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2008年7月の30件の記事

2008年7月31日 (木)

【楽】すどもんしんぶん

須藤もんさんが、こんな「しんぶん」をつくったというので、ご本人了解のうえで掲載する。
なんというか、昔つくった 「かべしんぶん」 のような味わいがあって、なかなか良いのだ。

あさって、8月2日(土)は、国分寺 「giee」 でライブだ。
ひさしぶりに、彼女の歌を聴きにいこうと思う。

■8/2 (土)
 国分寺 「giee(ギー)」
 JR中央線 国分寺駅北口 徒歩3分
 (東京都国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1)
 TEL 042-326-0770
 18:30 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  石井明夫  須藤もん with 対馬照

 http://giee.jp/

ぜひ、お誘いあわせのうえお越しください。


須藤もん公式サイトはこちら
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/

携帯電話(モバイル)用サイトもあります
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/mobile/



下の画像は、クリック(左クリック)すると別ウィンドウで拡大表示されますが、画面の解像度によっては下の方が欠けるかもしれません。
拡大表示された画像を右クリックして保存・印刷などしていただくと、読みやすいでしょう。
Sudomon_news_4

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2008年7月30日 (水)

【読】昭和16年夏の敗戦(続)

こんなに面白い本だったのかと、あらためて感心しながら読み続けている。
はじめて読んだのは、今から10年以上前かもしれないが、面白かったという印象しか残っていない。
われながら、情けない記憶力だ。

Inose_shouwa16nen猪瀬直樹
『日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年夏の敗戦』
小学館 「日本の近代 猪瀬直樹著作集 8」

第二章 「イカロスたちの夏」 にさしかかって、がぜん面白みがましてきた。
ところで、イカロスって何だっけ?
ああ、そうだった。
ギリシャ神話にでてくる、翼をもった人物。
「父ダイダロスの作った翼をつけて、いましめを忘れて高く飛びすぎ翼を固めていた臘が太陽の熱で溶けて海に墜死」(三省堂「新明解百科語辞典」)

知っていたつもりで、じつはよく知らないことの、なんと多いことよ。
中学、高校のときに、もっとベンキョーしておけばよかったと、今さらながら思う。

「統帥権」 についても、この猪瀬さんの本で、あらためてホントーのところがわかった。

<当時のわが国の国家意思は「統帥(大本営)」と、「国務(政府)」の双方の会議により発動された。 (中略) 旧憲法では統帥権は、"神聖にして犯すべからず"で政府は関与できない。 統帥部(大本営)は政府と別個に作戦を発動できたのである。 軍部独走の素地はここにあるのだが、旧憲法の制度上の欠陥を補うために、統帥部と政府の双方の会議は、「政府、大本営連絡会議」でなされた。 その形式的承認儀式が、天皇臨席の「御前会議」である。> (P.110)

天皇に対する事前の「根回し(奏上)」があって、御前会議はその形式的な追認だったということも、私は認識していなかった。
御前会議では、天皇は原則として意見を述べることをしなかったという。

(昭和)天皇の戦争責任、ということも考えてみる。
猪瀬直樹はこう書いている。
昭和16年12月1日、日米開戦を決める御前会議のくだり。

<セレモニーは数時間後に控えている。 天皇は日米開戦を避けたがっていた。 皇太子時代の英国留学で「初めて自由を知った」天皇が以来すっかり欧米贔屓になっていたことはよく知られている。/だからといって天皇が平和主義者だったということにはならない。 中国侵略については比較的寛容だったし、日米開戦についても、終戦の「御聖断」を下すことができたくらいなら、もう少し積極的な役割を果たしえたのではないか、後日、議論が分かれたところである。> (P.94)

いまやすっかり悪者扱いされている、東條英機についても、冷静な記述がされている。
(猪瀬直樹は「東條」と表記していて、この字が正しい。「東条」は新字体)
綿密な調査・取材のたまものだと思う。

東條英機は、じつに実直な軍人で、第三次近衛内閣の総辞職後、陸相をやめて用賀にあった自宅にひきこもるつもりで、荷物を運びはじめていたという。
天皇による組閣の大命は、東條じしんも、周囲の誰も予想していなかったことだった。

首相(陸相、内相を兼任)になった後、日米開戦決定までの四十五日間、なんとか開戦を引き伸ばそうと、主戦論者(統帥部)と、開戦に消極的な天皇及び閣僚との板挟みで腐心していた、というのが猪瀬直樹の記述だ。

その東條も、日米開戦決定後、急激に「挙国一致」で戦争遂行に邁進していく……。

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2008年7月28日 (月)

【読】昭和16年夏の敗戦(猪瀬直樹)

猪瀬直樹が書いた本を続けて読んでいる。
去年の5月に、ちょっとだけ紹介した本。

 2007年5月30日 【読】日本の軍隊(続)
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_5fd2.html

Inose_shouwa16nen_2猪瀬直樹
 『日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年夏の敗戦』
  日本の近代 猪瀬直樹著作集 8
  小学館  2002.8発行  269ページ 1200円(税別)

昭和16年夏、日米開戦(真珠湾奇襲)の四ヵ月前の8月16日、平均年齢33歳の「内閣総力戦研究所」 研究生で組織された模擬内閣は、日米戦争日本必敗の結論に至り、総辞職を目前にしていた――。

信じがたいことだが、日米開戦前に、総力戦のシミュレーションをしていたのである。
これはフィクションではない。

ずっと前に一度、文庫本で読んでいたのだが、なぜか手放してしまった。
あらためて著作集の一冊で読みはじめている。

猪瀬直樹は、近ごろいろんなことを始めたので嫌われているようだが、私は嫌いではない。
明快な文章を書く人で、綿密な取材・調査をベースに書かれたこの人のノンフィクションは、面白いと思う。

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2008年7月27日 (日)

【楽】あつい夏に聴くアルバム

ちょうど一年前にも、このアルバムのことを書いたっけ。

昨夜からちょいと時間がかかったけれど、三枚組LPを二枚のCDに収めることができた。
できぐあいのチェックをかねて、ヘッドホーンで全曲聴きなおしている。

1956年といえば、半世紀前の演奏。
今聴いても、まったく 「イキ」 がさがっていない。
それどころか、新鮮ささえ感じる。

暑い夏には、うってつけの音楽だなぁ。

むし暑い部屋で、熱いジャズを聴いている。
汗をかきかき、アイスをかじりながら。

Hampton Hawes Quartet
 ALL NIGHT SESSION  Vol. 1,2,3

 CONTEMPORARY RECORDS  1958

 Hapmpton Hawes, piano
 Jim Hall, guitar
 Red Mitchell, bass
 Bruz Freeman, drums

 Recorded the night of November 12th & morning of November 13th 1956,
 at Contemporary's studio in Los Angels.
 Sound by Roy DuNann.  Produced by Lester Koening.

スタジオ録音だが、夜から朝にかけて全曲(16曲!)録音したものらしい。
一発録りだと思う。
ナマ演奏の躍動感が伝わってくる。

All_night_session_12All_night_session_23Vol1_jacketVol2_jacketVol3_jacket   








【参考】
http://www.geocities.jp/iascii/player/Hawes.htm より

Hampton Hawes
1928年11月13日 Californnia 州 LA 生れ。
77年5月22日、LA の病院で脳出血のため物故。
ハイスクール卒業後、Dexter Gordon, Wardel Gray らと演奏。
51~52年に Shorty Rodgers, Howard Rumsey のバンドに加わり、才能を認められた。
その後軍隊にとられ、除隊後の 54年にトリオを結成、名声を得た。
50年代末には麻薬に冒され暫くジャズ界から離れていた。
64年に復帰、以後、ジャズ祭や楽旅で活躍。 

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2008年7月25日 (金)

【読】この本もおもしろい

こんなタイトルばかりだが、本のことしか書くことがないので。
それにしても、暑い。
夜、家のなかにいても汗だくだ。

すこし前に、このブログでちょっとだけ紹介した本。

 2008年5月18日 (日) 【読】「作家の誕生」(猪瀬直樹 著)
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_be86.html


今日から読みはじめたこの本は、予想にたがわず面白い。
猪瀬直樹の書いたものも、昔から好きなのだ。

Inose_sakka_tanjou猪瀬直樹 『作家の誕生』
 朝日新書 048  2007.6発行
 244ページ  720円(税別)

古今東西、作家と呼ばれる人たちは、変わり者が多いと思う。
近所に住んでいたら、おつきあいするのがためらわれる、そんな人ばかりだ。
私には、作家をあがめたてまつる趣味はない。
人間くさいエピソードが好きである。
だから、この本が面白い。




<川端康成は五年生の秋、手帖にこう書き込んだ。
「内藤千代子のホネームーンやエンゲージで読んだような男学生と女学生との交際が懐かしいものとして現れる。 自分もあんなに交わってみたいと思う。 草平氏と明子(はるこ)さんの煤煙がまだ読まないながら浮ぶ。 自分もあんな恋をしてみたいような気がする」
 夏目漱石の弟子のひとり、森田草平の『煤煙』は、ある事件の一部始終をありのままに書いた小説だった。 (以下略)>  ― 第2章 スキャンダルとメディア より ―

明子(はるこ)とは誰か。
当時は権威があった会計検査院の課長の娘。
日本でひとつしかない女子大、日本女子大に進んだ
「ギリシャの情熱的な叙情詩人」 サッフォーに似た
「二重瞼の西洋人的な面立ちと地黒の肌」 を持った二十二歳の女性。

次のページの写真を見て驚いた。
「明子(平塚らいてう) (1886~1971)」 のキャプションがある。
たしかに、西洋的な容貌の別嬪である。

そういえば聞いたことのある二人の心中未遂事件。
その顛末をありのままに書いたのが、森田草平の 『煤煙』 という小説だったらしい。
森田草平は、才女といっていい平塚らいてうに、体よく翻弄されたのである。

「故郷に妻子を置いて上京し、別な女をつくったりして、そこそこに蕩児」 であり、「女のあしらい方を心得て」 いたはずの森田草平だったが、明子に 「自分はダブルキャラクターよ」 などと言われ、どういう意味だね、と訊ね、逆に 「なんだと思います?」 と突っ込まれて、狼狽するのである。

ただの情けない、すけべおやじである。

ちなみに、夏目漱石は、心中に失敗して世間の強い風当たりを受けた弟子の草平を、自宅に置いてかばったという。
また、『三四郎』 のヒロイン、美禰子のモデルがこの明子だったという。
有名な話かもしれないが、私は知らなかった。
恥ずかしながら、『三四郎』 もまともに読んでいないし。

ただ、こういう、きわめて人間くさいエピソードが私は好きだ。

それにしても、作家と呼ばれる有名人よりも、市井の無名の人々のほうが、人間としてまっとうな生き方をしているんじゃないか、と私には思えてならない。

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2008年7月24日 (木)

【読】この本がおもしろい

きのうの続きである。
私にしてはめずらしく、一日で読みおえてしまいそうな勢い。
まだ50ページほど残ってはいるが。

Masataka_tensai正高信男 『天才はなぜ生まれるか』
 ちくま新書 466  2004.4発行
 203ページ  680円(税別)

「障害(障碍)」ということを、考えさせられる。
この本にとりあげられている六人の 「天才」 は、いずれも、何かしらの障害をもっていた。
(広義の意味での「学習障害」)
障害をもっていたからこそ、偉業をなしとげることができた、と著者はいう。

そして、これまで流布されてきた 「偉大な天才」 の神話をくずして、彼らを等身大の人間としてとらえる。

トマス・エジソン (注意欠陥障害)
アルバート・アインシュタイン (読み書きと計算の学習が困難であるという意味での狭義の学習障害)
レオナルド・ダ・ヴィンチ (アインシュタインと同様の障害)
クリスチャン・アンデルセン (文法障害)
グラハム・ベル (他人の気持がわからない障害=アスペルガー症候群)
ウォルト・ディズニー (多動症、多動障害、多動症候群)



― 本書まえがき より ―

 <(前略) 私はこの本で、障害にもかかわらず、それを克服して偉大な足跡を残した人の伝記を単純にまとめようとしているわけでは、決してない。 たとえば今あげたアインシュタインをとってみても、彼が障害者であったことを記すに際し、従来どう書かれていたかというと、判で押したように 「彼は障害があったにもかかわらず、やがて物理学者として……」 という風な表現をとっているのに気づくだろう。 つまり、障害を克服してがんばったのだと伝えようとする。
 しかしながら、この発想は全く誤っている、というのが本書のメッセージの核心にほかならない。 「障害があったにもかかわらず」 ではなくて、「障害があったからこそ」、彼は後世に名を残す発見ができたのであると、私は考えている。 それは、他の五人についても全く変わらない。
 障害を持つことは、必ずしも当人にとってハンディキャップとして作用するとは限らない。 それどころか、正反対に、強みとして働くことも珍しくないのだ。 それを、すぐに弱点ととらえてしまうのは、健常者の思いあがりというものである。
 障害があるから能力の面で不足していると考えるのは、決してまっとうな発想ではない。 (後略)>

 <健常者の生というのは、思いのほか画一的である。 今日の日本の教育は、子どもに 「がんばれば何でも望みはかなうんだよ」 と、万能感を植えつけることに躍起となっているものの、育つ人材はどんぐりの背くらべである。 (中略)
 障害というのは、個々人を比べてみて、その質と量において、誰ひとりとして他の人と同じということがない。 (中略)
 その力は、健常者の思い及びもしないことをしでかすことがある。 すると障害者の方が、人間生来の力を出していることになる。 そのことを私は、この本で書いたつもりだ。 (後略)>



まさしく目からウロコの落ちる本であり、きわめてまっとうな内容の本だ。

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2008年7月23日 (水)

【読】この本がおもしろそう

暑い。
なかなか本が読めない。
通勤電車の中は涼しい、というか寒いぐらいに冷房がきいているのだが、座ると眠くなってしまう。
暑くて、毎日ぼーっとしている。

読みかけで投げ出したままの本がたくさんあるけれど、無理してコムズカシイ本を読むこともないし。
そんなわけで、この本を読んでみようかと思う。
おもしろそうなのだ。

だいぶん前に、大型古書店(ブックセンターいとう)でみつけたもの。
正高信男さんの本は、これまでに何冊か読んでいて、好きなのだ。

Masataka_tensai正高信男 『天才はなぜ生まれるか』
 ちくま新書 466  2004.4発行

こんな内容の本だ。(カバーそで より)

<日本人にとって「個性的な=独創性を備えた人間」を育てるという目標は、半ばトラウマのようについてまわる事柄である。 では、その個性を彩っている独創性は、どのように形作られるのだろうか。 ここで厄介なのは、それが、ある能力の欠如による結果として生み出される場合が多いということである。 歴史に大きな足跡を残した六人の個性的な生涯をたどりながら、様々な障害が逆に独創性を形成していく意外なプロセスを解き明かす。>

とりあげられている六人。
カッコ内はこの本の章題。

トーマス・エジソン 1847-1931 (うわの空のエジソン)
アルベルト・アインシュタイン 1879-1955 (癇癪持ちのアインシュタイン)
レオナルド・ダ・ヴィンチ 1452-1519 (外国語のできないレオナルド)
ハンス・クリスティアン・アンデルセン 1805-1875 (古典嫌いのアンデルセン)
アレクサンダー・グラハム・ベル 1847-1922 (付き合いべたなベル)
ウォルト・ディズニー 1901-1966 (落ち着きのないディズニー)

私はひねくれものなので、こういうタイトルを見ただけで嬉しくなる。



正高信男 (まさたか・のぶお)

1954年生まれ。 1983年、大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。
学術博士。 専攻は認知神経科学。
アメリカ国立衛生研究所、マックスプランク精神医学研究所、東京大学理学部助手などを経て、現在は京都大学霊長類研究所教授。
主な著書に 『ニホンザルの心を探る』(朝日選書)、『いじめを許す心理』(岩波書店)、『赤ちゃん誕生の科学』(PHP新書)、『子どもはことばをからだで覚える』『0歳児がことばを獲得するとき』『ケータイを持ったサル』『父親力』(いずれも中公新書)、『ヒトはなぜ子育てに悩むのか』(講談社現代新書)などがある。
― 本書著者紹介 ―

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2008年7月22日 (火)

【読】ほんとうは怖い感染症

感染症一般というよりも、新型インフルエンザが怖い。
この本を読んで、だいじょうぶだろうかという気になった。

Okada_harue_kansenshou_2岡田晴恵  『感染症は世界史を動かす』
 ちくま新書 580  2006年2月発行 286ページ

1918年 スペインかぜ
1947年 イタリアかぜ
1957年 アジアかぜ
1968年 香港かぜ
1977年 ソ連かぜ

これらは、皆、新型インフルエンザ、つまりインフルエンザウィルスの 「大変異」 (フルモデルチェンジ) が引き起こした、世界的規模の大流行の記録である。
人類は、この新型ウィルスに対して、今のところ無力である。
あらかじめワクチンの用意ができないからだ。
(新型ウィルスに対するワクチンが準備できるまで、半年かかるという)

ちなみに、風邪とインフルエンザは全く違うが、普通のインフルエンザなら予測によって予防ワクチンの準備が可能。
毎年おこなわれる、インフルエンザ予防接種がこれだ。
毎年流行するインフルエンザは、ウィルスの 「小変異」 (マイナーチェンジ) なので、ある程度予防策がとれる。


高病原性H5N1型鳥インフルエンザは、これまで人類が経験してきた過去の新型インフルエンザとは、大きくちがうという。

今のところ、トリからしか感染しないが、人間のあいだで感染がひろがるように変異するのも、どうやら時間の問題らしい。
それほど、ウィルスってやつは、ヒトの手に負えないものらしい。


忘れずに、心の準備をしておこうと思う。
それにしても、日本の行政がこういうことに鈍感である、ということもこの本でよくわかった。

あと30ページほどで、ようやく読み終える。



― 以下、Wikipediaより ―

H5N1の特性
伝染力
H5N1は野鳥に感染することによって世界中に広がる可能性がある。H5N1は突然変異と遺伝子の再集合を起こすことにより、今まで感染しなかったヒトなどの動物に感染するようになることも考えられる。

高い変異率
インフルエンザウイルスはRNAウイルスであるため、突然変異率が高い。また、新たな変種が生まれる原因には、同じ宿主に2種類のインフルエンザ・ウイルスが感染した場合、ウイルス・ゲノムが分割されることによって遺伝子の再集合が起こり、遺伝子組み換えが起こることがある。これにより、病原性のなかった株がヒトに対して病原性を持つようになる可能性がある。

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2008年7月21日 (月)

【楽】てっせんの花

山崎ハコさんの古いLPを聴きなおしている。

Hako_tessen_jacket山崎ハコ 『てっせんの花』
 キャニオン 1984.6 C28A0336

― 収録曲(全9曲) ―
てっせん子守唄/水車の都/町よ/百人の私/もう一度/時の扉/ライライライ/くちなし/鍵とコイン

安田裕美さんが、A面1、2、5曲目の三曲に参加。

「町よ」 は、TBSドラマ 「週末だけの恋人」 主題歌だった。
当時、テレビからこの歌が流れてきたときは、うれしかった。

ところで、てっせんの花。
ハコさんのおばあちゃんは、昨年末、103歳で亡くなったという。

 読売新聞 「すてき私流」
  祖母の思い 盛る茶わん : インタビュー : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  山崎 ハコ(やまさき・はこ) さん シンガー・ソングライター
   http://www.yomiuri.co.jp/komachi/interview/suteki/20080717ok0a.htm

ハコさんは最近、ライブで、よく、おばあちゃんのことやお母さんのことを話す。
「てっせん子守唄」 は、子どもの頃、おばあちゃんと近くの山へ行ったときに見た「てっせん」 の花のおもいでがベースになっているという。

大輪の紫色の花のつるを折って持ち帰ろうとするハコさんに、おばあちゃんは
「ハコちゃん、それは折れんよ」
と言って、そのままにしておくように言ったそうだ。

私も実家の庭に植えてあったのを見たことがあるが、たしかにつるは細い針金のように強かった。

 ♪ うちはよ ふるさと 今でも好きよ
   薄紫の てっせん恋し ♪

 ♪ あんたよ ふるさと ないさとつぶやく
   私の好きな てっせん見せたい ♪

 ♪ 破れた恋がなんね うちは折れないてっせんよ …… ♪

九州地方のことばで歌われるこの歌が、私は好きだ。

Hako_machiyo山崎ハコ 『町よ』
  C/W てっせん子守唄
キャニオン シングル・レコード
 7A0393  1984年6月

― 『図説 花と樹の事典』 柏書房 より ―
テッセン [鉄線花・鉄線蓮]
キンポウゲ科の落葉性つる植物。中国中部地方原産。 るつ茎は細長く冬も枯れず、全体に短毛がまばらに生える。 初夏、葉腋から長い花丙を伸ばし径五~八センチメートルの白または紫色の花を単生する。
[和名由来] 漢名「鉄線蓮」から。 つるが細くて強く針金のようであることから。

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【遊】蕎麦を食べにいく

ちょっと遠いけれど、おいしい蕎麦があるよ、と教えられていたので昨日行ってみた。

羽置の里 びりゅう館
 山梨県上野原市西原6931
 (県道18号線沿い、西原小学校近く)
 TEL 0554-68-2100 (羽置の里びりゅう館)

Yamanashi_pamph01_5Yamanashi_pamph02_6     
















五日市街道を桧原村まではいって、甲武トンネルを越えていくつもりだったが、このトンネルへの道路(県道33号線)が、現地へ行ってみると通行止めだった。

しかたなく、奥多摩周遊道路で奥多摩湖に降り、小菅村へ抜けて国道139号線から県道18号線へ。
大回りをしてようやく到着。


0807200005_20807200003_20807200010_20807200004   











すでに時刻は午後1時をまわっていた。
これから蕎麦を打つので、小一時間は待たなければいけないという。
時間をかけてここまで来たのだから、ゆっくり待つことにした。

待つことしばし。
蕎麦打ち体験もやっているという、店内奥のテーブルで蕎麦を麺棒でのばしはじめた。
やがて、待っていた数組のテーブルへ、茹であがった蕎麦が到着。


0807200011天ざる 大盛り 1000円 (左写真)
揚げたての野菜てんぷらと、小鉢がついていた。
(天ざる 普通盛り 850円)

待ったせいもあるが、おいしかった。
また行ってみようと思う。






国道20号から行く場合は、上野原から県道33号線、18号線と入っていく。
かなり山奥。
上野原駅からバスも出ているようだ。


山梨県上野原市: 観光情報 > レジャー施設 > 羽置の里 びりゅう館
http://www.city.uenohara.yamanashi.jp/kanko/leisure/biryu.cfm



帰りは、山を越えて小菅村へ戻り、小菅の湯で汗を流した。
小菅の湯の物産売場の建物前に、ちいさなブルーベリーの木が植えてあった。

08072000010807200002 

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2008年7月20日 (日)

【楽】ダージリン

このアルバムを買った頃、「紅茶といえばダージリン」と、ダージリン紅茶に凝ったものだった。

Hako_darjeeling山崎ハコ 『ダージリン』
 1983.9 キャニオン CA28A0292

82年10月の『硝子の景色』、83年2月『風の色』、83年9月『ダージリン』、84年6月『てっせんの花』と、年に二回のペースでアルバム(LPレコード)を出していた頃の一枚。
アルバム・ジャケットの写真が、このようにソフト路線になっていた。
ハコさんのイメージ・チェンジをはかったのか(事務所サイドで)、よくわからないが、内容は「ハコ節」健在。

収録曲 (全10曲)
サマータイムが聞こえる/ダージリン/微笑を一杯/夜の囁き/本牧750cc(ナナハン)/小さな質問/君の季節/'83の天使達/スケジュール/雪・ムラサキ

Agnes_chiisana_shitsumon上のアルバムには、アグネス・チャンへの提供曲 「小さな質問」 というかわいらしい曲もはいっていて、私の好きなアルバムだ。

アグネス・チャン 「小さな質問」 (山崎ハコ 作詞・作曲)
 C/W 時の河 (神津カンナ 作詞、森山良子 作曲)
 SMS(シングル・レコード) 1983.4



ちょうど昨日、花園神社のハコさんのライブに出かける前に、家でLP→CD化作戦を実行していて、このアルバム『ダージリン』を聴いていた。

花園神社では、ハコさんの新発売ベスト・アルバムを販売していたので購入した。
これまでベスト・アルバム未収録だった曲が二曲、はいっていた。
「サマータイムが聞こえる」と、「何度めかのグッバイ」(アルバム『茜』収録)。

「サマータイム」 は有名なジャズのスタンダード・ナンバー。
ハコさんも最近のライブでよく歌う。
「サマータイムが聞こえる」 は、その「サマータイム」 をテーマにした佳曲。

ところで、ハコさんがライブで言っていたが、今回のベスト・アルバムは音がとてもいいという。
アナログ時代のマスター・テープからCD化するのでも、やり方によって音にちがいが出るのだろう。
聴くのが楽しみなCDである。

山崎ハコ
 ベスト・コレクション HISTORY 1975-1984

 2008.7.16発売 キャニオン PCCS-00046 2100円(税込) 

Hako_best2008_1Hako_best2008_2_2 

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2008年7月19日 (土)

【楽】花園神社(山崎ハコライブと芝居)

行ってきました、花園神社。
こんな感じのテント。

08071900030807190001_2













山崎ハコ LIVE in 花園神社

7/19(土) 午後3時開演

 椿組のサイト 「椿のこや」
 http://homepage2.nifty.com/tubakigumi/

明治通り沿いの大鳥居をくぐって右側にテントが設営されている。
内部は、通り沿いの半分ほどがステージ、拝殿側半分ほどに、階段状の客席が作られていた。
木のベンチが並べられ、座蒲団が敷かれていて、思ったよりもゆったりしていた。
(整理番号が4番と若かったので、最前列に座れたせいもあるが)

ステージといっても、地べたに低い台が据えられ、その後ろは芝居のセット。
ほぼ開演時刻どおり、午後三時から一時間四十分ほどのステージだった。
伴奏は、もちろん安田裕美さん。

熱いライブだった。
ホールとも、ライブハウスともちがう、野外空間ならではの開放的な場所で、ハコさんの伸びのある歌声が響く。
うちわで風をおくり、水分を補給しながら、汗をかきかき聴くのもいいものだ。

「ひまわり」や「ジプシーローズ」といった、暑い夏にふさわしい歌も歌ってくれた。
細身でそれほど丈夫ではない人なので、すこし心配したが、元気いっぱいだったな。
忘れられないライブのひとつになることだろう。

ライブの後、夜の芝居公演の当日券を購入。
今日行く前から、芝居も見てみようと決めていたのだ。

芝居の開演、夜7時までは二時間以上もあったので、顔見知りのファンの方々に誘われて近所の居酒屋でしばし団欒。
うれしかった。



0807190008椿組08年夏・花園神社野外劇

 水谷龍二・作演出 「新宿番外地」
 主題歌・山崎ハコ 
 ショー構成演出・江本純子(毛皮族)

予備知識なし、劇団主宰の外波山文明さんのことも知らなかったが、これまた面白い芝居だった。
ハコさんが作った主題歌(新宿子守唄というらしい)が随所で使われていて、最後に、ハコさん自身が登場、生で歌ってくれたのも嬉しかった。
(昼のステージでも歌っていたが、やはり芝居の中で聴くと、こころにしみる)

夜の芝居は、当日券、整理番号255番だったので、最後列から二番目。
テント内は超満員、補助席(小さな腰掛だが)も出されるほどの人で、熱気むんむんだった。

椿組のサイト(上記)には客席数350とあるが、ほぼそれに近い観客が入っていたと思う。
とにかく、一度座ってしまうと、トイレにもたてないほどだったから。

開演前のテント前と場内の写真が下。
(劇団の方に、開演前の場内写真をブログに載せていいでしょうかと尋ねてみたら、たぶんいいと思いますが、という返事だった)

08071900040807190006










芝居の設定は、三十年後の新宿。
ちょうど花園神社の裏手にある新宿ゴールデン街あたりの話。
写真に写っている幕のうしろにセットがあるのだが、野外劇らしい凝った構成・演出で、面白かったな。
時間にして二時間ちょっと(途中休憩なし)。
まったく飽きることなく、芝居の世界に引きこまれた。

あたりまえのことだが、さすがにプロの演劇人である。
テンポのいい芝居、メリハリのきいた舞台進行。
外波山さんが実名で登場して(三十年後の外波山さん、90歳)、かつてのアングラ劇団の末裔という設定。
歌と踊りと笑いがちりばめられている。

芝居はめったに見ることがないのだけれど、この芝居は人にすすめたいほどのものだった。
22日まで開催されているし、最終日にはまたハコさんが生出演するというから、ぜひどうぞ。


ハコさんが昼間のステージでも話していたことだが、彼女が苦しかった時期に、親身になって支え続けてくれたのが数々の演劇人だったという。
そんなハコさんの想いを、私もまた実感できた。
いい一日だったな。

Hako_bangaichi  

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2008年7月18日 (金)

【楽】暑い夏の乗り切り方

暑い。
ついに猛暑の季節に突入したのか。

意地になってエアコンのスイッチを入れないものだから、朝起きると汗だくである。
暑い夏は汗をかくにかぎる。
そして、なぜかライブを聴きにいくことが多い。

明日、7/19(土)は、須藤もんさんも参加する興味ぶかいライブがある。

■7/19 (土)
 文化創造アトリエ・アミーゴ 「平和を願うコンサート・イン・埼玉」
 西武池袋線仏子駅前
 (埼玉県入間市仏子766-1)
 TEL 04-2931-3500
 12:00~  入場料 1,000円 (中学生以下無料)
 出演  キングジョー DADDY津田 大矢富士夫 長野知美
     須藤もんwith対馬照 神人 やなぎ 水野たかし アミーカ&ルー
     さばいばるいとうUNIT るーじゅ&スー
  ※ 須藤もん出演予定 15時頃

 http://i-amigo.hp.infoseek.co.jp/

けれど、申しわけないが、私は花園神社へ行く。

Shinjuku_bangaichi_2山崎ハコ LIVE in 花園神社
7/19(土) 午後3時開演

 椿組のサイト 「椿のこや」
 http://homepage2.nifty.com/tubakigumi/

毎年、上々颱風の七夕ライブが開催される、新宿花園神社。
その境内に、大きなテントが作られていた。
「椿組」 という劇団の公演、その名も 「新宿番外地」 が今月12日から22日まで続けられていて(主題歌:山崎ハコ)、そのスペシャル・イベントである。

炎天下、神社の境内のテント。
どんなライブになるのだろう。
楽しみである。


続いて8月9日、こちらはライブハウスだが、こんなライブに行く予定で、すでに予約済み。
めずらしく家人も同行するという。
上々颱風の歌姫二人(白崎映美、西川郷子)と、キーボード、アコーディオン奏者の猪野陽子の三人のライブ。
きっと、大勢の聴衆があつまることだろう。

Shangshang_cafe_20080809
Shang Shang Cafe Vol.1
出演 白崎映美(vo)、西川郷子(vo)
 猪野陽子(Key/Accordion)

8/9(土) 恵比寿アートカフェ・フレンズ
18:00開場 19:30開演




8月、9月は、須藤もんさんのライブにも行きたい。
日曜の夜はつらいので、ちょっと微妙だけれど。

玉井さんのバンド(ル・オードムーゲ)も、まだ聴いて(見て)ないしなぁ。


■8/2 (土)
 国分寺 「giee(ギー)」
 JR中央線 国分寺駅北口 徒歩3分
 (東京都国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1)
 TEL 042-326-0770
 18:30 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  石井明夫  須藤もん with 対馬照

 http://giee.jp/


■8/17 (日)
 三鷹 「バイユーゲイト」
 JR中央線 三鷹駅北口 徒歩2分
 (武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号)
 TEL 0422-55-5782

 真夏の中央線 「三鷹で盆・盆・盆」 今度は女祭り!

 19:00 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  ル・オードムーゲ  KANABOON  まつだなお
      須藤もん with 対馬照

 http://bayougate.voxx.jp/



■9/7 (日)

 吉祥寺 「のろ」
 JR中央線 吉祥寺駅公園口
 パークロード/井ノ頭通りを西へ約200M 公園通りとの交差点手前
 (武蔵野市吉祥寺南町1-11-3 いづみビルB1F)
 TEL 0422-49-4915
 18:00 開場  18:30 開演
 チャージ  予約 2,500円 (ドリンク付) / 当日 2,500円 (ドリンク別)
 出演  鎌倉研  須藤もん with 対馬照

 http://www.paw.hi-ho.ne.jp/noro/

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2008年7月17日 (木)

【読】感染症は世界史を動かす

タイトルは、本の題名。
すこし前に古本屋でみつけて、面白そうなので買ってあったもの。
今日から読んでいるが、すこぶる興味ぶかい内容だ。

Okada_harue_kansenshou_2『感染症は世界史を動かす』
 岡田晴恵  ちくま新書 580 2006.2

― 著者略歴より ―
岡田晴恵(おかだ・はるえ)
1963年生まれ。 共立薬科大学薬学部大学院修士課程卒業。
順天堂大学医学部大学院博士課程中退。 医学博士。
専門は感染免疫学、ワクチン学。
現在は国立感染症研究所ウィルス第三部研究員。
その間、マールブルク大学ウィルス学研究所に留学する。
(以下略)

― カバーより ―
歴史からなにがしかを学びとり、自衛、防衛するための手がかりを見出せないだろうか。 それが本書を書く、私の強い動機となった。 さらに、ふり返るだけでなく、前を向きたい。 それは、私の職務上の意思であったかもしれない。 このことから、最後の章では新型インフルエンザの危機管理にも言及した。

この本の冒頭、ドイツの古い大学街マールブルクをはじめて訪れたときのエピソードがいい。
聖エリーザベト教会を訪れ、13世紀、ハンセン病に尽くしたエリーザベトという女性に思いをはせるところは、感動的だ。

― あとがきより ―
 私が世界やその歴史とのつながりをもって感染症を捉えなおすきっかけとなったのは、ドイツ留学であった。 地続きのヨーロッパにおいては、戦乱に明け暮れるのと同じくらいのさまざまな感染症に脅かされながら、歴史を刻んで来ている。 ドイツの古い街には、そこかしこに感染症の惨禍をしのばせる跡が残っていた。
 私の住んだマールブルクもまた、ハンセン病に尽くしたエリーザベトの眠る街であった。 私の下宿の窓を開けると、山上に方伯城が見え、目の前にはエリーザベト教会が壮麗な姿で立っていたのだった。 (後略)

このように、しっかりとした動機で書かれた本なので、読み応えがある。

― 目次より ―
第一章 聖書に描かれた感染症
 中世のハンセン病、イエスの治療と教会のハンセン病対策、他
第二章 「黒死病」はくり返す?
 ハーメルンの笛吹き男、フィレンツェを襲ったペスト、他
第三章 ルネッサンスが梅毒を生んだ
 シューベルト、モーパッサンとハイネ、ニーチェ、他
第四章 公衆衛生の誕生
第五章 産業革命と結核
 結核のロマン化、劇作家チェーホフの結核、
 樋口一葉、正岡子規、エンゲルスの見たロンドン、他
第六章 新型インフルエンザの脅威
第七章 二一世紀の疾病

残念なことに、エイズ(HIV)とC型肝炎(HCV)という、現代の大きな二つの感染症については触れていないようだ。
詳しく書かないが、C型肝炎に無縁ではない私にとって、ちょっと残念。

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2008年7月15日 (火)

【楽】須藤もんさん 最新ライブ予定

須藤もんさんのライブ予定です。
8月17日(日) 三鷹 「バイユーゲイト」 でのライブが追加されました。
皆さまのお越しをお待ちします。


須藤もん公式サイト
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/

須藤もん公式サイト(モバイル用)
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/mobile/


■7/19 (土)
 文化創造アトリエ・アミーゴ 「平和を願うコンサート・イン・埼玉」
 西武池袋線仏子駅前
 (埼玉県入間市仏子766-1)
 TEL 04-2931-3500
 12:00~  入場料 1,000円 (中学生以下無料)
 出演  キングジョー DADDY津田 大矢富士夫 長野知美
     須藤もんwith対馬照 神人 やなぎ 水野たかし アミーカ&ルー
     さばいばるいとうUNIT るーじゅ&スー
  ※ 須藤もん出演予定 15時頃

 http://i-amigo.hp.infoseek.co.jp/

 (水野たかしさんのサイト)
  http://www.geocities.jp/aund/


■7/20 (日)

 西荻窪 「のみ亭」
 JR中央線 西荻窪駅南口 徒歩5分
 (杉並区松庵3-37-20)
 TEL 03-3332-6708
 19:30~  1,000円 (ドリンク別)


■8/2 (土)

 国分寺 「giee(ギー)」
 JR中央線 国分寺駅北口 徒歩3分
 (東京都国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1)
 TEL 042-326-0770
 18:30 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  石井明夫  須藤もん with 対馬照

 http://giee.jp/

 (石井明夫さんのサイト)
  http://www.aiworks.net/

Giee2








■8/17 (日)

 三鷹 「バイユーゲイト」
 JR中央線 三鷹駅北口 徒歩2分
 (武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号)
 TEL 0422-55-5782

 真夏の中央線 「三鷹で盆・盆・盆」 今度は女祭り!

 19:00 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  ル・オードムーゲ  KANABOON  まつだなお
      須藤もん with 対馬照

 http://bayougate.voxx.jp/



■9/7 (日)

 吉祥寺 「のろ」
 JR中央線 吉祥寺駅公園口
 パークロード/井ノ頭通りを西へ約200M 公園通りとの交差点手前
 (武蔵野市吉祥寺南町1-11-3 いづみビルB1F)
 TEL 0422-49-4915
 18:00 開場  18:30 開演
 チャージ  予約 2,500円 (ドリンク付) / 当日 2,500円 (ドリンク別)
 出演  鎌倉研  須藤もん with 対馬照

 http://www.paw.hi-ho.ne.jp/noro/

Noro

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2008年7月14日 (月)

【楽】ヒット曲のちから

一青窈(ひととよう)と北原ミレイ。
二人の歌い手を並べたことに、意味はない。

しいて言えば、爆発的にヒットした曲の歌い手ということか。
ヒット曲のちからは大きい。

たまたま、この二人のベスト・アルバムを中古で手に入れた。
残念ながら、私が「いい」と思う曲はそれぞれ一、二曲しかない。

一青窈は、なんといっても 「ハナミズキ」 という名曲がすばらしい。
この人の、クセの強い歌い方は、きらいじゃない。
ヒットした 「もらい泣き」 もいいのだが、私には 「ハナミズキ」 の奥の深い歌詞ほど、迫ってこない。

私ごのみの歌唱なので、もう少し聴きこんでみようと思う。

Hitotoyo_bestyo_2一青窈 「BESTYO」
 2006.11 コロンビア COCP-34052

アルバムタイトルが面白い。
ひととようのベストアルバムということか。

(収録曲 16曲)
ハナミズキ/翡翠/もらい泣き/一思案(ひとしあん)/月天心/影踏み/うれしいこと。/江戸ポルカ/大家(ダージャー)/さよならありがと/指きり/アリガ十々/かざぐるま/金魚すくい/あこるでぃおん~Long ver./てんとう虫

Kitahara_mirei_best01_2Kitahara_mirei_best02_4北原ミレイ 「ゴールデン・ベスト」
 東芝EMI TOCT 10952

「ざんげの値打ちもない」(阿久悠作詞)よりも、私は 「石狩挽歌」 (なかにし礼作詞) を買う。
寺山修司作詞の 「海猫」 という歌も入っているが、がちがちの艶歌ふうで、いただけない。
浅川マキや山崎ハコにはいい歌詞を提供しているのに、不思議だな。

  ※ 寺山修司作詞・山崎ハコ作曲 「テンポイントの詩」 (『山崎ハコ ライブⅡ』)がある。

北原ミレイといえば、山崎ハコが楽曲提供した 「納沙布岬」 というすばらしい歌がある。

Kitahara_mirei_nosappu北原ミレイ 「納沙布岬」 C/W 「さいはてへ」
 山崎ハコ 作詞・作曲
 (シングル・レコード)
 SMS SM07-99

前にも紹介したジャケットだが、上村一夫の絵がいい。
(上村一夫は、あの 『同棲時代』 で一世を風靡した劇画家)

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2008年7月13日 (日)

【楽】幻想旅行(山崎ハコ)

歌い手さんにとって「いま」が一番たいせつなことを承知のうえで、25年以上も前のアルバムにこだわっている。
どうして、こんなにいいアルバムがCDで再発売されないのか、業界の事情がわからない。

二枚組みCDで発売すれば、きっと売れると思うのに。
今聴いても新鮮な内容だから。


山崎ハコ  幻想旅行 (写真左、中)
 1981.11 キャニオン・レコード CA28A0190

山崎ハコ  幻想旅行Ⅱ (写真右)
 1982.4 キャニオン・レコード CA28A0210


Hako_gensou01Hako_gensou02Hako_gensou2










CD化に挑戦中。
(あくまでも個人で楽しむのが目的である……念のため)

なんとか音楽CDにできたが、連続しているアナログ音源を曲ごとに分割する細かい作業がやっかいだ。
一曲ずつWAVE形式のデータにするのも、けっこうめんどうな作業だが、曲の頭と終了部分のカット処理も私には難しく、もう少し練習が必要だ。


そんなことをして遊びながら、この二枚のアルバムを聴きなおしていると、これまで気づかなかったいろいろなことに気づく。

私はふだん、歌詞カードや録音データをあまり見ないのだが、今回はあたらしい発見があった。
思いつくまま書いてみよう。

 バックの演奏陣がじつに多彩だ。
曲によってちがう人が担当しているのだが、二枚のアルバムをあわせると、ドラムスが7人、エレキ・ベースが8人、キーボードが8人と、やたらいろんな人が参加している。
このあたりの録音事情は、ちょっと知りたい気もする。

 フォーク・ギター(アコースティック・ギター)だけは、吉川忠英さんと安田裕美さんの二人が交替ではいっている。
楽器の数が多く、サウンドに厚みがある(音が多い)ので注意して聴かないと気づかないが、安田裕美さんのギターがじつに繊細なのだ。
安田さんは、「幻想旅行」の四曲、「幻想旅行Ⅱ」の五曲に参加。

 「幻想旅行」のほうに、珍しい楽器が使われている。
B面三曲目 「さくら」 で、ケーナとダルシマーがいい効果をだしている。
すばらしい曲で大好きなのだが、使われている楽器を意識して聴いたのは今回がはじめてだった。

 「若草山」(幻想旅行Ⅱ)の歌詞の不思議。
「わたし」と「あなた」が誰で、どういう関係なのか、想像をかきたてられる。
なんと幻想的で、すてきな楽曲なんだろうと、あらためて感心した。

 ずっと感じていたことだが、この二枚のアルバムのハコさんの歌声がいい。
厚み、重み、深みがあると思う。
1981年、82年といえば、まだ二十代なかばだったはず。
デビュー後十年もたっていない時期だ。
何十年も歌い続けてようやくできあがるような、自信にみちた歌唱に驚く。
それでいて、デビューからずっと現在まで、一本筋の通った「ハコ」の歌声の特徴がそこなわれていない。


とまあ、思いつくままに書き連ねてみた。
私の独断なので、異論もあると思うが。



【参考】

アルバム 「幻想旅行」 収録曲
幻想旅行/北北東/終点まで満員/東北・都/雪の道/サンクチュアリーへ/港の歌/さくら/歌は旅/旅路 (全10曲)

アルバム 「幻想旅行Ⅱ」 収録曲
スコール/ばいばいことば/海鳴り/あんたの大阪/ペンフレンド/港の景色/遠参り/若草山/幻想旅行 (全9曲)

「サンクチュアリーへ」の一曲だけ、工藤順子作詞、山崎ハコ補作詞、石黒ケイ作曲。
他はすべて、山崎ハコ作詞・作曲。
編曲陣は多彩。

私が気になる演奏陣 (著名どころ)
島村英二 (ドラムス、中島みゆきのバックをつとめている人として知っていたので)
渡嘉敷祐一 (ドラムス)
安田裕美、吉川忠英 (ギター)
斉藤ノブ (パーカッション)
八木伸郎 (ハーモニカ)
向井滋春 (トロンボーン)

私が気になる演奏楽器
ケーナ、ダルシマー (「さくら」)
和太鼓、しのぶえ、能管、大皮 (「遠参り」「若草山」)


【参考サイト】
Hako Yamasaki -  World Wide Web Home Page
 (詳細なディスコグラフィーが掲載されている)
 http://www.st.rim.or.jp/~tokunou/hako.html
私のサイト
 (この二枚のアルバムの紹介、私の思い入れ)
 http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/m_hako_gensou.html

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2008年7月12日 (土)

【楽】こんな日が、いくつもくるんだ

♪ これからも又こんな日が いくつもくるんだ ♪
   山崎ハコ 「何度めかのグッバイ」  アルバム 『茜』 収録

とつぜん、真夏になってしまった。
暑い。

前からほしいと思っていた、ちょっとした装置を買った。
古いLPレコード音源を、これでCDに焼ける。

ちょっと手間がかかるけれど、CDに焼いておけば安心だし、車の中でも聴ける。

Sound Blaster Digital Music SX
http://jp.creative.com/products/product.asp?category=1&subcategory=207&product=14619

Hako_akane01Hako_akane02山崎ハコ 「茜」
 1981.4 キャニオン

夕陽のふるさと
ごめんしてね
小さな星の中で
やすらいで
繰り言
何度めかのグッバイ
命隠すな
母のような子守唄
さらば良き時代
夢のおろろん
(全10曲)

編曲:喜多郎、松井忠重、千野秀一、井上淑彦、福井峻

参考サイト(私のサイト)
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_hako_disc.html#akane 

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2008年7月 8日 (火)

【雑】ウセモノ、ミツカル

失せ物、見つかる。
きわめて個人的で、ささいな出来事だけれど、嬉しい。

土曜日、家人と駅ビルにでかけて、そこで家人がサングラスを失くした。
私は知らなかったが、コンコースの入り口でサングラスをはずし、着ていた服の胸元にひっかけていたという。

私と別れて行動しているうちに、どこかで洋服のいちばん上のボタンがはずれ、その時に落ちたらしい。

本人は、失くしたことにまるで気づいていなかった。
別行動をとっていた私と落ちあったときも気づいておらず、地下の食品街に行って二人で買い物をしている時に、「あっ」と気づいた。

すぐに、それまで家人が歩いたところをくまなく二人で探し、コンコースのパン屋(最初にここでパンを買った)、地下の食品街に至る通路やエスカレーター、あげくのはてに、JRの窓口や駅前の交番まで尋ね歩いたが……なかった。

私は、こういうことにはわりと淡白なので、「あきらめるしかないね」と言いつづけていたのだが、家人は、お気に入りのサングラスをなくして、すっかりふさぎこんでしまった。
ショックが大きかったようだ。

その後も、遺失物が届けられるはずの駅ビルの窓口に電話で問合せてみたが、案の定どこにも届けられていなかった。
きっと誰かが持ち去ったのだろう、と思っていた。


それが、今日、見つかったという。
諦めきれなかったのだろう。
くだんのパン屋へ今日もパンを買いに行ったので、「だめもと」で尋ねてみたら、なんと、届けられていたのだ。
家人からすぐに私の携帯メールに、嬉しそうな報告が届いた。
文字が躍っていて、誤字脱字だらけのメールだったが。


教訓――
 1 諦めが早いのも考えもの  時には粘るべし
 2 世の中には親切な人もいる 人を信ずべし
 3 ダメモトの効用
   上々颱風の歌にもある ♪ だぁめでもともと It's All Right ♪
    (「仏の顔も It's All Right」)

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2008年7月 6日 (日)

【読】添田唖蝉坊

こんな本を、少しまえに近くの本屋で見つけた。

Azenbou_hayariuta_2『流行り唄後十年 唖蝉坊は歌う』
 添田知道(そえだ・ともみち)
 小沢昭一 解説・唄
 朝日選書 105  2008.4.30

添田知道は、添田唖蝉坊の長男。
1902年、添田唖蝉坊の長男として東京に生まれる。
1919年頃より父の演歌制作に加わり、芸名・添田さつきとして共に街角で歌う。
昭和になってからは小説・随筆を書き、『教育者』で新潮賞、『演歌の明治大正史』で毎日出版文化賞受賞。 1980年3月18日、77歳で死去。
― 本書 著者紹介より ―

この新書には、小沢昭一の歌うミニCDが付いている。

Ozawa_azenbou唖蝉坊のつくった歌は、高田渡やソウル・フラワー・モノノケ・サミットなどによって歌われている。

高田渡
 「ごあいさつ」 ―しらみの旅―
 「Best Live」 ―イキテル・ソング―

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
 「レヴェラーズ・チンドン」 ―むらさき節―
 「アジール・チンドン」 ―ラッパ節―

また、添田知道(芸名:添田さつき)の歌が、おなじくソウル・フラワー・モノノケ・サミットによって歌われている。

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
 「アジール・チンドン」 ―復興節、東京節―

Takada_wataru_goaisatsuTakada_wataru_best_live_4Soul_flower_levelers_chingdong_5Soul_flower_asyl_chingdong








久しぶりに、高田渡さんの 「Best Live」(二枚組)を聴きなおして、あらためて気づいたのだが、青柳利博さん(ギター)と久美子さん(アコーディオン)が渡さんのバックプレイヤーとして聴ける。
(1997年5月5日、吉祥寺ハバナ・ムーンでのライブ録音、8曲)


「イキテルソング」 ――大正7年、米騒動の頃につくられた歌。
 ♪ 生きたガイコツが踊るよ踊る
   ガイコツどんなこというて踊る、よ
   やせたやせた外米食うて痩せた
   日本米恋しいというておどる …… ♪


―以下、Wikipediaより転載―
http://ja.wikipedia.org/wiki/

添田唖蝉坊(そえだ・あぜんぼう)
1872年12月25日(明治5年11月25日) - 1944年(昭和19年)2月8日)
昭和の演歌師の草分けである。
号は、自らを「歌を歌う唖しの蝉」と称したところから由来。

神奈川県の大磯の農家の出で、四男一女の三番目の子として生まれる。

叔父が汽船の機関士をしていた関係で、海軍兵学校を志願して上京したが、受験勉強中に浅草の小屋掛芝居をのぞいたのがきっかけで、その世界にのめり込む。海軍兵学校には入学せず、汽船の船客ボーイになり、2年で挫折。以後、横須賀で土方人夫、石炭の積み込みなどの仕事に従事していたが、1890年(明治23年)、壮士節と出会う。当時は政府が廃藩置県、地租改正、学制、徴兵令、殖産興業などの政策を実行している最中で、自由民権運動も盛んな時代であり、「オッペケペ」で有名な川上音二郎らの壮士芝居も、この時代のものである。

唖蝉坊は、最初の演歌といわれる「ダイナマイト節」を出した青年倶楽部からその歌本を取り寄せて売り歩いたが、のち政治的な興奮が冷めていくと、政治批判ではない純粋な演歌を目指して、自身が演歌の歌詞を書くようになる。唖蝉坊が最初に書いたといわれているものは、「壇ノ浦」(愉快節)、「白虎隊」(欣舞節)、「西洋熱」(愉快節)などで、1892年(明治25年)の作である。これ以降、「ゲンコツ節」、「チャクライ節」、「新法界節」、「新トンヤレ節」と続く。1930年(昭和5年)に「生活戦線異状あり」で引退するまでに182曲を残したという。

1901年(明治34年)に結婚し、本所番場町に居を構えた。翌年長男の添田知道(添田さつき)が生まれる。この頃、友人と始めた「二六新報」がうまくいかず、茅ヶ崎に引っ込むが、「渋井のばあさん」と呼ばれていた知り合いの流し演歌師に頼まれてつくった「ラッパ節」が、1905年(明治38年)末から翌年にかけて大流行する。これがきっかけで、堺利彦に依頼されて、この改作である社会党喇叭節を作詞。1906年(明治39年)には、日本社会党の結成とともにその評議員になるなどし、その演歌は、社会主義伝道のための手段になる。

1910年(明治43年)、妻タケが27歳で死去。唖蝉坊は悲嘆して、知道の妹は他家に養子にやられる。やがて唖蝉坊は、当時の有名な貧民窟であった下谷山伏町に居を定めた。なおここは、一軒が四畳半一間、それが十二軒ずつ四棟、計四十八軒ならんでいたので、「いろは長屋」と呼ばれていた。

その後、全国行脚をしながら、屑屋の二階に居候。そこで死去した。浅草、浅草寺の鐘楼下に添田唖蝉の碑が、添田知道筆塚と共にある。

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【歩】ブルーベリー

小平市は、ブルーベリーの栽培が国内で初めて行われた、日本のブルーベリー発祥の地だという。
(市報こだいら 第1168号 2008/7/5)

この広報紙に、小平市観光農業協会ブルーベリー栽培農家として、17軒の農家が掲載されている。

これから8月下旬にかけてが旬のようだが、農園の一軒にでかけて買ってきた。
野性味があって、おいしい。
少々値が張るけれど、ブルーベリーは夏の楽しみのひとつだ。

080706002008070600010807060003立派なお屋敷の農家。
古くから地元に住んでいらっしゃる農家とみうけられる。
こういう農家が、このあたりにはたくさんある。

1パック1500円。
形の悪い(小さい)ジャム用だと、1パック1000円。
先日、家人がジャムにしたが、おいしかった。

団地の中のあちこちで、夏の花が盛りをむかえている。
クチナシが匂う。

080706000508070600070807060009080706001208070600140807060017       

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【楽】須藤もんさんライブ予定

これから9月にかけての、須藤もんさんのライブ予定です。
9月には、他にもライブ予定があるそうですので、詳細がわかり次第、追ってお知らせします。
皆さまのお越しをお待ちします。


須藤もん公式サイト
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/

須藤もん公式サイト(モバイル用)
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/mobile/


■7/19 (土)
 文化創造アトリエ・アミーゴ 「平和を願うコンサート・イン・埼玉」
 西武池袋線仏子駅前
 (埼玉県入間市仏子766-1)
 TEL 04-2931-3500
 12:00~  入場料 1,000円 (中学生以下無料)
 出演  キングジョー DADDY津田 大矢富士夫 長野知美
     須藤もんwith対馬照 神人 やなぎ 水野たかし アミーカ&ルー
     さばいばるいとうUNIT るーじゅ&スー
  ※ 須藤もん出演予定 15時頃

 http://i-amigo.hp.infoseek.co.jp/

 (水野たかしさんのサイト)
  http://www.geocities.jp/aund/

■7/20 (日)
 西荻窪 「のみ亭」
 JR中央線 西荻窪駅南口 徒歩5分
 (杉並区松庵3-37-20)
 TEL 03-3332-6708
 19:30~  1,000円 (ドリンク別)

■8/2 (土)
 国分寺 「giee(ギー)」
 JR中央線 国分寺駅北口 徒歩3分
 (東京都国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1)
 TEL 042-326-0770
 18:30 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  石井明夫  須藤もん with 対馬照

 http://giee.jp/

 (石井明夫さんのサイト)
  http://www.aiworks.net/

Giee2







■9/7 (日)

 吉祥寺 「のろ」
 JR中央線 吉祥寺駅公園口
 パークロード/井ノ頭通りを西へ約200M 公園通りとの交差点手前
 (武蔵野市吉祥寺南町1-11-3 いづみビルB1F)
 TEL 0422-49-4915
 18:00 開場  18:30 開演
 チャージ  予約 2,500円 (ドリンク付) / 当日 2,500円 (ドリンク別)
 出演  鎌倉研  須藤もん with 対馬照

 http://www.paw.hi-ho.ne.jp/noro/

Noro

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2008年7月 5日 (土)

【楽】花園神社 2008年夏

上々颱風 花園神社コンサート '08

アンコールも含めて1時間半弱。
年々、短くなっていくような気がする。

それでも、野外空間のライブはいい。
気持がのびやかになる。
「場」のちからというものがあるのだと思う。

こういうライブが持ち味のバンドなのだから、昔のようにもっと野外ライブをやってもらいたいと願う。

上々颱風オフィシャルHP (リニューアル)
http://www.shangshang.jp/

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Shangshang_tanabata_2008_2

















今日、ライブでは珍しい曲目を演奏してくれた。

「音頭取りオンリー・ユー」
白崎映美さん(エミちゃん)いわく――お客様と花園神社の宮司さんに捧げます。

河内音頭ふうの、ノリのいい楽曲だ。
アルバム 「八十日間亜州一周」 (1994年) に収録されている。

「音頭取り」 といえば、上々颱風の元マネT氏に会場で出会った。
いつもながら、あ、どうもという感じでお話はしなかったが。

Shangshang_around_asia_2Shangshang_around_asia_label_2












もう一曲、これは新曲なのだろうか。
(どなたかご存知なら、教えていただきたいのだが……)
西川郷子さん(サトちゃん)が、「虹」 という歌をうたった。
 ※調べてみたところ、最近ライブで歌いはじめた曲らしい。



新しいTシャツが会場内の売店テントで販売されていた。
アンコールの後、キーボードの猪野陽子さんが、上の衣装を脱いでTシャツ姿になって見せてくれたので、ついつい買ってしまった。
あれはうまい宣伝作戦だったな。
まんまと乗せられてしまった。

Shangshang_tshirts












帰り道、新宿中村屋の店先でカリーパンも購入。

そして、こんな案内チラシも。
歌姫三人のライブ。
行ってみたいと思う。 土曜日だし。

Shangshang_cafe_20080809

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2008年7月 4日 (金)

【楽】明日は魂の解放

けっして事務所のまわしものではなく、宣伝をするわけでもないのだが。
嬉しくてたまらない。

Shangshang_tanabata2008_2いよいよ明日の夜。
新宿花園神社で、上々颱風の七夕ライブ。
二日早いけれど、七夕なのだ。

この携帯ストラップは、今は手にはいらないもので、私にとってはたいせつなもの。
裏には 「公演中 電源 オ切リ下サイ」 とプリントしてある。

上々颱風 LIVE!
  花園神社七夕コンサート '08
 新宿花園神社境内
 2008年7月5日(土)
 開場 18:15 / 開演 19:00  ※雨天決行
 前売 3,500円 / 当日 4,000円
 立見・整理番号付き/税込

私は、今年は当日券で入る。
整理番号順に入場だが、最前列にこだわらないので。
むしろ、少し遠くから観ているほうがいいのだ。
雨天決行、というのがいいね。 

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【読】二十歳のころ

いろんなカテゴリーに突っ込んだけれど、思い出ばなしである。

今日は暑かった。
もう七月だから、こんな暑い日があっても不思議ではない。

今頃の暑い日には、二十歳の頃、はじめて上京した日を思い出す。
じりじりと暑い日だった。
私のおぼろげな記憶では、七月の初旬。
二十一歳の誕生日をむかえて、すぐの頃だった。
(記憶に自信はない)
頭陀袋ひとつ背負って、友人を頼っての上京だった。

あの頃、実際には何も希望がなかったけれど、捨て鉢な勇気のようなものは持っていたように思う。
金もなく、住まいもなく(居候生活と住み込み生活がしばらく続いた)、職のあてもなかったが、絶望はしていなかった。

若い頃はよかった、と思うわけではない。
あの頃に戻してやる、といわれても、お断わりである。

だが、なぜか懐かしい思いにかられる。
歳をとったのかな。

Tachibana_hatachinokoro_3『二十歳のころ』 I 1937-1958
 立花 隆 + 東京大学教養学部立花ゼミ
 新潮文庫  2002年1月
 (親本 新潮社 1998年12月)

萱野茂さんの項が読みたくて、ずいぶん前に買った本。
だから、他の人の項は読んでいない。

二十歳前後の大学生が、著名人にインタビューして、その人たちの二十歳の頃の話を聞き、文章にまとめるという、面白い試み。
今、あらためて見ると、興味深い人がたくさんとりあげられているのだった。
それぞれの「二十歳のころ」の時代背景もわかって、なかなかいい本なのだ。
(まともに読んではいないけれど、そう思う)

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2008年7月 3日 (木)

【読】星野道夫さんをめぐって(続々)

こんな本も手に入れた。

『ベア・アタックス クマはなぜ人を襲うか』 I・II
 S.ヘレロ 著
 嶋田みどり・大山卓悠 訳
 日本クマネットワーク 解説
 北海道大学図書刊行会  2000.9

この市の図書館に置いていないのでネット注文したのだが、届くまで時間がかかった。

『星野道夫 永遠のまなざし』 (小坂洋右・大山卓悠/山と渓谷社) の中で知った。
訳者の一人、大山卓悠さんが日本語訳を買ってでた経緯が、詳しく書かれていたのだ。

その前に読んでいた 『クマにあったらどうするか』 (姉崎等/木楽舎) の中でも紹介されていたので、どんな本なのか気になっていた。

英文の原著は星野さんも持っていたという。
だが、星野さんはこの本を読まずに亡くなってしまったらしい。
原著者は、星野さんとも交友があり(訳者もそうだが)、そんないきさつから、星野さんの死後、日本語版を出すにあたって、あらたな章が追加された(補章 星野道夫の死)。

というわけで、読むのはまだまだ先になりそうだが、ここに紹介しておきたい。

原著
BEAR ATTACKS
Their Causes and Avoidance
Stephen Herrero

スティーヴン・ヘレロ (Stephen Herrero)
1939年米国サンフランシスコ生まれ。 カリフォルニア大学バークレー校で動物行動学の博士号取得。 1968年よりカナダのカルガリー大学に勤務。 現在、環境計画学部教授。 主な研究分野は、野生動物生態学、保全生物学。 1999年来日し、北海道をはじめとするクマ生息地を訪ね、各地で講演や関係者との意見交換を行なった。
(本書著者紹介より)


― 本書巻頭 「日本語版によせて」 (スティーヴン・ヘレロ) より転載 ―

 1996年、極東ロシアのさらに遠隔の地カムチャッカ半島の南端で、私にとっては世界最高の写真家だった男、"星野道夫"がヒグマに殺された。 (中略) およそ二十年間にわたって、彼は毎年何ヵ月も自然のなかで暮らし、グリズリー(ヒグマ)やムース(ヘラジカ)のような危険を秘めた動物にそっと近づき、事故に遭うこともなく、優れた写真を撮りつづけた。 彼がこれらの動物たちをよく知り、理解していたからできたことだ。
 その彼が、なぜクマに殺されたのか? その答は、悲しいことに、星野氏を殺したクマは、彼が愛した、まだ人間によってそこなわれていない野生のままのクマではなかったということだ。 彼を殺したのは、野生のクマのカリカチュア――攻撃的に食物を得ようとする性格のクマが、何ヵ月にもわたって不適切に保管された人間の食物や生ゴミを食べ、その攻撃性がさらに助長されていたのだ。 (後略)
 

Bear_attacks_1Bear_attacks_2 

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【雑】そろそろ三年

三年という年月が長いのか短いのか、もうわからなくなってしまった。
三年後のじぶん、というのも想像できない。
おそらく、今とそれほど変わっていないのかもしれないが、何か大きく変わっているのかもしれない。

こんなことを思うのは、このブログを始めてからそろそろ三年になるからだ。

サイドバーにあるように、2005年9月19日からブログを始めた。
その前は、ウェブサイトをこしらえて、これまで貯めこんでいたことを書いていたのだが、半年ほどで面倒になった。
今は開店休業状態だ。
その点、ブログは簡単に書けるのがありがたい。

三年前といえば、ブログを始めた翌月の10月、のっぴきならない事情から住むところを変えた。
それが今の団地である。

十数年間住んでいた隣りの市の団地から、同じ市内の団地へ引越し、そこには1年もいられなかった。
団地というのも、気楽なようで案外と近所づきあいがむずかしいものだ。
どうしてもそこに住んでいられない事情が重なって、探しあてたのが今の団地だ。

ここはとても気に入っている。
三年の年月は、あっというまだったように感じるが、その間、やはりいろんなことがあった。
人生は長い旅路だな、なんちゃって。

初期の頃、じぶんがブログに書いていたことを、ときどき読み返すことがある。
あの頃は、純粋だったと思う。
書きたいことがたくさんあって、思いのまま書いていたように思う。
写真なども少なくて、たいしたことも書いていないのだが、それでも、初々しさのようなものがあったと思う。
じぶんで言うのもナンだけど。

初心に帰ろう、なんて思う今日このごろ。

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2008年7月 2日 (水)

【読】星野道夫さんの本棚(続)

星野道夫さんの本棚にあった一冊。
愛読書だったようだ。

Hoshino_coyote_no2Coyote №2 (2004.10.8) スイッチ・パブリッシング
 特集 星野道夫の冒険  より引用

(P.52) 人はこうして生きてきた

『デルスウ・ウザーラ』 は星野道夫がこよなく愛した本の一つである。 書斎にはボロボロになった本を改めて装訂(装丁/装幀のまちがいか?)し直したものがある。
(中略)
著者のアルセーニエフが1906年の調査旅行途上で出会ったのが、ゴリド族の男デルスウ・ウザーラ。 (中略) 彼ら二人の短くも心深い交流を描いたのが、この 『デルスウ・ウザーラ』 である。 ……


ネット販売で注文してあった東洋文庫版が、きょう届いた。
Coyote にも、同じ本がイラストで紹介されており、上で引用した文章が書かれている。
星野さんの本棚には、別の訳者による同じ書もあったようだ。


Derusuu_uzara『デルスウ・ウザーラ 沿海州探検行』
 アルセーニエフ  長谷川四郎訳
 平凡社東洋文庫 55  1965年

訳者の長谷川四郎が好きなので、この本がほしくなったのだ。
こういう探検記、それほど読んでいないが、好きな分野だ。

(Wikipediaより)
長谷川 四郎(はせがわ しろう、1909年6月7日-1987年4月19日)は、北海道出身の作家。法政大学卒業後、南満州鉄道株式会社に入社。退社後招集。復員後、シベリア捕虜体験をもとに「近代文学」に作品を発表した。その後、新日本文学会で活躍し、1960年代の同会を花田清輝とともにささえた。1974年には、花田とともに戯曲『故事新編』(魯迅の同名の作品に基づいたもの)を共同制作もした。
牧逸馬・林不忘・谷譲次のペンネームを用いた小説家長谷川海太郎は実兄。



長谷川海太郎(谷譲次・牧逸馬・林不忘)も好きで、一時期、夢中になって読んだことがある。

「デルス・ウザーラ」 という映画がいっとき話題になったが(黒沢明監督、日ソ合作、1975年)、私は観ていない。

今日から、『流亡 日露に追われた北千島アイヌ』 を読んでいる。
宮本常一さんの本は、一時中断。
しばらくのあいだは、星野道夫さんの周辺をぐるぐるまわる読書が続くのか、自分にもわからない。
こういう本の読み方もいいじゃないか。

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【読】星野道夫さんの本棚

これも先日読んだ 『星野道夫 永遠のまなざし』 (小坂洋右・大山卓悠、山と渓谷社) に書かれていて、気になっていた本だ。
ネット販売で入手できた。

Kosaka_yousuke_toubou『流亡 日露に追われた北千島アイヌ』
 小坂洋右 北海道新聞社(道新選書) 1992.7

著者の小坂洋右(こさか・ようすけ)さんは、星野道夫さんと親しくしていた人。
『星野道夫 永遠のまなざし』 に書かれていたことだが、小坂さんはこの本を星野さんに渡していた。

「Coyote」 №2(2004年、スイッチ・パブリッシング) 「特集 星野道夫の冒険」 に、アラスカ フェアバンクスの星野さんのログ・ハウスに残された、彼の本棚が紹介されている。
その本棚のリストには、たしかにこの本もあった。

小坂さんは、星野さんがカムチャッカ半島で事故で亡くなった後、『逃亡 日露に追われた北千島アイヌ』 を星野さんに渡したことを、後悔したという。

カムチャッカ南部はこの本の舞台の一つになっていて、「本を読んだ星野道夫は、カムチャッカ南部がヒグマの一大生息地であると同時に、悲劇を生んだ人類史の一舞台であったことも知っていたはず」 だと思ったのだ。

アイヌ民族と星野道夫――このつながりは、それほど突拍子もないことではなさそうだ。
星野さんの著作に、クリンギットインディアンのエスター・ジェイという女性の言葉が記されている。

エスターは、星野道夫に一冊の本を示し、あるページの写真を見せて 「この人々は一体誰なのか」 と尋ねたという。

<それは日本のアイヌの人々の写真だった。 エスターは自分たちの祖先とその写真を結びつけていたわけではないだろう。 ハイイログマのクラン(家系)に属するエスターは、なぜ同じような信仰を持つ人々が遥かなアジアの世界に存在しているのかという不思議さを感じたのかもしれない。>
 ― 星野道夫 『森と氷河と鯨』 ―

すぐには読めないが、この小坂さんの本は、私にはとても興味ぶかい。


Hoshino_coyote_no2Hoshino_eien_no_manazashiHoshino_moritohyouga

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2008年7月 1日 (火)

【読】気になっていた本(宮本常一)

いちど読みはじめたことがあったが、すぐに挫折した本。
挫折の原因は活字の小ささ、といういささか情けない事情だが、いま再挑戦している。
これが、じつに面白い。

宮本常一さんの、いまや古典といってもよさそうな代表作。

Miyamoto_wasurerareta宮本常一 『忘れられた日本人』
 岩波文庫 青164-1
 1984.5.16 第1刷発行
 1995.7.5 第28刷発行

28刷とは、さすがによく読まれている本だ。
それにしても、活字がなぁ……。
そろそろ、大活字本じゃないといけないか。

少し前に読んだ 『クマにあったらどうするか』(姉崎等、木楽舎)のあとがきに、宮本常一さんのこの本の方法(聞き書き)を参考にしたと書かれていたので、読んでみようという気になったのだ。

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