« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月の41件の記事

2009年10月31日 (土)

【歩】明日、国分寺まつり

ひさしぶりに、国分寺の ライトハウス(Light House) でうどんを食べてきた。
明日は、武蔵国分寺公園で 「国分寺まつり」 がひらかれるという。
行ってみよう。

第26回国分寺まつり : 首都圏エリア | JRおでかけネット
 http://event.jr-odekake.net/event/72656.html


国分時には、Lighthouseという名前の別の店があるようだが(ヨーロピアンスタイルバー、国分寺市南町2-15-6)、私は行ったことがない。
このブログで何度か紹介している、うどんを食べさせてくれるお店は、武蔵国分寺のあたり(国分寺市東元町3-19-14)、真姿の池の南、住宅街の一角にある。
ご自宅横の駐車スペースを改造して、ちいさなテラス風のコーナーにしている。

2009/5/9の東京新聞記事 「東京どんぶらこ」 の中でも、建築学者の藤森照信さんによって紹介されている。
【遊】国分寺「ライトハウス」の うどん 2009/5/16
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-01d8.html

ここでは、店主の仁田さんといつもおしゃべりしてくるのだが、今回は「国分寺まつり」のことをお聞きした。
武蔵国分寺公園も、その昔は中央鉄道学園の敷地だったことや、住宅も並んでいた一帯だったことをうかがい、たいへん興味深かった。

武蔵国分寺公園|公園へ行こう!
 http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index055.html

【下の画像】
■Light Houseで買い求めた 「国分寺ぶらぶらMap」 (100円)
■ライトハウス Light House
■九条ねぎと野菜かき揚げうどん (580円) 
■かき揚げミルキーカレーうどん (580円)

Kokubunji_burabura_map0910310031091031003209103100420910310041

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【歩】深まる秋

いよいよ明日から11月だ。

今日のように暖かい日もあれば、冬のように寒い日もある。
秋晴れの澄んだ空気が心地よい。


撮影 2009/10/31(土) 朝  小平市(小平団地)

09103100030910310011091031000909103100170910310018   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月30日 (金)

【読】期待を超えるおもしろさ

今日から読みはじめたばかりで、まだ40ページほどしか読んでいないけれど、期待していた以上におもしろい。

Shiomi_hinmin_teito_2『貧民の帝都』 塩見鮮一郎
 文春新書655 2008/9/20
 770円(税別)

まえがき(序章 山手線の男)から、興味ぶかいエピソードが語られる。
私にも経験があるが、混雑する電車のなかにひと所だけ人が寄らない空間ができていることがある。
そこには、煮しめたような服をまとい、シートをひとりじめして眠っている人がいる。
まわりには、ぷーんと、異臭がただよっていたりする。

いまは 「ホームレス」 などという、なんだかインチキくさい呼び方になっているが、こどもの頃、ルンペンとかホイト(私の田舎ではそう言っていた)と呼ばれる、住む家をもたない人がけっこういたものだ。
いまでも、街でみかけることがある。

著者の塩見さんは、こどもの頃からそういう人たちに、人一倍魅かれていたという。

<わたしは十代のころから困窮者が気になって仕方がない。自分でも理解できないのだが、戦後すぐのころに幼少期をすごしたからだろうか。まわりにはいつも戦災孤児がぶらついていたし、白衣か軍服の傷痍軍人がいた。おさない子の手を引きながらゴミ箱を漁っている母親も見た。みだれた白髪の老婆が闇市で食べ物のかけらをさがいていた。少年のわたしも着の身着のままでハダシだったが、かれらから目が離せなくなる。じっと観察している。> (本書 「序章 山手線の男」)

<日比谷公園で、隅田川河畔で、山谷掘のあたりで、すこしむかしのことだが、わたしはなんどか路上生活者と会話をかわしている。世間話ですむこともあれば、酒かタバコをねだられるケースもあった。たまに険悪な雰囲気になったが、それはかれらが泥酔しているときだけだ。ふしぎなのは、ふつうに話すことができても理解がいっこうにふかまらない。ディスコミュニケーションを確認する結果になった。……> (同上)

― 目次より ―

序章 山手線の男
一章 混乱と衰微の首都
 こじきの新都/三田救育所と浪人保育所/明治二年の大窮状/麹町と高輪の救育所/町会所と寄場と溜
二章 困窮民を救え
 維新後の町会所/営繕会議所/露国皇太子来朝/浅草溜時代/工作所と日雇会社
三章 さまよう養育院
 上野護国院時代/育児院や訓蒙院の誕生/神田和泉町へ/渋沢栄一のたたかい/本所長岡町時代
四章 帝都の最底辺
 四大スラム――鮫ヶ橋、万年町、新網町、新宿南町/感化院と全生園/孤児救済と救世軍/大塚本院と別院/スラムの賀川豊彦
五章 近現代の暗黒行政
 関東大震災と移転/『何が彼女をそうさせたか』/戦時下の養育院/一億の浮浪者/いじめと無策の果て
終章 小雨にふるえる路上生活者


この目次をながめて興味のわく人は少ないと思うが、ほー、と思われた方は、ぜひ書店や図書館で手にとっていただきたいと思う。
べつに、誰かれかまわず推奨する気はないが。

この本には浅草弾左衛門(十三代、弾直樹)の名もでてくる。
(江戸時代に関東地方の賤民を統括)


街を歩けば、きらびやかな服装をまとい、お金に困っていない顔をした人びとばかりだが、いまの東京も、この本に書かれた時代とさほど変わっていないと思う。
ひと皮むけば――のはなしだが。

ちょうど、きれいに舗装された街のアスファルトやコンクリートをはがせば、そのすぐ下には、昔から堆積された地層があるように。


ふと、いま、こんな詩をおもいだした。
高田渡さんが、すこし歌詞を変えて歌にしている。

 歩き疲れては、
 夜空と陸との隙間に潜り込んで寝たのである
 草に埋もれて寝たのである
 ところ構はず寝たのである
 寝たのであるが
 ねむれたのでもあつたのか!
 このごろはねむれない
 陸を敷いてはねむれない
 夜空の下ではねむれない
 揺り起されてはねむれない
 この生活の柄が夏むきなのか!
 寝たかとおもふと冷気にからかはれて
 秋は、浮浪人のままではねむれない。

   山之口貘 「生活の柄」
    (思潮社 現代詩文庫 1029 「山之口貘詩集」)

山之口貘(1903-1964)という沖縄出身の詩人も、若いころ、土管のなかで寝るような生活をしていたという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【雑】コウイウヒトニワタシハナリタイ

宮澤賢治を持ちだすほどのこともない、通勤途上のくだらない話です。

毎日、片道一時間弱、通勤電車に乗っている。
通勤電車では皆さんお疲れのようで、運よく座席に腰かけることのできた人たちも、ほとんど居眠りしている。
熟睡している(と思われる)人も見うけられる。

ちかごろ目につくのは、うら若い女性が大きな口をあけ、完全に真上に顔を向けて眠りこけている姿。
しかも、隣りの人に、しっかりもたれかかっている。
ときどき目ざめて姿勢をたてなおすのだが、すぐ次の瞬間には元の態勢にもどる。
ちょっとやそっとでは目がさめないほど熟睡(爆睡)しているのか。

よほどのお疲れの様子に同情もするが、美人もだいなしの姿に、こちらのほうが恥ずかしくなる。
口の中に何か入れてみたたくなるのは、私だけか。
(悪い趣味だ。もちろん実行はしない)

人のことは言えないが、私の場合はうつむいてしまうので、あのような醜態はさらしていないはず。
自信はないけど。

ところが、昨日だったか、帰りの電車で席があいたので座ることができ、本を開いたものの、数ページ読んだだけで眠くなってしまった。
こっくりこっくりしつつ、右隣りをみると、若い女性が居眠りしている。
それほど、だらしない姿勢ではない。

左隣りの人をそれとなく見ると、やはり若い女性で、目を閉じておやすみの様子。
ところが、その姿勢たるや、背筋をまっすぐのばし、座席の背もたれとの間にすきまがある
つまり、やや浅目に腰かけ、背もたれに背中をつけていない。
いわば座禅の姿勢だ。

瞑想しているのかとも思ったが、やはり居眠りしている様子だ。
かすかに体がゆれている。
(しかし、私もよく観察しているものだなぁ)

座禅姿勢で居眠り――これには感心しました。
ぱっちり目ざめていても、あの姿勢で電車の座席に腰かけている人は、まず見かけない。
美しい寝姿、とでも言いましょうか。

あのような姿勢をたもてる人を、姿勢の悪い私は尊敬します。

コウイウヒトニ ワタシハナリタイ
(サウイウモノニ ワタシハナリタイ 宮澤賢治)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月29日 (木)

【読】読了 『禁じられた江戸風俗』

なかなか本が読めない生活が続いているが、一週間以上かけて読みおえたのがこれ。

Shiomi_edo_huuzoku『禁じられた江戸風俗』 塩見鮮一郎
 現代書館 2009/8/20刊
 213ページ 1800円(税別)

塩見鮮一郎という人は、『浅草弾左衛門』 という本で知った。
浅草弾左衛門については、このブログでカテゴリーをたてているので、興味のある方はご覧いただきたい。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/cat8007726/index.html

この本は、帯に書かれているように、江戸(天保)の事細かな禁令風俗を検証したもの。
エキサイティングな内容だった。
カバーの絵は、歌川国芳の「ひとをばかにしたひとだ」というだまし絵。
「天保の改革」で役者絵が禁じられていた頃、これに反発した浮世絵師が描いた。

本書の内容から離れてしまうが、あとがきに、うれしいことが書かれていた。
何がうれしいかって、私の住む町の図書館がでてくるのだ。

<あとがき  小平中央図書館は市役所と西武多摩湖線をまたいだ位置にある。二十数年まえのわたしは自転車でよく通った。完成してまだ間もないのか、きれいで気持ちがよかった。開架の書棚がひろくて、『賀川豊彦全集』までもがならんでいた。それよりも、二階の辞書や事典、古地図や復刻本、和漢書の、ふつうは目にふれないような本がひょいと手にとれるのがいい。……>

その通りなのだ。
この図書館の二階には、貴重な資料がたくさんあり、しかも貸出しているものが多い。

塩見さんは、続けてこう書いている。

<わたしのように大学の図書館の恩恵に浴せなかった者は、これでじゅうぶん、宝の山である。それを思い出して、ネタ探しにでかけた。/なん年ぶりだろう。/七十パーセントぐらいの本がむかしの場所にあった。歴史や民俗など、頭によみがえった本を確かめに書棚にむかうと、なんとハチ公のようだ。ちゃんとまっていてくれた。>

この二階でみつけた、東京大学出版会の『大日本近世史料』のうちの「市中取締類集」が、この本を書くきっかけになったという。

図書館好きにはうれしい話だ。
引用が長くて、ご退屈さま。
(ここまで読んでくださった方に、感謝)


そういえば、同じ著者のこんな本も買ってあった。
読んでみようかな。

Shiomi_hinmin_teito『貧民の帝都』 塩見鮮一郎
 文春新書(文藝春秋) 2008/9/20刊
 251ページ 770円(税別)

<明治期、東京に四大スラムが誕生。維新=革命の負の産物として出現した乞食、孤児、売春婦。かれらをどう救うか。渋沢栄一、賀川豊彦らの苦闘をたどる。近代裏面史の秀作。> (本書カバーより)

<東京はスラムの都だった 日本を近代国家に! 首都にあふれる生活困窮者を救え! 時代の大波に振り落とされる人々の群れ。 奇案、姦計が入り乱れる救済策。 東京のかくしておきたかった<過去>……> (本書帯より)

塩見さんの、地べたから見あげるような視線が、私は好きなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月27日 (火)

【遊】柿狩り

これも、日曜日の日帰りバス旅行で立ち寄ったところ。

ちなみに、年に一度催される団地自治会のバス旅行に参加するのはこれで二度目。
最初は一昨年、八ヶ岳山麓だった。

【2007/10/28(日)のバス旅行の記事】
【遊】清春芸術村
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_11f8.html
【遊】八ヶ岳山麓の秋
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af8.html
【遊】甲斐駒ヶ岳
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_7370.html
【遊】八ヶ岳チーズケーキ工房
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_b544.html


さて、今回の柿狩り。
「○○狩り」という言葉がなんとなく好きじゃないので、「柿もぎ」と言いたいところ。
「葡萄摘み」や「林檎もぎ」の経験はあったが、柿畑は初めての経験だった。

林檎もそうだが、柿も、農園の畑の樹はあんがいと背丈が低いのだった。
「西村早生」 という種類なんだそうだが、おいしかった。
「一袋詰め放題、出血大サービス、千円」 という農園の人の誘い文句にのせられて、たくさんもいでしまった。

帰ってきて食べたら、すこし渋いものもまじっていた。
Wikipediaで調べたところ、次のように分類されるようだ。

― Wikipedia 「カキノキ」 より ―
主な完全甘柿
 富有、次郎、太秋、愛秋豊、御所、伊豆、早秋、貴秋、晩御所、花御所、天神御所
主な不完全甘柿
 禅寺丸、筆柿、西村早生、黒柿
主な渋柿
 甲州百目、蜂屋、富士、平核無、刀根早生、西条柿、市田柿、四つ溝、会津身知らず、堂上蜂屋柿


子どもの頃、北海道では柿を食べた記憶があまりない。
もっぱら林檎ばかり食べていたような気がする。
(晩秋になると木の林檎箱でまとめ買いしていたっけ)

数年前からなぜか柿が好きになって、この季節にはよく食べている。


撮影日 2009/10/25(日) 霞ヶ浦市下土田477 矢口果樹園

0910250012091025000909102500100910250014091025001309102500170910250019      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月26日 (月)

【遊】コキア(箒木・箒草)

Hitachi_kaihin_park_2きのう、団地の日帰りバス旅行で、茨城の 「国営ひたち海浜公園」 へ行ってきた。
http://www.ktr.mlit.go.jp/kaihin/

旧日本軍の飛行場跡地というだけあって、とにかく広い。

― Wikipediaより ―
第二次世界大戦中の旧日本軍の水戸飛行場、戦後の米軍水戸射爆撃場として利用されていた広大な跡地を再利用するため、国の「首都圏整備計画」の一環として整備されたものである。/1979年に事業着手、1984年に工事が開始され、1991年に約70haが開業した。その後、何度か拡張を繰り返し、今に至る。/公園の総面積は350haに及んでいる。この面積は東京ディズニーランドの5倍程度の面積にあたるが、実際に公園として利用されているのは135.0ha(開業中の面積)で、全体の39%にとどまっている(2007年現在)。


「みはらしの丘」 のコキア(ホウキギ、ホウキグサ)が色づいていて、みごとだった。
コスモス畑を前景に、小高い丘の斜面に植えられていたが、遠くから見ると壮観。


撮影日 2009/10/25(日) 国営ひたち海浜公園(みはらしの丘)

091025008709102500770910250052

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月23日 (金)

【読】高野秀行さんの新刊

まったく偶然に、こんな本を書店でみつけた。
時間つぶしに立ち寄った、上野のTSUTAYAでのこと。
高野さんの新刊がでていたことも知らず、旅行コーナーの棚をなにげなく見ていたら目にはいったのだ。
こういうことって、あるんだな。

Takano_asia_uma_2『アジア未知動物紀行』
 ― ベトナム・奄美・アフガニスタン ―
 高野秀行 講談社
 2009/9/1発行 260ページ 1400円(税別)

書棚から抜きだし、手にとって、しゃれた装幀に感心。
案の定、内澤旬子さんのイラストだった。

高野さんお得意の、UMA(ユーマ=未確認不思議動物)ものである。
電車のなかで「あとがき」を斜め読みしていると、興味ぶかい話が書かれていた。
柳田國男の『遠野物語』――高野さんが書くものの雰囲気からすると、意外な人物だ。
読書家の高野さんのことだから、この名著を読んでいてとうぜんなのだが。

<この三つの旅で、途中から私の頭にこびりついて離れなかったのは、柳田國男『遠野物語』だった。>

なんだ、なんだ、と驚きながら続きを読む。

<『遠野物語』は民俗学的な記録ではない。遠野出身の一青年が自分の知っている話を柳田に語って聞かせたものだ。天狗や川童(かっぱ)、幽霊などの物の怪や怪異現象がふんだんに登場するが、これはみな昔から伝わる話でなく、柳田國男が生きていたのと同時代の話である。>

ふん、ふん、そのとおりだが……。

<私は最初に読んだとき、「現地に行けばいいのにな」と思った。現場第一主義で、一次情報しか信用しない私なら絶対にそうする。ところが柳田は動かなかった。ただ青年の語る山の人の話を簡潔にまとめた。そして序文に『願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ』と書いた。/不思議な話を、不思議なままに読者の前に放り出したのである。>

このあたりが高野さんの真骨頂だと思うので、もう少し引用する。

<だが、柳田はその後、怪物や怪現象を民俗学的に研究するようになる。山の人の怖さを解体し、自分たち平地人の知識で理解しようとした。…(略)…どうやら、柳田國男は日本中の村々を武装解除して回り、二度と『遠野物語』の世界に帰ることはなかったようである。>

うーん。
鋭い「柳田批判」で、的を射ているし、私も同感だ。
続けて、高野さんは 「私は柳田國男と逆の道をたどっているような気がする」 と書いている。

高野さんが書くものの面白さは、徹底した 「現場主義」 というか、とにかく現地で体験してから考えるところにある。
読んでいて、わくわくするのだ。

楽しみな本ではある。
今日の収穫。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月20日 (火)

【読】読了 『日本残酷物語 1』

ひと月近くかけて、ようやく読み終えることができた。
読むのはしんどかったけど、おもしろい本だったな。

Nihon_zankoku_monogatari_1_2『日本残酷物語 1 貧しき人々のむれ』
 平凡社ライブラリー
 平凡社 1995年初版第1刷/2002年初版第9刷
 宮本常一・山本周五郎・揖西光速・山代巴=監修
 B6変形判(16.0cm) 総ページ544
 1359円(税別)

[要旨]
日常的な飢え、虐げられる女や老人、掠奪やもの乞いの生涯、山や海辺の窮民…ここに集められた「残酷」な物語は、かつての日本のありふれた光景の記録、ついこの間まで、長く貧しさの底を生き継いできた人々の様々な肖像である。 
[目次]
第1章 追いつめられた人々;第2章 病める大地;第3章 弱き者の世界

内容が幅広く、重いので、かんたんに紹介することはむずかしい。
<これは流砂のごとく日本の最底辺にうずもれた人々の物語である> という、「刊行のことば」 を引くしかない。

うーん、続編があと4巻もあるのだが、とうぶん読めそうもないな。
(以下、e-honサイトより、[要旨]は「BOOK」データベース)

『日本残酷物語 2 忘れられた土地』
[要旨]
離島、マタギ・木地屋などの住みなす山間の地、「新天地」北海道など、かつて粗かった交通・通信の網の目をこぼれ落ちた地域が、列島中に散在していた。そこには、過酷な自然を相手に黙々と闘う人々の暮らしがあった。
[目次]
第1章 島に生きる人々;第2章 山にうずもれた世界;第3章 北辺の土地

『日本残酷物語 3 鎖国の悲劇』
[要旨]
外に向かう自由なエネルギーを封じられ、抑圧と束縛の中を生きた人々、禁教下のキリシタン、漂流民、流刑者、また身分制の重石を一身に受けた者ら、そしてその苦闘は、近代の幕開きとともに終わったのではなかった。
[目次]
第1章 禁制をおかす者;第2章 国を恋う人々;第3章 領国の民;第4章 身分制のくさり

『日本残酷物語 4 保障なき社会』
[出版社/著者からの内容紹介](Amazon)
明治維新とそれに続く近代化の激変に翻弄される人々。「血税」に恐怖し、入会地を失い、ラシャメンに身売りし共同体の崩壊により流離の境涯に落ちる巨大な群。
[目次]
第1章 過渡期の混乱;第2章 ほろびゆくもの;第3章 流離の世界

『日本残酷物語 5 近代の暗黒』
[要旨]
急激な「近代化」は、その真っ只中に巨大な暗黒を抱えて進んだ。都市のスラム、使い捨ての女工たち、タコ部屋や坑内の過重労働、・私刑・死…その暗黒を生きた人々、忘れられた私たちの隣人の多様な生。
[目次]
第1章 根こそぎにされた人々;第2章 地のはての記憶;第3章 大地のうめき;第4章 狩りたてられた者

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【歩】日本一大きな丸型ポスト

小平市は、丸型ポストの数が都内の自治体でいちばん多いという(31本)。
たしかに、あの昔なつかしい丸型ポストをあちこちでみかける。

10月1日、ルネこだいら(小平市民文化会館)前に、巨大な丸型ポストがおめみえした。
今日、はじめて実物をみたが、たしかに大きい。
高さ約2m80cm。
実際に使われているが、投函口はとうぜん下の方にある。

「市報 こだいら」 10/20 第1205号
  日本一大きな丸型ポストが小平に誕生

小平市公式ホームページ
  http://www.city.kodaira.tokyo.jp/
 日本一丸ポストが完成しました/東京都小平市
   http://www.city.kodaira.tokyo.jp/oshirase/012/012995.html


【2010/1/12追記】
逓信総合博物館 ていぱーく
 郵政資料館 Postal Museum
  ポストのページ
 http://www.japanpost.jp/teipark/display/museum_henreki/museum_henreki_01.html

― Wikipedia 「丸型ポスト」 より ―
 敗戦後の1949年、「郵便差出箱1号(丸型)」が登場し、これが丸型ポストとしての最終型となった。1970年に後継の「郵便差出箱1号(角型)」が登場し、丸型の生産・設置は終了した。
 かつては日本全国に普及していたが、四角い箱型のポストへの置き換えが進んだ。これは、箱型ポストは中に郵便物を貯める袋を吊るし、それを交換するだけで収集できるのに対し、丸型ポストは小さな取出し口から郵便物を手でかき出す手間がかかるためであった。しかし合理化による粛清を生き延びた丸型ポストは、希少価値ゆえに保存される傾向が強まっている。再開発などによって移設されることになっても、四角ポストへ置き換えられることなく丸ポストが移設され継続して使われる事例なども出てきている。
 東京都小平市では2009年11月現在32個残っている。小平市の公式サイト内でも紹介されており、これは都内の自治体で最高の保有数である。小平市では2008年11月から「丸ポストマップ」を配布しており、2009年11月5日~12月6日の間「小平丸ポストラリー」(スタンプラリー)を実施している。また、イベントを記念してルネ小平(小平市民文化会館)前に日本一大きな丸ポストが設置された。


Kodaira_maru_post_2Kodaira_news_1205_4
   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【楽】【読】「ぐるり」 終刊号

用があって立川にでたついでに、オリオン書房ノルテ店(立川市曙町2-42-1 パークアベニュー3F)に寄った。
立川ではいちばん大きな書店だと思う。
私がほしいと思った本は、たいてい置いてある。

きたやまおさむ の新刊 『ビートルズを知らない子どもたちへ』を探したのだけれど、在庫がなく、音楽コーナーの書棚でなんとなく目についたのがこれ。

Gururi_200910『ぐるり 2009/10月号(通巻34号)』
 ビレッジプレス 300円(税込)

終刊号ということだ。
田川律さんのインタビュー記事がおもしろい。
田川さんのことはよく知らないけれど、こんなセリフがあってニヤリとしてしまった。

田川 ……「肩書何にしましょうか?」って聞かれてほんまに困ったね。そのうち、座りがええというか便利やから「音楽評論家」にしてもらったけどね。してもうたけど本人はちっとも音楽評論家なんて気はなかった。/ずっとあとになって、ピーター・バラカンが「ブロード・キャスター」ということばを使ったのね。なるほどなあ、と思った。あの人も絶対に評論家なんて使わないよね。クリティックもね。ブロード・キャスターなんて、そういう英語を知っていたらぼくも使いたかった。まさにぼくもそうやと思うわ。多くの人に知らせる係。こういうものがありますよ、これおもろいんですよ、ということを知らせているつもりというかね。……>

「多くの人に知らせる係」 かあ。うまいなあ。

このミニ雑誌、というかミニコミ誌というか、タウン誌というか(ちがっていたらゴメンナサイ)、編集している五十嵐さんという方を、間接的に知っている。
須藤もんさんつながり、というやつで。
いちど、高円寺の古本酒場 「コクテイル」 で紹介されて名刺をいただいたけれど、おぼえていないだろうな。


Gururi_200702Gururi_200702_mokuji『ぐるり 2007/2月号』  2003/10月
 須藤もん 執筆 「牡丹悼歌」 掲載

<一昨年の暮れに完成した『牡丹悼歌』は、昭和二十七年に旧満州地方で消息を絶った私の母方の祖父を唄った歌である。……何故今この時に在って私がこの祖父のことを唄っているのか、少し紹介してみたいと思う。……>
という内容。
興味をもたれた方は、ぜひバックナンバーを探してほしい。

ビレッジプレス http://www.village-press.net/

Unyuutenga_vol34Unyuutenga_vol34_mokuji『雲遊天下 34』  2003/10月
 須藤もん 執筆 「編笠山の歌姫」 掲載
 
<山梨と長野の県境に編笠のように綺麗な形をした山があって、その次の峰との鞍部に古い山小屋が一軒建っている。普通の山小屋なら晩飯が済んでバタバタと寝支度が始まる頃、ここではもう寝ようとする客人を小屋主が引き止め、唄い、語るという酒宴が始まる。……>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月19日 (月)

【楽】悲しくてやりきれない

Ootaka_shizuru_koibumi悲しくてやりきれない
 作詞 サトウハチロー
 作曲 加藤和彦

「恋文」 おおたか静流
 2002/9/19 M&I
 MYCJ-30156
(収録曲)京都慕情/蘇州夜曲/悲しくてやりきれない/スカボロー・フェア/SAJA DREAM/花/上を向いて歩こう/みちづれ/何日君再来/ゴンドラの唄/みんな夢の中


加藤和彦さんの訃報を耳にしたのは、今朝のラジオだった。
日曜日の新聞を読んでいなかった。
毎朝聴いているTBSラジオ 生島ヒロシさんの番組で、みずから命を絶ったことを知り、ショックをうけた。

62歳、うつ病に苦しんでいたそうだ。
上方落語の桂枝雀さんも、やはりうつ病から自らを死に追いやった人だった。
死に方も同じだった。
(枝雀さんは、病院に運ばれて何カ月後かに亡くなったが)

今朝の朝日新聞に、きたやまおさむさんが寄稿した追悼文が載っていた。
(生島さんのラジオ番組で知り、この記事だけのために購入した)
胸に迫る、いい追悼文だ。

私は、かくべつ加藤さんのファンでもなかったが、とてもさびしい思いにとらわれている。
自ら命を絶つという行為、そこに至る心理が、私には想像がつかない。
そこまで追いつめられたことがないからだろう。
幸いに、というべきだろうか。

生きなくちゃ、ね。


(左) 朝日新聞 2009/10/19(月) 朝刊
    きたやまおさむさんによる追悼文
(右) 東京新聞 2009/10/18(日) 朝刊 死亡記事

Asahi_shinbun_20091019_2Tokyo_shinbun_20091018_3

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年10月18日 (日)

【歩】第34回 小平市民まつり (8) 最終回

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

もう一度、重松流祭囃子 「小川よ組はやし連」による居囃子 を見物。

091018024709101802480910180244_20910180253_30910180255_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【歩】第34回 小平市民まつり (7)

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

大人みこしの休憩時間に、あかしあ通りの路上でおこなわれた太鼓の演奏。
去年もこれには感嘆したものだ。

太鼓の台にある 「翔巴」 という文字で検索したところ、このグループらしい。

和太鼓 翔巴(しょうは)
 和太鼓 飛翔
  http://hishow.jp/shido_shoha.html

残念なことに、これも去年より演奏時間が短かった気がする。
もう少し見たかった。

091018026509101802610910180269091018027009101802720910180273091018027809101802890910180291      

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【歩】第34回 小平市民まつり (6)

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

大人みこし 午後1時出発 午後4時終了

まとい・まんどう (佼成グループ)
太鼓・みこし (仲町、学園東町、喜平町)
みこし (美園町)
太鼓 (小川睦会)
太鼓・みこし (鈴木稲荷睦会)
太鼓・みこし (上水本町)
山車 (鈴木ばやし)

しんがりは、「鈴木ばやし」 の山車(だし)。
これは何度見てもいいものだ。
伝統芸能とは、こういうものを言うのだろう。

091018017109101801720910180174091018017509101801760910180178 0910180189      

0910180192 091018019309101802130910180220

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【歩】第34回 小平市民まつり (5)

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

大人みこし 午後1時出発 午後4時終了

まとい・まんどう (佼成グループ)
太鼓・みこし (仲町、学園東町、喜平町)
みこし (美園町)
太鼓 (小川睦会)
太鼓・みこし (鈴木稲荷睦会)
太鼓・みこし (上水本町)

山車 (鈴木ばやし)

いよいよ、太鼓と神輿の登場。
まとめて写真で紹介しよう。

私はへそ曲がりなのか、神輿を見るのはそれほど好きではない。
かついでいる人たちの酔いしれた顔と、見物側とのギャップが大きい気がして。
(すなおに感嘆できないところが、へそ曲がりなのだろうな)
太鼓はおもしろい。
しかし、あのバットのような巨大な棒で力いっぱい打たなくても、と思うのだが、これも伝統なのだろう。

091018012309101801260910180141091018014909101801530910180159091018016209101801660910180169

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【歩】第34回 小平市民まつり (4)

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

大人みこし 午後1時出発 午後4時終了

市民まつりのメイン・エベントといえるだろう。

まとい・まんどう (佼成グループ)
太鼓・みこし (仲町、学園東町、喜平町)
みこし (美園町)
太鼓 (小川睦会)
太鼓・みこし (鈴木稲荷睦会)
太鼓・みこし (上水本町)
山車 (鈴木ばやし)

まずは、立正佼成会の人たちの、「まとい」と「まんどう」。
「まんどう」(万灯)には「法蓮華経」と書かれていて、団扇太鼓(うちわだいこ)はいわゆる「法華の太鼓」だろう。
団扇太鼓も当たり鉦も、「上々颱風」が使っている楽器で、私は好きなのだ。

動きがあって、見ごたえのあるものだ。

091018010509101801070910180109_30910180111_20910180117_20910180119_20910180121_2        

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【歩】第34回 小平市民まつり (3)

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

昼12時からのパレード見物は、今年はパス。
コリアン・ダンスだけは見たかったのだが……。
いったん家に帰って休憩することにした。
なにしろ、延長1.5キロのあかしあ通りを往復し、しかも人ごみの中を歩いたので疲れた。

その前に 重松流祭囃子 「小川よ組はやし連」による居囃子 を見物。
伝統のあるお囃子らしく、見ごたえがある。
入れ替わり立ち替わりして、ずっとやっていた。
私はこういう芸能が大好きだ。

重松流祭囃子 参考サイト
 重松流祭囃子
  http://popup6.tok2.com/home2/akitaavi/
 蘇れ!伝承音楽  山口 巌
  http://denshouuta.cool.ne.jp/
 重松流祭囃子保存会
  http://www.juma-ryu.jp/


0910180048091018006209101800680910180072091018007409101800750910180076

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【歩】第34回 小平市民まつり (2)

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

子どもみこし 午前10:00~
小平よさこい 午前10:30~11:15

「小平よさこい」 は、いわゆる 「よさこいソーラン」 の小平版。
小平市の各小学校で盛んに活動している。
児童、父兄、教職員が揃いの衣装で踊る。

昨年はあかしあ通りを練り歩いて見ごたえがあったが、今年は時間の関係か人数が多いせいか、定位置での演技だった。
それだから、歩いてまわらなければたくさんのチームを見ることができなかった。
見物側からすると迫力に欠け、残念だった。

091018001909101800200910180021091018002209101800360910180038091018004009101800410910180042091018004309101800460910180047         

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【歩】第34回 小平市民まつり (1)

第34回 小平市民まつり
 平成21年(2009) 10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分
 あかしあ通り (仲町交差点~小平団地西交差点)

あかしあ通りが通行止めになる9時半少し前に、会場に行ってみた。

北海道小平町(おびらちょう、小平市の姉妹都市)の直販テントには、開店前からすでに長蛇の列が。
ちらしをもらって値段をみると、確かに安い。
行列ができるわけだ。

私たちは行列に並ぶ気もないので、地元の野菜売り場へ。
大根を一本買う。

Kodaira_shimin_matsuri_34mapKodaira_shimin_matsuri_34_obira_209101800030910180004091018000909101800140910180015091018001609101800180910180017     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【歩】いよいよ今日、小平市民まつり

秋晴れ。
去年もいい天気だった。

いよいよ、今日、楽しみな催しがはじまる。

第34回 小平市民まつり
 2009年10月18日(日) 午前9時30分~午後4時30分

― 市報 こだいら より ―
 市民まつりは、あかしあ通り(青梅街道仲町交差点~小平団地西交差点)の約1.5キロメートルをメイン会場に開催されます。

子どもみこし  午前10時出発
ダンスパレード  午前10時30分出発
パレード  正午出発
大人みこし  午後1時出発

この他、仲町第二公園では舞台演芸がおこなわれる。
小平市と姉妹都市の北海道小平町(おびらちょう)の野菜・海産物特売場もあり、あかしあ通り沿いにたくさんの売店がでる。

今年もたくさんの人で賑わうだろうな。

Kodaira_shimin_matsuri_34pamph_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月16日 (金)

【読】ピーター・バラカン(続)

Peter_barakan_black_musicピーター・バラカン 選
 『ブラック・ミュージック』

  ― アフリカから世界へ ―
 Gakken 2009/9/28 第1刷発行

アフリカ的な要素をもった音楽、それが「ブラック・ミュージック」ということだろう。
この本で紹介されている音楽のほとんどは、私には未知の世界で、それだけに刺激的だ。

ジャズと呼ばれる音楽にも、とうぜんのことだが、アフリカ的要素が色濃くみられる。
ピーター・バラカンさんが紹介している(彼のお気に入りの)ジャズのアルバムのなかには、私が好んで聴いてきたものもいくつかある。
そんなページにぶつかると、嬉しくなる。

(アルバムジャケット画像はAmazonから拝借した)

51by3spj8el__sl500_aa240_Albert Ayler Trio  Spiritual Unity
 アルバート・アイラ・トリオ
 スピリチュアル・ユニティ

<アルバート・アイラは音楽でフィ-リングが肝心だと言ったそうです。ある意味で当たり前な発言かもしれませんが、ジャズの世界では技術だけを重視する向きもありますから、ゴスペルのようなフィーリングを持って完全にフリーに吹きまくる彼のテナー・サックスを受け入れない人も少なくないでしょう。無理に説得するつもりもありませんが、この人のサウンドそのものはとても魅力的です。太くて、ヴィブラートがかかっていて、優れたソウル・シンガーにたとえてもいいと思います。>

Albert_ayler_ghostsこのアルバムには、「ゴースツ Ghosts」という、アイラの代表曲が二つのヴァージョンで収録されている。
ピーターさんは 「非常にかわいらしいメロディ」 と評しているが、うまい表現だと思う。
私もこのアルバムが好きだが、「かわいらしいメロディ」 という言葉を、これまで思いつかなかった。
それはそれは単純だが、忘れられないメロディ(テーマ)なのだ。

You Tube
 Albert Ayler - Spiritual Unity - 04 - Ghosts_second variation Visit my website:
http://www.youtube.com/watch?v=_gYdekQUcUU


51wr26rp8kl__sl500_aa240_John Coltrane  Live At The Village Vanguard
 ジョン・コルトレイン
 ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード

あまりにも有名なこのアルバムを、堂々と推薦しているところがかえって小気味よい。
エリック・ドルフィが好きな私には、彼が参加しているこのアルバムは愛蔵盤の一枚。

<中学生の時に友だちに聴かされたこれをすんなり好きになって、いまだにコルトレインの中で最も馴染みのあるアルバムです。録音された当時これは最先端の音楽で、彼の自由な即興を拒絶したジャズ・ファンもいたわけですが、今は聴きやすい感じがするほどジャズの概念が大きく変わりました。>


もうひとつ、「第1章 アフリカ」 「南アフリカ」 の冒頭でのインタビューに、ピーターさんらしさがよくでていると思うので紹介したい。

<やっぱりポリリズムというのはアフリカの音楽には不可欠な要素なので、いったんその面白さをつかめたら、アフリカの音楽にどんどんハマっちゃうと思いますよ。/ただ、ロックの1、2、3、4というリズムしか知らない人だと、身体にすぐにはなじまないかもしれません。……73年だったかと思いますが、僕の弟がやっていたグループのドラマーと一緒に、ドクタ・ジョンとアラン・トゥーサンとミータズの出るライヴにいに行ったことがあるんです。>

<僕はもう彼らのレコードも聴いているし、大好きだったんですが、でも隣にいる彼は、ミータズのドラムがヘタだというんです。リズムが合っていないというんですね。ほとんどロックしか聴いていない人間は、ニューオーリンズのあのシンコペーションを聴いてもヘタくそに聞こえちゃうわけです。>

<普通のジャズを聴いているかなり専門的な知識を持った人でも、セロウニアス・マンクを始めて聴いたときに、あのピアノがヘタくそに、音が外れて聞こえてしまうということはあるものです。マンクが自分なりにアフリカ的な音感をピアノで出そうと思って隣りあった音を弾いているということがわかる人とわからない人がいて、わからない人の方がはるかに多かった。……>  (インタヴュー●アフリカ2 アフリカ音楽の魅力を探る)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月15日 (木)

【読】ピーター・バラカン

今日、本屋に立ち寄ったところ、こんな面白そうな本がみつかった。

Peter_barakan_black_musicPETER BARAKAN
 200CD+2 BLACK MUSIC
ピーター・バラカン 選
 『ブラック・ミュージック アフリカから世界へ』

 Gakken 2009/9/28 250ページ 2100円(税別)

ピーター・バラカンさんが選んだ、ブラック・ミュージックのCD紹介。
いいガイドブックだと思う。

アフリカ(西アフリカ、南部アフリカ、中央アフリカ、東アフリカ)、カリブ海/ラテンアメリカ(カリブ海、ラテンアメリカ)、アメリカ(ニュー・オーリンズ/ルイジアナ、ブルーズ/R&B、ジャズ、ゴスペル/ソウル/ファンク)。
このように分類され、さまざまなCDが紹介されていて興味ぶかい。
ほとんど私のよく知らないミュージシャンばかりだが、聴いてみたいものがたくさんある。
バラカンさんを信用して、おすすめCDをすこしずつ買って聴いてみようと思う。

ところで、バラカンさんは、英語の日本語(カタカナ)表記に強いこだわりがあり、bluesはブルー、Miles Davisはマイル・デイヴィス、Thelonious Monkはセロニアス・ンク、Jimmy Smithはジ・スミス、といったぐあい。
何もそこまで、と思うものの、納得できる。

Peter_barakan_mokey_money『猿はマンキ、お金はマニ』
 ― 日本人のための英語発音ルール ―
 ピーター・バラカン  NHK出版
 2009/1/25 127ページ 800円(税別)

この本もおもしろかった。
私たちの英語の発音がいかに奇妙なものか、痛感したものだ。

はなしは横道にそれるが、バラカンさんは私と同い年だ。
音楽に関して、信頼できる人だ。
土曜日の朝、NHK-FMで放送しているバラカンさんの音楽番組は、週末の楽しみで、毎週愛聴している。

NHK-FM : WEEKEND SUNSHINE DJ: PETER BARAKAN
http://www.nhk.or.jp/sunshine/pc/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月13日 (火)

【遊】青梅のお気に入りの店

10/11~12に、御岳山へ泊まりがけででかけた折、立ち寄った店。

<写真上から>
蕎麦屋 「寿」 (吉野梅郷)
土産物屋 「美よしの園」 (吉野梅郷)
土産物屋 「獅子口屋支店」 (吉野梅郷)
澤乃井プロムナード (沢井)

いずれも青梅市。
「獅子口屋」 は、その昔、川苔山(川乗山)にあった山小屋 「獅子口小屋」 の建物を復元したもののようだ。
「獅子口小屋」 は、ずいぶん前に取り壊されてしまってなくなったが、一度だけ立ち寄ってお茶とわさび漬けをいただいたことがある。

<今回の収穫>
「美よしの園」 で梅を練りこんだお香
 (紛失してしまったお香の台を無料でいただいた)
「獅子口屋支店」 で唐辛子ふりかけ
 (知人にさしあげるため)
「澤乃井プロムナード」 でトートバッグ
 (以前からほしいと思っていたもの、1700円)

0910110001091011000409101100020910110005_2091011000609101100070910120372091012036509101203660910120367

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】武蔵御嶽神社「太々神楽」(東京新聞記事)

帰ってきてから知ったことだが、10/10(土)の東京新聞に、紹介記事があった。

2009/10/10(土) 東京新聞朝刊 24面 多摩版

武蔵御嶽神社で幽玄 「太々神楽」 きょうから
 青梅市御岳山の武蔵御嶽(みたけ)神社の鳥居前広場特設会場で十、十一の両日、都無形民俗文化財 「御嶽太々神楽(みたけだいだいかぐら)」 の薪神楽観賞会が開かれる。 両日とも午後七時半開演で、鑑賞は無料。 御嶽登山鉄道は両日とも、臨時ケーブルカーを運転する。
 同神社には江戸時代から計十三演目の神楽が伝えられ、1957年に都文化財に指定された。 今回は 「浦安の舞」「山の神」 などが上演される。……
 会場へは、JR青梅線御嶽駅からバスとケーブルを乗り継ぐ。……

Tokyo_shinbun_20091010

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月12日 (月)

【遊】御岳山

2009/10/11(日)~10/12(祝)に訪れた、御岳山(みたけさん)。
紅葉は、まだまだ。

09101100170910110019091011005809101100460910110041091011004409101100630910110066091011008209101100840910110085091011008909101100900910110094_20910110098091011009909101101010910110102091011011209101101140910110127_20910110126_20910110131_2            

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】武蔵御嶽神社 「薪神楽」

奥多摩の御岳山(みたけさん)へ、遊びにいった。
標高900メートルそこそこの低山だが、山頂に御岳神社(武蔵御嶽神社)が鎮座し、昔からの宿坊がたくさんある。

武蔵御嶽神社
http://musashimitakejinja.jp/

そんな宿のひとつに泊まってのんびりしよう、とでかけたのだが、ちょうど 「薪神楽」 という催しが10日と11日に開かれていることを、現地で知った。

宿の夕食をおえて、暗い参道を登っていくと、鳥居前の広場に特設ステージが設けられていた。
19時30分開演。
闇のなか、薪(たきぎ)のかがり火に照らされた舞台で舞われた神楽は、幻想的ですばらしいものだった。

― 会場で配られたプログラムより ―
薪神楽 御嶽神社の神楽は、昭和32年に東京都無形文化財の指定を受け、社家32戸の世襲により二百数十年間伝承され続けています。 神楽は崇敬者が最も格式の高い参拝の方法として、大神様の御神慮をお慰め申すため奏上されますから、神様に向い舞われ、合わせて皆さまも見て楽しむように演じられます。
 御嶽の神楽は素面神楽と面神楽に大別され、寛延2年(1749)に吉田流の素面の神楽が、安永年間(1780年頃)に江戸眞先稲荷より江戸里神楽の面神楽が伝えられました。 元はそれぞれ12座で構成されていたようですが、現在素面神楽は奉幣・剪・大散供の3座を残すのみで、面神楽は14座が伝承されています。

20091011_mitake_takigikaguraMitake_momiji_map_30910110218_409101102330910110249091011025709101102790910110094091011011309101101220910110161         

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月11日 (日)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (10) 最終回

先週の日曜日(2009/10/4)にでかけた、江戸東京たてもの園(都立小金井公園内)の紹介。
きりがないので、これで最後にしたい。

センターゾーンと西ゾーン。
高橋是清邸、三井の豪邸、洋風建築、古民家などが並ぶ。
今回は東ゾーンの建物内部をじっくり見学したため、西ゾーンはざっと歩いただけだが、秋晴れで気持ちがよかった。
さまざまなイベントが開催されていた。

Tatemonoen_map_west0910040205091004021409100402160910040218091004021909100402200910040244091004023809100402390910040256091004022309100402280910040231_20910040236_3         

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (9)

Tatemonoen_e2小寺醤油店 (東ゾーン E2)

昭和初期に建てら他「出桁造り」の醤油店。
港区白金台五丁目の商店街にあった。
建築年:1933年(昭和8年)
復元年:1993年(平成5年)

出桁造り(だしげたづくり) 腕のように張りだした木の上に垂木を受ける桁が乗っている造り。もともとは家の軒を広く、また丈夫にするための工夫だったが、家を立派に見せるための飾りとして使われるようにもなった。

店舗もおもしろいが、二階にあがると、当時の家財がそのまま残されていて生活のにおいがする。
こども部屋の壁の落書きまで、そのまま移築されているのがすごい。
特別公開のときでないと見られないものだ。



09100401400910040136091004014309100401710910040169091004017309100401680910040172_5   

0910040149_20910040153_20910040145_209100401470910040157_20910040159_30910040158_2    

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月10日 (土)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (8)

江戸東京たてもの園(東京都小金井市桜町3-7-1 都立小金井公園内)
訪問日 2009/10/4(日)

野外風景 (東ゾーン)

091004000909100401220910040185091004001309100401320910040131091004001409100400150910040017      

| | コメント (2) | トラックバック (0)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (7)

江戸東京たてもの園の 「たてもの特別公開」 (2009/10/3~4)で見てきた、建物内部の紹介の続き。

東ゾーンの 「花市生花店」 にくっついて移築されている、「武居三省堂(たけいさんしょうどう)」 の内部が、ことのほかおもしろい。
表から見るとビルのようだが、ファサード(建物正立面)のうしろは屋根のある木造建築。
「看板建築」 と呼ばれるこの建築スタイルは、関東大震災後、火事を防ぐために考えられたものだ。

「武居三省堂」 は屋根に特徴があり、断面が三角形ではない「マンサード屋根」。
また、ファサードも落ち着いた感じがする。

Tatemonoen_e6武居三省堂 (文具店) (東ゾーン E6)
左画像:江戸東京たてもの園ガイドブックより

1927(昭和2年)に建てられたもので、千代田区神田須田町一丁目にあった。
江戸東京たてもの園には、1993年に移築・復元された。

<筆・墨・硯等の文具の卸売業を営み、店の創業は明治に遡る。>
<店舗部分は(敷地の制約もあり)間口に対し、奥行きが深い。…(中略)…さらに武居三省堂の場合、道路に対して敷地が斜めにふれているため、奥行き感がより一層協調されている。>
<昭和初期の頃には家族のほか、5~6人の奉公人を含め、15人程度の人がこの建物で生活をしていた。食事は店の奥の三畳間でとった。2階から上は家族の生活空間で、使用人は店に布団を敷いて寝起きした。>
(『江戸東京たてもの園 解説本 収蔵建造物のくらしと建築』 より)

一階の店先には、昭和初期当時の文具が所狭しと置かれていて、郷愁をそそる。
店内の左右壁面に立つ、造り付けの商品棚も、圧巻だ。
店先の売り場の奥の帳場の床下に、半地下のような地下室があるのも珍しいが、今回は、地下室には入らず、二階、三階をよく見てまわった。

マンサード屋根の屋内部分は、ちょっとした収納スペースになっており、狭い敷地が目いっぱい利用されている。
(下の写真でわかるように、ふすまを閉めると隠れるようになっている傾斜した板壁部分がマンサード屋根の内側)

私は狭い空間にいると妙に落ち着く性分なので、こういう家に住むのもいいな、と思う。

0910040120_209100400780910040091_2 091004008509100400860910040087091004008909100400900910040059

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 6日 (火)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (6)

江戸東京たてもの園の東ゾーンの一画に、懐かしい風景がある。
下町の路地裏を復元したものだ。

丸二商店と、花市生花店・武居三省堂(このふたつの建物は隣接している)のあいだ。
物干し竿には洗濯ものがかけられたりして、なかなか芸が細かい。
今では見られない、めずらしい看板もある。
こどもの頃をおもいだすなあ。

09100400080910040093091004011009100401110910040112091004011409100401150910040116091004011309100400940910040117         

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (5)

日曜日は途中までしか紹介できなかたので、続きを。
10月4日(日)、江戸東京たてもの園の特別公開建物の内部。

Tatemonoen_e7花市生花店 (東ゾーン E7)
左画像:江戸東京たてもの園ガイドブックより

千代田区神田淡路町一丁目から移設された、典型的な看板建築。
木造二階建て+屋根裏部屋だが、実際は三階建といっていい。
(当時の建築法の制約で、表向きは二階建て)

三階がおもしろかった。
使用人の居住部屋だったそうだが、一部は屋根裏部屋状態になっていて天井が低い。
使用人たちには窮屈な空間だったと思われるが、狭い部屋というのが私には落ち着く場所だ。
二階には店の主(あるじ)の茶室風の小部屋もあり、優雅な生活がしのばれる。


<武居三省堂と同じく、木造の正面に衝立のように平面的なファサードがとりつく、いわゆる「看板建築」で、三省堂と同様、間口に対して奥行きが非常に深いのが特徴的である。>
<この建物には、家族のほかに「若い衆」といわれる使用人が3、4人おり、3階で寝起きしていた。現在は窓がつけてある3階も、当初は銅版でふさがれていた。食事は、1階の土間をあがってすぐの部屋で、家族の後にとった。家族は、主に2階を生活の場としていた。>
(『江戸東京たてもの園 解説本 収蔵建造物のくらしと建築』 より)


0910040126091004006009100400740910040075_209100400610910040062 09100400640910040066       
0910040063_20910040068_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 4日 (日)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (4)

江戸東京たてもの園(都立小金井公園内)の、「たてもの特別公開」で撮ってきた写真を掲載している。
年に二日間しか公開されない建物内部の、貴重な写真だ。
狭い空間で撮ったので、なかなか難しかった。
このたてもの園は、ほとんどの場所が撮影可。じつにオープンだ。

Tatemonoen_e10丸二商店(荒物屋) (東ゾーン E10)
左画像:江戸東京たてもの園ガイドブックより

昭和初期の看板建築。
千代田区神田神保町にあったもの。
奥の長屋に続いていて、2階にあがると、廊下の両側に三畳、四畳半の部屋がたくさんあった。
奥には、もう一棟、二階屋の長屋が隣接している。

<丸二商店裏には、創建時から隣接していた長屋を復元した。長屋とは、いくつかの小規模な住宅を連結して建てられる住居である。それは江戸時代の江戸の町に成立し、戦前に至るまで東京での庶民の一般的な住まいであった。>
(『江戸東京たてもの園 解説本 収蔵建造物のくらしと建築』 より)

一階の店舗では、曲げ物の職人さんが実演していた。
店内の展示物が、私にはなつかしいものばかり。
看板部分(ファサード)も立派だ。

<ファサードは対面する上村邸と同じく銅版張りであるが、丸二商店の場合、ユニークなデザインのパラペット、軒蛇腹および胴蛇腹、銅版張りの仕上げなどが側面にまで廻っており、二面ファサードを形成している。> (同上)


それにしても、どの店舗も二階、三階へあがる階段は狭くて急だ。
狭い敷地を最大限に有効利用して建てられていたものだと感心した。


0910040040091004007609100400550910040054091004005309100400440910040043091004004509100400490910040051091004004609100400520910040057        

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (3)

江戸東京たてもの園の「東ゾーン」には、「看板建築」と呼ばれるおもしろい建物が多い。
正面から見ると洋風建築(ビル型)のようだが、裏は木造の建物で、正面には看板のような平坦な壁をくっつけている。

<看板建築(かんばんけんちく)とは、関東大震災後、商店などに用いられた建築様式。建築史家藤森照信が命名したもの。/典型的なものは木造2階建ての店舗兼住宅で、屋根裏部屋を造り、建物前面を平坦として(軒を前面に出さない)モルタルや銅板で仕上げて装飾をつける。ちょうど看板のような平坦な壁を利用して、自由なデザインが試みられたため、看板建築と命名された。建築物の造作に商店の「看板」を作りつけたものではなく、看板建築の平面は看板・広告スペースとして用いられるものではないことに注意。> ― Wikipedia 「看板建築」 より



Tatemonoen_e9_2上村邸 (東ゾーン E9)
左画像:江戸東京たてもの園ガイドブックより

建物全面を銅版で覆った、これぞ「看板建築」。
建築年は1927年(昭和2年)。
中央区新富二丁目にあった。
旧所有者だった上村三郎氏自らが設計したもの。

三階部分は正面から見ると隠れているが、屋根裏というより立派な三階である。
外観も風格があるが、内部もおもしろかった。

<建物のファサードは全体が銅版で覆われており、年月と共に生じた緑青が重厚な外観を形作る。……みせと居住空間との境界に見ることのできる香の図組子の摺りガラス戸や菱組欄間など、内部装飾にも見るべきものが多い。施主自身のデザイン意欲と施工にあたった職人の技が建物全体にあふれている。>
<正面を覆う銅版は装飾的に仕上げられ、特に2階の窓の上にあるアーチ部分の飾りは凝ったもので、その中央はローマ字の「U」と「S」を重ねたようなデザインとなっている。これは「上村三郎」のイニシャルか、1階と4畳半にある金庫の内扉に書かれた「上村商店」をあらわすものであろう。>
(『江戸東京たてもの園 解説本 収蔵建造物のくらしと建築』 より)

下に、この看板部分を裏側(建物内部)から撮った写真を掲載しておく。
内部公開のときでもなければ見られない部分だ。

一階の店舗では、手描友禅の職人さんが実演していた。


09100400270910040028091004003909100400380910040031091004003009100400320910040037   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (2)

Tatemonoen_guideTatemonoen_09100304_2たてもの園 技のフェスティバル
 体験!発見! 職人さん
2009年10月3日(土) 4日(日)
10時30分-16時
開演9時30分-16時30分
<普段は目にする機会の少ない伝統の技。
そんな職人さん達の貴重な技を、間近で見たり制作体験ができます。
東京の伝統工芸が一堂に会する二日間。>

職人さんの実演も見ものだったが、この二日間が特別なのは、ふだんは公開していない東ゾーンの和風建築の内部を公開するこ。
西ゾーンの洋風建築、民家などはいつも内部が公開されているが、東ゾーンにある木造の店舗建築などは、危険なためか(無人公開だと階段や窓などが危険らしい)公開していないのだ。

<同時開催 たてもの特別公開 屋根裏から地下室まで、入りたかったあの部屋に入れます。いつもは見られない、展示建物の非公開部分を2日間だけ特別に公開します。> (江戸東京たてもの園のパンフレット=上の画像=の裏面より)

今日は、4時間ほど滞在したが、そのほとんどの時間を建物の内部探索ですごした。
おもしろかったなあ。


Tatemonoen_e11_2村上精華堂 (東ゾーン E11)
左画像:江戸東京たてもの園ガイドブックより

瀟洒な外観の建物。
東ゾーンの広場わきにあり、園の入口から東に向かって歩くとすぐ目につく
洋風館だ。
台東区池之端、不忍通りに面して建てられていた化粧品屋。
建築年は1928年(昭和3年)。

今日は、1階の店舗部分で、足袋づくりの職人さんが実演していた。
内部は、2階にトイレと洗面台もあって、立派な家だ。
3階にも二間ある。

<建物の外観は、イオニア式の列柱を並べたファサードがきわめて特徴的である。西洋建築の原初であるギリシャ・ローマ建築では、「オーダー」と呼ばれる構成原理に基づいて建築物が作られた。(略)こうしたオーダーは、明治期以来、正規の建築教育を受けた建築家たちが、こぞって作品に用いたものであるが、村上精華堂のような「看板建築」にみられる例は珍しい。>
(『江戸東京たてもの園 解説本 収蔵建造物のくらしと建築』 より)

0910040025091004002409100400230910040020_209100400190910040021     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】江戸東京たてもの園 特別公開 (1)

きのうにつづいて、今日も都立小金井公園へ。
玉川上水沿いの遊歩道を自転車でゆっくり走っていった。

0910040001まだ紅葉ははじまっていないが、落ち葉が秋の気配を感じさせる。
気温があがって、汗ばむほど暑い一日だった。

小金井公園は、きのうからの催しもの 「お月見のつどい」 でにぎわっていたが、たてもの園前に自転車をとめて中にはいる。
友の会会員なので、入園料(一般400円)がかからない。
ありがたいことだ。
おまけに、園内の飲食も割引になる。

いつものように、東ゾーンへ。
休憩棟2階のうどん店 「蔵」 が開店するまで時間があったので、東ゾーンをぶらぶらする。

11時をまわったところで、「蔵」 で武蔵野うどん(糧うどん)を食べる。

09100400020910040003091004000409100400090910040014091004000709100401230910040121Tatemonoen_map_east

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【楽】すどもん珍報 第4号(カラー版)

須藤もんさんの手作り新聞 「すどもん珍報」 第4号のカラー版をいただきましたので、須藤もんサイトに掲載しました。

Sudo Mon's World 須藤もん公式サイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/
 > ニュースリリース
  http://homepage2.nifty.com/sudomon/news.htm

ここにも掲載しておきます。

今週末から、いよいよ北海道ライブ・ツアー(小樽・札幌・芦別)です。
ライブ予定は、須藤もんサイトのライブ・スケジュールをご覧ください。


すどもん珍報 第4号 (カラー版) 2009/9/25 発行Sudomon_news200909c

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 3日 (土)

【読】ひさしぶりに勢古浩爾さんの一冊

『日本残酷物語 1』(平凡社ライブラリー)を読みつづけているが、そのあいまに、こんな本も。

Seko_iyana_yononaka勢古浩爾
  『いやな世の中 <自分様の時代>』
 ベスト新書 KKベストセラーズ
 2008/4/14 742円(税別)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4584121842

あいかわらずの勢古節が痛快だ。

<だいたい、だれもかれもが「様」になりたがりすぎである。というより、いつのころからか、客商売の人間たちから「様」扱いをされるようになって、そうか、おれは「様」なのかとわたしたちはのぼせあがったのである。そりゃそうだよな、お客様は「神様」だもんな(ほんとは「金様」ね)、と調子に乗ったのである。>

<近年における気の利いたふうな言葉の第一位は、なんといっても「自分らしさ」であろう。大ヒットである。二位が「楽しみたい」か。「地球(環境)にやさしい」「人にやさしい」の「やさしい」もあるな。そして三位は「がんばらない」と同率の「元気をもらった」「勇気をもらった」であろうか。>

<すこし前だったら「感動をありがとう」がヒット作であった(いまも生き延びている)。なにがありがたいんだか。いちいち「感動した」と口に出していうものではないと思うが、それもいうなら「感動した」だけで充分である。なんだ「ありがとう」って。もらってばかりじゃないか。>

次から次と、まことに気もちがいいが、勢古さんは根がまじめな人なので、ほんとうに言いたいことは次のようなセンテンスにこめられていると思う。
なにやら最近の五木寛之に似てきたような気もするが。

<努力しても報われない。人生は自分の思い通りにならない。裕福にはなれない。宝くじにはあたらない。健康は損なわれる。失恋する。傷つく。コケにされる。挫折する。なりたいものになれない。年老いて醜くなる。だれも認めてくれない。すべて、あたりまえのことである。
 それでも生きる。自棄になることは簡単だ。それでもまっすぐに生きる。生きられなければ、それでもいい。よくはないだろうが、是非もない。>

目次より
 第1章 蔓延する「自分病」
 第2章 空々しい言葉は聞き飽きた
  「美しい国」にげんなり/「セカンドライフ」が白々しい/いい気な「おひとりさまの老後」
  「夢を持て」という強迫/「元気をもらった」が暑苦しい 等々
 第3章 あえて時代に遅れる
 第4章 「低く暮らし高く思う」人生

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【遊】小金井公園 お月見のつどい

雨があがったので、夕方から小金井公園へいってみた。

第42回 小金井 お月見のつどい
 平成21年 10月3日(土)・4日(日) 11時~19時30分
 会場 都立小金井公園(江戸東京たてもの園前広場)

 小金井公園|公園へ行こう!
  http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index050.html


特設ステージでおこなわれていた芸能、ダンス、音楽などを二時間ほど楽しんできた。
曇り空だったが、雲間から中秋の名月も顔をだした。

明日は、江戸東京たてもの園へ自転車でいってみよう。


091003000509100300020910030009091003001809100300250910030027Koganei_otsukimi_pamph_2Tatemonoen_09100304

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 1日 (木)

【雑】小平市民まつりが近い

今年もまた、たのしみな催しが近づいてきた。

第34回 小平市民まつり
 2009年10月18日 (日) 午前9時30分~午後4時30分
 小平市 あかしあ通り


「あかしあ通り」は、この団地のすぐ横のバス通り。
わりと広い通りを一日車両通行止めにして、くりひろげられる。
小平は、よいところだ。


― 市報 こだいら 2009/10/1 第1204号 より ―

 市民まつりは、あかしあ通り (青梅街道仲町交差点~小平団地西交差点) の約1.5キロメートルをメイン会場に開催されます。
 皆で力を合わせて作った手作りみこしが集まる子どもみこしで元気よくスタートし、小平よさこい、ダンスパレードと続きます。 午後は、各団体が活動をPRするために、さまざまな衣装を身にまといパフォーマンスをしながらパレード行進をします。 そして、勇壮な大人みこしが練り歩き、市民まつりの最後を迎えます。……


【昨年の様子】 このブログ記事から
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/33-1-cd74.html

【一昨年の様子】 同上
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_a102.html


Kodaira_news_20091001_1Kodaira_news_20091001_2 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »