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2008年8月 7日 (木)

【読】この夏、あの戦争を考える

今日から、こんな本を読んでいる。

Hosaka_ano_sensou保阪正康 『あの戦争は何だったのか』
 ― 大人のための歴史教科書 ―
  新潮新書 125  2005.7.20 720円(税別)

あの戦争とは、もちろん先の戦争。
といっても、敗戦からすでに60年以上たっている。
生身で戦争を体験した人も、年々少なくなっていく。

私は、戦後生まれ。
いわゆる団塊の世代よりも、少し後に生まれてきた。

ところで、「戦争を知らない子供たち」 という歌がある。とつぜんだが。
<1970年に発表されたジローズ(第二次)のヒット曲。作詞は北山修、作曲は杉田二郎。>(Wikipedia)

私はこの歌に、ずっと違和感をおぼえてきた。
(今知ったのだが、作詞は北山修だった。北山修は嫌いではないが……)
はっきり言うと、こういう甘っちょろい歌は嫌いだ。

「戦争を知ろうとしない大人たち」 ――皮肉のひとつも言ってみたくなる。
いい大人になった杉田二郎がいまだにこの歌をテレビ番組で歌う、あの神経が理解できない。
……などと、過激な発言をしてしまったが、お許し願いたい。


こんなことを書いたのも、この本の冒頭に私をうなずかせることが書かれていて、思わず膝を打ったからだ。

<「太平洋戦争とはいったい何だったのか」、戦後六十年の月日が流れたわけだが、未だに我々日本人はこの問いにきちんとした答えを出していないように思える。
 例えば、いくつかの象徴的なことを提示してみよう。>


続けて、著者は、こんな例をあげている。

<ひとつは夏の甲子園での八月十五日のセレモニー。 正午のサイレンに合わせて高校球児たちが一斉に黙祷を捧げる。 それは当たり前のように繰り返される「美しい光景」と評されている。 しかし、私にはどうにも違和感を覚えてならないのだ。 平成に入って生まれた彼らが、本当にその意味を理解しているとは思えない。 もう六十年前の戦争にどうして頭を下げなければならないのか。 真剣に黙祷する彼らに同情してしまう。 無意味な儀式以外の何物でもないように思うのだ。>

そこまで言わなくても、と思われるかもしれないが、私も同じことを感じ続けてきた。
高校野球そのもの、夏の甲子園大会じたいが、かなりインチキくさい。
(高校生の野球を見ることは嫌いではないが)

あのセレモニーも大人の押しつけだと思うし、黙祷することよりも、もっと戦争のことを知らしめるべきだと思う。
(もちろん、高校球児たちが自発的に黙祷したいというのなら、おおいにけっこうだ)
今、高校で、どこまで先の戦争(第二次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争)のことを教えているのだろうか。


著者があげる、別の例。

<またこんなことも、私には奇妙に感じられてしまう。 広島市の広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑に記されている 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」 という碑文である。 何を訴えたいのか、よくわからない。 不思議なことに、この文に主語はない。 原爆を落としたのはアメリカであるはずなのに、まるで自分たちが過ちを犯したかのようである。 どうして誰も変に思わないのだろうか……。>

私も、まったく同じことを感じ続けてきた。
「原爆許すまじ」 というのも、おかしな物言いだ。
まるで、「原爆」 という物体だけが悪いような、これも主体(主語)をぼかした言い方である。 何度でも言うが、あの原爆を投下したのは、アメリカ合衆国の軍隊であり、投下命令をくだしたのは当時の大統領である。 その理由のいかんにかかわらず、私は許せない。


日本人の戦争感は、あんがいこういうところにあらわれているのかもしれない。
つまり、責任の所在をあいまいにしたままの厭戦気分、あるいは、戦争はいけないことだ(これは当たり前)、の一点張り。

いや、べつに反戦運動にけちをつけているわけではない。
私だって、戦争はいやだし、反対である。

ただ、そこで思考停止してしまってはいけない、という思いが強い。


<ロンドンには「戦争博物館」というものがある。 ここには第一次世界大戦以降の戦争の歴史が淡々と展示されている。 ナチスドイツの制服や武器といったものまでもドキュメントとしてある。 しかし、決して非難めいて陳列されているわけではない。 また館の入口には館長の言葉として、こう書かれている。 「展示をしっかりとご覧下さい。 全て現実にあった出来事です。 そして後は自分で考えることです」 と。>  (本書「まえがき」より)


この本は、好著である。
この季節、こういう本を読んでみるのもいいと思う。
明後日は、ナガサキに原爆が投下された日。
ヒロシマ、ナガサキ、敗戦の日、と続く。



※2008.8.10追記
「戦争が終った日」は、8月15日ではない、ということをこの本であらためて認識した。
昭和20年(1945年)9月2日、東京湾上のミズーリ号で降伏文書に調印した日が、日本の 「正式な」 敗戦の日である。
(世界の教科書でも、皆、第二次世界大戦が終了したのは9月2日と書かれているという)
8月15日を「終戦記念日」などと言っているのは、日本だけだという。
8月15日は、日本が降伏を表明した日、著者に言わせると 「単に日本が 『まーけたー』 と言っただけにすぎない日」 ということになる。

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コメント

色々考えさせられる内容でした。私は、何も考えずに受け入れてきた面があったので、少し反省もしながら。。。
日本人の戦争観への曖昧さは、納得です。反省反省と言いながら、どのような過程であのような戦争へ突っ込んでいったのか、当時の人の心境があまり語られていないように思います。

そういう意味で、ハンス・ペーター・リヒターの「あのころはフリードリヒがいた」から始まる3部作は、色々考えさせられる内容でした。また時間ができたら読み返してみたいです。。。

投稿: ごじゃえもん | 2008年8月 8日 (金) 08時33分

 「戦争を知らない子供たち」と 杉田二郎の歌い手としてのあり方。
 同じような感覚を持っています。
 あの歌を、仲間と肩を組んで歌うという映像を古いフィルムに観たことがありますが、それは絶対に出来ません。
 「恥ずかしくって!!」というやつです。

 日本と日本人は、先の戦争の精算をまったく済ませていません。
 繰り返し起こる靖国問題は、その象徴でしょう。

 責任を明確にしない日本という国は、また言葉の意味のすり替えを得意としている。
 8月15日になると、終戦記念日だという。
 終戦ではなく、敗戦なのです。
 終戦と言い替えることによって、責任の所在はウヤムヤになる。
 誰が(または、国家が)、どのようにして始めた戦争だったのか。
 それは、どういう経緯で終止符が打たれたのか。
 明確な意思と行動があったはずです。

 それが終戦と言い替えることで、何となく始まっていつの間にか終わったもの、になってしまう。

 近年の無責任で非常識な日本人達の出現は、いきなり生まれたのではなく、自分達のしでかしたことの真実をきちんと把握しようという行為を捨て去った結果の現れだと思います。
  

投稿: モカ | 2008年8月 8日 (金) 20時27分

>ごじゃえもん さん
おひさしぶりです。
ハンス・ペーター・リヒターという人は知りませんでした。
教えていただき、ありがとうございます。
ときどき、ごじゃえもんさんのブログも拝見していますよ。
またお会いできるといいですね。

投稿: やまおじさん | 2008年8月 8日 (金) 21時41分

>モカさん
コメント、ありがとうございます。

>明確な意思と行動があったはずです。
どうも、そうではなかったようです。
というのが私の(今のところの)見解です。
あの戦争は、どんどん深みにはまって行って、明確な目的とか意思はなかったんじゃないか、と。

それと、「何とかなる」という精神力だけで続けて行ったあげくに、どうにも終結させられなかったんじゃないか、とも。
言ってみれば、行き当たりばったりの戦争継続。

ちゃんとした指導者がいなかったこと、軍部(統帥部=陸軍参謀本部、海軍軍令部)の無能さ・無謀さ、天皇のリーダーシップのなさ、このあたりがあの敗戦を招いたのでは、という気もします。

もともと、勝てるはずのない無謀な戦争でしたね。

この本の著者、保阪さんは興味ぶかい見解を示しています。
ここではうまく紹介できませんが。

投稿: やまおじさん | 2008年8月 8日 (金) 21時52分

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