【読】毒草の本(続)
とても面白い本だったので、続きを書いてみる。『毒草を食べてみた』 植松 黎 (うえまつ・れい)
文春新書 099 2000/4/20発行
221ページ 690円(税別)
興味ぶかい話が満載。
薬になったり、薬物(ドラッグ)になったり、あげくの果てに毒になったり、そんな植物がたくさんあることに驚いた。
人類と植物のかかわりは、太古にまでさかのぼるらしい。
昔の人は、よくもまあこんな毒草をみつけたものだ。
それにしても、なぜこんな植物が?と思うような、奇妙なものが生存している。
地球は、なんとたくさんの「不思議」に満たされていることか。
チョウセンアサガオ (38話)
曼荼羅華
ナス科・チョウセンアサガオ属
学名 Datura metel (ダツラ・メテル)
英名 Datura
成分 ヒヨスチアミン、スコポラミン、アトロピン
精神錯乱 せん妄、幻覚
江戸時代の外科医 華岡青洲は、このチョウセンアサガオの調合薬で全身麻酔をおこない、乳癌の手術をした。
1805年(文化二年)のことだ。
青洲が使ったとおもわれるのは、インド原産のダツラ・メテルという種類。
ダツラはインドの古い地名に由来し、そこでは古代からこの植物の向精神作用が利用されてきたことが、サンスクリットの文献に残っているという。
種名のメテルは、アラビア語の「麻薬性」をあらわすmathelが語源。
インドから中国、朝鮮に渡り、日本に伝わったのは1680年代の貞享の頃だったといわれる。
「近頃朝鮮より来り……」と、『和漢三才図会』に紹介されている。
園芸にはチョウセンアサガオ、薬用には曼荼羅華と呼んで、区別されていた。
その曼荼羅華を使えば、夢うつつのうちに手術ができるであろうと、日本の医師たちは文献で知ることができたが、誰も試そうとはしなかった。
華岡青洲はそれを実行に移した、すごい人だった。
妻と実母の二人を実験台にして……。
くりかえしの実験によって、青洲の母は亡くなり、妻は失明した。
チョウセンアサガオの麻酔作用は、この数十年後に実用化されたエーテルとちがって、眠りをもたらすものではない。
幻覚や錯乱状態をひきおこす。
それを麻酔薬として使うということは、「大量のドラッグと酒を一緒に飲ませるにもひとしい」。
意識は混濁し、痛覚も麻痺して、大量に飲めば昏睡状態におちいって、ちょっとやそっと傷つけられても感じないだろう。
つまり、現代の麻酔薬にはほど遠いものだった。
― 本書 P.190-192 ―
長々と要約引用したが、こういう話が私には興味ぶかい。
さらに、著者は日本人と「幻覚」の関係について、次のように考察している。
<……日本人は、文化的にも風土的にも、この幻覚というものになじめない人種といえる。 ところが、ダツラ・メテルの原産国であるインドでは、現在でもこの種子をマリファナに混ぜて吸い、幻覚と陶酔の両方を楽しむ文化がある。 (中略) メキシコなどでは聖なる植物として古代から宗教儀式に欠かせなかった。 メキシコの先住民であるウイチュール族には、チョウセンアサガオ占い師(キエリ・ニノウィヤリ)なるものの修行があり、チョウセンアサガオの種子を飲まされた弟子たちは、初めはめまいで喉がしめつけられたようになるという。 しかし、足がもつれ、身をよじって地面に倒れながらも、高い岩山に登ってそこから飛び降りたい衝動にかられるのだという。 幻覚植物がひきおこす高揚感は、世俗的な世界から神聖な世界へと飛び出すすばらしい神秘体験なのである。>
<しかし日本人は、同じ現象にたいしてウイチュール族のような心境になれるだろうか。 チョウセンアサガオの種子を間違って食べた日本人は、ほとんどが幻覚の恐怖という心の傷を生涯残している。>
このような話が、他にもたくさん紹介されているのだが、紙数が尽きた(ナンノコッチャ)。
バッカク(麦角)から偶然発見された、LSD。
アンデスの「聖なる植物」 コカの葉から、ヨーロッパ人がつくりだした「白い粉」、コカイン。
漢方薬でも使われるマオウ(麻黄)の成分からつくられる、ヒロポン。
ちなみに、あの「スカッとさわやかコカ・コーラ」は、1886年、アメリカ人化学者 ジョン・ベンバートンが、コカの葉とアフリカのコーラナッツ(興奮作用のある果実)を調合し、コカ・コーラと名づけたものだった。
その後、コカインは取り除かれ、風味を添えるためにコカイン抜きのコカの葉が使われていたが、とうぜん、現在は風味づけのコカの葉も使われていない。……
薬物(ドラッグ)の話は、なぜか魅惑的である。
もちろん、私は試したことはないが。
薬物と人類の関わりにつても、興味ぶかい話が多い。
第二次世界大戦(大東亜戦争、太平洋戦争)で、日本軍は、戦場での恐怖心を手っとり早くとりのぞくために、ヒロポン(覚せい剤)を利用していた。
<打ったとたんに気持ちがよくなり、やるぞ、という高揚感とともに集中力が高まり、人間性への抑制もとりのぞかれてしまうかららしい。>
戦後、日本におびただしい数のヒロポン中毒者が出現したのは、余剰品が街にあふれだしたためだという。
坂口安吾は、覚せい剤の禁断症状に苦しみ、精神病院にまで入院した。
静養先の伊豆にさえ、ヒロポン屋というものがいて、風呂敷包みを背負って御用聞きにやってきたという。
長くなって、きりがない。
こんどこそ、紙数が尽きた。ウソだけど。
まだ絶版にはなっておらず、新刊書店でも入手可能なので、興味をもたれた方はぜひどうぞ。
e-hon
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000030676820&Action_id=121&Sza_id=B0
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