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2007年10月の43件の記事

2007年10月31日 (水)

【遊】八ヶ岳チーズケーキ工房

ふーう。
今月(10月)は、毎日欠かさずブログを書こうと決めていたが、なんとか今日で達成できてほっとしている。
それにしても、つくづくネタに困ったなぁ。

さて、日曜日のバスツアーのはなしがまだ続く。
事前にもらっていたツアーの案内には、「八ヶ岳チーズ工房」 とあって、ネット検索したのだが、あまりヒットしなかった。
実際に訪れてみて、わかった。

お菓子の里 信州苑 グループ
 「八ヶ岳チーズケーキ工房」
山梨県北杜市小淵沢町井詰原2980

どのあたりなのか、ツアーバスに乗せてもらって気がついたら到着していたので、よくわからないが、編笠山 (標高2524メートル) の麓であることだけは確かだ。
下の写真に写っている山頂が丸い形のなだらかな山が、編笠山。
(看板塔の陰に半分かくれている)

須藤もんさんの 「私の部屋」 (アルバム 『かえろう』 収録) にも歌われているので、知っている人は知っているだろう。 なんのこっちゃ。

Sudomon1 ♪ 暗い 暗い 山のうえに
  まるい まるい 月がのぼる
  笠のように まるい山の
  うえに まるい 月がみえる ♪
   (須藤もん 作詞/作曲 「私の部屋」)





この「チーズケーキ工房」は、期待したほどのものではなかった。
ドライブインに、チーズやチーズケーキの売店がくっついたような感じ。
雑然としているのだ。
ツアーバスがたくさん停まって、お昼をとる団体客(我々もその一部だったが)で、ごったがえしていた。

でも、ここで買ったレア・チーズケーキは、さすがにおいしかったな。

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2007年10月30日 (火)

【遊】甲斐駒ヶ岳

日曜日のバスツアーで、雪をかぶった山々の姿を堪能した。
中央道の笹子トンネルを抜けて勝沼に出ると、甲府盆地のむこうに南アルプス連峰の姿が大きく見えた。
残念なことに、高速道路を走るバスの車窓から写真に撮ることはできなかった。

右手には、秩父の山々。
その後、茅ヶ岳や八ヶ岳も前方に見えてきたが、やはりバスの中から撮ることはできなかった。
かえすがえすも残念である。

バスを降りて撮ることのできたのが、甲斐駒ヶ岳。
この山にはたくさんの思いでがある。
正月の積雪期を含めて、何度も登った山。

写真は上から順に、車窓からなんとか撮影できた甲斐駒ヶ岳、鳳凰三山、清春芸術村から見た甲斐駒ヶ岳。
花崗岩の山なので雪は付かないが、かなりたくさんの積雪があったように見える。
標高3000メートルに満たないのだが、まるでヒマラヤの高峰のような岩壁だ。

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2007年10月29日 (月)

【遊】八ヶ岳山麓の秋

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【2007.10.30追記】
山の写真は、左上から順に
 ・なつかしい編笠山 (八ヶ岳最南端の山)
 ・茅ヶ岳 (深田久弥氏終焉の地)
 ・富士山 (立ち寄ったりんご園から)
 ・八ヶ岳連峰 (左から、権現岳、阿弥陀岳、中岳、赤岳)

八ヶ岳連峰の姿はバスの窓からよく見えていたが、動いている車の中からはついに撮れなかった。
バスから降りていざ写真に撮ろうとすると、このように地上の建造物がじゃまをして・・・電線やホテルのカンバンが・・・嗚呼!

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2007年10月28日 (日)

【遊】清春芸術村

天気がよくて、いいバスツアーだった。
「清春芸術村」 は、山梨県北杜市長坂町にある。
広々として気持のいいところだった。

清春芸術村
http://www.kiyoharu-art.com/

芸術村にある 「清春白樺美術館」 は、武者小路実篤、志賀直哉らが建設しようとしてその夢を果せなかった幻の美術館だったのを、彼らと個人的にも親交のあった吉井長三氏が開設したもの。
(財団法人 清春白樺美術館 案内パンフレット)
ルオーや岸田劉生、梅原龍三郎、中川一政らの絵画、白樺派同人の書画、原稿などが展示されていた。
また、芸術村の広い敷地には、ルオーを記念して建てられた礼拝堂、梅原龍三郎のアトリエ、「ラ・リーシュ」という大きなアトリエの建物などが配置されていた。

今日は、南アルプス、富士山、八ヶ岳、すべてくっきりと見えた。
南アルプス(甲斐駒ヶ岳、鳳凰三山、北岳、間ノ岳、農鳥岳)と、八ヶ岳の赤岳以北は、雪をかぶって真っ白だった。

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2007年10月27日 (土)

【楽】ブラート・オクジャワ

「五木寛之が好きらしいから・・・」 と言って、友人が貸してくれたレコード。
ブラート・オクジャワの名前は知っていたけれど、一度も聴いたことがなかった。
五木寛之が熱く語っていたことは、もちろん知っていた。

少しずつ聴きはじめて感じたのは、とても親しみやすい歌だということだ。
ロシア語がまったくわからないので歌詞の内容は解説を見るしかないが、意味がわからなくても言葉の響きは感じとれる。
メロディーが、なにやら懐かしい感じで、いっぺんで好きになった。
もの静かなギターの弾き語りは、私にユパンキを思いおこさせる。

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― 五木寛之 『流されゆく日々(抄)』 (講談社) から ―

  「ボブ・ディランとソ連歌謡界」 流されゆく日々 1978.3.1~3.2
<ボブ・ディランが来日していろいろと話題になっているが、その一方で、ボブ・ディランと同じ時期に登場してきたソ連のシンガー・ソングライターのことも、小生は注目しているわけなんです。
 ボブ・ディランが登場してきた1950年代初頭は、ソビエトや東ヨーロッパではいわゆる「雪どけ」の高揚期にあたり、なにか社会主義国に明るい未来がひらけてきそうな気配があった。
 そういう時期に、ボブ・ディランらの出現と相呼応してソビエトロシアに、吟遊詩人というか、プロテストソング、あるいはシンガー・ソングライターといったものが登場し、そういう存在の一人に、ブラート・オクジャワという歌い手さんがいた。
 歌い手さん、というと語弊があるかもしれない。
 彼は今や、ソ連の有数の詩人として評価されているし、批評、歴史小説などさまざまの分野でも活躍し、シニャフスキーや例のソルジェニーツィンなきあとのソビエト文壇の大きな存在となっている。
 ある日、モスクワに一人のグルジアなまりの男がギター片手に飄然と現われ、とても単調でわかりやすく、しかも叙情的な自作の詩を歌い出した。 そしてその詩はたちまち、ひとの口から口へと伝わって、結婚式などでよく歌われるくらいポピュラーなものになったにもかかわらず、その歌がオクジャワのつくった歌であるとは誰も知らない――。
 これが、ソ連現代詩人の第一人者であるブラート・オクジャワの登場ぶりだった。 (後略)>


今から30年近く前に、五木寛之が語った言葉である。
「とても単調でわかりやすく、しかも叙情的」 という表現は、このオクジャワの音楽をよく言いあらわしていると思う。
もっと暗い音楽かと思っていたが、そんなことはないのだった。
静かに聴き入っていると、心がうるおってくる、そんな音楽だ。

ところで、まったく突拍子もないハナシだが、オクジャワの歌のメロディーラインが、中島みゆきの初期のある歌にそっくりなことに気づいた。
中島みゆきは、ブラート・オクジャワを聴いたのだろうか。


Amazon 「紙の兵隊」 ブラート・オクジャワ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000565TK

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【読】世界文学全集(池澤夏樹個人編集)

こんな面白そうな全集が出るそうな。

池澤夏樹=個人編集
 世界文学全集 全24巻 河出書房新社
 11月9日刊行開始

詳しいことは、河出書房新社のサイトで。
河出書房新社|特集|「世界文学全集」
http://www.kawade.co.jp/sekaibungaku/

<世界はこんなに広いし、人間の思いはこんなに遠くまで飛翔する。
 それを体験してほしい。 ――池澤夏樹>

昨日の新聞(朝日新聞朝刊)に、大きく広告が出ていた。
これまでの古典中心の文学全集とは、ひと味違う。
池澤夏樹さんらしい編集だ。
といっても、私にはなじみの薄い作家ばかりだが。

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【楽】たどりついたらいつも雨ふり

ラジオで懐かしい歌が流れていた。
きょうは、颱風が近づいているせいで雨ふり。

「たどりついたらいつも雨ふり」  作詞・作曲:吉田拓郎
モップスというグループが歌ってヒットしたっけ。
山崎ハコも歌っているのだ。

Hako_amehuri山崎ハコ 「たどりついたらいつも雨ふり」
 作詞・作曲:吉田拓郎/編曲:安田裕美
「夕陽が泣いている」
 作詞・作曲:浜口庫之助/編曲:安田裕美

 97.2.10 ONE UP MUSIC INC. EPDA-40

ダウンロードサイトがあるようだ。
http://www.ongen.net/search_detail_album/album_id/al0000127234/
なるほどね。
CDを買わなくても、ネットでダウンロード購入できるんだ。

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2007年10月26日 (金)

【遊】日曜日の予定

日曜日は、バスツアーでここへ行くらしい。
バスツアーなど、めったに参加したことがないのだが、面白そう。
詳細は帰ってきてから。

清春芸術村
http://www.kiyoharu-art.com/

八ヶ岳チーズ工房 (どうやらここらしい)
http://utsukushimori-farm.blog16.jp/

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【雑】昼休みにみつけた

昼休み、勤め先の近くで。
ケータイのカメラなので写りは悪い。

(左) みごとに紅葉したハナミズキ (会社のビルの裏口にある)
(右) 路地裏で発見したお稲荷さん (ビルの谷間にあった)

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【読】鬼と鹿と宮沢賢治

こんな本を読みはじめた。

Kadoya_kenji『鬼と鹿と宮沢賢治』 門屋光昭
 集英社新書 (0038D) 2000.6.21

蝦夷(えみし)の小説 『火怨』 つながりということもあるし、五木寛之の 『日本人のこころ』 で紹介されていたということもある。
だいぶん前に手に入れていたものだが、ようやく読んでみようという気になった。

宮沢賢治は不思議な魅力を秘めた人物だ。
以前から強い関心をもっていた。
まるで東北の地そのもののような、泥臭い側面に惹かれる。
熱烈な法華経の信者だったことも、ひっかかっていた。
この門屋さんの本では、そのあたりに焦点があてられていてとても興味ぶかい。

― 本書のカバー見返し紹介文 ―
<賢治が生まれ育った岩手県は、民俗芸能の宝庫だ。 鬼剣舞(おにけんばい)や鹿踊り(ししおどり)、チャグチャグ馬コなどの民俗芸能・祭礼行事が今もさかんにおこなわれ、多くの伝説や昔話が語り伝えられている。 それらは、賢治が描いた童話や詩のなかに、いろいろな形で影響をあたえている。 本書は、鹿踊りや隠し念仏、さらに 『遠野物語』 の佐々木喜善との交流など、民俗学の視点から、宮沢賢治の世界を読み解いてみせる。 イーハトーブ(岩手)に生きた天才詩人の、原風景となった風土からの斬新な報告である。>

賢治もまた、蝦夷、さらには縄文人の末裔だった、と思う。


五木寛之の関連書は、これ。
『日本人のこころ 6』 は対談集で、門屋氏との対談も収録されている。

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2007年10月25日 (木)

【読】読了

Takahashi_katushiko_aterui2最後はいっきに読みおえた。
高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫)

ラストが感動的で、朝の通勤電車の中で涙を流してしまった。
ひさしぶりに出会った、読み応えのある小説だった。
巻末、北上次郎の解説の一部を引用しておこう。
(北上次郎は、「本の雑誌社」の目黒孝二のペンネーム)


<(前略) 何度も目頭が熱くなる。 その連続で、息苦しくなる。 血が脈打つ小説とはこのことだ。>
<蝦夷が一度も自ら攻撃をしかけない展開を見られたい。 彼らは自らの暮らしと土地と空を守るために、やむなく立ち上がるだけだ。 勝つことが目的なのではないという戦いも奇妙だが、敵将を殺さないように配慮するのも彼らの置かれた立場を語っている。 だから戦闘も複雑になる。 (略) その複雑な戦いを、人の心を活写しているからこそ、「俺たちはなにも望んでおらぬ。 ただそなたらとおなじ心を持つ者だと示したかっただけだ。 蝦夷は獣にあらず。 鬼でもない。 子や親を愛し、花や風に喜ぶ ――」 と最後に阿弖流為が叫ぶシーンが、読み終えても印象深く残り続ける。> (『火怨』 講談社文庫 下巻 解説)

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2007年10月24日 (水)

【雑】秋のかすかな気配

今朝6時半頃、通勤のバスに乗る前に、ケータイでパチリ。
とうぜん、写りはよくない。

イチョウも、日当たりのいいところは色づき始めた。
ハナミズキは、あちこちで真紅に色づいている。
この時期、あんがい晴天が続くもの。
すこし肌寒いけれど、きもちがいい。

2年前の9月にこのブログを始めた。
その一か月後には、あわただしい引越しもあった。
ずいぶん前のことのような気もするが。

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2007年10月23日 (火)

【雑】十三夜

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じゅうさんや 【十三夜】
陰暦九月十三日の夜。 月をまつり、枝豆や栗を供えることが多いことから豆名月・栗名月、「後(のち)の月」とも呼ばれる。
十五夜・十三夜の一方の月見を欠かすことを片見月といって忌む風習がある。
日本固有の習俗で、かつては秋の収穫祭の一つ。
(三省堂 新明解百科語辞典)

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2007年10月22日 (月)

【楽】【読】【雑】こんなふうに過ぎてゆくのなら

タイトルにこれといった意味はないけれど。
浅川マキの歌に、こんなフレーズがあったっけ。
また一週間が始まり、五日間はツトメに励まなければいけないな。
サラリーマンは気楽なのか、つらいものなのか、よくわからない。
こんなふうに日々が過ぎていくのだ。

Takahashi_katushiko_aterui2高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫)
ようやく下巻に突入。
新聞も読まず、テレビもほとんど見ない。
毎日の通勤途上の楽しみが読書ぐらいしかない、というのはどうなんだろう。

日が短くなってきた。
朝、家を出るときはまだ暗く、勤めの退社時刻にはもう暗くなっている。
朝晩、冷えこむようになった。
秋、そして冬。
こんなふうに過ぎてゆくのなら・・・。


浅川マキ 『DARKNESS III』 EMIミュージック・ジャパン 1997年11月
(「こんな風に過ぎて行くのなら」収録)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GM2G

浅川マキ 『こんな風に過ぎて行くのなら』 石風社 2003年7月発行
(浅川マキ初のエッセイ集)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883440982
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0011005788

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2007年10月21日 (日)

【遊】ハナミズキ(続)

ハナミズキって、いちばんに紅葉する木だったんだ。
市民まつりからの帰り道、団地の中で。

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【遊】市民まつり

Shimin_matsuri第32回 小平市民まつり

広い通りを使って、よさこい踊りやら、神輿や太鼓の練り歩きやら、パレードやら、見物していて退屈しなかった。
「よさこい」 は各地で盛んだが、この町でも小学校などで熱心にやっているらしい。
揃いの衣装が派手で綺麗だ。
「コリアン・スチューデントin小平」 というグループの、韓半島の衣装と踊り、太鼓の演技もよかったな。
神社の多い町なので、神輿や大太鼓も見ものだった。
秋晴れで暑かったけれど、楽しい一日だった。


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2007年10月20日 (土)

【遊】ハナミズキ

平地の紅葉は、これからゆっくりすすんでいくのだろう。
きょう、小金井公園へ行く道すがら、近くの農地でみかけたハナミズキ。
紅葉がはじまって、ナナカマドのような赤い実をつけていた。

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【遊】きょうの散策 小金井公園

秋晴れの一日。
きもちがいいので、自転車で都立小金井公園へ。
コスモスまつりが今日から開催されていた。

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2007年10月19日 (金)

【読】エミシ

だんだん面白くなってきたぞ。
高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫) 上巻の終盤にさしかかった。
8世紀、陸奥(みちのく)の蝦夷(えみし)たちが、ヤマト王朝の大軍と戦う話。
周到な準備をしたうえの大規模な戦いだ。

大伴家持や坂上田村麻呂の名前もでてきた。
この段階では、アテルイは、まだ田村麻呂と戦っていない。
藤原継縄(つぐただ)、大伴益立(ますたち)、紀古佐美(こさみ)らが率いる大軍を、謀略によって退け(西暦780年)、翌年、藤原小黒麻呂(おぐろまろ)を大将とする三万人の大軍を撃退した。
このあたりの戦(いくさ)の様子がじつによく描かれている。

この戦いの後、征東将軍藤原小黒麻呂の後を引き継いで陸奥按察使(あぜち)兼鎮守将軍として派遣されたのが、大伴家持(やかもち)だったという。
歌人として名高い家持だが、陸奥に派遣されたこの人物の七年間にわたる穏健政策によって、いっとき平穏な時代があったという記述は、とても興味ぶかい。

いぜんから東北の蝦夷(えみし)に関心があったが、これまでの断片的な知識がつながってきて、うれしい。
こんな本も持っていたのだが、これまでは読もうという気にならず本棚でねむっていた。
いまなら読めそうだ。
「知ることの楽しみ」 というものもあるのだな。

Kudoh_emishi2Kudoh_emishi1工藤雅樹 『蝦夷の古代史』
 平凡社新書 2001.1.21
工藤雅樹 『古代蝦夷の英雄時代』
 平凡社ライブラリー 2005.10.11

工藤雅樹 1937年 岩手県生まれ
 東北大学文学部史学科卒業
 東北歴史資料館館長
 主著 『古代蝦夷の考古学』『蝦夷と東北古代史』
 『東北考古学・古代史史学史』 など

― 講談社 『日本全史 Japan Chronik』 から ―
古代国家と「蛮夷(ばんい)」
畿内に拠点をおく古代国家は、8世紀の初頭には、北海道と沖縄をのぞく日本列島をほぼその勢力下においたが、東北北部と九州南部には、なお中央とは異なる文化をもち、中央政府に容易にしたがわない人々がいた。 それが蝦夷(えみし)と隼人(はやと)である。 北海道には、やがて一部の地域でオホーツク文化という沿海州・樺太と関係のふかい文化がさかえるが、大半は蝦夷ないし蝦夷と同系統の人々が居住していたと考えられる。

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2007年10月18日 (木)

【雑】秋祭り

秋祭りの季節なのか。
昼休みに、江東区のポスターを町内会の掲示板で見かけた。
そういえば、今住んでいる近くでも、今度の日曜日に大きなお祭りがあるという。
去年は所用で東京を離れていたため見られなかった。
楽しみだ。
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/index.html

ほんとうは、都市のお祭りよりも、青梅のようにちょっと郊外の昔からのお祭りのほうが、風情があって好きなんだけど。
子どもたちの引く山車なんかが、のんびりと練り歩いているようなお祭り。
あの笛太鼓の音色がいいな。

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2007年10月17日 (水)

【読】【雑】さわやかな朝

ひさしぶりにさわやかな朝だった。
いい季節になった。
すこーしずつ、秋の気配がちかづいている、そんな気分の朝。
もったいないのでケイタイで撮ってみた。
案の定、はっきりした写真にならなかったが、せっかくなので。
朝の斜光線があたって、きれいだった。

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朝のスタートはよかったのだけれど、昼休みに勤務先近くの BOOK OFF で買った文庫本には、がっかりした。
家に帰ってから気づいたのだけれど、何ページか隅を折ってあったのだ。
しおり紐がついているのに、こんなことをする人もいるんだなあ。
何か気になることでも書いてあって、目印をつけたのだろうか。
謎である。
(私なら付箋をつけるんだが・・・私の方が異常なのか)

Murakami_uten_enten_3村上春樹 『雨天炎天』 (新潮文庫)
このブログを読んでくれている友人が教えてくれた本。
副題 「ギリシャ・トルコ辺境紀行」 が示すように、旅行記だ。
薄くて安価な文庫本なのだから、新刊で買えばよかったのかも。
本を買うのは控えようと自制していたのだが、また3冊、ネットで新刊を注文してしまった。
いやはや。

どれも、私を強く惹きつける本なのだ。
五木寛之 『21世紀仏教への旅 日本・アメリカ編』 (講談社) 2007.9
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062802066
勢古浩爾 『会社員の父から息子へ』 (ちくま新書) 2007.10
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480063897
山田風太郎 『死言状』 (小学館文庫) 2005.12
  ※山田風太郎のこの本だけ少し古い
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094080619

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2007年10月16日 (火)

【読】時代小説のセリフ

時代小説、歴史小説を読む気がしないのは、登場人物のセリフがうそっぽいから。
おなじ理由でテレビの時代劇(NHKの大河ドラマなど)も、ほとんど見ない。

なぜ、いきなりこんなことを書いたかというと、きのうから読みはじめた小説が、まさにこの典型なのだ。

Takahashi_katushiko_aterui1高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫)
時代は8世紀。
舞台は陸奥(みちのく)。
登場するのは「蝦夷(えみし)」と蔑称された人々。
こんなセリフを吐くのだろうか、と、抵抗があったが、読み進むほど面白くなってきた。
(だから、この小説を貶しているわけではない)

しかし、なあ・・・。

「敵の使者が参ったと聞きましたが?」
「敵とは決まっておらぬ。 伊治(これはる)の鮮麻呂(あざまろ)どのの使いだ。 今の事態では皆が揃って使者の言葉を聞くがよかろう。 それでおまえを呼んだ」

「俺はおまえの胸の中にある蝦夷の心に我が命を賭けた。 おまえはまことの蝦夷となった。 だからこそ俺はこうして皆の前に居る。 それをむざむざと果てさせて、なんの蝦夷の結束ぞ。 親父どの! お考えくだされ。 力ばかりでは強大な朝廷軍には勝てぬ。 槍や刀に負けぬのは蝦夷の心しかござらぬ」  (高橋克彦 『火怨』)

「ござらぬ」 かぁ。 うーん、しらけるなあ。
ならば、どのようなセリフにすればよいのか。
(こっちまでヘンな言葉づかいになってしまう)

これはもう、船戸与一のように思いきって現代風に喋らせるしかないだろう。

「田沼意次も運がない。 そりゃもちろん図に乗り過ぎた。 しかし、失脚のもととなった打毀しは飢饉によるものだ。 凶作だけは人智の及ぶところじゃない」
「わかってないな、忠勝」
「何が?」
「松平定信のすごさを」  (船戸与一 『蝦夷地別件』)

何百年も前の昔の話し言葉は、現代の作者からは想像もつかないのだろう。
話し言葉に関しては記録もないだろうし。
時代小説、時代劇で苦労するのはよくわかるが、あまりにもパターン化されていないだろうか。

などと文句を言いつつ、『火怨』 を読んでいる。
阿弖流為(アテルイ)という青年(今はまだ18歳)が、なかなか魅力的なのだ。
それにしても、ボリュームがあるなあ。
文庫で上下巻各々500ページほど。

この小説を読んでみる気になったきっかけは、以前書いた。
2007年8月31日 (金) 【読】アテルイ
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_0061.html

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2007年10月15日 (月)

【楽】【読】もし僕らのことばが

Murakami_whisky村上春樹 『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
  新潮文庫 2002.11.1 (平凡社 1999.12)

後味のいい本だった。
「ウィスキーの匂いのする小さな旅の本」 と前書きにあるように、モルト・ウィスキーの芳醇な香りがただよってくるような。
それでも著者は、文章にすることの難しさを、こう嘆いている。

<もし僕らのことばがウィスキーであったなら、もちろん、これほど苦労することもなかったはずだ。 僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に放り込む。 それだけですんだはずだ。 とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。>

私は残念なことに、アルコールが一滴も飲めない体質だが、ここに出てくるウィスキーはきっと美味いんだろうな、と思う。
村上陽子さんの写真も、落ち着いたトーンで好感がもてる。
アイルランドってどんなところなんだろう。
この小さな旅の本に描かれているとおりの場所だとしたら、暮らしてみたいと思う。

Celtic_womanアイルランドといえば、ケルト音楽が思いうかぶ。
こんなCDを聴きかえしてみたくなった。
iPodに入れて聴いてみよう。
THE BEST OF CELTIC WOMAN
  オーマガトキ OMAGATOKI OMCX-1110 2003.11.26
http://www.shinseido.co.jp/cgi-bin/WebObjects/Catalog.woa/wa/detail?r=OMCX-1110

OMAGATOKI は「新星堂」のレーベル
http://www.shinseido.co.jp/omagatoki/

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2007年10月14日 (日)

【雑】キーマカレーに挑戦

愛用していたS&B食品の 「スープカレー」 のセットが店に置いていなかったので、代わりに 「キーマカレー」 のセットを買ってみた。
「Spice Festa 手作り用キーマカレー」 という商品だが、S&B食品のサイトではみつからなかった。 (*)

S&B食品
http://www.sbfoods.co.jp/

しかたがないので、使用済みのパッケージ写真なぞ。
内容物を写真に撮っておけばよかった。

Sb_keema_2炒め用スパイス、煮込み用スパイス、ブイヨン、カレールウ、辛味スパイス、香りスパイス、この6点が入っていて、近くの生協で312円(税込み)。
なかなかのスグレモノだった。
材料は、合挽肉、玉ねぎ、トマト、これだけ。
バターで挽肉を炒め、次に、玉ねぎと、皮を湯むきしたトマトのみじん切りを、時間をかけて炒める。
玉ねぎを弱火で20分ほど、キツネ色になるまでゆっくり炒めるところがポイントのようだ。
(玉ねぎは時間をかけて炒めるほど旨みがでるらしい)
あとは、用意されているスパイス類をレシピにしたがって使っていくと、私にもできた。

0710140001バターライスの作り方も出ていたが、いつもの八穀米入りごはんにした。
おいしかったな。
食後は、ようやく出まわってきたりんご(紅玉)を。
酸味のある、なつかしい味わいだった。


キーマカレー(Keema Curry, Qeema Curry)とは、ひき肉を用いて作ったカレー。「キーマ」は、ヒンディー語やウルドゥー語で「細切れ肉、ひき肉」を意味する。 ―Wikipedia―


【追記 2007.10.14】
(*) 見つかった
お届けサイト | 商品詳細 | スパイスフェスタ キーマカレー
http://www.sbotodoke.com/app/catalog/goods?gdsid=08462

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【楽】スイングしなけりゃ意味がない

友人が何枚かレコードを貸してくれた。
その中のなつかしい一枚。
友人宅で聴きながら、二人で 「これ、いいよね」 と。

Annie_ross『アニー・ロスは歌う
 /アニー・ロス=ジェリー・マリガン』

 1978年 キングレコード  1958年2月/9月 録音
ANNIE ROSS SINGS A SONG WITH MULLIGAN
Annie Ross (vocal) / Gerry Mulligan (baritone) / Chet Baker (trumpet) / Art Farmer (trumpet) / Henry Grimes (bass) / Bill Crow (bass) / Dave Bailey (drums)
アニー・ロスは、有名な 「ランバート、ヘンドリックス&ロス」 の一員。
なかなかいい歌声なのだ。

バックは、ピアノのない2管編成のジェリー・マリガン・カルテット。
(トランペットとベースは、録音日によって2通り)
このバック演奏が、また、ごきげん。
マリガンのバリトン・サックスがいいし、チェエト・ベーカーのトランペットも、いい。

こんな曲目。
アイ・フィール・プリティ / ハウ・アバウト・ユー / あなたの顔に馴れてきた / 夢みる時 / レット・ゼア・ビー・ラヴ / オール・オブ・ユー / 気楽に暮して / ジス・イズ・オールウェイズ / 救ってほしいこの気持 / スイングがなければ意味がない

A面一曲目から、おなじみのナンバー。
「ウェスト・サイド物語」 の I feel pretty だが、アップ・テンポの演奏にぐっと惹きつけられる。
B面の 「救ってほしいこの気持」 (Between the devil and the deep blue sea) という歌が好きだ。
「絶対絶命」 という邦題でも知られるこの歌、Blossom Dearie の歌や、Hampton Hawes のピアノで、よく聴いている。
「スイングしなけりゃ意味がない」 (It don't mean a thing, If it ain't got that swing) は、言わずと知れたデューク・エリントンの名曲。
というわけで、このブログ記事のタイトルにしてみた。

そういえば美形女性シンガーのレコードがあったな、と、思いだして引っぱりだしたのが、この人のLP。
ビヴァリー・ケニー  BEVERLY KENNEY
ジャケット写真を見ているだけで、ドギマギしてしまうほどの別嬪。
彼女の歌も、いいよ。

(左から)
Beverly Kenney Sings With Jimmy Jones and "The BASIE-ITES"
Come Swing With Me (Beverly Kenney and The Ralph Burns Orchestra)
Beverly Kenney Sings For Johnny Smith

Beverly_kenney1Beverly_kenney3Beverly_kenney2

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2007年10月13日 (土)

【楽】須藤もんさん 最新ライブ情報


11月、須藤もんさんのライブ予定です。

どちらも、JR中央線の駅近くのお店。
ぜひ、お越しください。



■11/11(日) 阿佐ヶ谷 「あるぽらん」■


 JR中央線 阿佐ヶ谷駅北口 徒歩2分
 杉並区阿佐ヶ谷北2-11-2 
 阿佐ヶ谷駅北口「スポーツジムTOA」の通りを西へ
 TEL 03-3330-8341

 「いそもんライブ」
  出演  五十一(from大阪) 須藤もん
  17:00 開場 17:30 開演
  2,500円(前売/予約)/2,800円(当日)1ドリンク付

 あるぽらん http://homepage3.nifty.com/aruporan/

■11/25(日) 三鷹 「バイユーゲイト」■

 JR中央線三鷹駅北口 徒歩2分
 武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号 
 TEL 0422-55-5782

 「秋の中央線 三鷹でポン」 ~晩秋歌宴~
  出演 須藤もん with 対馬照
  SPECIAL GUEST ジミー矢島
  オープニングアクト 秋山さんと玉井くん
  19:00 開場 19:30 開演
  1,500円 ドリンク別

 バイユーゲイト http://bayougate.voxx.jp/


須藤もん 公式サイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/

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【雑】何もなかった一日

何もなかった・・・わけでもないが。
午前中は、所用で外出。
いったん家に戻ってから、近くの図書館へ行ったら臨時休館。
システムのメンテ、蔵書の整理、ということらしく、一週間ほどお休み。
図書館のネット・サイトもつながらず、予約もできない。
がっかり。

あらためて車で立川の百貨店へ。
靴を一足買う。
たまたま、店頭で靴の手入れの実演をしていた。
いかがですか、と言われ、買った靴をその場でメンテナンスしてもらった。
買ったばかりの靴でも、最初に手入れをすることが重要だそうだ。

クリームの上塗りはよくなくて、まず、よく汚れを落とすこと。
ブラッシングで埃をていねいに落としてから、汚れ落し専用液を使う。
(この洗浄液がすぐれもの)
次に、薄いクリームをまんべんなくすり込む。
最後に、ブラッシングでつやを出す。

難しいことではないが、なるほどな、と、思う。
実演してもらって、よくわかった。
ついでに、履いていた靴もきれいにしてくれた。
みちがえるほど綺麗になった。
クリーニング用品(汚れ落し液とクリーム)を、その場で購入。


靴手入れ(革靴のお手入れ 用品)  株式会社 R&D
http://www.randd.co.jp/


あたりまえのことだが、皮靴は動物の皮でつくられている。
皮革は生きている、ということに今さらながら気づく。
手入れして、たいせつに履かなくちゃなぁ。


★靴とバッグの情報サイト/シューズ・バッグ探偵局
http://shoebag.jp/index.html

靴の手入れ
http://shoebag.jp/library/teire.html

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2007年10月12日 (金)

【読】軽~いエッセイ

Murakami_asahido村上春樹 『村上朝日堂』 (新潮文庫)
読みやすくて(一回分が見開き2ページの連載エッセイ)、いいな。
内容もカンタンでわかりやすいし。
ひまつぶし、と言っちゃ悪いが、こういう読み物は好きだ。
年代的にも、ほぼ同世代(村上氏の方がちょっとだけ先輩)。
青春期に同じ時代の空気を吸っていたので、藤圭子の話なんか面白かった。
(僕の出会った有名人(2)藤圭子さん)

<あとがきといっても、書きたいことは本文の方であらかた書いちゃったもので、とくにあらためてどうのこうのというほどのこともない。 しかしまあとにかく、これは僕にとってのはじめての雑文集のようなものであって、本文中にもあるように、「日刊アルバイトニュース」 に一年九ヵ月にわたって連載したコラムを修正したものです。> (あとがき)

「日刊アルバイトニュース」 かぁ。
そういえば、あったな。
それほどお世話にならなかったけど。

ところで、「村上朝日堂」 の 「朝日堂」 って何?
・・・などと書いていたら、こんなサイトが。

村上朝日堂 (現在は「無期限更新休止」)
http://opendoors.asahi.com/asahido/

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2007年10月11日 (木)

【読】ノモンハンの話(続)

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社) の中の 「ノモンハンの鉄の墓場」 にふれて、もう少し。

Murakami_haruki2この旅行記では、ノモンハンでの戦い(1939年5月)について、多くの記述がさかれている。
日本では「ノモンハン事件」と呼ばれてきた。
正式な戦線布告のない戦いだったせいだが、村上春樹は「ノモンハン戦争」と言っている。
モンゴル側の呼び方は 「ハルハ河戦争」。

戦場の跡や日本の関東軍の要塞跡などを、人民解放軍やモンゴル軍の宿舎に泊めてもらいながら現地の軍人の案内でまわっているのだが、広大な草原をジープで延々と走る。
このクルマ(ロシア製の軍用ジープ)がおもしろい。

<しかし現地の人々は日常の足として日本製のスマートな四輪駆動車よりは、むしろこういう単純で無骨な車を好むようだ。 (中略) 自分では手の施しようのないブラックボックスみたいなものがまったくないし、すべては剥き出しだから、もしどこかが故障しても自分の手で簡単に直せるし、ガソリンやらオイルやらラジエーター液やらにあれこれ贅沢をいわない。 その辺にあるものを何でもいいから――小便でも焼酎でも――とりあえず入れておけば目的地までは走るというタイプの車である。>

そんな車に乗せられて、まるで 「全自動洗濯機に入れられたような」 気分で戦場の跡を見てまわる。
その途上、草原の真ん中に一匹の狼をみつける。

<モンゴル人は狼をみつけると、必ず殺す。 ほとんど条件反射的に殺す。 遊牧民である彼らにとって、狼というのは見かければその場で殺すしかない動物なのだ。>

同行した中尉は、座席の下から慣れた手つきでAK47自動小銃を取りだし、一つ目のマガジンを使いきってもなお車の中から狼を撃ち続け、ついに追い詰めてしまう。
最後に狼が殺されてしまうところの描写がとても印象的だ。

<チョグマントラは運転手にジープを停めさせ、ライフルの銃身をドアに固定し、照準を狼にあわせる。 彼は急がない。 狼がもうどこにも行かないことを彼は知っている。 そのあいだ狼は不思議なくらい澄んだ目で僕らを見ている。 狼は銃口を見つめ、僕らを見つめ、また銃口を見つめる。 いろんな強烈な感情がひとつに混じりあった目だ。 恐怖と、絶望と、混乱と、困惑と、あきらめと、……それから僕にはよくわからない何か。>

Murakami_henkyou_photo写真篇もあわせて読んでいる。
『辺境・近境 写真篇』 (松村映三 写真/村上春樹 文) 新潮文庫
このカメラマンが、なかなかおもしろい人物。
彼の撮った、殺された狼の写真は、もの悲しい。
一枚の写真のチカラを感じる。

二冊をあわせ読むと、ずっしりと響いてくるものがある。
ひさしぶりに読みごたえのある旅行記なのだ。 

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2007年10月10日 (水)

【読】ノモンハンの話

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社) の中の、「ノモンハンの鉄の墓場」 という、これまた少し長めの旅行記を読んだ。

Murakami_haruki2この本のカバーの写真(左)が、ノモンハンの戦場跡に残された旧ソ連軍の戦車(装甲車)の残骸である。
この旅行記の中にも、私を惹きつけた記述がある。

ハイラル郊外の山に関東軍が築いた 「ハイラル城」 と呼ばれる大掛かりな地下要塞を訪れたときの話。
関東軍は、ソビエトの強力な機械化部隊をくいとめ、長期戦を戦い抜くために、この要塞を突貫工事で築きあげた。 強制徴用した中国人労働者を使って。

<その工事の過程で、きわめて苛烈な労働条件のせいで多くの労働者が命を落とした。 そしてなんとか生き延びた人々も、要塞の完成時に機密を守るために(つまり口塞ぎに)集団で抹殺された。 その山の近くに死体をまとめて放り込んだ万人坑があり、そこにはまだ約一万人の中国人工人の骨が埋まっている――ハイラルで僕らを案内してくれたガイドはそう言った。>

<彼の言うことがどこまで正確な歴史的事実――本当に一万人も殺されたのかというようなこと――なのか、もちろん僕にはここできちんと証明する術もないのだけれど、少なくともハイラルに住む中国の人々はそれが歴史的真実だと今でもはっきり信じているようだし(だいたい同じ内容の話を現地で複数の人たちから聞いた)、結局のところそれがいちばん重要なことではないのだろうかと僕は思う。

私もまた、そう思う。

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2007年10月 9日 (火)

【読】メキシコの物売り少女の話

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社)を読んでいて、いい話にぶつかった。
私は、こういうエピソードに弱い。

Murakami_haruki2「メキシコ大旅行」 と題された、やや長めの旅行記に書かれているエピソード。
サン・アンドレス・ララインサールという小さな村で、村上春樹は 「はっとするくらい綺麗な八歳くらいの女の子」 に出会う。
観光客目あてに土産物を売る少女だ。

<僕はその子から布の袋を買った。 (中略) 最初の向こうの言い値は忘れたけれど、値切ったり抵抗したり妥協したりの末に、取引値段は四千ペソに落ち着いた(八歳でも、こういうことになるとすごくしっかりしていて感心してしまう)。>

ところが、実際にお金を払う段になってポケットを探ると、細かいお金が三千五百ペソしかなかった。
一万ペソ札はあったが、その子がお釣りを持っているはずがない。
(ちなみに、五百ペソは日本円で20円ほどだった)

村上春樹が 「悪いんだけど三千五百ペソにしてくれないかな、これしかないから」 と言うと、その子は、「ものすごく哀しそうな目で、長いあいだじいいいいいっと僕の顔を見ていた。」

<それから何も言わずに僕の三千五百ペソを受け取ってあっちに行ってしまった。 今でもその女の子の目を思い出すたびに、僕は自分がこのララインサールの村で極悪非道な行ないをしてしまったような気がする。>

<今でも、机に向かってこういう文章を書いているときに、ララインサールの村でお金が五百ペソ足りなかっただけで、僕の顔をいつまでもじいいいっと見つめていた綺麗な物売りの女の子の目を思い浮かべてしまう。 そのときの彼女の目の中には、何かしら僕の心を揺さぶるものが存在していたように思う。 誰かとそういう風に真剣に目と目を見合わせたのは、考えてみれば、僕にとってはものすごく久しぶりのことだった。 五百ペソ(二十円)のお金をめぐって、僕らは長い時間、じっと相手の目の奥をのぞきこんでいたのだ。>

じつは、この後も村上春樹の文章は数行続くのだが、それは蛇足のような気がする。
こういうエピソードは、余韻を残すほうがいい。
ひとつまちがえると、キザになるし、説教じみた話になってしまうから。

勢古浩爾という人が指摘していた 「村上がつい調子にのって自分に溺れる」 (『ああ、顔文不一致』