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2010年3月の24件の記事

2010年3月30日 (火)

【雑】団地の桜

写真の構図としては最低だが、しかたがない。
都会の桜はこんなものなのかも。
枝も無残に切られていて、かわいそうだ。

季節のうつろいの記録として掲載しておこう。

今年は、なかなか暖かくならず、桜の開花もおくれているようだ。


撮影 2010/3/30(火) 朝 小平市

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2010年3月28日 (日)

【歩】枝垂桜

夕方、歩いて近くのCO-OPストアーまで買物に。
団地から店まで、住宅地のあいだの狭い遊歩道を歩く。

寒緋桜はもう散っていて、そのかわりに、枝垂桜の林が目をひいた。
この遊歩道には、いろんな花が咲いていて楽しかった。

それにしても、寒くて手袋がほしいほどだった。
はやく暖かい陽気になってほしい。


撮影 2010/3/28(日) 小平市

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【読】星野さんとジェーン・グドール(続)

星野道夫さんの大型写真集を図書館から借りることができた。

Hoshino_gombe_photo_2『GOMBE ゴンベ』
 星野道夫
 メディアファクトリー 1997/9/30発行
 143ページ 5700円(税別)

高価な本で、すでに絶版。
先日再読した、『アフリカ旅日記』(1999年発行)のベースになった写真集だ。
星野さんの文章は、『アフリカ旅日記』とほぼ同じだが、縦33.5cm×横27cmの大型なので、写真に迫力がある。
星野さんは1996年8月に亡くなっているから、没後に発行された写真集ということになる。

巻末に、ジェーン・グドール、ミヒャエル・ノイゲバウアー、青木久子さんの追悼文が掲載されている。
ミヒャエル・バウアーは、星野さんといっしょにゴンベの旅をした出版人。ジェーンと星野さんの共通の友人。
青木久子さんもジェーンの友人で、星野さんを彼女に紹介した人らしい。


星野さんのゴンベでの様子を、ジェーンはこう書いている。
星野さんの人がらがしのばれる、いい話だ。

<ミチオがチンパンジーの写真を撮るのを見ているのが、私のいちばんの楽しみだった。ミチオがそこにいるだけで、辺りは穏やかで優しい雰囲気に包まれた。チンパンジーはミチオのそばでは、いつもリラックスしていた。こんなことは、あまりない。動きの激しい人や声の大きな訪問者がいると、チンパンジーは緊張する。なによりもミチオは、チンパンジーに敬意を表し、そのことを彼らは直感でわかっていたのだ。>

また、追悼文の最後にはこう書いている。
星野さんは、このように誰からも好かれていたのだ。

<どんな場合でも、人生の真っ只中に起こる予期せぬ突然の死は、残された者に大きなショックを与える。ミチオの死を、私はまったく信じられない思いで聴いた。彼はあまりにも生きる喜びにあふれていた。彼の魂は、大自然の美、特にアラスカに魅せられていた。ミチオが地球上で過ごす時間を奪ったのが、アラスカのクマでなくてよかった。そのことが、せめてもの慰めになった。クマはミチオの肉体を傷つけはしたが、魂までは奪えなかったはずだ。いつの日か、アラスカへ行ったなら、そこでミチオの存在を強く感じるだろうと信じている。そして、ほんのわずかでも彼の魂がゴンベにも残っていると思いたい。ミチオは、いつか再びゴンベでチンパンジーと一緒に過ごしたい、写真も撮りたいと語っていたので。>
  ― ジェーン・グドール 「ミチオがそこにいるだけで」 ―


星野道夫 『GOMBE』 より
 ジェーン・グドールのポートレート

Gombe_goodall_2_2Gombe_goodall_3Goodall_michio   

ジェーン・グドール(Jane Goodall)
1934年、ロンドンに生まれる。高校卒業後、事務職等を経て、1960年、単身タンザニアのゴンベ・ストリーム動物保護区(現国立公園)でチンパンジーの観察を始める。1965年、行動学で博士号取得(ケンブリッジ大学)。1977年、野生生物の生態研究、自然保護、動物愛護、啓蒙等の活動拠点としてジェーン・グドール研究所を設立。
「野生チンパンジーの世界」(ミネルヴァ書房) 「森の隣人――チンパンジーと私」(朝日選書) 「心の窓――チンパンジーとの三〇年」(どうぶつ社) 「チンパンジーの森へ」(地人書館)  ― 『GOMBE』 より ―


二日まえから読みはじめた、ジェーン・グドールの自伝がとてもいい。
まだ三分の一まで読んだところだが、いずれ感想を書いてみたい。

Goodall_reason_for_home『森の旅人 REASON FOR HOPE』
 ジェーン・グドール
 メディアファクトリー 2000年

原題の REASON FOR HOPEは、「希望をもつ理由」とでもいおうか。
古生物学者・文化人類学者 ルイス・リーキーと出会い、アフリカのオルドバイ峡谷で化石発掘を手伝ったことが、その後のジェーンの人生を決定づけたことを、この本で知った。
ルイス・リーキーの名前と業績を、今年にはいって読んだ本だ知っていたので、うれしくなった。
ジェーン・グドールという、すでに「おばあちゃん」といっていい年齢の魅力的な女性が、ますます好きになってきた。



【参考】

― Wikipediaより ―
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%BC

ルイス・リーキー
ルイス・シーモア・バゼット・リーキー(Louis Seymour Bazett Leakey,1903年8月7日-1972年11月1日)はケニヤの古人類学者。アフリカにおける人類の進化の解明に大きな貢献をした。またアフリカでの研究と自然保護のための組織の創設に中心的な役割を果たした。古人類学と霊長類学の次の世代の研究者を育てた。自然科学者としてリーキーはチャールズ・ダーウィンの見解を強く支持し、人類はアフリカで進化したと言うダーウィンの仮説を証明しようと試みた。

リーキーの天使
リーキーのもっとも大きな遺産の一つは霊長類を自然の生息地で観察するフィールドワーク研究を促したことである。彼は人類の進化の謎を解く近道であると考えていた。リーキーは個人的に三人の女性、ジェーン・グドール、ダイアン・フォッシー、ビルーテ・ガルディカスを選んだ。彼女らはそれぞれチンパンジー、ゴリラ、オランウータン研究の重要な研究者となり、「リーキーの天使」とあだ名された。

― e-honサイトより ―
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018837007&Action_id=121&Sza_id=F4

彼女たちの類人猿 グドール,フォッシー,ガルディカス
20世紀メモリアル
サイ・モンゴメリー/著 羽田節子/訳
出版社名 平凡社
出版年月 1993年6月
ISBNコード 978-4-582-37324-0
(4-582-37324-0)
税込価格 2,854円
頁数・縦 381P 20cm

■商品の内容
[要旨]
忍耐と孤独の果てにようやくかちえた動物の信頼―。それこそ彼女たちの望みであり、すべての始まりだった。野生のチンパンジー、ゴリラ、オランウータンの生態研究に生涯を捧げる3人の女性動物学者の苦闘と喜び。
[目次]
第1部 保護者(ビルーテ・ガルディカスとスピナー;ジェーン・グドールとフロ;ダイアン・フォッシーとディジット);第2部 科学者(信念の人ルイス・リーキー;“大文字のSのついたサイエンス”;ニイラマチャベリのいけにえ;忍耐の研究);第3部 戦士(聖戦士―ジェーン・グドールの道徳的ジレンマ;魔女―ダイアン・フォッシーの狂気;外交官―ビルーテ・ガルディカスの政治)

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【歩】モクレン満開

肌寒く、冬のような天気だが、近所へ買い物がてら写真を撮ってきた。
団地の敷地に、一本、みごとなモクレン(紫木蓮)の樹があり、毎年、みごとに花をつける。
満開だった。

ソメイヨシノやヤマザクラも開きかけてきたし、灌木や草の花も咲きはじめて、春だなあ。


撮影 2010/3/28(日) 小平市

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2010年3月27日 (土)

【歩】さくら、ほころぶ

きょうは土曜日だが出勤だったので、朝、すこしだけ歩いて開きはじめた桜をながめてきた。
なかなか暖かくならないせいか、桜のほころびも、ゆっくりゆっくり進んでいるようだ。

ユキヤナギが花ざかりだ。


撮影 2010/3/27(土) 朝

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2010年3月25日 (木)

【読】星野さんとジェーン・グドール

何年ぶりかで再読。
短い本なので、一日で読みおえた。

ひさしぶりに星野さんの本を読み、豊かな気持ちになることができた。

Hoshino_gombe_3『アフリカ旅日記 ゴンベの森へ』
 星野道夫 著
 メディアファクトリー
 1999年発行 135ページ
 1400円(税別)

タンザニア奥地にあるゴンベ動物保護区。
そこで40年近くチンパンジーの観察研究に取り組んでいるジェーン・グドールを、星野道夫さんが訪ねた、わずか十日間(1995年2月14日~23日)の旅日記だ。

星野さんと、ジェーン・グドールは、どこか通じあうところがあったようで、二人のあたたかい人がらが伝わってくる。

<ぼくがジェーン・グドールに会いたかったのは、彼女を通してアフリカという世界を垣間見たかったからだろう。生まれ故郷を離れ、新しい土地へ移り、そこで生き続けてゆくことの意味を、ぼくは少しずつわかりかけていた。アラスカとアフリカという違いこそあれ、ぼくは彼女の著作を読みながら、ある共通する想いを感じていた。> (P.16 東京発12時40分チューリヒ行き)

星野さんは、チューリヒの空港でジェーン・グドールと落ち合い、いっしょにゴンベへ向かう。
二人は、共通の友人 ミヒャエル・ノイゲバウアー(ザルツブルグで小さな絵本の出版社を経営)を介して、出会うことになったのだ。

星野さんが撮影した写真も掲載されている、この小さな本の原稿は、彼がカムチャッカ撮影行に旅立つ前日、1996年7月21日に脱稿したという。
翌8月、カムチャッカ半島クリル湖取材中、ヒグマに襲われて星野さんは亡くなった。

星野道夫さん、最後の書き下ろしである。

『GOMBE』 という大型写真集(1997年9月、メディアファクトリー)も出版されている。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/488991465X



この 『アフリカ旅日記』 の一節、星野さんがその著作のなかで繰り返し書いている、次のエピソードが私は好きだ。


<ぼくが子どもの頃に、頭を悩ませていたのは、北海道のクマの存在である。自分が日々、町の中で暮らしている同じ瞬間に北海道でクマが生きている。そいつは今、どこかの山を登りながら、大きな倒木を乗り越えようとしているかもしれない……そんなことを考え始めると、不思議で不思議でならないのである。そしてその不思議さは、自分の存在が消えてしまうとされに不思議なのだ。つまり、クマと出合うのではなく、その風景を天空から見ている自分を考えることで、人間のいない世界に流れる自然の気配を想像する不思議さである。その頃は言葉にはできなかったが、それはすべてのものに平等に同じ時が流れている不思議さだった。> (P.92-93 ぼくのファンタジー)


電車のなかでこの部分を読みながら、私もまた、車窓に目をやって、遠い北海道に住むクマの姿を思いうかべたのだった。

もっとも、北海道のヒグマは、今ごろまだ冬眠からさめていないだろうが……。

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2010年3月23日 (火)

【遊】美瑛、雪景色

3/21~22、一泊二日で美瑛に帰省した。

3/21は、自宅をでるときから強風が吹き荒れる悪天候。
早朝、自宅から最寄り駅まで向かうタクシーの窓から、車道まで転がったゴミ箱や、驚いたことにバス停の標識までが倒れているのを目にした。

羽田では、(すでに書いたが)北へ向かう便のほとんどが欠航になっていて、たいへんな目にあった。

ようやく乗ることのできた便も、着陸予定だった旭川空港が強風のために、着陸寸前(もう少しで着陸)の態勢から、急転、エンジン全開で急上昇し千歳へ行き先を変える、というめったにない経験をした。
パイロットは、「着陸できるかどうか五分五分」という穏やかでないアナウンスのあと着陸を試みたのだが、強風にあおられて中止したのだった。
スリリングな体験だった。

美瑛は、ときおり吹雪模様。
車の多い国道こそ路面のアスファルトがでていたが、市街の道路は降り積もった雪におおわれていた。
それにしても、人気のない街だ。

ほとんどどこにも行かなかったが(見舞のために帰ったので)、22日の昼、「丘のくら」でカレーうどん(つけ麺タイプ)を食した。
おいしかった。


撮影日 2010/3/22(祝) 美瑛

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2010年3月21日 (日)

【遊】強風

いやはや、たいへんな一日だった。

羽田からの旭川行き朝一番の便が、羽田に着いてみたら、欠航とわかった。
キャンセル待ち手続きのながーい行列に並ぶこと2時間。
次の便に乗れたのだが、旭川空港着陸寸前、強風のために着陸を中止して再上昇。
飛行機は、そのまま、札幌新千歳空港へ行き先変更。
千歳から札幌へ。
札幌で旭川へ向かう特急に乗り換えるも、強風のために白石駅でストップ。
旭川に着いたのは夜の6時だった。
富良野線に乗り換えて美瑛に着いたのは、早朝5時前に家を出てから14時間後。

なんだか、乗り物にたっぷり乗った気がする一日だった。
飛行機に3時間、羽田までの電車と千歳からの列車に6時間、待ち時間が5時間といったところ。
北海道がこれほど遠いとは……。



どうしんウェブ:北海道新聞の速報ニュース
 http://www.hokkaido-np.co.jp/

  道内暴風 9人重軽傷 JR205本運休-北海道新聞[道内]
   http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/221937.html
  春の嵐、連休“直撃” 34人重軽傷、交通乱れも-北海道新聞[道外]
   http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/221847.html

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2010年3月20日 (土)

【山】トムラウシ山遭難事故調査報告書

昨年7月16日、北海道大雪山系トムラウシ山で起きた遭難事故の調査報告書が公開されている。

社団法人日本山岳ガイド協会のサイト
http://www.jfmga.com/

 トムラウシ山遭難事故調査報告書 (PDF)
 http://www.jfmga.com/pdf/tomuraushiyamareport.pdf

 平成22年3月1日発行
 発行者 トムラウシ山遭難事故調査特別委員会


私も当時、事故発生後の報道、山岳雑誌の記事、インターネットのサイト記事などを、強い関心をもって追いかけていた。

事故現場の大雪山系は、私が高校山岳部にいた頃のホームグラウンドだったこと、また、トムラウシ山が私のあこがれの山だったこともある。
(私は、まだトムラウシ山に登っていない)

このブログでも、何度かこの遭難事故にふれたことがある。

 カテゴリー「【山】山日誌」
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/cat5433181/index.html


91ページもの長大な報告書だが、目を通してみようと思う。

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【雑】2010年 チャリティ古本市

昨年は四月だったが、今年はこの連休、明日から二日間 開催される。

2010年 第12回 チャリティ古本市

 3月21日(日) 午前10時~午後5時
 3月22日(月) 午前10時~午後3時

 場所:小平市中央公民館ギャラリー
    (西武多摩湖線 青梅街道駅 徒歩5分)


 小平図書館友の会
  http://www4.plala.or.jp/Nori/


今年は所用のため、お手伝いにいけない。
さきほど、寄付本を持って開場に顔を出してみた。
小平図書館友の会のボランティアの方々が、開場準備でおおわらわだった。

近くにお住まいの方、ぜひ、お越しください。
小平中央図書館の隣り、中央公民館ギャラリーで開催されます。

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昨年の様子はこちら。

【雑】チャリティー古本市  2009年4月11日(土)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-5708.html

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【歩】春はいいなあ

春らしい陽気になった。
用事があって市内を車でまわりながら、ところどころで写真を撮った。


撮影 2010/3/20(土) 小平市

ボケ 木瓜
コブシ 辛夷
ハクモクレン 白木蓮

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2010年3月19日 (金)

【読】「戦中用語集」(三國一朗)

これも、ずいぶんまえに、大型古書店(ブックセンターいとう)でみつけた本。
「ブックセンターいとう」には、ずいぶんお世話になっているなあ。

Mikuni_senchu_yougoshu『戦中用語集』 三國一朗 著
 岩波新書(黄310)
 1985年発行
 209ページ 476円(税別)

学者さんの書いた学術的な歴史書もいいけれど、こういう本が読みやすくて、いい。
三連休後半の二日間、所用で遠くまで行かなければいけないので、旅先にもっていくにも手頃な本だ。

三國一朗さんは、1921年生まれ。
1943年9月、東京大学文学部社会学科を繰り上げ卒業。
1944年1月から終戦まで旧満州、樺太などで軍隊生活。
戦後、朝日麦酒営業部(宣伝)を経てテレビ司会者となる。
(本書 著者略歴より)


次のような構成。

1 関東軍 ――「真珠湾」まで
2 零戦 ――侵攻、そして敗退
3 大東亜共栄圏 ――詐術としての戦中用語
4 疎開 ――「銃後」の暮らし
5 ぜいたくは敵だ ――標語・軍歌・風俗
6 徴兵検査 ――軍隊の内と外
7 引揚げ ――終戦前後

盧溝橋、ノモンハン事件、関東軍、関特演、ハル・ノート、戦艦大和、零戦、死の行進、ミッドウェー海戦、インパール作戦、大本営、八紘一宇、神風、国民総動員、軍神、……。
これぐらいにしておくが、戦中用語(キーワード)がずらりと目次に並んで、まことに興味ぶかい。

巻末の「索引」も、すぐれもの。
「愛国行進曲」、愛国百人一首、「アイ・シャル・リターン」、赤紙、「暁に祈る」(事件)、「暁の陸戦隊」、アッツ玉砕、……といったぐあい。

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【読】あの戦争(続)

今日、ようやく読みおえたので、もうすこし書いておこう。

Katou_kingendaishi『戦争の日本近現代史』
 加藤陽子 著
 講談社現代新書 2002/3/20発行
 293ページ 720円(税別)

いい勉強になった。
加藤陽子氏について、ネットでは毀誉褒貶さまざまな評価がみられるけれど、私は信頼できる学者さんだと思う。
好き嫌いはべつとして。

明治維新から、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、そして、満州事変、日中戦争、太平洋戦争と、戦争にあけくれた時代。
その歴史のうねりが、私のなかでぼんやりとしたイメージではあるが、わかったような気になる、そんな一冊だった。

この本のエッセンスと思える部分を、抜粋しておこう。


― 巻頭 シラバス(syllabus=講義要目)より ―

<基本的には、明治維新から太平洋戦争までの時期を対象として、近代日本と戦争について、わたkしの考えてきたことを述べますが、この本(講義)は、研究書を水割りしたような概説ではありません。近い過去を分析対象とする近代史では、対象をどのような視角でとらえるかが、とても大切です。よって、本書では、日清戦争からあとは、十年ごとに戦争をしていた観のある近代日本を歴史的に考えるために、戦争にいたる過程で、為政者や国民が世界情勢と日本の関係をどのようにとらえ、どのような論理の道筋で戦争を受けとめていったのか、その論理の変遷を追ってみるというアプローチをとります。>  (P.8 講義の内容)



― 目次より ―

第一講 「戦争」を学ぶ意味は何か
第二講 軍備拡張論はいかにして受け入れられたか
第三講 日本にとって朝鮮半島はなぜ重要だったか
第四講 利益線論はいかにして誕生したか
第五講 なぜ清は「改革を拒絶する国」とされたのか
第六講 なぜロシアは「文明の敵」とされたのか
第七講 第一次世界大戦が日本に与えた真の衝撃とは何か
第八講 なぜ満州事変は起こされたのか
第九講 なぜ日中・太平洋戦争へと拡大したのか
あとがき


― あとがきより ―

<……現代新書への執筆を、……勧められたとき、わたくしの念頭にあったのは、山口定(やすし)氏の言葉でした。それは、「二度と戦争は起こさない」という誓いが何回繰り返されても、今後起こりうる悲劇の想定に際して、起こりうる戦争の形態変化を考えに入れた問題の解明がなくては、その誓いは実行されないのではないか、といった内容でした(「戦争責任・戦後責任」)。
 戦争責任について容易に論ずれば、「誠実を装つた感傷主義か、鈍感な愚しさか、それとも威張りちらした居直りか」になってしまうと喝破したのは丸谷才一氏でしたが(「雁のたより」)、この山口氏の静かなる提言は、たしかにわたくしの心に届きました。感傷主義でもなく、居直りでもなく、戦争や戦争責任を論ずることができるのではないか、と。>

<日本の近現代史をながめてみただけでも、新しく起こされる戦争というのは、以前の戦争の地点からは、まったく予想もつかない論法で正当化され、合理化されてきたことがわかります。そして、個々の戦争を検討すると、社会を構成する人々の認識が、がらりと変わる瞬間がたしかにあり、また、その深いところでの変化が、現在からすればいかに荒唐無稽にみえようとも、やはりそれは一種の論理や観念を媒介としてなされたものであったことは争えないのです。> (P.291-292)

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2010年3月17日 (水)

【読】あの戦争

船戸与一の 『新・雨月』 に続き、幕末から明治にかけての戊辰戦争にまつわる本を二冊読んだあと、こんな本を読んでいる。
だいぶん前に、大型古書店(ブックセンターいとう)でみつけたもの。

Katou_kingendaishi『戦争の日本近現代史』
 加藤陽子 著
 講談社現代新書 2002/3/20発行
 293ページ 720円(税別)

著者は、歴史学者(大学の先生)。
1960年生まれ、東大大学院博士課程修了(国史学)、東大で教鞭をとるバリバリの学者さんだが、その著書を読むと、信頼できる人だと思える。

岩波新書に、『シリーズ日本近現代史』(全10巻)というシリーズものがあり、その第五巻の著者もこの人だ。
まだ読んでいないが、てもとにある。


もう一冊、これはたまたま新刊書店の店頭でみかけたのだが、同じテーマで高校生向けに書かれた 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 という本が興味ぶかい。
これも、てもとにあるので、次に読んでみたいと思う。


Iwanami_kingendaishi_5Katou_sensou『満州事変から日中戦争へ』
 シリーズ日本近現代史 5
 加藤陽子 著
 岩波新書 2007年
 242ページ 780円(税別)
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
 加藤陽子 著
 朝日新聞社 2009年
 414ページ 1700円(税別)



ここ数年来、私の関心は、「近代国家」 となった日本がどうしてあれほど戦争ばかりしていたのか(せざるを得なかったのか)というところにある。

『戦争の日本近現代史』 のなかで、加藤さんはこう言っている。

<為政者や国民が、いかなる歴史的経緯と論理の筋道によって、「だから戦争にうったえなければならない」、あるいは、「だから戦争はやむをえない」という感覚までをも、もつようになったのか、そういった国民の視覚や観点や感覚をかたちづくった論理とは何なのか、という切り口から、日本の近代を振り返ってみようというのが、本書(講義)の主題……> (P.8-9 歴史には「出来事」のほかに「問い」がある)

<歴史には「出来事=事件」のほかに「問題=問い」がある>というのが加藤さんの考え方の基本で、そのような視点から「あの戦争」に至る経緯を詳細に検証しているのが、この本だ。
(こんな紹介のしかたでは、著者の意図をうまく伝えられているかどうか、心もとないが)

<ある一つの戦争が、講和条約の締結によって人々の記憶から忘れられたり、次の戦争がまたゼロの地点から始ったりする、などということは、およそ日本においては考えられないことでした。一つの戦争は、次の戦争とさまざまなかたちで結びつけられました。……>

<いわば、戦争で戦争を語る、戦争で戦争を説明するという行為が、自然に日常的になされていたのが、戦前期までの日本社会であったといえるでしょう。このような社会を前提とするとき、太平洋戦争だけを取りあげて、「なぜ、日本は負ける戦争をしたのか」との問いを掲げてみても、「正しい問い方」をしたことにはならないのではないでしょうか。近代の歴史のなかで、何度も繰り返されてきた一つひとつの戦争に対して、「なぜ、戦争になったのか」との問いを反復的に設定して初めて、戦争の相互性のなかで、戦争をとらえることが可能になると……> (P.19-20 戦争をうけとめる論理)


難しい本ではあるが、刺激的で、おもしろい。

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2010年3月15日 (月)

【歩】雪柳

きのう撮ったのに、掲載するのを忘れていた。
桜よりひと足はやく咲きはじめ、桜が散ったあとも咲き誇っているこの花が好きだ。

ユキヤナギとは、よくぞ名づけたと思う。
まだ咲きはじめだが、たくさん花をつけるとみごとなものだ。


撮影 2010/3/14(日) 東京都小平市

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2010年3月14日 (日)

【歩】春なのだ

ぽかぽか陽気の休日。
団地のまわりを歩いてみた。

寒緋桜は、ずいぶんまえから咲いている。
色がきついので、あまり好きではないが、みごとなものだ。

木蓮、辛夷、菜の花、梅。
花盛りの春がきた。
うれしい。


撮影 2010/3/14(日) 東京都小平市

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2010年3月13日 (土)

【遊】河津桜、沈丁花

相模原の親戚のところへでかけた折、撮った写真。

河津桜が満開。若葉が出はじめていた。
沈丁花の甘い香りに、春を感じる。

南風が吹き、暖かい一日だった。

明日は、自転車で近くをまわってみようかな。


撮影 2010/3/13(土) 神奈川県相模原市

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【楽】北山修と「赤い橋」

毎週土曜の朝、TBS 永六輔の番組を聴いている。
今日のゲストは、北山修。

TBSラジオ
 http://www.tbs.co.jp/radio/

土曜ワイド ラジオTOKYO 永六輔その新世界
 http://www.tbs.co.jp/radio/rokuchan/


北山修が作詞し、浅川マキが歌った「赤い橋」という歌が話題になり、一番だけ彼女の歌がラジオから流れた。

マキさんも「橋をわたった」けれど、歌われている「橋」は、街と街の外とを結ぶ橋、この世とあの世を隔てる橋。
「橋 bridge」は「端 edge」でもある……。
歌の世界は、聴く人によって受けとりかたがちがう。
作詞者も、さまざまな想いをこめてつくったのだろう。

北山修の本業は精神科医。
この人のおしゃべりを聞いていると、元気がでてくる。
こういう精神科医なら、相談してみたい気持ちになる。


Maki浅川マキの世界
 東芝EMI TOCT-6556 (CD)
 オリジナル(LP)発売 1970/9/5

 赤い橋
  作詞:北山修 作曲:山本幸三郎






♪ 不思議な橋が この町にある
   渡った人は 帰らない
   みんな何処へ行った
   橋を 渡ってから
   いつか きっと 私も渡るのさ …… ♪

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2010年3月12日 (金)

【読】Reason for Hope

とても魅力的な本を手にいれた。

Goodall_reason_for_home_2”Reason for Hope――A Spritual Journey”
  by Jane Goodall with Philip Berman

『森の旅人』
 ジェーン・グドール/フィリップ・バーマン
 上野圭一 訳/松沢哲郎 監修
 角川書店 2000/1/30発行
 339ページ 1800円(税別)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047913278

邦題もわるくないが、原題がいい。
適切な日本語訳が私には思いうかばないが、なんとなく希望がわいてきそうな題名。


ジェーン・グドールは、タンザニアのゴンベ・ストリーム動物保護区でチンパンジーの研究を続ける、ロンドン生まれの女性科学者。
私は、星野道夫さんの著作でこの人を知った。

この、『森の旅人』 の巻頭に、ジェーン・グドールのポートレイトが掲載されているが、それは星野道夫さんが撮ったものだ。
彼女の、こんな言葉が添えられている。

―― ゴンベの森にやってきて、この写真を撮影してくれた星野道夫は、写真によるチンパンジーの専門的な研究に意欲をしめしていた。残念ながら、その夢を実現しないまま、星野はロシアでクマに襲われて亡くなった ――



Hoshino_gombe『アフリカ旅日記 ゴンベの森へ』
 星野道夫
 メディア・ファクトリー 1999年発行
 135ページ 1400円(税別)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4889919155

<タンザニアの奥地にあるゴン動物保護区。ここで40年近く、チンパンジーの観察研究に取り組んでいるジェーン・グドールは世界中のナチュラリストの憧れの人だ。本書は星野道夫がジェーンを訪ねたわずか10日間の旅の記録である。>

かつて星野道夫さんの著作を読みふけっていた頃、ことに感銘をうけた一冊だ。



National_geograhic_199512_2NATIONAL GEOGRAPHIC 日本語版
 1995年12月号
「ジェーン・グドール チンパンジーに捧げた35年の記録」

BOOK OFF にいけば、一冊百円で手にはいる。
P.28~55に、彼女の特集がある。
まだよく読んでいないが、写真満載で、うれしい。

こういう人がいると思うだけで、希望がわいてくる。

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2010年3月 9日 (火)

【雑】春先の雪

季節はもう春だというのに。
寒緋桜も咲いているというのに。

昼間の雨が雪にかわった。
春先の雪らしく、牡丹雪だ。


2010/3/9 21:12  小平市

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2010年3月 7日 (日)

【読】読了 「新・雨月」(船戸与一)

昨夜、ようやく読みおえることができた。

Funado_ugetsu_1Funado_ugetsu_2船戸与一 『新・雨月』 (上・下)
 ― 戊辰戦役朧夜話 ―
 徳間書店 2010/2/28発行

下巻最終章に、主要な登場人物たちのその後が記されている。
27ページにわたり、皇族・公家、薩摩藩、長州藩、土佐藩、佐賀藩、旧幕府および佐幕派、長岡藩および新発田藩、棚倉藩・二本松藩・三春藩、庄内藩・米沢藩、秋田久保田藩・盛岡藩、仙台藩、桑名藩、会津藩、各々の歴史上の人物が数多くあげられている。
これだけでも勉強になりそう。

この小説にちらっと名前だけ登場する柴太一郎の末弟が、後に陸軍大臣になった柴五郎である。

<鶴ヶ城陥落時、北越戦線で負傷し会津若松に戻って来るのが遅れた柴太一郎は東京に護送されて謹慎。明治三年斗南に移住して藩庁に出仕したが、食料購入の代金を横領され、その責任をとって禁固刑に服す。のちに下北郡長、大館郡長、南会津郡長などを歴任。大正十二年八十四歳で没。弟の柴四郎はアメリカ留学後、東海散士の筆名で政治小説『佳人之奇遇』を書き、第一次大隈重信内閣で農商務次官。末弟の柴五郎は日清戦争で軍功を挙げ、福島県初の陸軍大臣となるが、その著書『ある明治人の記録』では旧会津藩史たちの斗南でのすさまじい窮乏生活が描かれている。> (P.491)

『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』 (石光真人編著/中公新書)を持っていたはずなのに、みつからない。
友人に貸したままかもしれない。
本の整理が悪いので行方不明。
はじめの方を読みなおしてみたかったので、近くの図書館から借りてきた。
こういうとき、図書館はありがたいものだ。

ついでに、何冊か戊辰戦争関連の本をみつけ、借りてきた。
この機会に、戊辰戦争について少し知っておこうかと思う。


Ishimitsu_shba_gorou2Sasaki_boshin_sensouHoshi_ouueetsu_doumei『ある明治人の記録』
 石光真人編著 中公新書
『戊辰戦争』
 佐々木 克著 中公新書
『奥羽越列藩同盟』
 星 亮一著 中公新書





Hoshi_boshin_sensou星 亮一 『平太の戊辰戦争』
   ― 少年兵が見た会津藩の落日 ―
 角川選書 1998年発行
 266ページ 1400円(税別)

興味ぶかい本だ。



<会津戊辰戦争の歴史は、従来、会津藩士とその家族たちの義に殉じる凄絶な悲劇や敗者として歩んだ過酷な運命が強調されがちだった。しかし、十五歳の少年兵・平太が体験し、記録したこの戦争には、「もうひとつの戊辰戦争」ともいえる現実があった。エリート少年たちの白虎隊とは別に、平太は父と同じ部隊に所属して越後を転戦する。激戦で負傷した父を会津城下に連れ帰り、さらに薩長軍がなだれ込む城下の大混乱の中から瀕死の父を裸足で背負って辛うじて逃げのびたあげく、父の憤死を看取る。平太は藩首脳部の武士道精神とは異なる意識で、戦争と人間の現実のあり方を見すえていた。>

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2010年3月 6日 (土)

【遊】小仏関所

所用のため、八王子(高尾)へ車ででかけた。
国道20号から旧甲州街道にはいると、梅やサンシュユの花が色鮮やかな一角があり、それが「国史跡 小仏関跡」だった。

たまたま通りかかって見つけたのだが、昔は、こんなところに関所があったんだな。


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― Wikipediaより ―
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E4%BB%8F%E9%96%A2%E6%89%80

小仏関所(こぼとけせきしょ)は、武蔵国と相模国の間に設けられた甲州街道のかつての関所である。現在の東京都八王子市にある。天和年間(1681年 - 1683年)に付近より現在地に移された。その跡地は、国の史跡に指定されている。八王子八十八景のひとつ。

沿革
戦国時代に、北条氏照が小仏峠に設置した。富士見関所とも呼ばれた。 その後、1580年に小仏峠から、東側の駒木野の地に移された。そのため駒木野関所と呼ばれることもある。後北条氏の滅亡や、徳川幕府の五街道整備などを経て、1616年現在地に移る。八王子千人同心や関東十八代官の手代らが交代で務めていた。
1869年(明治2年)の太政官布告により他の関所とともに廃止された。

史跡指定
明治維新後に撤廃された関所であるが、現在も道路に接し、石垣などの遺構もあり、後世にのこす遺跡として保存すべき必要があるとして、1928年(昭和3年)1月18日に国の史跡に指定された。史跡管理団体は八王子市である。

所在地
東京都八王子市裏高尾町


国指定文化財 データベース (文化庁)
http://www.bunka.go.jp/bsys/index.asp

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2010年3月 5日 (金)

【読】いよいよ佳境 船戸与一「新・雨月」(続)

Funado_ugetsu_2残すところ100ページたらず。
会津藩は追いつめられ、籠城する。

船戸与一 『新・雨月』 (下巻)
 第七章 慶応四年八月、その悍ましき

会津藩士 奥垣右近は、長州の間諜 物部春介と出会う。
物部春介のせりふ。


 物部春介が静かな口ぶりでつづけた。
 「徳川慶喜が江戸に逃げ帰ったとき、勘定奉行の小栗忠順はフランスと組んでの徹底抗戦を唱えた。…(中略)…もし小栗忠順の徹底抗戦論に従ってたら、こんなことにはならなかったと思うか?」
 右近はこれにも何も言わなかった。
(中略)
 「小栗忠順や榎本釜次郎がどう動いたにせよ、おれに言わせれば、それは些細なことでしかない。遅かれ早かれ、列藩同盟は敗れ去るしかなかった」
 「何を根拠にそう決めつける?」
 「時勢だ、時の流れだよ」
 「何を言いたい?」
 「おれは間諜として奥羽越のあちこちを歩きまわった。すぐに気づいたのは奥羽越の百姓が西国の百姓より豊かだってことだ。だから、不作となると堪え性がない」
 「豊かだと?」
 「確かに身なりは貧しい。だが、みな米を食ってる。長州や薩摩じゃ百姓はめったに米なんか食えん。米は年貢として差し出すものに過ぎん。とうとうあの人は米の飯を食ったそうだ。薩摩の百姓たちのあいだではそんな言葉が使われる。なぜだか、わかるか?死期が近づくと、薩摩の百姓はせめて冥土の土産にと米を食わせる。…(後略)」

 「暮しに困れば、百姓はだれだって一揆を起こす。だが、少なくともわが長州藩では天明の大一揆以降、一揆らしい一揆は起こっていない。なぜだか、見当がつくか?それを完全に封じ込んだんだよ、幕府を倒し、天皇を中心とする新しい世のなかが来れば、かならず暮し向きはよくなると説得した。つまりな、藩の失政にたいする不満の捌け口を倒幕運動に向けさせた。高杉晋作の奇兵隊や諸隊はそういう事情のもとに生まれ育っていった」

(P.324-325)


これぞ船戸史観というものだ。

歴史はきれいごとではなく、王者や権力者、指導者、ヒーローたちが歴史を牽引していくのでもない。
後世、筋道だてて、あたかも指導者たちの意思で歴史の流れが決められていったかのように整理した歴史書の記述よりも、この小説のほうがよほどタメになる。

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2010年3月 3日 (水)

【読】いよいよ佳境 船戸与一「新・雨月」

下巻の四割ぐらいまでこぎつけた。
戊辰戦争当時の人名がやたらたくさん出てくるのでたいへんだが、さすが船戸小説。
おもしろい。

Funado_ugetsu_1Funado_ugetsu_2船戸与一 『新・雨月』 (上・下)
 ― 戊辰戦役朧夜話 ―
徳間書店 2010/2/28発行
508ページ/496ページ
各 1900円(税別)

月刊「問題小説」 2008年1月号~2009年10月号連載作品に大幅加筆訂正。下巻第七章以降は書き下ろし。




題名の「雨月」は、上田秋成の『雨月物語』にひっかけているのだろうが、そのココロは、ここでは明かさない。

船戸さん一流の筋立て、構成である。
三人の主人公の視点から交互に状況を描いていくというやり方だ。

物部春介(及び、途中から彼と行動を共にする女・モモ)、奥垣右近、布袋の寅蔵。
いずれも魅力的な人物だ。

歴史小説だから、とうぜん歴史上の人物も多数登場する。
荒唐無稽のフィクションではなく、史実をベースにしているのだ。
ちょうど、『蝦夷地別件』や『満州国演義』のように。

西郷吉之助や板垣退助、木戸孝允、榎本釜次郎などは直接登場しないが、土方歳三、山県(山縣)狂介、その他多数登場。
私は歴史に詳しくないので知らないだけだが、かなり綿密に描かれていると思う。
どれも皆、クセのある人物ばかりで、幕末・維新期に活躍した大物たちの不気味さをひしひしと感じる。

それにしても、戊辰戦争とは、ずいぶんひどい内戦だったのだな、と思う。
会津藩が、周囲の同盟藩(奥羽越列藩同盟)に次々と裏切られ、孤立していくさまが痛々しい。

ちなみに、当時、「藩」という呼び方はされていなかった、というのがほんとうらしいが、この小説では「何々藩」の呼称を使っている。
登場人物たちの会話も現代風だが、それもやむをえないと思うし、かえってリアリティーがあって好もしい。
いわゆる「歴史小説」とは、ずいぶんちがうと思う。
ダイナミックなのだ。
これこそ「船戸史観」であり、船戸流「叛史」の醍醐味だろう。


『新・雨月』 各章題

いかにも船戸与一風だ。

(上巻)
序章 奔馬駆け抜けて
第一章 慶応四年三月、その秘められし
第二章 慶応四年四月、その妖かしの
第三章 慶応四年閏四月、その乱れたる
第四章 慶応四年五月、その狂おしき
第五章 慶応四年六月、その遥かなる
(下巻)
第六章 慶応四年七月、その呪われし
第七章 慶応四年八月、その悍(おぞ)ましき
第八章 慶応四年九月、その空蝉の
終章 月影、朧朧と

巻末の参考文献が、いつもながらすごい。
よく調べたなあと、感心する。

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