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2009年9月の38件の記事

2009年9月29日 (火)

【雑】すどもん珍報 第4号

今日、郵送されてきた。
今回はモノクロ版。

そういえば、このあいだ遊びにいった時、机の上でいっしょうけんめい書いていたっけ。
あいかわらずのばかばかしさ、もとい、おもしろさだ。

データでもらったら、須藤もんサイトにも掲載します。
まずは、スキャナーでとりこんだものをご紹介します。

しかし……マメだなあ。感心するよ。


追記 Googleで「須藤もん」を検索すると、YouTubeのサイトがでてきます。
「動く須藤もんとMOTEL」も、ぜひご堪能ください。

須藤もん/めし 西荻のみ亭バージョン
"須藤もん "のみ亭Live 4/24'05 「めし」作詞 藤本長門 / 須藤もん作曲 須藤もん
http://www.youtube.com/watch?v=McFUI0GbjJw

須藤もん+対馬照/流れ者
6/27(土)三鷹バイユーゲイト http://bayougate.voxx.jp/ 須藤もん&対馬照プロデュース!ジョイントLiveにて MOTEL(須藤もん&対馬照)/鎌倉研(from大阪)Joi nt Live at Bayougate in Mitaka

http://www.youtube.com/watch?v=mB_P9iBRAXY


すどもん珍報 第4号
 2009.9.25発行
 発行所:野崎庵広報室
 発行人:對馬響子

Sudomon_news_vol4_1Sudomon_news_vol4_2 

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2009年9月28日 (月)

【楽】響く魂(第8回東京国際和太鼓コンテスト講評記事)

東京新聞の今日(2009/9/28)の朝刊8面に、先日見に(聴きに)いった和太鼓コンテストの講評記事が掲載されていた。
高田みどりさん(打楽器奏者)の寄稿 「和太鼓と楽譜」 が興味深い。
『記せない「音色」こそ』という見出しが示すように、楽譜にあらわせない「音色」の大切さを語っている。


 【楽】和太鼓コンテストを聴きに 2009/8/29(土)
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-17bd.html

 【参考サイト】
  第八回東京国際和太鼓コンテスト

   http://www.tokyo-np.co.jp/event/taiko/index.html


東京新聞 2009/9/28(月) 朝刊 8面(特集) より

<八月二十九、三十の両日、東京都渋谷区神宮前の青山劇場で、第八回東京国際和太鼓コンテスト(東京新聞、財団法人浅野太鼓文化研究所、財団法人児童育成協会主催)が開催された。大太鼓の部十人、組太鼓青少年の部十組、同一般の部十組が熱演。審査総評について、同研究所の浅野昭利理事長に、和太鼓と楽譜に関する考察について高田みどり氏に、それぞれ寄稿してもらった。>

審査員
山本寛斎(デザイナー/プロデューサー)※29日のみ、麿赤兒(舞踏家/俳優)※30日のみ、藤舎呂悦(邦楽囃子方)、岡田知之(元NHK交響楽団打楽器奏者)、高田みどり(打楽器奏者)、茂木仁史(国立演芸場プロデューサー)※29日のみ、浅野昭利(財団法人浅野太鼓研究所理事長)

本選結果
◇29日◇▽組太鼓青少年の部
【最優秀賞】 転輪太鼓風雲児風組(愛知)
【優秀賞】 川越ふじ太鼓(埼玉)
【敢闘賞】 大和太鼓保存会鼓天童子(佐賀)
◇30日◇▽大太鼓の部
【最優秀賞】 該当者なし
【優秀賞】 南昌哉(大阪)
【敢闘賞】 長谷川準(大分)
【審査員特別賞】 塚本鷹(東京)
▽組太鼓一般の部
【最優秀賞】 喜連川公方太鼓(栃木)
【優秀賞】 鬼島太鼓(長野)
【敢闘賞】 県立岐阜総合学園太鼓部「風龍」(岐阜)

20090928_tokyo_shinbun

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2009年9月27日 (日)

【遊】日帰り温泉

相模原にでかける用があったので、日帰り温泉にはいってきた。
いつも行っているところ(お風呂の王様 花小金井店)より、休日料金で100円安かった。
それだけでも、ずいぶん得した気分。
それにしても、休日料金はどうして平日よりも高くするのだろう。

温泉、食事処ともに、私の評価は「並」で、これといって特徴のない日帰り温泉だったが、のんびりできてよかった。
壷湯(天然かけ流し)に足をだして浸かっているうちに、うたた寝をしてしまった。
きもちよかったなあ。

09092700010909270002相模・下九沢温泉
 湯楽(ゆら)の里

相模原市下九沢2385-1
http://www.yuranosato.com





入館料(大人) 平日 700円/土・休日・特定日 900円
営業時間  午前9時~深夜0時
平日22時から夜間割引(ナイトサービス) 500円

Yuranosato_pamph

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2009年9月25日 (金)

【楽】月が居たよ

職場のベランダからみた、夕暮れと上弦の月。
さとちゃん(西川郷子さん)の歌をおもいだした。
季節と状況設定がちがうけれど。

こころにしみる月だった。

200909251808 「月が居たよ」  作詞・作曲/西川郷子

 ♪ 月が居たよ
     冬の空に 唯ひとり
   雑木林 ざわめき
     誰かの窓 笑う
   月が居たよ
     しんと 居たよ ♪

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2009年9月24日 (木)

【遊】栗を買う

これも、せっかくカメラ付携帯で写真を撮ったので、日記がわりに。

200909231341三鷹の友人夫妻宅を訪ねる東八道路沿いの道。
いつも気になっている畑がある。
今は、ギンナンがたわわに実をつけていて、ちょうど収穫時期らしい。
都会のまんなかにある、不思議な農園。
かなり広い敷地だ。

ギンナンは欲しいと思わないが、キーウィフルーツが実をつけているのを見て、売ってもらえないかと尋ねてみたら(農園の裏にある農家を探しあてた)、まだまだ先ですよと言われた。11月頃にならないと食べられないらしい。
農家の庭先に栗がたくさんあった。
大きな栗の実。
昼過ぎに出店で売りはじめるというので、友人宅から歩いて買いに行った。
デジタルカメラを置いていったので、やむなく携帯電話のカメラで撮ったのがこの写真。

1キロ800円で買ったみごとな栗の写真は撮りそこねた。
すでに、かみさんが茹でてしまった。

11月になったら、キーウィを買いにいこう。

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【読】読めるかな?

「生き急ぎ、感じせく」(*) ことは、ないのだけれど。

 【2009/9/27】 訂正・追記
  * 内村剛介氏の著書に書かれていた、ロシアのヴャゼムスキーの詩の一節。
  内村剛介 『生き急ぐ スターリン獄の日本人』 あとがき より
  <ヴャゼムスキー公が、その詩『初雪』に「生き急ぎ また 感じせく」と書いた時、
  ロシヤ語の日常では「生きる」と「急ぐ」、「感じる」と「せく」は結び合うことを
  あからさまにこばんでいた。……>

こんな魅力的な本を持っていた。
今なら読めるかもしれない。

Nihon_zankoku_monogatari_1『日本残酷物語 1~5』
 宮本常一・山本周五郎・揖西光速・山代巴 監修
 平凡社ライブラリー  1995/4/15~8/15
 1359円~1456円(税別)
 親本 平凡社刊 初版(1959/11~1961/1) 全7巻(5部、別巻2)
     第二版(1972/9~11) 全5巻

<これは流砂のごとく日本の最底辺にうずもれた人びとの物語である。自然の奇蹟に見離され、体制の幸福にあずかることを知らぬ民衆の生活の記録であり、異常な速度と巨大な社会機構のかもしだす現代の狂熱のさ中では、生きながら化石として抹殺されるほかない小さき者の歴史である。民衆の生活体験がいかに忘れられやすいか――試みに戦時中の召集令状や衣料切符、戦後の新円貼付証紙を保存しているものが、わずか二十年後の今日ほとんどないことからみても、現代がむざんな忘却の上に組み立てられた社会であることがわかる。小さき者たちの歴史が地上に墓標すら残さなくなる日は眼前に迫っている。……>
<民衆の生活にとって、納得しがたいことがいかに多いか、しかもそれらがいかに忘れ去られてゆくか――これが『日本残酷物語』をつらぬく主題旋律である。……>  (『日本残酷物語』刊行のことば より)

平凡社ライブラリー版
 第1巻 貧しき人々のむれ  541ページ
 第2巻 忘れられた土地  573ページ
 第3巻 鎖国の悲劇  587ページ
 第4巻 保障なき社会  525ページ
 第5巻 近代の暗黒  552ページ

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【読】ようやく読了 「赤い人」(吉村昭)

本がなかなか読めない生活が続いている。

この本も、読みはじめてから十日もかかっただろうか。
最後は北海道にまで持っていって、飛行機の中で読んだりしていた。

今日、ようやく読了。
じつに面白い小説だった。

Yoshimura_akaihito_2『赤い人』 吉村昭
 講談社文庫 1984/3/15
 265ページ 495円(税別)
 親本 1977年11月 筑摩書房刊

「赤い人」とは、朱色の囚人服を着た明治の囚人をさす。
北海道にあった「樺戸(かばと)集治監」が舞台だ。
道路もできていない明治初期、ここに収容された囚人たちの犠牲によって、北海道の道路は開拓された。
吉村昭の筆運びは淡々としていて、私は好きだ。

<樺戸監獄の関係書類は旭川監獄に映されたが、それらの書類に記録されている共同墓地に埋葬された囚人の遺体は千四十六体で、そのうち遺族に引き取られたのは二十四体に過ぎない。死因は、心臓麻痺が八十三パーセント強にあたる八百六十九体、逃走にともなう銃・斬殺、溺死、餓死及び事故死、自殺が百十三体、その他四十体と記されている。> (『赤い人』 講談社文庫 P.245) 

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【雑】ともだちはありがたいな

きのう、三鷹に住む友人宅(あえて名前を伏す)を訪ねた。
おすすめに甘えて、お昼をごちそうになった。

手作りのかき揚げがついた蕎麦。
おいしかったな。

どんな話も笑って聞いてくれるともだちはありがたいものだ。
夫婦して、なんだか肩の荷がおりたような気分で帰宅した。

日記がわりに書いておく。

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2009年9月23日 (水)

【遊】美瑛 秋景色

9月下旬の美瑛は、もう秋も深まっていた。
ナナカマドの赤い実と、いたるところに植えられたコスモスが目についた。

撮影日 2009/9/20~21
撮影地 北海道上川郡美瑛町

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【遊】美瑛「四季の塔」からの展望 (3) パノラマ

「四季の塔」展望台からのパノラマ。

2009/9/21 撮影(ガラス越し)
(上から)
 大雪山北部
 大雪山南部 (中央:トムラウシ山、右端:オプタテシケ山)
 十勝岳連峰
  (左から)オプタテシケ山、ベベツ山、石垣山
    美瑛富士(富士山型の山、1888m)、美瑛岳(2052m)
    平ケ岳、十勝岳(中央、2077m)、前十勝、三段山
    上ホロカメットク山(1920m)、上富良野岳(1893m)
    三峰山、富良野岳(右の大きな山、1912m)
    前富良野岳、旭岳(右端)
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【遊】美瑛「四季の塔」からの展望 (2) 大雪山

大雪山 (旭岳 2291m)
 2009/9/21 「四季の塔」から撮影(ガラス越し)

(右から)
 旭岳 (右肩に見えるのが後旭岳) 2291m
 熊ケ岳(旭岳左肩後方に顔をだしている) 2210m
 中岳(旭岳と北鎮岳のあいだの小ピーク) 2113m
 北鎮岳(ほくちんだけ、中央奥) 2244m
 永山岳(左に大きく見える) 2046m
 安足間岳(あんたろまだけ、永山岳左肩のピーク) 2200m
 比布岳(ぴっぷだけ、安足間岳と愛別岳のあいだに小さく見えるピーク) 2197m
 愛別岳(あいべつだけ、左端) 2113m

 ※「大雪山・十勝連峰パノラマビュー」(撮影:檜山修)記載の山名を参考にした

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【遊】美瑛「四季の塔」からの展望 (1) トムラウシ山

美瑛に何度も行っていながら、「四季の塔」の中にはいったことがなかった。
はじめてエレベーターで展望台に登ってみた。
山がよく見える日だった。

0909210334_2― エキナビ 四季の塔(美瑛町役場) より ―
http://www.ekinavi-net.jp/railway/jr-furano/biei/shiki.html
美瑛市街中心部の美瑛町役場に併設されている展望台。
高さ32.4メートルの展望台からは、美瑛の街並みや丘陵地帯、大雪山系などを望むことができる。年中無休で開館。
四季の塔(美瑛町役場)
■交通/美瑛駅から徒歩8分
■開館/8:30~17:00(5月1日~10月31日は19:00まで)
■休館日/年中無休
■入館料/無料

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― 美瑛町役場・四季の塔 | 北海道雑学百科ぷっちがいど より ―
http://pucchi.net/hokkaido/spot_north2/biei_seasontower.php
美瑛町市街地にある美瑛町役場に隣接する展望塔である。
1994年に竣工した展望台は、全高は44.5m、展望階の高さは32.4mで、美瑛市街地を360 度見下ろすことができるほか、市街地の向こう側にある丘陵地帯、遠くの大雪山系・十勝岳連峰などの山々を望むことができる。
入口は役場の建物とは別に1階にあり無料(役場とは2階の連絡通路でも行き来できる)。
受付もないので自由に出入りできる。
定員は20人。エレベーターで展望階へ登る。
展望室は中央にエレベーター、囲むようにコの字型に展望フロアがあるが、狭い。 


丘のまち びえいホームページ
http://www.town.biei.hokkaido.jp/

社団法人美瑛町観光協会
http://www.biei-hokkaido.jp/


トムラウシ山 2141m
 (上) 2009/9/21 「四季の塔」から撮影(ガラス越し)
 (下) 「四季の塔」案内版写真

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2009年9月22日 (火)

【遊】ローカル単線(富良野線)

19日から今日(22日)まで、北海道に帰省していた。
20日(日曜日)、美瑛駅から富良野線の旭川行きワンマン運転列車で、「西聖和」という無人駅まで。
駅からてくてく、2キロほど歩いて、墓参りに行ってきた。

美瑛から三つめの駅(美瑛~北美瑛~千代ヶ岡~西聖和)。
約11.5Km。
所要時間約14分。
料金260円。

昔は、車掌さんから切符を買っていたが、今はバスと同じようにワンマン運転。
風情がなくなった。

西聖和は(一歳までしかいなかったので覚えていないが)、私が生まれた土地らしい。
田んぼと畑以外、何もない。
かつては神楽町だったが、1968年、旭川市に合併された。
東隣りは東神楽町、南隣りは美瑛町。

また、この富良野線は、私が中学一年生のときの一年間だけだが、「汽車通学」で利用していた路線。
いまでもこの路線のディーゼルカーに乗ると、車窓の風景に懐かしさをおぼえる。


― 以下、Wikipedia 「神楽町」より ―
神楽町(かぐらちょう)はかつて北海道上川郡にあった町である。1968年3月1日に旭川市に編入された。
歴史
1909年(明治42年)4月1日 - 二級町村制施行により神楽村が成立する。
1928年(昭和3年) - 西神楽、東神楽の2字が成立。
1929年(昭和4年)4月1日 - 神楽村が一級町村制を施行する。
1936年(昭和11年) - 辺渓朗、神楽町、神楽岡、千代ヶ岡、八千代ヶ岡、志比内の6字が成立。
1943年(昭和18年)4月1日 - 神楽村から東神楽村(後の東神楽町)が分立する(東神楽、志比内の全部と千代ヶ岡、八千代ヶ岡の各一部)。
1951年(昭和26年) - 字・新開が成立。
1954年(昭和29年)11月1日 - 神楽村が町制を施行して神楽町となる。
1968年(昭和43年)3月1日 - 神楽町が旭川市に編入される。
鉄道
国鉄富良野線が町内を南北に通り、1967年当時で、最寄駅は旭川駅・神楽岡駅・西御料駅・西瑞穂駅・西神楽駅・西聖和駅・千代ヶ岡駅。


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【読】追悼 平岡正明 (「週刊金曜日」記事)

こういう特集でもなければ、まず買うことのない週刊誌を購入。
これも週刊誌の一種なんだろうな。
ずいぶん高いけど(わずか66ページで500円もする)。

Shuukann_kinyoubi_767『週刊金曜日』
 2009/9/18 767号
 株式会社金曜日

「追悼 平岡正明とは何者だったのか」
 菊池成孔
 田中優子
 平井玄
 山下洋輔
 粱石日

平岡正明という人の魅力が伝わってくる。
山下洋輔、粱石日(ヤンソギル)、田中優子の弔辞が胸をうつ。

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【読】地方紙のおもしろさ

北海道新聞、2009年9月22日(火)の記事。
これだから、地方紙はおもしろい。
できることなら、東京新聞とあわせて北海道新聞も購読したいと思うほど。

(上)5面 特集記事
 北方領土 変わる風景 「ビザなし」同行記者報告

(下)23面 第3社会面記事
 北方領土 映像で記録
 道内出身大学生 金山さん、野田さん
 国後、色丹に続き択捉編

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【読】池澤夏樹の連載小説(続)

四日間ほど北海道にいたので、北海道新聞で読んでいた。

『氷山の南』 池澤夏樹 / 影山 徹 画

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2009/9/20(日) 連載第20回 「密航者 20」

主人公の青年の出自があかされる。
やはり、思っていたとおりの展開。
いよいよ、この先がたのしみだ。

<「楽器なのね?」アイリーンが嬉しそうに言った。
 「ジューズ・ハープでしょ」とドクターはつまらなそうに言う。
 「英語ではそうですね。でもこれはムックリです。ぼくの民族の楽器です」
 「民族って、きみは日本人ではないのか?」と族長が身を乗り出して聞いた。……>


ところで、池澤さんの前に、9月まで五木寛之が連載していた『親鸞』を、北海道に住む母が読んでいたらしい。
目がわるくなってあまり活字を読まなくなった母のことばに、ちょっと驚いた。

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2009年9月19日 (土)

【読】池澤夏樹の連載小説

今月からはじまった東京新聞朝刊の連載小説を、毎朝たのしみにしている。
じつに、おもしろい。

『氷山の南』 池澤夏樹 / 影山 徹 画

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今朝(2009/9/19)の第19回では、唐突に、アイヌの伝統楽器「ムックリ」が登場した。
二日前、第17回で、主人公の青年の次のような独白があった。
「ムックリ」とどういうつながりがあるのだろう。
興味をそそる。

<日本では周囲との調和が大事だった。全体の中の一人として、目立たないよう滑らかに動くことが大事だった。目立つと圧力がかかる。自分の場合は出身のこともあって、いよいよ目立たないようにしてきた。> (『氷山の南』 池澤夏樹 東京新聞 2009/9/17 より)

魅力的な主人公の「出自」とは?

この物語の概要は次のとおり。

【連載開始前の作者のことば】 (東京新聞 2009/8/18朝刊 より)
<作家の言葉  若い主人公が冒険にいどむ。彼は南極海の氷山を運ぶという大がかりなプロジェクトにこっそり潜り込み、氷海を行く船の上でとんでもない試練に出会う。船の人々は国籍も宗教もさまざまで、反目も多く、ずいぶん怪しい奴もいる。そこに不思議な信仰を持つグループが登場して……純白の巨大な氷山を仰ぎ見る体験を共有していただきたい。>

池澤夏樹(いけざわ・なつき)
1945年、北海道生まれ。埼玉大理工学部中退。88年「スティル・ライフ」で芥川賞。「マシアス・ギリの失脚」(谷崎潤一郎賞)、「すばらしい新世界」(芸術選奨)など作品多数。 (東京新聞 同上より)


【参考】
中日新聞:次の朝刊連載小説「氷山の南」 池澤夏樹・作 影山徹・画:中日新聞からのお知らせ(CHUNICHI Web)
http://www.chunichi.co.jp/article/release/CK2009081802000121.html

Cafe Impala NEWS!
http://www.impala.jp/news_wp/?m=200909

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2009年9月16日 (水)

【山】岳人10月号 (トムラウシ遭難検証記事) を読んで

Gakujin_200910『岳人』 2009年10月号 通巻748号
 2009年9月15日発売

「詳報 トムラウシ山遭難
  いま登山者にもとめられること」 P.146-161

記事全文を読んだ。
これまで私が知らなかったこと、疑問に思っていたことのいくつかがわかった。

遭難当日の共同装備
このツアー登山は、当初から避難小屋泊まり(白雲岳避難小屋、ヒサゴ沼避難小屋、各一泊)で設定されていたが、ツアー案内に記載があるように、共同装備(ガイドが背負う)としてテント(大きさは不明)があった。

「②③泊目は寝袋と食料が必要になります。準備及び運搬は各自にてお願い致します。お湯は弊社スタッフがご用意致します。なお、各無人小屋の混雑状況によってはテント泊になる場合もございます。テントは弊社にて準備致しますが、一部運搬のご協力をお願いする場合もございます。あらかじめご了承下さい。」
(東京新聞 2009/7/18朝刊記事に写真が掲載されている、アミューズトラベル社 「大雪山 旭岳からトムラウシ山縦走」 パンフレットより)

遭難直後の報道で何度も映されていた大型テントは、しかし、このテントではなかった。
報道では、そこのところがはっきりしなかったため、なんとなくガイドが持っていたテントだと、私は思い続けていた。
私と同じ誤解をしていた人は多いと思う。

『岳人』の記事で、事実が明確になった。

昨日、私がこのブログで紹介したように、登山口から背負ってきたテントは、次のツアー登山の一行(別ルートからヒサゴ沼避難小屋に来る予定)に引き渡すため、避難小屋に置いてきたのだった。

テントだけではない。
ビバークを想定すれば必須装備としてあげられる、コンロ、ガスカートリッジ、鍋(コッヘル類)も、小屋に置いていった。
わざわざ、見張り番(ネパール人補助ガイド)まで残して。
いざとなれば、ビバーク用として使えただろう重要な装備を、である。


<ヘリから映された救助時の報道映像にはテントが映っていたが、これはツアー一行のものではない。南沼キャンプ場付近にデポされていた登山道整備業者の非常時用テントを、Mガイドが偶然に見つけたものだ。このテントのほか、暖を取り温かいものを口にすることができるコンロが一緒にデポされていた。> (P.153-154)

さらに、ガイドの一人は別にテント(四人用)を、遭難時にザックにいれていたという。
これにも驚いた。

<実は、歩ける客10名(1時間以上の待機中に低体温症にならなければ歩けるはずだった10名)をつれて下山にかかったサブガイドの荷物には、4人用テントが入っていたという。しかし、そのテントを役立てることはないまま終わった。> (P.154)

なぜ、適切なビバークができなかったのかという疑問が、これで説明できるように思う。
ガイドたちは、ビバークを想定していなかったのだ。
あるいは、想定しても、ビバークに必要十分な装備がなく、強引に下山することしか頭になかったのではないか。
また、四人用テントを持っていたサブガイドも、そのテントを使うことまで頭がまわらない状態だったのでは。

生死をわけたツアー客の個人判断
今回の遭難にあったツアー客の装備(おもに衣類)が問題になった。
当初、私も衣類に問題があったのではないかと思っていたが、そうではなかったようだ。
全員の個人装備がわかったわけではないが、何人かの生還した人たちの証言によると、じゅうぶんなものだったと思える。

ただ、残念なことに、この一行は、ヒサゴ沼避難小屋に着くまでの行程で、衣類や寝袋をびしょ濡れにした人が大半だった。
ヒサゴ沼避難小屋が混雑していたため、濡れたものをじゅうぶんに乾かすこともできず、最終下山日(遭難当日)をむかえてしまった。
「着干し」と称して、濡れた衣類のまま就寝した人も多かったようだ。
女性の場合、着替えのしにくい小屋の状況もあった。

生還者のうち三名ほど実名で証言が載っているが、この人たちはそれぞれ機転をきかせている。

戸田さん(男性)は、半分ほど濡れていた寝袋の中にシュラフカバーを入れて寝たため、安眠できたという。
真鍋さん(女性)は、ヒサゴ沼避難小屋で濡れた衣類をすべて着替え、靴には新聞紙を入れて一度取り替えたら、朝は少し湿っている程度まで回復した。
前田さん(女性)は、寝袋が濡れていなかったのと、全身用エアマットを使って、快適にぐっすり眠れたという。
ちなみに、避難小屋では二階に先客があったため、この一行は一階で寝た。
ガイドたちと前田さんは二階で寝ることができて、一階よりも暖かかったという。

また、7/16遭難当日の行動中、風雨のなかで、戸田さんは思いきって雨具をいちど脱いでフリースを足した。
真鍋さんも、同じように風雨のなかでフリースを1枚着た。
雨具(ゴアテックスだっただろう)の下に着ていたものが濡れていたなら、急激に体温が奪われる。

風雨の中で雨具をいったん脱ぐことには誰しも抵抗があるが、この人たちは思いきって実行し、これがさいわいした。
インナーとして乾いたフリースを1枚着ることだけでも、低体温症をまぬがれることができたのだと思われる。

ほんらい、このようなことはガイドが状況に応じて適切にアドバイスすべきものだと、私などは思うのだが、ガイドはただ、次々と体調が悪くなった登山客をなんとかしようと、おろおろするばかりだったように見える。
ガイドどうしの連絡も悪く、リーダーシップを誰がとったのかも明確でない。


『岳人』の記事は、なかなか細かい情報が盛りこまれていて、この遭難事故の顛末がかなり明らかになった。
ただし、ガイドたちが何を考えていたのか、どのような判断をしていったのか(彼らも低体温症になって、まともな判断ができなくなっていたようだが)、そのあたりの究明が必要と思う。

いまのところ、ガイドたち(一名は死亡、二名が生還)の証言はどこにも発表されていない。
このまま裁判になだれ込むことなく、事実関係を明確にし、しっかり検証して、今後のために役立ててほしいと願う。


<道警は7月18日、業務上過失致死容疑でアミューズトラベルの東京本社など2カ所を家宅捜査、関係書類を押収した。また業務上過失致死での立件を視野に、生存しているガイド2人と松下政市社長から事情を聞き、惨事が起きた原因を調べている。8月26日にはヒサゴ沼避難小屋に付近と北沼付近の実況見分を行ったが、生存しているガイド2人は体調不良などの理由で立ち合わなかった。道警は、9月には2人のガイドを伴い、一行がたどった経路や救出された地点などをあらためて確認、ガイドの判断が適切だったのかどうか調べる方針だ。> (『岳人』 P.155)

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2009年9月15日 (火)

【山】山渓、岳人10月号 (トムラウシ遭難検証記事)

待望の山岳雑誌が今日発売された。
昼休み、さっそく錦糸町駅ビルの本屋で購入。

『山渓』の記事はひと通り読んでみたが、『岳人』の方は、まだ拾い読みした程度。


Yamakei_200910『山と渓谷 10月号』
 山と渓谷社 2009 №894 880円(税込)
 2009/10/1発行 (9/15より店頭販売)

特集 トムラウシ大量遭難
巻頭14ページ カラー・グラビア記事
気合いがはいっている。

Part1 遭難までの経過と問題点
 戸田伸介さん証言より
  ※記事では伸介となっているが新介が正しいと思われる
Part2 検証1 気象
 風の恐怖 台風の暴風域レベルの強風が彼らを襲った
検証2 ガイド
 悪天のなかを強行 低体温症の兆候を見抜けなかったのか?
検証3 登山客
 生死を分けたもの まず基礎体力。あきらめない意思を強くもつ
Part3 特別インタビュー
 「『ツアー=寄せ集めの集団』というわけではない。
  みんな助け合って下山しようとしていた」
Part4 対談
 越谷英雄×黒川 惠 ツアー登山の功罪と未来を考える


Gakujin_200910『岳人 10月号』
 東京新聞 発行 通巻748号 800円(税込)
 2009/10/1発行 (9/15より店頭販売)

詳報 トムラウシ山遭難
 いま登山者にもとめられること


こちらは、カラー1ページ、白黒記事15ページで、派手さこそないが『山と渓谷』とはちがった切り口で、興味ぶかい。

「事故までの行動概要」という、詳細な行程表とツアー参加者への質問・回答が4ページにわたって掲載されている。

また、このツアー登山の内容についてこれまであまり報道されなてこなかった(少なくとも私は詳しく知らなかった)驚くべき事実が明かされている。
それは、ヒサゴ沼避難小屋に「ガイド補助」(ネパール人)が一人だけ残った理由(ツアー会社の事情)だ。

<ガイド補助が避難小屋に残ったのは、自社のツアーのための場所とりと引き渡す装備の管理があったからだが、ここに今回の遭難におけるひつつの要因がある。/小屋に置いていった装備は、10人用のテント、シート、コンロ、ガスカートリッジ、鍋など山行に必要なものばかり。実は、この日の午後には次のツアーが別ルートからヒサゴ沼避難小屋に到着し、この装備を使用することになっていた。> (『岳人 10月号』 P.151 記・岩城史枝 より)

補助ガイドが避難小屋に残ったことは報道されてきた。
次のツアー客のため、という報道もあったが、詳しいことがわからなかった。
「場所とり」「装備の使いまわし」……なんともはや、恐ろしいツアー会社だと思う。

この『岳人』の記事によると、一回のツアー登山(定員15人)で200万円以上の売り上げになるという。
(事故のあったツアーは1人15万2千円×限定15人=228万円)

<調べてみると7月下旬には、ヒサゴ沼避難小屋に、26、27、28、29日と入れ替わり立ち替わりアミューズトラベル社の4つのツアーが連日泊まる設定になっていた。前記と同じくひとつのツアーで200万円以上が動くと考えると……。北海道のツアー登山が「ドル箱」といわれるゆえんだ。事故時と同じように、装備の受け渡しを山中で行う予定があったかはわからないが、同一会社のツアーが、連日にわたり避難小屋を宿泊施設のように利用するという現実に愕然とする。> (同記事 P.151))

これでは、まるで「トコロテン式」の観光ツアーと同じではないか。
ガイドたちの頭に、予定厳守の意識が強かったのでは、という疑いもわいてくる。
つまり、次のツアーが同じ避難小屋を使うのだから、小屋に戻って停滞すると考えることに抵抗もあったのではないだろうか。

また、最初から予備日を設定していなかったのも、このようなツアー会社のやり方からすれば当然のことかもしれない。

私は、今回の遭難について、ツアー会社(アミューズトラベル社)の責任を徹底的に追及すべきだと思う。
この遭難事故で亡くなった方々のためにも。

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2009年9月14日 (月)

【楽】MOTEL 9/13国立「奏」 (続)

MOTEL(須藤もん+対馬照)のライブを、ひさしぶりに聴いてたのしんできた。
場所は、国立の「奏」(そう)。
国立駅前の雑踏を離れて「旭通り」をすこしはいったところにある、めだたない店だ。

「谷川書店」という古書店のはいっているビルの地下。
木の肌があたたかい感じのする、おしゃれな店だ。

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残念なことにお客さんはすくなかったが、濃密な、いいライブだった。
これまで須藤もんさんがソロで歌ってきた数々の歌たちが、MOTELバージョンとなって生まれ変わっている。

「キャラバン」「木立は深い霧にむせ」(ファーストアルバム収録曲)。
井上としなりさんの作品「流れ者」。
友人の死を悼んでつくられた「ハモニカ」。
中国語で歌われる「何日君再来」。
どれも、すてきだった。

すっかりおなじみになった「めし」では、「待ってました!」の掛け声がかかり、「隧道」では対馬照さんのパーカッションがいい味を醸しだしていた。

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2009年9月13日 (日)

【楽】MOTEL 9/13国立「奏」

取り急ぎ、今夜のライブ写真を。

MOTEL (須藤もん+対馬照)
 国立 「奏」 ライブ  2009/9/13(日) 19:30~

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【遊】国分寺 light house のうどん

国分寺には、Lighthouseという同名の「ヨーロピアンスタイルバー」があるらしいが、こちらは、武蔵国分寺・真姿の池の近くにあるちいさなテラス。


Light_house_menu light house ライトハウス
 国分寺市東元町3-19-14
 電話 042-322-0122
 開店AM11:00~閉店日没頃
 水曜お休み

今日もここで、おいしいうどんを食べてきた。
私のお気にいりは、なんといっても「かき揚げミルキーカレーうどん」。
同行のかみさんは、今日もまた、冷たい「棒々鶏(バンバンジー)うどん」。

お昼どきだったせいか、テーブルがうまっていて少し待った。
暑かったので、かき氷も売れていた。

武蔵国分寺界隈を歩いて、一休みするにはもってこいのお店。

注文を受けてから、ひとつひとつていねいに作ってくれる。
かき揚げも、もちろん揚げたて。

これで580円というのは、利益がでるのだろうかと心配になるぐらいの値段だ。


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2009年9月12日 (土)

【遊】国分寺 DJANGO

国分寺街道を車で通るたびに気になっていた店があった。

国分寺駅南口から南へ、東八道路と交わる交差点(栄町交番前)の400メートルほど手前。
狭い間口だが、にぎやかな外観で、「DJANGO」という店名とハンバーグの店だということはわかっていた。
店の名前がいい。

今日、念願かなって、はじめて入ることができた。
このあたり、国分寺街道は狭く駐車場もないので、よく利用させてもらっている近くの「ダイソー」に車を置いた。

0909120001ハンバーグ屋ジャンゴ
http://www2.ocn.ne.jp/~nomoscab/django/index.html
国分寺市東元町4-14-28

ハンバーグ専門店。
ハンバーグの大きさ(150グラムから)と、ソースが選べる。
ソースの種類がたくさんあって、うれしい。
私は「メキシカンカレー」、同行したかみさんは、この店の一番人気だという「ニンニク醤油のバターソース」を注文してみた。

先に出てきた添え物のミニ・サラダが、凝っていた。
卵焼き、春雨、チーズ、茹で茄子などがうまくアレンジされていて、おいしかった。。

サラダの他にカップスープとライス(お代わり自由)が付き、飲み物は、コーヒー、各種ティーバッグ、冷たい飲み物などセルフサービスで飲み放題。。
これで1400円(150グラムの場合)は、お値打ち。

一人前ずつていねいに作ってくださり、じつにおいしかった。
私もかみさんも、すっかり気に入った。
メニューも驚くほど豊富。
ぜひ、また訪れたい店だ。

物怖じしないかみさんが店主から聞きだしたところによると、開業してから25年、ずっとおひとりでお店を切り盛りしてこられたそうだ。
店名「DJANGO」の由来は聞きそびれた。
店内に流れるBGMがモダン・ジャズだったので、あるいは、ジャンゴ・ラインハルト(伝説のギタリスト)と関係があるのかもしれないと、私は勝手に思っているが……。

店内の道路に面した窓際に、電話機などがたくさん並べられていて、おもしろかった。
トイレの中もおもしろいと、かみさんが言うので見てきた。
写真は撮らなかったけれど。

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2009年9月 9日 (水)

【歩】狂った果実

今朝も団地の銀杏並木の下を歩いていたら、落ちているギンナンを発見。
まだ黄葉もしていないのに、一本だけ果実を落としているのは、異常に思える。
「狂った果実」 ということばを思いだす。

可愛らしく、きれいなものだが、もう食べられるのだろうか。
誰かが拾って歩いた形跡は見られない。

撮影 2009/9/9 小平市

200909090633

















「狂った果実」 で思いうかべたのが、私が大好きな山崎ハコさんの歌だ。

Hako_gensou_cd_2山崎ハコ 『幻想旅行』
 ポニー・キャニオン 2009/3/18(初CD化)
 PCCA-50073 2500円(税込)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001OGTWVW

「さくら」 作詞・作曲:山崎ハコ/編曲:丸山恵市
東北地方でさくらんぼの木(セイヨウミザクラ)を見たときの感動からできた歌だと、私は思っている。
ハコさんは九州大分生まれだから、さくらんぼの木は物珍しかったにちがいない。

♪ 北の町で夢を見ているようだよ
  この町みんな赤い実でいっぱいのさくら
  あの木に見せてあげたいね
  だけど一粒だけじゃだめだね
  ここでもやっぱり狂った木…… ♪

たった一粒だけ実をつけていた、(おそらく)彼女のふるさとのさくらの木と、たわわに実をつけたさくらんぼの木との対比が、すばらしくみごとな歌詞だ。
このアルバムは、彼女がまだ二十代なかば頃のもの。
やはり、並みのシンガーソングライターじゃない。


よろしければ、こちらもご覧ください。
私のWEBサイトです。

晴れときどき曇りのち温泉 「山崎ハコ 幻想旅行 幻想旅行II」
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/m_hako_gensou.html

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2009年9月 8日 (火)

【読】本が読めない日々

このところ、途中で投げ出す本が多い。
活字の世界に入り込めない生活も、つらいものだ。

萱野茂 『炎の馬』 (すずさわ書店)
『江戸時代にみる 日本型環境保全の源流』 (農文協)

この二冊がどうにも続かなくて、それならいっそ読みやすい小説でも、と思って今日から読みはじめたのが、下に掲げた文庫本。
さすがに、吉村昭さんの小説は面白い。
面白いが、集中できない。

無理して本など読まなくてもいいと思うのだが、そこは活字中毒者の悲しさ。
乗り物のなかで、ぼーっとしていられないのだ。

とつぜんだが、楽になりたいな、と思う。
「こんな渡世から出ていくんだ」 ――これは、たしか高倉健の 「昭和残侠伝」 かなにかの映画のセリフだ。
今の私の心境も、そんなものだ。
「こんな渡世から出ていくんだ」 と、健さんみたいに見得をきってみたいものだが、なかなかそうもいかないのだ。
あ、これはひとりごとです。


Yoshimura_hoshienotabi_2『星への旅』 吉村昭
 新潮文庫 1974/2/22初版発行
 326ページ 514円(税別)

短編集。
「鉄橋」「少女架刑」「透明標本」「石の微笑」「星への旅」「白い道」 の六作収録。
一日かけて、やっと最初の 「鉄橋」 を読む。
昭和33年(1958年)の作品だというから、私がまだこどもの頃だ。
蒸気機関車がでてくる、なにやら懐かしい時代のはなし。
サスペンスというか、ミステリーというか、謎解きの面白さと、吉村氏らしい人間洞察がある。



この本とはまったく関係ないが、池澤夏樹さんの連載小説(東京新聞連載の『氷山の南』)も、おもしろい。
毎朝たのしみにしている。
池澤さんのストーリーテリングの技も、すごいものだと感心している。
小説は、こうでなくちゃ。


『氷山の南』 池澤夏樹 (東京新聞連載) 第6回 2009/9/6(日)
 影山 徹画伯の挿絵もいい。

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2009年9月 7日 (月)

【歩】ギンナン

今朝、銀杏並木を歩いていて足もとを見ると、ギンナンが。
もう秋なのか。

今年は、梨がおいしい。
きのう買ったブルーベリーも、そろそろ時期おくれだけれど、おいしい。

これからは、秋の果実がたのしみだ。
梨、柿、葡萄、そして栗。

今夜は、栗ごはんだった。


2009/9/7 小平市

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2009年9月 6日 (日)

【歩】ハナトラノオ

今ごろが盛りなのだろうか、みごとに咲いている。

花の形がおもしろい。
トラノオという名前がつく花は多いが、これも虎の尾という感じ。

ハナトラノオ Physostegia virginiana
 シソ科/カクトラノオ属
花穂が太く、茎が四角形なのでカクトラノオとも呼ぶ。
<花虎の尾>北アメリカ東部原産の多年草。属名からフィソステギアとも呼ばれる。一度植えると2年目には群生するほどになる。高さは40~120センチ。細長い葉を対生するが、一節ごとに90度ずつずれるので、整然と十字形についているように見える。茎の先に長さ10~30センチの花穂がでて、淡紫紅色の唇形花が下から順に咲き上がる。ちょうど8月の遅れのお盆のころが最盛期で、盆花としてもつかわれる。白花もある。
(山と渓谷社 『山渓ポケット図鑑2 夏の花』)


撮影 2009/9/6 小平市

0909062011

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【観】定点観察(銀杏並木) 第14回(2009/9/6)

夕方、外へ写真を撮りにいったついでに、団地の銀杏並木の写真も撮ってきた。
夕方の逆光で撮るのは、はじめてかもしれない。

2009/9/6(日) 16:47 晴れ

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【歩】なんなんでしょうねぇ

近所に住む友人が、おもしろい植物があるので見にいこうという。
自転車に乗って、写真を撮りにいってきた。
住宅街の中の空き地に、それは植えられていた。
ちょっと不思議な光景だった。
荒野のサボテンのような。

いわゆるグラウンドカバーという低木で、ヒバみたいな種類だと思うが、私には名前がわからない。
きれいに剪定されて丸いのかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。
ちいさいものもすべて、丸く整った形である。
謎、ということにしておこう。

名前をごぞんじの方、教えてください。

【2009/10/12追記】
これは、ホウキグサ(ホウキギ)と判明。
http://www.tako.ne.jp/~herboasi/gardening/houkikusa.html
Wikipedia
ホウキギ(箒木、学名:Kochia scoparia)はアカザ科ホウキギ属の一年草。別名、ホウキグサ(箒草)。コキアとも呼ぶが、コキアは属名のラテン名である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%A6%E3%82%AD%E3%82%B0%E3%82%B5


2009/9/6 小平市

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【雑】御礼 12万アクセス(PV)

御礼 12万アクセス(PV:ページ・ビュー)

現在、119998です。
10万アクセスの大台を目前にして喜んでいたのは、6月でした。

2009年6月11日 (木)
【雑】おかげさまで10万アクセス(まぢか)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/10-c59e.html

これからも、よろしくお願い申しあげます。
コメントもご遠慮なくどうぞ。歓迎します。

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【雑】蝉しぐれ、栗

秋を感じさせる空だ。
蝉しぐれが聞けるも、いつまでだろうか。

これも、きのう、あきる野の蕎麦屋さん「加賀屋」に寄って買い求めたもの。
今年はじめて食べる栗。


2009/9/6 小平団地の桜の木(ソメイヨシノ)
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【遊】吉野梅郷 「美よしの園」

きのう、「豆らく」からの帰り道、吉野街道沿いにある「美よしの園」に寄った。
ときどき立ち寄る店だ。

梅干のほか、さまざまな梅食品がある。
梅うどん、梅パスタ、梅ドレッシング、等々。

陶器や和風小物もたくさんあり、店内に喫茶コーナーもあって軽食、喫茶も提供している。
落ち着ける店だ。

梅干・梅食品 東京青梅:美よしの園
http://oh-ume.com/

Miyoshinoen美よしの園
 東京都青梅市梅郷4-702-2 (店舗)

私はコーヒーとロールケーキのセット、かみさんは梅のところてんをいただいた。
店の前には、梅の実が干してあった。

今回は、ためしにお香のセットを買ってみた。
林静一さんの絵が印刷された、かわいらしい缶に、香立てとお香がはいっている。

お香は、梅の香がほのかに香るものが三種類あったが、「みやこにしき」を選んでみた。

きんこう(べにいろ)
 紅梅のもつ深みと艶やかさに上品な甘さを加味した香り。
みやこにしき(ももいろ)
 爽やかな暖かみと薄紅色のような透明感のある香り。
ふくじゅ(しらちゃいろ)
 新春をイメージさせる清楚で白く輝いている様な香り。


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【遊】奥多摩 沢井 「豆らく」へ

きのう、ひさしぶりに奥多摩(沢井)にある「豆らく」まででかけて、お昼を食べてきた。
清酒「澤乃井」の蔵元 小澤酒造の直営店で、豆腐・ゆば料理の店。

11時の開店時刻にはいったのだが、私たちのほかに何組かお客さんがはいっていた。
予約のいらない、人気の店なのだ。

澤乃井 Web :: 東京の奥座敷 奥多摩(青梅)で日本酒や豆腐をつくっております :: 小澤酒造 株式会社
http://www.sawanoi-sake.com/

私は「揚出し豆腐膳」、かみさんは「二色のざる豆腐膳」とビールを注文。
おいしい。
値段も手頃。
休日のちょっとしたぜいたくである。

食後、隣りの澤乃井園でしばし休憩。
はじめて「冷やし甘酒」を飲んでみた。

Sawanoi_map09090500040909050006090905000809090500100909050009090905001309090500210909050023Mameraku      

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2009年9月 5日 (土)

【楽】ザ・ビートルズ CDボックス

昨日、CDショップをのぞいてみたら、ビートルズのCDボックスの宣伝ちらしがあった。
ほしい気持ちもあるが、よほど懐に余裕がなければ、私はたぶん買わないだろうな。

Beatles_cd_box_1Beatles_cd_box_2_2














 

「ビートルズ世代」という言葉がある。
思春期をビートルズ(現役で活躍中の)と共にすごした世代。
私も年齢的にはその世代の一員だと思う。
でも、中学・高校の頃、ビートルズを夢中になって聴いてはいなかった。

下宿先の隣りの部屋に、私より二、三歳年上の高校生がいて、ビートルズに夢中になっていていたのをおぼえているぐらいで、私自身はほとんど聴いていなかった。
当時は、ビートルズの音楽に関心もなかったのだろう。
ラジオも聴いていなかったし。


今、あらためて聴いてみると、ザ・ビートルズの音楽は、やっぱりすごかったんだなと思う。

The_beatles1「THE BEATLES 1」 EMI

エレキ・ギター、ベース・ギター、ドラムス、それにピアノといった楽器だけで奏でるシンプルなサウンドが、現代の複雑なサウンドにうんざりしている私には、ここちよい。

なによりも、彼らの歌詞が、ストレートに胸をうつ。
当時のティーンエイジャーたちのこころを捕えて熱狂させたのも、無理はない。





私が好きな歌のひとつ、A Hard Day's Night の歌詞はこうだ(片岡義男訳)。

Beatles_shishuu1辛く働いた日の夜
 辛く働いた日だった/犬のように働いた
 辛く働いた日だった/丸太棒みたいに眠っているはずだ
 いまごろは
 だがきみのところへ帰ってくると
 きみのすることが/ぼくを元気にしてくれる ……

『ビートルズ詩集』 (1)(2)
 ジョン・レノン ポール・マッカートニー
 片岡義男 訳
 角川文庫 1973年初版発行

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2009年9月 4日 (金)

【楽】何日君再来

テレサ・テンが歌う「何日君再来」(中国語バージョン)のはいったアルバムをみつけた。
今日の帰りがけ、国分寺駅ビルの「新星堂」で購入。
あの二人に聴かせてあげようと思う。

テレサ・テンが歌う日本語の歌(彼女のためにつくられた歌)は、どれも好きではない。
中村とうようさんがズバリ指摘しているように――
「日本のレコード会社が彼女に歌わせる、男のエゴイズムを投影したような不倫ソングみたいなもの」は、「どこかチャチというか、低俗なイメージがつきまとっている」のだ。

こんなにすばらしい歌唱のできる人に、日本のマーケットはいい曲を提供できなかった。
彼女もくやしい思いをしたのではないだろうか。
もったいないことをしたものだ。

Teresa_teng_best_1Teresa_teng_best_2_2テレサ・テン
 「ベスト+ベスト」

UNIVERSAL MUSIC
UPCY-6483
1980円(税込)






最後の二曲が聴きたくて買ったようなものだ。

Teresa_teng_best_3「夜來香」

「何日君再来」
(いつの日、君帰る)
 この歌は
 MOTELの二人がカバーしている。
 二人のライブでぜひお聴きください。

<対訳>
きれいな花も美しい景色も
 いつまでも続かない
憂いが顔を埋めつくし
 涙がこぼれ落ちる
今夜別れたら
 次はいつ来てくれるの?
この杯をあけて
 肴も少しどうぞ
人生で酔える時は何度もないから さあ
(早く早く この杯をあけたら話しましょうよ)
今夜別れたら 次はいつ来てくれるの? 


ところで、テレサ・テンが全曲、中国語で歌っているすばらしいアルバムがある。
中国の古典詩に曲をつけたものをあつめたアルバムである。

中国語がこんなに美しく響くとは、驚きである。
中村とうようさんが推薦するだけはある。


Teresa_teng鄧麗君 「淡淡幽情」
 OMAGATOKI SC-6101

中村とうようさんの解説・推薦文(ブックレットより)

古典詩をもとにした美しい歌のかずかず
  中村とうよう
<『淡淡幽情』は1983年2月2日に香港ポリグラムから発売されたテレサ・テンの意欲作である。香港、台湾などでは大変に高く評価され、…(中略)…内容的にも普通のヒット曲集とはまったく異なったコンセプトで作られており、テレサの中国伝統文化への愛情と尊敬がうかがわれる。とくにわが国では、テレサは台湾から演歌をうたいにやってきた一介の人気歌手としか見られておらず、しかも日本のレコード会社が彼女に歌わせる、男のエゴイズムを投影したような不倫ソングみたいなのがヒットしているため、どこかチャチというか、低俗なイメージがつきまとっているのではなかろうか。…(中略)…この最高傑作『淡淡幽情』の発売をチャンスとして、わが国でのテレサのイメージが改まることを願わずにはいられない。>

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2009年9月 3日 (木)

【読】江戸レファレンスブック

昼休み、勤務先のちかくにあるBOOK OFFで、またこんな本をみつけてしまった。
タイトルにひかれて手にとってみると、これがなかなかおもしろそうなのだ。

Kurihara_ooedo_chousa『大江戸調査網』 栗原智久 著
 講談社選書メチエ 380  2007/1/10発行
 215ページ 1500円(税別)

<単位に貨幣に衣・食・住……。/江戸の世界のあれこれを調べるための現代の諸書と江戸時代に書かれた江戸随筆を “江戸レファレンスブック” として紹介。/読んで楽しく、自分で調査してなお楽しい、画期的「ツール本」の誕生!>

レファレンスブックとは、図書館の世界でつかわれている言葉、だそうだ。
英語の意味は、「レファレンス=reference=参考・参照」だが、「図書館で、資料・情報を求める利用者に対して提供される、文献の紹介・提供などの援助。参考調査業務」(広辞苑)ということらしい。

この本では、「江戸レファレンスブック」をおもしろく紹介している。
「単位」「貨幣」「暦・時」「衣」「食」「住」「生業(なりわい)」「言葉」「地図・絵図」「辞(事)典・年表」といった章にわかれている。

一例をあげると、第七章「生業」では、「近世風俗志『守貞縵稿』」(喜田川守貞)にでてくる、江戸の物売りとして――鮮魚売り、枯魚売り、菜蔬売り、糊売り、花売り、針売り、箒売り、銅器売り、炭売り、醤油売り、塩売り、漬物売り、飴売り、菓子売り、蕃椒粉売り、小間物売り、烟草売り、筆墨売り、還魂紙(浅草紙)売り、植木売り、瓦器売り、竿竹売り、さぼん(しゃぼん)売り、銭さし売り、甘酒売り、……(あまりにも多いので、以下略)――と、多種多様な職業(生業)があげられていたりする。
江戸時代の都市生活の「豊かさ」を物語っていて、まことに興味ぶかい。

この本、索引もしっかりしているので、江戸辞典のようにも使え、かつ、いろんな書物を知ることができて、本好きで江戸好き(それはこの私だが)にはたまらない。


「講談社選書メチエ」には、いい本がたくさんある。
もう一冊、ずいぶん前に、古本屋(こちらは、ブックセンターいとう)でみつけたもの。
これもタイトルにひかれて買った。

Matsumoto_naze_tatakau『人はなぜ戦うのか 考古学から見た戦争』 松本武彦 著
 講談社選書メチエ 213  2001/5/10発行
 260ページ 1700円(税別)

<縄文時代にはなかった戦争が、弥生時代、「先進文化」として到来した。/食糧をめぐるムラ同士の争いは、いかに組織化され、強大な「軍事力」となるのか。/傷ついた人骨・副葬武器・巨大古墳など、膨大な発掘資料をもとに列島の戦いのあとを読み解き、戦争発展のメカニズムに迫る。>

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2009年9月 2日 (水)

【読】江戸時代のエコロジー

執筆陣に萱野茂さんの名前があったので、図書館から借りて読みはじめた本。
いい本なので、ネット販売で新本を入手してしまった。

Edojidai_kankyo_hozen『江戸時代にみる 日本型環境保全の源流』
 農文協【編】  農山漁村文化協会
 2002/9/30発行  282ページ 1619円(税別)

序章に、石川英輔さんの「環境問題で悩まない100万都市江戸の社会システム」という一文がある。
内容は、石川さんの別の著書に書いてあったのと同じなので、このブログで紹介したことがあるかもしれない。
「ミクロコスモス」のことや、同時期のヨーロッパの都市との比較、それに、石川さんの悲観的な(しかし納得できる)未来観など、興味ぶかい。

<人間の肉体は、旧石器時代あたりの自然環境に適応しているので、厳しい環境に対しては極めて抵抗力が強く、飢餓状態の時にはいろいろなホルモンが分泌されて栄養不良に耐えられるようになている。ところが、栄養の取りすぎに対しては、ほとんで抵抗力がなく、……(中略)……/おかげで、三十年前には老人病といわれた症状が四十代から現れるようになって成人病と呼ばれ、ついには十歳前後の小児成人病患者まで増えて来た。(後略)>

<それでは、いったいどうすればいいのだろうか。/このまま進むほかないというのが私個人の結論である。出発点から間違っていた現代文明がにっちもさっちも行かなくなる時は、それほど遠くない将来に迫っているはずだ。/よほどひどい目にあってこりない限り人類が愚行を止めないことは、これまでの歴史が証明している。にっちもさっちも行かなくなるその日まで、正しいと信じている現在の方向へ日本人やアメリカ人が先頭に立ってまっしぐらに進み、いよいよこのままではどうにもならないことが本当にわかるまでけっして止まらないし、方向転換を真剣に考えるはずもない、と予想するのがもっとも自然ではなかろうか。>

いまさら江戸時代の生活に戻ることは不可能だが、これだけゴミを出し続ける(消費するだけで再利用・再生産を考えない)生活のスタイルが続くかぎり、人類の未来は暗い、と私も思う。
ペットボトルの「リサイクル」なんかじゃどうにもならないのだ。
それどころか、今いわれている「リサイクル」は、化石燃料(石油)をたくさん消費するらしい。

それでも、「江戸に学ぶ」ことは、今からでもできると思う。
江戸時代は、ほとんど「ゴミ」を出すことなく、徹底的に資源を再利用していたのだ。
それこそ、屎尿から紙くずから木を燃やした灰にいたるまで、利用しつくして、最後には自然に帰す仕組みがうまく働いていた。
ほんとうの意味での「リサイクル」(自然循環)。
現代とくらべてどちらが「環境に優しい」のか(イヤな言葉だ)、誰にでもわかるのだけれど、私も含めて、みーんな目をふさいで便利さを追い求めている。

現代の先進国と言われている世界の生活は、そもそも出発点から間違っている。
そう考えると、石川さんじゃなくても悲観的になってしまうだろう。

なんとかしたいなあ……。
こんなところで、ああだこうだとつぶやいてもどうにもならない、「人類」の大きなテーマなんだが。

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2009年9月 1日 (火)

【読】おわり と はじまり

「読書日誌」のカテゴリーでいいのかどうか、わからないけれど。

いよいよ、九月。
終わるものがあれば、これから始まるものもある。

おわり
五木寛之 『親鸞』 354 東京新聞 2009年8月31日(月) 朝刊
 「愚禿親鸞の海(四)」
 親鸞の頭の奥で、若い日に見た二上山の夕日が重なって見えた。
 そのとき、親鸞は心のなかに、怒涛のようにわきあがってくる念仏の響きを感じた。その響きは、沈みゆく夕日を追うように、海をこえ、燃えあがる空にはてしなくひろがっていった。 (完)

はじまり
池澤夏樹 『氷山の南』 001 東京新聞 2009年9月1日(火) 朝刊
 「密航者 01」
 その年の一月も終わりに近いある日の午後、港に近い公園の大きな木の陰から、一人の少年が道路を隔てた建物を見ていた。
 正確にいえば少年の終わり、青年の始まり。その時々で自分がどちらに属するかわからなくなる。どっちでもいいやという年頃。……


五木さんの連載小説は、私が東京新聞に変えたときにはすでに始まっていたが(だから、最初から読んでいない)、毎回欠かさず読み続けた。
最終回は、ちょうど衆議院選挙の開票報道の日だったため、いつもの最終面ではなく、目立たない場所にひっそりと掲載されていた。
いかにも、最終回という感じで。
連載はおもしろかったけれど、ものたりなさも感じた。

さて、池澤さんの小説はどうだろうか。
この書き出しから、もう、池澤夏樹さんらしい世界。
これから先を期待してしまう。
連載開始から読めるので、読み続けながら、毎日切り抜きしようかとも思う。


Itsuki_shinran_354Ikezawa_rensai_001

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