« 【遊】府中郷土の森の雛人形 | トップページ | 【読】日本庶民生活史料集成 »

2008年3月 9日 (日)

【読】読了 江戸の旅日記

ようやく読了。
十日ぐらい、この本にかかりっきりだったな。
地名が多く、最後の方は流し読みのようになってしまったが、たいへんな本だった。

Ishikawa_senkouin石川英輔 『大江戸 泉光院旅日記』
 講談社文庫 1997.5.15 1刷

もう何度も掲載した写真だが、このカバーの絵も味わいがある。
(カバーデザイン 菊地信義)
近くの図書館には単行本(1994.5 講談社)もあったが、文庫版の方が加筆訂正されているそうなので、借りてこなかった。

この日記の原文が収録されている、三一書房  『日本庶民生活史料集成 2』 が、市の中央図書館にあるというので、一度見てみたいと思う。

今から二百年近くも前、徒歩で旅するしかなかった時代に、これだけの範囲を六年かけて 「回国」 (長い時間をかけて国から国を回る旅人を、こう呼んだ) した、私と同じくらいの年齢の山伏のタフさかげんに驚いた。

泉光院に同行した、斉藤平四郎という 「強力」 (荷物持ちだったが、泉光院に負けず劣らず托鉢して歩いた) は、旅の終り頃にはさすがに病気がちになったが、泉光院は最後まで元気だった。
修験道の修行で鍛えた、強健な体の持ち主だったようだ。

正直なところ、このようなしんどい本からようやく解放されて、ほっとしている。
いろいろ、タメになったけどね。

泉光院の旅の足跡は、下の図版にあるように、日向国 佐土原を起点として九州を一周、山陰を通って本庄まで。
恐山に行きたかったようだが、「今年は凶年だからよしなさい」 と言われて、あきらめている。
その年は異常な暑さだったようだ。

大山、白山、立山、富士山にも登っている。
というか、行く先々の信仰の山には、まめに足を運んでいる。
もちろん、彼が 「九峰」 と呼んだ、修験道の霊峰 (英彦山、羽黒山、湯殿山、金剛山、熊野山、大峰山など) は、この旅の主要目的だったので、石鎚山を除き、きちんと登山している。

何度も言うが、すべて徒歩である。
じぶんの足以外、使ったのはせいぜいが舟。
馬にも駕籠にも乗らずに、歩き通したのだ。
すごい。

Ishikawa_ooedo_senkouin2 <現代の登山家は、日本の山などおもちゃのようなものだ、などといっていばる。 だが、近代登山というのは、行程の九十パーセント以上をジェット旅客機で飛び、さらにヘリコプターや四輪駆動車などを使って山のすぐ下まで行き、七千メートルあたりから上では呼吸も自力ではできないから、酸素ボンベを使って登り、あとには膨大なごみの山を残して帰って来る。 (中略) 昔の登山者のように、自宅から山頂まで、正確な地図もなしにわらじがけで全コースを歩き、まったくの自力だけで登山をすれば、白山でもヒマラヤ並みの高山なのである。>
(本書 203-204ページ)

|

« 【遊】府中郷土の森の雛人形 | トップページ | 【読】日本庶民生活史料集成 »

【読】読書日誌」カテゴリの記事

こんな本を読んだ」カテゴリの記事

石川英輔」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/139344/40435407

この記事へのトラックバック一覧です: 【読】読了 江戸の旅日記:

« 【遊】府中郷土の森の雛人形 | トップページ | 【読】日本庶民生活史料集成 »