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2009年7月25日 (土)

【山】トムラウシ山遭難 その後わかったこと

このたびのトムラウシ山での遭難(ツアー登山の一行、ガイド3人・登山客15人のうち8人が死亡)に強い関心をもち、ネット記事や新聞報道に注意をはらってきた。
 ※ガイド(あるいはツアー添乗員)は4人いたが、遭難当日の朝、ヒサゴ沼避難小屋を出発した時には3人が同行した。

事故から一週間がたち、当時の詳細かつ、より正確と思われる情報が、ようやく明るみに出はじめている。


■MSN産経ニュースのサイト記事 (7/23)

「悪天候の山中、極限状態で次々と… 大雪山遭難ドキュメント  (1/3ページ) - MSN産経ニュース」
(3ページのネット記事)
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/090723/dst0907231350013-n1.htm

以下、このサイト記事から。
7/14 旭岳から入山、白雲岳避難小屋に宿泊。
翌15日には約9時間・約18キロの縦走後、午後2時頃、ヒサゴ沼避難小屋に到着、とある。
別パーティーの登山者の証言によると、「そのときは特別に疲れた様子もなく、わいわいと楽しそうにしていた」という。

※ この時点では、一行はそれほど危険を感じていなかった様子だ。
ただ、気になるのは、「しかし小屋では干したレインウェアから滴が落ち、寝袋がぬれて、寝られない人もいた。疲れが取れる場所ではなかった」という記述。

翌朝、3時半に起床。
風雨が強く、出発予定が30分遅くなったが、ガイドの判断は「午後から晴れるから大丈夫」というもの。
午前5時半に小屋を出発。
稜線に出ると、吹きすさぶ風に体温を奪われ、遅れる人が出始めた……。


読んで感じるのは、ここがその後の苦難との分かれ目だったのではないか、ということだ。
「午後から晴れる」と判断した根拠は何だったのだろうか。
希望的観測でなく、気象通報から天気図を書いて予測するなどの具体的な行動をとったのかどうか、わからない。

ヒサゴ沼避難小屋を出発した後の状況は、上に紹介したサイトに詳しく書かれている。
この記事を読んだ限りでは、「ガイドはそれなりに一生懸命やった」 という印象も受けるが、やはり判断ミスは否めない。
残念なことである。

また、救助要請の第一報がガイドからではなく、登山客のひとりからだったということもわかった。
ガイドが携帯電話で救助要請した、というような初期報道は、そうとう混乱・錯綜していたようだ。
以下、引用する。

<午前10時半ごろ、約4キロ進んだ北沼分岐付近で歩けなくなる人が出た。座り込んだ人を囲んで風よけをつくった。ガイドは待機を指示したが、約1時間半後には「寒い、寒い」と奇声を発する人も。戸田新介さん(65)=愛知県清須市=は「これは遭難だ。救援を要請しろ」と怒鳴った。>

<ガイド3人が協議し、死亡した吉川寛さん(61)=広島県廿日市市=と多田学央さん(32)が、客5人とテントを張って残ることを決断。多田さんは松本仁さん(38)に「10人を下まで連れて行ってくれ」と頼んだ。>

<正午ごろ、松本さんは戸田さんら10人を連れて下山を開始。しかし「早く救助を呼ばないと」と急ぐ松本さんの足が速く、11人はすぐばらばらに。足がもつれ始めていた松本さんも、約5キロ先のコマドリ沢分岐付近で動けなくなった。前田和子さん(64)=広島市=が「起きて。子供もいるんでしょ」と声をかけたが、座り込んだまま。
その時、前田さんの携帯電話が鳴った。午後3時48分、心配した夫(67)からだった。電話が通じることが分かり前田さんらは午後3時54分、110番。遭難の第一報だった。>

 ― 以上、上記サイトより ―



ネットの世界では、無責任な野次馬的発言も多く目にし、私は苦々しい思いをしている。
これまで新聞社系のサイト記事しか紹介してこなかったのも、掲載されている情報の正確さに首をかしげるものが多いためだ。
事実誤認以前の勝手な思い込みから、ああだこうだと意見を述べるのは差し控えたいものだ。

しかし、その一方では、真面目に情報を収集して、客観的な分析を続けているサイトもある。
信頼できるサイトだと私は判断しているので、紹介しておきたい。

■Sub Eight
 http://subeight.wordpress.com/

 北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。
   http://subeight.wordpress.com/2009/07/18/tomuraushi-2/

サイトを運営されているのがどんな方か存じあげないが、綿密・精細な情報収集と分析には頭がさがる。

遭難に遭われた方々、亡くなった方々のために、私たちができることは、正確な状況の把握と、再発させないための検証、分析だと思う。


■参考サイト■

(2009/7/25 追記)
東京新聞:7年前 トムラウシ山で遭難 母の死 なぜ学ばぬ:社会(TOKYO Web)

 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009072302000256.html

<……今回もまた、強風と雨が命を奪った。「小屋を出なければ、何も起きなかった」。悪天候で抜けられるようなルートではないという七年前の教訓は、生かされなかった。……>

ヒサゴ沼避難小屋に停滞するという選択肢はなかったのか。
日程的に「今日中に下山しなければ」という思いがあったのではないのか。
余裕のない行程というツアー登山のあり方が、この遭難の最大の原因だったように思う。


(2009/7/26 追記)
2002年7月、同じ山域で起きていた遭難事故の情報。
上記の新聞記事でとりあげられている、愛知県の女性(当時59歳)が亡くなった事故だ。

トムラウシ遭難事故の背景にあるもの
 (大雪ジャーナル 2003年10月22日)
 http://homepage.mac.com/hirosis/watching/watch031022.html

<去年(2002年)7月にトムラウシで起きた遭難事故で、「登山ガイドとしての注意義務を怠ったため」ツアー参加者の女性を凍死させたとして、ツアーを主催した福岡市の元登山ガイドの男性が旭川東署に書類送検された。
 台風が接近しているのに登山を強行したのはガイドの判断ミスだと筆者は考えるが、『北海道新聞』によるとこのガイドは、「せっかく来たので山頂まで登らせてやりたかった」と語ったという。ほかにも今年の夏、日高のポロシリ岳で、台風による沢の増水で山小屋に閉じ込められ、自衛隊のヘリコプターに救助された登山ツアーもあった。>

この記事中のリンク先(個人サイト*)に当時の経緯が掲載されているが、今回の事故と同じ行程でよく似た状況だったことがわかる。

 * のんびり歩く大雪山
   http://www.ne.jp/asahi/slowly-hike/daisetsuzan/index.html
   → 大雪山データ(大雪山登山データ) → 2002年

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コメント

この間のレポート 読み応えがありというと失礼なくらいです 山が好きだから書けるのだとおもいます
トムラウシは大雪山連峰の端のほう 右に少し行くと十勝岳 という40年ほど前まで旭川で暮らしていたころの記憶で それが正しいのかどうかわからないけれど ある種の畏怖をもって眺めた山でした 
2000mクラスは本州では3000mクラスというようなことをその頃にいっちゃんに聞いた記憶もあります だからそんなところへ登山ではなくツァーに行くという尋常ではないものの存在が今回のことでわかりました

さて 以下のブログも参考になるのかどうかはわかりませんが ひとつの見方としてはそれなりに書かれているとおもうので紹介します
http://d.hatena.ne.jp/bohemian_style/20090721/p1#c

このところの東京新聞などを読むとトムラウシと美瑛岳での別々のパーティでの件を大雪山系遭難と一括して扱うという神経はわたしにはよく理解できません たまたま同じ時期におきたことに過ぎないのに と

投稿: uji-t父 | 2009年7月26日 (日) 00時41分

>uji-t父さん
サイトの紹介、ありがとう。
明日、ゆっくり読んでみます。

>このところの東京新聞などを読むとトムラウシと美瑛岳での別々のパーティでの件を大雪山系遭難と一括して扱うという神経はわたしにはよく理解できません たまたま同じ時期におきたことに過ぎないのに と

そうなんです。
こういう遭難事故があると、なにもかもいっしょくたに論じられる傾向が、私にも不満です。
美瑛岳の遭難も、同じ気象条件だったにしろ、場所も違うしパーティーの構成、行動も別物ですから。
そのほか「だから中高年の登山は危険だ」などという論調も、なんなんだろうと思います。

投稿: やまおじさん | 2009年7月26日 (日) 01時07分

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