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2009年9月16日 (水)

【山】岳人10月号 (トムラウシ遭難検証記事) を読んで

Gakujin_200910『岳人』 2009年10月号 通巻748号
 2009年9月15日発売

「詳報 トムラウシ山遭難
  いま登山者にもとめられること」 P.146-161

記事全文を読んだ。
これまで私が知らなかったこと、疑問に思っていたことのいくつかがわかった。

遭難当日の共同装備
このツアー登山は、当初から避難小屋泊まり(白雲岳避難小屋、ヒサゴ沼避難小屋、各一泊)で設定されていたが、ツアー案内に記載があるように、共同装備(ガイドが背負う)としてテント(大きさは不明)があった。

「②③泊目は寝袋と食料が必要になります。準備及び運搬は各自にてお願い致します。お湯は弊社スタッフがご用意致します。なお、各無人小屋の混雑状況によってはテント泊になる場合もございます。テントは弊社にて準備致しますが、一部運搬のご協力をお願いする場合もございます。あらかじめご了承下さい。」
(東京新聞 2009/7/18朝刊記事に写真が掲載されている、アミューズトラベル社 「大雪山 旭岳からトムラウシ山縦走」 パンフレットより)

遭難直後の報道で何度も映されていた大型テントは、しかし、このテントではなかった。
報道では、そこのところがはっきりしなかったため、なんとなくガイドが持っていたテントだと、私は思い続けていた。
私と同じ誤解をしていた人は多いと思う。

『岳人』の記事で、事実が明確になった。

昨日、私がこのブログで紹介したように、登山口から背負ってきたテントは、次のツアー登山の一行(別ルートからヒサゴ沼避難小屋に来る予定)に引き渡すため、避難小屋に置いてきたのだった。

テントだけではない。
ビバークを想定すれば必須装備としてあげられる、コンロ、ガスカートリッジ、鍋(コッヘル類)も、小屋に置いていった。
わざわざ、見張り番(ネパール人補助ガイド)まで残して。
いざとなれば、ビバーク用として使えただろう重要な装備を、である。


<ヘリから映された救助時の報道映像にはテントが映っていたが、これはツアー一行のものではない。南沼キャンプ場付近にデポされていた登山道整備業者の非常時用テントを、Mガイドが偶然に見つけたものだ。このテントのほか、暖を取り温かいものを口にすることができるコンロが一緒にデポされていた。> (P.153-154)

さらに、ガイドの一人は別にテント(四人用)を、遭難時にザックにいれていたという。
これにも驚いた。

<実は、歩ける客10名(1時間以上の待機中に低体温症にならなければ歩けるはずだった10名)をつれて下山にかかったサブガイドの荷物には、4人用テントが入っていたという。しかし、そのテントを役立てることはないまま終わった。> (P.154)

なぜ、適切なビバークができなかったのかという疑問が、これで説明できるように思う。
ガイドたちは、ビバークを想定していなかったのだ。
あるいは、想定しても、ビバークに必要十分な装備がなく、強引に下山することしか頭になかったのではないか。
また、四人用テントを持っていたサブガイドも、そのテントを使うことまで頭がまわらない状態だったのでは。

生死をわけたツアー客の個人判断
今回の遭難にあったツアー客の装備(おもに衣類)が問題になった。
当初、私も衣類に問題があったのではないかと思っていたが、そうではなかったようだ。
全員の個人装備がわかったわけではないが、何人かの生還した人たちの証言によると、じゅうぶんなものだったと思える。

ただ、残念なことに、この一行は、ヒサゴ沼避難小屋に着くまでの行程で、衣類や寝袋をびしょ濡れにした人が大半だった。
ヒサゴ沼避難小屋が混雑していたため、濡れたものをじゅうぶんに乾かすこともできず、最終下山日(遭難当日)をむかえてしまった。
「着干し」と称して、濡れた衣類のまま就寝した人も多かったようだ。
女性の場合、着替えのしにくい小屋の状況もあった。

生還者のうち三名ほど実名で証言が載っているが、この人たちはそれぞれ機転をきかせている。

戸田さん(男性)は、半分ほど濡れていた寝袋の中にシュラフカバーを入れて寝たため、安眠できたという。
真鍋さん(女性)は、ヒサゴ沼避難小屋で濡れた衣類をすべて着替え、靴には新聞紙を入れて一度取り替えたら、朝は少し湿っている程度まで回復した。
前田さん(女性)は、寝袋が濡れていなかったのと、全身用エアマットを使って、快適にぐっすり眠れたという。
ちなみに、避難小屋では二階に先客があったため、この一行は一階で寝た。
ガイドたちと前田さんは二階で寝ることができて、一階よりも暖かかったという。

また、7/16遭難当日の行動中、風雨のなかで、戸田さんは思いきって雨具をいちど脱いでフリースを足した。
真鍋さんも、同じように風雨のなかでフリースを1枚着た。
雨具(ゴアテックスだっただろう)の下に着ていたものが濡れていたなら、急激に体温が奪われる。

風雨の中で雨具をいったん脱ぐことには誰しも抵抗があるが、この人たちは思いきって実行し、これがさいわいした。
インナーとして乾いたフリースを1枚着ることだけでも、低体温症をまぬがれることができたのだと思われる。

ほんらい、このようなことはガイドが状況に応じて適切にアドバイスすべきものだと、私などは思うのだが、ガイドはただ、次々と体調が悪くなった登山客をなんとかしようと、おろおろするばかりだったように見える。
ガイドどうしの連絡も悪く、リーダーシップを誰がとったのかも明確でない。


『岳人』の記事は、なかなか細かい情報が盛りこまれていて、この遭難事故の顛末がかなり明らかになった。
ただし、ガイドたちが何を考えていたのか、どのような判断をしていったのか(彼らも低体温症になって、まともな判断ができなくなっていたようだが)、そのあたりの究明が必要と思う。

いまのところ、ガイドたち(一名は死亡、二名が生還)の証言はどこにも発表されていない。
このまま裁判になだれ込むことなく、事実関係を明確にし、しっかり検証して、今後のために役立ててほしいと願う。


<道警は7月18日、業務上過失致死容疑でアミューズトラベルの東京本社など2カ所を家宅捜査、関係書類を押収した。また業務上過失致死での立件を視野に、生存しているガイド2人と松下政市社長から事情を聞き、惨事が起きた原因を調べている。8月26日にはヒサゴ沼避難小屋に付近と北沼付近の実況見分を行ったが、生存しているガイド2人は体調不良などの理由で立ち合わなかった。道警は、9月には2人のガイドを伴い、一行がたどった経路や救出された地点などをあらためて確認、ガイドの判断が適切だったのかどうか調べる方針だ。> (『岳人』 P.155)

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