【読】読了 『アヘン王国潜入記』
用があって有給休暇をとったので、午後、ゆっくり本を読む時間があった。
高野秀行さんの本をいっきに読了。
いろいろな意味で、目から鱗の落ちる一冊だった。
高野秀行 『アヘン王国潜入記』
2007/3/25発行 集英社文庫
387ページ 667円(税別)
親本 『ビルマ・アヘン王国潜入記』 草思社 1998年
ミャンマー(ビルマ)といえば、「ビルマの竪琴」、「援蒋ルート」、軍事政権、アウン・サン・スー・チー、といった単語しか頭にうかばないほど、断片的な知識(知識とも呼べないほどのこと)しか、私にはなかった。
この本は、そんなミャンマーの辺境、少数民族シャン人の住むシャン州、さらにその中の「ワ州」(ワ人の地域)に潜入、その地に7ヵ月滞在して村人と生活をともにし、播種から収穫までケシ栽培に従事するという、ちょっとやそっとではできない体験のルポルタージュだ。
「潜入」といっても、ワ州連合軍(ワ軍)のつてを頼って、中国側からの「不正」入国(パスポートなしの密入国)である。
ワ州について、プロローグでこう紹介している。
<ワ州、人口は不明。住民の九割以上はワという少数民族が占めている。面積はおよそ四千平方マイル(約一万二百平方キロ)で、岐阜県とほぼ同じくらいである。けっして大きくない。世界中で市販されているいかなる地図にもワという名前は記されていない。が、知名度の低さのわりに世界に対する影響力がこれほど大きいところは、ほかには存在しないだろう。>
<ゴールデン・トライアングル、もしくはその和訳「黄金の三角地帯」という名称は誰しも一度は耳にしたことがあると思う。インドシナのタイ、ラオス、ビルマの三国が境を接するあたりに広がる、いわゆる≪麻薬地帯≫である。麻薬といってもいろいろあるが、ここは麻薬の王たるアヘンもしくはアヘンを精製して商品化された非合法モルヒネやヘロインの世界最大の生産地である。世界のアヘン系麻薬の60~70パーセントはこの国境地帯から流出されているという……>
なにやら危険地帯に踏み込んでスリリングな体験をしたように思われがちだが、高野さんが滞在した山村では、ケシは農作物であり、生活のための手段なのである。
(もっとも、ワ軍による収奪があって、彼ら村民の現金収入は微々たるものだが)
著者の高野さんのすごいところは、村民といっしょに暮らしながら、ケシ栽培の一シーズンを体験するばかりか、アヘンの吸引まで現地で試し、ついには中毒になってしまう、その徹底ぶりである。
おかげで(?)、読者は、アヘンとはどういうものか、中毒症状はどうなのか、といったことが具体的にわかるのだ。
アヘンの歴史についても、この本の中で詳しく記述されていて、興味ぶかい。
巻末の「主要参考文献」に、ホメ―ロスの『イーリアス』『オデュッセイアー』があげられていて意外だったのだが、ホメ―ロスのギリシャ時代は言うに及ばず、紀元前1550年頃のエジプトのパピルスにも、すでにアヘンに関する記録が認められているという。
それほど人類とケシ、アヘンの関係には長い歴史があるらしい。
一口に「麻薬」というが、「麻薬」即「悪」とも言えないのである。
アヘンから作られるモルヒネは、今や末期癌の苦痛をやわらげるために不可欠であることからもわかるように、その昔、人類はアヘンを「薬」として利用しはじめたのだった。
しかし、困ったことに、「薬」は一歩まちがえると「毒」にもなる。
高野さんは、現地滞在中、「アヘン=モルヒネ化計画」を思いつき(つまり、ケシ栽培を合法的な行為に転化して、彼が寝食をともにした山村農民の細々とした生活をなんとかしようという発想から)、「建白書」を書く。
その要旨は、こうだ。
「ワ州でアヘンの生産を停止する、もしくは減らすのは非現実的である。今までどおり、せっせと作るのがよろしい。ただし、アヘンをヘロインに精製して密輸するのは好ましくない。代わりに、モルヒネに精製して医薬品として公的に輸出すべきである。ワ州は≪麻薬地帯≫の汚名を返上し、≪国家≫の収入も減らず、なによりも農民の生活が安定する」
(本書 第五章「アヘン=モルヒネ化計画建白書」)
残念ながら、この建白書は採用されなかったが。
最後に、高野さんのこんな言葉が印象に残った。
<今やすっかり身近になった東南アジアの一角に、こんな国があるという人は少ない。「ビルマ」といえば、アウン・サン・スー・チーくらいしか思いつかないのがふつうだろう。「ビルマ」に関心を持っていても、「民主化問題」で止(とど)まっている人が大半だと思う。そういう人を私は、「ラングーン中心主義者」と呼んでいる。
民主化は、私の目からは問題解決のとば口にしか映らない。何度もいうが、軍事政権が居直っているのは、少数民族を抑えられるの軍事力しかないと確信しているからではないか。>
いわゆる「民主化」運動に欠けているのは、少数民族(ビルマ族を含む8部族、全体で135に及ぶ民族―Wikipedeiaによる)が孕む矛盾に対する展望であろう。
難しく言うと、そういうことだろう。
――などと、小難しいことをぐだぐだ書いてしまったが、じつにおもしろい読み物だった。
高野さんの文章が、とてもいい。
人がらが滲みでているというか。
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