【読】いよいよ佳境 船戸与一「新・雨月」(続)
残すところ100ページたらず。
会津藩は追いつめられ、籠城する。
船戸与一 『新・雨月』 (下巻)
第七章 慶応四年八月、その悍ましき
会津藩士 奥垣右近は、長州の間諜 物部春介と出会う。
物部春介のせりふ。
物部春介が静かな口ぶりでつづけた。
「徳川慶喜が江戸に逃げ帰ったとき、勘定奉行の小栗忠順はフランスと組んでの徹底抗戦を唱えた。…(中略)…もし小栗忠順の徹底抗戦論に従ってたら、こんなことにはならなかったと思うか?」
右近はこれにも何も言わなかった。
(中略)
「小栗忠順や榎本釜次郎がどう動いたにせよ、おれに言わせれば、それは些細なことでしかない。遅かれ早かれ、列藩同盟は敗れ去るしかなかった」
「何を根拠にそう決めつける?」
「時勢だ、時の流れだよ」
「何を言いたい?」
「おれは間諜として奥羽越のあちこちを歩きまわった。すぐに気づいたのは奥羽越の百姓が西国の百姓より豊かだってことだ。だから、不作となると堪え性がない」
「豊かだと?」
「確かに身なりは貧しい。だが、みな米を食ってる。長州や薩摩じゃ百姓はめったに米なんか食えん。米は年貢として差し出すものに過ぎん。とうとうあの人は米の飯を食ったそうだ。薩摩の百姓たちのあいだではそんな言葉が使われる。なぜだか、わかるか?死期が近づくと、薩摩の百姓はせめて冥土の土産にと米を食わせる。…(後略)」
「暮しに困れば、百姓はだれだって一揆を起こす。だが、少なくともわが長州藩では天明の大一揆以降、一揆らしい一揆は起こっていない。なぜだか、見当がつくか?それを完全に封じ込んだんだよ、幕府を倒し、天皇を中心とする新しい世のなかが来れば、かならず暮し向きはよくなると説得した。つまりな、藩の失政にたいする不満の捌け口を倒幕運動に向けさせた。高杉晋作の奇兵隊や諸隊はそういう事情のもとに生まれ育っていった」
(P.324-325)
これぞ船戸史観というものだ。
歴史はきれいごとではなく、王者や権力者、指導者、ヒーローたちが歴史を牽引していくのでもない。
後世、筋道だてて、あたかも指導者たちの意思で歴史の流れが決められていったかのように整理した歴史書の記述よりも、この小説のほうがよほどタメになる。
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