【読】読了 「零式戦闘機」
ようやく読みおえた。
それほど長い小説ではないのだけれど(文庫で300ページほど)、少しずつしか読めなかったので、一週間ほどつきあってしまった。吉村昭 『零式戦闘機』
新潮文庫 476円(税別)
『戦艦武蔵』 もおもしろかったが、それに輪をかけた小説の醍醐味を感じた。
書き出しがうまい。
昭和14年3月、名古屋市の海岸埋立地にある三菱重工名古屋航空機製作所の門から、シートにおおわれた大きな荷を積んだ二台の牛車が出てくるところから、この物語は始まる。
『戦艦武蔵』 では、昭和12年、九州一円で海苔の養殖に使う棕櫚(しゅろ)の繊維が買い占められる謎から始まった。
どちらも読む者の意表をつく書き出しである。
うまいなあ、と思う。
棕櫚の繊維は、巨大な戦艦の建造現場を隠すための棕櫚縄に使われ、牛車は、できあがった戦闘機を名古屋から岐阜県各務原の飛行場まで運ぶためのものだった。
この牛車は、のちに馬車に替わったのだが、敗戦の年まで、戦闘機の主要な輸送手段として使われたというから、驚く。
小説 『零式戦闘機』 は、昭和12年に設計がはじまった零式艦上戦闘機、いわゆるゼロ戦の誕生(昭和14年)から、その後の改造、実戦での活躍、そして敗戦までの8年間の物語だ。
いろいろ噂は聞いていたが、これほど高性能な戦闘機とは知らなかった。
欧米の戦闘機をよせつけない、無敵の強さをもっていた。
それゆえ、敗戦のその時まで作り続けられていたのだった。
<八月十五日――
空は、うつろに晴れていた。 その下で鈴鹿工場の工員、徴用工、学徒、女子挺身隊員たちは、整列したまま粛然と顔を伏せて、雑音のまじったラジオから流れ出る天皇の声を聞いていた。
(中略)
かれらは、自分たちの作業の結果が全く無に帰したことを知った。 それは想像もしていなかったことだが、ただ一つの慰めは、体力のかぎりをつくして働いたのだという感慨だけであった。>
終戦日までの8月中に三菱で生産された零式戦闘機の機数は6機だったという。
作者は 「わずか六機」 と書いているが、私には、物資がほとんど底をついていたこの時期に、まだこれだけの戦闘機を作っていたことが驚きだ。
昭和20年6月、B29による激しい無差別爆撃を受けていた頃、「日本の国力は、ほとんど無に近いもの」 だった作者は言い、具体的な数字をあげている。
「軍部の施策によって日本の国力はすべてが軍需工業に協力に集中されていた」 にもかかわらず、戦時中の最高生産期と比べた数字は、信じられないほど小さい。
鉄鋼 35パーセント
非鉄金属 35パーセント
液体燃料 24パーセント
造船 27パーセント
生活必需品(昭和12年の生産量との比較)
綿織物 2パーセント
毛織物 1パーセント
石鹸 4パーセント
革靴 0パーセント
食油、砂糖は皆無
「物のない時代」 だったと頭では理解していたつもりだが、こういう数字を見せられると、当時の様子が目にうかんでくる。
「いささかの感傷も論評性もさしはさまない」 (解説 鶴岡冬一) 吉村昭の作風がよくでていると思うし、この小説の魅力かなとも思う。
昭和19年のラバウル陥落から、昭和20年の壮烈な沖縄戦まで、詳しく描かれていて私にはとても勉強になったし、最後まで小説の醍醐味を感じさせてくれる一冊だった。
さて、次は何を読もうか ―― 考えているときがいちばん楽しい。
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コメント
この本、どうしても読みたくなりました。探します。
投稿: 玄柊 | 2008年10月24日 (金) 13時01分
>玄柊さん
じつにおもしろい小説でした。
ブログ記事には詳しく書きませんでしたが、ゼロ戦をとおして、あの戦争がみごとに描かれていると思いました。
吉村昭、おそるべし。
新刊書店、あるいはブックオフなどで簡単に手にはいると思いますよ。
投稿: やまおじさん | 2008年10月24日 (金) 20時13分