【読】食い物のせつない話 ―「父の戦記」より―
まだ、ちびちびと読み続けている。『父の戦記』 週刊朝日 編
朝日文庫 2008.8.30 380ページ
700円(税別)
帰宅する電車の中、ちょうど腹もすいてきた時分に、戦争中の食い物の話はこたえた。
食い物に不自由しないどころか、平気で捨てたりする現代からは考えられないほど、せつない話ばかりだ。
■ シベリア 「私が失った右眼の話」 (前田大平次 氏) より
シベリアの俘虜収容所での話。
<食事は燕麦の籾がらを大量に混ぜた黒パン一片とやはり燕麦の粥といっても薄い汁ばかりを飯盒に六分目ぐらい。>
<近くの炊事場らしい部屋からジャガイモのスープの匂いが、ひもじくて敏感になっている嗅覚を強く刺激する。 次の仕事は他の九人は炊事場でカルトウチカ(ジャガイモ)の皮むき、私だけはペチカにたくマキ割りの仕事である。 私は九人がうらやましかった。 ソ連兵の目をぬすんで生ジャガイモを口に放り込むことができるからである。>
筆者は、そのマキ割りの最中、「凍って針のように細くとがった木の破片」 がささって右眼を失明した。
■ ボルネオ 「一切れのハムの後味」 (高荒敏一 氏) より
やはり、ボルネオで豪州軍の捕虜になり、収容所で労働に従事した人の、ひときわ切ない話。
<クチン市のはずれにあるこの教会には、年老いた一人のドイツ人牧師がいた。 (中略) 日本兵の捕虜が教会に作業に行くと、牧師が食糧を恵むというウワサがあった。 確実だと保証するものもいて、われわれの期待を一層大きくしたのである。>
<「ヘーイ、カマアン」
われわれは、かん高い豪州兵の声を聞いた。 教会の非常階段の上に、背丈の図抜けて高い豪州兵が自動小銃を構えているそばに、あのいかつい顔の背の低い牧師が立っていた。 その牧師の手に何か持たれていることを認めた時、われわれは噂がたしかなものであり、それが、われわれに与えられる食い物であることを信じてしまったのである。>
<牧師と二言、三言話した兵長は、両手に盆のようなものをかかえ、注意深く階段を下りてきた。
「おい、みんなくえ、牧師がくれたぞ」>
<階段の上で豪州兵が続けてどなる声を聞いた。
「お前たちがぐずぐずしているから豪州がおこるんだぞ、早くくえ」
兵長は豪州兵の声をそう解釈した。>
<四角い盆の中の皿に、大きなハムが不規則に盛り上げられ、その赤いハムの上に半熟の卵が三つ、雪のように輝いていた。 それに白い陶器の紅茶茶碗が三個にポットが添えてあった。 全く目もくらむような驚きであった。>
筆者たちの手は、兵長の声を合図のように、いっせいに動き始めて、半熟の卵をわしづかみにし、ハムを口にほうり込んだ。
紅茶茶碗がガチガチ音をたて、紅茶が乾いた土にこぼれた。
<その時、突然、足元に叩きつけるような自動小銃の銃声を聞いた。
われわれが、いっせいに見上げる非常階段の上に、小さな牧師が、豪州兵の銃口を下に向けてしっかりにぎり、これを振り放そうとする豪州兵と争っている姿が見えた。>
彼らは驚いて、その場から逃げた。
<冷水をかぶったような恐怖感が去ると、はじめて思考の歯車がかみあった。
道路をはさんだ向いのタピオカの畑にいる三人の豪州兵、三つの卵、三つの紅茶茶碗、そして豪州兵の発砲と、一連の出来ごとをつなぎ合わせて、自分の口に入れたものが何であるかを知った。>
■ ミンダナオ島 「ジャングルの中の死」 (小沢宣弘 氏) より
この話は、凄惨である。
昭和二十年四月、ミンダナオ島での日本軍最後の抵抗。
<私の斬込隊への参加は、前後合わせて七回で終った。 われわれの部隊は、この斬込みを最後にジャングルの逃避行に入った。>
そこで敵と遭遇し、傷ついた戦友を介抱する。
<「おい山田、お前、班長の巻脚絆をとれ」 私は叫びながら北原兵長の負傷した下腹に手をつっこんで、グニャリとした手応えを感じた。 腸だ、小腸がでている。 手榴弾の破片で腹皮がそぎとられ、その穴から小腸がドッとはみでている。 私は、丹念に注意深く、それを腹腔におしこんだが、その度に彼は驚くほどすさまじいうなり声をあげた。>
時間がたち、敵の攻撃もゆるんできた頃。
<空には星があった。 私たちは、方向を確認するため、山の端に南十字星の姿をさがした。 そこには、まったくうそのような平和な星空があった。 私は突然、無性に煮込みうどんを食べたい衝動にかられた。 あの葉ねぎや冬菜を存分にもぎりこんで食ったなら、どんなにうまいだろう。 そう思うと、茶碗の触れ合う音が闇の中から響き、そのにおいまでが感じられる。
戦場でまひした人間の脳髄は時々おかしい事を考えるものだ。>
―― 今の私たちは、なんと贅沢な 「食」 の環境に身を置いていることか。
時間をかけながら、一篇一篇、味わうようにして読み続けている。
どの戦記も、苦い味がする。
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