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2008年11月17日 (月)

【読】小松真一 「虜人日記」

ようやく半分ほど読んだところ。

Komatsu_ryojin_nikki_6小松真一 『虜人日記』
 ちくま学芸文庫 2004/11/10
 (親本 筑摩書房 1975年)
 392ページ 1300円(税別)

小松 真一 (こまつ・しんいち)
1911年東京日本橋に生まれる。
1932年東京農業大学農芸化学科卒。
科学者として大蔵省醸造試験場、農林省米穀利用研究所を経て、台湾でブタノール工場を創設。 1944年比島に軍属としてブタノール生産のために派遣される。 敗戦と共に1946年まで捕虜生活。 復員後、食品加工の企業設立。 醸造技術を生かし、飲料アルコール原料の協同組合の設立。 1973年脳溢血のため逝去。 1974年私家版 『虜人日記』 出版。 1975年筑摩書房より 『虜人日記』 出版。 これにより同年の毎日出版文化賞受賞。
(文庫の著者略歴より)

捕虜生活の中で書き綴ったもので、本人は出版の意図がなかったらしい。
死後、家族によって発見され、出版のはこびとなった。

巻末に、単行本出版時の夫人の文章と、ご子息による文庫版あとがきがあり、出版までのいきさつと、著者の人となりが描かれている。

元の手記(自作の小さなノート)の写真が、口絵で紹介されている。
また、著者自身による絵(表紙の絵も著者が描いたもの)が、本文中に多数掲載されている。
達者な絵である。

科学者らしい冷静な観察力、歯に衣着せぬ軍への批判が興味ぶかい。


Ryojin_nikki_01_2第一部 『漂浪する椰子の実』

88ページにわたる。
昭和19年(1944)2月12日、東京を出発してから、比島(フィリピン)に到着し、昭和20年3月の米軍上陸にともなって、山中に逃げこむところまで。
ブタノールというのがどんなものか知らなかったが、燃料として開発していたらしい。

「ブタノール類はいずれも可燃性であり、特に1-ブタノールは溶媒や燃料としてよく用いられ……」(Wikipedia)


Ryojin_nikki_02第二部 『密林の彷徨』

78ページにわたる。
「昭和20年3月 平地を捨て山の生活に入り、9月1日サンカルロスに投降するまでの記録」
食べられるものなら何でも食べた逃亡生活。
飢えと病気で、たくさんの兵士が死亡している。
文字どおり骨と皮だけになった兵士の死骸から、友軍兵士によって靴や衣服がはぎとられる。
悲惨このうえない光景だが、筆者の冷徹な筆致によって、かえってリアリティーを増している。
人肉まで食べた者もいたという話は、ほんとうらしい。

ずいぶん前に大岡昇平の『俘虜記』で人肉食の話を読んだときはショッキングだったが(『野火』は読んでいないと思う)、この本の著者・小松氏は、他の部隊の伝聞として書いている。


Ryojin_nikki_03第三部 『虜人日記』

本書の半分の分量がさかれている。
「昭和20年9月1日 PW(Prisoner of War=捕虜)になってから、昭和21年12月11日帰国するまでの雑感」

ここから先は、これから読むところだ。

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