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2007年10月10日 (水)

【読】ノモンハンの話

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社) の中の、「ノモンハンの鉄の墓場」 という、これまた少し長めの旅行記を読んだ。

Murakami_haruki2この本のカバーの写真(左)が、ノモンハンの戦場跡に残された旧ソ連軍の戦車(装甲車)の残骸である。
この旅行記の中にも、私を惹きつけた記述がある。

ハイラル郊外の山に関東軍が築いた 「ハイラル城」 と呼ばれる大掛かりな地下要塞を訪れたときの話。
関東軍は、ソビエトの強力な機械化部隊をくいとめ、長期戦を戦い抜くために、この要塞を突貫工事で築きあげた。 強制徴用した中国人労働者を使って。

<その工事の過程で、きわめて苛烈な労働条件のせいで多くの労働者が命を落とした。 そしてなんとか生き延びた人々も、要塞の完成時に機密を守るために(つまり口塞ぎに)集団で抹殺された。 その山の近くに死体をまとめて放り込んだ万人坑があり、そこにはまだ約一万人の中国人工人の骨が埋まっている――ハイラルで僕らを案内してくれたガイドはそう言った。>

<彼の言うことがどこまで正確な歴史的事実――本当に一万人も殺されたのかというようなこと――なのか、もちろん僕にはここできちんと証明する術もないのだけれど、少なくともハイラルに住む中国の人々はそれが歴史的真実だと今でもはっきり信じているようだし(だいたい同じ内容の話を現地で複数の人たちから聞いた)、結局のところそれがいちばん重要なことではないのだろうかと僕は思う。

私もまた、そう思う。

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コメント

ノモンハンに関しては、私もとても興味がありました。司馬遼太郎さんがいっぱい資料を集めたけれど、書けなかったという事件です。何故かというと、書きたいと思うような「人物」が、いなかったからだそうです。
春樹さんがノモンハンを訪問して、いろんな不思議なことにも出会って、私は司馬さんの代わりに、春樹さんがノモンハン事件を取り上げて、お書きになるかと思いました。
いまだ実現せずですが。。。

すみません、隠れファンなので、つい出てきて?しまいます。隠れてはいられないのが、ファンの悲しさ・・・

投稿: モネ | 2007年10月10日 (水) 23時51分

>モネさん
コメントは大歓迎ですので、ご遠慮なく。
今日の帰りがけ、司馬遼太郎の『街道をゆく5 モンゴル紀行』(朝日文庫)を買ってしまいました。
店を出てすぐに、あれ?これ持っていなかったけ、と、手帳のメモを見ると案の定、二冊目を買っていたわけで。
村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』には、ノモンハン事件(村上さんは「戦争」と書いていましたが)がとりあげられているとか。
ちょっと、興味があります。
ブログの本文には書きませんが、高校の恩師がノモンハンの戦闘で腕を失ったらしいと噂に聞いていました。
義手をしていた先生ですが、とうとう、ノモンハンのことは聞きそびれてしまいました。
ノモンハンは、私にもいろいろと思い入れのある土地です。

投稿: やまおじさん | 2007年10月11日 (木) 21時27分

クロニクルを書いたあとで、ノモンハンは訪問したのではないでしょうか。。。
(確信はないのですが)

井戸と戦争が出てきたと思います。。
(違ったかな?)

同じ本を買ってしまって、あとで気が付くということ、私もありました。。

投稿: モネ | 2007年10月12日 (金) 18時02分

>モネさん
おっしゃるとおりです。
この本にも、そう書いてありました。

94年6月。『ねじまき鳥クロニクル』第二部でノモンハンと満州のことを書いたら、雑誌「マルコポーロ」から、実際にそこに行ってみませんかという話が来た。僕もかねがね生きたいと思っていたところだったので、すぐに引き受けた。・・・云々

同じ本・・・あれは、悔しいもんです。
以前買ったことを忘れているくらいですから、司馬遼太郎の本をまじめに読んでいないということですが。

投稿: やまおじさん | 2007年10月12日 (金) 21時22分

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