【遊】武蔵国分寺公園 (5)
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行きがけ、真姿の池からお鷹の道へ出たところに、うどんとまんじゅうの幟(のぼり)があった。
見たことのない小さな店だ。
時間がまだ早く、開いていなかったので帰りに寄った。
「ライトハウス(light house)」 というお店だった。
普通の民家の横に、ちょこっとテーブルと椅子を置いただけのお店。
ここのうどんが、とてもおいしかった。
昼ごはんには早かったので、かき揚げミルキーカレーうどん(580円)と、「日本茶とまんじゅうセット」(350円)を注文し、食後にコーヒーをいただいた。
店主にお話をうかがうと(とても気さくな男性)、開店したのはこの四月。
まだ数週間しかたっていない。
西荻窪のレストランを畳んで、ご自宅の横のガレージ跡で開業したばかりだという。
かき揚げカレーうどんというのが珍しかった。
注文してから時間をかけてていねいに作ってくださったこのうどんが逸品。
レストラン時代の「まかない飯」だったそうだ。
「京都九条葱たっぷりきつねうどん」というメニューも、「まかない飯」から考えたものだとうかがった。
ちいさなまんじゅうもおいしかったので、1パック持ち帰りでいただいた。
コーヒーもおいしかったな。
また行ってみたいお店だ。
値段が驚くほど安く、しかも、おいしい。
今日の「収穫」である。




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国分寺の境内は、いつもひっそりとしている。
万葉植物園や薬師堂があるのだが、今回は寄らなかった。

武蔵国分寺跡を見てまわる。
ここには何もない。
人もほとんどいない。
その昔、奈良時代に立派な「国分寺」が建てられていた場所だ。
いまも、発掘調査がおこなわれているようだ。
ここも立派な樹木が多い。







【参考】
学研 『大江戸・武蔵 歴史探訪特選17コース 東京の1万年を歩く』
(2008/3/17発行) より
741(天平13)年、聖武天皇は国分寺造営の詔(みことのり)を発布した。 当時、国内には天災、飢饉があいつぎ、天然痘が猖獗(しょうけつ)をきわめた。 しかも740(天平12)年には藤原広嗣が北九州で反乱を起こした。 藤原広嗣は光明皇后の甥である。 この事件から天皇・皇后は遷都を繰り返すことになり、朝廷は混乱した。 聖武天皇は、こうしたなかで諸国に国分僧寺と国分尼寺の建立を命じたのである。
国分寺の正式名所は、国分僧寺が金光明四天王護国之寺、国分尼寺が法華滅罪之寺。 (中略)
武蔵国分僧寺の寺域(境内)は東西に356m、南北に最大428mを測る。 その広さは平均的な国分僧寺の三倍。 道路を挟んで西に位置する尼寺をも含むと、国分寺の寺地(境界)は東西880m、南北最大550mにおよぶ。 諸国国分寺のなかでも最大規模を誇った。 建物は、南の中門から金堂・講堂・北方建物(北院)が南北一直線に連なり、中門の東に離れて七重の塔があった。 僧坊や鐘楼の遺構も発見されている。
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蔵前仁一 『ホテルアジアの眠れない夜』
(凱風社)
高野秀行 『異国トーキョー漂流記』
(集英社文庫)
続けて読んだ。
蔵前さんの本は、長く本棚で眠っていたもの。
期待していたほど面白くなかった。
このところすっかりハマっている高野秀行さんの著作、文体に慣れてしまったからだろうか、蔵前さんの今から20年前に出版された本は、少々もの足りなかった。
お行儀がよすぎるというか、ハメをはずさないというか。
もちろん、つまらない内容ではなかったが。
いっぽう、高野さんの 『異国トーキョー漂流記』 は、内容に関する予備知識ゼロで読みはじめた。
それがよかったのだろう。
私には新鮮な内容だった。
ここに詳しくは書かないが(まだ読んでいない人の楽しみを奪わないために)、高野さんの優しさを感じた。
この人は人間が好きなんだな、と、あらためて思う。
高野さんの著作の魅力は、その文体だと私は思う。
じつによく考え抜かれた上手な文章だ。
蔵前仁一さんが解説(『異国トーキョー漂流記』 集英社文庫書き下ろし)で、高野さんの魅力をうまくまとめているので引用する。
<さて、高野さんの本を読むたびにいつも思うことがある。 それは、冒険家でありながら冒険家らしい文章を書かないということだ。 普通の冒険記は、たいていの場合、自分がいかにすごい冒険をやったかが書かれているものだ。 あるいは、冒険家はつねに勇気ある立派な人として描かれている。 冷静沈着な判断力と勇気で危機を乗り越えられるからこそ冒険は成功するのだろう。>
<高野さんの冒険記は、いつもそこらか逸脱している。 脱線しているというか。 だから、アフリカ奥地を探検する理由としては、ちょっといかがなものか、というような怪獣探しが目的だったり、幻のシルクロードを探しに行った割には、単にビザの問題で帰国できなくなりそうになったり、アヘン栽培のルポにいったはずが、自らアヘン中毒にかかったり、いちいち間が抜けている。 全然立派な探検家じゃない。 冷静な判断力があるとも思えない。 とっちかというと成り行きまかせである。>
<だからこそ高野さんの冒険記はおもしろいんだと僕は思う。> (蔵前仁一)
3月18日から高野さんの著作を読みはじめて、かれこれ7冊読みおえた。
この人が翻訳した本(『世界が生まれた朝に』 エマニュエル・ドンガラ)を含めると8冊。
そして、これから読もうとしている、手元の7冊。
その表紙を並べてみよう。
これまで読んだ7冊 (私が読んだ順) +1






これから読みたい7冊 (順不同)





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今日もまた、家でコーヒーなんぞ飲みながら、古いジャズのレコードを聴いている。
こういう、のんびりした昼下がりには、スイング感のあるジャズ・ピアノがいい。
(左)
FOUR!
Hampton Hawes with Barney Kessel, Shelly Manne & Red Mitchel
CONTEMPORARY S7553 1958年録音 (国内盤)
ジャケット写真が洒落てるね。
私はゴルフというものをしたいと思わないけれど、こんなゴルフなら楽しそうだ。
(右)
Spanish Steps / Hampton Hawes
BLACK LION BLP30111 1968年録音 (国内盤)
Jimmy Woode (bass), Arthur Taylor (drums) とのトリオ演奏。
アルバム・タイトル曲の "Spanish Steps" がいい。
B面最後の "My Romance" は、ビル・エヴァンスの演奏を彷彿させる。
ベースもドラムスもグッド。
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近くの生協まで歩いて買い物に。
住宅街の間を通るせまい遊歩道があり、生協の店舗がある新小金井街道まで続いている。
住宅の庭や遊歩道には、いろんな樹木や草花が植えられていて、目をたのしませてくれる。
寒緋桜がたくさん植えられている農地で、若葉をしげらせている桜の樹を見ていたら、なんと、たわわに実をつけているのを発見。
若葉の緑のまぎれてわかりにくいのだが、みごとなものだ。
鳥が食べるのかな?
春麦の穂がきれいだった。
シラン(紫蘭)が鮮やかだ。
この遊歩道を歩いていると、毎回、あたらしい発見がある。
今日は、つる性の、カザグルマかテッセンかクレマチスか私には判別がつかないけれど、きれいな白い花を見た(いちばん下の写真)。
花弁のように見えるのは萼片だが、四枚というのが謎。





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高野秀行さんの本が、何冊かたまっている。
読みたい本があると、すぐに買ってしまう。
♪ それが私のクセなのか ♪
こんな歌の一節を、ふと思いだしてしまう。
中島みゆき 「わかれうた」 だったな。
高野秀行 『異国トーキョー漂流記』
2005/2/25発行 集英社文庫
259ページ 514円(税別)
カバーの絵にひかれて、これを読もうかと本棚からひっぱりだして、なにげなく巻末をみると、解説が蔵前仁一さんだった。
懐かしい名前だ。
といっても、蔵前さんの本は、ずいぶん前に何冊か買ったまま読まずにとってある。
なんとなく、本の雰囲気だけで満足してしまったのだろう。
おかしな話だが。
蔵前仁一 『ホテルアジアの眠れない夜』
1989/9/30発行 凱風社
182ページ 1000円(税別)
税込1030円、つまり、消費税率がまだ3パーセントだった時代に買った本だ。
この本もたぶん読んでいないかったと思うが、ずっと手放さずに持っていたのは、愛着のある本だったから。
装幀がしゃれている。
新書サイズを一回りほど大きくしたハードカバー。
著者略歴をみると装幀家とあり、この本の装幀も著者自身によるものだ。
表紙見返しにも、本文にも、楽しい挿絵が満載。
うーん。
どっちを先に読もうかな。
ごちそうを並べられて、どれから箸をつけようかと迷っている気分だ。
カバーをはずすと、表紙もまたしゃれているのだった。
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ひさしぶりに、須藤もんさん・対馬照さん(MOTEL)のライブ・スケジュールです。
最新情報は、須藤もんさんの公式サイトと、お店や主催者へのお問い合わせ等でご確認ください。
変更になることもありますので。
須藤もん 公式サイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/
携帯電話等のモバイル向けサイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/mobile/
鳳来湖キャンプ場でのイベントは、昨年、悪天候のために急遽参加とりやめになったものです。
私も行ってみたいのですが、遠いのでちょっと無理そうです。
キャンプ場のイベントは最高なのですが。
前橋は、ホームグラウンドのようになったお店。
須藤さん・対馬さんの話だと、そうとうユニークな店主が経営しているそうです。
三鷹のバイユーゲイトも、すっかりおなじみになりました。
三鷹駅北口を出てすぐのところです。
私は、どちらもまだ行ったことがないのですが、お近くの方はぜひお越しください。
■2009/5/2(土)
前橋 「音楽と思想のBAR Cool Fool」
前橋市千代田町5-2-10 SATOビル2F
TEL 027-237-1655 MOBILE 090-9686-0261
21:00 開演 400円 + 投げ銭 (Drink別)
出演 MOTEL(須藤もん+対馬照) 独酔舎 鮎 ピィ
http://sound.jp/coolfool/
■2009/5/23(土)
MUSIC CAMP at 鳳来湖
愛知県新城市川合字大嶋26 鳳来湖キャンプ場
15:00~ 入場無料 出演多数
MOTEL 出演予定
※宿泊・食事の準備が必要
http://www.tees.ne.jp/~anton/index.htm
■2009/6/27(土)
三鷹 「バイユーゲイト」
JR中央線 三鷹駅北口 徒歩2分
武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号
TEL 0422-55-5782
ジョイントライブ
出演 鎌倉研(from大阪) MOTEL(須藤もん+対馬照)
詳細未定
http://bayougate.voxx.jp/
MOTEL (須藤もん+対馬照) 2008/12/13 国分寺 Giee(ギー)
photo by H.Iriyama
今日は、ひさしぶりに、須藤もんさんの二枚のアルバムを聴いてすごしていました。
『かえろう』 2002/7/1発売 (売り切れ) EVER GREEN EGST1014
『隧道 zuido』 2006/6/7発売(販売中) M&I YKCR-204
Amazon http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000FDF0FW/ 

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高野秀行さんの新刊を、あっというまに読んでしまった。
通勤電車とバスの中、二日間でほとんど読み、最後の数ページは、今夜帰宅後いっきに読んだ。
高野秀行 『メモリークエスト』
幻冬舎 2009/4/10発行
327ページ 1400円(税別)
どんな内容かまるで知らずに買った本である。
「メモリークエスト」という題名から、勝手に、藤原新也の『メメント・モリ-死を想え-』のような内容を想像していた。
(藤原新也のこの本は、あいにく読んでいないけれど、なんとなく雰囲気が……)
まったくちがった。
高野さんの独壇場とも言える、世界をまたにかけたドタバタ旅行記。
それも、他人の探し物(人探し)を異国で実践(代行)するという目的をもった、じつにユニークな企画だ。
タイから、セーシェル(インド洋、アフリカ大陸の東にある小国)、南アフリカ共和国、そして、旧ユーゴスラビアと、行き先にはなんの脈略もない。
ひたすら、他人から依頼された探しもの(幻冬舎のWebマガジンで読者から募集、26件の応募があった)、「これを探してほしい」というリクエストに応える、世界を股にかけた旅。
他人の古い「記憶」を「探しに行く」旅だから、メモリークエスト(Memory Quest)というわけだ。
どの逸話も面白いが、私がとくに気に入ったのは、セーシェルの「春画おやぢ」探しだ。
ここに詳しくは書かないけれど、愉快だった。
あえて購入まではオススメしないけれど、読んで損はない一冊。
もちろん買っていただいてもかまわない。
その方が著者は喜ぶだろうし、新刊なので図書館で借りられるようになるまで時間がかかるだろうから。
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タイミングよく、朝の通勤電車が錦糸町駅に着いたとき、本文を読みおえた。
帰りの電車の中で、解説(立松和平)と訳者(高野秀行)のあとがきを読んだ。
あとは、電車の中でぼーっとしていた。
もう一冊持って、出かけるべきだったな。
『世界が生まれた朝に』
エマニュエル・ドンガラ 著/高野秀行 訳
"Le feu des origines" by Emmanuel B. Dongara, 1987
小学館 1996/12/10発行 1942円(税別)
小説のタイトルは、最後まで読んだところで種明かしがあった。
ここには書かないけれど。
立松和平の解説も、それなりに面白かったが、なによりも訳者あとがきに、この小説の魅力が要領よくまとめられている。
魅力あふれるこの小説を、たくさんの人に読んでもらいたい願いをこめて、紹介しておこう。
ほぼ、高野さんが書いている通りの文脈、表現で。
1.アフリカ的世界
この一冊の本にアフリカの全てがたたきこまれている。
祖先の霊、呪術、儀礼、タムタム、森や大河が支配する伝統社会に始まり、征服者である白人の到来、植民地時代、独立闘争、そして独立後の混迷と急激な近代化。
この、ほとんど全アフリカに共通の歴史を、一人のコンゴ人の一生と重ね合わせながら描ききっている。
2.普遍性
アフリカをはるかに超えた普遍性を有している。
アフリカの物語である以上に、「この世に生を受けた一人の人間の物語」であり、「アフリカ人であること」の奥に「人間であること」という光がはっきり見てとれる。
ドンガラの淡々とした語り口に、いつも人肌のぬくもりのある普遍性が感じられる。
3.思想――≪知≫と≪力≫
アフリカの思想に正面から取り組んでいる。
アフリカでは、精神と物質を切り離して考えることはない、とよく言われる。
なんらかの≪力≫が働けば、物質にも魂が宿るし、心に念じたことも物理的な存在になりうるという。
その≪力≫を動かすものが≪知≫である。
※ 「知」という言葉は、「知性」よりも「知恵」のニュアンスか。
4.物語性
この作品を見るかぎり、ドンガラは特に際立った小説技法やレトリックを持ち合わせていないようだ。
代わりに、めりはりのきいた話の展開と快いテンポでストーリーテラーとしての能力を存分に発揮している。
冒険、恋愛、戦い、家族、長老、魔術、夢……といった物語のあらゆる要素が盛り込まれており、純粋にエンターテインメントとしても十分楽しめる。
以上であるが、私には、最後の「物語性」が、この小説の魅力の大きな部分だと思える。
ちなみに、この作品は、作者(ドンガラ)が日本滞在中に書きあげられた。
本文の最後にも、こう記されている。
モンペリエ/ボコ/ブラザヴィル/東京
1975―1978、1983―1986
繰り返しになるが、この素晴らしい小説を、たくさんの人に読んでもらいたいと願う。
高野秀行さんという人を教えてくださった、「こまっちゃん」に感謝。
高野秀行さんに出会わなければ、この小説にも出会うことがなかっただろうから。
ところで、今日、ネット注文(e-hon)してあった高野さんの新刊が書店に届き、さっそく受けとってきた。
『メモリークエスト』 高野秀行
幻冬舎 2009/4/10 発行
327ページ 1400円(税別)
ユニークな発想・企画で書かれた、興味ぶかい内容(書き下ろし)。
e-honサイトより
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032232784&Action_id=121&Sza_id=C0
[要旨]
あの日、あの時、あの場所で消えたあなたの記憶、探しにいきます。「探索のプロ」を自任する著者は、縁もゆかりもない赤の他人のために、不安を抱きつつも世界へ飛び立った。時空を超えた空前のドラマが、いま始まる。
[目次]
第1章 スーパー小学生(タイ)(「白紙」の船出;ゴルゴ杉山一家、西へ ほか);第2章 根無し草の男(タイ)(早く来い来いメーサロン!;タイ・ミャンマー国境へ ほか);第3章 楽園の春画老人(セーシェル)(曙がいっぱい;驚異の観光アイランド ほか);第4章 大脱走の男(南アフリカ共和国)(なぜか南アフリカ;最悪の都市の最悪の宿 ほか);第5章 ユーゴ内戦に消えた友(旧ユーゴスラヴィア)(謎の国セルビア;「日本」といえば「ナゴヤ」 ほか)
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『百年の孤独』 (ガブリエル・ガルシア=マルケス) が引き合いにだされていたので、さぞかし難しい小説かと思っていたが、まったくそんなことはなかった。
読みやすく、おもしろい。
高野さんの訳文もいい。
280ページほどの本文の、200ページまで読みすすんだ。
『世界が生まれた朝に』
エマニュエル・ドンガラ 著/高野秀行 訳
"Le feu des origines" by Emmanuel B. Dongara, 1987
小学館 1996/12/10発行 1942円(税別)
ストーリーがすっきりしていて、登場人物もわかりやすい。
ただし、描かれている世界が、アフリカ コンゴの住民たちの、私たちの日常からかけ離れている。
そこが面白い。
― 訳者あとがき より ―
<……ドンガラは、ローカル性と普遍性を実にうまく利用している。 最も顕著な例は、原始共産性から貨幣経済の導入、十九世紀型の帝国主義、そして現在の民主化問題を問う時代まで、言ってみれば人類が何千年もかけて昇ってきた文明の諸段階を、一人の人間が一生にうちに全部体験してしまうという設定である。 こんなことはアフリカのコンゴを舞台としないかぎり不可能な話だ。……>
主人公は マンダラ・マンクンクという、バナナ畑で産みおとされた男。
青緑色の目をもつ、いわば異能者である。
彼が生まれた部族社会は、まさに「原始共産性」的で、その社会にとつぜん西欧文明(近代帝国主義)の波が襲い、急激な変化にみまわれる。
このあたり、被征服民族の悲哀は、アイヌ民族を思いおこさせる。
武力による支配、略奪と虐殺、そして言葉巧みな交易を装った収奪……。
時期こそ、日本列島北端の島で繰り広げられた頃よりすこし下るが、アフリカ大陸を舞台に同じような歴史が繰り広げられていたのである。
第二次世界大戦ではフランス軍に徴用されて欧州戦線でドイツ軍と戦い、その後、ベトナムでのフランスの戦い(ディエン・ビエン・フーの戦い)にもたくさんの兵が駆りたてられる。
そんな苦難の歴史も、この小説に描かれている。
【参考】
コンゴ共和国 ― Wikipedia より ―
コンゴ共和国(コンゴきょうわこく)は、中部アフリカに位置する共和制国家。東にコンゴ民主共和国、北にカメルーンと中央アフリカ、西にガボン、南アンゴラの飛地カビンダと国境を接している。首都はブラザヴィル。
二つのコンゴとアンゴラは15世紀頃まではコンゴ王国として一つだったが、ポルトガルによる征服を経て19世紀にベルギー領(現在のコンゴ民主共和国)とフランス領(現在のコンゴ共和国)に分けられた。
1903年 中央コンゴと呼ばれるようになる
1910年 フランス領赤道アフリカの一部となる
1946年 フランス議会に議席を獲得
1958年 フランス共同体内の自治共和国になる
1960年 コンゴ共和国として正式独立
1968年 憲法を改正
エマニュエル・ドンガラ
― 本書 著者紹介 より (1996年日本語訳出版当時) ―
1941年、コンゴに生まれる。 中等教育を終えたのち、アメリカ合衆国に渡り、物理学を学ぶ。 物理学博士。
現在はブラザヴィル大学教授。
最初の小説 『手には銃を、ポケットには詩を』でラディラス・ドルマンディ賞を受賞。 また、コンゴで最も有名な劇団 “Theatre de l'Eclair” を主宰し、自作の戯曲のほか、サルトルから三島由紀夫にいたる幅広い作家の作品を上演している。
弟が日本に長期留学していた関係で、しばしば日本を訪れており、コンゴを代表する親日家でもある。
なお、本書 『世界が生まれた朝に』 は、1988年のブラックアフリカ文学大賞を受賞。 ヨーロッパ各国でも絶賛され、原版のフランス語のほか、ドイツ語、スペイン語、デンマーク語、ノルウェー語に翻訳されている。
また、近くアメリカで英語版が出版される予定。
高野秀行オフィシャルサイト
http://aisa.ne.jp/takano/
訳書紹介 『世界が生まれた朝に』
http://aisa.ne.jp/takano/books_page/dongala.html
訳者から一言
<主観的にはアフリカ文学の最高峰、客観的に見ても五指には入る名作である。
原書のフランス語のほか、英語、ドイツ語、スペイン語、デンマーク語、ノルウェー語など世界中で翻訳されている。
最初の1ページだけ堅くて読みにくいが、2ページ目からはすごく平易な文章になる。 立読みですぐ断念なさらぬよう。
メリハリの利いたストーリーと詩情に満ち満ちた文体が感動的で、読み出すと止まらない。
もちろん、訳文も冴えている!?>
高野さんのブログも面白そうだ。
辺境・探検・冒険ブログ MBEMBE ムベンベ
日本を代表するエンタメ・ノンフ辺境探検作家、高野秀行のオフィシャル・ブログ
http://www.aisa.ne.jp/mbembe/
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昨夜から読みはじめたのだが、はたして読み通せるだろうか。
心もとない。
というのも、異国の異民族の物語で、日常生活からかけ離れた世界なので、集中して読まないと続かないのだ。
電車の中で少しずつ読むには適さない小説だろう。
図書館へ、いったん返却するかもしれない……。
『世界が生まれた朝に』
エマニェル・ドンガラ 著 / 高野秀行 訳
小学館 1996/12/10発行
287ページ 2000円(税別) 絶版
こういう小説は、森の中の静かな喫茶室のような場所でゆっくり読みたいものだ。
雑念に惑わされない時間がほしい。
せめて一日か二日、自由に使えるほんとうの休暇があるといいのに。
私が生きる日々はあまりに慌ただしく、ゆとりがないことに気づく。
28ページで止まってしまっているが、ふと、池澤夏樹のある種の小説の世界を思いださせる。
池澤夏樹 『マシアス・ギリの失脚』
新潮文庫 1996年6月
親本 1993年 新潮社
新潮社の単行本をBOOK OFFで見つけて、ずいぶん前に読んだ。
不思議に魅力的な世界だった。
― e-honサイトより ―
南洋の島国ナビダード民主共和国。日本とのパイプを背景に大統領に上りつめ、政敵もないマシアス・ギリはすべてを掌中に収めたかにみえた。日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消えるまでは…。善良な島民たちの間でとびかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。それらを超える大きな何かが大統領を呑み込む。豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編。谷崎潤一郎賞受賞作。
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今日もまた、自転車にまたがって国分寺駅まで買い物に。
首からカメラをぶらさげて、五月晴れのさわやかな空気をたのしみながら、ゆっくり走ってきた。
団地の入口と、警察学校の通り(喜平橋交差点際)に、八重桜の樹があって満開だ。


国分寺駅ビルにある紀伊国屋書店で、桜の図鑑をまた買ってしまった。
桜の品種を見分けるのにもってこいの内容で、ありがたい。
『サクラ ハンドブック』
大原隆明 著 文一総合出版
2009/3/1発行 1200円(税別)
このシリーズ、なかなかいい内容で、以前、『紅葉ハンドブック』を買ったことがある。
【雑】色づく秋 2008年11月 8日 (土)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-f468.html
文一総合出版
http://www.bun-ichi.co.jp/index.html
サクラハンドブック
http://birder-scrapbook.seesaa.net/article/115141265.html
ハンドブックシリーズの一部を紹介すると、こんな感じだ。
『樹皮ハンドブック』 『野鳥と木の実ハンドブック』 『ベリーハンドブック』(野いちご・木いちご・草いちご) 『シダ ハンドブック』 『花火ハンドブック』 『コウモリ識別ハンドブック』 『虫こぶハンドブック』 『昆虫の食草・食樹ハンドブック』 ……等々。
警察学校通り(喜平橋交差点)の八重桜の根元に、花が一輪おちていたので拾ってきて、図鑑と照らしあわせてみた。
八重咲き品種には似たようなものが多く、判別が難しそうだが、どうやらこれは 「カンザン(寒山)」 とみた。自信はない。
カンザン 【寒山】
東京・荒川堤から広まった栽培品種。赤みの強い豪華な花が印象的で、現在では八重咲きのサクラといえばこの品種を連想する人が多い。 開きかけの花は塩漬けに加工し、桜湯の原料とされる。 (サクラハンドブック)
雌しべが二本、萼(がく)片の縁は鋸歯がなく内側に巻き込む、萼筒はろうと形で開口部に横しわがあり、小花柄とともに無毛。
わたしの拙い観察でも、これらの特徴に合致する。
桜の見分け方も、たいへんなのである。
樹に咲いている状態だと、なかなか特徴がわからないものだが、こうして花を手にして調べてみると、造形の美しさを感じる。
品種名がわかると、親しみが増すものだ。
他に、まぎらわしい品種として、次のようなものがある。
それぞれ、名前が、なかなか床しい。
イチヨウ (一葉)
雌しべが一本で、下部が花に変化することが多いことから。
花弁は淡いピンク色。
フゲンゾウ (普賢象)
葉に変化した二本の雌しべから、普賢菩薩が乗る白象を連想することから。
外側の花弁は淡いピンク色、内側のものはほぼ白色。
ショウゲツ (松月)
かつては桜湯の原料としても栽培されていた。
花弁の縁の細かい鋸歯が目立つため、カーネーションの花を連想させる。
花弁は白色に近く、縁や裏面は明るいピンク色。
いずれも、サトザクラの栽培品種。
サトザクラ ― Wikipedia ―
サトザクラ(里桜)はオオシマザクラを基にして開発されたと考えられる園芸品種の桜の総称。オオシマザクラにヤマザクラ、エドヒガン、カスミザクラ、マメザクラなどを掛け合わせたものとされる。
学名は一応Cerasus lannesiana Carriereとされている。
また、人里で開発されたサクラを全てサトザクラという場合もあり、この場合は更に多くの種類のサクラがサトザクラに分類される。
サトザクラは往々にして人間の観賞用に改良されてきたため、花びらの数の多いものや、見栄えのするものを選んで作られている。八重咲き、枝垂れ咲きの種類も多い。
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なんとなく引っぱりだして聴いている古いジャズ・ピアノのアルバム。
CD化されたものだけれど。
(左) Hampton Hawes "The Green Leaves of Summer"
(右) Hampton Hawes "This is Hampton Hawes, Vol.2 The Trio"

![]()
ハンプトン・ホーズという、半世紀前に活躍したピアニストの演奏が好きだ。
アルバムの中に、私のお気に入りの曲があり、ときおり聴きかえしてみるのだが、何度聴いてもしびれる。
"The Green Leaves of Summer" (1964年)の中の、アルバム・タイトル曲 "The Green Leaves of Summer"、"Vol.2 The Trio" (1956年)の中の、"You and The Night and The Music" (あなたと夜と音楽と)。
お気に入りの一曲を聴こうとして、アルバムの他の曲も聴いてしまうのが、いつもの私のくせになっている。
ライナ・ノーツはほとんど読まないのだけれど、たまに拾い読みすると、面白いことが書いてある。
<さて、ハンプトン・ホーズの熱心なファンの方には改めて述べるまでもないことだが、ホーズは1950年代終わりから60年代初めにかけての数年間、麻薬のために逮捕されてジャズ界をしりぞいていた。 50年代を通じて 『ザ・トリオ Vol.1』『同 Vol.2』『同 Vol.3』『オールナイト・セッション』『フォア』『フォー・リアル』などの名盤を発表し、押しも押されぬ人気を獲得してスター・ピアニストの座についたホーズだったが、彼は突然数年間にわたる拘置生活を余儀なくされて、この期間をテキサス州フォートワースにある療養所で過ごさなくてはならなくなってしまった。ホーズにとってこの5年間は、麻薬治療と同時に、彼自身を見つめ直す時間であったとも思われる。>
これは、1964年2月に吹きこまれた、"The Green Leaves of Summer"というアルバム(写真左)の、国内版CDライナー・ノーツ(岡崎正通)の一部。
「白人ピアニスト、ビル・エヴァンスの影響がみられる」とも書かれている。
そう言われればそうかもしれない。
「5年間のブランクのあいだにエヴァンスの音楽を研究し、彼なりのやり方でアプローチを試みている」と言われれば、なるほど、とも思う。
だが、そんなことはどうでもいい。
音楽を聴くのに、よけいな説明は不要。
もちろん、音楽(演奏)の背景にある「人間」には、とても興味があるけれど。
上の二枚のアルバム・ジャケット写真は、同一人物とは思えないほど、雰囲気がちがう。
どちらも好きな、ハンプトン・ホーズの肖像ではある。
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野川公園は、東八道路を車で走るときにいつも眺めていたが、中にはいるのは初めてだった。
駐車場は、東八道路から南へはいり、ぐるっとまわった公園の南側にある。
もちろん有料である。
(小金井公園の駐車場とよく似ていた)
公園の南側入り口は、バーベキュー広場になっていて、にぎわっていた。
バーベキューが堂々とできる公園は、めずらしい。
私が知っているところでは、立川の国設昭和記念公園ぐらいだ。

ゴルフ場跡地といわれれば、そのような雰囲気で、芝生がきれいだ。
公園の管理棟(サービスセンター)も、クラブハウスの建物だったという。
なによりも驚き、感心したのは、樹木の種類の多さと、立派な樹形だ。
私がよく行く小金井公園とは、すこし雰囲気がちがう。





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「足打ちうどん処 七(なな)」で満腹した後、車で、都立野川公園へ行った。
東八道路という広い道路(東京都道14号新宿国立線)を挟む、広大な敷地だ。
西側には多摩霊園、東側には、これまた広大な国際基督教大学(ICU)がある。
― 首都圏公園ガイド
「花と緑と水に遊ぶ 公園への小さな旅」 (首都圏緑のネットワーク) より ―
野川公園 ひろびろ大芝生とハケの豊かな自然
東京都三鷹市大沢6-4-1
野川公園の前身は、国際基督教大学のゴルフ場。 昭和49年からゴルフ場を買い取り、その周辺の神代植物公園、武蔵野公園、多摩霊園、調布飛行場、府中の森公園などの緑地を含め、「武蔵野森構想」のもとに造成を行い、昭和55に開園した。
野川の北側はハケ(国分寺崖線)の豊かな自然が残る自然観察園、野川と東八道路に挟まれた起伏のある芝生広場、そして広々とした芝生広場のある南側に分かれており、緑に浸り、のびのびとした気分を味わうことができる。


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すこし前に友人から教えてもらった、近くのうどん屋さんへ行ってきた。
足打ちうどん処 七(なな)
国分寺市本多5-28-2
国分寺街道、本多五丁目交差点の北を東にはいったところ。
住宅地にある、一見ふつうの家なので、通りかかってもわからないような店である。
看板も暖簾もみあたらない。
民家の玄関のように、横手に入口がある。
ドアの横に、目だたない表札があって、ようやくここがうどん屋さんだとわかる。
ドアを開けた玄関に食券の自動販売機がある。
店のつくりは木造の喫茶店のようでしゃれているのに、不釣り合いな感じの食券販売機に一瞬とまどう。
冷たい麦茶も、クーラーポットからじぶんでコップに注いで、席に運ぶシステムだ。
はじめてなので、よくわからず、田舎うどんとごまだれうどん(それぞれ普通盛り、700円)の食券を買って、お店の方(奥様だと思う)に手渡す。
すると、普通盛りでもうどんの量が多いので、小盛りに替えてはどうですか、と言われ、家人のぶんはそうさせてもらった(100円引き)。
あとで、食券販売機を見ると、「初めての方、小食の方は、このボタンの商品を」というような説明があった。
すぐに出てきたうどんを見て、その量の多さにびっくり。
これで普通盛り(写真は田舎うどん)。
付け合わせの天ぷらのボリュームがまた、すごい。
かき揚げ、ちくわ天、かぼちゃの天ぷらの三品が付いていた。
(ごまだれうどんには、かき揚げとかぼちゃの二品)
天ぷらは揚げたてで、油もしつこくなくて、ほんとうにおいしかった。
うどんも、量はともかく、腰のある手打ちうどんで、これまた美味。
ご主人が気さくな方で、いろいろお話をうかがった。
元は、埼玉で英語の学習塾をやっていらして、趣味のうどん打ちが高じてお店を始めたという。
すぐ近くの、学芸大の学生が多く来るという。
どうりで、普通盛りの麺が500グラムもあるはずだ、と納得。
(普通盛りだと、さらに、麺のお代わりもできるそうだ)
次回は、小盛りにしよう。
子どもサイズもあるというから、家人などはそれでもいいかもしれない。
看板を出さない理由を訊ねたところ、「需要と供給のバランスがとれているので、これ以上お客さんが増えても……」ということだった。
ご夫婦お二人でやっていらっしゃるようで、とても感じのいい、何度も訪れたくなるような店だ。
ご主人といろいろお話させていただいた。
一日分として、前日の仕込みから、相当な量(具体的に聞いたが忘れてしまった)を、足打ちするという。
(うどんは、手打ちよりも足打ちの方が、腰がつよくなる)
売り切れしだい閉店するのだが、学生がお代わりしてたくさん食べるので、すぐに無くなってしまうそうだ。
【参考サイト】
足打ちうどん処 七 なな - うどん、饂飩(国分寺) [食べログ]
http://r.tabelog.com/tokyo/A1325/A132502/13044342/
足打ちうどん処 七の関連ブログ記事 - 30min
http://30min.jp/place/item/38983/1
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とても面白い本だったので、続きを書いてみる。
『毒草を食べてみた』 植松 黎 (うえまつ・れい)
文春新書 099 2000/4/20発行
221ページ 690円(税別)
興味ぶかい話が満載。
薬になったり、薬物(ドラッグ)になったり、あげくの果てに毒になったり、そんな植物がたくさんあることに驚いた。
人類と植物のかかわりは、太古にまでさかのぼるらしい。
昔の人は、よくもまあこんな毒草をみつけたものだ。
それにしても、なぜこんな植物が?と思うような、奇妙なものが生存している。
地球は、なんとたくさんの「不思議」に満たされていることか。
チョウセンアサガオ (38話)
曼荼羅華
ナス科・チョウセンアサガオ属
学名 Datura metel (ダツラ・メテル)
英名 Datura
成分 ヒヨスチアミン、スコポラミン、アトロピン
精神錯乱 せん妄、幻覚
江戸時代の外科医 華岡青洲は、このチョウセンアサガオの調合薬で全身麻酔をおこない、乳癌の手術をした。
1805年(文化二年)のことだ。
青洲が使ったとおもわれるのは、インド原産のダツラ・メテルという種類。
ダツラはインドの古い地名に由来し、そこでは古代からこの植物の向精神作用が利用されてきたことが、サンスクリットの文献に残っているという。
種名のメテルは、アラビア語の「麻薬性」をあらわすmathelが語源。
インドから中国、朝鮮に渡り、日本に伝わったのは1680年代の貞享の頃だったといわれる。
「近頃朝鮮より来り……」と、『和漢三才図会』に紹介されている。
園芸にはチョウセンアサガオ、薬用には曼荼羅華と呼んで、区別されていた。
その曼荼羅華を使えば、夢うつつのうちに手術ができるであろうと、日本の医師たちは文献で知ることができたが、誰も試そうとはしなかった。
華岡青洲はそれを実行に移した、すごい人だった。
妻と実母の二人を実験台にして……。
くりかえしの実験によって、青洲の母は亡くなり、妻は失明した。
チョウセンアサガオの麻酔作用は、この数十年後に実用化されたエーテルとちがって、眠りをもたらすものではない。
幻覚や錯乱状態をひきおこす。
それを麻酔薬として使うということは、「大量のドラッグと酒を一緒に飲ませるにもひとしい」。
意識は混濁し、痛覚も麻痺して、大量に飲めば昏睡状態におちいって、ちょっとやそっと傷つけられても感じないだろう。
つまり、現代の麻酔薬にはほど遠いものだった。
― 本書 P.190-192 ―
長々と要約引用したが、こういう話が私には興味ぶかい。
さらに、著者は日本人と「幻覚」の関係について、次のように考察している。
<……日本人は、文化的にも風土的にも、この幻覚というものになじめない人種といえる。 ところが、ダツラ・メテルの原産国であるインドでは、現在でもこの種子をマリファナに混ぜて吸い、幻覚と陶酔の両方を楽しむ文化がある。 (中略) メキシコなどでは聖なる植物として古代から宗教儀式に欠かせなかった。 メキシコの先住民であるウイチュール族には、チョウセンアサガオ占い師(キエリ・ニノウィヤリ)なるものの修行があり、チョウセンアサガオの種子を飲まされた弟子たちは、初めはめまいで喉がしめつけられたようになるという。 しかし、足がもつれ、身をよじって地面に倒れながらも、高い岩山に登ってそこから飛び降りたい衝動にかられるのだという。 幻覚植物がひきおこす高揚感は、世俗的な世界から神聖な世界へと飛び出すすばらしい神秘体験なのである。>
<しかし日本人は、同じ現象にたいしてウイチュール族のような心境になれるだろうか。 チョウセンアサガオの種子を間違って食べた日本人は、ほとんどが幻覚の恐怖という心の傷を生涯残している。>
このような話が、他にもたくさん紹介されているのだが、紙数が尽きた(ナンノコッチャ)。
バッカク(麦角)から偶然発見された、LSD。
アンデスの「聖なる植物」 コカの葉から、ヨーロッパ人がつくりだした「白い粉」、コカイン。
漢方薬でも使われるマオウ(麻黄)の成分からつくられる、ヒロポン。
ちなみに、あの「スカッとさわやかコカ・コーラ」は、1886年、アメリカ人化学者 ジョン・ベンバートンが、コカの葉とアフリカのコーラナッツ(興奮作用のある果実)を調合し、コカ・コーラと名づけたものだった。
その後、コカインは取り除かれ、風味を添えるためにコカイン抜きのコカの葉が使われていたが、とうぜん、現在は風味づけのコカの葉も使われていない。……
薬物(ドラッグ)の話は、なぜか魅惑的である。
もちろん、私は試したことはないが。
薬物と人類の関わりにつても、興味ぶかい話が多い。
第二次世界大戦(大東亜戦争、太平洋戦争)で、日本軍は、戦場での恐怖心を手っとり早くとりのぞくために、ヒロポン(覚せい剤)を利用していた。
<打ったとたんに気持ちがよくなり、やるぞ、という高揚感とともに集中力が高まり、人間性への抑制もとりのぞかれてしまうかららしい。>
戦後、日本におびただしい数のヒロポン中毒者が出現したのは、余剰品が街にあふれだしたためだという。
坂口安吾は、覚せい剤の禁断症状に苦しみ、精神病院にまで入院した。
静養先の伊豆にさえ、ヒロポン屋というものがいて、風呂敷包みを背負って御用聞きにやってきたという。
長くなって、きりがない。
こんどこそ、紙数が尽きた。ウソだけど。
まだ絶版にはなっておらず、新刊書店でも入手可能なので、興味をもたれた方はぜひどうぞ。
e-hon
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000030676820&Action_id=121&Sza_id=B0
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ずいぶんまえに、古本屋で手に入れた本。
タイトルにひかれ、内容にもひかれた。
今日から読みはじめたのだが、すこぶる面白い。
『毒草を食べてみた』 植松 黎 (うえまつ・れい)
文春新書 099 2000/4/20発行
221ページ 690円(税別)
この本でとりあげられている毒草。
馴染みぶかいものもあれば、私の知らなかった植物もある。
列挙してみよう。
全部で44。
ドクウツギ、バイケイソウ、キョウチクトウ、トリカブト、フクジュソウ、キナ、バッカク、シキミ、ドクゼリ、アサ、スイトピー、ヒガンバナ、スズラン、タバコ、コカ、ジギタリス、イヌサフラン、インドジャボク、クラーレノキ、マチン、ストロファンツス、イラクサ、ケシ、クサノオウ、スイセン、オトギリソウ、アセビ、マンドレーク、ヒヨス、ベラドンナ、アイリス、イチイ、ポインセチア、クリスマスローズ、ビンロウ、マオウ、トウワタ、チョウセンアサガオ、ペヨーテ、ドクニンジン、ニガヨモギ、エゴノキ、ミトラガイナ、ゲルセミウム・エレガンス。
まだ15番目の「コカ」までしか読んでいないが、意外な植物にも猛毒のあることがわかって、おもしろい。
バイケイソウ、キョウチクトウ、フクジュソウ、シキミ、スイートピー、スズランなどがそうだ。
たとえば、フクジュソウ(福寿草、キンポウゲ科フクジュソウ属)。
アセボトキシンという心臓に作用する毒が、根に含まれる。
このフクジュソウが、「食用の山菜」としてテレビで紹介されたことがある(平成10年4月)というから驚く。
実際に、心臓病と糖尿病を患っていた老女が、「フクジュソウの根を煎じて飲めば心臓にいい」ということを聞いて試したところ、発作を起こして亡くなったという話も紹介されている。
なまはんかな民間療法も怖いものだ。
アサ(麻、アサ科アサ属)は、麻薬的用途には大麻(マリファナ)、繊維には麻(ヘンプ)、植物学的にはアサ(カンナビス)と、利用目的に応じて呼び方が変えられている、ということも、この本を読むまで知らなかった。
いま、世間を騒がせている大麻草は、ロープの原料となる麻とは別物だと思っていたが、成分(THC:テトラヒドロカンナビノール)の含有量の多寡の違いしかないらしい。
大麻と人類とのつきあいは古く、治療薬として紀元前1000年頃から利用されていたという。
1997年のWHOの調査では、「大麻は酒やタバコより安全」という結果が出たのに、公表されず握りつぶされたということも紹介されている。
ちかごろの日本の大麻騒ぎも、どこかおかしいと思う。
いろいろと考えさせられる内容が満載の本である。
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図書館から二冊借りてきた。
一冊目。
これは、知人から教えてもらった本。
私がまったく知らない人が書いたもの。
教えてもらわなければ、一生、出会うことがなかったかもしれない。
知人からのこういう情報は、ありがたいものだ。
盛口 満 著 『わっ、ゴキブリだ!』
どうぶつ社 2005/6/10発行
218ページ 1200円(税別)
盛口 満(もりぐち・みつる)
1962年生まれ。千葉大学理学部生物科卒業。
自由の森学園中・高等学校教諭を経て、現在は沖縄の珊瑚舎スコーレ講師。
おもな著書に 『骨の学校』 2、3(木魂社)、『森からの手紙』(創元社)、『なんでこんな生物がいるの』(日経サイエンス社)、『ぼくらの昆虫記』(講談社現代新書)、『青いクラゲを追いかけて』(講談社)、『教えてゲッチョ先生!雑木林は不思議な世界』(山と渓谷社)、『ジュゴンの唄』(文一総合出版)、『クマとナマコと修学旅行』 『ドングリの謎』 『西表島の巨大なマメと不思議な歌』(どうぶつ社) などがある。
― 本書巻末 著者紹介 ―
ゴキブリ。
北海道にはいなかったから、私が実物をはじめて見たのは、東京にでてきてからだった。
上京後、しばらくやっかいになっていた横浜に住む同級生のアパートで、留守番をしていたら大きなやつがでてきてびっくりした。
箒をもって追いまわしたが、飛んでいったりして、ちょっとしたパニックだった。
私にとっては、それほど衝撃的な昆虫(?)だった。
ゴキブリは、人類よりもずっと長いあいだ生き続けてきた動物だということを聞いたことがある。
『ゴキブリ○万年』 というような書名の本があったようにも思う。
【 2009/4/17追記】
『ゴキブリ3億年のひみつ-台所にいる「生きた化石」-』 安富和男著
講談社 ブルーバックス B-962 1993年
「○万年」とは、われながら思いちがいもはなはだしい。
これでは、人類の歴史よりも短いではないか。
なにはともあれ、面白そうな本なのだ。
もう一冊。
こちらは、すこし前からハマっている高野秀行さんが翻訳した、コンゴの作家の小説。
ガルシア・マルケスの 『百年の孤独』 に似た世界だというので、楽しみだ。
『世界が生まれた朝に』
エマニュエル・ドンガラ 著 高野秀行 訳
小学館 1996/12/10発行
287ページ 2000円(税込)
― 訳者あとがき より ―
<アフリカ文学史上の記念碑的大作であるこの小説は、作者自身「ガルシア・マルケスの『百年の孤独』にインスピレーションを受けた」と語るように、思想、文明、歴史など実に様々なテーマが重層的に織り込まれた一大大河小説でえある。>
マルシア・ガルケスの『百年の孤独』も、不思議な小説だった。
以前、このブログにもとりあげたので、ご覧いただきたい。
ブログをはじめた頃の記事で、なつかしい。
『百年の孤独』 は、ストーリーが錯綜していて、かなり手こずったものの、なんとか読みとおしたのだった。
2005/11/12(土) 【読】図書館
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_e50d.html
2005/11/21(月) 【読】こまぎれ読み
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_4c72.html
2005/11/25(金) 【読】百年の孤独
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_aa66.html
2005/11/26(土) 【読】地区図書館で
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_6c84.html
この本のことは、ずいぶんたくさん書いたな。
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ひさしぶりに、中島みゆきのアルバム 『生きていてもいいですか』 を、レコードで聴いている。
1980年発売、初期のアルバムである。
一曲目 「うらみ・ます」 だけが、どうにも苦手なので、A面二曲目 「泣きたい夜は」 から、針をおろす。
A面最後の 「蕎麦屋」 が好きで、じつはこれが聴きたい気分になったのだ。
♪ 世界じゅうがだれもかも偉い奴に思えてきて
まるで自分ひとりだけがいらないような気がする時 ……
「おまえ」から電話がかかってきて、蕎麦でも食わないかと誘われる。
歌の主人公が中島みゆきの分身(女性)とするなら、ここで歌われている 「おまえ」 は、男ともだちだろうか。
♪ あのね、わかんない奴もいるさって あのね、わかんない奴もいるさって
あんまり突然云うから 泣きたくなるんだ ……
街なかにある、何のへんてつもない蕎麦屋で、男女が蕎麦かうどんを食べている。
(「おまえ」は丼ぶりに顔をうずめているが、何を食べているのか歌詞からは不明)
ラジオから大相撲中継が流れている。
店ののれんが、ぱたぱた風になっている。
「おまえ」 は、私の気をなんとか引き立てようとして、ダジャレ話をせっせと咲かせる。
私は、くやし涙を流しながら、たぬきうどんを食べている。
何が悔しいのか、やはり歌詞には明示されていないが、なんとなくわかる。
ここに、詳しい歌詞を載せられないが(なんたって天下のみゆきさんなのだ、著作権の壁がそびえている)、ひとつひとつの言葉のつかいかたが絶妙。
いい歌だ。
B面、最後の 「異国」 が、山崎ハコさんの世界によく似ていることに、今日気づいた。
このアルバムをだした頃、二人は同じレコード会社に所属。
交流もあったようだ。
アルバム全体としては、あまり好きなものではないが、「キツネ狩りの歌」(A面三曲目)、「蕎麦屋」(A面四曲目)、「船を出すのなら九月」(B面一曲目)の三つが好きだ。
それにしても、天気のいい四月の朝に、なんでこんな暗いアルバムを選んだのだろう。
外は、ようやく晴れてきた。
今日も暖かい一日だろう。
生きていてもいいんだよ。もちろん。
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小平図書館友の会が主催するチャリティー古本市が、今日と明日の二日間、中央公民館で開催されている。
私も友の会会員のはしくれだが、今年はじめて、ボランティアでお手伝いしてきた。
今日一日(明日は行けない)、朝から夕方まで立ち通しだったので、足がくたびれた。
はじめての体験だったが、本好きにはたまらない場所に一日いられたことで、しあわせな気分だった。
10時の開場時刻の一時間以上も前から、たくさんのお客さんが行列をつくって待っていて、開場と同時にどっと殺到するさまは壮観だった。
もっとも、なかには古本業界のプロとおぼしき人もまじっており、めぼしい稀覯(きこう)本をさっさと漁っていくのには閉口するが。
混雑するのは開場直後の一、二時間ほどで、あとはゆっくりと本を探す人がちらほらという、おちついた感じになった。
ひとりで何十冊も購入していく本好きの方、携帯電話で奥さんと相談しながら本を探す男性、お子さん連れの若い夫婦、仲睦まじく本を選ぶ老夫婦など、さまざまである。
ここで販売されるのは寄付本で、まさに玉石混交だが、中には珍しい本もあるので、ゆっくり見てまわれば掘りだし物もあるだろう。
私も、今年は60冊ちかく寄付させていただいた。
チャリティーなので、一部の全集物や美術書、稀覯(きこう)本を除いて一律価格。
驚くほど安価である。
ボランティアとして参加した私の仕事は、壁際の新書コーナー、実用書コーナーの本の整理と補充だった。
うれしくなるほどよく売れた。
下の写真は、昼過ぎ、お客さんの波がひいた頃。
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友人からの勧め(というか、依頼)を受けて、今日からはじめてみる。
この団地の中を東西に横断する車道が二本ある。
道幅は狭いが、両側に銀杏並木があって、新緑や秋の黄葉の頃の眺めはみごとである。
その銀杏並木の、四季のうつろいを写真で記録するというもの。
題して「定点観察」(観測ではない)。
2009/4/9(木) 朝6:25
冬のあいだ、貧相な枝ばかりだった銀杏並木も、ようやく芽吹いてきた。
バス停に向かって角をまがり、左側の9本目の樹だけが、なぜか芽吹きがはやい。
他の樹はまだ、まる裸のままなのに。
よくみると、ちいさな葉っぱのまんなかに芽がみえる。
あまり植物にくわしくないので、よくわからないのだが、今後も観察を続けてみよう。


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きのう図書館でみつけた本。
きわめて軽い(薄い)内容だったので、一日で読みおえてしまった。
ほとんど得るところなし。
ソメイヨシノをぼろくそに書いているかと思うと、あとがきで、「なんと言われようと、ソメイヨシノが好きだ」というこの本の著者の頭のなかがわからない。
記述者の名前がどこにもなく、「美しい日本の常識を再発見する会 編」とある。
「○○を××する会」などと自称する「会」に、ろくなものはない。
こういう本でも、いくつか知識を得ることができるものだが、ここに書くほどのことが何もないのが残念。
唯一、カバーのイラストのかわいらしいところが気に入った。
『日本人は桜のことを何も知らない』
美しい日本の常識を再発見する会 編
(株)学習研究社
2003/3/6発行 190ページ
1200円(税別)
いちおう、読書記録として書いておく。
―目次―
第1章 ソメイヨシノ的なる国
第2章 はやすぎる生長、はやすぎる死
第3章 日本人とサクラ史
第4章 サクラの植物学
第5章 サクラに愛を込めて
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図書館で興味深い本をみつけた。
『図解 樹木の診断と手当て』
― 木を診る 木を読む 木と語る ―
堀 大才・岩谷美苗 著
農文協 2002/9/5
新刊で手に入ることがわかったので、ネット注文した。
いずれ、ゆっくり読んで調べたいことがたくさん書いてある。
なかなかいい本なのだ。
ソメイヨシノの古木の幹や根元から、ちいさな枝が出て、きれいな花をつけているのをよく見る。
花はきれいだが、痛々しい感じがしてならなかった。
その疑問が、この本で解消した。

写真のように、太い幹から直接出た小枝を、「胴吹き」というそうだ。
また、根元から出た小枝は、「ひこばえ」という。
このことばは、聞いたことがある気もする。
幹の樹皮が痛みきって、いかにも「古木」といった様子の樹によくみられる。
これは、どういう現象か。
本書によると、こういうことだった。
―― 枝にはたくさんの芽がついているが、そのなかには芽吹くものと、そのまま芽吹かずに眠ってしまう休眠芽(潜伏芽)とがある。
また、一度は芽吹いても太くならずに枯れて、その跡に不定芽がつくられ、それが休眠芽となったものもある。
太い幹から直接生えている小枝は、その眠っていた芽が緊急事態で起こされて出てきたもの。
上の枝が枯れたり病気になったりしたので、それに代わって栄養をつくるために起こされた芽なのである。
つまり、樹勢が低下し、「危機的状況から脱出しようと努力している姿」 ということだ。 ――
<124ページ 「PART3 木の診断と管理法」
「葉・新梢の診断と手当て 3」 「胴吹き・ひこばえは黄信号」>
見た目はとてもきれいで、写真に撮っても見映えがして私も好きなのだが、樹は必至になって花を咲かせているのだった。
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窓から見える桜の樹が満開。
背景がドラッグ・ストアーだったり、電線がじゃまで、あまり風情がないが。
すぐ近くの図書館に行き、本を三冊借りた。
『図解 樹木の診断と手当て』
堀 大才・岩谷美苗 著/農文協 (2002年)
『さくら百花事典 あなたも桜博士になれる』
婦人画報あるすぶっくす/婦人画報社 (1993年)
『日本人は桜のことを何も知らない』
美しい日本の常識を再発見する会 編/学習研究社 (2003年)
その足で、近所をひとまわり、ぶらっと歩いてきた。
さすがにこのあたりは、古い大きな樹が多い。
二枚目と三枚目は、近くの幼稚園の運動場。
一枚目、三枚目、四枚目が、団地東側の道路に面した大木。
ソメイヨシノとヤマザクラが植えられている。
枝がだいぶん切られていて、ちょっとかわいそうだが、まだ元気に花をつけている。



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二日前から読んでいた、高野秀行さんの本である。
高野秀行 『ワセダ三畳青春期』
集英社文庫 2003/10/25発行
293ページ 552円(税別)
文庫書き下ろし
早稲田大学正門から徒歩五分。
大きな胡桃の木のかたわらにある古い木造二階建てのアパート。
そこは、高野さんが、1989年から2000年までの11年間、22歳から33歳にかけて暮らした場所である。
三畳一間、風呂なし、トイレ・台所共同で、家賃はなんと12,000円。
これが1970年代ではなく、80年代が終わろうとしていた頃の話とは、とても思えない。
浮世離れした暮らしぶりに、ただただあきれてしまうが、読後感は、爽やかのひとこと。
帯にある、「酒飲み書店員さんたちが強力にオススメする1冊」というコピーは、実際に読んでみて妙に説得力がある。
帯裏には、「酒飲み書店員さん絶賛の声!」が紹介されているので、その中のいくつかを書き写してみよう。
●まるで高品質の駄菓子。笑撃の連打で哀愁を包んだ青春の軌跡!
(ときわ書房本店 宇田川氏)
●面白いけど、どこからかスッパイ臭いがしそうだよ!
(旭屋書店水道橋店 和泉沢氏)
●椎名誠 『哀愁の町に霧が降るのだ』 にハマッた人には特にオススメ!
(本の雑誌社 炎の営業 杉江氏)
椎名誠さんの 『哀愁の町に霧が降るのだ』 (略して、「哀霧」などと呼ばれていた)は、その昔読んだ記憶があるが、細かい内容は忘れてしまった。
ただ、たしかに、この本と雰囲気は似ていると思う。
著者の高野さんの年齢は、すこしいっているけれど、「青春記」だなあと思う。
この早稲田のアパート(野々村荘、ただし仮名らしい)で、高野さんは何冊かの本を書いたという。
うーん、こんなアパートで、という感もあるが、なにやら納得。
『幻獣ムベンベを追え』 (集英社文庫)
『巨流アマゾンを遡れ』 (集英社文庫)
『極楽タイ暮らし』 (ワニ文庫)
『ビルマ・アヘン王国潜入記』 (草思社)
以上、本書「あとがき」より。
高野さんは、早稲田大学探検部に所属し、しょっちゅう外国へ行っていて、大学の授業はあまり受けていないように見える(そのあたりのことは、あまり書かかれていない)。
だが、すごいことに、7年生で卒業したらしい。
「あとがき」によると、<私が奇跡的に卒業できたのは、コンゴでたまたま知り合いになった作家の小説を翻訳し、それが卒論として認められたから>だという。
エマニュエル・ドンガラ著 『世界が生まれた朝に』 (小学館)
読んでみたいが、絶版らしい。
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000019852332&Action_id=121&Sza_id=F3
世界が生まれた朝に
エマニュエル・ドンガラ/著 高野秀行/訳
出版社名 小学館
出版年月 1996年12月
ISBNコード 978-4-09-356041-2
(4-09-356041-2)
税込価格 2,039円
頁数・縦 287P 20cm
分類 文芸 /海外文学 /フランス文学
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[要旨] 「マンクンク、おまえは破壊者だ!」「「力」と、「力」に敬意を捧げるタムタムをひっくり返す者」と運命づけられ、大河に、氏族の王に、植民地支配の異人に、そして、自分の社会そのものに挑んでいった永遠の革命児マンダラ・マンクンク。コンゴのとあるバナナ畑で孤独な生を受け、長じては偉大な“ンガンガ”(呪術師)となった男が、半世紀に及ぶ試練の旅を乗り越えて、最後に見たものは…。「知」と「力」を巡る現代アフリカの創世神話。人間の根源に迫るアフリカ大河小説。1988年のブラックアフリカ文学大賞を受賞。
ちょっと、興味ぶかい。
さいわい、近くの図書館にはあるので、読んでみようかな。
―小平市立図書館蔵書データより―
抄録 現代西欧文明の最高レベルの教養と、アフリカの思想を「百年の孤独」にインスピレーションを得て重層的に描いた作品。生まれながらにして光る目と聖痕を持つマンクンク、長じて偉大な呪術師となった男が最後に見たものは。
著者紹介 〈エマニュエル・ドンガラ〉 1941年コンゴに生まれる。中等教育を終えたのちアメリカ合衆国に渡る。物理学博士。プラザウィル大学教授。劇団を主宰するかたわら、小説も書いている。
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読みはじめると面白くてたまらない。
またこんな本をみつけて、読んでいる。
高野秀行 『世界のシワに夢をみろ!』
小学館文庫 2009/1/13日発行
237ページ 495円(税別)
親本 2005年9月 小学館より刊行
勤務先のすぐ近くにあるBOOK OFFで数日前に入手。
読まれた形跡のない真新しい本が、定価の6割程度で買えるのはありがたい。
『ヤングチャンピオン』(秋田書店)に連載されたエッセイが集められた、軽い読み物だ。
高野さんの世界各国の旅のエピソードが31話。
本のタイトルと、文庫版のカバー写真が秀逸だと思う。
「世界のシワ」とは、要するに「辺境」とか「僻地」と呼ばれる地域のことだ。
高野さんいわく。
今、世界の中心はアメリカである。
政治も経済も文化も、「グローバリゼーション」という名の「アメリカナイゼーション」、つまりアメリカ化が世界中に広まっていこうとしている。
(アメリカが広めようとしている、と言うのが正確かもしれない)
アメリカ化がすべて悪いということもないが、ひとつ言えるのは、アメリカ化が進むと「世界はのっぺりとする」。
「イメージで言えば、先進国と大都市を中心に、みんながせっせと大地にアイロンがけをしているようなものだ。」
この譬えは、わかりやすい。
そういうわけで、この本は、高野さんが「世界のシワ」、つまり、まだ「アイロン」のかかっていない国や地域を歩きまわって経験した 「トホホ話」 を集めたものだ。
魅力的なエピソードが満載。
半分ほど読んだが、私が気に入った逸話がいくつかある。
この本は、四つの章にわかれていて、それぞれ「奇の章」「妙の章」「珍の章」「異の章」と名づけられている。
「奇の章」は、「初デートは洞窟だ![日本・奥多摩]」ではじまり、例のゴールデン・トライアングル地帯でのアヘン研究(『アヘン王国潜入描かれている 「コンプリートな男 [タイ・バンコク]」 など、7話。
「妙の章」に収められている 「うんこ臭いプレーでいくべし [中国]」 と、「珍の章」の 「世紀末バスのすさまじき自由 [中国・貴州省]」 に大笑いした。
詳しいことはここに書かないが、かなりババッチイ話であり、私は、ババッチイ話が好きなのだ。
電車の中で、笑いをこらえるのに苦労した。
高野さんが「はじめに」で書いているとおりだった。
<これからお話しする三十一のエピソードは私が探検部時代の七年間と、卒業後の十数年間に体験した出来事である。「奇」「妙」「珍」「異」の四章に分けたが、読者が読みやすくなるようにという配慮以外、特に意味はない。ただし前半はわりと軽めのエピソード、後半は比較的ディープなエピソードという傾向はある。全篇を通して、食事中や電車の中では読まないほうがいい。思わず噴き出しても大丈夫な環境で楽しんでいただければ幸いだ。> (本書 「はじめに」)
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