【読】星野道夫さんをめぐって (続)
この本のつづき。
『星野道夫 永遠のまなざし』
小坂洋右、大山卓悠 著
山と渓谷社 2006年
巻頭に星野さんの人なつっこい笑顔のカラー写真がある。
デナリ国立公園、1984年というキャプションがついている。
ほんとうに、少年のような屈託のない笑顔だ。
そのページに続いて、星野さんが最期をむかえたカムチャッカ半島南端のクリル湖周辺の写真と、星野さんを襲ったとみられるヒグマの写真が掲載されている。
北海道をおもわせる、美しい風景だ。
あの事故さえなければ、ここはここで、すばらしい場所だっただろう。
キャプション 「星野道夫が最後に見た風景」
―― 北緯51度、カムチャッカ半島南端部にあるクリル湖は、周囲45キロほどもある大きなカルデラ湖。 周囲には富士山にそっくりのイリインスカヤ山など、標高1500~2000メートル級の火山が点在している。 (中略) ベニザケを餌とするヒグマも多く棲息し、その密度は世界でも有数。 (後略) ――
ところで、この本の最終章だけは、星野さんと親交のあった 大山卓悠(おおやま・たかひろ)さんが執筆している。
星野さんの人がらが生き生きと描かれていて、好感がもてる文章だ。
その中に、ほほえましいエピソードが書かれてる。
星野さんが結婚する前の話だと思う。
大山さんは家族を連れて、フェアバンクスの星野さんの家に遊びにいった。
星野さんの家は、白樺とアスペンとトウヒの森の中にひっそりと建っていた。
―― 以下、原文から引用 ――
「じゃあ、今夜はぼくのいちばん得意なスパゲッティーを作りますから」
星野道夫は得意顔で宣言した。 すると四歳になるぼくの長女がすかさず言った。
「パパもスパゲッティー得意だよね。 アルデンテだもんネ」
子供は正直だというが、残酷でもある。 星野道夫はそのひと言にプレッシャーを感じてしまったのかすっかり緊張し、緬を茹でながらしょっちゅうスパゲッティーをすすっている。 緬の固さを確かめていたのだと思うが、それを見ながら長女が心配そうに言った。
「星野さん、スパゲッティーをみんな食べちゃうんじゃないの」
(中略)
結局、長女の予感は的中し、最初に茹でた分では皆の皿に行きわたらなかった。
「すみません。 ちょっと味見しすぎちゃったみたいで……」
星野道夫は頭をかきながら、新たにスパゲッティーを茹で直した。
― 本書 第四章 「星野道夫が残してくれたもの」 より ――
この後、星野さんが大山さんのアンカレジの家を訪ねたときのエピソードが、とてもいい。
星野さんと大山さんのお嬢さんが、ムース(アラスカに住む大型のヘラジカ)の干からびた糞を投げっこして遊びだした。
その時、星野さんは容赦なく四歳の少女に糞をぶつけるのだった。
―― 以下、原文から ――
(前略) 長女も負けじと両手で糞をすくい取り、星野道夫にぶつけ返した。 さあそうなると二人とも、つかんでは投げつかんでは投げの激しい交戦になった。 星野道夫も娘も必死の形相で投げ合っている。 娘はまだ四歳の子供だ。 そんな年端も行かない女の子に、星野道夫は大人に対してするように真顔でぶつけている。 いずれ娘は泣き出すに違いないと、傍ではらはらしながら見ていたが、結局二人は飽きるまでぶつけ合って平気な顔をして息をついた。
「ああ、面白かった。 星野さんまたやろうね」
「ウン、ここはいいね。 フンがたくさんあるもんね」
二人は息を切らしながら、目をきらきらさせてうれしそうに話している。 そんな二人を見ながら、ぼくは何か未知のものに触れたような気がした。 星野道夫も娘も、ぼくが生きる世界とは別の境界に住む人々のように見えたのだ。 あれほどひどくムースの糞をぶつけられて、なぜ長女は泣き出さなかったのだろう。 とても痛かったはずだ。 星野道夫も星野道夫で、いい大人がたった四歳の子供にああまですることはない。 まるで子供同士の喧嘩のようだった。 そう思った途端、ぼくは二人の関係がすっと理解できた。 そう、二人は子供同士で、それも仲のよい友だち同士なのだ。 (中略) 泣き出さなかったのは、星野道夫が大人でなかったからなんだ。
星野道夫の人間性にそんな一面があることを心に留めながら、ぼくと彼の付き合いは続いていった。
― 同 P.221~ ―
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