« 【楽】【読】夢見昼顔 | トップページ | 【読】アイヌ神謡集 »

2007年9月 9日 (日)

【楽】【歩】暑い午後の音楽

P9090003P9090006_2ムクゲの花 (左)
トチの実 (右)  2007.9.9 午後
ムクゲの花は一日でしぼんで枯れてしまう。
つぼみがたくさんついていた。
トチの実、今年は少ない。
このあいだの颱風で、たくさん落ちてしまったのか。

きょうも朝から残暑。 レコードと本の整理をしていた。
本が8冊もだぶっていた。 文庫本と新書ばかり。
たぶん、BOOK OFFでよく考えずに衝動買いしたものだろう。
柳田国男 『遠野物語・山の人生』 (岩波文庫)
船戸与一 『流沙の塔(上)』 (新潮文庫)
司馬遼太郎 『街道をゆく 6』 『同 41』 (朝日文庫)
夢枕獏・佐藤秀明(写真) 『西蔵回廊』 (光文社知恵の森文庫)
阿部謹也 『物語 ドイツの歴史』 (中公新書)
中沢新一 『僕の叔父さん 網野善彦』 (集英社新書)
五木寛之 『蓮如』 (岩波新書)
書き並べてみてもしょうがないが・・・。 いやはや、あきれてしまう。

レコードは、さすがに「だぶり」がなかった。
ビニールの外袋がどれも、ぼろぼろになっていたので、ほぼ総とっかえ。
DISK UNION で買ってきた100枚入り×2セットを全部使っても足りなかった。

なかば忘れていたアルバムも何枚かあった。
そんな懐かしいレコードを聴いてみた。

Amtrak_bluesALBERTA HUNTER アルバータ・ハンター
『AMTRAK BLUES』
 CBS/SONY 1980年 25AP 1914
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000025IC
ごきげんなブルーズ。 こころがやすまる。
どんなきっかけで買ったのか憶えていないが、なかなか興味ぶかい、数奇な人生をおくった女性なのだ。
こんな伝記が出ているらしい。
『人生を三度生きた女―"魂のブルース"アルバータ・ハンターの生涯』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480872280
<12歳から歌い始め、スターダムのトップに登りつめた後、60歳で看護婦に転身。82歳で退職後再び舞台にカムバック、"アメリカの国宝"と絶賛されたブルースシンガー、アルバータ・ハンター。勇気と励ましに満ちた生涯の記録>

YupanquiATHAUALPA YUPANQUI ユパンキ
『巨匠 アタワルパ・ユパンキ傑作大全集 第一巻』
 東芝EMI EOS-60031
なぜか第一巻しか持っていない。
今となっては、全五巻を買っておかなかったことが悔やまれる。
アルゼンチンの大草原にいるような気分になって、暑さも忘れる。

アタウアルパ・ユパンキ 1908-1992
アルゼンチンの歌手兼ギタリストおよび作詞・作曲家で、フォルクローレ界の最高峰。
1908年1月30日ブエノスアイレス州カンポ・デ・ラ・クルスの生まれ。 父はインディオの血をひき、母はスペインのバスク系。 本名はエクトル・ロベルト・チャペロ。
6歳の時ヴァイオリンの手ほどきを受け、ついでギターをバウティスタ・アルミロンに学ぶ。
9歳の時、一家はトゥクマンに移住し、以降ここが第二の故郷となった。
16歳のころから各地を放浪、牛追い、きこり、製パン所の小僧、新聞記者などの職を転々とし、その間、郷土音楽の形を使って農民の心を歌に作った。
1929年、「インディオの道」を発表して有名になり、'35年からレコードを録音。
'37年にはコルドバ州民謡祭のリーダーをつとめ、'41年にはトゥクマン州の文学賞を受け、'50年にはヨーロッパへ渡って演奏および講演を行なうなど、アルゼンチンを代表する民族音楽家として活躍。
1964年以降たびたび来日。
― 誠文堂新光社刊 『世界の名曲とレコード ラテン・フォルクローレ・タンゴ』 1977年 から ―

ユパンキについてネットで調べていたら、興味ぶかいサイトがあった。
「南米の風の色」
http://moscar.hp.infoseek.co.jp/
アタワルパ・ユパンキ
http://moscar.hp.infoseek.co.jp/yupanki-soza.htm

|

« 【楽】【読】夢見昼顔 | トップページ | 【読】アイヌ神謡集 »

【楽】音楽日誌」カテゴリの記事

こんな音楽を聴いた」カテゴリの記事

小平界隈」カテゴリの記事

【歩】散歩日誌」カテゴリの記事

コメント

本がだぶっているのは、自分だけではない・・ホッとしますね。でも、文庫本や新書だけではなくハードカバーの時はショックですね。
アルバータ・ハンターは知らない人でした。

投稿: 玄柊 | 2007年9月 9日 (日) 19時11分

>玄柊さん
玄柊さのところは、あれだけ本があれば単行本でもだぶるでしょう。
私は玄柊さんほどたくさんの本はありませんが、本の山を整理してみてわかったのは、読んでいない本が大半だったことです・・・。

投稿: やまおじさん | 2007年9月 9日 (日) 19時27分

ご無沙汰しております。玄柊さんのところから飛んできたのですが、知里幸恵さんという方はどういう方なのですか。何故金田一京助先生のところに寄留なさったのですか。
突然ですみません。教えてください。

投稿: モネ | 2007年9月10日 (月) 19時21分

>モネさん
コメント、ありがとうございます。
詳しくは、私のサイト「晴れときどき曇りのち温泉」もご覧ください。
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_ainu3.html
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_ainu4.html

知里幸恵さんは、1903年(明治36)登別に生まれ、1909年、旭川にいた母方の伯母 金成マツに預けられ、旭川の学校に通っていました。そこには、祖母のモナシノウクも同居し、祖母や伯母からアイヌの伝承叙事詩「ユカラ(英雄叙事詩)」や「カムイユカラ(神謡=神のユカラ)」を日々の暮らしのなかで教わりました。
金田一京助は、アイヌのユカラを研究していて、金成マツを訪ねました(ジョン・バチェラーの紹介)。それが1918年(大正7)のことでした。

知里幸恵は、金田一博士にその才能を見い出され、文通の末、東京に呼ばれて、アイヌ神謡(カムイユカラ)を文字(ローマ字と日本語)で残すことを勧められたのです。
幸恵さんは、家の外では日本語、家ではアイヌ語と、いわばバイリンガルの環境で育った人でした。
学校の成績も優秀でした。
金田一博士は、そんな幸恵さんの才能を一目で見抜いたのです。

その果実が『アイヌ神謡集』という本です。
幸恵さんは、この本の出版を見ることなく、金田一宅で1922年(大正11)9月18日、心臓麻痺のため急逝しました。まだ19歳でした。

幸恵さんには二人の弟がいましたが、末弟の知里真志保は金田一博士の援助もあって東大にすすみ、後にアイヌ語・アイヌ文学の研究者になりました。
・・・以上、不正確なところもありますが、こういうことです。

幸恵さんの『アイヌ神謡集』は岩波文庫で手に入りますので、ぜひ読んでみてください。
ご存知かもしれませんが、アイヌ民族(民族というのが妥当かどうかわかりませんが)は文字を持たなかったので、口承でユカラを伝えてきました。
ただ、日本国のアイヌ同化政策によって、そのアイヌ語すら奪われ(日本語や日本風の暮らしを強いられ)、いまではユカラの伝統も途絶えようとしているようです。

長く「ユーカラ」と呼ばれていましたが、アイヌ語の発音に近いのは「ユカラ」(ラも日本語のラと違い、yukarと表記するのがいちばん近いようです)、私も「ユカラ」と書いています。蛇足ですが。

投稿: やまおじさん | 2007年9月10日 (月) 21時25分

ご丁寧な説明をありがとうございました。とてもよく分かりました。やまおじさんはアイヌ文化に興味をもっておられるのですね。私は「コタンの口笛」を中学の時読んで、アイヌの人たちの悲しい歴史を知りました。金田一さんとの出会いで、ユカラが文字として残ったことは、幸いでした。『アイヌ神謡集』読んでみます。
感謝です。

投稿: モネ | 2007年9月10日 (月) 22時37分

今日、偶然にも石川啄木の明治40年の日記を書にしたものを私のHPに掲載しました。石川啄木と金田一京助は、切っても切れない親友で、啄木は金田一の好意に甘え続けた関係でした。
そして、金田一と知里幸恵が出会い、知里幸恵は小熊と面識はなかったにせよ、たった2才違いで、同じ時期に旭川と東京にいた。小熊には長編「飛ぶ橇」「愛奴(アイヌ)憐愍}という2作で、アイヌ民族への共感を描いています。

投稿: 玄柊 | 2007年9月10日 (月) 23時31分

 あ、ダブっている中に欲しい本が・・・・

投稿: 麻生れい | 2007年9月11日 (火) 05時05分

>れいさん
ごぶさたしています。

>あ、ダブっている中に欲しい本が・・・・
古本屋に持っていっても値段がつきそうもないので、とりあえず手元においておきます。

投稿: やまおじさん | 2007年9月11日 (火) 05時25分

>モネさん
『コタンの口笛』私は読んでいませんが・・・
『アイヌ神謡集』はいまや立派な古典といえると思います。
ぜひ読んでみてください。

>玄柊さん
藤本英夫さんの『金田一京助』という本(新潮社)を読んだことがあります。
そこに、啄木夫妻との交流が書かれていて、啄木という人の生々しい姿を垣間見ました。

投稿: やまおじさん | 2007年9月11日 (火) 05時50分

懐かしいタイトルです…… 『コタンの口笛』 何十年も前に読んだことだけは憶えています 内容はとうに忘れています わたしが小学生のとき初めて自分で買った本です なぜその本を買ったのかはいまとなってはわかりませんが 箱入りのその本を冨貴堂でみたことは記憶にあります いま調べてみるとそれは『コタンの口笛 第二部 光の歌』でした 第二部を先に読んだようです


タイトルと責任表示: コタンの口笛 / 石森延男∥著 ; 鈴木義治∥絵 * コタン ノ クチブエ
巻次等: 2
各巻タイトルと責任表示: 光の歌 * ヒカリ ノ ウタ
出版事項: 東京 : 東都書房, 昭和37
形態事項: 291p ; 19cm
著者: 石森∥延男(1897-1987) * イシモリ,ノブオ(1897-1987)
著者: 鈴木∥義治(1913-2002) * スズキ,ヨシハル(1913-2002)
対象利用者コード: 児童書一般
テキストの言語: 日本語
出版国: 日本国
http://www.kodomo.go.jp/resource/search/index.html より


Q「コタンの口笛」をまた読みたい
 小学校高学年のころ読んだ、「コタンの口笛(くちぶえ)」をまた読みたいです。主人公はユタカという少年で、アイヌの人々の物語でした。(大分県・瓜生昭二 62)
A 石森延男(のぶお)の『コタンの口笛』は、アイヌの方たちへの差別を描いたもので、当時はかなり売れた本です。今でも図書館に頼めばあなたがお読みになった本を見つけてもらえると思いますし、古本屋さんでもよく見かけます。偕成社文庫で第一部「あらしの歌」の上下巻などは出ていますので、本屋さんに注文すれば買うことができます。
赤木かん子(児童文学評論家)
(2007年2月28日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/book/kodomo/tantei/20070227bk0d.htm より

ついでにかつて編集者として本をつくった赤木かん子の新刊の宣伝を 図書館にいずれ入ると思いますので 借りて読んでみてください 入らなければリクエストしてください

図書館へいこう! 1 図書館って、どんなところなの? 赤木かん子/すがわらけいこ /ポプラ社 2007/07出版 32p 31cm ISBN:9784591096512 \1,575(税込)

図書館へいこう! 2 本って、どうやって探したらいいの? 赤木かん子/すがわらけいこ /ポプラ社 2007/08出版 32p 31cm ISBN:9784591096529 \1,575(税込)

図書館へいこう! 3 テ-マって…どうやってきめるの? 赤木かん子/すがわらけいこ /ポプラ社 2007/08出版 32p 31cm ISBN:9784591096536 \1,575(税込)

投稿: uji-t父 | 2007年9月12日 (水) 09時21分

>uji-t父さん
ごぶさたしています。
いつも詳細な情報、ありがとう。
お元気ですか?

投稿: やまおじさん | 2007年9月12日 (水) 20時29分

国際こども図書館というのは、国立国会図書館に隣接しているのでしょうか。
児童書、絵本に興味のあるわたくしとしては、素敵な情報でした。でも、訪問することは地理的に無理ですが。。「図書館へいこう!」も気になっていた本でした。
お知らせ、ありがとうございました。

投稿: モネ | 2007年9月12日 (水) 21時30分

国際こども図書館は上野公園にあります 芸大に隣接し 東京国立博物館の裏手にあたります
http://www.kodomo.go.jp/index.jsp

前身は国立国会図書館支部上野図書館(その前は帝国図書館)です 『旧帝国図書館建築100周年記念サイト』もありますのでごらんになってください
http://www.kodomo.go.jp/100th/index.html 

投稿: uji-t父 | 2007年9月13日 (木) 05時12分

「コタンの口笛」は映画もあって、小学校の時に見ました。原作も懐かしいです。アイヌの人々をどのように描いたものが確認したいと思います。石森さんの人生も調べてみます。

投稿: 玄柊 | 2007年9月13日 (木) 05時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 【楽】【読】夢見昼顔 | トップページ | 【読】アイヌ神謡集 »