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2008年8月26日 (火)

【読】こんな本を読んでいる (2)

ニューギニア島は、日本から南に約5000キロ、オーストラリアのすぐ北にある。
東西2400キロ、面積は日本のおよそ二倍。
私が漠然と思っていたより大きな島である。

この島での、ほとんど戦闘とも呼べないような日本軍の敗走。
大多数の兵士は、飢えと疲労と病で死んでいる。

標高4000メートルの山脈を、貧弱な装備と食糧で、飢えと寒さにぼろぼろになりながら越える。
あるいは、密林の泥濘にまみれ、口にはいるものなら何でも――蛇、蛙、蜥蜴、バッタ、蛭、かたつむり、百足、毛虫、蝶々、蟻、蜘蛛、蚯蚓(みみず)まで――食べたという。
飢えきった兵士たちを、熱帯雨林のヒル、ブヨ、蚊が襲い、次々とマラリアに罹る。

この本から漂ってくるのは、おびただしい数の兵士たちの死臭だ。


著者は、昭和18年、19歳のときに志願して海軍の民政府調査局員に採用され、ニューギニアに上陸。
戦況が厳しくなってからは、陸軍作戦部隊に情報要員として配属され、戦闘にも参加した。
(民政府とは、日本軍が占領した地域を治める海軍の行政機構。陸軍では軍政部といった)

Jigoku_no_nihonhei『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』
 飯田進 著  新潮新書 273 2008.7.20

飯田 進 (いいだ すすむ)
1923(大正13)年 京都府生まれ。
昭和18年2月、海軍民政府職員としてニューギニア島へ上陸。
終戦後、BC級戦犯として重労働20年の刑を受ける。
昭和25年、スガモ・プリズンに送還。
現在、社会福祉法人 「新生会」 と同 「青い鳥」 に理事長。
著書に 『魂鎮(たましずめ)への道』 など。

<戦死した兵士の遺族たちは、最愛の肉親が野たれ死にしたとは思いたくない。 それは人間としての人情なのである。 誰も非難できない。 小泉元首相も素朴な情念のおもむくままに正しいと思って靖国参拝を行ってきたに違いない。 その心情は多くの国民、とりわけ遺族たちの心の琴線に触れるものがある。 だがそこからは、あれだけの兵士を無意味な死に追いやった戦争発起と戦争指導上の責任の所在は浮かび上がってこない。 「英霊」という語感の中に見事に雲散霧消してしまっている>
(「はじめに」より)


私は、あの 「英霊」 ということばに、ひっかかるものを感じつづけてきた。
戦争で亡くなった兵たちを、英霊などと呼びたくない。
ひとりひとりの顔が見えなくなるからだ。

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コメント

最近、澤地久枝さんや小田実の本を読んでいます。彼らは尋常ではない死を「異形の死」と呼んでいます。まさに「英霊」と呼んでその死を賛美しようとする立場とは逆の姿勢で歴史を見つめて、本当の平和をもたらそうとしなければと思います。最近のやまおじさんの読書、私にはなかなかできない方向ですが、何分の一かでもやりたいなと思っています。

投稿: 玄柊 | 2008年8月27日 (水) 23時16分

この本の冒頭で、五味川純平『ガダルカナル』(文藝春秋)の次の言葉が紹介されています。

「過去が現在に関係がなければ、歴史も戦史も、その醜いはらわたを暴く必要はないのである」

きれいごとは、いつだって大切なものを隠してしまうものです。
日本には「臭いものに蓋」という言葉がありますが。

投稿: やまおじさん | 2008年8月28日 (木) 07時34分

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