【読】勢古さんの近刊(続)
読みやすい新書なので、読みおえてしまった。
勢古浩爾 『会社員の父から息子へ』 ちくま新書
著者が他の本でさんざん言っている持論を、スタイルを変えて書いているだけともいえるが、それなりに納得できて、後味のいい本だった。
終章で、勢古さんのご両親のことがしんみりと語られていて、ちょっと感動した。
とくに、お母さんの思いでは私にとっても身に沁みた。
私の母は、さいわいなことに(病気がちではあるが)健在なのだが。
<本書を書いている最中、何度となく父と母のことを思い出した。 その最期から葬儀が終わるまで、いや終わってからも、一滴の涙さえ流すことができなかったくせに、生前の父母のさまざまな姿を思い出すと、不覚にも胸がつまるのであった。 人混みのなかにポツンと立つ小さな母、深夜ひとりでテレビを見ている老父。 わたしがこの世に生まれてきたことにはなんの意味もないが、あの父と母の子として生まれてきたことにはたしかに意味があったのだ、という気がする。>
― 第7章 いつから訣れる ―
勢古節(私の命名)は、あいかわらず健在。
ときどき、とてもいいことを言う人である。
<いま、生き方が必要もなくむつかしくなっているような気がする。 いたずらに、不安が煽られる。 自由に拘束されて 「自分探し」 に迷走する。 「夢」 に足を掬われる。 むやみやたらと長寿になって、老後の生活が成り立たない。 勝ち組にあらざれば人にあらず、という風潮がある。 「がんばれ」 というと、そんなこというな、という。 権利ばかりが主張される。 男とは、女とは、というと、そんなこというな、という。 そのくせ、いい男がいない、という。 まあ、たしかにいない。 しかしそんなことをいえば、いい女だっていない。
もっとシンプルでいいのだと思う。 いい働く場所(会社だけを意味しない)が見つかれば、そこで一生懸命、公明正大に働くこと。 この場所だけはなんとしてでも確保しなければならない。 だれに対しても誠実に接すること。 好きなひとができたなら、そのひとを大事にすること。 (中略) ようするに、ふつうに、まっとうに生きること。>
― 第5章 世の中を生きるということ ―
次のエピソードもよかった。
著者が偶然、テレビで見た印象的な場面(著者はテレビが好きだという)。
ハンガリーの小さな町で暮らす、「寡黙で物腰の柔らかい初老の靴職人」 が言う。
「わたしは幸福だ」 と。 「一生できる仕事があるから」 と。
<ああ、羨ましいな、と思った。 そして、そうなのだ、と一人ごちた。 これが 「幸せ」 であり、これも 「幸せ」 なのだ、と。 / かれの年恰好からいって、幼少期にには第二次大戦の戦火に遭遇したはずである。 戦後も国家は東西冷戦に翻弄され、国民は長期にわたるソ連の支配下にあって暮らし向きはけっして楽ではなかったはずである。 だが今、やっとここに安全で静謐な生活がある。 細々としてはいてもたしかな仕事もある。 それが 「幸福」 なのだ、と。 / とはいえ、わたしたちの目から見るなら、かれの生活はそれほど豊かでも便利でもなさそうに見える。 グルメがない。 食べ放題がない。 海外旅行も、42型の液晶テレビも、自家用車もなさそうだ。 (後略)>
<しかし、かれには 「幸福」 がある。 少なくとも 「幸福の原型」 がある。 こちら側にはなんでもあるが、その 「幸福」 だけがない。 あらゆる便利ならある。 あらゆる物ならある。 けれど 「幸福」 がないように見える。 (後略)>
― 第6章 男に「幸せ」などない ―
このハンガリーの靴職人にくらべたら、私たちには誇るべきものが何もないように思う。
もちろん、「こちら側」 にもこういう人はいるはずだが、すくなくとも私は、この話を読んで自分を恥じた。
「幸福の原型」、いい言葉だな。
いまとつぜん思いだしたのだが、こんなCMソングがあったっけ。
♪ しあわせって なんだっけ なんだっけ ・・・
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コメント
幸福の原型、なるほど・・・。物ではないのは、本当に確かですね。
投稿: 玄柊 | 2007年11月20日 (火) 22時53分
>玄柊さん
モノが多すぎるのですね。
いまさらどうしようもないのですが。
投稿: やまおじさん | 2007年11月20日 (火) 22時59分