【読】海と宝のノマド(続)
瀬川拓郎 著 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 (講談社選書メチエ) を読みはじめた。
これがとても面白い。
視野がぐんとひろがる本だ。
「第二章 格差社会の誕生――宝と不平等」 に、有名な知里幸恵の 『アイヌ神謡集』 の序文が引用されている。
<その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由な天地でありました。 天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。 ……>
とても美しい文章だが、現実のアイヌ社会は早い時期から社会内部に 「格差」 があり、富める者と貧しい者が厳然と存在していた。
『アイヌ神謡集』 の第一話 「銀の滴降る降るまわりに」 は、<かつては有数の宝もちで、人間的な徳もありながら、いまは落ちぶれ、貧乏ゆえに村中から差別と迫害を受けている人物が、村の守護神であるフクロウの神から宝を与えられ、その宝をもとに首長になる話> である。
著者の瀬川氏は、こう言う。
<この話では、アイヌ社会の二つの現実が示されている。/ひとつは、神からのほどこしがなければ、貧乏人はついに貧乏人で終わるしかないという現実であり、もうひとつは、宝さえあれば首長になることもできるという現実だ。/前者は、強く固定化した階層化社会の現実、そして後者は、「成功」のチャンスは誰にでも開かれているという、競合の自由が平等の理念となっている、まるで現代のどこかの国のような現実といえるだろう。>
<アイヌ語では貧乏人のことを 「ウェン・クル」 という。 「ウェン」 は悪い、「クル」 は人という意味だ。 悪人と貧乏人は同義なのだ。>
<フクロウの神は、なぜ村人全員から宝を奪いとることで皆を平等にしなかったのか。 あるいはなぜ皆が同じだけ所有するように宝を再配分しなかったのか。 そうしなかったのは、格差社会が当然のものとして皆に受け入れられていたからだろう。>
興味深い論考であり、考古学の成果をベースにしているだけあって説得力がある。
しかし、だからといって、知里幸恵が残した 『アイヌ神謡集』 の価値は、いささかも損なわれない。
著者は、こうも言う。
<大自然に抱擁された稚児、歌い暮らす天真爛漫な日々――私たちは、自然と一体になったアイヌの姿に、みずからの幸福な幼年期を重ねあわせるのだろう。 多感な少女であった幸恵にとってもまた、あるべきアイヌの姿は、「文明」 という汚れた大人になることを拒否した 「自然」 の側にある幼年期としてのアイヌだったにちがいない。>
(引用部分はすべて、本書第二章 P.54~56)
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