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2008年8月の33件の記事

2008年8月31日 (日)

【雑】たまには日記風に

朝から晴れて、暑い一日だった。

昼過ぎ、近くの日帰り温泉 「おふろの王様 花小金井店」 へ。
先週ほどではないが、立体駐車場がほぼ満杯。
この温泉、なんだか、にわかに入浴客が増えたような気がする。

夕方から雨。
時折の豪雨のなかを、車で三鷹の友人宅へ。

こちらからは、勝沼のぶどうをお土産に持参。
先方からは、八ヶ岳のお土産(蜂蜜)をいただく。
おいしそうな蜂蜜に、かみさん喜ぶ。

八ヶ岳での山小屋ライブは成功だったようで、なにより。
すっかり様変わりした山小屋の様子を聞かせてもらう。

いつも元気をくれる夫妻に感謝しながら、かみさんと二人、小雨になった夜の道を車で帰宅。

八ヶ岳青年小屋ライブの様子を、おいおい知らせてもらえそうなので、楽しみだ。

Yahoo!ブログ - 対馬照in野崎庵
http://blogs.yahoo.co.jp/terutsushima

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【遊】季節のめぐみ

朝から蝉が鳴いている。
夏もそろそろ終わり。

昨日、勝沼の 「大雅園」 でたくさん手に入れたぶどうを味わう。
果物は、やはり、新鮮なものがいい。

0808310015(左上から時計まわりに)
デラウェア
ロザリオビアンコ
ピオーネ
紅伊豆
マニュキアフィンガー

購入したもの以外に、お土産というか、サービスでいただいたものもある。

勝沼ぶどう園 「大雅園」 のブログ ができていた。
きっと、お嬢さんが作っているのだろう。

ブログ 「山梨 勝沼のぶどう 大雅園」
http://blog.goo.ne.jp/taiga-yamanashi

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2008年8月30日 (土)

【遊】すもも 太陽

「太陽」 というすももがある。
先だって、知人からお土産にいただき、その美味しさに驚いた。

大振りのプルーンのような外見だが、これがじつに、うまいのだ。

すもも 太陽
塩山で誕生したすもも 「太陽」 は、最高級品種の一つです。
果肉はしまり、濃厚な風味を持ち、甘さと酸味との調和が格別です。

(塩山の生産農家 高野浩さんのパンフレットより)

今日、勝沼のぶどう園 「大雅園」 で、この 「太陽」 のことを訊ねてみたら、これを栽培・販売している農園をご存知の方がいらして、教えてくださった。
(わざわざ、ご自宅まで電話をかけて、住所と電話番号を調べてくださったのだ)
さっそく電話をかけて、場所を聞き、訪れてみた。

塩山高校の近く、看板も何もない生産農家だった。
家の前に車を停めさせていただき、このすもものことをあれこれ教えていただき、12個入りを三箱購入。
二箱を、北海道の実家に送ってもらった。

写真右は、熟しきってヒビが入ったもので商品にはならないらしく、オマケでたくさんいただいた。
見栄えは悪いが、甘くておいしかった。
(お茶までご馳走になった)

写真左が、今日購入したもの。
パンフレットに連絡先などが書いてある。
直販もしていて、クチコミで噂が広まり、注文が多いという。

ただし、今年はそろそろおしまい。
例年、八月のお盆明け頃がいちばんいいらしいが、期間は短いようだ。

08083000120808300014










市販のものは、けっこう高価。
高級品という感じだが、高野さんのような生産農家で直接購入すると、驚くほどリーズナブルだ。

高野さんから、いろいろお話をうかがった。
商品になるまで何年もかかったという。
果物の栽培は、どんなものでもたいへんだ。
(桃栗三年、柿八年、とはよく言ったものだと思う)

これでまた、塩山・勝沼を訪ねる楽しみがひとつ増えた。


【参考サイト】
果物ナビ (果物情報サイト) 内
すもも(李/プラム)のページ
http://www.kudamononavi.com/zukan/plum.htm

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【遊】勝沼ぶどう園(大雅園)へ

今週は不安定な天気が続いている。
今もどしゃぶりの雨。
夜中に響く雷の音は、まるで、すぐ近くで大太鼓を打ち鳴らしているようだ。

今日は、さいわい朝から晴れ間も見えたので、勝沼のぶどう園 「大雅園」 へうかがってきた。
今シーズンはじめてである。

0808300006いつもなら青梅街道(国道411号線)をたどって、柳沢峠を越えて塩山に出るのだが、この豪雨で山道がどうなっているかわからないので、高速道路(中央自動車道)を使った。

さほど混雑しておらず、国立府中インターから順調に勝沼インターへ。
勝沼インターを下りてから大雅園までは、すぐだ。

甲進社 大雅園
山梨県甲州市勝沼町等々力43
(旧甲州街道「勝沼町役場入口」交差点の西)
TEL・FAX 0553-44-0434
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/

0808300005今年のぶどうの出来は全体に悪くないらしいが、品種によって、あるいは同じ品種でも樹の場所によって、出来がちがうという。
今回も、ご主人の早川さんからお話をうかがい、葡萄づくりの大変さを、あらためて思う。

デラウェア、ピオーネ、紅伊豆、ロザリオビアンコ、ピッテロビアンコ、などが店頭に並んでいた。

珍しかったのは、マニュキアフィンガーという品種(写真右)。
今年は、この品種がよく出来たということだった。
皮ごと食べられる。
その名のとおり、マニュキアをつけた指先のように細長く上品な形。
味は、甲斐路に似て、さっぱりしている。
これが気に入って、お土産にたくさん購入。

08083000100808300011








この先も、まだまだいろんな品種がでてくるので、楽しみだ。
9月の中頃に、またおじゃましようと思う。
甲斐路が食べごろになる時期だ。

「大雅園」 では、たくさんの品種(店先に掲示されているそれを数えたら50種以上あった)を作っていらっしゃる。
サイトにも書かれているように、低農薬・有機栽培にこただわり、研究熱心な若主人である。
ひっそりと目立たないたたずまいだが、ご家族、ご親戚を中心に、いつ行っても、あたたかくもてなしてもらえるぶどう園だ。

私は、毎年、ぶどう園ならここ以外にはいかないほどのファンだ。
電話・FAX・Eメールでの注文・配送にも応じてくださる。
私のオススメなのだ。


080830000808083000090808300007_2そうそう。
書き忘れていたが、ワインづくりにも熱心で、お嬢様はその道に進んでいらっしゃるという。
道路側の店舗には、ワインがずらりと並んでいるので、シーズンオフでもワインのお好きな方に、おすすめ。 

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2008年8月29日 (金)

【読】もう一冊

ついでに書いておこう。

三十年以上も前のこと、親しい友人からもらった本がある。
途中まで読んだおぼえがあるが、最後までしっかり読んでいなかった。

「1974年9月、○○君より」 という書き込みがある。
本棚で、すっかり色あせていた。

今、ぱらぱらと読みなおしてみると、これがすごい内容なのだ。
一般には、ほとんど知られていない本である。

落ち着いたら、ゆっくり読んでみたいと思う。

Oyama_ex_post_tsuushin小山俊一 『EX-POST通信』
昭和49(1974)年6月15日 発行
弓立社

巻末の著者略歴はいたって簡単だ。
1919年 福岡県に生れる
1941年 九州大学農学部卒業
主論文
「カウラの死臭」 (「試行」11号)
「中野重治ノート」 (「試行」13・14号)
「<教育現象>について」 (「教育労働研究」2号)


この本のカバーに、内村剛介の一文がある。
ちょっとびっくりする。

<小山の研鑽は執念深い。 かつ原理的である。 日本人は原理に即しつづける能力に乏しいから執念も浅いのだが、その点では小山は日本人ばなれしているといっていい。 小山はそのような能力に、別言すれば才能に、恵まれている。 だから彼については、「苦しむためには才能が要る」をひっくりかえして「才能があるからには苦しむのが当りまえだ」といってもいいだろう。 しかしお前さんが苦しむのはいい気味だとはいえない。 小山の「原理」は思弁癖とは全く縁のない生ま身の血のしたたる実践的なものだから放り投げるわけにはいかない。 彼の思考はメタフィジカルだがそれだけではない。 むしろフィジカルそのもので、血と死臭から離れようもないのだ。>



小山俊一は軍隊経験者であり(陸軍軍属としてボルネオで従軍)。
ネットでみつけた、あるサイトに、詳しい経歴が紹介されていた。
著作権があるので転載は控えることにしたが、詳細な年譜である。

スカラベの会
http://www.k3.dion.ne.jp/~scarabee/index.html

スカラベ人名辞典
http://www.k3.dion.ne.jp/~scarabee/sukajin-a.htm#o

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【読】興味ぶかい本

このところ、本のことばかり書いているが、次から次へと興味ぶかい本がみつかるものだ。

本ばかり読んでいると馬鹿になるぞ――いつも、そういう自戒を忘れないようにしているが、根が本好きなのだろう。
凝り性という性分もある。
ある分野に関心を持ちはじめると、しばらくのあいだ、いろんな本を探しまわる。
読むスピードが遅く、読書に割ける時間もさほどとれないので、読みたいのに読んでいない本がたまっていく。
まあ、いいだろう。

少し前に、朝日新聞の書評欄で見た記事。

Asahi_shohyou_20080817_2朝日新聞
2008年8月17日(日曜日)

「苦難の昭和が示す教訓」
半藤一利 (作家)

『畏るべき昭和天皇』
松本健一 著
毎日新聞社
2007.12.20
1680円

Matsumoto_shouwa_tennou1_2Matsumoto_shouwa_tennou2― 上の新聞書評(半藤一利)より ―

<昭和史の中心にあったのは、いうまでもなく昭和天皇である。
最近刊の松本健一 『畏るべき昭和天皇』 は過去の諸書なんかと違い、とにかく昭和史における昭和天皇の存在のいちばん核心のところを深く考察した野心的な論考である。
二・二六事件のさいの天皇の畏るべきところは、北一輝から軍隊を奪い返したところにある、といったそれこそ恐るべき記述にぶつかり、驚倒させられることしばしばであった。>

私にとっての昭和天皇といえば、高校生のとき、天皇が北海道の旭川市を訪問したことがあり、そのパレードを見たことがある。
その頃の私は、観念的にしか天皇をとらえていなかった。
(この世の中を観念的にしかとらえられない高校生だった)

いっしょにいた当時の友人(左翼的な活動をしていた)が、「トマトジュースを車にかけてやろうか」 と言っていたことを憶えている。
私は、おもしろがって聞いていた。
それだけのことだが、ミョーなことを憶えているものだ。

あれから40年が過ぎた。
昭和の天皇はとうに死去し、私の中では、あの天皇の謎が深まっている。
たしかに、まれに見る偉大な君主だったと思う。
カンケイナイとは言い切れないものが、私の中にもあるのが不思議だ。
体の奥深いところに、何かしみついているものがある。

「畏(おそ)るべき」 という形容がふさわしい。
興味は尽きないのである。   

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2008年8月28日 (木)

【読】こんな本を読んでいる (4)

ニューギニア島では、二十万人以上の兵士が上陸して三年間の戦闘が繰り広げられた。

戦闘、と呼ぶにはあまりにもお粗末、無謀な作戦の連続だった。
ポートモレスビー(ニューギニア東部、連合軍の最前線基地があった)を陸路から攻略しようとして失敗、連合軍の逆襲を受けて敗走を続けた、まさに地獄絵図のような敗戦までの数年間。

その前に、ガダルカナル島をめぐる攻防と、日本軍の敗退があった。

1942年5月 珊瑚海海戦
同年 6月 ミッドウェー海戦
同年 7月 日本軍、ガダルカナル島上陸、ポートモレスビー陸路攻略開始
同年 8月 米軍、ガダルカナル島上陸(反攻開始)
1943年2月 日本軍、ガダルカナル島から撤退

Gomikawa_guadalcanal五味川純平 『ガダルカナル』
 文藝春秋 1980.11.1

先に読んだ 『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』 に紹介されていた、五味川純平の戦記。
あまりに細かい戦記なので、最期まで読めるかどうかわからないが、今日から読み始めている。

以下、本書 「あとがき」 より。

<日本人は、よくよく、失敗の教訓を教訓としたがらないらしく見える。 軍人や政治家が特にそうである。 ノモンハンからガダルカナルまでちょうど三年、ノモンハンでしたたかな実物教育をくらいながら、ガダルカナルではより深刻な用兵の失敗を繰り返した。 四十年近く経って、まだその認識と反省がないのはどうしたことであろうか。 ガダルカナルやニューギニアで餓死した夥しい壮丁は、四十年後、祖国の進路の選択に関して、何も言うことは出来ない。 実際には、彼らを餓死せしめた罪の一端を背負うべき者が、現在の日本の進路の決定にあずかっていたにもかかわらず、死者は永遠の沈黙を強いられたままである。>

(四十年後、というのは、この本が上梓された1980年、防衛論議が盛んになっていた時期)



― 以下、Wikipediaより ―

ガダルカナル島の戦いは日本の継戦能力の限界を超えた状況となっており、11月24日にはある将校が「そこら中でからっぽの飯盒を手にしたまま兵隊が死んで腐って蛆がわいている」旨を大本営に報告したが、撤退は未だ決まらなかった。1ヵ月後の12月31日になって日本軍はようやく撤退に向けて動き始めたがこの間にも多くの将兵が餓死していった。(これはガダルカナル以降補給の途絶えた各戦場で見られた現象で、ある生存者はジャングルを「緑の砂漠」と表現した。)ほとんどの部隊では、ふらふらと何とか歩ける兵士はすべて食糧の搬送に当たり、陣地を「守る」のは、立つこともできなくなった傷病兵という状態に陥っていた。そういう中で、やっと手に入れた食糧を戦友のもとに届けようと最後の力を振り絞り、背中に米を担いだまま絶命する兵士も現れれば、食糧搬送の兵を襲って米を強奪する兵士も現れる状況になった。

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【読】こんな本を読んでいる (3)

Jigoku_no_nihonhei『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』
 飯田 進 著
 新潮新書 273  2008.7.20

ようやく読み終えたこの本の 「あとがき」 に、こんなことが書かれている。

<戦後、とりわけバブル景気華やかだったころ、数多くの戦友会によって頻繁に行われた慰霊祭の祭文に、不思議に共通していた言葉がありました。
「あなた方の尊い犠牲の上に、今日の経済的繁栄があります。 どうか安らかにお眠りください」
飢え死にした兵士たちのどこに、経済的繁栄を築く要因があったのでしょうか。 怒り狂った死者たちの叫び声が、聞こえて来るようです。 そんな理由付けは、生き残った者を慰める役割を果たしても、反省へはつながりません。 逆に正当化に資するだけです。 実際、そうなってしまいました。>

<なぜあれだけ夥しい兵士たちが、戦場に上陸するやいなや補給を断たれ、飢え死にしなければならなかったのか、その事実こそが検証されねばならなかったのです。 兵士たちはアメリカを始めとする連合軍に対してではなく、無謀で拙劣きわまりない戦略、戦術を強いた大本営参謀をこそ、恨みに怨んで死んでいったのです。>


その 「大本営の参謀たち」 の生き残りの一人、服部卓四郎という人物が、この後紹介されている。

服部卓四郎――太平洋戦争発起時の大本営参謀本部作戦課長。
サイパン島陥落を機に、中国奥地に連隊長として左遷されていたが、戦後間もなく、GHQのウィロビー少将によって、一人任地から連れ戻される。
太平洋戦争の戦史編集という名目だったが、実際には対ソ連戦に備えた軍事情報の提供と、再軍備の下工作に携わっていた。

<なぜ服部大佐だったのか。 その理由は簡単でした。 大本営に着任する前、彼は関東軍(満州[中国東北部]に駐屯していた日本陸軍部隊)の作戦主任でした。 関東軍の長年の仮想敵国はソ連でした。 もうお分かりになった筈です。 服部大佐は、日本を片づけたアメリカ軍にとって重要な人材と判断されたのです。>

旧軍の職業軍人を集めた 「服部機関」 なるものが、GHQからの給与を受けながら、再軍備の下工作に暗躍し、大佐自身は再軍備の総参謀長に擬せられていた。
彼が仕えた東条英機がA級戦犯として処刑される前後のことだ。


著者がスガモ・プリズンに送還されて間もないころ、朝鮮戦争が勃発(1950年6月25日)。
同年8月10日、警察予備隊が発足した。

服部大佐の幕僚長就任こそ、時の吉田茂首相によって忌避されたが、旧軍人に対する公職追放令は解除され、職業軍人だった者たちが、続々と警察予備隊に入隊した。
それが、今日の自衛隊の発端だ。

<その旧軍人たちを、ここで一概に非難するつもりはありません。 (中略) ですが、職業軍人とは、昔でいえば武士です。 武士道の最重要な規範に、恥を知ることがあります。 (中略)
彼らの大部分は、参謀の立案した作戦計画に従って戦場に投入され、命を落としました。運よく生き残って本国へ戻り、また懸章をぶら下げる軍人のどこに恥を知る心があったのでしょうか。>


もうひとつ、著者があげている例。

戦争末期の、日本の都市への絨毯爆撃、さらには、広島・長崎への事前警告なしの原爆投下。
この爆撃作戦を立案し、指揮したのが、アメリカ軍のカーチス・ルメイ空軍少将だった。
戦後、彼は空軍元帥にまでなった。

その彼に、日本政府は、昭和39年、勲一等旭日大綬章を授与した。
もちろん天皇の名によって。
授賞の理由は、日本の航空自衛隊の育成に協力したことだった。



― 以下、Wikipediaより ―

カーチス・エマーソン・ルメイ(Curtis Emerson LeMay, 1906年11月15日 - 1990年10月1日)は、第二次世界大戦期のアメリカ合衆国の軍人である。戦略爆撃の専門家、東京大空襲を初めとする日本の焦土化作戦を立案した。後に、空軍参謀総長になった。

1964年その功績により、日本政府より勲一等旭日大綬章を授与された。これは参議院議員で元航空幕僚長源田実と小泉純也防衛庁長官(小泉純一郎の父)からの強力な推薦によるものであった。なお勲章は本来、授与に当たって直接天皇から渡される(天皇親授)のが通例であるが、昭和天皇はルメイと面会することはなかった。

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2008年8月26日 (火)

【読】こんな本を読んでいる (2)

ニューギニア島は、日本から南に約5000キロ、オーストラリアのすぐ北にある。
東西2400キロ、面積は日本のおよそ二倍。
私が漠然と思っていたより大きな島である。

この島での、ほとんど戦闘とも呼べないような日本軍の敗走。
大多数の兵士は、飢えと疲労と病で死んでいる。

標高4000メートルの山脈を、貧弱な装備と食糧で、飢えと寒さにぼろぼろになりながら越える。
あるいは、密林の泥濘にまみれ、口にはいるものなら何でも――蛇、蛙、蜥蜴、バッタ、蛭、かたつむり、百足、毛虫、蝶々、蟻、蜘蛛、蚯蚓(みみず)まで――食べたという。
飢えきった兵士たちを、熱帯雨林のヒル、ブヨ、蚊が襲い、次々とマラリアに罹る。

この本から漂ってくるのは、おびただしい数の兵士たちの死臭だ。


著者は、昭和18年、19歳のときに志願して海軍の民政府調査局員に採用され、ニューギニアに上陸。
戦況が厳しくなってからは、陸軍作戦部隊に情報要員として配属され、戦闘にも参加した。
(民政府とは、日本軍が占領した地域を治める海軍の行政機構。陸軍では軍政部といった)

Jigoku_no_nihonhei『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』
 飯田進 著  新潮新書 273 2008.7.20

飯田 進 (いいだ すすむ)
1923(大正13)年 京都府生まれ。
昭和18年2月、海軍民政府職員としてニューギニア島へ上陸。
終戦後、BC級戦犯として重労働20年の刑を受ける。
昭和25年、スガモ・プリズンに送還。
現在、社会福祉法人 「新生会」 と同 「青い鳥」 に理事長。
著書に 『魂鎮(たましずめ)への道』 など。

<戦死した兵士の遺族たちは、最愛の肉親が野たれ死にしたとは思いたくない。 それは人間としての人情なのである。 誰も非難できない。 小泉元首相も素朴な情念のおもむくままに正しいと思って靖国参拝を行ってきたに違いない。 その心情は多くの国民、とりわけ遺族たちの心の琴線に触れるものがある。 だがそこからは、あれだけの兵士を無意味な死に追いやった戦争発起と戦争指導上の責任の所在は浮かび上がってこない。 「英霊」という語感の中に見事に雲散霧消してしまっている>
(「はじめに」より)


私は、あの 「英霊」 ということばに、ひっかかるものを感じつづけてきた。
戦争で亡くなった兵たちを、英霊などと呼びたくない。
ひとりひとりの顔が見えなくなるからだ。

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【歩】そろそろ ぶどうの季節

勝沼のぶどう園 「大雅園」 から、今年もはがきが届いた。

週末にでも、訪ねてみようと思う。

大雅園
山梨県甲州市勝沼町等々力43

http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/

Taigaen_2008

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2008年8月25日 (月)

【読】こんな本を読んでいる

ちょっと興味ぶかい本を本屋でみつけ、週末、いっきに読んだ。


Hukyoka_shashin『不許可写真』 草森紳一 著
 文春新書 652  2008.8.20
 163ページ  900円(税別)

戦時中、検閲で 「不許可」 になった写真を集め、著者の御託(といっては悪いか)が並べられている。

<「不許可写真」 (当時の国民は見ていない) の大半は、今日の目から見れば、一コマもののマンガである。 滑稽である。 なぜこんなものが不許可なのか。 サッパリわからず、理由をきいて吹き出してしまう。 写真を笑うのではなく、不許可の 「理由」 に笑うのである。>
(帯より)

ショッキングな写真も多いが(その残虐性のために、当局が発表させなかった)、なぜこんな写真が……というものも多い。

例えば、「南方に踊る宮操子 昭南(現シンガポール)にて」 などは、太腿をあらわにして踊るダンサーの写真。
太腿が出ているだけでNGとなった。

日本の検閲は不徹底だった、という著者の意見がおもしろい。


<二十世紀は、映像(イメージ)の時代である。 (中略) 「大東亜戦争」時代、宣伝下手な日本は、情報に敏感だったという矛盾がある。 写真の情報性にも敏感だったが、その活用は幼稚であった。> (P.61)


あの時代の一面を知るために、興味ぶかい一冊。

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【歩】おいてけ堀

今朝、いつもとちがう道を歩いて職場にむかう途中で発見。

錦糸町駅南口から、四ツ目通りを南へ100メートルほど下ったところ。
コンビニの横の路面に、それはあった。
これまで、気づかなかった。


Oitekeboriきっと、あのあたりに 「置いてけ堀」 があったのだろうな。

― Wikipediaより ―
置行堀(おいてけぼり、おいてきぼり)は、本所(東京都墨田区)を舞台とした本所七不思議と呼ばれる奇談・怪談の1つで、全エピソードの中でも落語などに多用されて有名になった。「置いてけぼり」の語源とされる。江戸時代の頃の本所付近は水路が多く、魚がよく釣れた。ある日仲の良い町人たちが錦糸町あたりの堀で釣り糸を垂れたところ、非常によく釣れた。夕暮れになり気を良くして帰ろうとすると、堀の中から「置いていけ」という恐ろしい声がしたので、恐怖に駆られて逃げ帰った。家に着いて恐る恐る魚籠を覗くと、あれほど釣れた魚が一匹も入っていなかった。


Miyabe_fukagawa_7Yamadaya_ningyouyaki1_5宮部みゆき
 『本書深川ふしぎ草紙』

錦糸町駅前 「山田屋」
 人形焼

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2008年8月24日 (日)

【遊】スーパー銭湯

終日、雨。

ほぼ毎週、週末になると通っている、「おふろの王様 花小金井店」(天然温泉) が、今日はなぜか混雑していて、駐車場が満杯。
入口で、車の入場にストップをかけていた。
近くのコンビニに車を置いて、とも考えたが、中はそうとう混雑しているようだった。
いったん自宅に戻り、電話で問い合わせてみたところ、今日は夜までこんな状態が予想されるとか。

やむなく、同じチェーンの別店舗へ。

おふろの王様 東久留米店
(東京都東久留米市八幡町3丁目14番4号)
はじめて入ってみた。

こちらは、天然温泉ではなく沸かし湯なので、これまで、行ってみようという気が全くおきなかった。
あまり期待もせずにでかけたのだが、やはり予想どおり。
料金は低めだが、いわゆるスーパー銭湯で、がっかりした。

広々とした湯船につかるのはいいものだが、しょせんは銭湯。
入浴客も多かったし、同じ混雑度なら、料金の差(300円弱)を割り引いても、天然温泉(一部沸かし湯)の花小金井店の方がずっといい。
(こども連れなら、東久留米店の方がリーズナブルでいいかもしれないが)

温泉の効能、というものがたしかにある。


スーパー銭湯 「おふろの王様」

http://www.tatemono.com/ousama/index.html

Ohuro_ousama_higashikurumeOhuro_ousama_higashikurume20808240001_2 

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2008年8月23日 (土)

【歩】団地夏まつり

あいにくの雨だが、団地の夏まつりの初日。
ちょっとだけのぞいてみた。
露店でたこやきを買った。

080823000108082300060808230011080823000808082300090808230005   

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【雑】友あり、近隣より来たる

先日まですぐ近くに住んでいて、今はすこしだけ遠くに越していった友人夫妻が来訪。
名前をあかしてもいいだろう。
対馬照さんと須藤もんさんだ。

さっきまで、ここで楽しいひとときを過ごしていた。

山道具をいくつか持っていってもらい、使ってもらうことにした。
ひとつ、ショッキングな事態を発見。


Lowa2Lowa3 








長年愛用していた、LOWAの登山靴をよく見ると、おしゃかになっていた。
靴底のクッション部分が劣化して、たいへんなことになっていたのだ。

見た目には全く異常がなかったので、今日までまったく気づかなかった。
さわってみると、ぼろぼろといくらでも崩れてくる。
使用前に気づいてよかった。
知らずに履いて歩き始めたら、大惨事になるところだった。
ちょっと大袈裟か。

一度張り替えた靴底なのに、何年も使わずにしまいこんでいたのがたたったのか。
残念なことだが、こんど山に行くときは新しい登山靴を買わねばならぬ。
もう一足のザンバランの方は無事だったので、そちらを使ってもらうことにした。

来週、気をつけて行ってらっしゃい。
今日のような雨にならなければいいけど……。



●8/30 (土)
 八ヶ岳 編笠山  「青年小屋」
  「夏の終わりのコンサ-ト」

 JR中央本線 小淵沢駅~(タクシー利用)~登山口観音平
 (車利用時 中央高速道路小淵沢I.Cより観音平まで所要約20分)
 登山口より徒歩3~4時間
 TEL 0551-36-2251 

 料金 一泊2食付7,800円/素泊4,800円 (要予約)
 出演  編笠音楽隊  須藤もん with 対馬照  他
 
   ※登山装備が必要です

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【山】マイ・ザック

物入れにずっとしまいっ放しだった、ザックをひっぱりだした。
登山靴とちがい、こちらはカビの被害はなかった。
やれやれ。

Mysack_2高校山岳部にいた頃は、じぶんのザックを持っていなかった。
部の備品の大きなキスリングを使っていた。
いまどき、山岳部やワンゲルの人たちも使っていないが、あのキスリングというやつ、なかなか便利なものだった。
パッキングが難しく、背負いやすい形にパッキングできれば一人前といわれていたものだ。

写真のザックには、ずいぶん世話になった。
何年も使っていないが、この先、一生お世話になりますよ。
よろしく。 

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2008年8月21日 (木)

【読】さらに二冊

なかなか読むほうが追いつかないのだが、また、こんな本を手に入れた。

Eiketsu_no_asa『永訣の朝 樺太に散った九人の逓信乙女』
 川嶋康男 著  河出文庫 2008.8.10

北海道に帰省していたとき、道新(北海道新聞)で紹介されているのを読んで知った本。
著者は、1950年北海道生まれというから、私と同年代。

<終戦まもない昭和20年8月20日の朝、南樺太・真岡郵便局に勤務する、九人の若い女性交換手が自殺した。/ソ連軍の進駐がどんなものなのか予測不可能な状況下、通信業務の使命を全うする中で、何が彼女らを死に追いやったのか……。/関係者への徹底取材で、当時の乙女らの日常と、悲劇の真相を追跡するドキュメント。>
(本書の帯より)

Jigoku_no_nihonhei『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』
 飯田進 著  新潮社選書 273 2008.7.20

今日、新刊書店でみかけて購入した。

<二十万以上の兵士が上陸したあの島の三年間の戦火の流れと戦場の光景を、再現しようと試みたのが本書です。/何度パソコンのキーボードを打つ手を置いて、嘔吐(へど)の出そうな思いを抑えたことでしょう。 想像し得る限りの地獄絵図を、はるかに超える実態が明らかになって浮かび上がってきたのです。>
(本書の帯 「はじめに」 より)

著者は1923(大正12)年、京都府生まれ。
43年、海軍民政府・資源調査隊員としてニューギニアへ。
敗戦後、戦犯容疑者として勾引され刑を受けた。

このところ、戦争関係のドキュメントの出版がめだつような気がする。
いいことだと思う。
実際に戦争を体験した人たちが、後の世代に、あの戦争の実態をリアルに伝えていってほしい。



読みかけの本も、もうすぐ終わりそうだ。
文庫で520ページもあり、読みごたえがある。
事実の重さに圧倒される思いばかりが強く、じぶんの中でまだ整理がつかない。

Nihon_no_hyakunen8『日本の百年 8 果てしなき戦線』
 橋川文三・今井清一 編著  ちくま学芸文庫 2008.5.10

あの戦争を冷静に俯瞰し、かつ、庶民レベルの視点もまじえて、公正・トータルにとらえた、すぐれた著作だと思う。

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2008年8月17日 (日)

【読】あの戦争を知るための二冊

ずいぶん前に持っていて読んだはずだが、内容はもう霧の彼方。
そんな本があるものだ。

ネット通販で、このたび入手。
手放さずに持っていればすぐに読み返せたのに、と思いながらネット検索してみたら、簡単に入手できることがわかった。
注文から数日後に到着。
便利といえば便利な世の中になったものだ。

Hiraoka_nihonjin_chugoku平岡正明 『日本人は中国で何をしたか』
  潮文庫 1985.7.30発行
 底本 1972年 潮出版社刊
 『日本人は中国で何をしたか―中国人大量虐殺の記録』

<本稿は、旧日本軍隊が北支で行なった壊滅作戦を、南支における対国民党正規軍戦との対比において論じ、南京大虐殺および日本列島における俘虜強制労働、虐待、虐殺、そして反乱劇としてあらわれた花岡事件を、三光との対応において論じるものとする。>
(本書 著者「あとがき」より)

<殺しつくし、焼きつくし、奪いつくすという、いわゆる “三光作戦” は開始された。 日本軍の恐るべき壊滅作戦を追う。>
(本書カバーより)

Hiraoka_chugokujin_nihon平岡正明 編著 『中国人は日本で何をされたか』
   ―中国人強制連行の記録―
  潮出版社 1973.2.5発行

<本書は 『日本人は中国で何をしたか』 の姉妹編として出版される。 編者の意図では明瞭にそうであり、三光作戦について調査・研究していたときから、中国人強制連行事件と、俘虜の反乱に多大の関心をもっていた。……>
(本書 「はじめに」 より)

この二冊は、平岡正明の労作だと思う。

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【遊】美瑛 2008年夏 (3)

美瑛で撮った写真のあれこれ。

とくにどこへ行ったということもなく、自転車で買い物に行ったり、行き帰り(旭川空港から美瑛まではバス利用)の途中で撮ったものだ。

コスモスが花盛りだったのは、さすがに北国の夏の終わりを感じさせる。
実家の庭にキキョウが咲いていた。

母から、戦時中の話をすこし聞いた。
美瑛にも陸軍が駐屯していて、戦争末期には空襲もあったそうだ。

戦争の頃の遺跡や、アイヌのチャシ跡(公園になっている)なども、自転車でまわってみたかったが、余裕がなかった。

美瑛駅は、私がこどもだった頃からずっと変わっていない。
美瑛駅も、「丘のくら」 の建物と同様、「美瑛軟石」 でつくられている。

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【遊】美瑛 2008年夏 (2)

美瑛への帰省。
今回、滞在期間のほとんどを実家で過ごし、観光地めぐりはなし。

旭川に住む友人が、美瑛まで訪ねてきてくれて、ひさしぶりに再開した。
(今年の正月いらいだった)

初日と、その友人が訪ねてきた三日目に食事をした 「こえる」 という店。
美瑛駅の裏手、富良野線の線路と国道にはさまれた一角(ふらのバスの乗り場横)にある。
ペンションとレストラン兼業の店だが、あんがいと知る人は少ない。

ここのカレーうどんがいい。
美瑛や富良野は、ここ数年、カレーうどんがブームらしい。
美瑛の道の駅 「丘のくら」 や、駅前の 「四季の情報館」 では、美瑛特産のうどんや蕎麦が売られている。

「丘のくら」 も、観光客で混雑していた。

0808140010道の駅 「びえい 丘のくら」
 美瑛町本町1丁目9-21

古くからある石造りの倉庫を利用した風情のある建物。
1階には美瑛の農産物をつかった軽食コーナーと物販コーナー、レストラン、休憩スペース。
2階はギャラリーで、さまざまな展示イベントをおこなっている。
左隣りに、「ホテル ラヴニール」 がある。

 


丘の宿 「こえる」 (ペンション&レストラン)
 美瑛町大町1丁目1-7 (JR美瑛駅横)

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【遊】美瑛 2008年夏 (1)

お盆休みを利用して、8/13~16にかけて短い滞在だったが、北海道の美瑛に帰省した。

美瑛の街は広々としていて(裏通りも広く、家々も大きい)、いつもは閑散としている。
つまり、道路を走る車も少なく、人通りもまばらなのだが、さすがにこの時期、帰省してきた人たちと観光客とで賑わっていた。

といっても、写真のとおり、人は少ない。
8/16、滞在最終日、美瑛駅前。
夕方17時半頃。

北海道は、本州にくらべて日の出が早く、日没が早い。
さすがに涼しく、すごしやすかった。

0808160032

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2008年8月11日 (月)

【読】この夏、あの戦争を考える (続々)

これもずいぶん前にきまぐれで買った本。
軍艦マーチが聞こえてきそうな冊子だ。

Daitoua_tizu『歴史の証人・地図』 ~ 大東亜戦争を語る ~
  発行人 菊地正浩  発行元 (有)ケイエスケイ
  平成15年6月発行

怪しげな本だが、資料として興味ぶかい。
歴史的な地図(アジア・太平洋戦争時の)が、多数収録されている。

著者は、本のタイトルや装幀から想像がつくが、先の 「大東亜戦争」 を肯定する立場。
やれ、自虐史観だの、日本人の精神文化だの、八百万神だの、愛国心だの、大和魂だの、……きりがないのでやめておくが、なかなかの御仁だ。

それでも、おもしろいのは、「南京大虐殺」 を、「全くなかったとは言えない」 と認めているところ。(「歴史教科書問題について」 P.67-)

近年、「南京大虐殺」 (1937年12月13日、日本軍の南京占領時の残虐行為) はウソだ、というとんでもないことを言う輩が出てきているが、「戦争だからそういうこともあるが、しょうがないのだ」 という人は、まだマシな方か。

それにしても――と、ここに収録されている70年ほど昔の世界地図を見て思う。

ちっぽけな島国の住人が、どこまで手を広げれば気がすんだのか。
石油資源の確保、というのっぴきならない事情があったにしろ、東南アジアから太平洋のどまんなかまで、軍艦をつらねてよくも出かけていったものだと思う。

朝鮮半島や中国大陸、さらにはもっと南まで、土足で他人様の家にあがりこむように、どんどん押し寄せていった日本人。
(軍人、兵隊だけではないのだ)

このあたりの事実を、しっかり押さえていこうと思う。
知ることは力(ちから)だと思う。



【追記】
あの時代に生まれていたら、じぶんはどうしただろうか。
――そういう自問を忘れずにいたいと思う。
今の時代の今の立場で、あの戦争の時代を生きた人たちを、どうのこうの言うことだけはしたくない。
(日曜日夜のBS2の番組、「大集合!青春のフォークソング」のビデオ録画で、加川良の軟弱な 「反戦歌」 を聴きながら)

【さらに追記】
この番組の山崎ハコは、さすが。
BOB DYLAN の Blowin' In The Wind を歌っていた。
ボブ・ディランのこのような反戦歌なら、許せる。
日本の 「フォーク」 は、ちっちゃい。
だんだん本題をはずれていきそうなので、ここまで。

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2008年8月10日 (日)

【読】この夏、あの戦争を考える (続)

興味ぶかい本が出ていたので、買ってみた。

『7 アジア解放の夢』 は、数ヶ月前に買っていた。
『8 果てしなき戦線』 を、昨日、追加で買ってみた。
先日読んだ 『あの戦争は何だったのか』 (保阪正康) に書かれていた時代と重なる、『8 果てしなき戦線』 (1937年~1945年) を少し読んでみている。

Nihon_no_hyakunen7_3Nihon_no_hyakunen8ちくま学芸文庫

『日本の百年7 アジアの解放』
  橋川文三 編著
  2008.4発行
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480090775/

『日本の百年8 果てしなき戦線』
  橋川文三、今井清一 編著
  2008.5発行
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480090782/


【参考サイト】
筑摩書房 ちくま学芸文庫 日本の100年
http://www.chikumashobo.co.jp/special/100year/ 

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2008年8月 9日 (土)

【楽】Shang Shang Cafe

いいライブだったな。

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恵比寿アートカフェ・フレンズ

 http://artcafefriends.com/ 

2008年8月9日(土) 18:00開場/19:30開演
  Shang Shang Cafe Vol.1
 白崎映美、西川郷子、猪野陽子

上々颱風をビッグ・バンドとするなら、こちらは、選りすぐりのメンバーによるコンボ演奏とでも言おうか。
(譬えがちょっとおかしいけれど)

猪野陽子さんのピアノだけをバックに、二人の歌姫、白崎映美と西川郷子が歌う。
陽子さんの歌もあったし(彼女も歌がうまい)、映美ちゃんと郷ちゃんも小道具(ピアニカ、パーカッション)を使ったりしたけれど、基本的にはピアノだけの伴奏。
陽子さんが足首に鈴をはめて、足踏みして鳴らしていたのが効果的だった。
シンプルな演奏スタイル。

これが、とてもいいのだ。
余計な楽器の音がない分、ボーカルがよく通る。
大きなホールとちがって、間近で演奏が見られる。
サウンドはあくまでもアコースティック。
しかも、あの三人娘(?)だけの歌とくれば、これはもう最高だ。

途中、短い休憩をはさんでの二部構成。
曲目は、ざっとこんな感じ。
「祭りが終わるよ」(?)という曲名紹介で拍手がわいたけれど、これだけは私の知らない曲だった。

第一部
守ってあげる、Sara、流れのままに(郷ちゃん)、海鳴りの丘(映美ちゃん)、夜の河を渡れ(陽子さん)、二人をのせチャイな、愛より青い海

第二部
ダイナ(陽子さんピアノソロ)、A列車で行こう(映美ちゃん)、虹の彼方に(郷ちゃん)、ヨコスカ・バーニング・ナイト、東京の夜、祭りが終わるよ(?)、Let it be、いつでも夢を、菜の花畑でつかまえて(陽子さんアコーディオン伴奏)

アンコール
歌うは夢(猪野陽子さんの作った新曲だそうだ)


大半が上々颱風の持ち歌だけれど、まるで別の歌のように、生き返った感がつよい。
「流れのままに」「海鳴りの丘」のように、持ち歌を変えたのも新鮮だった。

今回は、ひさしぶりに家人も同行。
彼女も、シアワセそうな表情で見入っていたっけ。

予約整理番号が9番、10番だったので、前列のテーブルに座ることができた。
開場から開演まで1時間30分もあるため、夕食をとらずに出かけ、お店で食事をした。
値段もそこそこで、しっかりした料理が出てきた。

私の席からは、ピアノに向かう猪野陽子さんが間近に見られた。
正面に白崎映美さんと、西川郷子さん。
わずか、2、3メートルの至近距離。

照明もやわらかで、演奏中の表情がよく見えた。
こういうライブはいいな、と思う。

さすがに人気のある三人。
店内は満席で立見もでるほどだった。

またやってほしいな。

ユニット名は、「上三颱風」(しゃんさんたいふーん)か、「上風」(しゃんぷー) ―― というのは映美ちゃんが言っていた冗談だけれど、こうなるとユニット名がほしくなる。

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2008年8月 7日 (木)

【読】この夏、あの戦争を考える

今日から、こんな本を読んでいる。

Hosaka_ano_sensou保阪正康 『あの戦争は何だったのか』
 ― 大人のための歴史教科書 ―
  新潮新書 125  2005.7.20 720円(税別)

あの戦争とは、もちろん先の戦争。
といっても、敗戦からすでに60年以上たっている。
生身で戦争を体験した人も、年々少なくなっていく。

私は、戦後生まれ。
いわゆる団塊の世代よりも、少し後に生まれてきた。

ところで、「戦争を知らない子供たち」 という歌がある。とつぜんだが。
<1970年に発表されたジローズ(第二次)のヒット曲。作詞は北山修、作曲は杉田二郎。>(Wikipedia)

私はこの歌に、ずっと違和感をおぼえてきた。
(今知ったのだが、作詞は北山修だった。北山修は嫌いではないが……)
はっきり言うと、こういう甘っちょろい歌は嫌いだ。

「戦争を知ろうとしない大人たち」 ――皮肉のひとつも言ってみたくなる。
いい大人になった杉田二郎がいまだにこの歌をテレビ番組で歌う、あの神経が理解できない。
……などと、過激な発言をしてしまったが、お許し願いたい。


こんなことを書いたのも、この本の冒頭に私をうなずかせることが書かれていて、思わず膝を打ったからだ。

<「太平洋戦争とはいったい何だったのか」、戦後六十年の月日が流れたわけだが、未だに我々日本人はこの問いにきちんとした答えを出していないように思える。
 例えば、いくつかの象徴的なことを提示してみよう。>


続けて、著者は、こんな例をあげている。

<ひとつは夏の甲子園での八月十五日のセレモニー。 正午のサイレンに合わせて高校球児たちが一斉に黙祷を捧げる。 それは当たり前のように繰り返される「美しい光景」と評されている。 しかし、私にはどうにも違和感を覚えてならないのだ。 平成に入って生まれた彼らが、本当にその意味を理解しているとは思えない。 もう六十年前の戦争にどうして頭を下げなければならないのか。 真剣に黙祷する彼らに同情してしまう。 無意味な儀式以外の何物でもないように思うのだ。>

そこまで言わなくても、と思われるかもしれないが、私も同じことを感じ続けてきた。
高校野球そのもの、夏の甲子園大会じたいが、かなりインチキくさい。
(高校生の野球を見ることは嫌いではないが)

あのセレモニーも大人の押しつけだと思うし、黙祷することよりも、もっと戦争のことを知らしめるべきだと思う。
(もちろん、高校球児たちが自発的に黙祷したいというのなら、おおいにけっこうだ)
今、高校で、どこまで先の戦争(第二次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争)のことを教えているのだろうか。


著者があげる、別の例。

<またこんなことも、私には奇妙に感じられてしまう。 広島市の広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑に記されている 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」 という碑文である。 何を訴えたいのか、よくわからない。 不思議なことに、この文に主語はない。 原爆を落としたのはアメリカであるはずなのに、まるで自分たちが過ちを犯したかのようである。 どうして誰も変に思わないのだろうか……。>

私も、まったく同じことを感じ続けてきた。
「原爆許すまじ」 というのも、おかしな物言いだ。
まるで、「原爆」 という物体だけが悪いような、これも主体(主語)をぼかした言い方である。 何度でも言うが、あの原爆を投下したのは、アメリカ合衆国の軍隊であり、投下命令をくだしたのは当時の大統領である。 その理由のいかんにかかわらず、私は許せない。


日本人の戦争感は、あんがいこういうところにあらわれているのかもしれない。
つまり、責任の所在をあいまいにしたままの厭戦気分、あるいは、戦争はいけないことだ(これは当たり前)、の一点張り。

いや、べつに反戦運動にけちをつけているわけではない。
私だって、戦争はいやだし、反対である。

ただ、そこで思考停止してしまってはいけない、という思いが強い。


<ロンドンには「戦争博物館」というものがある。 ここには第一次世界大戦以降の戦争の歴史が淡々と展示されている。 ナチスドイツの制服や武器といったものまでもドキュメントとしてある。 しかし、決して非難めいて陳列されているわけではない。 また館の入口には館長の言葉として、こう書かれている。 「展示をしっかりとご覧下さい。 全て現実にあった出来事です。 そして後は自分で考えることです」 と。>  (本書「まえがき」より)


この本は、好著である。
この季節、こういう本を読んでみるのもいいと思う。
明後日は、ナガサキに原爆が投下された日。
ヒロシマ、ナガサキ、敗戦の日、と続く。



※2008.8.10追記
「戦争が終った日」は、8月15日ではない、ということをこの本であらためて認識した。
昭和20年(1945年)9月2日、東京湾上のミズーリ号で降伏文書に調印した日が、日本の 「正式な」 敗戦の日である。
(世界の教科書でも、皆、第二次世界大戦が終了したのは9月2日と書かれているという)
8月15日を「終戦記念日」などと言っているのは、日本だけだという。
8月15日は、日本が降伏を表明した日、著者に言わせると 「単に日本が 『まーけたー』 と言っただけにすぎない日」 ということになる。

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2008年8月 6日 (水)

【楽】須藤もんさん スケジュール

須藤もん公式サイトには、まだ掲載していないが。
この夏、須藤もんさんのライブが続く。

なんといっても、南八ヶ岳 「青年小屋」 でのライブが異色。
小淵沢駅からタクシーで観音平へ。
そこから山道を登る。
山好きの方で、須藤もんさんの歌を聴いてみたい方へ、おすすめ。


  ■印 すでに告知済み
  ●印 今回はじめて一般告知


■8/17 (日)
 三鷹 「バイユーゲイト」
 JR中央線 三鷹駅北口 徒歩2分
 (武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号)
 TEL 0422-55-5782

 真夏の中央線 「三鷹で盆・盆・盆」 今度は女祭り!

 19:00 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  ル・オードムーゲ  KANABOON  まつだなお
      須藤もん with 対馬照

 http://bayougate.voxx.jp/


●8/30 (土)
 八ヶ岳 編笠山  「青年小屋」
  「夏の終わりのコンサ-ト」

 JR中央本線 小淵沢駅~(タクシー利用)~登山口観音平
 (車利用時 中央高速道路小淵沢I.Cより観音平まで所要約20分)
 登山口より徒歩3~4時間
 TEL 0551-36-2251 

 料金 一泊2食付7,800円/素泊4,800円 (要予約)
 出演  編笠音楽隊  須藤もん with 対馬照  他
 
   ※登山装備が必要です


■9/7 (日)
 吉祥寺 「のろ」
 JR中央線 吉祥寺駅公園口
 パークロード/井ノ頭通りを西へ約200M 公園通りとの交差点手前
 (武蔵野市吉祥寺南町1-11-3 いづみビルB1F)
 TEL 0422-49-4915
 18:00 開場  18:30 開演
 チャージ  予約 2,500円 (ドリンク付)/当日 2,500円 (ドリンク別)
 出演  鎌倉研  須藤もん with 対馬照

 http://www.paw.hi-ho.ne.jp/noro/


●9/13 (土)
 群馬 「喫茶 虫の音」
 前橋駅前通りを赤城山方面へ直進、畜産試験場交差点から
 二つ目の信号を左折。前橋駅より車利用時所要約20分
 (勢多郡富士見村赤城山1140-37)
 TEL 090-1945-2712

 18:30 開場  19:00 開演
 チャージ 1,000円 (ドリンク付)
 出演  対馬照 須藤もん 河合良信 ユルユラ


●9/14 (日)
 前橋 「音楽と思想のBAR Cool Fool」  
 (前橋市千代田町5-2-10 SATOビル2F)
 TEL 027-237-1655
 MOBILE 090-9686-0261

 20:00 開演  チャ-ジ 400円(ドリンク別)
 出演  対馬照 須藤もん 他

 http://sound.jp/coolfool/


●9/20 (土)
 郡山 「OLD SHEP」   
 (福島県郡山市堂前10-15 カタノビル 2F)
 TEL 024-938-2203

 19:30 開演  チャージ 2,000円 (1ドリンク付)
 出演  少太 対馬照 須藤もん

 http://old.sh/


●9/21 (日)
 山形 「八陽館」
 (山形市本町2-4-18 ハイデンスニーズビル1F)
 TEL 023-641-2637   

 18:30開場  19:00開演 
 チャージ2500円(1ドリンク付)
 出演  少太 対馬照 須藤もん

 http://www.hachiyoukan.com/


●9/28 (日)
 国立 「音楽茶屋 奏」
 JR中央線国立駅南口 徒歩4~5分
 国立駅より旭通りを南東へ 右側 「谷川書店」 の地下
 (国立市東1-17-20 サンライズ21 B1)
 TEL 042-574-1569

 19:30 開演  カンパ制

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2008年8月 5日 (火)

【雑】赤塚不二夫 逝く

同時代のランナーのひとりだった。
おそ松くんで育った世代だから、赤塚さんの死はさびしい。

【J-CASTニュース】
http://www.j-cast.com/2008/08/04024558.html
「おそ松くん」「天才バカボン」などのギャグ漫画を世に出した漫画家の赤塚不二夫さんが2008年8月2日午後4時55分に肺炎のため東京都文京区の病院で死去した。72歳だった。

【Wikipedia】
『おそ松くん』(おそまつくん)は、赤塚不二夫の漫画である。『天才バカボン』以前に描かれた作品で、赤塚のギャグ漫画家としての確固たる人気を確立した作品である。「週刊少年サンデー」に1962年16号から1967年33号まで連載されていた他、「ボーイズライフ」(1966年4月号から12月号まで)や学年誌にも掲載され、実質1970年「別冊少年サンデー」10月号まで小学館の各雑誌で作品が発表され続けていた。……



こんなネット記事を発見。
横山孝雄さんが、赤塚さんを追悼している。

【北海道新聞のネット記事】
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki/109341.html
……登別本町の漫画家、横山孝雄さん(71)は、二日に七十二歳で亡くなった漫画家の赤塚不二夫さんのアシスタント第一号だった。東京都豊島区のアパート「トキワ荘」で切磋琢磨(せっさたくま)した青春の日々を振り返り、その死を惜しんでいる。……


青梅にある 「赤塚不二夫会館」 (下の写真)を、また訪ねてみよう。

Akatsuka_fujio_kaikan_2 

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2008年8月 3日 (日)

【山】登山靴

ちょっとわけがあって、しまいっぱなしにしてあった登山靴を引っぱりだしてみた。
案の定、白いカビが……。

カビは、靴ブラシですぐに落ちたが、紙箱やプラスチックケースに入れっぱなしだったので、風にあてて元に戻そうと思う。
この靴を履いて、山登りを再開できる日はいつだろう。

(左) ZAMBERLAN (イタリア製)
(右) LOWA (ドイツ製)

ザンバランは、買ってから25年ぐらいになろうか。
20代後半、山登りを再開した当初は、キャラバン・シューズを履いていたが、その後に買ったのがこれ。
この靴で、奥多摩、奥秩父などずいぶん歩いたものだ。
靴底のビブラムがそうとうすり減っている。

ローバーは、その後買った。
これも20年近く使ったか。
八ヶ岳、北アルプス、南アルプスなど高山を歩くようになった頃、奨められて買ったもの。
靴底がすり減ってすべりやすくなったため、張り替えをした。
ゴアテックスの内張りが擦れてきて、防水性が悪くなってきた。
雨さえ降らなければ、快適な靴。

ZamberlanLowa

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【楽】歌詞のちから

作詞家の阿久悠が亡くなって、一年になる。
数日前、テレビ番組でこの人の生涯をたどるドラマが放映され、家人といっしょに見た。
いまになって、凄い人だったなと思う。

番組の中で、役者が演じるところの阿久悠が、「歌謡曲の時代はおわった」 という科白を吐いていた。
いまや「J-POP」 などというわけのわからないジャンルができてしまい、作詞に関してはシロートのような人たちがつくった、英語まじりの、まったく訴えてこない歌詞が氾濫している。

たしかな言葉で紡ぎあげられているヒット曲をあつめた、このトリビュートアルバムは、いい。

歌い手の個性が光る。
アレンジも斬新で、聴き飽きた感のあるこれらの歌が、生き返ったように心に響いてくる。

「あんたを、まだ死なせやしない」 (このCDのキャッチコピー)
―― 阿久悠が残した歌(歌詞)のちからは、時代をこえて生き続けるだろうな。

Aku_yuu_gaki1歌鬼 (Ga-Ki)
 阿久悠 TRIBUTE
 UNIVERSAL MUSIC 2008.7.30

どの曲も、カバーしている歌い手の個性が光っている。
なかでも、元ちとせ、工藤静香、山崎ハコの三人は、すごいと思う。
強烈な個性(じぶんの歌唱法)をもった歌い手だからだろう。


収録曲データ (Amazonのサイトより)
楽曲 (オリジナルアーティスト/発売日/オリコン最高位)

1. ジョニイへの伝言 (ペドロ&カプリシャス/73.3.10/24位)
2. 白い蝶のサンバ (森山加代子/70.1.25/1位)
3. 思秋期(ししゅうき) (岩崎宏美/77.9.5/6位)
4. たそがれマイ・ラブ (大橋純子/78.8.5/2位)
5. 熱き心に (小林旭/85.11.20/12位)
6. ペッパー警部 (ピンク・レディー/76.8.25/4位)
7. 恋のダイヤル6700 (フィンガー5/73.12.5/1位)
8. 時の過ぎゆくままに (沢田研二/75.8.21/1位)
9. 朝まで待てない (ザ・モップス/67.11.5/38位)
10. ざんげの値打ちもない (北原ミレイ/70.10.5/14位)
11. ひまわり娘 (伊藤咲子/74.4.20/20位)


このアルバムでの歌い手 (収録曲順)

1. ジョニイへの伝言 (鈴木雅之) 
2. 白い蝶のサンバ (一青窈) 
3. 思秋期 (森山直太朗) 
4. たそがれマイ・ラブ (中西圭三) 
5. 熱き心に (元ちとせ) 
6. ペッパー警部 (Mizrock) 
7. 恋のダイヤル6700 (音速ライン) 
8. 時の過ぎゆくままに (工藤静香 feat. 押尾コータロー) 
9. 朝まで待てない (甲斐よしひろ) 
10. ざんげの値打ちもない (山崎ハコ) 
11. ひまわり娘 (杏里) 

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2008年8月 2日 (土)

【楽】8/2 国分寺gieeライブ

きもちのいいライブだったな。
国分寺 「giee」 は、居心地のいい空間だ。
そこで、のびのびと歌う二組、三人のライブを聴かせてもらって、シアワセを感じながら帰宅。

音楽は、演奏する人がきもちよさそうだと、聴いているこちら(聴衆)もうれしくなる。
録音(CDなど)で聴くのとは大きくちがう、「場」 のちからだ。

石井明夫さんには、ひさしぶりにお目にかった。
あいかわらずパワフルで、いい演奏を聴かせてくれる。

須藤もんさん、対馬照さんは、しばらく聴かないあいだにレパートリーもふえて、いい感じのデュエットだった。
「めし」 が、ゆったりとしたテンポで歌われ、私には新鮮な感じだった。

番外で、石井明夫さんのギター伴奏を得て、須藤さんが 「隧道」 を歌ってくれたのも、よかったな。


2008/8/2 (土) 国分寺 「giee(ギー)」

 JR中央線 国分寺駅北口 徒歩3分
 (東京都国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1)
 TEL 042-326-0770
 18:30 開場  19:30 開演
 チャージ 1,500円 (ドリンク別)
 出演  石井明夫  須藤もん with 対馬照

第一部 須藤もん ソロ、須藤もん with 対馬照
第二部 石井明夫 ソロ
番外(アンコール) 須藤もん with 石井明夫 「隧道」

写真 (下左) 須藤もんさん、対馬照さんの 「めおとアワー」
写真 (下右) 須藤もんさん、石井明夫さん

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【楽】阿久悠トリビュート (続)

初回限定盤を手にいれることができた。
「阿久悠 オリコン・データブック」 という36ページの小冊子が特典としてついている。

内容は、まだ聴いてみてはいないけれど、曲目と顔ぶれだけ見ても期待できそう。

歌鬼 (Ga-Ki) ~阿久悠トリビュート~
 UNIVERSAL UPCH-20095 3000円(税込)

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2008年8月 1日 (金)

【楽】ムグンファ

上々颱風ファンなら、この言葉にピンとくるはず。

ムグンファ ※
ムクゲ(槿)の花である。
 ※ 朝鮮語でムクゲを意味する語。大韓民国の国花 (Wikipedia)

いまを盛りと咲いている。

写真は三年前の夏に撮ったもの。
以前住んでいた団地に、たくさん咲いていたっけ。


Mukuge10Mukuge04Mukuge06Mukuge07









ところで、ムグンファといえばこの歌。

Torinouta1Torinouta2_3『鳥の歌』 作詞・作曲:紅龍
 上々颱風 (西川郷子)

いまや、西川郷子さんの十八番となったこの歌。
ちいさな体に大きなチャング(チャンゴ、朝鮮半島の両面太鼓)を肩からぶらさげて演奏しながら歌う。
ライブでこの歌を聴くと、いつも感動する。

アルバム 『ためごま』 収録。
画像はシングルカットされたもので、アルバムと同じバージョン。
ライブで聴くほうがずっといい。

ムグンファはサビの部分で歌われる。

♪ いついつの日も 好きだと言ってた
  ムグンファ飾ろう 風にさざめくように (一番)

♪ いついつの日か あなたの生まれた
  ムグンファゆれてる 丘へ帰ろうきっと (二番)

紅龍氏の良い面がでている、すばらしいラブ・ソングである。
ちょっと照れくさくなるような歌詞だが、さとちゃんが歌うと、これがすばらしくいいのだ。

【参考】
私のサイトだが……
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/m_torinouta.html



さとちゃんも出演する、9日のライブが楽しみだなぁ。
8月9日 恵比寿アートカフェ・フレンズ
 Shang Shang Cafe Vol.1
 白崎映美、西川郷子、猪野陽子

Shangshang_cafe_20080809  

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【楽】阿久悠トリビュート

ついに出たらしい。

Aku_yuu_gaki_2 歌鬼(Ga-Ki) ~阿久悠トリビュート~

1. ジョニイへの伝言(鈴木雅之) 
2. 白い蝶のサンバ(一青窈) 
3. 思秋期(森山直太朗) 
4. たそがれマイ・ラブ(中西圭三) 
5. 熱き心に(元ちとせ) 
6. ペッパー警部(Mizrock) 
7. 恋のダイヤル6700(音速ライン) 
8. 時の過ぎゆくままに(工藤静香 feat. 押尾コータロー) 
9. 朝まで待てない(甲斐よしひろ) 
10. ざんげの値打ちもない(山崎ハコ) 
11. ひまわり娘(杏里)

もちろん、ハコさんの歌唱がめあてだが、他の曲も興味ぶかい。

 ■初回プレス盤のみの特別仕様■
 【封入特典】阿久悠オリコン・データブック
 【スリーブケース仕様】

明日でも、CD店にいってみようと思う。

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