【読】写真のちから
長倉洋海さんの 『ヘスースとフランシスコ』 (福音館書店/2002年) を読んで、「写真のちから」ということを考えさせられた。中米の小国、エル・サルバドル(El Salvador スペイン語で「救世主=イエス・キリスト」を意味するという)を何度も訪れ、現地の人たちと仲よくなっていく話は、とても胸にしみる。
乾いたこころを潤してくれるエピソードがたくさんあって、いい本だと思う。
この人のすごいところは、現地の人たちの中にはいって行き、とけこんでいきながら写真を撮り続けることだ。
はじめ警戒していた子どもたちも、彼になついて写真を撮ってくれとねだる。
長倉さんは、子どもたちの写真を次に訪れたときにプレゼントする。
<すぐに子どもたちが集まってきた。顔を覚えている子も大勢いる。前に撮った写真をわたすと大喜びだ。わいわいやっているうちに、子どもたちの数はどんどんふえ、口々に「ぼくを撮って」「私も」とせがまれる。> (「エル・サルバドル再び 1984~85」 P.44)
<気がつくと、すごい数の子どもたちがぼくたちを取り囲んでいる。おとなが追いはらっても、またすぐに集まってくる。目くばせで「写真を撮って」と合図を送ってくる子。ベルトを引っぱったり、手を握って放さないヨチヨチ歩きの子。髪の毛はバサバサ、衣類もボロボロだけど、どの子も人なつっこくてかわいい。ヘスースのいちばん下の妹マルタは、おみやげのチョコレートをほおばっては口からまた出して、ぼくに食べさせようとする。ここにいると楽しくて、なつかしい家族のもとに帰ったようだ。> (「内戦の終結 1995,1997」 P.83)
写真がもつ、すばらしいちからを感じさせられる。
いっぽう、写真を撮るという行為が、撮られる側にとっては暴力となることがある。
ある種の信頼関係がないと、写される側の人たちは、暴力を感じて撮影を拒絶する。
長倉さんも、はじめの頃は何度もそんな経験をしている。
拒絶されるのは、撮影する側の姿勢に問題がある。
人間を「被写体」としてしかとらえない姿勢に。
そういった体験が、このまえ読んだ 『フォト・ジャーナリストの眼』(岩波新書/1992年)に、たくさん語られていた。
私にも苦いおもいでがある。
もうずっと昔のことだが、尾瀬の木道を、写真を撮りながら歩いていた時。
私が木道でひと休みしていると、後方から、何メートルもある背の高い独特の背負子(しょいこ)を背負った、二人のボッカさんがゆっくり近づいてきた。
尾瀬にはボッカ(山小屋への荷物の運搬)を職業としている人がいる。
湿原に続く木道と、そこを歩くボッカさんの姿は、「絵になる」すばらしい光景だ。
私は、恰好の被写体に出会ったことに喜び、木道とボッカさんの風景を撮ろうと三脚にのせたカメラのシャッターを切った。
その時――。
先を歩いていた男性のボッカさんが私に気づき、「撮るな!撮るな!」と叫びながら手で顔を覆いながら近づいてきた。
私は、とっさにじぶんの行為の間違いに気づき、あわててカメラを片づけた。
二人は私のところまで来ると、背負子をおろし、隣りに座った。
一服するらしい。
近くで見ると、どうやらご夫婦のボッカさんらしい。
私は、ばつが悪くなり、頭をさげてあやまった。
「すみません」と。
それ以上の言葉を持ちあわせていなかった。
男性の方は私に目もくれない。
奥さんと思われる女性は、何も言わず、険悪な雰囲気をとりなすような、あるいは、とがめるような視線で私を見ていた。
私は、ふたたび「すみません」とあやまってから、その場を去った。
木道を一人とぼとぼ歩きながら、私の胸は苦い思いでいっぱいだった。
あの時ほど、じぶんの迂闊さを恥じたことはない。
この本を読んで、ひさしぶりにそんな体験をおもいだしていた。
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コメント
「写真のちから」を読ませていただいて、ほんとにそうだと思いました。体温を感じるというか、それであったかくて、「いいなあ」とおもうのですね。JVCのカレンダーを使っていて、好きだったのはやはりひとを撮った写真、長倉さんの子どもたちの写真はとりわけ好きでした。写真も歌もひととのかかわりから生まれる体温を感じると、うるっとくるほどです。うまく言えませんが。
投稿: ギー三輪 | 2009年12月12日 (土) 11時36分
>ギー三輪さん
ごぶさたしています。
コメントをいただき、うれしいです。
写真も音楽も、人のあたたかみが感じられるものがいいですね。
これまで、長倉さんを私は知らなかったのですが、人がらが感じられる写真と文章です。
追伸:JVCのカレンダー、とっておいていただけますか? 近いうちにうかがいたいと思いますので。
投稿: やまおじさん | 2009年12月12日 (土) 12時42分