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2009年1月 2日 (金)

【遊】美瑛 冬景色 (3)

美瑛の実家から歩いてすぐ近くに、丸山公園がある。
これまでほとんど注意を払っていなかったが、ここは昔のアイヌの人々の「チャシ」(砦)があった場所だということを最近になって知った。

今は、忠魂碑とか戦没者の慰霊碑しかなくて、チャシ跡を示す掲示はみあたらなかった。
小高い丘があって、その頂上に慰霊碑のたぐいが並んでいる。
美瑛で生まれ育った母に聞いたところ、招魂祭が開かれた場所でよく行っていたという。

この季節、丘に登る道は深い雪に埋もれていたが、膝下までのゴム長靴を履いてズボズボと雪道を登ってみた。
こんど、雪のない季節に探索してみようと思う。


【2009/1/3追記】
私の大きな思い違いで、丸山公園は「チャシ」跡ではなく、「シャマイクルチセ」と呼ばれる「神の居場所・聖地」だったことに気づいた。
(シャマイクル=文化神、チセ=家)
追記して訂正しておきたい。
詳しくは、下記サイトの記事を参照されたい。
美瑛町在住の方のブログである。
【おすすめ参考サイト】
 美瑛町360日 
http://www.biei.info/blog/
 シャマイクルチセ [丸山公園]
 
http://www.biei.info/blog/?p=479 


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美瑛駅前にある「四季の情報館」で、こんな本をみつけた。

『一〇〇年 ふるさと びえい』 ― 人びとのくらしとともに ―
 美瑛町郷土史料保存会  平成12年3月31日 発行
 2000円(税込)

箱入りの立派な本だ。
明治27年に、小林直三郎氏が旭地区に入植していらい、美瑛町百周年の記念の年に発刊されたもの。
母も、この本のことは知らなかった。
内容を見て、知っている人がたくさん載っているので、興味を示していた。


Hurusato_biei巻末
『ふるさとびえい』略年表より

17から18世紀以降
 上川アイヌ(忠別川・美瑛川集団)の獣皮生産のための狩猟地域、十勝アイヌとの交流あり(瀬川拓郎「上川アイヌの地域集団とその性格(1)」『旭川研究』旭川市史編集機関誌12号1997年)


1854(安政4)年
 3月 幕府役人松田市太郎、「ピィエ」(美瑛川)上流調査
 5月 箱館奉行雇員松浦武四郎、忠別川をさかのぼり十勝岳中腹に登り黒煙を見る

1858(安政5)年
 3月 松浦武四郎、十勝へ行く途中美瑛を通過。「ヲキケナシ総て野原針位辰巳に向かふ一里余ビエベツ(美瑛川)小石川急流瀧の如し」(『十勝日誌』)

1887(明治20)年
 この頃、現在の市街地は「ヲキケナシメム原野」と呼ばれた

1892(明治25)年
 神居村から分立した神楽村に属す

1900(明治33)年
 6月 石狩国上川郡美瑛村、神楽村から分立、戸長役場を置く。入地戸数297戸人口1,171人。市街予定地は満杯、貸付願書受理されず

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