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2009年3月 9日 (月)

【読】読了 『もうひとつの満州』(澤地久枝)

まれにみる良書だった。
私にしてはめずらしく、土曜の夜から日曜日をはさんで、今日、月曜日の通勤電車の中で早くも読了。
図書館に返さなくてはいけないと思うから、よけい集中して読んだということもあるが、それだけ魅力的な内容だったのだ。

「あの戦争」と「満州」を知ろうとする人には、ぜひお勧めしたい本だ。

迷った末、Amazonで中古を購入することにした。
本体95円、送料340円。
Amazonには、文庫版を含めてたくさん出ている。


Sawachi_manshuu澤地久枝 『もうひとつの満州』
 文藝春秋 1982/6/1 発行
 292ページ 1000円

楊靖宇という「反満抗日」の士(1940年没)を追って、旧満州(中国東北地方)を訪れた著者の、ノンフィクションである。

楊靖宇という人物の情報は少ない。
Wikipediaにもこの人の経歴は載っていなかった。
あるサイトによると、こうだ。


鉄の戦士―楊靖宇
http://japanese.cri.cn/81/2005/07/19/1@45230.htm
より転載(改行を加えた)

 楊靖宇は、東北抗日連合軍の創設者であり指導者であった。
 本名は馬尚徳、1905年、河南省確山県に生まれる。
 学生時代は、反帝国主義愛国運動に積極的に参加。
 1926年、中国共産主義青年団に入団。
 1927年4月、確山の農民暴動において指導者として参与。同6月、中国共産党に入党。
 1931年「9・18」事変ののち、中共ハルビン市道外区委書記、市委書記、満州省委軍委代理書記を兼任。1932年秋、南満州に派遣され、中国工農紅軍第32軍南満遊撃隊を編成。政治委員となり、盤石紅を遊撃根拠地の中心とした。1939年、東南満地区における秋冬期反「討伐」作戦では、部隊を率いて濛江一帯転戦。最後はただ一人、5昼夜にわたって敵と渡り合った。
 彼は想像を絶するほどの持久力で、弾が尽きるまで戦い続け、1940年2月23日、吉林濛江三道庶?子にて壮絶な最期を遂げた。残忍な日本軍によって頭をかち割られ、腹も切り裂かれていた。彼の胃には枯れ草や木の皮、綿の実が入っているばかりで、食糧を口にしていなかったことが分かった。
 彼を讃え、1946年、東北民主連合軍通化支隊は「楊靖宇支隊」と改名。濛江県も「靖宇県」となった。


(註)
 「頭をかち割られ」というのは、澤地さんのこの本から得られる情報とは違っている。
 楊靖宇の首は切られ、みせしめのために「さらしもの」にされたのは事実。
 また、「腹も切り裂かれていた」というのも事実だが、当時、日本軍は抗日戦士を捕えると、胃の中味を調べて彼らの食生活を知り、討伐のための情報源としたという。


澤地さんのこの本には、ここで紹介したい「いい話」がたくさんある。
その中から。

澤地さんのお父さんに触れた部分。
(「五 故山にして他山」 P.214)
少し長い引用になるが、澤地さんがお父さんによせるあたたかい気持ちが伝わってくる。

<父は新京郵便局の三年間に中国語を学び、設計の図面をひくカラス口の使い方も習熟して、満鉄の試験を受けた。昭和十二年四月に採用になっている。三十二歳になったばかりだった。
 この九月、満鉄は新京鉄路局を吉林に移転し、吉林鉄路局と改称している。そのために新規採用の枠がひろげられたということが、父にとってのチャンスであったのであろう。しかしけっこう二枚目で、貧乏はしても粋人であった父の努力は買ってやりたい。人生の階段を半段でものぼることがどんなに大変か、私はこの父から教えられたのだから。建国の理想などを私に説教もせず、わが家の必要が選ばせた渡満であることを心得ていた点でも、私はやはり父が好きである。>

「私ははやり父が好きである」 という言葉に、(中国人に対する)「加害者の一員」としての日本人移民ということを肝に銘じながら、「それでも……」という澤地さんの思いがよくあらわれている、と思う。



この本について書きたいことはたくさんあるが、私が書きはじめると、例によって引用だらけになりそうなので、つまり、私には上手に内容を紹介できるだけの技量がないので、これぐらいにしておく。

ご興味のある方は、ぜひ本書を手にとって読んでいただきたい。


楊靖宇について、ネット検索してみつけたサイトを紹介しておく。


【参考サイト】

通化・楊靖宇列士陵園
(吉林省・延辺朝鮮族自治州 フォトギャラリー)

http://yb.gnk.cc/yb2/2005huijia/yangjingyu/sub.htm

中国近現代史観光ガイド
http://www.chinatravel-modernhistory.com/index.html
 >地域別観光>東北 通化 靖宇陵園
 http://www.chinatravel-modernhistory.com/tiiki/tohokud.html

「中国近現代史観光ガイド」は、よくできたサイトで参考になる。

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