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2007年10月の42件の記事

2007年10月31日 (水)

【遊】八ヶ岳チーズケーキ工房

ふーう。
今月(10月)は、毎日欠かさずブログを書こうと決めていたが、なんとか今日で達成できてほっとしている。
それにしても、つくづくネタに困ったなぁ。

さて、日曜日のバスツアーのはなしがまだ続く。
事前にもらっていたツアーの案内には、「八ヶ岳チーズ工房」 とあって、ネット検索したのだが、あまりヒットしなかった。
実際に訪れてみて、わかった。

お菓子の里 信州苑 グループ
 「八ヶ岳チーズケーキ工房」
山梨県北杜市小淵沢町井詰原2980

どのあたりなのか、ツアーバスに乗せてもらって気がついたら到着していたので、よくわからないが、編笠山 (標高2524メートル) の麓であることだけは確かだ。
下の写真に写っている山頂が丸い形のなだらかな山が、編笠山。
(看板塔の陰に半分かくれている)

須藤もんさんの 「私の部屋」 (アルバム 『かえろう』 収録) にも歌われているので、知っている人は知っているだろう。 なんのこっちゃ。

Sudomon1 ♪ 暗い 暗い 山のうえに
  まるい まるい 月がのぼる
  笠のように まるい山の
  うえに まるい 月がみえる ♪
   (須藤もん 作詞/作曲 「私の部屋」)





この「チーズケーキ工房」は、期待したほどのものではなかった。
ドライブインに、チーズやチーズケーキの売店がくっついたような感じ。
雑然としているのだ。
ツアーバスがたくさん停まって、お昼をとる団体客(我々もその一部だったが)で、ごったがえしていた。

でも、ここで買ったレア・チーズケーキは、さすがにおいしかったな。

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2007年10月30日 (火)

【遊】甲斐駒ヶ岳

日曜日のバスツアーで、雪をかぶった山々の姿を堪能した。
中央道の笹子トンネルを抜けて勝沼に出ると、甲府盆地のむこうに南アルプス連峰の姿が大きく見えた。
残念なことに、高速道路を走るバスの車窓から写真に撮ることはできなかった。

右手には、秩父の山々。
その後、茅ヶ岳や八ヶ岳も前方に見えてきたが、やはりバスの中から撮ることはできなかった。
かえすがえすも残念である。

バスを降りて撮ることのできたのが、甲斐駒ヶ岳。
この山にはたくさんの思いでがある。
正月の積雪期を含めて、何度も登った山。

写真は上から順に、車窓からなんとか撮影できた甲斐駒ヶ岳、鳳凰三山、清春芸術村から見た甲斐駒ヶ岳。
花崗岩の山なので雪は付かないが、かなりたくさんの積雪があったように見える。
標高3000メートルに満たないのだが、まるでヒマラヤの高峰のような岩壁だ。

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2007年10月29日 (月)

【遊】八ヶ岳山麓の秋

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【2007.10.30追記】
山の写真は、左上から順に
 ・なつかしい編笠山 (八ヶ岳最南端の山)
 ・茅ヶ岳 (深田久弥氏終焉の地)
 ・富士山 (立ち寄ったりんご園から)
 ・八ヶ岳連峰 (左から、権現岳、阿弥陀岳、中岳、赤岳)

八ヶ岳連峰の姿はバスの窓からよく見えていたが、動いている車の中からはついに撮れなかった。
バスから降りていざ写真に撮ろうとすると、このように地上の建造物がじゃまをして・・・電線やホテルのカンバンが・・・嗚呼!

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2007年10月28日 (日)

【遊】清春芸術村

天気がよくて、いいバスツアーだった。
「清春芸術村」 は、山梨県北杜市長坂町にある。
広々として気持のいいところだった。

清春芸術村
http://www.kiyoharu-art.com/

芸術村にある 「清春白樺美術館」 は、武者小路実篤、志賀直哉らが建設しようとしてその夢を果せなかった幻の美術館だったのを、彼らと個人的にも親交のあった吉井長三氏が開設したもの。
(財団法人 清春白樺美術館 案内パンフレット)
ルオーや岸田劉生、梅原龍三郎、中川一政らの絵画、白樺派同人の書画、原稿などが展示されていた。
また、芸術村の広い敷地には、ルオーを記念して建てられた礼拝堂、梅原龍三郎のアトリエ、「ラ・リーシュ」という大きなアトリエの建物などが配置されていた。

今日は、南アルプス、富士山、八ヶ岳、すべてくっきりと見えた。
南アルプス(甲斐駒ヶ岳、鳳凰三山、北岳、間ノ岳、農鳥岳)と、八ヶ岳の赤岳以北は、雪をかぶって真っ白だった。

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2007年10月27日 (土)

【楽】ブラート・オクジャワ

「五木寛之が好きらしいから・・・」 と言って、友人が貸してくれたレコード。
ブラート・オクジャワの名前は知っていたけれど、一度も聴いたことがなかった。
五木寛之が熱く語っていたことは、もちろん知っていた。

少しずつ聴きはじめて感じたのは、とても親しみやすい歌だということだ。
ロシア語がまったくわからないので歌詞の内容は解説を見るしかないが、意味がわからなくても言葉の響きは感じとれる。
メロディーが、なにやら懐かしい感じで、いっぺんで好きになった。
もの静かなギターの弾き語りは、私にユパンキを思いおこさせる。

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― 五木寛之 『流されゆく日々(抄)』 (講談社) から ―

  「ボブ・ディランとソ連歌謡界」 流されゆく日々 1978.3.1~3.2
<ボブ・ディランが来日していろいろと話題になっているが、その一方で、ボブ・ディランと同じ時期に登場してきたソ連のシンガー・ソングライターのことも、小生は注目しているわけなんです。
 ボブ・ディランが登場してきた1950年代初頭は、ソビエトや東ヨーロッパではいわゆる「雪どけ」の高揚期にあたり、なにか社会主義国に明るい未来がひらけてきそうな気配があった。
 そういう時期に、ボブ・ディランらの出現と相呼応してソビエトロシアに、吟遊詩人というか、プロテストソング、あるいはシンガー・ソングライターといったものが登場し、そういう存在の一人に、ブラート・オクジャワという歌い手さんがいた。
 歌い手さん、というと語弊があるかもしれない。
 彼は今や、ソ連の有数の詩人として評価されているし、批評、歴史小説などさまざまの分野でも活躍し、シニャフスキーや例のソルジェニーツィンなきあとのソビエト文壇の大きな存在となっている。
 ある日、モスクワに一人のグルジアなまりの男がギター片手に飄然と現われ、とても単調でわかりやすく、しかも叙情的な自作の詩を歌い出した。 そしてその詩はたちまち、ひとの口から口へと伝わって、結婚式などでよく歌われるくらいポピュラーなものになったにもかかわらず、その歌がオクジャワのつくった歌であるとは誰も知らない――。
 これが、ソ連現代詩人の第一人者であるブラート・オクジャワの登場ぶりだった。 (後略)>


今から30年近く前に、五木寛之が語った言葉である。
「とても単調でわかりやすく、しかも叙情的」 という表現は、このオクジャワの音楽をよく言いあらわしていると思う。
もっと暗い音楽かと思っていたが、そんなことはないのだった。
静かに聴き入っていると、心がうるおってくる、そんな音楽だ。

ところで、まったく突拍子もないハナシだが、オクジャワの歌のメロディーラインが、中島みゆきの初期のある歌にそっくりなことに気づいた。
中島みゆきは、ブラート・オクジャワを聴いたのだろうか。


Amazon 「紙の兵隊」 ブラート・オクジャワ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000565TK

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【読】世界文学全集(池澤夏樹個人編集)

こんな面白そうな全集が出るそうな。

池澤夏樹=個人編集
 世界文学全集 全24巻 河出書房新社
 11月9日刊行開始

詳しいことは、河出書房新社のサイトで。
河出書房新社|特集|「世界文学全集」
http://www.kawade.co.jp/sekaibungaku/

<世界はこんなに広いし、人間の思いはこんなに遠くまで飛翔する。
 それを体験してほしい。 ――池澤夏樹>

昨日の新聞(朝日新聞朝刊)に、大きく広告が出ていた。
これまでの古典中心の文学全集とは、ひと味違う。
池澤夏樹さんらしい編集だ。
といっても、私にはなじみの薄い作家ばかりだが。

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【楽】たどりついたらいつも雨ふり

ラジオで懐かしい歌が流れていた。
きょうは、颱風が近づいているせいで雨ふり。

「たどりついたらいつも雨ふり」  作詞・作曲:吉田拓郎
モップスというグループが歌ってヒットしたっけ。
山崎ハコも歌っているのだ。

Hako_amehuri山崎ハコ 「たどりついたらいつも雨ふり」
 作詞・作曲:吉田拓郎/編曲:安田裕美
「夕陽が泣いている」
 作詞・作曲:浜口庫之助/編曲:安田裕美

 97.2.10 ONE UP MUSIC INC. EPDA-40

ダウンロードサイトがあるようだ。
http://www.ongen.net/search_detail_album/album_id/al0000127234/
なるほどね。
CDを買わなくても、ネットでダウンロード購入できるんだ。

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2007年10月26日 (金)

【遊】日曜日の予定

日曜日は、バスツアーでここへ行くらしい。
バスツアーなど、めったに参加したことがないのだが、面白そう。
詳細は帰ってきてから。

清春芸術村
http://www.kiyoharu-art.com/

八ヶ岳チーズ工房 (どうやらここらしい)
http://utsukushimori-farm.blog16.jp/

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【歩】昼休みにみつけた

昼休み、勤め先の近くで。
ケータイのカメラなので写りは悪い。

(左) みごとに紅葉したハナミズキ (会社のビルの裏口にある)
(右) 路地裏で発見したお稲荷さん (ビルの谷間にあった)

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【読】鬼と鹿と宮沢賢治

こんな本を読みはじめた。

Kadoya_kenji『鬼と鹿と宮沢賢治』 門屋光昭
 集英社新書 (0038D) 2000.6.21

蝦夷(えみし)の小説 『火怨』 つながりということもあるし、五木寛之の 『日本人のこころ』 で紹介されていたということもある。
だいぶん前に手に入れていたものだが、ようやく読んでみようという気になった。

宮沢賢治は不思議な魅力を秘めた人物だ。
以前から強い関心をもっていた。
まるで東北の地そのもののような、泥臭い側面に惹かれる。
熱烈な法華経の信者だったことも、ひっかかっていた。
この門屋さんの本では、そのあたりに焦点があてられていてとても興味ぶかい。

― 本書のカバー見返し紹介文 ―
<賢治が生まれ育った岩手県は、民俗芸能の宝庫だ。 鬼剣舞(おにけんばい)や鹿踊り(ししおどり)、チャグチャグ馬コなどの民俗芸能・祭礼行事が今もさかんにおこなわれ、多くの伝説や昔話が語り伝えられている。 それらは、賢治が描いた童話や詩のなかに、いろいろな形で影響をあたえている。 本書は、鹿踊りや隠し念仏、さらに 『遠野物語』 の佐々木喜善との交流など、民俗学の視点から、宮沢賢治の世界を読み解いてみせる。 イーハトーブ(岩手)に生きた天才詩人の、原風景となった風土からの斬新な報告である。>

賢治もまた、蝦夷、さらには縄文人の末裔だった、と思う。


五木寛之の関連書は、これ。
『日本人のこころ 6』 は対談集で、門屋氏との対談も収録されている。

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2007年10月25日 (木)

【読】読了

Takahashi_katushiko_aterui2最後はいっきに読みおえた。
高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫)

ラストが感動的で、朝の通勤電車の中で涙を流してしまった。
ひさしぶりに出会った、読み応えのある小説だった。
巻末、北上次郎の解説の一部を引用しておこう。
(北上次郎は、「本の雑誌社」の目黒孝二のペンネーム)


<(前略) 何度も目頭が熱くなる。 その連続で、息苦しくなる。 血が脈打つ小説とはこのことだ。>
<蝦夷が一度も自ら攻撃をしかけない展開を見られたい。 彼らは自らの暮らしと土地と空を守るために、やむなく立ち上がるだけだ。 勝つことが目的なのではないという戦いも奇妙だが、敵将を殺さないように配慮するのも彼らの置かれた立場を語っている。 だから戦闘も複雑になる。 (略) その複雑な戦いを、人の心を活写しているからこそ、「俺たちはなにも望んでおらぬ。 ただそなたらとおなじ心を持つ者だと示したかっただけだ。 蝦夷は獣にあらず。 鬼でもない。 子や親を愛し、花や風に喜ぶ ――」 と最後に阿弖流為が叫ぶシーンが、読み終えても印象深く残り続ける。> (『火怨』 講談社文庫 下巻 解説)

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2007年10月24日 (水)

【歩】秋のかすかな気配

今朝6時半頃、通勤のバスに乗る前に、ケータイでパチリ。
とうぜん、写りはよくない。

イチョウも、日当たりのいいところは色づき始めた。
ハナミズキは、あちこちで真紅に色づいている。
この時期、あんがい晴天が続くもの。
すこし肌寒いけれど、きもちがいい。

2年前の9月にこのブログを始めた。
その一か月後には、あわただしい引越しもあった。
ずいぶん前のことのような気もするが。

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2007年10月23日 (火)

【歩】十三夜

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じゅうさんや 【十三夜】
陰暦九月十三日の夜。 月をまつり、枝豆や栗を供えることが多いことから豆名月・栗名月、「後(のち)の月」とも呼ばれる。
十五夜・十三夜の一方の月見を欠かすことを片見月といって忌む風習がある。
日本固有の習俗で、かつては秋の収穫祭の一つ。
(三省堂 新明解百科語辞典)

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2007年10月22日 (月)

【楽】【読】こんなふうに過ぎてゆくのなら

タイトルにこれといった意味はないけれど。
浅川マキの歌に、こんなフレーズがあったっけ。
また一週間が始まり、五日間はツトメに励まなければいけないな。
サラリーマンは気楽なのか、つらいものなのか、よくわからない。
こんなふうに日々が過ぎていくのだ。

Takahashi_katushiko_aterui2高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫)
ようやく下巻に突入。
新聞も読まず、テレビもほとんど見ない。
毎日の通勤途上の楽しみが読書ぐらいしかない、というのはどうなんだろう。

日が短くなってきた。
朝、家を出るときはまだ暗く、勤めの退社時刻にはもう暗くなっている。
朝晩、冷えこむようになった。
秋、そして冬。
こんなふうに過ぎてゆくのなら・・・。


浅川マキ 『DARKNESS III』 EMIミュージック・ジャパン 1997年11月
(「こんな風に過ぎて行くのなら」収録)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GM2G

浅川マキ 『こんな風に過ぎて行くのなら』 石風社 2003年7月発行
(浅川マキ初のエッセイ集)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883440982
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0011005788

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2007年10月21日 (日)

【遊】ハナミズキ(続)

ハナミズキって、いちばんに紅葉する木だったんだ。
市民まつりからの帰り道、団地の中で。

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【遊】市民まつり

Shimin_matsuri第32回 小平市民まつり

広い通りを使って、よさこい踊りやら、神輿や太鼓の練り歩きやら、パレードやら、見物していて退屈しなかった。
「よさこい」 は各地で盛んだが、この町でも小学校などで熱心にやっているらしい。
揃いの衣装が派手で綺麗だ。
「コリアン・スチューデントin小平」 というグループの、韓半島の衣装と踊り、太鼓の演技もよかったな。
神社の多い町なので、神輿や大太鼓も見ものだった。
秋晴れで暑かったけれど、楽しい一日だった。


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2007年10月20日 (土)

【遊】ハナミズキ

平地の紅葉は、これからゆっくりすすんでいくのだろう。
きょう、小金井公園へ行く道すがら、近くの農地でみかけたハナミズキ。
紅葉がはじまって、ナナカマドのような赤い実をつけていた。

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【遊】きょうの散策 小金井公園

秋晴れの一日。
きもちがいいので、自転車で都立小金井公園へ。
コスモスまつりが今日から開催されていた。

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2007年10月19日 (金)

【読】エミシ

だんだん面白くなってきたぞ。
高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫) 上巻の終盤にさしかかった。
8世紀、陸奥(みちのく)の蝦夷(えみし)たちが、ヤマト王朝の大軍と戦う話。
周到な準備をしたうえの大規模な戦いだ。

大伴家持や坂上田村麻呂の名前もでてきた。
この段階では、アテルイは、まだ田村麻呂と戦っていない。
藤原継縄(つぐただ)、大伴益立(ますたち)、紀古佐美(こさみ)らが率いる大軍を、謀略によって退け(西暦780年)、翌年、藤原小黒麻呂(おぐろまろ)を大将とする三万人の大軍を撃退した。
このあたりの戦(いくさ)の様子がじつによく描かれている。

この戦いの後、征東将軍藤原小黒麻呂の後を引き継いで陸奥按察使(あぜち)兼鎮守将軍として派遣されたのが、大伴家持(やかもち)だったという。
歌人として名高い家持だが、陸奥に派遣されたこの人物の七年間にわたる穏健政策によって、いっとき平穏な時代があったという記述は、とても興味ぶかい。

いぜんから東北の蝦夷(えみし)に関心があったが、これまでの断片的な知識がつながってきて、うれしい。
こんな本も持っていたのだが、これまでは読もうという気にならず本棚でねむっていた。
いまなら読めそうだ。
「知ることの楽しみ」 というものもあるのだな。

Kudoh_emishi2Kudoh_emishi1工藤雅樹 『蝦夷の古代史』
 平凡社新書 2001.1.21
工藤雅樹 『古代蝦夷の英雄時代』
 平凡社ライブラリー 2005.10.11

工藤雅樹 1937年 岩手県生まれ
 東北大学文学部史学科卒業
 東北歴史資料館館長
 主著 『古代蝦夷の考古学』『蝦夷と東北古代史』
 『東北考古学・古代史史学史』 など

― 講談社 『日本全史 Japan Chronik』 から ―
古代国家と「蛮夷(ばんい)」
畿内に拠点をおく古代国家は、8世紀の初頭には、北海道と沖縄をのぞく日本列島をほぼその勢力下においたが、東北北部と九州南部には、なお中央とは異なる文化をもち、中央政府に容易にしたがわない人々がいた。 それが蝦夷(えみし)と隼人(はやと)である。 北海道には、やがて一部の地域でオホーツク文化という沿海州・樺太と関係のふかい文化がさかえるが、大半は蝦夷ないし蝦夷と同系統の人々が居住していたと考えられる。

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2007年10月18日 (木)

【歩】秋祭り

秋祭りの季節なのか。
昼休みに、江東区のポスターを町内会の掲示板で見かけた。
そういえば、今住んでいる近くでも、今度の日曜日に大きなお祭りがあるという。
去年は所用で東京を離れていたため見られなかった。
楽しみだ。
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/index.html

ほんとうは、都市のお祭りよりも、青梅のようにちょっと郊外の昔からのお祭りのほうが、風情があって好きなんだけど。
子どもたちの引く山車なんかが、のんびりと練り歩いているようなお祭り。
あの笛太鼓の音色がいいな。

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2007年10月17日 (水)

【歩】【読】さわやかな朝

ひさしぶりにさわやかな朝だった。
いい季節になった。
すこーしずつ、秋の気配がちかづいている、そんな気分の朝。
もったいないのでケイタイで撮ってみた。
案の定、はっきりした写真にならなかったが、せっかくなので。
朝の斜光線があたって、きれいだった。

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朝のスタートはよかったのだけれど、昼休みに勤務先近くの BOOK OFF で買った文庫本には、がっかりした。
家に帰ってから気づいたのだけれど、何ページか隅を折ってあったのだ。
しおり紐がついているのに、こんなことをする人もいるんだなあ。
何か気になることでも書いてあって、目印をつけたのだろうか。
謎である。
(私なら付箋をつけるんだが・・・私の方が異常なのか)

Murakami_uten_enten_3村上春樹 『雨天炎天』 (新潮文庫)
このブログを読んでくれている友人が教えてくれた本。
副題 「ギリシャ・トルコ辺境紀行」 が示すように、旅行記だ。
薄くて安価な文庫本なのだから、新刊で買えばよかったのかも。
本を買うのは控えようと自制していたのだが、また3冊、ネットで新刊を注文してしまった。
いやはや。

どれも、私を強く惹きつける本なのだ。
五木寛之 『21世紀仏教への旅 日本・アメリカ編』 (講談社) 2007.9
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062802066
勢古浩爾 『会社員の父から息子へ』 (ちくま新書) 2007.10
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480063897
山田風太郎 『死言状』 (小学館文庫) 2005.12
  ※山田風太郎のこの本だけ少し古い
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094080619

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2007年10月16日 (火)

【読】時代小説のセリフ

時代小説、歴史小説を読む気がしないのは、登場人物のセリフがうそっぽいから。
おなじ理由でテレビの時代劇(NHKの大河ドラマなど)も、ほとんど見ない。

なぜ、いきなりこんなことを書いたかというと、きのうから読みはじめた小説が、まさにこの典型なのだ。

Takahashi_katushiko_aterui1高橋克彦 『火怨 北の燿星アテルイ』 (講談社文庫)
時代は8世紀。
舞台は陸奥(みちのく)。
登場するのは「蝦夷(えみし)」と蔑称された人々。
こんなセリフを吐くのだろうか、と、抵抗があったが、読み進むほど面白くなってきた。
(だから、この小説を貶しているわけではない)

しかし、なあ・・・。

「敵の使者が参ったと聞きましたが?」
「敵とは決まっておらぬ。 伊治(これはる)の鮮麻呂(あざまろ)どのの使いだ。 今の事態では皆が揃って使者の言葉を聞くがよかろう。 それでおまえを呼んだ」

「俺はおまえの胸の中にある蝦夷の心に我が命を賭けた。 おまえはまことの蝦夷となった。 だからこそ俺はこうして皆の前に居る。 それをむざむざと果てさせて、なんの蝦夷の結束ぞ。 親父どの! お考えくだされ。 力ばかりでは強大な朝廷軍には勝てぬ。 槍や刀に負けぬのは蝦夷の心しかござらぬ」  (高橋克彦 『火怨』)

「ござらぬ」 かぁ。 うーん、しらけるなあ。
ならば、どのようなセリフにすればよいのか。
(こっちまでヘンな言葉づかいになってしまう)

これはもう、船戸与一のように思いきって現代風に喋らせるしかないだろう。

「田沼意次も運がない。 そりゃもちろん図に乗り過ぎた。 しかし、失脚のもととなった打毀しは飢饉によるものだ。 凶作だけは人智の及ぶところじゃない」
「わかってないな、忠勝」
「何が?」
「松平定信のすごさを」  (船戸与一 『蝦夷地別件』)

何百年も前の昔の話し言葉は、現代の作者からは想像もつかないのだろう。
話し言葉に関しては記録もないだろうし。
時代小説、時代劇で苦労するのはよくわかるが、あまりにもパターン化されていないだろうか。

などと文句を言いつつ、『火怨』 を読んでいる。
阿弖流為(アテルイ)という青年(今はまだ18歳)が、なかなか魅力的なのだ。
それにしても、ボリュームがあるなあ。
文庫で上下巻各々500ページほど。

この小説を読んでみる気になったきっかけは、以前書いた。
2007年8月31日 (金) 【読】アテルイ
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_0061.html

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2007年10月15日 (月)

【楽】【読】もし僕らのことばが

Murakami_whisky村上春樹 『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
  新潮文庫 2002.11.1 (平凡社 1999.12)

後味のいい本だった。
「ウィスキーの匂いのする小さな旅の本」 と前書きにあるように、モルト・ウィスキーの芳醇な香りがただよってくるような。
それでも著者は、文章にすることの難しさを、こう嘆いている。

<もし僕らのことばがウィスキーであったなら、もちろん、これほど苦労することもなかったはずだ。 僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に放り込む。 それだけですんだはずだ。 とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。>

私は残念なことに、アルコールが一滴も飲めない体質だが、ここに出てくるウィスキーはきっと美味いんだろうな、と思う。
村上陽子さんの写真も、落ち着いたトーンで好感がもてる。
アイルランドってどんなところなんだろう。
この小さな旅の本に描かれているとおりの場所だとしたら、暮らしてみたいと思う。

Celtic_womanアイルランドといえば、ケルト音楽が思いうかぶ。
こんなCDを聴きかえしてみたくなった。
iPodに入れて聴いてみよう。
THE BEST OF CELTIC WOMAN
  オーマガトキ OMAGATOKI OMCX-1110 2003.11.26
http://www.shinseido.co.jp/cgi-bin/WebObjects/Catalog.woa/wa/detail?r=OMCX-1110

OMAGATOKI は「新星堂」のレーベル
http://www.shinseido.co.jp/omagatoki/

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2007年10月14日 (日)

【雑】キーマカレーに挑戦

愛用していたS&B食品の 「スープカレー」 のセットが店に置いていなかったので、代わりに 「キーマカレー」 のセットを買ってみた。
「Spice Festa 手作り用キーマカレー」 という商品だが、S&B食品のサイトではみつからなかった。 (*)

S&B食品
http://www.sbfoods.co.jp/

しかたがないので、使用済みのパッケージ写真なぞ。
内容物を写真に撮っておけばよかった。

Sb_keema_2炒め用スパイス、煮込み用スパイス、ブイヨン、カレールウ、辛味スパイス、香りスパイス、この6点が入っていて、近くの生協で312円(税込み)。
なかなかのスグレモノだった。
材料は、合挽肉、玉ねぎ、トマト、これだけ。
バターで挽肉を炒め、次に、玉ねぎと、皮を湯むきしたトマトのみじん切りを、時間をかけて炒める。
玉ねぎを弱火で20分ほど、キツネ色になるまでゆっくり炒めるところがポイントのようだ。
(玉ねぎは時間をかけて炒めるほど旨みがでるらしい)
あとは、用意されているスパイス類をレシピにしたがって使っていくと、私にもできた。

0710140001バターライスの作り方も出ていたが、いつもの八穀米入りごはんにした。
おいしかったな。
食後は、ようやく出まわってきたりんご(紅玉)を。
酸味のある、なつかしい味わいだった。


キーマカレー(Keema Curry, Qeema Curry)とは、ひき肉を用いて作ったカレー。「キーマ」は、ヒンディー語やウルドゥー語で「細切れ肉、ひき肉」を意味する。 ―Wikipedia―


【追記 2007.10.14】
(*) 見つかった
お届けサイト | 商品詳細 | スパイスフェスタ キーマカレー
http://www.sbotodoke.com/app/catalog/goods?gdsid=08462

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【楽】スイングしなけりゃ意味がない

友人が何枚かレコードを貸してくれた。
その中のなつかしい一枚。
友人宅で聴きながら、二人で 「これ、いいよね」 と。

Annie_ross『アニー・ロスは歌う
 /アニー・ロス=ジェリー・マリガン』

 1978年 キングレコード  1958年2月/9月 録音
ANNIE ROSS SINGS A SONG WITH MULLIGAN
Annie Ross (vocal) / Gerry Mulligan (baritone) / Chet Baker (trumpet) / Art Farmer (trumpet) / Henry Grimes (bass) / Bill Crow (bass) / Dave Bailey (drums)
アニー・ロスは、有名な 「ランバート、ヘンドリックス&ロス」 の一員。
なかなかいい歌声なのだ。

バックは、ピアノのない2管編成のジェリー・マリガン・カルテット。
(トランペットとベースは、録音日によって2通り)
このバック演奏が、また、ごきげん。
マリガンのバリトン・サックスがいいし、チェエト・ベーカーのトランペットも、いい。

こんな曲目。
アイ・フィール・プリティ / ハウ・アバウト・ユー / あなたの顔に馴れてきた / 夢みる時 / レット・ゼア・ビー・ラヴ / オール・オブ・ユー / 気楽に暮して / ジス・イズ・オールウェイズ / 救ってほしいこの気持 / スイングがなければ意味がない

A面一曲目から、おなじみのナンバー。
「ウェスト・サイド物語」 の I feel pretty だが、アップ・テンポの演奏にぐっと惹きつけられる。
B面の 「救ってほしいこの気持」 (Between the devil and the deep blue sea) という歌が好きだ。
「絶対絶命」 という邦題でも知られるこの歌、Blossom Dearie の歌や、Hampton Hawes のピアノで、よく聴いている。
「スイングしなけりゃ意味がない」 (It don't mean a thing, If it ain't got that swing) は、言わずと知れたデューク・エリントンの名曲。
というわけで、このブログ記事のタイトルにしてみた。

そういえば美形女性シンガーのレコードがあったな、と、思いだして引っぱりだしたのが、この人のLP。
ビヴァリー・ケニー  BEVERLY KENNEY
ジャケット写真を見ているだけで、ドギマギしてしまうほどの別嬪。
彼女の歌も、いいよ。

(左から)
Beverly Kenney Sings With Jimmy Jones and "The BASIE-ITES"
Come Swing With Me (Beverly Kenney and The Ralph Burns Orchestra)
Beverly Kenney Sings For Johnny Smith

Beverly_kenney1Beverly_kenney3Beverly_kenney2

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2007年10月13日 (土)

【楽】須藤もんさん 最新ライブ情報


11月、須藤もんさんのライブ予定です。

どちらも、JR中央線の駅近くのお店。
ぜひ、お越しください。



■11/11(日) 阿佐ヶ谷 「あるぽらん」■


 JR中央線 阿佐ヶ谷駅北口 徒歩2分
 杉並区阿佐ヶ谷北2-11-2 
 阿佐ヶ谷駅北口「スポーツジムTOA」の通りを西へ
 TEL 03-3330-8341

 「いそもんライブ」
  出演  五十一(from大阪) 須藤もん
  17:00 開場 17:30 開演
  2,500円(前売/予約)/2,800円(当日)1ドリンク付

 あるぽらん http://homepage3.nifty.com/aruporan/

■11/25(日) 三鷹 「バイユーゲイト」■

 JR中央線三鷹駅北口 徒歩2分
 武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号 
 TEL 0422-55-5782

 「秋の中央線 三鷹でポン」 ~晩秋歌宴~
  出演 須藤もん with 対馬照
  SPECIAL GUEST ジミー矢島
  オープニングアクト 秋山さんと玉井くん
  19:00 開場 19:30 開演
  1,500円 ドリンク別

 バイユーゲイト http://bayougate.voxx.jp/


須藤もん 公式サイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/

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【雑】何もなかった一日

何もなかった・・・わけでもないが。
午前中は、所用で外出。
いったん家に戻ってから、近くの図書館へ行ったら臨時休館。
システムのメンテ、蔵書の整理、ということらしく、一週間ほどお休み。
図書館のネット・サイトもつながらず、予約もできない。
がっかり。

あらためて車で立川の百貨店へ。
靴を一足買う。
たまたま、店頭で靴の手入れの実演をしていた。
いかがですか、と言われ、買った靴をその場でメンテナンスしてもらった。
買ったばかりの靴でも、最初に手入れをすることが重要だそうだ。

クリームの上塗りはよくなくて、まず、よく汚れを落とすこと。
ブラッシングで埃をていねいに落としてから、汚れ落し専用液を使う。
(この洗浄液がすぐれもの)
次に、薄いクリームをまんべんなくすり込む。
最後に、ブラッシングでつやを出す。

難しいことではないが、なるほどな、と、思う。
実演してもらって、よくわかった。
ついでに、履いていた靴もきれいにしてくれた。
みちがえるほど綺麗になった。
クリーニング用品(汚れ落し液とクリーム)を、その場で購入。


靴手入れ(革靴のお手入れ 用品)  株式会社 R&D
http://www.randd.co.jp/


あたりまえのことだが、皮靴は動物の皮でつくられている。
皮革は生きている、ということに今さらながら気づく。
手入れして、たいせつに履かなくちゃなぁ。


★靴とバッグの情報サイト/シューズ・バッグ探偵局
http://shoebag.jp/index.html

靴の手入れ
http://shoebag.jp/library/teire.html

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2007年10月12日 (金)

【読】軽~いエッセイ

Murakami_asahido村上春樹 『村上朝日堂』 (新潮文庫)
読みやすくて(一回分が見開き2ページの連載エッセイ)、いいな。
内容もカンタンでわかりやすいし。
ひまつぶし、と言っちゃ悪いが、こういう読み物は好きだ。
年代的にも、ほぼ同世代(村上氏の方がちょっとだけ先輩)。
青春期に同じ時代の空気を吸っていたので、藤圭子の話なんか面白かった。
(僕の出会った有名人(2)藤圭子さん)

<あとがきといっても、書きたいことは本文の方であらかた書いちゃったもので、とくにあらためてどうのこうのというほどのこともない。 しかしまあとにかく、これは僕にとってのはじめての雑文集のようなものであって、本文中にもあるように、「日刊アルバイトニュース」 に一年九ヵ月にわたって連載したコラムを修正したものです。> (あとがき)

「日刊アルバイトニュース」 かぁ。
そういえば、あったな。
それほどお世話にならなかったけど。

ところで、「村上朝日堂」 の 「朝日堂」 って何?
・・・などと書いていたら、こんなサイトが。

村上朝日堂 (現在は「無期限更新休止」)
http://opendoors.asahi.com/asahido/

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2007年10月11日 (木)

【読】ノモンハンの話(続)

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社) の中の 「ノモンハンの鉄の墓場」 にふれて、もう少し。

Murakami_haruki2この旅行記では、ノモンハンでの戦い(1939年5月)について、多くの記述がさかれている。
日本では「ノモンハン事件」と呼ばれてきた。
正式な戦線布告のない戦いだったせいだが、村上春樹は「ノモンハン戦争」と言っている。
モンゴル側の呼び方は 「ハルハ河戦争」。

戦場の跡や日本の関東軍の要塞跡などを、人民解放軍やモンゴル軍の宿舎に泊めてもらいながら現地の軍人の案内でまわっているのだが、広大な草原をジープで延々と走る。
このクルマ(ロシア製の軍用ジープ)がおもしろい。

<しかし現地の人々は日常の足として日本製のスマートな四輪駆動車よりは、むしろこういう単純で無骨な車を好むようだ。 (中略) 自分では手の施しようのないブラックボックスみたいなものがまったくないし、すべては剥き出しだから、もしどこかが故障しても自分の手で簡単に直せるし、ガソリンやらオイルやらラジエーター液やらにあれこれ贅沢をいわない。 その辺にあるものを何でもいいから――小便でも焼酎でも――とりあえず入れておけば目的地までは走るというタイプの車である。>

そんな車に乗せられて、まるで 「全自動洗濯機に入れられたような」 気分で戦場の跡を見てまわる。
その途上、草原の真ん中に一匹の狼をみつける。

<モンゴル人は狼をみつけると、必ず殺す。 ほとんど条件反射的に殺す。 遊牧民である彼らにとって、狼というのは見かければその場で殺すしかない動物なのだ。>

同行した中尉は、座席の下から慣れた手つきでAK47自動小銃を取りだし、一つ目のマガジンを使いきってもなお車の中から狼を撃ち続け、ついに追い詰めてしまう。
最後に狼が殺されてしまうところの描写がとても印象的だ。

<チョグマントラは運転手にジープを停めさせ、ライフルの銃身をドアに固定し、照準を狼にあわせる。 彼は急がない。 狼がもうどこにも行かないことを彼は知っている。 そのあいだ狼は不思議なくらい澄んだ目で僕らを見ている。 狼は銃口を見つめ、僕らを見つめ、また銃口を見つめる。 いろんな強烈な感情がひとつに混じりあった目だ。 恐怖と、絶望と、混乱と、困惑と、あきらめと、……それから僕にはよくわからない何か。>

Murakami_henkyou_photo写真篇もあわせて読んでいる。
『辺境・近境 写真篇』 (松村映三 写真/村上春樹 文) 新潮文庫
このカメラマンが、なかなかおもしろい人物。
彼の撮った、殺された狼の写真は、もの悲しい。
一枚の写真のチカラを感じる。

二冊をあわせ読むと、ずっしりと響いてくるものがある。
ひさしぶりに読みごたえのある旅行記なのだ。 

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2007年10月10日 (水)

【読】ノモンハンの話

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社) の中の、「ノモンハンの鉄の墓場」 という、これまた少し長めの旅行記を読んだ。

Murakami_haruki2この本のカバーの写真(左)が、ノモンハンの戦場跡に残された旧ソ連軍の戦車(装甲車)の残骸である。
この旅行記の中にも、私を惹きつけた記述がある。

ハイラル郊外の山に関東軍が築いた 「ハイラル城」 と呼ばれる大掛かりな地下要塞を訪れたときの話。
関東軍は、ソビエトの強力な機械化部隊をくいとめ、長期戦を戦い抜くために、この要塞を突貫工事で築きあげた。 強制徴用した中国人労働者を使って。

<その工事の過程で、きわめて苛烈な労働条件のせいで多くの労働者が命を落とした。 そしてなんとか生き延びた人々も、要塞の完成時に機密を守るために(つまり口塞ぎに)集団で抹殺された。 その山の近くに死体をまとめて放り込んだ万人坑があり、そこにはまだ約一万人の中国人工人の骨が埋まっている――ハイラルで僕らを案内してくれたガイドはそう言った。>

<彼の言うことがどこまで正確な歴史的事実――本当に一万人も殺されたのかというようなこと――なのか、もちろん僕にはここできちんと証明する術もないのだけれど、少なくともハイラルに住む中国の人々はそれが歴史的真実だと今でもはっきり信じているようだし(だいたい同じ内容の話を現地で複数の人たちから聞いた)、結局のところそれがいちばん重要なことではないのだろうかと僕は思う。

私もまた、そう思う。

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2007年10月 9日 (火)

【読】メキシコの物売り少女の話

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社)を読んでいて、いい話にぶつかった。
私は、こういうエピソードに弱い。

Murakami_haruki2「メキシコ大旅行」 と題された、やや長めの旅行記に書かれているエピソード。
サン・アンドレス・ララインサールという小さな村で、村上春樹は 「はっとするくらい綺麗な八歳くらいの女の子」 に出会う。
観光客目あてに土産物を売る少女だ。

<僕はその子から布の袋を買った。 (中略) 最初の向こうの言い値は忘れたけれど、値切ったり抵抗したり妥協したりの末に、取引値段は四千ペソに落ち着いた(八歳でも、こういうことになるとすごくしっかりしていて感心してしまう)。>

ところが、実際にお金を払う段になってポケットを探ると、細かいお金が三千五百ペソしかなかった。
一万ペソ札はあったが、その子がお釣りを持っているはずがない。
(ちなみに、五百ペソは日本円で20円ほどだった)

村上春樹が 「悪いんだけど三千五百ペソにしてくれないかな、これしかないから」 と言うと、その子は、「ものすごく哀しそうな目で、長いあいだじいいいいいっと僕の顔を見ていた。」

<それから何も言わずに僕の三千五百ペソを受け取ってあっちに行ってしまった。 今でもその女の子の目を思い出すたびに、僕は自分がこのララインサールの村で極悪非道な行ないをしてしまったような気がする。>

<今でも、机に向かってこういう文章を書いているときに、ララインサールの村でお金が五百ペソ足りなかっただけで、僕の顔をいつまでもじいいいっと見つめていた綺麗な物売りの女の子の目を思い浮かべてしまう。 そのときの彼女の目の中には、何かしら僕の心を揺さぶるものが存在していたように思う。 誰かとそういう風に真剣に目と目を見合わせたのは、考えてみれば、僕にとってはものすごく久しぶりのことだった。 五百ペソ(二十円)のお金をめぐって、僕らは長い時間、じっと相手の目の奥をのぞきこんでいたのだ。>

じつは、この後も村上春樹の文章は数行続くのだが、それは蛇足のような気がする。
こういうエピソードは、余韻を残すほうがいい。
ひとつまちがえると、キザになるし、説教じみた話になってしまうから。

勢古浩爾という人が指摘していた 「村上がつい調子にのって自分に溺れる」 (『ああ、顔文不一致』) とは、こういうところなのかもしれない、と思った。

とは言っても、この紀行文集はとてもいい。

Murakami_asahidoきのう、古本屋(いつもの BOOK OFF)で、『村上朝日堂』 シリーズを何冊か買ってきた。
この人の小説を読む気はまだないけれど、エッセイ・雑文のたぐいは面白いと感じる。

まったく傾向はちがうのだが、ひと頃、椎名誠にはまったことがある。
その時と、なんだか似ている自分がいる、なんちゃって。

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2007年10月 8日 (月)

【楽】秋刀魚

近くのスーパーで、旬の秋刀魚を二尾買い求めた。
一尾98円。 安いのか。 北海道産。
脂がのっていて、おいしかった。

0710080002


秋刀魚といえば、この唄。

 ♪ サンマ 苦いか塩っぱいか ♪

元歌、じゃなく、元の詩が佐藤春夫の有名な詩だとは知らなかった。

 あはれ
 秋かぜよ
 情あらば傳へてよ
 ――男ありて
 今日の夕餉に ひとり
 さんまを食ひて
 思ひにふける と。
 (略)
 さんま、さんま、
 さんま苦いか盬つぱいか。 (佐藤春夫 「秋刀魚の詩」)

新宮市立佐藤春夫記念館
http://www.rifnet.or.jp/~haruokan/

Shangshang_sanma_3Shangshang3_2上々颱風 『秋刀魚の唄』
 作詞・作曲 紅龍
 1992.9.21
 Epic/Sony Records
上々颱風 『上々颱風 3』
 1992.3.25
 Epic/Sony Records
(収録曲) 花のように鳥のように / 密林ビート / ヨコスカ・マンボ / 美は乱調にあり / 瞳の中の青い海 / カラスかねもん勘三郎 / 虹色の風車 / レボルシオン音頭 / ロカビリー道中 / 秋刀魚の唄 / ヤッタネ節 / 月の小舟

はじめてこのアルバムを聴いたのは、彼らのライブを体験する前だったが、私を強くひきつけた。
初期 上々颱風のいいところが出ている思う。
盤がすり切れるほど (うそだけど) 繰り返し聴いたアルバム。

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2007年10月 7日 (日)

【楽】きょうの収穫 「愛青」

用があって神奈川県へ出かけた帰り道、まえから気になっていた HARD OFF に立ち寄った。
二階にジャンクコーナーがあり、あまり期待しないまま、8cmシングルの箱の中をチェックしていたら、こんなものが見つかった。

Shangshang_aiao『愛より青い海』 シングル・ヴァージョン
 上々颱風 1991年 CBS/Sony
 ESDB 3190
「愛より青い海」 略して 「愛青」 というのがファンの間での呼び方。
(こういう呼び方、あまり好きではないが、タイトルに使ってみた)

レンタル・シールのついた、いわゆるレンタル落ちだが、今となっては貴重な一枚。
私は、すでに一枚持っているが(中古で手に入れたもの)、買わない手はないので迷わずレジへ。
ジャンク品だから100円ぐらいだろうと思っていたら、なんと21円。
HARD OFF の店員さんも苦笑いしていた。
端数の1円は消費税、ということだろうな。

上々颱風の8cmシングル、私が聴き始めたころには、ほとんど市場から消えていた。
アルバムでは聴けない曲や、アルバムとは別ヴァージョンが多く、欲しいと思ったが、手に入れるためにはそうとう苦労した。
遠くの中古CD店まで電車に乗って出かけたこともあるし(交通費の方が高くついたな)、ファン仲間からゆずっていただいたことも。
どうしても手に入らないシングルが、それでもまだ一枚残っている。
タイトルは言わない。

今日、このCDを見つける前に、車のなかでひさしぶりに聴いていたアルバムがこれ。

Shanshan_paradiseHONZIさんのヴァイオリンがとてもよくて、胸が熱くなってしまった。
『上々颱風 パラダイス ライブ!』
 上々颱風 2001年 M&I MYCD-30087
 2000.9.2 時宗総本山清浄光寺 遊行寺(藤沢市) でのライヴ
「ものみな歌に始まる」 のHONZIさんのヴァイオリンがたまらない。
「愛より青い海」 も、このライヴ盤の方が、オリジナル・アルバムやシングル盤よりもいいのは、言うまでもない。

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【遊】きょうの散歩

自転車にのって近くの生協へ買い物に。
行きがけにみかけた秋の花。
今年は、秋の訪れがゆっくりしているような気がする。
富士山初冠雪の便り。
例年より数日遅いという。

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【遊】勝沼 大雅園へ(続)

きのうの写真の追加と、「ぶどうまつり」 のパンフレット。

【写真左】 大雅園 入口の大きなぶどう棚
【写真右】 小河内ダム(奥多摩湖)の「大麦代園地」(駐車場)で
2007.10.6 撮影

【パンフレット】 第54回 かつぬま ぶどうまつり
2007.10.6 (土)
 ※ 毎年、10月の第一土曜日に開催されるイベント
山梨県甲州市かつぬま ぶどうまつり実行委員会
勝沼中央公園広場

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2007年10月 6日 (土)

【遊】勝沼 大雅園へ

秋晴れの一日。
勝沼のぶどう園 「大雅園」 へ行ってきた。

ぶどう・ワインの甲進社大雅園
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/

前回 9月15日の訪問記事 (このブログ内)
2007年9月15日 (土) 【遊】勝沼ぶどう園
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_c944.html


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三連休の初日のせいか、お客さんも多かった。
ベリーA、伊豆錦、甲斐路、ロザリオビアンコ、ピッテロビアンコ、バラディー、エンザン、などが食べごろ。
近くの広場で 「ぶどうまつり」 という大きなイベントが開かれていた。

勝沼町_ぶどうとワインのまち
http://www.town.katsunuma.yamanashi.jp/

甲州市勝沼ぶどうの丘(国産ワインの通信販売)
http://www.budounooka.com/

大雅園の方に教わって、徒歩で会場をのぞいて来たが、たいへんな人出。
ぶどうの無料配布には長い行列ができており、ワイン・メーカーのテントがずらり並んでいて、そこにも試飲する人の行列が。
会場でワイングラス(100円)を購入して、あちこちで試飲できるシステム。
人ごみの中を歩いたら、疲れてしまった。
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ぶどうまつりの会場から歩いて大雅園へ戻る路上で、いかにも勝沼らしい消火栓の蓋を発見。
なんともカラフルで、きれいな絵が、足もとにあったのだ。

今日、購入してきたのは、下の写真の5種類。
伊豆錦(手前中央の大粒)、バラディー(左、皮食)、ピッテロビアンコ(右のとがった形、これも皮食)、ベリーA(右奥の黒ぶどう)、甲斐路(左奥)。
しばらくのあいだ、ぶどうが食べられる。 しあわせだなあ。

紅葉は、まだこれから (写真は、奥多摩湖=小河内ダム付近の休憩所で)。

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2007年10月 5日 (金)

【遊】明日は勝沼へ

明日は、勝沼の大雅園へ行くつもり。
今シーズンは、これが最後になりそう。
甲斐乙女、塩山、甲斐路、ベリーAなどがあると思う。
連休初日なので、混雑が目に見えている中央道を避けて、いつものように青梅街道を延々と走る予定。
柳沢峠を越えて、100キロちょっとの山間のドライブ。

0709150004_2ぶどう・ワインの甲進社大雅園
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/

山梨県甲州市勝沼町等々力43
旧甲州街道 「勝沼町役場入口」 交差点の西

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【読】文庫本を買ってみた

本屋で村上春樹の文庫を二冊購入。
古本ではなく、新刊書店で。

Murakami_whiskyMurakami_henkyou_photo『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
 (新潮文庫 2002.11.1) 写真:村上陽子
『辺境・近境 写真篇』
 (新潮文庫 2000.6.1) 写真:松村映三

勢古浩爾が 『ああ、顔文不一致』 (洋泉社新書y)の中で推奨していたのが、『もし僕らのことばが・・・』 。
勢古さんの村上春樹評もおもしろい。

<村上春樹。 丸顔の寺尾聡である。/村上春樹はなにを書いても村上春樹である。 その文章を 『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』 (新潮文庫) から引いてみる。 アイルランドでのウィスキーをめぐる旅行記である。 読みどころは、だれもが指摘するように、村上の類まれな比喩感覚である。 村上春樹にかぎっては 「僕」 という一人称も好ましい。>  ※ 勢古さんが引用している内容は省略。
<かれの文章がかれの顔よりも、村上春樹的である。 村上春樹は自分の顔を意識していない。 意識はすべて文章に集中している。 この本はいい本だ。 小説よりもいいかもしれない。>
 (勢古浩爾 『ああ、顔文不一致』 より引用)

この 『もし僕らのことばが・・・』 を探しにいって書棚で見つけたのが、もう一冊の 『辺境・近境 写真篇』 。
今日から読みはじめた 『辺境・近境』 (新潮社) の写真篇らしいので、買ってみた。

二冊とも、美しいカラー写真が満載。

村上春樹の長編小説はどうか知らないが、エッセイや旅行記は、いい。
文章がうまいなあ、と感心する。

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2007年10月 4日 (木)

【読】国分寺のジャズ喫茶

Murakami_haruki1『村上朝日堂超短編小説 夜のくもざる』
 村上春樹(文) 安西水丸(絵)
 平凡社 1995.6.10
なぜこんな本を持っているかというと、BOOK OFF で見かけて、装幀が珍しかったのと安かったという、それだけの理由で買ったのだ。
もう何か月も前に買ったまま、本棚の隅に眠っていた。
段ボールのケースに入った本で(左の写真はそのケース)、洒落ている。
軽い内容なので、今日一日で読み終えてしまった。

村上春樹の有名な小説(ノルウェイの森だとか、ねじまき鳥クロニクルだとか、海辺のカフカだとか・・・)をまったく読んでいないのに、こんな変わった本を読むというのも、われながらヘソ曲がりだと思う。

村上春樹が、一時期、国分寺でジャズ喫茶のマスターをしていた(というか、経営者だったらしい、しかも大学生のときに)という話は知っていた。
国分寺は、毎日通過している最寄り駅。
いったいどのあたりに、そのジャズ喫茶があったのだろうと、気になっていた。

ネット検索で面白いサイトをみつけた。
東京紅團(とうきょうくれないだん)
http://www.tokyo-kurenaidan.com/
《村上春樹の世界》 国分寺を歩く
http://www.tokyo-kurenaidan.com/haruki-kokubunji1.htm

店の名前は 「ピーター・キャット」 といって、ジャズ喫茶というよりも 「ジャズ・バー」 の雰囲気だったらしい。
私も若い頃、ジャズ喫茶にはよく通ったクチである。
高円寺にあった 「サンジェルマン」 にはよく行った。
上京する前、北海道では、旭川にあった 「Cat」 という店に通った。

村上春樹 『夜のくもざる』 を読んでいたら、「ずっと昔に国分寺にあったジャズ喫茶のための広告」 という一篇が。
<この店では音楽がかかっています。 もしあなたがジャズ・ファンでなかったら、この音量はかなり不快なものになるでしょう。 しかし逆にあなたがもし熱烈なジャズ・ファンであるなら、この音量は物足りないことでしょう。 (中略) ジョン・コルトレーンのレコードもあまり置いていません。 キース・ジャレットのレコードはありませんが、クロード・ウィリアムソンのレコードは揃っています。 そのことで店主に詰め寄ったりしないでください。 もともとそういうことになっているのです。>

なんとなく、店の雰囲気が想像できる。
そして、村上春樹のジャズの好みも。


もう一冊、手許にあるので読んでみようかな。

Murakami_haruki2『辺境・近境』 村上春樹
 新潮社 1998.4.23
これも、BOOK OFFで、「見かけ」で買った本。
内容も、私には興味ぶかい。
どうでもいいが、村上春樹という人はもっとカッコイイ人かと思っていた。
いや、その・・・、春樹ファンには申しわけないけれど。

<人間はカンガルー脚だ! 考える葦もいいですが、 ここはひとつ元気に 外に飛び出しましょう。 ノモンハンの鉄の墓場から メキシコ大紀行 香川の超ディープうどん屋まで 村上の旅は続きます。>  (帯のキャッチ)

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2007年10月 3日 (水)

【読】そういえば、村上春樹

彼のことは、このブログに何度も書いたが、村上春樹(和田誠 絵)の 『ポートレイト・イン・ジャズ』 というゴキゲンな本を読んでいて、また思いだした。

この暮れ、12月12日に没後三周年をむかえる、古くからの友人の本。
Seidoku_udoku_nikki『晴読雨読日記』 岸本完司
 (株)北のまち新聞社 「あさひかわ新聞」 発行 2006年8月6日

地方新聞に連載していた書評を集めたこの本には、村上春樹の本が多くとりあげられている。
岸本は翻訳業をしていたが、村上春樹にも翻訳の仕事が多いから、村上春樹ファンだったのかもしれない、などと思う。
この 『晴読雨読日記』 にとりあげられている村上春樹関連の本を、目次からひろってみよう。

■ 役に立たない話や本ほどおもしろい 村上春樹 「村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけ方」 (新潮社)
■ なんでもありの相談室 村上春樹 「そうだ、村上さんに聞いてみよう」 (朝日新聞社)
■ 春の日のビールの味は 村上春樹 「Sydney! [シドニー] 」 (文藝春秋)
■ 訳せるもの、訳せないもの (3) AERA MOOK 「村上春樹がわかる」 (朝日新聞社)
■ 村上春樹の新作 村上春樹 「海辺のカフカ」 (新潮社)

ざっと、こんなところか。
もっとたくさんあったような気がしていたのだが、意外にすくなかった。

私は、恥ずかしながら(恥じることもないのだけれど)、村上春樹の本を読んだことがなかった。
村上春樹の評判はいやでも耳に入っていたし、本屋でもいやというほど目にしていたが。
(もう一人の村上龍は一冊だけ読んだ――芥川賞受賞作だったが、私の肌には合わなかった)

『ポートレイト・イン・ジャズ』 で村上春樹の文章にふれて、お、なかなかいいじゃないか、と思った。
すこし読んでみようかなあ。
だいぶん前、古本屋で気まぐれに買った本が二冊ほどあったはずだから。

『晴読雨読日記』 について書いた、過去の私のブログ記事
【読】うれしい書評(道新) 06/10/04
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_5f42.html
【読】「晴読雨読日記」ネット入手法 06/09/14
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_2041.html
【読】読了(晴読雨読日記) 06/09/05
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_a5d4.html
【読】「晴読雨読日記」を読む 06/09/02
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_2969.html
【読】友人が残したもの 『晴読雨読日記』 06/08/24
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/__0ad3.html


【2007.10.4追記】
今年、三回忌(没後満二年)だと思っていたが、もう三年になるのだった。
訂正した。

岸本完司 略歴 (『晴読雨読日記』 著者略歴から転載)
1951年 北海道上川郡東神楽町生まれ
北海道教育大学附属旭川中学校卒
北海道旭川東高等学校卒
早稲田大学第二文学部中退
東京音楽図書等を経て出版編集翻訳に携わる
以後翻訳を生業とし
1994年帰旭 翻訳に専念する
2004年12月12日死去 (享年53)

岸本完司の主な訳業
■頭脳開発10日間 / リンダ・ペリゴ・ムーア. -- 主婦の友社, 1987.3
■ヴァイオリンを愛する友へ / イェフデイ・メニューイン. -- 音楽之友社, 1987.4
■知られざるフリーメーソン / スティーブン・ナイト. -- 中央公論社, 1987.6
■知られざるフリーメーソン / スティーブン・ナイト. -- 中央公論社, 1990.5. -- (中公文庫)
■ドミンゴの世界 / ダニエル・スノウマン. -- 音楽之友社, 1987.11
■ヒトラーへの聖火 / ダフ・ハート・デイヴィス. -- 東京書籍, 1988.5. --
 ( シリーズ・ザ・スポーツノンフィクション ; 2)
■フライデー・ナイト・ライツ / H.G.ビッシンガー. -- 中央公論社, 1993.9
■FBIの危険なファイル / ハーバート・ミットガング. -- 中央公論社, 1994.8
■11番目の戒律. 上 / アレシア・スウェージー. -- アリアドネ企画, 1995.9
■11番目の戒律. 下 / アレシア・スウェージー. -- アリアドネ企画, 1995.9
■フィレンツェに抱かれて / R.W.B.ルイス. -- 中央公論新社, 1999.5
■驚異の12分間エクササイズ / コバート・ベイリー. -- キングベアー出版, 2000.7
■コロンブスをペテンにかけた男 / ジャイルズ・ミルトン. -- 中央公論新社, 2000.3
■ナポレオンもう一人の皇妃 / アラン・パーマー. -- 中央公論新社, 2003.2 

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2007年10月 2日 (火)

【楽】【読】若くして…

Portrait_in_jazz『ポートレイト・イン・ジャズ』 (和田誠/村上春樹、新潮文庫) には、ミュージシャンたちの生年、没年が書かれている。
何歳ぐらいで亡くなったのか気にしながら読んでいたら、驚いたことにずいぶん若い年齢で亡くなっている人が多いのだった。
この本でとりあげられている、20世紀アメリカのジャズ・ミュージシャンたちを、亡くなった年代ごとに羅列してみた。

ただし、没年齢は亡くなったときの満年齢ではなく、没年から生年を単純に引き算しただけ。
正確な没年齢は、亡くなった年に誕生日をむかえていたかどうかで、一歳ちがってくる。
丸括弧内が単純計算で私が出した没年齢だ。

また、この本の中でとりあげられているグループ(MJQ=モダン・ジャズ・カルテット、ジャッキー&ロイ)のメンバーは除外した。

山田風太郎の 『人間臨終図鑑』 ふうに、何十歳代で亡くなったかで分けてみた(生年順)。
Huutarou_rinjuu1Huutarou_rinjuu2山田風太郎 『人間臨終図鑑』 (上/下)
 徳間書店 1986年
徳間文庫からも三分冊で出版されている
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/419891477X/



20世紀の著名なミュージシャンたちの多くは、私が漠然と思っていたよりも若くしてこの世を去っている。
酒や麻薬に負けて命を縮めた人も多いが、そもそも、ジャズ・ミュージシャンというのは、命をすり減らしながら演奏し、死んでしまう人が多いのかもしれない。 ことにアメリカでは。

今の私よりも若くして亡くなった人がたくさんいることに、なにやら感慨をおぼえる。
写真で見ると、みんな老成した風貌なんだがなぁ……。

20代で亡くなった人たち
1903-1931 (28) ビックス・バイダーベック Bix Beiderbecke
1916-1942 (26) チャーリー・クリスチャン Charlie Christian
1930-1956 (26) クリフォード・ブラウン Clifford Brown

30代で亡くなった人たち
1904-1943 (39) ファッツ・ウォーラー Fats Waller
1920-1955 (35) チャーリー・パーカー Charlie Parker
1928-1964 (36) エリック・ドルフィー Eric Dolphy
1935-1974 (39) ボビー・ティモンズ Bobby Timmons
1938-1972 (34) リー・モーガン  Lee Morgan

40代で亡くなった人たち
1904-1944 (40) グレン・ミラー Glenn Miller
1910-1953 (43) ジャンゴ・ラインハルト Django Reinhardt
1915-1959 (44) ビリー・ホリデイ Billie Holiday
1917-1965 (48) ナット・キング・コール Nat “King” Cole
1925-1968 (43) ウェス・モンゴメリー Wes Montgomery
1928-1975 (47) ジュリアン・キャノンボール・アダレイ Julian Cannonball Adderley

50代で亡くなった人たち
1905-1964 (59) ジャック・ティーガーデン Jack Teagarden
1909-1959 (50) レスター・ヤング Lester Young
1922-1979 (57) チャールズ・ミンガス Charles Mingus
1925-1982 (57) アート・ペッパー Art Pepper
1929-1980 (51) ビル・エヴァンズ Bill Evans
1929-1988 (59) チェット・ベイカー Cet Baker

60代で亡くなった人たち
1904-1973 (69) エディー・コンドン Eddie Condon
1909-1973 (64) ジーン・クルーパ Gene Kurupa
1920-1982 (62) セロニアス・モンク  Thelonious Monk
1920-1984 (64) シェリー・マン Shelly Manne
1923-1990 (67) デクスター・ゴードン Dexter Gordon
1925-1990 (65) ジューン・クリスティ June Christy
1926-1991 (65) マイルズ・デイヴィス Miles Davis
1927-1991 (64) スタン・ゲッツ Stan Getz
1927-1996 (69) ジェリー・マリガン Gerry Mulligan

70代で亡くなった人たち
1899-1974 (75) デューク・エリントン Duke Ellington
1901-1971 (70) ルイ・アームストロング Louis Armstrong
1902-1972 (70) ジミー・ラッシング Jimmy Rushing
1909-1986 (77) ベニー・グッドマン Benny Goodman
1912-1986 (74) テディ・ウィルソン Teddy Wilson
1912-1988 (76) ギル・エヴァンズ Gil Evans
1917-1993 (76) ディジー・ガレスピー  Dizzy Gillespie
1918-1996 (78) エラ・フィッツジェラルド Ella Fitzgerald
1919-1990 (71) アート・ブレイキー Art Blakey
1925-1999 (74) メル・トーメ Mel Torme
1926-2002 (76) レイ・ブラウン Ray Brown
1930-2003 (73) ハービー・マン Herbie Mann

80代・90代で亡くなった人たち
1899-1981 (82) ホーギー・カーマイケル Hoagy Carmichael
1904-1984 (80) カウント・ベイシー Count Basie
1907-1994 (87) キャブ・キャロウェイ Cab Calloway
1915-1998 (83) フランク・シナトラ Frank Sinatra
1918-2006 (88) アニタ・オデイ Anita O'Day
1909-2002 (93) ライオネル・ハンプトン Lionel Hampton

存命
1925- オスカー・ピーターソン Oscar Peterson
1926- トニー・ベネット Tony Bennett
1928- ホレス・シルバー  Horace Silver
1929- ソニー・ロリンズ Sonny Rollins
1930- オーネット・コールマン  Ornette Coleman
1940- ハービー・ハンコック Herbie Hancock

※ 『ポートレイト・イン・ジャズ』 から、手作業で文字入力したものをEXCELで編集した。
転記ミスがあるかもしれない。 ここから転載していただいても、内容の正確さは保証しかねる。
なお、日本語人名表記は、村上春樹氏の原文に従った。
村上春樹氏が書いているように、Miles=マイル、Evans=エヴァン、Charles=チャール、と濁音で表記するのが正しいのだろう。

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2007年10月 1日 (月)

【楽】【読】Portrait in Jazz (続)

和田誠(絵)と村上春樹(文)による 『ポートレイト・イン・ジャズ』 (新潮社) は、私にとってひさしぶりのヒットだった。
和田誠さんの絵がなんともいえない味をだしているし、村上春樹さんのエッセイもいい。
私の知らないジャズのレコードもたくさん紹介されていて、うれしいのだ。

続編 『ポートレイト・イン・ジャズ 2』 も読んでみたいな、と思っていたところ、文庫版が出ていて、これがなんと正・続二冊をまとめたものだった。
買ってから気づいたのだけれど。
Portrait_in_jazz2『ポートレイト・イン・ジャズ』 新潮文庫
 2004.2.1 発行 781円(税別)
カラー図版、340ページでこの価格はお買い得。
ほんとうはサイズの大きい単行本で手許に置いておきたい本だが、値がはるので文庫でがまんしよう。

図書館から借りてきた正編は、今日一日の往復の通勤時間で読みおえてしまった。
この本の中で、いいなと思った箇所がある。

<ビリー・ホリデイの晩年の、ある意味では崩れた歌唱の中に、僕が聞き取ることができるようになったのはいったい何なのだろう? それについてずいぶん考えてみた。 その中にあるいったい何が、僕をそんなに強くひきつけるようになったのだろう? / ひょっとしてそれは 「赦し」 のようなものではあるまいか ―― 最近になってそう感じるようになった。 ビリー・ホリデイの晩年の歌を聴いていると、僕が生きることをとおして、あるいは書くことをとおして、これまでにおかしてきた数多くの過ちや、これまでに傷つけてきた数多くの人々の心を、彼女がそっくりと静かに引き受けて、それをぜんぶひっくるめて赦してくれているような気が、ぼくにはするのだ。 もういいから忘れなさいと。 それは 「癒し」 ではない。 僕は決して癒されたりはしない。 なにものによっても、それは癒されるものではない。 ただ赦されるだけだ。> (Billie Holidayの項)

長文の引用になったが、さすが、村上春樹の名文。
「もういいから忘れなさい」 ……グッときたね。

もうひとつ、"レディ・デイ"の相方、"プレス"(レスター・ヤング)のエピソードが、いい。

<「見事な音楽だったが、その楽器は見るに耐えない代物だったね」 とある人はレスターについて回想している。 「安物の楽器を、輪ゴムや糊やらガムなんかでくっつけ合わせているんだ。 でもそこから生まれる音楽は、ほんとうに素晴らしかった」 / 好漢レスター・ヤングについて語られたエピソードの中で、僕はこれがいちばん好きだ。 そう、そうでなくちゃ、と思う。> (Lester Youngの項)

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