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2007年12月14日 (金)

【読】江戸時代がおもしろい (2)

江戸時代、ことにその末期がおもしろい。

Kanamori_isemoude_2『伊勢詣と江戸の旅』 道中日記に見る旅の値段
 金森敦子 著  文春新書 375  \700(税別)

江戸時代というと、庶民の生活、とくに農村の生活は窮屈だったと思いがちだが、そうでもなかったのだ。
この本を読みはじめて、じぶんの思い込みに気づかされた。

<江戸時代、全国に流行した伊勢詣。 人々は伊勢講を組織して貯金し、餞別をもらい、農閑期を選んで団体で出発した。 道中では旅籠代を倹約したり、渡し船の船頭に酒手を強要されたりしつつ伊勢に到着。 すると緋毛氈の駕籠に迎えられ、御師の大邸宅では御馳走づくめに絹の蒲団が出る。 神楽の奉納に名所・遊女屋の見物、土産の購入と、旅の全てを拾い、その経費を現代の円に換算して庶民の旅の実態を描き出す。 弥次・喜多になって旅する気分になれる一冊。>

江戸から京都まで、126里6丁といわれる(「五駅便覧」による)。
伊勢までの距離もおなじぐらいか。

この距離を、当時の人びとは、とうぜんのことだが歩いて旅したのだ。
一日の平均歩行距離は、成人男子で10里。
10里といえば約40km。
いまの私たちは、こんなに歩けるだろうか。

当時、江戸から京都までは、12泊13日で行くのが基準にされていたそうだ。
武士ならもっと早足で、一日11里か12里は歩いた。
もっとも、これは途中で川留めや事故にあわずに、順調に歩き通した場合だ。

旅の費用もかさんだことだろう。
江戸と伊勢の往復の旅費だけで、1両2分という。
1両=4分=12朱。
大工・左官・木挽き・桶屋の日当が、一人12日働いて金1分。
つまり、1両は単純計算で48日分の労賃に相当する。

農民の場合、現金を手に入れる機会はすくなかったから、これだけの旅費を貯めるだけでもたいへんなことだっただろう。
そのうえ、伊勢に着くと、30両、50両という金額を奉納したというのだ。
現代の円に換算すると、180万円、300万円になるだろう、と著者はいう。

<(前略) 多くの庶民の伊勢までの道中は、実につましいものであった。 宿泊も二流か三流どころの旅籠屋多かったようだ。 道中手控に各地の名物が記されていることは少ないから、おそらく食べ歩きといったこととも無縁だったのだろう。 馬や駕籠に乗ることも滅多にない。 (後略)>

<いくら貨幣経済が発達したとはいっても、一般庶民がこれだけの金額を貯えるのは容易ではなかったはずだ。 伊勢に着いた途端に一転して大金を散在し、散在したことに十分満足して、嬉々として伊勢両宮の有難さを記しているのだから、旅はまさに魔物であった。>

現代のわれわれにとっても、「物見遊山」 の旅は、ひとつの楽しみである。
今の私たちと変わらないと思うと、なんだか親しみを感じるな。


著者の金森敦子さんは、1946年新潟県生れ。
写真をみると、和服姿の上品な女性。
なかなか読ませる本だ。

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