。
今日の大都市の「盛り場」の源流は、近世初期まで遡ることができる。
浅草、新宿、品川、深川など、大東京の盛り場の大半は、近世の「悪所」を核として形成された。
大阪、京都もほぼ同じ。
東京の銀座のように、維新後の都市計画に基づいて新しく造成された繁華街は、例外。

「阿国歌舞伎」
天正末から慶長初年にかけて、加賀国や出雲国の出身と名乗る「ややこ踊」の座が出てきた。
その中のひとつ、「阿国歌舞伎」が評判になり、「かぶき踊」と呼ばれるようになった。
「かぶき者」に扮した女性が、きらびやかな衣装で登場する「茶屋遊びのまね」が、大人気となった演目。
(まさに、ミュージカル「阿国」の世界だ)

興味ぶかい「註」がある。
<覆面にヘルメット、右手にゲバ棒を持った70年代の全共闘も、この「ばさら」→「かぶき者」の系譜の末裔になる。 いずれ乱世が極まるであろうが、また新しい「ばさら」が現れるか。 ただし、今の「かぶき者」風の若者から、何か新しいものが産まれる気配はまだない。> P.50

もうひとつ面白い「註」が。
<そもそも「役者」は、寺社の祭祀儀礼の際に特定の「役」を持つ者の呼称だった。 それがしだいに例えば能役者のように、芸能をもって祭事に奉仕する者を指すようになった。> P.63

第三章 遊女に潜む霊妙なパワー
いくつかキーワードを。
後白河法皇、『梁塵秘抄』、大江匡房(まさふさ)、『遊女記』、『傀儡子記(かいらいしのき)』。
この後白河院というのが、なかなか魅力的な人物に思える。
もうひとり、後鳥羽院も。

<後白河院は、いろんな意味で、院政史上だけではなく、天皇制の歴の中でも特筆すべき異能の王であった。> P.82
その第一は、政治家としての力量。 平安末期から鎌倉幕府創設期に至る「武者(むさ)の世」の始まりを告げる大激動期に、権謀術数と果敢な行動力で、なんとか未曾有の難局を切り抜けた。
第二は、行真という法名を名乗って、旺盛な政治活動のかたわら、仏道に精進した。
33回とみられる熊野御幸を始め、生涯を通じて深く仏教を信仰した。
第三は、芸能の分野における功績。
院が愛好したのは、貴人にもてはやされていた芸能ではなく、下層の民衆の間で流行した俗謡、「はやりうた」だった。
<院は卑賤の女たちの「声わざ」を心から愛して、ついに『梁塵秘抄』の編纂を決意したのである。> P.84

第四章 「制外者」と呼ばれた遊女と役者
<「制外者」は「にんがい者」とも読まれていた。 その意は「人外」であって、人倫の理に背いていること、儒教的に言えば、人と人とのあるべき社会秩序から外れていることを意味した。> P.124
ここで、浅草弾左衛門が登場する。
この章の節題をあげておく。
 戦国期からの「河原者」の進出
 江戸幕府と近世賤民制
 三都を中心とした近世都市の成立
 都市設計の思想と「遊廓」の位置


第五章 特異な都市空間としての「悪所」
いま読んでいるところ。

この後、
第六章 <悪>の美学と「色道」ルネサンス
第七章 文明開化と芸能興業
 (巻末あたりでは、夏目漱石、永井荷風、徳富蘆花らも登場するようだ)
と続く。

いったんは、途中で投げ出そうかとも思ったが、だんだん面白くなり、はまってしまった。
なかなか人間味あふれる内容なのだ。
ちょっと難しいところもあるけれど。

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