【読】遭遇と襲撃
クマは人を襲う危険な動物なのか?
クマとの遭遇(encounter)が、クマからの攻撃(attack)にすぐに結びつくのか?
クマと人間の共存は、どうすれば可能なのか?『ベア・アタックス II』
― クマはなぜ人を襲うか ―
S.ヘレロ著 嶋田みどり・大山卓悠 訳
北海道大学図書刊行会 2000/9/10発行
全二巻 各2400円(税別)
521ページ(二巻計)
ページ番号が、二巻通しで振られているのがおもしろい。
下巻(II)は、250ページからはじまる。
膨大な事例をひとつひとつ検証して、クマが人を襲う原因を詳細に分析している。
なによりも、クマを愛する著者の姿勢が好ましい。
<もしクマのために、「ピープル・アタックス」というタイトルの本が書かれていたら、そこにはわれわれヒトという種は典型的な血に飢えた殺人(熊)鬼――攻撃的で、危険で、しばしばクマに致命傷をあたえるもの――として描写されることだろう。>
(17章 クマの管理 「クマも安全に」 P.428)
<グリズリーもブラックベアも、生態系が機能していくうえで重要な役割をはたしているわけではない。 グリズリーもブラックベアも、私たち人間と同じように、生態的には何でも屋である。 彼らは草を食み、木の若芽を食べ、死肉をむさぼり、また捕食者として機能するものたちである。 …(中略)… すべてのクマを殺したとしても、生態系が崩壊するわけではない。
しかし、多くの人たちにとって、クマがいなくなったら、世界はもっと貧相なものとなるだろう。 私たちがクマの生存を護っているのは、彼らが自然のなかの不可欠な部分だからではなく、人間の心や身体や魂にはたらきかけてくれるものがあるからだ。>
(17章 「クマは何の役に立つ?」 P.435-436)
本書のおわりの方に書かれている著者のこの言葉は、星野道夫さんの次の文章を彷彿させる。
<もしもアラスカ中にクマが一頭もいなかったら、ぼくは安心して山を歩き回ることができる。 何の心配もなく野営できる。 でもそうなったら、アラスカは何てつまらないところになるだろう。>
<人間はつねに自然を飼い馴らし、支配しようとしてきた。 けれども、クマが自由に歩きまわるわずかに残った野生の地を訪れると、ぼくたちは本能的な恐怖をいまだに感じることができる。 それは何と貴重な感覚だろう。 これらのクマは何と貴重なものたちだろう。>
(星野道夫)
すこし値がはるけれど、とてもいい本だ。
日本語訳も、いい。
巻末に、「解説」として、JBN(Japan Bear Network:日本クマネットワーク)会員三氏による文章を併録。
「日本と北米のクマ対策」 (山中正実:JBN会員・斜里町自然保護係)
「北海道のヒグマ」 (間野 勉:JBN会員・北海道環境科学研究センター野生動物科)
「日本のツキノワグマ」 (羽澄俊裕:JBN会員・(株)野生動物保護管理事務所)
日本語版刊行にあたって著者みずから書き下ろした補章 「星野道夫の死」 も、興味ぶかい内容。
著者によると、星野さんの事故の真相はこうだった。
<……世界的な写真家星野道夫は、1998年8月8日、ヒグマに襲われて死んだ。 星野を殺した雄グマは、彼が愛してやまなかった野生の動物ではなかった。 星野を襲って死にいたらせ、その一部を食べたクマは、それまでにも人間とかかわる経験を重ねていた。 クマは、食物が不適切に保管されているキャビンやその他の場所に押し入ることを学習していた。 ロシアのローカルテレビ局経営者によって意図的に餌づけされていたようでもある。 ……>
また、著者の星野さんに対する敬愛の思いも随所に満ちあふれている。
<星野道夫が撮影したグリズリーやムース(ヘラジカ)、そして野生の地の写真は、私のなかに自然の美や生命の完璧さへの畏敬と霊感を呼び起こしてくれた。 そこには、自然のなかに堆積された悠久の時があった。>
<星野ほど自然を丸ごとらえることのできた写真家は、そうはいないだろう。 広大なツンドラと山々の風景のなかで小さな点景でしかないグリズリーの写真は、クローズアップで体の細部までとらえた写真よりも、グリズリーについてはるかに多くを語っている。>
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コメント
つい最近、クマと遭遇したという知り合いに会いました。非常にに冷静な対応をしたのに感動しました。私自身、時々、熊を感じる地点を歩きます。
紹介された本、手にとって見たくなる内容であり、星野さんの件も納得できる内容です。
生き方と深くかかわる本はすごいですね。1.2巻通し番号は、これも今までにはない発想だと思いました。
投稿: 玄柊 | 2009年7月 4日 (土) 03時51分
>玄柊さん
クマもまた、本来は人間を避けるものだということをこの本で知りました。
クマにとってもヒトにとってもよくないのは、クマが人間の食料や生ゴミの味をおぼえてしまうことのようです。
それが繰り返し、この本で述べられています。
星野さんの事故死も、星野さんにはいっさい責任のない(甘さはあったかもしれませんが)、星野さん以外の人がもたらしたものだったということもよくわかりました。
図書館でもにあれば、一度ごらんください。
投稿: やまおじさん | 2009年7月 4日 (土) 07時56分