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2007年9月11日 (火)

【読】アイヌ神謡集

昨日、思いがけず、このブログに寄せられたコメントへの応答で、知里幸惠の 『アイヌ神謡集』 について長々と書いてしまった。

Ainu_shinyou 『アイヌ神謡集』 知里幸惠 編訳
 岩波文庫 赤80-1
 1978年8月16日 初版  ※ 以下、「幸惠」を「幸恵」と表記する
私が持っているのは、2004年2月5日の第35刷である。
岩波文庫の分類では「赤」は外国文学。
アイヌ語は外国語なのか?
たしかに、左ページに(幸恵さんによる)アイヌ語のローマ字表記、右ページに幸恵さんの日本語訳、という構成は外国文学の翻訳のようではあるが。

この本については、別のウェブサイト 「晴れときどき曇り」 に、書きたいことを書きつくした気がする。
 「資料蔵」 ― 「アイヌ資料編」
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_ainu.html

ひさしぶりにこの本を開いてみて思ったのは、ローマ字表記のアイヌ語を 「読む」 のが、かなりたいへんだということ。
どうにしかして耳で聞いてみたいと、誰しも思うのではないだろうか。

これもウェブサイトに書いたことだが、とてもいいCDが出ているのだ。
『アイヌ神謡集 をうたう』 中本ムツ子
 草風館 (2003/07)  3枚組、3150円(税込)
このようにアイヌの「神謡」は謡いつがれてきたのか、ということがよくわかる。
なによりもメロディー(節)にのせて謡われるカムイユカラが魅力的だ。
このCDでは、知里幸恵さんのアイヌ語表記で省力されている(と思われる)、「サケヘ」(リフレイン)を付けて謡われている。
「サケヘ」 が、ちょうど「あいのて」のようにリズミカルな効果をもたらすのだ。

たとえば、有名な 『梟の神の自ら歌った謡 「銀の滴降る降るまわりに」』 は、下のように謡われている。
改行は、知里幸恵 『アイヌ神謡集』 のテキストのまま。
丸括弧内に補ったのが、幸恵さんが表記を省略したと思われる「サケヘ」(リフレイン)。

Kamuichikap kamui yaieyukara,
 "Shirokanipe ranran pishkan"

"Shirokanipe ranran pishkan, konkanipe
ranran pishkan." arian repko (pishkan) chiki kane (pishkan)
petesoro (pishkan) sapash aine (pishkan), ainukotan (pishkan) enkashike (pishkan) ・・・

『アイヌ神謡集』 のローマ字テキストを注意ぶかく読むとわかるが、ほんらい「サケヘ」が入るべき部分は、やや幅広く空白がとられている。 その部分に「サケヘ」を入れると、上のようになるはずだ。
私が思うに、幸恵さんにとって 「サケヘ」 が入ることはあたりまえすぎたので、あえて書かなかったのではないだろうか。

【知里幸恵 日本語訳】
「銀の滴降る降るまわりに, 金の滴
降る降るまわりに.」 という歌を私は歌いながら
流れに沿って下り, 人間の村の上を ・・・

幸恵さんの日本語訳もみごとに詩的ではあるが、やはり、アイヌ語ほんらいの響きやリズムを体験したいという向きに、このCDをおすすめしたい。

いい画像がないので(スキャニングすればいいのだが、今夜はその時間がない)、私のウェブサイトに載せている画像をここに掲載しておこう。
このCDの内容に対応する形の解説本も出ている。
著者の片山氏は、上のCDの「謡い」を復元した人で、アイヌ語に関する著作もある。
『アイヌ神謡集 を読みとく』 片山龍峯 著 草風館 2003年 2800円(税別)

 草風館 http://www.sofukan.co.jp/index.html

Ainu_shinyou_utauAinu_shinyou_yomitoku【2007.9.12追記】
(画像をすべてきれいなものに差し替えた)
このCDには、イントロ及びエンディング曲として、浜田隆史氏(ギター)、黒川和弘氏(バス)、黒川かほる氏(フィドル)の三人の演奏による 「シーベグ・シーモア」という曲が使われている。 素朴な味の、いい演奏だ。
浜田隆史氏は、『アイヌ神謡集 をよみとく』 の編集にも深くかかわられた方である。
浜田隆史/オタルナイ・レコード
http://www.geocities.jp/otarunay/index.html

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コメント

片山龍峯さんは2004年に残念ながら亡くなってしまいましたが、「アイヌ神謡集」のカムイユカラとしての復活は、歴史に残る素晴らしい成果だったと思います。
私はこのプロジェクトのうち解説本を手伝ったということもあり、こちらでご紹介に預かっていることをうれしく思います。

投稿: 浜田隆史 | 2007年9月12日 (水) 20時17分

>浜田隆史さん
ごていねいに、コメント、ありがとうございます。
片山さん、亡くなったんですね。知りませんでした。
『「アイヌ神謡集」をうたう』には、浜田さんが演奏された「シーペグ・シーモア」という素敵な曲が使われていますね。
あのCDにぴったりのオープニング&エンディング音楽だと思います。

投稿: やまおじさん | 2007年9月12日 (水) 20時34分

浜田さんのHP、興味深く拝見しました。

投稿: 玄柊 | 2007年9月13日 (木) 15時35分

>玄柊さん
たくさんのコメント、ありがとう。
浜田隆史さんは、小樽で音楽活動をされながら、アイヌ新聞にもかかわっていらっしゃる方です。
『アイヌ神謡集』のCDに収録されている音楽を聴き、元のアルバム『海猫飛翔曲』を私は手に入れました。
「シーベグ・シーモア」はいい曲です。

ターロック・オキャロラン (Turlough O'Carolan, 1670年 - 1738年3月25日)
アイルランドの伝説的な盲目のハープ奏者にして作曲家である。今日知られているだけで200を超える曲を遺し、アイルランドに於て「国民的作曲家」「アイルランド最後の吟遊詩人」と称せられている。彼の哀愁を誘う作風は、広くかの国民に愛され、今もなお多くの人に弾き継がれている。

シーベグ・シーモア (Sheebeg and Sheemore)
処女作として有名。「小さな妖精(の丘)と大きな妖精(の丘)」という意味。アイルランド語の発音では「シーヴェグ・シーウォア」。最初に訪れたレイトリム州のジョージ・レイノルズという貴族は、彼の演奏の拙さを、「指より舌を使った方がよいものが出来るだろう」と指摘し、二つの妖精の軍隊の戦争に関する地元の伝説を聞かせ、作曲の才能を試したという。彼は、出来上がったこの曲を大層気に入り、もっと作曲の才能を伸ばすように助言し、励ましたと伝えられている。このこともあって、カロランは生涯曲を作り続けることになった。
(Wikipediia)

投稿: やまおじさん | 2007年9月13日 (木) 21時15分

アイルランドは一度行ったことがあり、関心深い国ですが、オキャロランのことは知りませんでした。ケルトと呼ばれる人々の音楽はいいですね。

投稿: 玄柊 | 2007年9月14日 (金) 08時26分

わたしもアイルランドの音楽が好きです。
この曲の作者については、玄柊さん同様、知りませんでした。

投稿: やまおじさん | 2007年9月15日 (土) 21時44分

玄柊さんの銀のしずくから、こちらへ来ましたが、去年も読ませていただいていました。
浜田さんは小樽の方なのですね。

私は、「アイヌ神謡集」から、ライア奏者の木村弓さんが「銀のしずく」を選んで歌い、CDのタイトルにしておられることに、とても興味をもちました。
メビウスの輪の繋がりを思います。
トンコリに触ってみたいとおっしゃるお気持ち、よく分かります。
私はこの前やっとライアの演奏を生で聴き、弦をつま弾かせてもらいましたから。
きっとやまおじさんもトンコリの生の演奏をお聴きになり、触る時がくるでしょう。愉しみですね。

投稿: モネ | 2008年6月16日 (月) 22時41分

>モネさん
古い記事にコメントを寄せてくださって、ありがとうございます。
ライアという楽器は知りませんでした。
機会があれば聴いてみたいと思います。

知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』、まだでしたらぜひお読みになることをお薦めします。

投稿: やまおじさん | 2008年6月17日 (火) 21時14分

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